2010-03-12

全国公共図書館研究集会(サービス部門 総合・経営部門)での講演記録

2010年1月14日(木)〜1月15日(金)に新潟で開かれた「全国公共図書館研究集会(サービス部門 総合・経営部門)」で話をさせてもらった講演記録です。

主催者でテープ起こし→原稿整理をしてくれて、僕が少々手を入れたものです。
でここでは改行を増やしました。
「記録集」という印刷物になってます。新潟県図書館協会の発行です。
▼奥付
平成21年度
全国公共図書館研究集会(サービス部門 総合・経営部門)記録集
発行日 平成22年3月9日
編集・発行 新潟県図書館協会 事務局
      (新潟県立図書館企画協力課内)
〒950-8602 新潟市中央区女池南3-1-2
       Tel 025-284-6178
       Fax 025-284-6832
ココから────────────────────

【基調講演】
「出版文化の危機」をどう見るか
ポット出版社長 沢辺均氏

司会 続きましてポット出版社長の沢辺均様より、「出版文化の危機」をどう見るかと題しまして基調講演を頂きます。
ご講演頂きます沢辺様が社長をされていますポット出版は図書館とメディアの本であります『ず・ぼん』を発行しております。皆様ご存じのとおりこの書籍は1994年の創刊以来、図書館員が知りたい最新の課題や情報を独自の目線で紹介されております。
それでは沢辺様、お願いいたします。

沢辺 ポット出版の沢辺です。
今日は新潟の皆さん、全国公共図書館研究集会の実行委員の皆さんというのでしょうかね。僕なんぞをお呼び頂きまして本当にありがとうございます。
湯浅さんとは、実は、うちから何冊も本を出してもらっている関係もありますし、『ず・ぼん』という本を出す最初の会議を大阪でやったのですけども、図書館員の人とか集まってですね。その時に出席していたメンバーで、古い付き合いをさせてもらっているのですけども。湯浅さんもさっきのように、割と和やかなお話を得意としていまして、僕の目標のしゃべり方なので、僕も湯浅さんに負けず、皆さんからできるだけ楽しい笑い声をいただけるようにお話しさせていただければと思うのですね。私の回数で湯浅さんと対抗してみようかな、と。
本当にありがとうございました、呼んで頂きまして。こんなふうに喋らせてもらえる機会をもらえるととっても嬉しいです。
とは言えですね、なんで僕なぞを呼んでいただけたかということを僕なりに考えると、多分理由は3点なのかなと思うのですね。

