松沢呉一『エロスの原風景』

『エロスの原風景』ができるまで/松沢呉一インタビュー05/エロ本を集めることの悲哀

前回まではこちら

01・国会図書館を抜き去るまで(ただし、エロ本のみ)

02・エロ本を捨てるな

03・松沢呉一が語る『エロスの原風景』の読みどころ

04・『エロスの原風景2』に向けて

江戸時代〜昭和50年代後半のエロ出版史を概観する『エロスの原風景』
遠からず消えるであろうエロ本だからこそ、残しておかなくてはならないのだ。

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松沢呉一『エロスの原風景』に関する記事一覧

●エロ本を集めることの悲哀

──それだけの数があっても、けっこう中を読んでますよね。

「コレクター気質だから集めているということもあるんですけど、ライターにとっての資料という意識も強いので、ただ集めたいってだけではないですから。全部は読んでられないので、もちろん、ものにもよりますけどね。『変態資料』は、前々から断片的には読んでいたんですが、原稿を書くにあたって全冊読んだら、今まで読んでいなかったものの中にも、たくさん発見があった。『エロスの原風景』にも書いてますけど、その時見つけたのが、老け専の人が実体験を書いた私小説的な連載で、その人は男も女もいける口で、どっちも老け専。この時代に、堂々とこんな文章を書いている人がいたのかと驚きましたね」

──それは読んでみたいです。

絵はがき

『エロスの原風景』「絵はがき」の項より

「『変態資料』は、戦前の軟派本の中ではポピュラーなんで、安い店だと、一冊2000円から3000円で買えます。80年くらい前のものですよ。戦争を超えて残ったものがそんな値段で買えるのは、公的機関が買わないから。大学の図書館だったら収蔵しているところもあるだろうけど、一般の図書館や資料館ではそんなものを集めない。いろんな地方公共団体が、一時、なんだら文学館、なんだら資料館をやたら創設して、古本の値段が高騰したこともありましたが、高騰したのはもっぱら文学書です。どこも同じようなものしか買わないですから。エロ本資料館はどこも作らない。大衆的な資料を集めるところはあっても、エロには至らない。おかげで安くて助かります。ものによっては万単位しますけど、おおむねエロは安い」

──高いものはいくらぐらい?

「伊藤晴雨のもののように、石版画で作られているものは、美術品として高いし、SM関係者でも集めている人が多いので、十万、二十万とするものがあります。あと、全般的に高いのは遊廓関連の資料ですね。遊廓は江戸研究者にとっては避けて通れないテーマで、その流れから、近代になってからのものでも集めている研究者がいます。また、花柳界とのつながりがあって、踊りや歌舞伎との関係もあるので、探している人が多いんですよ。もともと貸座敷組合(遊廓の組合)が出しているものは部数が少ないってこともあって、値段が張る。今回の本の冒頭に出てくる細見も、ものによっては十万を超えます。そういったものを避ければ、さほどの金がなくてもエロのコレクションは可能です。高度成長期に出たセックスのハウトゥものだったら、1冊500円も出せば買える。5万円もあれば100冊買えますから、立派なコレクションですよ。戦後、歓楽街で売られたエロの生写真も一枚百円かそんなもんで買えます。ただ、数が多いので、完璧なコレクションをしようと思うと、ひとつのジャンルでもそれなりの資金が必要です。裏本だけでも数百万はかかる。万単位するものもあるので、今から集めようとすると、一千万円以上かかるかな。困難なのは、値段の問題だけじゃなくて、モロ出しのものは古本屋も扱わないし、ネットオークションにも出せないから、入手自体が難しい。カストリ雑誌もだいたいのものは2千円から3千円程度で買えるんですけど、ある特定の雑誌の特定の号を探すとなると、とてつもない時間がかかります。誇張じゃなくて10年かかりかねない。10年かけても入手できないかもしれない」

──最初は入れ食い状態で買えるけど、集まるとともに買えなくなってくる。

「その分、時間が経つと、お金はかからなくなりますけど。この話も単行本の続編にたぶん入ると思いますが、カストリ雑誌は全国で出てたんですよ。特にそういうものは探せない。カストリではないですが、戦前、『越佐春秋』という雑誌が新潟で発行されていて、地元政財界の暴露記事やカフェーの記事が出ている。現在はソープ街になっている昭和新道という通りが新潟市にあって、そこがカフェー街だった。たまたま何冊か入手して、カフェーの記事を読みたくて、全部集めようとしたんだけど、新潟の古本屋でさえ、聞いたことはあっても見たことがないって言う。『改造』のような雑誌であれば、図書館や大学が保存しているし、個人で保存している人も全国にたくさんいるだろうけど、大衆雑誌は残らない。特に地方の少部数のものは残らない。だから、値段はたいしたことがなくても入手は難しくて、時間や手間がかかる。それが面白かったりするんだけど」

