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真実・篠田博之の部屋[番外7] [2001年1月12日]

真実・篠田博之の部屋
[番外7]

 出版界は非常に古臭い体質をもっている業界であり、働く側からすると、理不尽な慣習が当たり前に残っています。
 かつての風俗産業、あるいは今現在の風俗産業においても、苛酷な労働条件にすることが合理的に機能している部分があるように、一般社会からすると、非常識でしかないような話が、実は出版社にも書き手にもプラスに働いていることがあって、そうそう簡単に他業種同様になればいいというものではありません。
 かつて「ショートカット」で連載していた「引用の陰陽」でも書いたと記憶しますが、出版業界で、契約書の類いが交わされないことが今でも多いのは、必ずしも悪いことばかりではありません。他業種では、納品日を守るのは当たり前で、期日にメーカーに下請けから部品が届かなかったり、百貨店に約束の期日までに入らなかり、内装業者がオープンする店の内装を引き渡しの日までに終えなかったら、場合によっては、違約金をとられることでしょう。
 私自身、締切は守ろうとしますが、現実には、取材旅行が入ったり、テープ起こしが面倒であったり、たまたま締切が重なったり、デートの誘いを優先したりして、どうしても遅れがちです。もしあらゆる連載や単行本において、事前に契約書が交わされたら、私を含め、締切を守れない書き手は違約金で破産するのは必至です。それより何より、契約書を交わす作業だけで膨大な手間が必要となって、出版社も書き手もたまったもんではありません。
 そういったことを考えるなら、契約書が交わされない現状は悪いことばかりではないのですけど、それをいいことに、ルーズであることが肯定される空気があって、その空気のもと、出版社の一方的な都合で、作業を進めていた本の発売が中止になり、何の保証もないなんてことがしばしばあって、なんとかならんもんかと私は常々感じています。
 あるいは、よく言われるギャラの提示です。こんなん、全然難しいことじゃなくて、まだどこでどう予算が使えるかわからないのでギャラを確定できないというのなら、出版側は、アバウトな数字でいいから提示すればいいのです。1枚2千円か3千円か、あるいは6千円か7千円か、自社の原稿料はだいたいわかっているんですから。
 それと同時に払ってもらう側も提示を求めるべきです。スーパーに商品を卸すメーカーなり問屋が、卸値を事前に決めないなんてことはあり得ず、どちらも必ず確認をとるでしょう。じゃないと、怖くて取引なんてできやしない。
 と言いながら、私自身、聞かないこともありますけど、だいたいわかっているからでもあって、同じ出版社で、今まで2千円だったギャラが急に5千円になることはまずありません。しかし、それまで仕事をしたことのない出版社には、できるだけ聞くようにしています。特にインタビューやコメントの場合はノーギャラということもあるので、確認しておかないとタダ働きになりかねません。無条件にノーギャラだからダメ、ギャラが安いからダメということじゃなくて、今でも金にならないことをいくらでもやってますけど、だからこそ、安いなら安いなりにはっきりしてもらいたいし、とれるところからはしっかりとりたい。
「やる気がないテーマだけど、ギャラがいいからやろう」とか「やりたいテーマなので引き受けるけど、ギャラが安く、経費も出ないのなら、改めて取材する手間をかけるのは経済効率があまりに悪いな」というように、値段によって内容を変えることもあるのですから、その判断ができるようにしたいということです。
 初めて仕事をする場合は、企画書を送ってきて、ギャラも記載していることが増えてはいて、ギャラの提示もしない仕事の依頼が非常識であると誰もが思うように早くなって欲しいもんです。
「創」においても、私が写真を提供するということになった段階で、そのギャラをどうするかしっかり話し合うべきでした。篠田氏は、「出版界では、そんなん、いちいち話し合わないもんだ」なんて思っているのかもしれませんし、事実、ギャラについてはいい加減な出版社が多いのものですけど、だからといっていい加減でいいということにはならず、指摘されたら謝罪して、未払い金を払うしかなく、それを論じようともしないのは、私のところに電話をしてきた従業員が働くピンサロの経営者と五十歩百歩でしょう。