1つは、今ご紹介いただいたように『ず・ぼん』という本を出しています。これは1年に1回で15号まで出しましたので、もう15年もたっちゃうということですね。

2番目は、ポット出版、チンケな名前ですよね。みすず書房とか未来社とかみると、いつも頭がよさそうで良いなと思うんですけど、なんか、うちの名前は頭が悪そうな名前なんですね。最初はそんなに出版やるぞという気はなくて、20年前に1冊目を作ったんですけど、最初はあんまりそんな気がなかったので、こんな軽い名前、どうでもいいやなんて思って適当な名前を付けてしまって、今心から後悔しているんですね。自己紹介するたびに「頭悪そうだな」と思うんですね。ですが、ポット出版は2000年から他の出版社、合計6社だったかな。それと一緒に「版元ドットコム」という団体を作りました。この取組をしていることで今日お話しをさせていただく機会をいただいたと思うのですが。
「版元ドットコム」とは、出版社が自分たちの出した本の書誌情報を出版社自身が作ってインターネット、ネットワークを利用して一般の読者の方を始めもちろん本屋さん、図書館の方、取次などそうしたところに、自分たちの出した本の書誌情報を届けていこうと、ネットワークを利用してやろうというのが目的で作った団体です。現在157社になりまして157社で作った本のネットワーク上にあるデータベースに登録してあるタイトル数は3万を超えています。もう4万近くになるんじゃないかな。そういう数字になっています。
157社という数字なんですけど、ちょっとこれは自慢でして。さきほど湯浅さんの講演の中にもちょろっと出てきましたが、出版社の団体で一番大きい団体は日本書籍出版協会。書協と言われているものですね。これは大体何社あるかというと、記憶では4百数十社ですね。だから157社というのは、その書協に次ぐ団体に今日成長したんです。最初は33社から始まりましたから、10年で5倍になったんですね。ここは自慢な点なんですけども。
157社とか4百数十社という数字は、出版社の全体数が分からないとイメージがつかないと思うのですが。
皆さんは、日本には出版社というのは何社くらいあるかご存知ですか。もう少し人数が少ない時にお話しさせていただく時には「そちらの方何社だと思いますか」とやるんですが、今日はあまりにも人数が多いのでそれはやらずに淡々と進めていきます。
ISBNはご存知ですよね。International Standard Book Number これの出版社記号ってありますね。978‐4の後ですね。後のハイフォンに囲まれているところですね。あそこの出版社記号を取得しているのが1万6、7千社のはずです。むちゃくちゃ多いんですが。
ところが1年間に10点以上、つまり月にせいぜい1冊ちょっと欠けるくらい。年間10点のタイトルを発行している出版社というのは、どのくらいあると思います? ISBN記号を持っているのが1万6000社。出版ニュースの出版社統計によると4000社くらいなんですね。出版ニュース社が出している『出版年鑑』によりますと、出版社は大体4000社くらいですね。
年間10点くらい、以上出している出版社は大体どのくらいあるとお思いでしょうかね。折角ですから、皆さんじっとしていると体がなまっちゃうので、こんな運動をしてみましょうか。4000社、2000社、1000社といってみましょうか。
4000社くらいあるんじゃないかと思う方ちょっと手を挙げてみませんか。ご協力ありがとうございます。
2000社くらいかなという方どうでしょうか。ちょっと多くなりましたね。
1000社。流石。ここはあんまりこういうネタを使えないかもしれないですね。そうなんです、1000社なんですね。
年間10点ですよ、10点。年間10点だと、だいたい1人か2人ですね。2人出版社でしょうね。僕は人にあった時にいろいろ根掘り葉掘り、結婚していますかとか、恋人いますかとか、根掘り葉掘り聞くのは大好きなタイプで、プライバシー侵害男みたいなもんなんですけど。出版社の編集者に会うと、大体年間に何タイトル作っているの、っていうのが定番の質問なんですね。
例えば皆さんも知っているだろう大どころで行くと、ある有名な新書の担当者で大体11、2点ですかね。10点から12点くらい。1人編集者。
もちろん新入社員もいますから、その新書は新書の編集部は4、5人らしくて、毎月4タイトルくらいですね。定期的に出していますよね。ほぼ平均4タイトルだと思うんですね。ですから、大体1人10点くらいって良い数字ですよね。
新人もいれて4、5人いて、1月4タイトル、年間48ですから、大体1人平均すると10タイトル。全力で編集をやっていれば月に1冊くらいは作れるんですけども。
もちろん図書館に買っていただくように営業したりですね。皆さんの所にもうざいファックスとか出版社から来ますかね。DMが届いたり。ああいうこともしなきゃいけないわけですね。
だから出版社は、編集は1人、月1冊プラスそれを営業したり、取次に納品したり経理をしたりという仕事で1人。最低、月1冊で2人というのが、僕の大体の調査結果なんですね。
そういう規模で1000社いる。
日本の出版社はすごく中小零細でできている。小学館からして、講談社からして1400億くらいですね。年間売り上げが1300億くらいですか。1300億、1400億くらいだと思いますね。
ですから、企業としてはやっと1000億企業。それが出版業界のトップの企業になるわけです。
話が横道にそれちゃったんですけど、そうした出版社を集めて「版元ドットコム」というさっきの目的のようなことをやっていまして。それを始めて出版業界の様々なインフラ整備とか共通のルール作りとかに関わるきっかけになったわけですね。この中で中小零細出版社の利害を、業界の中できちっと発言していこうという取組をやっているので、比較的出版業界に詳しいかな、というのがお呼びいただいた2番目の理由なのかなと思っています。