──そういうものを松沢さんが保存しているわけですね。

「ですね。妙な使命に取り憑かれて。見返りがあればいいんだけど、何もない。バカにする人はいくらでもいるけど、感心してくれる人はほとんどいない。こんなものを集めて調べても原稿依頼をしてくれる雑誌もほとんどない。20年かけて集めてきても、それが本になったのは今回が初めて。それもそのはずで、誰も読みたがらない(笑)。もとはと言えば、高橋鐵にきっかけがあって、その頃は、まだエロライターとさえ名乗ってなかったんですよ。他のテーマもやっていたし。高橋鐵のものだけじゃなくて、性学関係のものを片っ端から買って読んでいくうちに生まれたのが『魔羅の肖像』。だから、エロ本を集めることと、書くテーマがエロに傾いていく軌跡とはリンクしている。現実にはエロライターに求められる仕事は、生々しい今の時代のエロであって、資料を駆使した原稿を書ける機会は数えるほどしかない。エロ本より、一般誌の方がまだしも需要があるかもしれないけど、エロライターだの風俗ライターだのと名乗り出すと、今度は一般誌に敬遠されるから、結果、書ける機会はどんどん減っていく。このジャンルは本腰を入れて取り組めば取り組むほど、評価が落ちて需要が減る。だから、エロ本の収集も、それを読む作業も、ほぼ趣味でしかないです。メルマガではそういった連載を400回くらいやって、今は休んでますけど、そのうち復活しようと思ってます。でも、ここ数年は金も尽きて、新規では買ってない。そろそろ維持するのも限界。だからここまで書いた分だけでも本にしておきたかったんです」

──ありがとうございました。是非、消え去りつつあるエロ本の収集にご協力いただくためにも、『エロスの原風景』をお買い上げ下さい。(終わり)

(このインタビューは2009年7月12日東京国際ブックフェアで行なわれた公開インタビュー『「戦前、戦後のエロ本」〜日本のエロ表現史』に大幅な加筆・訂正を加えています。聞き手:沢辺均)

『エロスの原風景 江戸時代〜昭和50年代後半のエロ出版史 』

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著者●松沢呉一
定価●2800円+税
ISBN978-4-7808-0126-2 C0095
A5判 / 168ページ / 上製・函入
[2009年07月 刊行]
印刷・製本●シナノ印刷株式会社
ブックデザイン●小久保由美

内容紹介

エロ本は遠からず消えると言っていい。そんな時代だからこそ、こんな本を出す意義もあるだろう──
(「はじめに」より)

●『実話ナックルズ』(ミリオン出版)で2004年より現在も続く、日本エロ出版史を網羅する長期連載の単行本第1巻。
●稀代のエロ本蒐集家である著者所蔵の膨大な資料の中から、エロ本173冊、図版354点をフルカラーで掲載。
●読み物としてだけでなく、顧みられることのなかったエロ表現史の概観を辿る、資料性の高い一冊。
●大幅加筆に、連載時には掲載されなかった資料も掲載。

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『エロスの原風景』ができるまで/松沢呉一インタビュー04/『エロスの原風景2』に向けて

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01・国会図書館を抜き去るまで(ただし、エロ本のみ)

02・エロ本を捨てるな

03・松沢呉一が語る『エロスの原風景』の読みどころ

万単位(家ひとつ分)のエロ本を所蔵している松沢呉一。
1冊1000円だとするとン千万。
その選りすぐりの資料がオールカラーで大量に掲載された『エロスの原風景』はなんと2800円ですぞ!

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松沢呉一『エロスの原風景』に関する記事一覧

●『エロスの原風景2』に向けて

──これだけ資料が充実していると、オールカラーにした甲斐がありますね。

「そうそう。モノクロにすると、写真はどうしても古く見える。当たり前ですけど。でもオリジナルはきれいなものも多いんですよ。戦後すぐ占領軍がカラーで撮った写真集(『GHQカメラマンが撮った戦後ニッポン』・アーカイブス出版)があるじゃないですか。戦後の焼け跡って、私のなかではモノクロのイメージなのに、当時の町並みはカラフルなんですよね。モノクロかカラーかで時代のイメージが作られてしまうってことをあの本でつくづく感じました。写真のカラー印刷ができなかった時代は、木版や石版でカラーページを作ったり、本文用紙に色のついた紙を使っていたりもする。好事家向けの本だと、本文を二度刷にしていたり。カラー印刷の技術が発展していなかった時代は、その時代なりの色の工夫がなされていたんですね。そんな工夫は何もなくて、カラーで再現する意味がないものもあるんですけど、彩色のポストカードだったり、カストリ雑誌の表紙だったり、昭和30年代のカラーグラビア雑誌だったりはカラーで再現したい。今の鮮明すぎるカラーより魅惑的に見えたりもするし、昭和30年代のヌード写真は今とさほど違わなかったりもする。そのことを読み取ってもらうためにはカラーで再現するしかない。じゃないと、単に古いものに見えてしまうし、ブツとしての魅力がわかりにくいので」

実話誌
『エロスの原風景』「実話誌」の項より

──2800円でも高くないですよね。

「オールカラーで3000円切れれば全然高くないと思うけど、そこを理解してくれる人がどれだけいるのかについてははなはだ疑問ではあります。今のエロ雑誌じゃカラー印刷は当たりまえで、オールカラーのエロ雑誌が千円を切るような値段で売られている。そういうものと単純に比較して高いと思う人たちが多いと思うんですよね。部数が少なくて、広告が入ってないんだから、本だと高くなるのは当然なんですけど、一般に本の値段は理解されていないので、そこが心配。この元になっているのは『実話ナックルズ』(ミリオン出版)の連載『日本エロスの原風景』で、今までに60回以上やっている。他の雑誌で書いたものもあるので、簡単にあと2冊か3冊は作れる。でも、1冊目が売れないとあとが続かない」

──単行本未収録の、面白いテーマはありますか?

