2009-11-02
合格電報屋で一稼ぎをもくろんだ [北尾トロ 第11回]
アートサプライの事務所は四谷と半蔵門の中間にあり、食事処には不自由しなかったが、決して安くはなかった。そこで、少しでも食費を安く上げたい駆け出しライターたちは、上智大学の学食によく足を運んだ。ここなら300円もあればまともな食事にありつける。食べるのはもっぱらカレーで、定食だと贅沢した気分。経済事情は学生以下だ。
だが、挨拶代わりに「金がない」と言い合っているのも飽きてきた。何かてっとり早い現金収入の手段はないだろうかと考え、受験生相手の合格電報屋を思いついた。
「上智なら地方から受験に来る学生も多いから、けっこう注文があるんじゃないの。仕事もラクだよ。受験日、試験が終わった頃に行って2時間勝負ってとこだな。あとは発表日に見に行って『サクラサク』とか『サクラチル』とやるわけよ」
増田君と伏木君に提案すると、ふたりとも乗り気だ。
「元手もかからないし、いいバイトになりそうじゃん。伊藤ちゃん冴えてるねえ。伏木君もやろうよ」
「もちろん一枚噛ませていただきます。どれくらい流行りますかね。受験生が1万人いるとして、その半分が地方からの受験組とすると、お客さん候補は5千人ってとこですか。この商売、ライバルはいるんでしょうか?」
昔からやってる商売だろうから、きっといるんじゃないか。
「じゃ、10組いるとして、1組あたりのお客さんは500人か。仮に10人にひとりが依頼してくれたとすると50人。ウハウハですなあ。増田さん、料金はいくらにしましょう」
「ま、いまどき電報って人は少なくて、大部分は電話でしょう。合格電話が500円、電報は打つのに金がかかるから1000円ってとこなんじゃない」
500円で計算すると、50人で2万5千円か。悪くないねえ。そこまで高望みはしないけど、深夜番組のサクラをやるよりはいいだろう。
「合格しても落ちていても、電話は素早く、すみやかに結果を伝えて切らないとな」
「そこですな。話し込んだりしたら、電話代がかかります。う~ん、どういう具合にかければいいんですかね。増田さん、ちょっと実演して下さいよ」
「よし。じゃあ伊藤ちゃん母親役やってよ。もしもし合格電話屋ですが」
「はい」
「今日、結果発表がありまして、息子さんは」
「どうでしたか?」
「息子さんは」
「じらさないで下さい」
「不合格でしたー! ガチャ」
試験当日、我々3人は四谷駅から大学正門に向かう路上で受験生を待ち受けた。午前中に下見して、警備員がいる学内でやるのは危険だと判断したのである。年齢的にはギリギリ大学生に見えなくもないはずだが、くたびれたジーンズと、これまた年期の入ったジャンパー姿なので、人相風体が怪しすぎるとの自主規制だ。
「キャンパス内に何組のライバルがいるかわかりませんが、とりあえずここは誰もいませんね。ただ、どうなんでしょう。このやり方で受験生たちの信頼を得ることができるでしょうか」
伏木君が不安がるのはもっともだった。目立たなければいけないと、首からでっかいガバンをつり下げたスタイルなのだ。ガバンには住所などを書く名簿が乗っているだけで、他には何もない。そこで急遽、『合格電報・電話承ります』とか『電報1000円、電話500円ポッキリ。発表後即連絡!』、『実績抜群!幸運を呼ぶ電報・電話屋』といった文字を書き付け、ガバンの下に貼ることにした。
「どうなんでしょう、うさん臭さが増したようにも思えますが」
「それは錯覚だ伏木君。必要な情報はすべてここにある」
「ですが……。すみませんが、持つ係は伊藤さんがやって下さい。ぼくと増田さんで学生たちに声をかけます。そろそろ受験生が出てきましたよ。増田さん、行きましょう」
「伊藤ちゃんまで声を張り上げたらかえって不審だから、キミは落ち着いた顔でここにいてくれ。あとは、人気のあるところを見せるためのサクラかな。名簿に我々の住所氏名を書いておく、と。よし、伏木君、レッツゴー!」
勢い良く飛び出すふたり。現金収入がかかっているとなると積極性が違うようだ。この勢いがどうしてライター活動に出せないかなあ。つくづく不思議だ。