3番目に、プロフィールにも書いていないので、あまり知られていない。そもそも僕のことを知らないとは思うんですけど。図書館とのかかわりで言いますと、NPOげんきな図書館、というNPOの理事のメンバーをやっています。役職的には副理事長ですね。
これは何かというと、昨今流行りの、今日の資料集を見ますと、明日松岡さんがその辺も含めてお話しになるようですが、皆さんの下請けをやるわけですね。現在中野区の東中野図書館と江古田図書館、渋谷区の代々木図書館を受託している。
代々木図書館は蔵書6万冊で、もともとは図書室の規模だったものがちょっとだけ増えて6万冊になり、1日利用者200人ちょいですかね。小さな図書館ですけど、この3つの図書館の委託を受託しています。3館とも、渋谷は複数館を担当する正規職員の館長がいて週に1辺回ってくる、と。
中野の二つの図書館は館長がいないで全員委託スタッフだけで回している図書館。この受託をしているNPOのメンバーもやっています。そうした関係で図書館との関わりも深い。僕もちょっと出版社をやっているんですけども、図書館のカウンターでピーっとかやったりしたんですよ。こんなことをやっている奴だからちょっと話させてみようかということで、お座敷をいただいたような気がしています。自己紹介を兼ねて最初のお話しでしたが、中身に入ります。

中身の前に明日の討論にちょっと結びつけるために、さきほどの湯浅さんの問題提起に対しての感想、意見だけを先にちょっと述べさせてもらいますね。
僕は順番が後なので、好きに言えるのでずるいですよね。湯浅さんとは不公平だと思いますが、そこは主催者が悪いので僕の責任じゃありませんからご勘弁いただくこととして。
湯浅さんはこれから電子書籍になるんだから、あなたたち図書館は電子書籍をターゲットにした収集や提供、データ整備などなど、データ目録整備などをちゃんとしなきゃだめだよ、そこを視野に入れなさいよというのが結論だったと思います。
僕はもともとアマノジャクなので、人に文句を言うのが好きなんですよね。
心から湯浅さんは好きなんですけど、ついつい文句を言いたくなっちゃうんですよね。
これは残念ながら、全国の公共図書館3000軒で皆でやる必要はないですよね。
電子書籍の時代では、それは国会図書館がやるのが良いのか、都立中央図書館がやるのが良いのか、日本図書館協会がやるのが良いのか分かりませんけれども。資料の収集やそれの目録化やデータ整備などは基本的にどこか1館でやれば全国あとネットワークでつながりますから、どこでもできちゃうと思うんですよ。
そうすると、ひょっとしたらですよ、公共図書館というのはもういらないぜ、ということになる可能性を含んだ状況に今日来ているのではないか。

そこで何をしなければいけないか、何を公共図書館、全国3000の公共図書館が何をしなければいけないのか。或いは何ができるのか。何をするのが良いのか。或いは黙って退場した方がいいのか。僕は退場することも十分選択肢に入れるべきだと思いますが、そういうことを含めて議論が明日できれば良いなと思っています。
僕の結論は、デジタルやネットワークに対して十分視野を広げながら、具体的な活動としてはむしろ逆に、徹底的に身の回りの本屋さんに売っていない資料を独自に集める。そしてそれを独自に整備する、編集する、そして独自に提供するということが、むしろ必要なのではないかと思っているんですね。
今日いただいたお題は、いただいたんです。僕は怠け者なんで、どんな演題が良いですかと言われたので、どんなことを話せばいいのですかと言ったら、この演題を頂きました。「「出版文化の危機」をどう見るか」という演題をいただいたので、怠け者なのでそのままいただいたんですね。
よくよく見ると、全体テーマとしては「出版文化の危機と新しい図書館像」というのがメインテーマのようですね。僕のテーマは「「出版文化の危機」をどう見るか」ですから、最初にそのことの結論をお話させていただく。

