本の紹介

飯野由里子『レズビアンである〈わたしたち〉のストーリー』


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● 飯野由里子『レズビアンである〈わたしたち〉のストーリー』(生活書院)

★★★★ 著者には現在のレズビアンたちの感性を掬う仕事をしてほしい

どんな人でも経験することであろうが、人はいま自分がどんな時代を、どんな流れのなかで生きているのか、その時点ではわからないものである。筆者は九十年代以降、性的少数者のムーブメントを生きてきたが、その活動をはじめた当初、自分がどんな道を歩んでいるのか見えていたわけではなかった。なので個人的にも、本書の第一章、レズビアン&ゲイの運動や思想の歴史についての概観は興味深かった。

そこで明らかにされているが、現在の性的少数者をめぐる理論研究の主流は、アイデンティティをもとにした政治を批判する社会構築主義やクィア理論である。かつては、「ゲイ」とか「レズビアン」という抑圧された人たちが存在し、その人たちが解放されることが目標とされる「解放の政治学」が運動の中心だった。が、フーコー以降のアカデミズムでは、「ゲイ」「レズビアン」といったアイデンティティ自体が権力の産物であり、その土俵を踏襲することは、近代の「同性愛/異性愛」の二項対立的な構造を再生産することになってしまう、という議論が支配的になっていて、この本の著者もその思潮に乗っている。 続きを読む…

長谷川博史『熊夫人の告白』


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● 長谷川博史『熊夫人の告白』(ポット出版)

★★★★★ 旧世代ゲイの実存の記録

『熊夫人の告白』は、あるHIV感染者の自叙伝である。著者は40代のゲイで、HIVの活動家として著名な人物。「熊夫人」とは、著者がときに扮するドラァグクィーン、ベアリーヌ・ド・ピンクを指したものだ。けれど、人は仮面をつけることによって、かえって自分に正直になれるのかもしれない。

「熊夫人」の生き方は、現在の40代以上のゲイの、ある一つの極を行っているように見える。彼の世代は、同性愛=変態という認識が社会に広く行き渡った時代に、青春期を送った。そうした抑圧の中では、あってはいけない己の欲望を否定すればするほど、逆説的に、それに囚われてしまう。結果、彼の否定的なアイデンティティは、本人の実存を性化した。 続きを読む…

河合香織『セックス ボランティア』


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● 河合香織『セックスボランティア 』(新潮文庫)

★★★ 寸止めの誠実さ?

物質的に豊かになって、ある程度富の平等が実現すると、人々は今度、エロスの平等を求めるようになる。誰だって、素敵な恋がしたいし、めくるめくセックスだって経験したい!

もちろん、体の不自由な人たちがそう思うことだって、当然である。本書は、ただ生存しているだけではなく、人生にそうしたつややかな時間を獲得しようとし始めた障害者と、それをいかにサポートするかに奮闘する人たちに関するレポートである。 続きを読む…

海野弘『ホモセクシャルの世界史』


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● 海野弘『ホモセクシャルの世界史 (文春文庫 う 18-3)

★★ ペダンチック

近代を生きる私たちは、いささか性にとらわれすぎている。その人が誰とどのような性愛関係にあるのか、どんな性的指向、嗜好を持っているのか……どこかで意識せずにはいられない。しかし「私」と他者との関係は、性愛かそうでないかという二分法では割り切れない。

著者は本書において、友愛という観点から男同士の絆を再構成しようと試みている。だから、このタイトルはあまり正確ではない。近代において〈性〉という視線によって分類された〈ホモセクシュアル〉は、通史的な現象とはいえず、ここで描かれる多くの男たちの絆は、近代人が知りえない他の〈可能性〉であるともいえるからだ。

著者は該博な知識によって、古代ギリシアのアキレウスから、キリスト教会のアウグスティヌス、ルネサンスのレオナルド・ダ・ヴィンチ、オスカー・ワイルド、はてはナチの同性愛まで、西洋社会におけるさまざまな男たちの物語を紡いでいく。読者はそのエピソードの意外さと、多彩さに、興味が尽きないだろう。

