2010-09-13

消費者金融とNTT伝言ダイヤル [下関マグロ 第33回]

「スタジオ代、ちょっと立て替えといてよ。厳しいんだよ」

いつもなら金がないなんてことは口が裂けても言わない伊藤ちゃんが珍しく弱音を吐いていた。

バンドというのは、金もかかれば時間もかかる。ライブをやっても黒字になることはまれで、たいていは赤字だった。

にしても、この頃僕は伊藤ちゃんに10万円以上の金を借りていたわけで、これをいっきに返せばいいのだが、当然そんな余裕はない。

僕は伊藤ちゃんに、こう言うしかなかった。

「だったら、いいところを紹介するよ。駅前の武富士」

「えーっ、消費者金融かぁ、大丈夫かなぁ」

「大丈夫、大丈夫!! 実は僕もさっき武富士で1万円ほど借りてきたところだよ」

実はその時、武富士のカウンターにあった<お友達紹介キャンペーン>という貼り紙のことを思い出していた。僕は特典とかキャンペーンが大好きなのだ。

「いっしょに行ってあげるからさ、免許証持ってるでしょ?」

まだ、消費者金融がサラ金と呼ばれていた時代だった。たしかテレビコマーシャルもやっておらず、当時の消費者金融には今よりも危ないイメージがあった。

渋る伊藤ちゃんをなんとか説得し、荻窪駅前の武富士に連れて行く。僕はカウンターの店員に、小声で言った。

「先ほどはどうも…。あの、これお願いしたいんだけど」

<お友達紹介キャンペーン>の貼り紙を指さすと、店員から申込用紙を渡された。僕はそれに書き込み、そのあと伊藤ちゃんが審査を受けた。僕が借りられるくらいだ、彼もやはり5万円が借りられた。

「どうもありがとうございました。これ、粗品ですけど」

と店員が僕に差し出したのはベルトだった。ありがたくそれをいただく。

「まっさん、紹介してくれてありがとう。飯でもおごるよ」

伊藤ちゃんからも礼を言われ、ありがたく、駅前の中華料理屋で炒飯と餃子を御馳走になった。

思えばこの時期、やたらと浪費していた。それは、伝言ダイヤルにはまっていたのが大きな原因だった。家にいるあいだ、僕は伝言ダイヤルをやるのが一番の楽しみであった。

電話代は多い月には5万円を請求されることもあった。伝言ダイヤルは、通常の電話料金よりも高い。普通の市内通話が3分で10円なのに対し、伝言ダイヤルはその6倍の30秒10円であった。

僕の伝言ダイヤルは、雑誌『月ノ光』で見つけた「1039(トーサク)トリプル」を聞くのが主目的だった。「ベルメール」「モリニエ」「ファンキー・タルホ」さんといった男性だけではなく、女性の参加者も増えていた。女性たちの伝言ネームは「カンちゃん」「CD」「オバQ」「スドウ」と、男性よりは普通であった。

声の伝言でそれぞれが意見交換をしていくうちに、交流は活発化し、みんなで会わないかという話しになった。ほとんどの参加者が20代前半から半ばくらいの年齢で、僕とファンキー・タルホさんが最年長であることも、その頃にはわかっていた。

オフ会の場所は、吉祥寺に住むカンちゃんの自宅であった。そこに決まった理由は、参加者の家の中で、彼女の家が一番広かったからだ。

参加者は、女性はカンちゃん、スドウさん。男性は、ベルメールくん、ファンキー・タルホさん、僕であった。吉祥寺駅前にみんなが集合し、カンちゃんの家まで行った。

中に入ると、壁に鞭が何本もかかっていた。カンちゃんは、SMの女王様をやっている人だったのだ。そして、ベルメールくんは普通のサラリーマン、ファンキー・タルホさんはデザイナー兼イラストレーター、スドウさんは学生であった。

みんなで持ち寄った食べ物やお酒を広げて、ごくごく普通の飲み会をやった。途中から、壁にかかった鞭を取り出し、順にカンちゃんから叩かれていた。僕は痛いのがニガテなので遠慮したけれど、なんて変な連中なんだろうと思った。

それに新しいメディアを接点に、知らない者どうしが集まって酒を飲んで話していることが新鮮だった。

こういったことを原稿に書ければ、と僕は思った。そして、知り合いの編集者にそのことを話したり、企画書にして渡した。しかし、すべて黙殺されてしまった。ひどい編集者などは、僕が教えた伝言ダイヤルネタを使って、他のライターに記事を書かせたりもした。僕自身、ライターとしてまだまだなんだなぁと痛感せざるを得ないかんじだった。

この連載が単行本になりました

さまざまな加筆・修正に加えて、当時の写真・雑誌の誌面も掲載!
紙でも、電子でも、読むことができます。

昭和が終わる頃、僕たちはライターになった


著●北尾トロ、下関マグロ
定価●1,800円+税
ISBN978-4-7808-0159-0 C0095
四六判 / 320ページ /並製
[2011年04月14日刊行]

目次など、詳細は以下をご覧ください。
昭和が終わる頃、僕たちはライターになった

【電子書籍版】昭和が終わる頃、僕たちはライターになった

電子書籍版『昭和が終わる頃、僕たちはライターになった』も、電子書籍販売サイト「Voyager Store」で発売予定です。


著●北尾トロ、下関マグロ
希望小売価格●950円+税
ISBN978-4-7808-5050-5 C0095
[2011年04月15日発売]

目次など、詳細は以下をご覧ください。
【電子書籍版】昭和が終わる頃、僕たちはライターになった