2009-11-16

等身大パネルと愛の暮らしを [北尾トロ 第12回]

いつものようにアートサプライ内のパイン事務所でうだうだしてると、増田剛己がやってきて仕事の話があるという。

「最近知り合ったムサシっていうエロ本の編集者から、何かやってよって言われてるんだよ。一緒にやんない?」

「ほぅ、ムサシか」

「あれ、知ってるの?」

「まったく。でもヒマだからいいよ。やる、やります、やらせてください!」

「ギャラはすごく安そうなんだけど、打ち合わせの経費は出るから、うまいもんでも食べてくれって。しゃぶしゃぶでも食べに行きますか」

「いいねえ。しゃぶしゃぶなんて一度しか食べたことないよ。行こう行こう。企画会議ってことで」

増田君が見せてくれた『ムサシ』はエロ度の低い、あまり特徴のない雑誌だった。いかにもお手軽なヌードグラビアが並び、合間に息抜きの活字ページがある。我々は活字の企画で4ページほど受け持つことになった。増田君によれば締め切りなどもゆるく、何かできたら載せてやるから持ってこい、という感じらしい。編集者にしてみれば活字ページはオマケみたいなもので、おもしろい記事ができればめっけものということだろうが、こっちはヒマを持て余す身。自由に書かせてもらえる媒体となれば張り切らないはずがない。

それに、すでにゲップが出るほどしゃぶしゃぶを食べてしまったから、何かしなければ編集者に申し訳ない。

「ぼくが写真を撮るから文章は伊藤ちゃんが書きなよ」

まず役割が決まる。企画のほうは、いちおうエロ本だからエッチな方向で攻めたほうがいいだろうと意見が一致。ぼくが犬に扮装し、新宿のアルタビルの前で、「バター犬です」と書いたカードを首にぶら下げて女の子をナンパ、カラダのどこかにバターを塗ってもらいそれを犬が舐める方向でいったんは固まった。なにしろ、しゃぶしゃぶ腹一杯でご機嫌なので、そんな気味の悪い企画に乗ってくれる女の子がいるかどうかなんて考えない。バターを塗る場所が胸ならともかく、手首だったりしたら果たしてエロいのかという疑問もあるにはあるが、ここまでやって手首かよってことで、読者も笑ってくれるんじゃないか。

「問題は犬の着ぐるみをどうするかだね。ああいうの、借りると高いらしいよ」

「伊藤ちゃんの知り合いにボランティアで作ってもらえばいいんじゃ」

「おお、そうだな……って、そんな都合のいい女いねーよ」

「わかった。じゃ、着ぐるみなしで。ぼくがヒモで引っ張るから四つ足で歩いてよ。首輪をつけたら犬に見えるんじゃない?」

「見えねーよ!」

あっけなくバター犬企画は挫折。実現可能なことでなきゃとふたりで知恵を絞ったのが、化粧品屋や旅行代理店の店頭に置かれているキャンペーンガールの等身大パネルを恋人に見立てた同棲企画だった。実際の大きさと等しいのだから、妄想力を高めれば、これはもうリッパな異性だ。

吉祥寺界隈で1体調達してきて、我がコーポインマイライフにご案内。おずおずと肩に手を回し……カラダの厚みがないのが興ざめだが、そこは気合いで乗り切って、恋人気分を醸し出してみた。

「挨拶が済んだらデートでしょう。井の頭公園でも行くかね」

カメラマン増田の指示で、ぼくとパネル子は外に出る。公園のベンチで愛を語るふたり、の図だ。

「いい感じだ伊藤ちゃん。シュールっちゅうの、こりゃムサシでも大受け間違いなし」

「チューしちゃおうかな」

「お、手が早いね。初日でそこまで行きますか」

「行きますとも。もうね、俺ガンガン攻めちゃうタイプだから」

パネル子とはそれから数日間、一緒に暮らした。体温がないため添い寝するときひんやりするのが難点だったが、妙なものでだんだん愛着が出てくる。増田君もいないのに、ぼくは何かするたび、パネル子に話しかけるようになっていた。出かけるときなんか、声色使うもんなあ。

「アナタ、行ってらっしゃーい」

「うむ、今日も頑張ってくるよ」

本当にくだらない……。

しかし、愛の暮らしは長く続かなかった。数日後、増田くんがやってきて締め切りが近いことを告げたのだ。

「わかった。では最後にパネル子とシャワーを浴びさせてくれ」

「勝負に出るねえ。よし、失敗しないように撮影するよ」

全裸男と立て看板、炎の濡れ濡れカットである。ずぶ濡れになったパネル子はあえなく剥がれてゴミと化し、同棲生活は幕を閉じた。

掲載されたことは確かだが、このときどんな記事を書いたか、いまとなってはまったく覚えていない。たぶん、どうしようもない原稿だったろう。その後、『ムサシ』で仕事を続けたかどうかも記憶の彼方だ。

ただ、振り返って思う。6、7年後、北尾トロとして初めて手応えのある原稿を書いたのが『裏モノの本2』(三才ブックス)でのダッチワイフ体験リポートだったのは、単なる偶然ではないだろうと。編集者がワイフとの同棲企画を提案してきたとき、まったく抵抗なくOKしたのは、パネル子との経験があったからこそだろうと。

しばらくしてからギャラをもらった。ふたりで1万円だったと思う。しゃぶしゃぶを食べたから安いとは思わなかった。

この連載が単行本になりました

さまざまな加筆・修正に加えて、当時の写真・雑誌の誌面も掲載!
紙でも、電子でも、読むことができます。

昭和が終わる頃、僕たちはライターになった


著●北尾トロ、下関マグロ
定価●1,800円+税
ISBN978-4-7808-0159-0 C0095
四六判 / 320ページ /並製
[2011年04月14日刊行]

目次など、詳細は以下をご覧ください。
昭和が終わる頃、僕たちはライターになった

【電子書籍版】昭和が終わる頃、僕たちはライターになった

電子書籍版『昭和が終わる頃、僕たちはライターになった』も、電子書籍販売サイト「Voyager Store」で発売予定です。


著●北尾トロ、下関マグロ
希望小売価格●950円+税
ISBN978-4-7808-5050-5 C0095
[2011年04月15日発売]

目次など、詳細は以下をご覧ください。
【電子書籍版】昭和が終わる頃、僕たちはライターになった

このエントリへの反応

  1. [...] そこから、前回の北尾トロの原稿にあるようなパネル子との同棲企画をやったのだ。もう時効だろうから許して貰いたいが、ぶっちゃけた話、パネル子は、旅行代理店の店頭からかっぱらってきた娘である。昔は等身大の水着娘が街中にいたものだった。 [...]

  2. [...] ってきて新宿で会った。前回やったパネル子との同棲生活みたいに、くだらないのがいいと言う。 [...]