例えば、カエサルは、見習士官の時代、派遣先の「王に男の操を売った」との噂が立てられたこともあり、旺盛なバイセクシュアルだった。また、イエスが聖書にある〈愛する弟子〉を特別あつかいしたことに着眼して、イエスとヨハネが愛者と愛人の関係にあった、という推論まで紹介される。

これらの断面は、史実に新たな陰影を与え、語りえなかったもう一つの世界史をかいま見させてくれる。

「私はどうやってあなたと結ばれるのか。禁じられ、差別されてきた〈ホモセクシャル〉は、人と人の絆の極限について考えさせてくれる」。著者は同性愛的な関係に焦点を当て、それらを並記することで、近代の性体制を相対化しようと企図する。しかし、その〈ホモセクシャル〉に関する尋常ならざるオタクぶりに、かえって性に拘束されているようにも見える。

もしかしたら、友愛の可能性は、性愛の周縁や過去にではなく、その果てにしか見出せないものなのかもしれない。

*初出/共同配信→

山田昌弘『希望格差社会』


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● 山田昌弘『希望格差社会―「負け組」の絶望感が日本を引き裂く (ちくま文庫 や 32-1)

★★★★ 読みたかないが読まずにはいられない現実

大学の講師をしていたときに、女子大生の楽観的な未来予想図にいらだちを抱いたものだ。「卒業したら一応就職して、いい条件の相手と結婚して、専業主婦になります」。若い世代は意外と保守的な考え方を持っていた。「いい条件の相手って、絶対数が少ないんだから、つかまえるのは難しいよ」などと意地悪なつっこみを入れても、若い女性というのは妙な自信を持っているのである。「大丈夫」。

しかし現実は、社会に出て数年で彼女たちからその余裕を奪うことになるだろう。学歴エリートでもなく、女優のような美貌を兼ね備えているわけでもなく、(これはその場で質問したことだが)とりたててお金持ちでもない女子に、顔がよくて、お笑いのセンスがあって、高学歴で、稼ぎがいい男が回ってくる確率はかなり低い。 続きを読む…

伊藤文学『「薔薇族」のひとびと』


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● 伊藤文学『「『薔薇族』の人びと その素顔と舞台裏』(河出書房新社)

先日とある公園で高校生らによって同性愛者の男性が襲われ、現金を奪われる事件が起こった。少年たちは同性愛者なら通報しないと思ってやった、と自供したという。

この件は、まだまだ社会に同性愛者への差別意識が根深いことを物語っている。一方で、被害者が警察に通報したことは、時代状況の進展も示しているだろう。かつてだったら同性愛者だということで被害に遇っても、それを知られないよう泣き寝入りせざるをえなかったからだ。 続きを読む…

星乃治彦『男たちの帝国』


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● 星乃治彦『男たちの帝国―ヴィルヘルム2世からナチスへ』(岩波書店)

★★★ 政治学のセクシュアリティに踏み込む試み

政治と性愛、この一見なんら関係がないように見える二つの現象の連関を、近代ドイツの政治史を例にとって考察したのが本書である。

第二帝政からナチスドイツ、そして戦後にいたるまで、ドイツの近代史の中には、同性愛とミソジニー(女性嫌悪)をめぐる問題が政治現象の裏側にうごめいていた。しかしそれを「どう政治史の分析に取り入れていくのかの戸惑いが研究者の中にあったため」、これまでその重要性は看過されてきた。 続きを読む…

中島義道『ひとを〈嫌う〉ということ』


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● 中島義道『ひとを“嫌う”ということ (角川文庫)

★★★ 他者との関係にヒリヒリしてしまう方にお勧め

私の場合、もっと若かった頃は性的欲望に翻弄されたり、恋愛感情に支配されてしまう自分が疎ましくてならなかった。が、この頃は、性愛の効用をありがたく思えるようになってきた。それは、性愛の欲望によって誰かと関わる機会を求めたり、あるいは実際に抜き差しならない関係になったりということが、自分を他者につなぐ回路になっていると感じるからだ。

振り返ると私は、人を見る目が養われ社会的な経験を積むことでかえって、誰かと関わることがヒリヒリとした痛みを伴うようになった。他者に対する批評眼が鋭くなり、また他者の自分への感情や、相手との差異に敏感になったがゆえに、他者と関係することが困難になっていった。ところが、性愛というファクターが働くと、そうした理性的な認識から解放されて、その抗えないような「魔法の力」によって、他者との交流を求めるようになる。これは、対人関係に強い違和を持つ人間にとっては、この上ない癒しでもある。 続きを読む…