僕は出版文化は危機でも何でもないと思っています。
出版文化はなくならないと思っていますし、なんの問題もない、と。むしろ豊かになっているというのが僕の結論ですね。
このテーマ設定には少し誤解があると思うんですね。
今日、出版業界は危機を迎えていると大体言われているのですね。だから、そこから「出版文化の危機」ということになったのかな、と勝手に想像するのですけど。
業界の危機や出版社の危機ではあったとしても、出版文化は危機でも何でもないんですね。というのが僕の見方なんです。
出版文化というのは僕の理解では、要はコンテンツがあることなんですよ。そしてそれがそれなりに、多大な苦労をせずに普通の人に、普通の人がそのコンテンツにアクセスできる状態が豊かになればなるほどそれは良くなっていくというだけの話だと思っているのですね。
そもそもコンテンツがあること。そしてそれが多くの人に届く状態ができていること。これに従来の出版社や出版業界は深くコミットしていたのですね。村上春樹の『1Q84』だって、新潮社という出版社から出版され、取次店、書店を通して多くの人にアクセスできる状態を作ったわけですね。
そこには印刷屋さんがいて印刷して、製本屋さんがいて本にするということがくっついて、取次、書店を経由して多くの人に届くのです。これ以外の方法がない時には書店がないことというのは、そうですね、県ぐらいに書店が1軒もないよというような県は、これは文化的に出版文化から疎外されている県だと言って良いと思うんですよね。
でも、今日そこまでひどいところはないわけですね。ないですが、今までは、この村上春樹さんが書いて本にすること、そこには編集者が関わって、その本を生み出す手伝いもしたと思いますし、それから印刷屋さんから書店まで流れていく流通ということも作ってきたわけですね。これらは危機ですよ。

村上春樹さんは出版社や編集者がいなくても、スティービン・キングみたいに自分で本を書いて、ただネットワークにアップして、ダウンロード販売でやるかどうかこれはわかりません。
僕も、ポット出版などという小さな出版社ではありますが、1度だけ小説というのの編集をやったことがあるのですね。岩松了という劇作家がいまして、「時効警察」というので課長さんの役をやったりとかして、俳優もやるんですけど、この人は戯曲家で、岸田戯曲賞も取っている人で、岩松さんの脚本などなどを出していた関係もあってですね、「岩松さん、脚本じゃなく小説を出しませんか」と僕が持ちかけてですね。
ポット出版ではなくて、当時のベネッセというところからその小説が出ているんですけどね。
『五番寺の滝』というタイトルなんですけどね。これを持ちかけたのは僕なんですよ。これを岩松さんに持ちかけ、版元としてはベネッセを口説いて。ポット出版だと小説を1冊も出していないので、なかなか売り場に営業をかけるのも難しいということもあって、持ちかけたんですね。
その時は「じゃあ、沢辺さん、『五番寺の滝』というタイトルでどうかね」とか、「こんな話なんだよ」とか、「ああ、岩松さん、それいいですね」なんてやったりですね。「いやいやこれはこうですよ」なんてちょっと文芸編集者っぽいことも少しやったんですけど。元々初めてやったもので、何をやればいいのか良く分からなかったんですけど。
どんな話をしたらいいのかすら分かんなかったんですけど、なかなか進まない筆を鼓舞したり、一緒にお酒を飲んだり、おしゃべりしたり。それから極めて技術的なあれですけど、1週間の物語だったもので、「昨日さ、こうだよね」というような小説の中のセリフのファクト・チェックですね。「昨日」というのと、昨日の著述が具体的にあっているかどうかとかをチェックしたりするんですね。「先週の日曜日さ」なんてセリフが出てきたり、「この前の日曜日さ」というセリフが出てきて、その日曜日の描写の時に実際にガソリンスタンドでガソリンを入れているのが本当にあったかとかいうのを、前のところを繰ってチェックしたりですね。そんな技術的なこともやりました。
そうした役割はあるんですけど、これは別にやろうと思えば岩松さんは1人でできたはずだし、ちょっとしんどいな、ということかもしれません。
だけどここの部分は今日の状況を見ていると、先ほど「魔法のiランド」というのがいっぱい出てきましたが、あれは要は、みんなが投稿するわけですよね。コンテンツを書こう、コンテンツを生み出そうという動機があればですね、編集者がいると便利だとは思いますが、絶対に必要だとは思えないですね。すると、その意味での出版社の役割というのは、あったら便利だけれどもなくても成り立つ。
じゃあ、どこで折り合うのかというと、要はこれは経済的な問題なんですよ。
ピンはねをどこまでされるんですか、って。そのピンはねは妥当ですかって。
派遣社員と同じですよね。ピンはねされますよね、会社に。だけど社員からみてですね、仕事先をいろいろ見つけて来てくれて、どこが良いですかって選ばせてくれるためにこれだけのピンはねだったらまあいいわって思って登録するのか、だったら私直接行くわよと思うかどうかの違いにすぎなくて。要はそのピンはねの度合いに妥当性があるのかどうかしか残っていないんですよ。

