2009-08-27
『エロスの原風景』ができるまで/松沢呉一インタビュー04/『エロスの原風景2』に向けて
前回まではこちら
万単位(家ひとつ分)のエロ本を所蔵している松沢呉一。
1冊1000円だとするとン千万。
その選りすぐりの資料がオールカラーで大量に掲載された『エロスの原風景』はなんと2800円ですぞ!
●『エロスの原風景2』に向けて
──これだけ資料が充実していると、オールカラーにした甲斐がありますね。
「そうそう。モノクロにすると、写真はどうしても古く見える。当たり前ですけど。でもオリジナルはきれいなものも多いんですよ。戦後すぐ占領軍がカラーで撮った写真集(『GHQカメラマンが撮った戦後ニッポン』・アーカイブス出版)があるじゃないですか。戦後の焼け跡って、私のなかではモノクロのイメージなのに、当時の町並みはカラフルなんですよね。モノクロかカラーかで時代のイメージが作られてしまうってことをあの本でつくづく感じました。写真のカラー印刷ができなかった時代は、木版や石版でカラーページを作ったり、本文用紙に色のついた紙を使っていたりもする。好事家向けの本だと、本文を二度刷にしていたり。カラー印刷の技術が発展していなかった時代は、その時代なりの色の工夫がなされていたんですね。そんな工夫は何もなくて、カラーで再現する意味がないものもあるんですけど、彩色のポストカードだったり、カストリ雑誌の表紙だったり、昭和30年代のカラーグラビア雑誌だったりはカラーで再現したい。今の鮮明すぎるカラーより魅惑的に見えたりもするし、昭和30年代のヌード写真は今とさほど違わなかったりもする。そのことを読み取ってもらうためにはカラーで再現するしかない。じゃないと、単に古いものに見えてしまうし、ブツとしての魅力がわかりにくいので」
──2800円でも高くないですよね。
「オールカラーで3000円切れれば全然高くないと思うけど、そこを理解してくれる人がどれだけいるのかについてははなはだ疑問ではあります。今のエロ雑誌じゃカラー印刷は当たりまえで、オールカラーのエロ雑誌が千円を切るような値段で売られている。そういうものと単純に比較して高いと思う人たちが多いと思うんですよね。部数が少なくて、広告が入ってないんだから、本だと高くなるのは当然なんですけど、一般に本の値段は理解されていないので、そこが心配。この元になっているのは『実話ナックルズ』(ミリオン出版)の連載『日本エロスの原風景』で、今までに60回以上やっている。他の雑誌で書いたものもあるので、簡単にあと2冊か3冊は作れる。でも、1冊目が売れないとあとが続かない」
──単行本未収録の、面白いテーマはありますか?
「もう連載で取りあげたものでは、カストリ新聞ですね。カストリ雑誌とほぼ同時期に、ペラペラのタブロイドの新聞が大量に出ている。保存されているのが少なくて、論じたものもほとんどない。中途半端な復刻が出ているくらい。最近、取りあげたのは明治時代の造化機論。書かれていることは今見ると滑稽なんですけど、性器の図版がきれいなんですよ。明治の春画も取りあげていて、一般に知られる江戸時代の浮世絵の流れのものだけじゃなく、ハイカラな図像の春画が明治になると出てくる。軍人と従軍看護婦がやっていたり。たぶん日清戦争の頃のものじゃないかと思うけど、江戸時代のものより私は近代のものの方が面白い」
──へえ。
「今回はSM関係はほとんど入っていないですけど、連載では昭和30年頃のSM写真集も取りあげている。有名なSM雑誌『奇譚クラブ』は、もともと大阪のカストリ雑誌がはじまりで、昭和26年からSM雑誌になるんですけど、その前のカストリ時代のものも、いい記事が多い。当時は大阪で出ていたので、関西の性風俗関連の資料としては重要です。その話も連載ではもう書いてます。次の号(『実話ナックルズ』2009年9月号)に出るのは昭和初期の『エログロ叢書』というシリーズ本です。全10巻で、すべて発禁になってます。これは表紙もいいんだけど、中身が抜群に面白い。連載は春からモノクロページにされてしまったので、今までのようにヴィジュアルをあまり考えなくてよくなって、中身の面白さだけで押し通せるので、かえってやりやすくもなっているんですけどね。あとはトルコ風呂のマッチとか、ストリップのパンフとか、エロのスライドとか。印刷物というブツに着目したものじゃなくて、今回のトルコ風呂の話やオッパイ小僧の話のように資料を使ってあるテーマについて書いたものとしては、照葉という芸者の話や脇毛の話、臍の話がまあまあ面白いかな」
──ちなみに、どれくらいエロ本のコレクションがあるんですか?