しかし、意気込んで声をかけ始めたものの、反応はまったくない。無視どころか、受験生がふたりをよけるように歩いている。
その理由は見ればわかった。増田君は寒いのか、飛び跳ねたり左右にステップを踏んだりしてしょっちゅうカラダを動かしている。そして、これはという相手を見つけると近寄って行き、耳元で囁くように勧誘しているのだ。チョビ髭にサングラス風眼鏡のその姿はポンビキにしか見えない。
一方、丸眼鏡の伏木君は威圧感こそないものの、基本的なところを勘違いしている。
「なぜか合格率がアップする電話に電報、えー電話に電報はいかがっすか。信用と実績が幸せを呼びまーす。電話、あ、電報の御用向きはございませんか~」
これではチリ紙交換か駅弁売りだ。
誰一人として申込者のないまま20分が過ぎ、大学から吐き出される受験生が増えてきたところで、ライバルまで現れた。部活かサークルの資金稼ぎにするのか、正門の前で上智の学生らしき数名が合格電話屋をやり出したのである。しかも敵は女子大生までいて、可愛い声で勧誘しているではないか。くそ、負けるわけにはいかん。我々は心をひとつにし、声を絞り出した。
「合格電話、発表後すぐに連絡しますよ~」
「サクラサク、サクラサクの電報はいかがっすか!!」
「たった500円で合否情報が届きますー!」
するとどうだ、ポツポツと客がつくではないか。どうやら合格電話代500円は破格のようで、他は1000円で受けているらしい。動きがヘンでも半額ならば頼もうという学生がいたのである。
30分もすると門から出てくる学生が激減したので、我々は撤収することにした。依頼を受けたのは10人足らずで全員電話。目標の売り上げにはほど遠かったが、実労1時間でこれなら御の字である。すぐに山分けし、冷えきったカラダを温めようとラーメン屋に入った。塩辛いタンメンのスープは労働の味がした。
申込者はひとりを除いて不合格だったが、合格者に連絡すると、母親らしき人に何度も礼を言われたそうだ。
「電話代がかさんじゃったけど、悪い気分じゃなかったよ」
電話係だった増田君は、ちょっと嬉しそうにしていた。
でも、その後もバイトに励んだかというと、そうでもない。この頃から少しずつライター仕事が増え始めたからだ。好きも嫌いもなく始まったライター生活。でも、ぼくはそれで食べていけるのならそうしたいと考えるようになっていた。
この連載が単行本になりました
さまざまな加筆・修正に加えて、当時の写真・雑誌の誌面も掲載!
紙でも、電子でも、読むことができます。
昭和が終わる頃、僕たちはライターになった
著●北尾トロ、下関マグロ
定価●1,800円+税
ISBN978-4-7808-0159-0 C0095
四六判 / 320ページ /並製
[2011年04月14日刊行]
目次など、詳細は以下をご覧ください。
◎昭和が終わる頃、僕たちはライターになった
【電子書籍版】昭和が終わる頃、僕たちはライターになった
電子書籍版『昭和が終わる頃、僕たちはライターになった』も、電子書籍販売サイト「Voyager Store」で発売予定です。
著●北尾トロ、下関マグロ
希望小売価格●950円+税
ISBN978-4-7808-5050-5 C0095
[2011年04月15日発売]
目次など、詳細は以下をご覧ください。
◎【電子書籍版】昭和が終わる頃、僕たちはライターになった
[...] ムック製作は1984年末から85年春にかけての仕事だったと思う。以前書いた電報屋のアルバイトも同じ時期。大きなことは何も起きなかったが、ちょこちょこ人に会ったりトライアル的な仕事をしたりして、貧乏ヒマなし一直線の日々だった。知人を介して「ビッグトゥモロウ」の編集者と会ったり、「とらばーゆ」という女性求人誌を紹介されたり、自分の発想にはない仕事が目の前に現れ始めたのだ。 [...]
[...] はライターを専業にしようという気持ちがまったくなかった。この頃の僕は、大学入試の電報屋の仕事をしたり、テレビ番組のエキストラ集めの仕事をしたり、カメラマンをやったりし [...]