斎藤美奈子『モダンガール論』

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● 斎藤美奈子『モダンガール論 (文春文庫)

★★★★★ 倫理主義的なフェミニズムとは一線を画す

フェミニズムが心をそそらないのはなぜか。これだけたくさんの関連書が書店に出回り、学会の論客がメディアで舌鋒鋭く女性差別の解消を訴えても、どうも、人口の半分を占める女性たちの大きな支持を得ているようには見えない。フェミニストという党派の立場からすると、「男社会の価値観の中で育てられた女性たちは、自分たちが不利益を被っている事実をなかなか受け入れられない」ということになるのだろう。しかし、ウーマンリブが沸き上がった1970年代初期ならともかく、現在も一般大衆の女性たちが、社会の女性差別の網の目に気がついてないと考えるのは、あまりにもナイーブだ。 続きを読む…

落合恵美子『21世紀家族へ』

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● 落合恵美子『21世紀家族へ―家族の戦後体制の見かた・超えかた (有斐閣選書)

★★★★★ 家族の一般教養!

人が問題意識を抱く契機には、幸福よりも不幸が作用するものだ。なんで自分はこんなに幸せなのか、ではなく、なんで自分はこんなに不幸なのか、ということから自分を取り巻く状況に思いをめぐらせていく。そうすると思考する者はとりあえず、いまある社会的条件を否定することから出発することになる。

すでに家族社会学の古典となりつつある落合恵美子の『21世紀家族へ』(初版は1994年)も、フェミニムズ世代とも言える彼女のそうした問題意識から積み上げられた論集だ。「わたしは、いわば親世代の家族を相対化するためにこの本を書いた。批判するため、と言ってもよいだろう」。 続きを読む…

いただいたご本『性同一性障害 ジェンダー・医療・特例法』


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● 石田仁編『性同一性障害 ジェンダー・医療・特例法』お茶の水書房

性同一性障害に関しては、十年くらい前にずいぶん興味を持っていた。クィア本も先駆けて出したし、出不精の伏見が埼玉大学の倫理委員会の記者会見にまで取材で出掛けていったくらいだから、「自分の問題」としてとらえていたのかもしれない。だけど、当事者との対話を繰り返すなかで理解が深まっていくと、かえって関心がなくなってしまった。別に彼らを嫌いになったわけではないけど(むしろ友人は増えていった)、ある程度納得したら何か「自分の問題」としての意識が薄らいだのだろう。以来、「LGBT」というくくりにもいまひとつ乗り切れない伏見なのである。

本書は「性同一性障害をめぐる論争の白地図を埋める。」と帯にあるように、この問題の論点を拾い上げ掘り下げようという専門書である。学術書に寄稿する専門家がこんなに出てきたんだなあと、ページをめくりながら感慨にふけってしまった。十年くらいで言論状況は大きく変わる。だけど、この間にあったのは「〈性〉と制度の闘争」だったのだろうか?などと振り返ったりして、面白い読書体験となった。本書が、これから性同一性障害について考察していこうというひとにとって参照すべき一冊になるのは間違いない。ちょっと値は張るが、いい勉強になります。

三浦しをん『風が強く吹いている』


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● 三浦しをん『風が強く吹いている』(新潮社)

★★★ ともに疾走して感動を味わえる

よく散歩に出かける河原で、どこかの大学の陸上部員たちがランニングをしているのとすれ違う。ただもくもくと息を切らせて走る彼らは、いったい何のためにトレーニングに打ち込んでいるのか、不思議に思っていた。

これは、そんな熱いアスリートたちを描いた青春小説である。主人公の蔵原走は、長距離ランナーとしての道をはずれ、無為の日々を送っていた。が、ふとしたきっかけで、同じ大学の先輩、清瀬灰二に誘われ、竹青荘で暮らすことになった。その貧乏アパートには9人のユニークな学生たちが同居した。ある日、清瀬は、その素人集団で箱根駅伝を目指すことを宣言する……。 続きを読む…

ピーコ『ピーコ伝』


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● ピーコ『ピーコ伝 (文春文庫PLUS)

