2009-07-04

お部屋1893/『エロスの原風景』の裏庭風景 6・宮武外骨とプランゲ、ついでに私(中)

ここしばらく『エロスの原風景』の宣伝をしているつもりなのですが、内容についてはほとんど書いてません。書くべきことは本に書いてあるので、いまさらここに書くようなことはないものですから。そのため、私の文章を読んでも、どんな本かさっぱりわからないかもしれません。

これでは宣伝にならないなと思っていたところ、田亀源五郎氏が自身のブログに内容がよーくわかる書評を書いてくれました。ありがたい。

これで私は引き続き、本の内容がわからないことを書き続けられます。前回を読んでいない方はこちらをお先にどうぞ。

『エロスの原風景』には書いていなかったと思いますが、エロ本を集めるようになるきっかけについては、今までいろんなところで語ってきました。

今から20年前、国会図書館で調べものをしている時に、エロ関係の古い資料がろくすっぽないことに気づいたことがきっけです。まったくないわけではないですが、古本屋で簡単に手に入るものさえ収蔵されていない。

「だったら、私が保存してやろう」と思い立ち、今や「国会図書館を超えた男、ただしエロのみ」とも言われています。

国会図書館には日本のすべての出版物が収蔵されているなんて誤解している人がよくいて、そういったことを書いている人さえいます。ちゃんと調べた方がいいと思う。

現在は、国立国会図書館法で発行人に納本が義務づけられていますが、古いものはスカスカです。予算の中から抜けを埋めていても、買わなければならないものは多数ありますから、エロは後回しです。

また、納本義務に罰則規定はないですから、最近のものでも、すべてきれいに納品されているわけではないでしょう。例えばビニ本、裏本の業者が納本していたとは思えません。

その穴を埋めるべく自分のコレクションを寄贈した偉い人がいます。知り合いです。この行為が偉いだけでなく、この人はエロではないジャンルで優れた業績があって、「ビニ本や裏本も日本の出版物の歴史だ」と言ってました。さすがによくわかっています。

その寄贈品はいまなお整理されてないようで、閲覧できません。裏本は一般公開すると法的にまずいですし。それでも保存されていればいい。

カストリ雑誌には、いい加減な記事が多いのは事実としても、糊口を凌ぐために、作家や画家たちが時に変名でこれらの雑誌に作品を発表し、のちに大成する作家が新人時代に書いていたりもします。また、この時代だけ活躍して消えた書き手もいます。まったく無名の人たちのクズのような原稿だって、その時代の人々の意識や生活を知るため、さらにはそういったものが出されていたことを知るために、すべて意味があります。

この歴史的資料が国会図書館にはほんの一部しか保存されていない。カストリ雑誌はエロ本ですから(『エロスの原風景』に書いたように、定義の問題に過ぎないのですけど)。数年前に、国会図書館がカストリ誌までを買い集め始めたという話を聞きましたが、確認はしていないです。

カストリ雑誌はこれまでにもある程度は保存されていましたが、一般の閲覧はなされておらず、おそらく今後もそうでしょう。これはエロだからではなく、傷みやすいためです。これまた保存さえしていればよく、すべての所蔵本は閲覧なんてできなくしてしまってもかまうまい。

同時代のものでも、焼け跡時代を象徴する「真相」といった雑誌はすでに揃えているでしょうが、カストリ誌までは手が回らない。それを集め始めたのであれば、「やっとそこまで来たか」というところです。

しかし、カストリ雑誌は別のところに大量に保存されています。米メリーランド大学にあるプランゲ文庫です。
ゴードン.W.プランゲは占領下の日本で検閲を担当していた人物です。この人は検閲した出版物をアメリカに持ち帰っていました(それでも抜けがあるのですが)。

これはGHQの判断ではなく、プランゲ個人の判断だったらしいのですが、あとになって収集したものがあるにしても、カストリ雑誌までを収集、保存した公的な機関は国内にはひとつとしてなかったでしょう。

それまであった貴族院図書館、衆議院図書館などを合体させて国会図書館を創設したのは1948年(昭和23年)のことです。戦争に負けたのがきっかけであり、手本になったのは米国議会図書館です。

