2009-06-27

お部屋1885/『エロスの原風景』の裏庭風景 3・見えない歴史

インタビュー連載が始まったことなので、本の宣伝はあっちに任せようと思ったのですが、そろそろ一般の書店にも『エロスの原風景』が並ぶ頃なので、もう一発書いておきます。

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ちょっと前のこと。知人を介して、海外にいる日本人大学院生からの問い合わせをいただきました。

簡単にまとめると、「戦前の性産業、性表現についての論文を書こうとしているのだが、よくわからない」というものでした(これだけだとよくあるテーマですが、これに目新しい切り口が加わってます。そこを説明しないと、この話が意味するところがわかりにくいのですが、論文を書く前にパクられるといけないので、そこは伏せておきます)。

彼女はすでに大学の研究者たちに問い合わせているのですが、彼女が求めるようなものは誰も知らず、「そんなものは存在しない」とまで言われてしまったそうです。

彼女は私に連絡をとってラッキーでした。彼女が求める資料は存在しています。うちにもあります。見ず知らずの人にそう簡単には提供しないですが。

わざわざ私に問い合わせてきたように、彼女も「ないわけがないのではないか」との感触はあって、だからこそ調べようと思い立ったようです。

彼女は現在入手できる範囲の研究書や論文には目を通していて、そこに大きな疑問を感じています。ある人たちが書くことを見ると、戦前の表現物において、性表現が溢れているように見え、ある人たちが書くことを見ると、存在していなかったようにも見える。同じ時代をテーマにしているのに、まったく違う時代を取りあげているように見えるのは何故なのかというのが彼女の疑問です。

簡単な話です。例えば一世紀後に、今の時代を研究する人たちが書いたものを見た時にも、おそらく同じことが起きます。

ある人たちが書いたものを見ると、エロ本やAV、出会い系サイト、性風俗店、キャバクラ、ストリップ、援助交際、ラブホといったものが溢れ返っていた時代として描写される。ある人たちが書いたものを見ると、それらがまったく出てこない。

今はエロが隔離されていますから、そのような二つの見え方をするのは理解しやすいですが、『エロスの原風景』の中でも簡単に触れているように、かつてはエロとそれ以外の境界が薄かったものです。

戦前の「軟派」と呼ばれるエロ雑誌群には、医者や大学の研究者も執筆していますし、戦後のカストリ雑誌には現役刑事たちの座談会が出ていたり、彼らが提供したとしか思えない殺人事件の現場写真も掲載されています。

新聞社系の週刊誌でも、昭和20年代から30年代にかけては、街娼や赤線を取材した記事がよく出ています。社会問題だったということもありますが、当時よく出ていた週刊誌の増刊では、ガイドに限りなく近い記事も出ています。

こういう例はいくらでもあって、昔の雑誌や新聞に目を通していれば、イヤでもこういった記事を目にすることになる。それでも、それらに目を向けない研究者たちがいます。ほとんどの研究者は見ないようにしていると言っても間違いではない。その人たちが描いた歴史を読んでいるだけでは、芸者と歌舞伎役者のスキャンダルが一般の新聞に掲載され、遊廓のガイドブックが出され、エロレビューが浅草で人気を集め、男たちはカフェーの女給たちをくどいて待ち合いに連れ込み、路上では今のナンパと同じことがなされていたことは決して見えて来ない。戦前は一律に禁欲的な暗い時代だったとしか思えないでしょう。

「今の時代の研究者たちのフィルターを通すと間違ってしまうので、当時のものを片っ端から調べるべし。とくに当時の人たちの性行動や性意識を知るためには、単行本ではなく、雑誌や新聞を調べるべし」と私は彼女に教えました。

100年後に「2000年頃の売春価格はいくらくらいだったのか」を調べようとした人がいたとして、単行本を調べるより、風俗雑誌を調べるのがもっとも早く、正確です。こういう情報は雑誌にこそ出ています(戦前は新聞にもエログロ系の記事が出ていたりもします)。

これで彼女も納得したようです。私も役に立てることがあるってもんです。

私は私で、読むものも、読み方もエロに偏りすぎているのですけど、そこを見ないようにする人たちが圧倒的に多い中では、そこに特化した本もあっていいでしょう。
 
 
注:このように、大学生や大学院生から、「昭和初期の性表現について論文を書こうと思っている」「セックスワークについてのレポートを書きたい」といった問い合わせを時々いただきます。大学の中には詳しい研究者が少ないので、エロライターに聞くしかないのでしょうが、こんな時だけ利用されるのはあまりいい気持ちではありません。協力したところで、書いたものを送ってくれた人は今まで一人たりともいないし。今はこの手のことをほとんど書いてないですが、前はメルマガ「マツワル」で毎日配信していたものです。そっちを読んでくれればいいのにな。大学のレボートレベルだったら、全部パクってもOKということにしていますし。

このエントリへの反応

  1. お疲れ様です。東村山方面でもいろいろ笑えるネタが飛び出してきておりますので、適当に遊びに来てください。

    インタビュー連載のURLが変わったようなので、こちらに張り替えた方がよろしいかと思います。
    http://www.modernfreaks.jp/interview/matsuzawa/index.html

  2. 毎日チェックしてますよ。一度休憩すると、なかなか元に戻れないです。

    URLは直しました。

  3. [...] 1・エロというもの 『エロスの原風景』の裏庭風景 2・黙殺される存在 『エロスの原風景』の裏庭風景 3・見えない歴史 『エロスの原風景』の裏庭風景 4・チンコ展 [...]