★★★ 元祖オネエ系タレントの背負ってきたもの

昨今のピーコ氏は、再びタレントとしてのピークを迎えている。それは、七十年代後半に、「双子のオカマ」おすぎとピーコとしてメディアを賑わわせた時代をしのぐ持て囃され方だ。

この本でインタビュアーを務める糸井重里氏は、「昔から、日本には、いつでも『日本のおかあさん』の役割をしている人がいて…その空席に一番ぴったりと納まるのは、ピーコさん」だと語る。 続きを読む…

ヨコタ村上孝之『色男の研究』


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● ヨコタ村上孝之『色男の研究 (角川選書 406)

★★★ サントリー学芸賞受賞!

著者は「恋愛」に疑問を抱いている。私たちが当たり前の営みとし、普遍的に存在していると思い込んでいる「恋愛」に。

どうして今、少なからずの男たちは「オタク」と称し、上手く男女の関係を作ることができないのか…。そのあたりの問題意識から遡って、「色男」というキーワードでさまざまなテクストに入り込み私たちの性愛を問うたのが、本書である。

フーコーの手法を用いて近代を相対化しようとするセクシュアリティ研究、と言うと、こむずかしく聞こえるかもしれないが、この著作の魅力は広い文学的な知識によって呼び込まれるエピソードや、西洋と日本のもてる男の文化比較など、その着眼点にある。 続きを読む…

いただいたご本『恋と股間』


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● 杉作J太郎『恋と股間 (よりみちパン!セ 38)』(理論社/よりみちパン!セ)

あぁ、ご紹介すべき本がいっぱいあって、読書が追いつかない!

ここ数年、ノンケ男子の研究を密かにしている伏見には、こうしたノンケ男子向けの恋愛本は実に興味深い。性に揺らいでいるひとはいるにせよ、なんていう留保をつけているにせよ、男女は絶対的に違うことを前提にすべし、という出発点からして、男子の性幻想のありようがよくわかる。

なんで男子はオナニーするときにいちばん好きな女子を想い浮かべないのかとか、「コイツは小さい」と思われないためにどうするかとか、一緒に寝るときに彼女に背を向けるのか失礼かとか、具体的かつ実践的なテーマを語っているところが「使える」。この設問自体がいかにも沽券と股間にプライオリティのあるノンケ男子だなあと微笑ましい。

究極は前書きの「四十数年の壮絶な生活の中で、ときに血反吐を吐きながら体得した理論です。とりあえず最後まで読んでみて、少なくとも五年はよく考えてみてから、みなさん反論してください」。こういう強がりっぽいところがノンケ男子の魅力ですね。うーん、益々ノンケ男子に興味がわいてきた!

ベルトラン・ドラノエ『リベルテに生きる』


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● ベルトラン・ドラノエ『リベルテに生きる パリ市長ドラノエ自叙伝』(ポット出版)

★★ 同性愛の視点からフランス政治が見える

民主主義とは終わりのない実験であるーー。思わずそんな時代がかった感想をつぶやきたくなるのが、本書『リベルテに生きる』だ。

著者は現職のパリ市長で、フランス政界の大物、ベルトラン・ドラノエ氏。彼は二十二歳で社会党に入党し、国民議会議員になる。ミッテラン氏の側近として活躍後、一時政界を離れるが、2001年に保守派の牙城で、同性愛者であることを公言して首長に当選した。

この本は社民主義を奉じるドラノエ氏の経歴と政見をつづった「自伝」である。しかし個人史を超えて、民主主義とはいかに困難であるかを示した内容となっている。デモクラシーの故郷とも言えるフランスでさえ、それは確立した政体と言うにはほど遠く、危うい「過程」なのだ。 続きを読む…

三浦しをん『きみはポラリス』


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● 三浦しをん『きみはポラリス』(新潮社)

★★★★★ 小説を読むのが好きではない伏見が、めずらしく夢中になって読んだ秀作短編集

三浦しをんの『きみはポラリス』を読み進めるうちに、子供の頃の情景が思い出された。まだ性が言葉を持たなかった時代の自分をーーー。

小学校も中学年になると子供もませてきて、「○○ちゃんが好き」とか「××君から告白された」とかいった話題が教室の隅でささやかれるようになる。女の子たちにとっては、バレンタインデーに意中の男子へチョコレートを手渡すことが一大イベントだったし、とりあえず「両思い」ということになれば、ふたりだけで下校したり、二つ合わせるとハート型になるペンダントの片割れを持ち合ったりしたものだ。 続きを読む…