「もう連載で取りあげたものでは、カストリ新聞ですね。カストリ雑誌とほぼ同時期に、ペラペラのタブロイドの新聞が大量に出ている。保存されているのが少なくて、論じたものもほとんどない。中途半端な復刻が出ているくらい。最近、取りあげたのは明治時代の造化機論。書かれていることは今見ると滑稽なんですけど、性器の図版がきれいなんですよ。明治の春画も取りあげていて、一般に知られる江戸時代の浮世絵の流れのものだけじゃなく、ハイカラな図像の春画が明治になると出てくる。軍人と従軍看護婦がやっていたり。たぶん日清戦争の頃のものじゃないかと思うけど、江戸時代のものより私は近代のものの方が面白い」

──へえ。

「今回はSM関係はほとんど入っていないですけど、連載では昭和30年頃のSM写真集も取りあげている。有名なSM雑誌『奇譚クラブ』は、もともと大阪のカストリ雑誌がはじまりで、昭和26年からSM雑誌になるんですけど、その前のカストリ時代のものも、いい記事が多い。当時は大阪で出ていたので、関西の性風俗関連の資料としては重要です。その話も連載ではもう書いてます。次の号(『実話ナックルズ』2009年9月号)に出るのは昭和初期の『エログロ叢書』というシリーズ本です。全10巻で、すべて発禁になってます。これは表紙もいいんだけど、中身が抜群に面白い。連載は春からモノクロページにされてしまったので、今までのようにヴィジュアルをあまり考えなくてよくなって、中身の面白さだけで押し通せるので、かえってやりやすくもなっているんですけどね。あとはトルコ風呂のマッチとか、ストリップのパンフとか、エロのスライドとか。印刷物というブツに着目したものじゃなくて、今回のトルコ風呂の話やオッパイ小僧の話のように資料を使ってあるテーマについて書いたものとしては、照葉という芸者の話や脇毛の話、臍の話がまあまあ面白いかな」

──ちなみに、どれくらいエロ本のコレクションがあるんですか?

「高田馬場に『エロ本館(やかた)』といわれる倉庫があるんだけど、そこに全部保管している。民家のはなれになっていて、大家にはもちろん秘密だけど、二階建ての上から下まで全部エロ本。万単位のエロ本がある」

──(笑)。

「エロ本と言っても、範囲はかなり広くて、エロ関連のテーマを取りあげた研究書の類いを含めてですけどね。以前はうちに全部置いていたんですけど、寝る場所もなくなってしまった。段ボールに入れたまま積んでいたので、中を見ることもできない。今も場所が移動しただけで同じ状態のままですから、やっぱり中が見られない(笑)」

──資料館を作って、ちゃんと見られるようにすればいいのに。

「そういうことをよく言われるんだけど、そんなものを作ったら、どれだけ金がかかるかわからない。人に見せるんだったら、それ用の人も雇わなければならない。高倉一さん(『エロスの原風景』参照)が始めた風俗資料館というのが今もありますが、公的なサポートを得られないので、維持するだけで大変ですよ。図書館に寄付なんてことをしたら、ほとんどすべて捨てられますしね。国会図書館に寄付したら、もしかすると保存はしてくれるかもしれない。箱に詰めたまま積まれるんだったらいいんですけど、下手に整理されたら、箱もカバーも全部捨てられて、改装されてしまいかねない。国のやることなんて信用できるはずがなくて、国の方針が変わったら、全部破棄されるかもしれない。本はコレクターの手に渡すのがもっとも安全で確実なんです。保存したいんだったら、市場に戻すのが賢明です。バカにされ続けたエロ本や春画が残って、巡り巡って私の手元にあるのは、何人ものコレクターたちや愛好家たちが保存し続けてくれたからであり、図書館に寄付するようなバカなことをしなかったからなんです」(続く)

(このインタビューは2009年7月12日東京国際ブックフェアで行なわれた公開インタビュー『「戦前、戦後のエロ本」〜日本のエロ表現史』に大幅な加筆・訂正を加えています。聞き手:沢辺均)

『エロスの原風景 江戸時代〜昭和50年代後半のエロ出版史 』

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著者●松沢呉一
定価●2800円+税
ISBN978-4-7808-0126-2 C0095
A5判 / 168ページ / 上製・函入
[2009年07月 刊行]
印刷・製本●シナノ印刷株式会社
ブックデザイン●小久保由美

内容紹介

エロ本は遠からず消えると言っていい。そんな時代だからこそ、こんな本を出す意義もあるだろう──
(「はじめに」より)