 私の計算では、『風俗バンザイ』の印税もごまかされているようなのですけど、これまた「印税を払わない出版社だってあるし、印税が4パーセントとか6パーセントのことだってあるんだから、概ね払っただけマシ」と思っているかもしれません。でも、約束をした以上、全額払うのがスジです。
 このことは、ポット出版の沢辺さんに聞けば、具体例を挙げて詳しく説明してくれると思いますが、出版界って、中小企業のバカ社長然とした人がけっこういるんですね。何でこういう人たちがやっていけていてるのかというと(やっていけずに潰れるところもありますけど)、出版に携わる人たちは、やれ文化だのなんだのと言って、ビジネスとしての割り切りがなさすぎることに一因があります。「私ら出版人は金のために出版をやっているのではない」なんて言って社員やライターが貧乏生活に甘んじていいるスキに、バカ社長が経費でクラブで豪遊していたりする。
 私が社長でも、そんなヤツらに金を払わなくてもいいって思いますもん。そういう人達には文化とか理想とか夢とか、そういうもんで腹一杯にしておいていただき、私は搾取した金で毎日風俗行き、古本を買いまくります。
 出版社が金にルーズであるとしたら、文句を言わない私らも悪いのです。
           *
 話は風俗業界の話に戻ります。電話をしてきたピンサロの従業員は「店に金がないわけではない」という証拠として、女子にはちゃんとギャラを払っていることを挙げていました。これは金がある証拠ではなく、ない中で払うべき優先順位の問題でしかないでしょう。女の子らにギャラを払わないと、すぐにやめてしまい、男子従業員しかいないピンサロはピンサロじゃなくなります。電気代や電話代もしっかり払っているに決まってます。その点、男子従業員は給料を二カ月や三カ月は払わなくてもやめないだろうし、やめたとしても、店長一人で切り盛りできなくはないと判断しているのでしょう。
 経営者は、彼のことを、給料を払わなくてもやめないと思っているのか、やめてもいい存在と思っているのかのどちらかでしょうが、今でも風俗店の経営者は、「仕事ができるとしても、やめるなら所詮やめる程度のヤツ。どうせ補充はきく」と考えている人がたくさんいるわけです。事実、こういう環境にあっても、なおやめない従業員もいますから、いよいよ彼らはそう思う。
 しかし、「ベストワイフ」の社長なら、「給料を払わなければやめるヤツは当然やめるが、その中にもいい人材はいる」と考えるでしょう。彼は切れ者で、店もうまくいっているので、従業員に給料が払えない状態にはそもそもならないでしょうけど、いかに金がなかったとしても、大事な人材を失ってはいけないと思って、事情をしっかり説明して、「実は今金がないんだが、もうちょっとだけ辛抱してくれ」と引き留めるか、自分のポケットマネーから給料を出しても金がないことを悟られないようにするでしょう。「あの店、給料遅配していて、危ないぞ」という噂が流れることのマイナスを考えれば、個人で借金しても、給料は払った方がいい。
 今でも古い体質でやっていけている店もありますが、確実に風俗産業は新しい体質の店が伸してきていて、いわば一般社会と変わらない労務対策、経営戦略が有効になってきています。ピンサロが凋落しているのは、そのサービス形態が古くなっているだけじゃなく、経営体質によるところも大きくて、全国からワケありの男や女を集めて、ハードな労働条件で働かせられる時代ではないのです。
 女の子らも情報を入手しやすくなり、せっかくの人材がすぐにヘルスやイメクラに移ってしまう。こういった情報が本人たちに伝わらないようにしたところで、東京のような都市部ではもはや無理です。雑誌を見ても、本を見ても、インターネットを見ても、情報は得られ、ヘルスやイメクラで働くコらとコンタクトをとることも容易です。
 前々からそうでしょうけど、とりわけ、こういう時代にあっては、何があっても、女の子らへのギャラは真っ先に払うしかなく、労働環境を向上させないと、人気のあるのは残らないのであります。また、ひどいことをやっている店は、情報がすぐに流れて、人が寄り付かないようになります。
 これに比して、出版業界は、全体として、まだまだ古いピンサロの状態が続いていると言えるかもしれません。従業員の給料が遅配しているとしても、大家がうるさければ家賃を払うし、大家がうるさくないなら滞納することでしょう。つまり、出版界では、羊みたいなおとなしいライターが多いために、金についてはアバウトにされてしまっているとも言えます。