それまでこの国には、出版物のすべてを保存するという発想はなく、図書館は大事なもの、いいもの、必要なものだけを保存すればいいと考えていました。発禁になるようなものは保存する価値はなく、また、新聞や雑誌は読み捨てられるものであり、保存の対象ではないという考えに抵抗したのが宮武外骨だったわけです。

前回取りあげたNHK「歴史秘話ヒストリア」で、宮武外骨は戦後になってGHQの検閲によって自分の出版物が削除されて激怒したとの話が出てきました。やっと検閲がなくなって自由に表現できると思ったら、今度はGHQのに検閲が待っていました。

ところが、その検閲を担当していたプランゲは検閲した日本の出版物をアメリカに持ち帰っていた。検閲をしながらも、その表現物を葬ってはいけないと考えていたのでしょう。おそらくここでも歴史を残す使命感みたいなものがあったに違いありません。

検閲する側のプランゲにも、検閲される宮武外骨側にも使命感があったわけです。

では、プランゲはなぜ国会図書館にそれらを保存させなかったのか。ここは私もよくわからず、ことによると、単に自分が所有したいとのコレクター気質が関わっていたのかもしれないですが、当時の日本人にはそれらの資料の価値を正しく評価できないとでも考えたのかもしれない。アメリカ人だってリアルタイムには個別の表現物を正しく評価することはできなかったわけですが、戦争に負け、生きていくことに必死な日本人たちには、それらのクズのような出版物を未来のために残す余裕はないと判断したのではなかろうか。

なぜそうしたのかは別にして、アメリカに持ち帰ったのは正しい判断で、どこかの図書館に寄贈していたとしても、クズとして捨てられていたに違いありません。今現在出ているエロ本をその辺の図書館に寄付したところで、すべて捨てられるようなものです。

悲しいかな、アメリカさんに持ち帰っていただいたからこそ、今に至るまできれいに保存されていたと考えてよさそうです。

(続く)

このエントリへの反応

  1.  なんだかシーボルトを彷彿とさせる話になってきましたね。イイハナシダナー……と結論するにはまだ早いですか。

  2. 克森さま

    ここで大事なことは、今もエロはクズとして葬られているってことです。カストリ雑誌は、半世紀経ってエロとしての生々しさが消えたから価値を見出されているだけです。

    もっと大事なことは、このシリーズになって、アクセスが激減していることです。わかってはいるのですが、こういう話は受けないっすね。そろそろ終わりにします。

  3. [...] 「1893/『エロスの原風景』の裏庭風景 5・宮武外骨とプランゲ、ついでに私…で書いたように、「田亀源五郎’s Blog」で『エロスの原風景』が紹介されたのですが、その中で、人名が間違っていたことが指摘されています。 [...]

  4. H市の奇人変人シリーズや某「ジャーナリスト」国士シリーズより、御著書及びこのシリーズの方が私にとってはよほど面白いし、50年後100年後までの意義があると思います。私のためにとは申しませんが、もっと読ませて頂けると有り難いです。だったら、マツワルを購読しろってことですね。そうします…。

  5. 山岡さま

    ありがとうございます。私にとってはどっちも大切なテーマですが、東村山に興味のある人の多くは、こういう話に興味がないようで、アクセスは4分の1くらいに落ちました。さらに続けることで、こういった方面の読者を集めることは可能だと思うのですが、おっしゃる通り、本来、「黒子の部屋」は「マツワル」とバッティングしないようにしているため、そういつまでも続けられないです。

    今月は「マツワル」の新規募集の月なのですが、今期更新分の処理が終わってないので、もう少しあとになります。

  6. 本日、版元ドットコム経由で「エロ原」届きました!次回の新規募集までゆっくり楽しませて頂きます。

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  9. [...] NHKのあの番組を見てもわからなかったでしょうが、宮武外骨にはエロに関する著作が多数あり、それがために発禁にされてもいて、センズリについて書かれた無記名の地下本『玩索考』も宮武外骨によるものだと言われています。あたかも、政治的な表現、社会的な風刺においてのみ闘っていたかのように扱うこと自体が、表現を消す側に立っていることに相違ありません。(続く) [...]