●『実話ナックルズ』(ミリオン出版)で2004年より現在も続く、日本エロ出版史を網羅する長期連載の単行本第1巻。
●稀代のエロ本蒐集家である著者所蔵の膨大な資料の中から、エロ本173冊、図版354点をフルカラーで掲載。
●読み物としてだけでなく、顧みられることのなかったエロ表現史の概観を辿る、資料性の高い一冊。
●大幅加筆に、連載時には掲載されなかった資料も掲載。

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『エロスの原風景』ができるまで/松沢呉一インタビュー03/松沢呉一が語る『エロスの原風景』の読みどころ

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01・国会図書館を抜き去るまで(ただし、エロ本のみ)

02・エロ本を捨てるな

「トルコ風呂」の元祖は「東京温泉」ではなかった──!!
そんな、ほとんどの人は知らない通説をひっくり返す『エロスの原風景』
手つかずのテーマだから、面白いのです。

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松沢呉一『エロスの原風景』に関する記事一覧

●松沢呉一が語る『エロスの原風景』の読みどころ

──50年後、宮武外骨、プランゲ、松沢呉一、ってなるかも。

「そうはならない(笑)。なぜかっていうと、宮武外骨は、わいせつに関する本や売春に関する本も出しているし、発禁もくらってますが、それ以外にもいろんなことをやっています。対して、私はエロしかやってないですから」

──やっばエロだけ、はダメ?

「日本では基本的にエロって文化の最底辺、いや、最低より下で、文化だとさえ思われていない。国によっては、大学の中にセクソロジーのコースがあったりもするけど、日本にはない。学問の対象ではないんです。そんなもんに金や時間をかけて調べるような人間は単なるバカ、単なるクズですから」

──プランゲもエロ本だけ持って帰ったわけではないんですか?

「検閲していたものを全部持って帰っている。『噂の真相』の元となった『真相』といった左翼誌だとか、『政界ジープ』とか、そういう政治雑誌も持って帰った。今早稲田大学の先生が中心になって整理をやっているけど、エロ系はまだ整理されていないんじゃないかな」

──じゃあ、松沢さんがそんなエロに惹かれるのはなんでですか?

「誰もやっていないテーマが好きなんですよ。世間からゴミ扱いされているもの、存在さえ認識されていないようなものに魅力を感じてしまう。ここ数年、ずっと調べているのは、提灯だったり、暖簾だったり、建物の色だったり。その話をすると長くなるので、ここでは深入りしないですが(笑)、こうも日本はエロを軽視していると批判的に語りつつ、だからこそ、そこにこだわりたくなる。『エロスの原風景』のなかでは、カストリ誌の章が面白いっていう人が多いんですけど、私自身は、トルコ風呂発祥の話が面白いと思っている。一般的には、トルコ風呂の元祖は、銀座にあった『東京温泉』ということになっているんですけど、それは違うってことを昔の雑誌から記述を拾い集めて論証してます。これはまだ誰もやっていないことなんだけど、もともと『東京温泉』がトルコの元祖と言われていること自体がどうでもいい話で(笑)、知っている人自体が少ない。そんな小っちゃなものを根底からひっくり返しても、なにも世界に衝撃を与えない(笑)。それでも、そういう作業が好きなんですよ。エロというジャンルはそういう話がいくらでもあります。調べている人が少ないので。トルコの元祖という話もそうですが、カストリ誌に掲載されている文章や写真から何かを見出していく作業はとても刺激的です。でも、カストリ雑誌そのものに関しては、過去に何冊か研究書がまとまってるから、書いている側としては、正直、いまひとつです」

──ビニ本の章はどうですか?

「ビニ本はリアルタイムで買っていて、それ以前のものよりもずっと愛着があるんですけど、多くの人が知っているジャンルなので、あんまり書く気がしなくて、先に各論とも言えるスカトロものを連載で取りあげてまして、今回の本でもそっちを先に収録してます。ビニ本は、スカやホモものなどの各ジャンルにとっても意義があるという視点はあまり書いている人がいないかと思いまして。でも、今の30代となるとビニ本と裏本の区別もついていないことがわかって、ちょっと前にビニ本の概略的な原稿を連載で書いたんですけどね。ビニ本、裏本はすごいコレクターたちがいて、会ったことはないんだけど、ほぼ全部の裏本を持っている人もいるんですよ。人を介して、その人のコレクションのリストをもらったら、完璧なんです」

──裏本ではその人にはかなわない?

「全然かなわない。その人が持っていないのは、存在しているのかどうかもよくわからないものだけなんですよ。そのリストをみて、ものすごすぎて、このジャンルはその人に任せました(笑)。各ジャンルにそういう人がいて、『エロスの原風景』で紹介しているフレンチ・ポストカードのコレクターもけっこう多い。もともとフランスのものですから、当然フランスのコレクターには勝てないし、国内にもコレクターはたくさんいます。フレンチ・ポストカードは20世紀の頭くらいにフランスで大ブームになって、世界中にコレクターがいて、日本でも復刻されていたりする。ただ、ヌードで、彩色のものっていうのはわりと珍しいので、私の原稿ではそこに重点を置いてます。どうしても、他の人が書いていないところを探す習性があるもんですから」

フレンチポストカード

『エロスの原風景』フレンチ・ポストカードの項より

──当時のカラーっていうのはどうやって色をつけてるんですか?

