2010-07-05
バンドやろうぜ! [下関マグロ 第28回]
1987(昭和62)年、4月1日に国鉄が民営化され、JRグループとなった。<スキー田舎紀行>の取材をした3月はまだ国鉄だったが、原稿を書くときには「JR」と表記したのを覚えている。
ひとりで国鉄に乗って取材に行く<スキー田舎紀行>のスタイルは僕には合っていた。しかし、伊藤ちゃんたちとチームを組んで、スキー場へ取材に出かけることもあった。カメラマンや編集者といっしょに行動するのは、それはそれで楽しい。だが僕には大きな問題があった。それは夜のイビキである。いっしょに泊まる人たちには相当不評だった。朝起きたら、自分の周囲に堆(うずたか)く布団が積まれていたり、布団ごと廊下に出されていたりした。しかし、僕にはどうしようもできないのだ。とにかく集団で宿泊する仕事には向いていなかった。
この年の6月、僕は29歳になった。相変わらず伊藤ちゃんとはよく会っていた。学研でも会っていたし、僕が住む荻窪のオンボロマンションに伊藤ちゃんが来ることもあった。
仕事もない休みのある日、伊藤ちゃんはアコースティックギターを持ってウチにやってきた。歌本を開いたりして、昔のフォークだのロックだのそういうものを伊藤ちゃんがギターを弾いて僕が歌う。そのうち、「なにか曲を作ろうよ」という話になり、伊藤ちゃんはそこらの紙になにやら書きだした。
「夕暮れ迫る高野豆腐 とどのつまりが興奮状態!」
という詞だった。気がつけば、あたりは真っ暗だ。電気つけなきゃ。それにしても昼過ぎに伊藤ちゃんがやってきて、時間を忘れて、ギターをかき鳴らし、歌を歌っていたんだ。
「腹減ったね、飯食いに行こうよ」
「いいねいいね、どこ行く?」
「環八沿いに田中屋って洋食屋さんがあるんで、そこへ行こうよ」
僕はそう提案し、表に出た。
「さっきの詞にこんな曲つけたんだけど、どう?」
僕はラップ調で「夕暮れ迫る高野豆腐〜」と歌った。
「おっ、いいねぇ、いいねぇ」
伊藤ちゃんと僕は歩きながら歌った。青梅街道を四面道という交差点に向かい、そこから環八通りを行く。
「岡本くんも誘ってみようか」
岡本くんと僕は山口県で、中学、高校と同じであった。東京に来てからいろいろとお世話になっている。たしか、伊藤ちゃんとも何度か会って、知っているはずだ。まだ伊藤ちゃんが吉祥寺に住んでいるときのことだ。僕と岡本くんと伊藤ちゃんで井の頭公園でバドミントンをしたことがあった。
岡本くんのアパートは環八通り沿い、ちょうど田中屋の向かい側にあった。二階の一室をノックした。
「は〜い」
と岡本くんが顔を出した。
「飯いかない? 」
と彼を誘い出し、田中屋へ3人で行った。田中屋はカウンターだけの洋食屋で、幸い3つ並んで席が空いていた。僕たちはオムライスを注文。伊藤ちゃんがここに来るのは初めてだったが、僕と岡本くんはよくここでオムライスを食べていた。ふわふわの卵でくるまれたケチャップ味のご飯が実にうまかった。隣の大学生らしい男が定食のご飯の大盛りを注文していた。その量がハンパなく多くて、僕は岡本くんに、「昔は僕もあれくらいは食べてたけど、もう食べられないよ。なんせ、来年は30歳だからね」というような話をした。岡本くんは僕と同級生だが、早生まれだから、まだ28歳。30になるのは再来年だ。岡本くんは「30になるまでなにかやりたいことはある?」と僕らに訊いた。
伊藤ちゃんはオムライスを頬張りながら「30までにバンドつくってでライブやりたいね」と言った。僕も岡本くんも「いいねぇ、いいねぇ」と言った。しかし、この時、誰がどのパートをやるかなんてことは考えていなかった。僕たちはオムライスをかき込みながら、「ねぇ、ねぇ、どんなバンドにする?」「バンドの名前は?」とか、そういうことばかり話していたのだ。
この連載が単行本になりました
さまざまな加筆・修正に加えて、当時の写真・雑誌の誌面も掲載!
紙でも、電子でも、読むことができます。
昭和が終わる頃、僕たちはライターになった
著●北尾トロ、下関マグロ
定価●1,800円+税
ISBN978-4-7808-0159-0 C0095
四六判 / 320ページ /並製
[2011年04月14日刊行]
目次など、詳細は以下をご覧ください。
◎昭和が終わる頃、僕たちはライターになった
【電子書籍版】昭和が終わる頃、僕たちはライターになった
電子書籍版『昭和が終わる頃、僕たちはライターになった』も、電子書籍販売サイト「Voyager Store」で発売予定です。
著●北尾トロ、下関マグロ
希望小売価格●950円+税
ISBN978-4-7808-5050-5 C0095
[2011年04月15日発売]
目次など、詳細は以下をご覧ください。
◎【電子書籍版】昭和が終わる頃、僕たちはライターになった
[...] 思わぬ方向に話が膨らんできた。まっさんや岡本君と、バンドをやろうと盛り上がってしまったのだ。 [...]