「高田馬場に『エロ本館(やかた)』といわれる倉庫があるんだけど、そこに全部保管している。民家のはなれになっていて、大家にはもちろん秘密だけど、二階建ての上から下まで全部エロ本。万単位のエロ本がある」
──(笑)。
「エロ本と言っても、範囲はかなり広くて、エロ関連のテーマを取りあげた研究書の類いを含めてですけどね。以前はうちに全部置いていたんですけど、寝る場所もなくなってしまった。段ボールに入れたまま積んでいたので、中を見ることもできない。今も場所が移動しただけで同じ状態のままですから、やっぱり中が見られない(笑)」
──資料館を作って、ちゃんと見られるようにすればいいのに。
「そういうことをよく言われるんだけど、そんなものを作ったら、どれだけ金がかかるかわからない。人に見せるんだったら、それ用の人も雇わなければならない。高倉一さん(『エロスの原風景』参照)が始めた風俗資料館というのが今もありますが、公的なサポートを得られないので、維持するだけで大変ですよ。図書館に寄付なんてことをしたら、ほとんどすべて捨てられますしね。国会図書館に寄付したら、もしかすると保存はしてくれるかもしれない。箱に詰めたまま積まれるんだったらいいんですけど、下手に整理されたら、箱もカバーも全部捨てられて、改装されてしまいかねない。国のやることなんて信用できるはずがなくて、国の方針が変わったら、全部破棄されるかもしれない。本はコレクターの手に渡すのがもっとも安全で確実なんです。保存したいんだったら、市場に戻すのが賢明です。バカにされ続けたエロ本や春画が残って、巡り巡って私の手元にあるのは、何人ものコレクターたちや愛好家たちが保存し続けてくれたからであり、図書館に寄付するようなバカなことをしなかったからなんです」(続く)
(このインタビューは2009年7月12日東京国際ブックフェアで行なわれた公開インタビュー『「戦前、戦後のエロ本」〜日本のエロ表現史』に大幅な加筆・訂正を加えています。聞き手:沢辺均)
『エロスの原風景 江戸時代〜昭和50年代後半のエロ出版史 』
著者●松沢呉一
定価●2800円+税
ISBN978-4-7808-0126-2 C0095
A5判 / 168ページ / 上製・函入
[2009年07月 刊行]
印刷・製本●シナノ印刷株式会社
ブックデザイン●小久保由美
内容紹介
エロ本は遠からず消えると言っていい。そんな時代だからこそ、こんな本を出す意義もあるだろう──
(「はじめに」より)
●『実話ナックルズ』(ミリオン出版)で2004年より現在も続く、日本エロ出版史を網羅する長期連載の単行本第1巻。
●稀代のエロ本蒐集家である著者所蔵の膨大な資料の中から、エロ本173冊、図版354点をフルカラーで掲載。
●読み物としてだけでなく、顧みられることのなかったエロ表現史の概観を辿る、資料性の高い一冊。
●大幅加筆に、連載時には掲載されなかった資料も掲載。
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[...] 03・松沢呉一が語る『エロスの原風景』のよみどころ 04・『エロスの原風景2』に向けて [...]
[...] 「そうですね。たまーに、陰毛が見えてるのがあると、ものすごく幸せになる(笑)。たぶん当時も非合法で出されたものじゃないかと思うんですけど。エロ以外に興味がないわけではなくて、実際にはそうじゃないものも買ってますが、原稿を書くとなると、エロに向かってしまう。誰も書いていなかったりするので。プランゲは別として、カストリ雑誌は数で言うとたぶん私が日本で一番か二番に所有していると思うんですけど、自分が所有しているかどうかはさして重要ではない。すでに書かれているものよりも、自分のオリジナルの視点を探せるかどうかにかかってくる。それが探せないと、どうも執筆意欲がわかない。それを探すためには自分で買い集めるしかないってことです」(続く) [...]
[...] ※「東京国際ブックフェア」でのトークをまとめた「『エロスの原風景』ができるまで/松沢呉一インタビュー」の4回目が更新になりました。 「1943/24時間テレビと日本ユニセフ協会」に間違いがありました。すでに原文は修正していますが、こちらでも触れておきます。 [...]