「手作業です。筆で彩色するか、スタンプを使って彩色する。だから、同じ写真でも、色が違っていたりする。そういうところまで見ていくといよいよ面白くて、同じ図柄のものを何枚も買ってしまったり。でも、私はエロ以外に興味はないんで、他のフレンチ・ポストカードはどうでもいい(笑)」

──フレンチ・ポストカードってエロ以外にもあるんですか?

「そのまんまの意味でフランスのポストカード全体を指す意味もあるんですけど、英語でフレンチって言うと、『エロ』の意味になることが多いんですよ。英語で『フレンチ・レター』っていうとコンドームの意味だったり。『フレンチ』がつくとエロになる。フレンチ・キッスもそうだし、英語圏でいやらしい色はブルーなんですけど、これもフランスのエロの全集から来たとされている。フランス人がエロいってことじゃなくて、フランスとイギリスは、互いに品のないものを相手の国に押し付けている」

──そういうことなんだ。

「ちなみにピンクがいやらしい色と認識しているのは、私が調べた範囲では日本だけです。なぜそうなったのかの歴史も一通り調べていて、前史はあるにしても、確定した歴史はそれほど古くない」

──で、松沢さんは、いやらしいほうのフレンチ・ポストカードが好きだと。

「そうですね。たまーに、陰毛が見えてるのがあると、ものすごく幸せになる(笑)。たぶん当時も非合法で出されたものじゃないかと思うんですけど。エロ以外に興味がないわけではなくて、実際にはそうじゃないものも買ってますが、原稿を書くとなると、エロに向かってしまう。誰も書いていなかったりするので。プランゲは別として、カストリ雑誌は数で言うとたぶん私が日本で一番か二番に所有していると思うんですけど、自分が所有しているかどうかはさして重要ではない。すでに書かれているものよりも、自分のオリジナルの視点を探せるかどうかにかかってくる。それが探せないと、どうも執筆意欲がわかない。それを探すためには自分で買い集めるしかないってことです」(続く)

(このインタビューは2009年7月12日東京国際ブックフェアで行なわれた公開インタビュー『「戦前、戦後のエロ本」〜日本のエロ表現史』に大幅な加筆・訂正を加えています。聞き手:沢辺均)

『エロスの原風景 江戸時代〜昭和50年代後半のエロ出版史 』

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著者●松沢呉一
定価●2800円+税
ISBN978-4-7808-0126-2 C0095
A5判 / 168ページ / 上製・函入
[2009年07月 刊行]
印刷・製本●シナノ印刷株式会社
ブックデザイン●小久保由美

内容紹介

エロ本は遠からず消えると言っていい。そんな時代だからこそ、こんな本を出す意義もあるだろう──
(「はじめに」より)

●『実話ナックルズ』(ミリオン出版)で2004年より現在も続く、日本エロ出版史を網羅する長期連載の単行本第1巻。
●稀代のエロ本蒐集家である著者所蔵の膨大な資料の中から、エロ本173冊、図版354点をフルカラーで掲載。
●読み物としてだけでなく、顧みられることのなかったエロ表現史の概観を辿る、資料性の高い一冊。
●大幅加筆に、連載時には掲載されなかった資料も掲載。

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『エロスの原風景』ができるまで/松沢呉一インタビュー02/エロ本を捨てるな

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01・国会図書館を抜き去るまで(ただし、エロ本のみ)

エロほど、時代に寄り添ったジャンルはない、と松沢呉一は『エロスの原風景』で説く。
50年、100年が経ち、「使えなく」なったエロ本は、時代を映す、貴重な資料なのだ。

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松沢呉一『エロスの原風景』に関する記事一覧

●エロ本を捨てるな

──国会図書館の収集部の人と会ったことがあるんですが、国会図書館には、段ボールにカストリ雑誌とかが未整理で保管してあるそうですね。

「収蔵されているものでも、未整理のものがたくさんあって、名前は出しませんが、ある分野で業績のある方が、ビニ本や裏本を国会図書館に寄付しています。彼は、『これは貴重な資料だから』ということで、自分が持っているものを段ボール何箱分か寄贈した。それは彼が資料というのものの意味をわかっているからであって、ほとんどすべての人たちは、ビニ本、裏本は文化じゃないと思っている。カストリ雑誌も今見ると『面白い表紙だな』と思えるし、中身も面白いと思える人が出てくる。その後作家として大成した人も書いているし、著名な人が変名で書いていたりもする。しかし、その面白さは、半世紀経っているから初めて見えてくるだけであって、今皆さんがバカにして捨てているエロ本も時代が経ってから歴史的価値が初めてわかる。わからないかもしれないけど、わかるかわからないかを今の我々には判断ができないってことなんです。『変態資料』も軒並み発禁になっていて、梅原北明は上海に逃げたりもしてる。エロですからね。ここで『昔はひどかった』と嘆くのは簡単なんだけど、AVを作っている人たち、エロ本を作っている人たちは今だって逮捕されています。それらのAVやエロ本を見た時に、『エロじゃ逮捕されても仕方がない』とか『エロだから逮捕されても当然』と感じるのと同じように、当時のエロ本が摘発されていることを多くの人たちは当然と感じていた。今古い雑誌を見ても逮捕されるようなものとは思えないだろうけど、これは時間が経ってエロが生々しくなくなったというだけ」
変態資料
『エロスの原風景』「変態資料」の項より

