2010-09-27

下血報道とフリーペーパー [下関マグロ 第34回]

その何年か、僕には月に一度のお楽しみがあった。それは大宅文庫へ行くことだ。大宅文庫は、京王線八幡山駅から少し歩いたところにある。有料で過去の膨大な雑誌を閲覧することができ、記事のコピーもできる。以前は会員になれば無制限に閲覧できたが、やがて利用者が増えたためか、一日に100冊までという制限がつけられた。

利用者は、ライターや編集者が多かったと思うが、テレビの人たちも多かった。たとえば、「徹子の部屋」でゲストの情報を探し、コピーしているのを何度か見たことがある。

僕はたいてい、青春出版社の月刊『BIG tomorrow』のデータ集めのために行っていた。データ用の調べ物を午前中のうちに済ませ、午後からは自分の好きな週刊誌などを閲覧するのが習慣だった。自分が子供の頃に読んだ記事やら、自分が生まれる前の週刊誌なんかを読んでいると、その時代の世相がわかり、おもしろかった。そうやって一日中いるので、自然と他の利用者と顔見知りになったりもした。

1988(昭和63)年の秋、大宅文庫はとくに人でごった返していた。顔見知りの週刊誌記者がいたので、「最近、人が多いね」と声をかけると、「そりゃXデーが近いからに決まっているじゃないですか」と言う。見れば、彼はテーブルの上に昭和天皇の記事が書かれた週刊誌を積み上げていた。

このころ、昭和天皇が体調を崩し、テレビのニュースでは毎日のように体調が報道されていた。内容は、体温や血圧、下血の状況だった。「下血」ってなんじゃ?

と思ったら、ワイドショーに医者が出てきて、うんこと一緒に血が出てくることだと説明していた。その血の量が多かったとか、そうでもなかったとか、そんなニュースがしょっちゅう流れていた。

大宅文庫からの帰り、伝言ダイヤルで知り合ったファンキー・タルホ氏と会うために山手線で目黒駅へ行った。イラストレーターをしている彼は僕と同年代で、話していて楽しく、既に何度か会っていた。その日は、駅前で待ち合わせをし、夕食をおごる約束をしていた。

「さあ、何を食べようか?」と僕が言うと、タルホ氏は「何か食べたいものある?」と逆に聞いてきた。そこで、ふと昔読んだ誰かのエッセイを思い出した。

「たしか、目黒だったと思うんだけど、紙カツのおいしいお店があるっていうのを本で読んだことがあるんだけど、そこ行きたいなぁ」

肉を紙のように薄くなるまで叩いて揚げたカツのことを紙カツと言うらしかった。僕はとんかつの肉があまり得意ではないけれど、この紙カツなら食べられそうな気がしたし、値段が安いと書いてあったのもポイントだった。

「うーん、紙カツの店は知らないけど、近くに『とんき』という有名なトンカツ屋さんはあるよ」

んじゃ、そこでいいや。というわけで、「とんき」へ入った。が、メニューを見て、しまったと思った。けっこう高いのだ。

冷や汗をかきながら、ロース肉の脂身が苦手な僕はヒレカツ、タルホ氏はロースカツを注文し、いろいろなことを話しだした。

僕は、せっかく伝言ダイヤルというネタがあるのに、これを書かせてくれる雑誌がない、というようなグチをこぼした。すると、タルホ氏がこう言った。

「だったら自分で作っちゃえばいいじゃない、伝言ダイヤルのフリーパーパー」

「フリーペーパーかぁ。お金も手間もかかりそうだね」

「いやいや、A4一枚でいいんじゃない。安い茶封筒かなんかに入ってね、それが毎週届くって、なんか楽しいじゃない」

「ほっほー。いいねいいね、もっと聞かせてよ、その話!」

お茶を飲みながら、そんな話をしていると、ヒレカツがやってきた。紙カツとは真逆の分厚いカツだ。一口食べて、驚いた。う、うまい!!

なんだか感動するほど美味しくて、涙が出そうだった。

タルホ氏もロースカツを頬張りながら、話を続けた。

「ワープロ持ってるんでしょ? だったら、それで活字を打ち出してくれれば、僕が切り貼りしてレイアウトするよ」

なんだかありがたい話だった。当時はイラストレーターとして独立していたタルホ氏だが、それ以前は、雑誌やパンフレットのデザイナーをしており、その道のプロである。

「ぜひ、協力してよ! ギャラは払えないけど、飯はおごるよ!」

「とんき」で僕はそんな約束をした。

この連載が単行本になりました

さまざまな加筆・修正に加えて、当時の写真・雑誌の誌面も掲載!
紙でも、電子でも、読むことができます。

昭和が終わる頃、僕たちはライターになった


著●北尾トロ、下関マグロ
定価●1,800円+税
ISBN978-4-7808-0159-0 C0095
四六判 / 320ページ /並製
[2011年04月14日刊行]

目次など、詳細は以下をご覧ください。
昭和が終わる頃、僕たちはライターになった

【電子書籍版】昭和が終わる頃、僕たちはライターになった

電子書籍版『昭和が終わる頃、僕たちはライターになった』も、電子書籍販売サイト「Voyager Store」で発売予定です。


著●北尾トロ、下関マグロ
希望小売価格●950円+税
ISBN978-4-7808-5050-5 C0095
[2011年04月15日発売]

目次など、詳細は以下をご覧ください。
【電子書籍版】昭和が終わる頃、僕たちはライターになった

このエントリへの反応

  1. [...] まっさんがフリーペーパーを発行すると言いだした。しばらく前からもぞもぞと新しい動きを始めていたが、これだったか。手間ひまのかかる作業と承知の上でやるというのだから本気 [...]

  2. [...] 落ちるのが早くなったなぁ、そんなことを思いながら、荻窪駅の改札に向かった。ファンキー・タルホ氏と待ち合わせをしているからだ。駅に着いて、しばらくするとタルホ氏が改札を [...]