橋爪大三郎『冒険としての社会科学』


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● 橋爪大三郎『冒険としての社会科学 (新書MC) (Modern Classics新書 31)

★★★★★ 社会科学を志すのならたどるべき先人の軌跡

実は、伏見は、昨年からこの本の著者、橋爪大三郎氏に師事している。東工大に講演に呼ばれたのがきっかけだったのだけど。評論とかエッセイとかで書いているとアカデミズム方面で等閑視されたり、剽窃されたりということがままあるので(笑)、四十の手習いで論文執筆の技術を手に入れておくのもいいかと思って入門させてもらうことをお願いした(もう半隠居な人生なんで半ば趣味)。

んで、けっこう頻繁に橋爪先生と接することになったのだけど、会う度にすごいひとだなあと尊敬が深まる。ボタンを押すとあらゆる知識が流れ出てくるような学識、発想の豊かさはもちろん。「東工大のアイボ」「ほんとは電池で動いているのではないか」などという評判のある橋爪先生だが、外面のメタリックな印象とは違い(笑)、実のところ、熱いパッションを秘めた方なのだ。

この本はそうした橋爪氏の実存が下味になっていて、社会科学の概説書以上の何かになっている。西研さんの『実存からの冒険 (ちくま学芸文庫)』もそうだが、思想家というのは、誰もが一度は自分の問題意識の震源たどる本を書かざるをえないものなのだろう。「近代の源流をたどりマルクス主義の失効を思想的に検証しようとした格闘の記録!」と副題になるとおり、この本は全共闘世代(というか元全共闘)が青春の総決算と、近代の総決算を企図したものだ。

今回上梓された新書版を読んでも、すでに単行本版から20年の歳月が経っているというのにまったく古くなっていないのは、著者が徹底的に原理的な思考の研鑽を積んでいたからだろう。20年の風説に堪える、ブレない分析に感嘆するばかりである。そして堅固なロジックのなかにときに滲み出る切なさがとても心地いい。

はらたいら『はらたいらのジタバタ男の更年期』


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● はらたいら『はらたいらのジタバタ男の更年期 (小学館文庫)

★★★ すでに故人になってしまったはら氏であるが、この本によって救われた男性は多い。ちなみに伏見も(笑)

本書は、男性にも更年期障害がある、と世に訴えた問題作である。

著者のはらたいら氏は、「クイズダービー」でお茶の間でも有名になった売れっ子漫画家で、三、四十代の頃は、連載に講演にテレビにフル稼働するワークホリックな日々を送っていた。が、そんな氏も、五十を越えた辺りで、仕事に疲れを感じるようになる。講演中に意識が遠のくことを体験し、講演後に救急車で運ばれることにもなった。だんだんと仕事に対する集中力や意欲を失って、落ち込むようになっていく。酒が弱くなり、食物の嗜好も変化する。そしてついに漫画が描けなくなるに至った。 続きを読む…

石原慎太郎『子供あっての親ーー息子たちと私』


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● 石原慎太郎『子供あっての親―息子たちと私 (幻冬舎文庫 い 2-9)』(幻冬舎)

★★★ 一つの子育て論として興味深い

私の散歩のコースにはグラウンドがあって、日曜日にはよく小学生のサッカーチームが練習や試合をしている。それを見守る親御さんたちの様子を眺めながら、親の気持ちというのはいったいどのようなものだろうかと思うときがある。彼らの多くは私と同世代なのだが、私には子供がいない。それに負い目を抱くことはないのだが、ある種のうらやましさを感じないとは言わない。

石原慎太郎著『息子たちと私』は、世間的に有名な家族の記録としても面白く読めるが、男親にとって子供はいかなる存在なのか、という点において好奇心をそそられる一冊だ。石原氏はそこで、子供の成長、兄弟関係、仕事、スポーツ、性、旅、結婚といったテーマを、具体的な子育ての経験とともに語っている。それは氏の人生観そのものだ。 続きを読む…