──今のエロ本も、半世紀後にはそう見えるようになる。

「本や雑誌というメディア自体が古くさいものにしか見えなくなるんじゃないですかね(笑)。皆さんが今のエロ本をバカにしているように、当時の人たちもバカにしていた。バカにされるようなものでもアメリカに持ち帰ったのがプランゲの偉いところです。この前ネットに書きましたが、NHKの番組で宮武外骨を取り上げていたんですよ。その番組は単に宮武外骨の業績をなぞるだけじゃなくて、あまり他では見られない視点があった。宮武外骨は、晩年、明治の新聞や雑誌を集めていました。今も東大に残ってますが、それまで権威を嫌い、叩き続けた外骨が、なぜ東大のもとで、そういうことをやっていたかというと、『日本にも活発な表現がなされた時代があった。それを後世の人が理解できるようにしたい』という思いがあったから。それまで新聞や雑誌を保存するなんて発想はなくて、言い換えれば、『世の中の人がクズ扱いして捨てているものにも未来の価値がある』ってことです。戦争が終わって、やっと自由に表現できると思ったら、今度はGHQの検閲が待っていて、外骨はまたも絶望するわけです。テレビでは、そこまでしかやっていなかったんですけど、その検閲をしていた側にプランゲがいた。皮肉なことに、検閲する側と検閲される側だったわけですが、実は彼らは同じ思いに突き動かされていたんですね。ビニ本や裏本を寄付した私の知人も同じです。そのビニ本や裏本は整理もされずに、段ボール箱に入れられたままでしょうけど、それでいいんです。図書館員は裏本の整理以外にもっと他にやることがあるんだから」

──僕もそう思う(笑)。

「今の時代に生きている我々が今の時代について判断できる部分はほんのちょっとしかない。100年後、200年後に価値観が変わることを我々は読み切れない。だから、とにかく残すしかない。それを踏まえて、国会図書館の役割はなんでもかんでも残すことですけど、そこがちゃんと理解されていない気がします。国会図書館の所蔵品は、町の図書館から取り寄せられて、閲覧することができる。本当は貸し出しはできないはずですけど、現実には貸し出しまでやっている例があります。なんてバカなことをしているのかって思う。だから、紛失する。貸し出しはもちろんのこと、国会図書館から外に出すべきではない。そんなことをしたら、どうやっても紛失するに決まってますから。国会図書館は閲覧さえ禁止にしちゃえばいい。あそこは保存をするのが使命であって、閲覧をするための一般の図書館とは存在意義が違います。図書館の人たちも誤解をしていて、本にベッタリとシールを貼ることに反対する図書館員もいる。でも、一般の図書館はとにかく頑丈にすることと、ハンドリングを楽にすることが大事であって、カバーも箱も全部捨てちゃえばいいんです。そんなことに気を使うのは税金の無駄遣いであって、本自体、古くなったら捨てていいし、利用者のいない本も捨てていい。でも、国会図書館だけは箱もオビも栞も全部残すべきです」

──国会図書館はカバーも、オビも全部捨てているんですよね。

「それがおかしいし、今度はそれが税金の無駄遣いです。国会図書館は、本に印刷された著作物を保存するだけでなく、本という形のある商品をも保存すべきであり、箱やカバーに表現されたデザイナーの仕事も保存すべきです。貸し出しをするとか、閲覧をすることを考えるから、捨てるという発想が出てきてしまう。国会図書館は保存が目的なんだから、短冊やチラシの類いまで残した方がいい。閲覧のためには、そこまでできないというのなら、閲覧は禁止にしていい。全面禁止までしなくても、有料にして利用者を減らしてもいいし、どうしても閲覧したい人は、戸籍謄本とパスポートを提出して、なぜ閲覧したいのかを原稿用紙10枚にまとめて提出するようにすべきです。利用者の利便をとことん無視した方がいい」(続く)

(このインタビューは2009年7月12日東京国際ブックフェアで行なわれた公開インタビュー『「戦前、戦後のエロ本」〜日本のエロ表現史』に大幅な加筆・訂正を加えています。聞き手:沢辺均)

『エロスの原風景 江戸時代〜昭和50年代後半のエロ出版史 』

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著者●松沢呉一
定価●2800円+税
ISBN978-4-7808-0126-2 C0095
A5判 / 168ページ / 上製・函入
[2009年07月 刊行]
印刷・製本●シナノ印刷株式会社
ブックデザイン●小久保由美

内容紹介

エロ本は遠からず消えると言っていい。そんな時代だからこそ、こんな本を出す意義もあるだろう──
(「はじめに」より)