「ヤンナイ」に私がギャラを払ってもらえなくてゴタついている時、ギャラをもらっている書き手もいました。ギャラをしっかりと請求する書き手で、なおかつ編集部にとって連載を降りて欲しくない書き手には払っていたのです。一方では、ギャラを請求した途端に連載打ち切りになった書き手もいます。金を払うくらいならやめてもらった方がいいと判断されたライターなのでしょう。私はちょっとはもらってましたから、ちょっとは金を請求していたってことです。また、あちらにとっては、ちょっとは連載して欲しい書き手だったのでしょう。
 これも合理的な対処と言えなくもなく、文句を言わないヤツより言うヤツ、必要じゃないヤツより必要なヤツを優先するのは当然です。で、最終的には、未払い金を払うと約束した期日に払われないことが続いたので、私は「なるほど、いらない書き手ってことか」と判断して自ら連載を降りました(その後、あちこちでこのことを書いたためか、経費を除くギャラは払われました)。
 仮に、ある雑誌で、ギャラを払わないことによって次々と書き手やライターが仕事を降り、その噂が広がって、誰も仕事をしようとしない状況が生起したら、つまり、風俗業界と同じような状況になったら、さすがに経営者の遊興費、接待費を減らしても、あるいは自分の給料を減らしても、ギャラを払おうと考えるでしょう。でも、文化や理想で腹が一杯になる人たちが多いので、こんな連中のギャラは最後の最後でいいと考えたり、印税をごまかしていいと考える経営者が今でも多いのです。
           *
 風俗嬢のギャラはああも公開されているのに、ライターのギャラって案外外に出てませんよね。出版業界以外の人で、私の原稿をマメに読んでいない人は、原稿料ってナンボくらいなのか、全然わからんでしょう。
 念のために書いておくと、今現在私がやっている連載では、4百字詰め原稿用紙1枚単価千円程度あるいはそれ以下というのが2誌あります。ノーギャラというのを除けば、現在の出版界では、これが最低ランクです。もっとも多いのは、3千円から5千円の範囲。大手出版社を入れるなら、出版界全体では安い方かもしれませんし、事実、「3千円から5千円」と言うと、「安い!」と同業者から言われることがありますが、エロ雑誌はだいたいこんなもんです。『アサ芸』は単価にするともっといいのですけど、あれは、マンガの原作的な役割もありますから、原稿そのものの単価では計算できません。
 今現在私がやっている純粋な原稿料で一番いいのは、1枚2万というものです。破格であります。百枚くらい書きたいのですけど、毎月4百字1枚の依頼なので、そんなにはおいしくないです。
 仮に4千円平均として、月産百枚で40万円。これだけ取り出せば悪くないですよね。年収480万円ですから、40歳男子の年収としては、全然よくはないけど、極端に悪くもないというところでしょう。しかし、ライターにとってこの金額は売上であって、利益ではありません。定期券をもらえるわけでなく、文具が支給されるわけでもなく、仕事場も自分で確保しなければならず、ここでかかる通信費、光熱費の類いも当然必要です。国保も高いですしね。書き手によっては資料も使い、取材もして、その金はしばしば自腹になります。百枚ごとき書いて40万円を手にしたところで、ボーナス年4カ月として月収30万円、つまり年収480万円のサラリーマンと同じ生活はとうていできないわけです。
 10年以上前、私がサラリーマンをやっていた時代に、知り合いの音楽ライターが「月に50万は売上をたてないと、やっていけない」と言っていて、「なんと贅沢な」と思ったものです。でも、自分がライター専業になったら、よくわかりました。かつてならレコード、今なら風俗といったように、私は仕事という名目が与えられたものについては、惜しみなく金を使ってとことん探究するので、50万でも全然足りないです。
 運よく私は扶養家族がおらず、毎月150枚平均は書いてますし、印税もたまには入ってきますから、まだいいのですけど、また、もっぱら大手で仕事をしている人はギャラもいいし、経費もふんだんに使えたりするのでいいのですけど、専門誌を中心に書いている遅筆の人はどうやって生活しているのかよくわかりません。理想や夢で腹を膨らませているのでしょう。
 昨年の11月12月は200枚以上の原稿を書いていて、このペースで原稿を書き続ければ、年の売上が1千万を越えることもあり得ますけど、いつもこうも仕事があるわけではなく、一日15時間労働で休みは一日もなしという生活になり、これではかつての風俗店のボーイみたいです。月に200枚も雑誌の原稿を書くということは、原稿依頼があるという意味で、ライターとしては恵まれた環境にあるわけですが、こんだけ仕事しても、大手出版社の30歳の編集者と同じ利益が得られないって、やっぱりおかしくないか。
