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真実・篠田博之の部屋[番外6] [2001年1月11日]
真実・篠田博之の部屋
[番外6]
 この間、たまたま朝から原稿を書いていたら、オドオドとした口調の電話がかかってきました。何かと思ったら、見知らぬ風俗店の従業員からの相談電話でした。
 なんでうちの電話番号がわかったのかと訝ったのですが、「チラシで見た」と言います。何のチラシかと思って聞いたところ、「原稿の募集をしているチラシ」と言います。そんなん、『ワタ決め』しか考えられませんが、『ワタ決め』の原稿依頼書には、ポット出版の連絡先しか書いていません。誰かが勝手に電話番号を書き込んで、バラまいているのかとドキドキしてしまいました。
 さらによく話を聞いてみたら、それと一緒に、屋形船での「風俗演芸会」の案内があったと言います。確かにあっちには、電話番号が入ってました。
 店名を聞いて合点がいきました。彼が働くピンサロに気に入っているコがいて、そのコに渡したものだったのです。納得するとともに、ガックリ来ました。彼女は私が渡したその2枚のコピーを従業員に渡したか、放置しておいたのを従業員がとっておいたらしいのです。それを最近になって、電話をしてきた彼が見たというわけです。
 あの女、原稿依頼書を持って帰ってもいなかったのか。客から渡された名刺の類いをすべて店に渡さなければならないことになっていることもあるので、規則通りに渡しただけなのかもしれませんけど、どっちにしても、書く気なんてなかったというわけです。
 彼女には3回会っていて、それからも原稿が届かないため、人を信じやすい私とて、「こいつ、書く気ねえな」と薄々気づいていて、以来、会いに行ってません。「書けない」とはっきり言ってくれていたら、今だって通っていたかもしれないけど、二度と行くことはないでしょう。
 原稿依頼書のほとんどはこうやって何ら機能していなかったと思われます。客の立場ではなくて会ったとしても、どうせその場限りのお愛想を言って、その実、その直後には忘れているんでしょうね。
 さて、電話してきた従業員は、それまで全く違う業種で働いていて、10月に広告を見てピンサロの従業員になったのですが、一度も給料をもらっていないと言います。店の上にある小さな部屋が寮になっていて、家賃はいらないとは言え、もともと貯金などありはしないため、これではメシもロクに食えず、風呂にも入れない。その近くには銭湯がなく、電車に乗って行かなければならないのです。ピンサロですから、シャワーもありません。おしぼりは豊富なので、「店で体を拭いている」とのことです。
 日々の生活のために、給料日までは一日3千円を先払いするという話だったのですが、これも半額だったり、出なかったり。腹に据えかねて談判したところ、「払う」ということになったそうですけど、約束の日になっても結局払われず、のらりくらりが続いているそうです。
 この店は他に系列店もあり、最近、新しい店舗を出してもいて、金がないわけがないと彼は言うのですが、この店、どう考えても流行っておらず、また、新店舗を出したことで、いよいよ金がなくなっているのかもしれません。
「従業員をタダ働きさせて、辞めたら、また雇って、ということを繰り返しているのではないか」とも彼は言いますが、募集にだって金がかかりますし、こんなことでは従業員の士気が上がるはずもなく、特に新米は教育にも手間がかかるのですから、だったらちゃんと金を払って働かせた方がずっと合理的です。たぶん、本当に金がないんでしょう。
 それにしても、その事情をちゃんと説明して、「いついつまで待ってくれ」と言って頭を下げればいいのに、こういう曖昧な態度が確かに一番腹が立ちます。かつて私が「ヤンナイ」に腹を立てて、連載を降りた時もこれです。
 労働基準監督局に相談しても、「電話での勧告をするくらいしかできない」と言われ、彼は、これにも腹を立てています。そりゃ、こういったトラブルにいちいち介入していられるほど暇じゃないでしょう。よりシビアな状況に置かれている人達だってたくさんいるんだから。それと、契約書があるわけではないので、法的な対応も非常に難しいと思われます。
 この店は店長と彼しか従業員がいないため、相談する相手もおらず、困り果てて私に電話をしてきたというわけです。
 相談に乗る義理はないものの、無視するのもかわいそうで、一通りの話を聞いてあげ、「このまま働き続けたところで、払われるかどうかもわからないのだから、さっさと別の職場を探し、その上で未払い金の交渉をした方がいい」とアドバイスしました。給料が遅配しているなら、この店、そのうち潰れかねず、だったら、極力タダ働きの期間を長引かせない方がいい。
「二人、三人の共同だったりするけど、ソープだったら、たいていどこでも風呂つきの寮があるし、店泊だとしても、店の風呂に入れる。メシ代も当面は立て替えてくれるから、ソープがいいんじゃないか」とも教えておきました。使えるヤツかどうかまではわからないので、紹介はしませんでしたけど、その気になれば、いくらでも募集広告が出てます。面接に行くまでの交通費くらいは自分でなんとかしてもらうしかありませんね。
 はっきりとは言いませんでしたが、彼としては、私に間に入ってもらいたかったようです。でも、私はその店の店長や社長を知りませんし、知っていたところで、私もそこまで暇じゃないです。
 この数日後、歌舞伎町の若妻専門の性感「ベストワイフ」の社長とこの話をしていたら、「サロンは客が来ないので、そういう話が時々ありますよ。うちで働けばいいのに。人が足りないんですよ」と言ってました。
 風俗店の従業員、特にソープのボーイは、開店前から閉店後までの14時間とか15時間労働が当たり前で、月に一回の休みしかとれないなんてことが今でもよくありますけど、この店は男子従業員は早番遅番の完全交替制で、休み時間もあり、週一の休みがとれます。一般には当たり前の労働条件、あるいはこれでも厳しい方かもしれませんけど、風俗産業では今でもまだ少数派でしかない好条件と言えましょう。
「ダラダラと長時間働いても効率が上がりませんから、しっかり休んでしっかり働いてもらった方がいい。僕自身、店を出たら、頭の中を切り替えて、仕事のことは考えません」と社長。
「風俗バンザイ」の「ショー松」版に詳しく書いたように(単行本にする際に削除)、風俗店で男子従業員がぼろぎれのように働かされるのは、もともと社会的な監視が届かないため、経営者はこき使えるだけ使うという単純な理由もあるのですけど、一昔前まで風俗産業で働こうとする人間は、もともと社会性がなかったり、別業種で何らかのトラブルを起こしてたりして、人材としては全体的に質が悪く、厳しく鍛えないと使えるようにならないということと、風俗嬢同様に後戻りできない事情がある人が多かったため、厳しくしても残るのは残るということによるところもあります。ほとんどが使えない人材の中から、使える僅かな人間を残していくわけです。労働者の側からするとたまったもんではないという話ですが、経営者からすると合理的な発想です。
 しかし、今は、過剰な根性やら忍耐を期待する時代じゃなく、また、「他では働けないから」という人だけが入ってくるわけでもないのですから、その社長のような考え方をすることで、よりよい人材を集められる時代になってきているわけです。
「他業種でやっていた人が、そのノウハウを活用できるようにしていくべき」とも社長は言ってました。この社長自身が、かつては決して風俗産業にはいなかったタイプの人であり、だからこその発想でしょう。

 なんで「番外」にこんな話を書いているのかわからない方もいらっしゃいましょう。詳しくは次回をお読みください。
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