●『実話ナックルズ』(ミリオン出版)で2004年より現在も続く、日本エロ出版史を網羅する長期連載の単行本第1巻。
●稀代のエロ本蒐集家である著者所蔵の膨大な資料の中から、エロ本173冊、図版354点をフルカラーで掲載。
●読み物としてだけでなく、顧みられることのなかったエロ表現史の概観を辿る、資料性の高い一冊。
●大幅加筆に、連載時には掲載されなかった資料も掲載。

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松沢呉一『エロスの原風景』に関する記事一覧

◎『エロスの原風景』ができるまで/松沢呉一インタビュー
01・国会図書館を抜き去るまで(ただし、エロ本のみ)
02・エロ本を捨てるな
03・松沢呉一が語る『エロスの原風景』のよみどころ
04・『エロスの原風景2』に向けて
05・エロ本を集めることの悲哀

◎「部数と印税」シリーズ
「部数と印税 1・印税さまざま」
「部数と印税 2・刷部数と実売」
「部数と印税 3・下がる印税率」
「部数と印税 4・上製にする理由」
「部数と印税 5・本のみてくれ」
「部数と印税 6・部数と定価」
「部数と印税 7・上製の経費とアマゾンの順位」
「部数と印税 8・ネット時代の本の買い方」
「部数と印税 9・『エロスの原風景』は来週発売」

◎『エロスの原風景』の裏庭風景
『エロスの原風景』の裏庭風景 1・エロというもの
『エロスの原風景』の裏庭風景 2・黙殺される存在
『エロスの原風景』の裏庭風景 3・見えない歴史
『エロスの原風景』の裏庭風景 4・チンコ展
『エロスの原風景』の裏庭風景 5・宮武外骨とプランゲ、ついでに私(上)
『エロスの原風景』の裏庭風景 6・宮武外骨とプランゲ、ついでに私(中)
『エロスの原風景』の裏庭風景 7・宮武外骨とプランゲ、ついでに私(下)

◎その他
誤字のお知らせ 1
「著者キャンペーン」のまとめ
「著者キャンぺーン」の補足
エロの排除
その後の『エロスの原風景』
『唐沢俊一検証本』は記録的な売れ行き

◎『エロスの原風景』刊行記念 松沢呉一インタビュー
「modern freaks web」にて公開中

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◎『エロスの原風景』書評掲載誌
『バディ』2009年8月号(テラ出版)
「目にも鮮やかなエロ本の歴史を辿る名著」
『週刊SPA!』2009年7月28日発行号(扶桑社)
「ニッポン文化における『エロ本』の重要性をひもといた、意義深い一冊!」
『本の雑誌』2009年8月号(本の雑誌社)
「万単位のエロ本から選ばれた(たぶん)、超一流の資料が惜しみもなく並べられているから壮観この上ない」
『トーキング・ヘッズ NO.39』(アトリエサード)
「エロも立派な文化なのだ。忘れてしまっていいはずがない」
『日刊ゲンダイ』2009年8月31日発行号
「時代のはざまに消えたエロ本173冊を収録!」

『エロスの原風景』ができるまで/松沢呉一インタビュー01/国会図書館を抜き去るまで(ただし、エロ本のみ)

日本国最高の知のデータベース「国会図書館」──が、どんな巨人にも弱点はある。それはエロだ。
エロに関しては国会図書館を優に超える資料を収集した男、松沢呉一の最新刊がこの『エロスの原風景』(7月1日刊行)である。
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松沢呉一『エロスの原風景』に関する記事一覧

●国会図書館を抜き去るまで(ただし、エロ本のみ)

──『エロスの原風景』で紹介している図版は、すべて松沢さんのコレクションをスキャニングさせてもらったわけですけど、そもそも、松沢さんはどういう理由でエロ本収集を始めたんですか?

「この話は、いろんなところで書いているんですけど、かれこれ20年くらい前にマガジンハウスの『ブルータス』で、高橋鐵の原稿を書くことになったのがきっかけです。高橋鐵というのは心理学を主体にした性学者で、、昭和20年代に『あるす・あまとりあ』という大ベストセラーになった本を出している。それまでにも高橋鐵の本は何冊かは読んでいて、改めて調べに国会図書館に行ったら、所蔵している本が5冊くらいしかなかった」

──実際はもっと本が出ていた?

「同じ内容の本の改訂版とか新装版が多く出ていて、それを入れると、数十冊出ている。高橋鐵は生活心理学会という団体も主催していて、学会と言っても愛好会みたいなものなんですけど、そこでも冊子を多数出している。一般に売られた物だけでも30冊くらいありそうなのに、国会図書館には5冊か6冊しかない。その上、そのうちの何冊かはリストにはあっても、行方がわからなくなっているんですよ。たぶん盗まれたのか、紛失したのだと思うんだけど、天下の国会図書館に3冊くらいしかない。だったら、自分で集めようかなと思い始めたのが始まりです。売れた人なので、古本屋にいくらでも売られていて、国会図書館は1日で抜ける。これは高橋鐵に限ったことではなく、性というジャンルに関しては、国会図書館の蔵書は全然たいしたことがない。これに限れば、国会図書館を簡単に抜けることがわかりました」

──(笑)