 下関マグロが毎年自分の年収を公開していて、彼はギャラのいいところで仕事をしていることがよくわかり、「いいなあ、こんなに稼いでいて」って羨みつつ、また、「売上をそのまま出すと、ライターはボロい商売と思われるので、経費を引いた収入が普通の人の給料に当たることをちゃんと説明した方がいい」とも思いつつ、「こうやって公開するのは偉い」とも感心してます。
 私自身、仕事をしている全出版社の原稿料の単価を出版社の実名入りで公開しようと計画しながら、「嫌がる人がたくさんいるだろうな」と考えて、踏み切れないでいます。「うちはギャラが安い」と思っている出版社が「松沢に仕事を頼むと公開される」と恐れて原稿依頼してくんなくなるかもしれません。そういう出版社の仕事を現にやっているわけですし、それを見た編集者が「この値段でいいならうちも頼みやすい」と考えてくれればいいのですけど、そうはならないような気がする。「あの雑誌では、オレの方が原稿料単価がいいんだ」とホッとするライターがいる一方で、「なんで松沢の方がギャラがいいんだ」と怒り狂う人もいそうです。
 ここで私が躊躇してしまうのと同じ気持ちから、出版社にギャラの提示を求められない人がいます。金のことを言うと、金にうるさい書き手と思われて敬遠されるのではないかと恐れるわけです。「黒子の部屋」で書いたように、イーストプレスさんには、事の経緯をすっとばして、私がギャラが安いと文句をつけた書き手であるかの如くに言われてしまっているわけで、そう恐れるのは、もっともであり、イーストプレスにギャラの提示を求めたら、社長は「金にうるさい書き手」と吹聴しかねないでしょう。
 かく言う私も、出版社から「誰々さんに仕事を頼みたいんだけど、うちはギャラが安いので、受けてくれるだろうか」といった相談をされて、「大丈夫だよ、金にはうるさくない人だから」みたいなことを言うことがあります。この場合は、金のことを聞かれているのですから、金のことを答えていいのですけど、「金にうるさい」という表現をしている時、仕事を受けるか否かにおいて金を重要な判断材料にすることが、私の中で決していい評価にはなっていません。いかんですね。「金にうるさい」という言葉が既にしてよくない。「金に真面目」とかって言えばいいのかな。「金にステキ」とか「金にカッコいい」とか。意味がわからんですね。
 出版界でも、風俗業界同様に、ギャラのことを含め、もっともっと情報をオープンにしていいのではないか。
 ポット出版は、部数を本に明記してますが、いろんな人に「なんでわざわざ明記しているのか」と言われます。部数を水増しして公表するのが当たり前のこの業界で、売れてないことがモロばれになるようなことを自らする必要はないってことなんでしょうけど、いいじゃんな、本当のことなんだから。「上佑はウソつきだ」なんて、出版界全体ウソつきで、部数を水増しして心が痛まない人がほとんどなのに、「何言ってんだ」って話ですよね。
 また、どこの出版社が約束を守らないか、どこの出版社が金の支払いが悪いかの情報ももっともっと流れていいのではないか。おかしなもんで、私ら、表現することを商売にしながら、こういうことがなかなか公にならないのであります。不満がないならいいんですけど、飲み屋に行けば皆さん愚痴だらけじゃないですか。ああいうのって、みっともないと思うんですよ。
 私も愚痴は言いますけど、「黒子の部屋」を筆頭に、愚痴も公にやることが多い。非公開でやることがあっても、その何倍、何十倍も公に批判します。非公開の場で、「創」の批判をしたことも何度かありますが、これはたいてい相手から説明を求められた時と、情報収集のためであり、その百倍は公に「創」を批判してます。
 私は出版社や編集者を名指しで批判することが多いために、「怖い人」っ思われることがよくあって、ホントに困ってしまいます。こうすることによって、事実、私に反感を抱く人は多く、敬遠する人も多いかと思うのですが、黙りこくっているライターは、給料遅配のピンサロ従業員のような扱いを受けてもしょうがないんじゃないでしょうか。
 その分、文句を言う書き手にしっかり払えばよく、他の書き手のギャラが安くされたり、遅配したりしても、私は私にギャラが払われてさえいれば文句言いません。知らんですよ、他の人のことなんて。私は理想や夢ではなく、食い物と女体と古本で腹がふくれる体質なので、私には高額なギャラを支払うようにしていただきたいものです。
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