「国会図書館を敵と見なして、それから数年で簡単に勝利しました。以来、国会図書館を抜いた男と言われている。ただし、エロだけ(笑)。きっかけが高橋鐵だったので、生活心理学会名義で出していたガリ版刷りのビラや、『セイシン・レポート』という雑誌もひと通り全部集めて、次に『エロスの原風景』でも取り上げている『変態資料』という雑誌など、大正から昭和初期のものも集め始めます。『変態』という言葉は、明治末期に心理学用語の『アブノーマル』の翻訳語として作られたもので、もともとは心理学、医学用語だったんですけど、大正時代に宮武外骨が『ちょっと変わった』『正統ではない』というニュアンスの言葉に俗化させて使いだして、『変態知識』といった雑誌を出しています。それを引き継ぐような形で、昭和初期にエログロナンセンスの時代になる。これを先導したのが梅原北明という編集者です。北明は大量の雑誌や本を編集していて、『変態十二史』という叢書も手がけている。当時は軟派本と呼ばれるジャンルの本が膨大に出ていて、北明以外のものも集め出し、大正末期から昭和初期に多数出ている『変態』という言葉がタイトルに入った本も医学書を含めて集めて、それとほとんど同時に宮武外骨も集めて。数が多すぎて、今でも集まり切らない物はあるけど、だいたい集め終わったところで、明治時代の造化機論や戦後のカストリ雑誌に手を広げて」

(雑誌を手にする)

「今日ここに持ってきた『猟奇』はカストリ雑誌の代表的存在で、創刊号(昭和21年10月発行)が戦後初めてわいせつ物頒布で発禁になっています。その後、版元が変わるんですけど、全部で二十冊くらい出ているのかな。こっちは『エロスの原風景』でも一章割いている創文社の雑誌で、『奇抜雑誌』です。これはカストリ雑誌に含まれるかどうか微妙な点があるんですが、広い意味で言えばカストリ雑誌です。この雑誌は、社長が全部一人で書いていました。だいたい月に30本原稿を書いて、他の社員に聞かせてその中から20本選んで出す。座談会だとかルポだとかいろんなものが入ってるんですが、それも社長が想像で書いていた(笑)。後半は他の社員の文章も増えるんですが、『怪奇雑誌』と『奇抜雑誌』の初期は全部一人でやっていたとのちに出た社長の手記に書かれています。カストリ雑誌は国会図書館にもあるんですけど、紙が粗悪な再生紙なので、傷みが激しく、紙が割れたりするので、一般の人は閲覧できない。他の図書館にもないですから、見ようと思うと自分で買って集めるしかないんです。

カストリ誌創文社

『エロスの原風景』         『創文社グループ』の項より
「カストリ雑誌」の項より

──他のジャンルと違って、エロに取り組もうとすると、必然的に自分で集めるしかないんだ。

「そういうことになります。アメリカの大学に『プランゲ文庫』というコレクションがありまして、プランゲは昭和20年から昭和24年に、GHQで検閲をやっていた人物です。この人は本当に偉い人で、その時期に発行された日本の出版物をアメリカに持ち帰ったんです。日本ではこんなものは公的な施設は保存していなくて、国会図書館にも中途半端にしかない。これもあとで集め直したか、寄贈されたんだと思うんですけど。そのため、悲しいことに、カストリ雑誌の最大のコレクションはアメリカにあるんですよ。これがアメリカの偉いところというか、日本のダメなところだと思うんだけど、浮世絵が海外流出して、海外でこそ評価され、保存されたのと似ている。しかも、日本では浮世絵の中の重要な柱のひとつである春画は、いまなお美術館で展示できない。日本だと『エロだから』ということで、こんなものはいらないと判断して捨てちゃう。捨てる前に集めもしない。善か悪か、必要か不要かを今の時代にたまたま生きている自分が判断できると思い上がっているわけです。しかし、そこに価値があると判断する人もいるのだし、今はいなくても、半世紀あとに必要とする人が出てくるかもしれない。そういった長い時間に沿った思考が欠落した国で、それを拾い集めてきたのが、言ってみれば私の人生(笑)」(続く)

(このインタビューは2009年7月12日東京国際ブックフェアで行なわれた公開インタビュー『「戦前、戦後のエロ本」〜日本のエロ表現史』に大幅な加筆・訂正を加えています。聞き手:沢辺均)

『エロスの原風景 江戸時代〜昭和50年代後半のエロ出版史 』

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著者●松沢呉一
定価●2800円+税
ISBN978-4-7808-0126-2 C0095
A5判 / 168ページ / 上製・函入
[2009年07月 刊行]
印刷・製本●シナノ印刷株式会社
ブックデザイン●小久保由美

内容紹介

エロ本は遠からず消えると言っていい。そんな時代だからこそ、こんな本を出す意義もあるだろう──
(「はじめに」より)

●『実話ナックルズ』(ミリオン出版)で2004年より現在も続く、日本エロ出版史を網羅する長期連載の単行本第1巻。
●稀代のエロ本蒐集家である著者所蔵の膨大な資料の中から、エロ本173冊、図版354点をフルカラーで掲載。
●読み物としてだけでなく、顧みられることのなかったエロ表現史の概観を辿る、資料性の高い一冊。
●大幅加筆に、連載時には掲載されなかった資料も掲載。

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