それから流通。もう皆さん、そんなことは説明されないでも分かりますよね。
通販の世界になるわけですよ。
僕も良く通販を使うんですね。犬を飼っているんですよ。ペットシートっていうのがあるでしょ、おしっこをさせるやつね。あれは結構かさばって、重たくはないけど面倒くさいんですよね、買いに行くのがね。これは通販が便利なんですよ。そうするとクレジットカードの番号入れて、自分で選んで通販をやりますよね。皆さんもやる人は結構多いと思うんですよ。
で、これで本が買える。で、ペットシートの場合は本当に宅急便屋さんで送んなきゃいけないですけど、デジタル書籍、電子書籍になったら送んなくていいですよね。
セキュリティの問題あるけどネットワークがあるわけです。アイチューンズ・ミュージック・ストアのようになるわけですよね、簡単に言えば。従ってもう流通いらなくなっちゃうんですよ。そうすると、出版業界は書店、出版社、付随して印刷関係などなどを含めて出版業界というとすると、このへんは危機なんですよ。

ですけども、そこがいなくなったといって、コンテンツはなくならないですよね。
ネットワークで代替えできるということは、多くの人が気軽に、手軽にそれにアクセスする状況は、引き続き作れるわけですよね。
従って、この二つがある以上出版文化そのものはなくならないですよね。
今日コンテンツを誰が生み出しているか。フィクションであれば、例えば村上春樹さんもそうだと思いますけれども、それから後大学の先生とかもいっぱい本を書いていますね。
これは出版社がなくても本を書くんじゃないですか、大学の先生。研究仕事ですからね。
というふうに考えると、コンテンツそれなりに提供されるだろう。さらに言えばですね、今日出版業界が本が売れなくなっていると言っていることの背景は、むしろコンテンツが膨大になっているからですよね。ネットワーク上にある文字数はものすごいものがあるんじゃないですかね。

とすると、その質はともかくとして、今人類は、過去に全く経験していない膨大な文字の数にアクセスできる状態ができてるんですよね、ネットワークによって。
したがって、むしろコンテンツは多くなってこそすれ、減ったり無くなったりすることはないので。
人類の知としての、人類の知なんてちょっと口はばったいんですけど、知とか、人類の財産という意味でいえば、という意味での出版文化に、全く危機はないどころか、素晴らしい状態が今日は出てきてる。

ただし、危機的な状況は確かにあって、それは、出版業界なんですね。「出版文化の危機」という問題設定そのものは、私は間違っているんじゃないかなというふうに思います。
笑いを増やそうと思ったんですけど、シビアになってきましたね。

もうちょっと具体的な、折角ですから、具体的な数字とか入れると、本当の話聞いてたみたいになりますよね。だから数字をちょっとちりばめて、少しはみんな、あいつ言っていること、本当っぽいなと思って帰っていただけるように、ちょっと数字なんか言ってもますね。
でもレジュメに書いてあるし、永江朗さんの『本の現場』っていう本を作ったんですね。
この中にいっぱい本の数字、・・数字に行く前にちょっと、シナリオ間違えちゃった。
ごめんなさい。もう一個、僕、天邪鬼なんで、主催者側の今回の主旨説明に、吼えてみますね。
今回、これ縮小しちゃったんですけど、こういう主旨がありましたよね、こういうチラシが、リーフレットっていうんですかね。そこの主旨にですね、若年層を中心とする活字離れ、それから、Googleブック図書館等のインターネット、非活字資料による紙媒体資料の衰退など出版文化をとりまく状況は、
だから、この辺についての総論はさっき言ったように、出版文化は危機じゃない、ますます盛り上がってますよ。ただ、我々出版社とか書店が危機なんだってことなんですけど。

ここに「若年層を中心にした活字離れ」ってありますよね。これは間違いだと思うんですよね。
永江朗さんていう人の、『本の現場』っていう本をわが社から出しました。
これはちょっと新聞沙汰にもして頂いて、ここに、「希望小売価格 非再販」って書いてあるんですね。
詳しくは言いませんが、出版業界にある再販制度っていう、私は対象にしなくて結構ですということを宣言したものなんですけど。
この中のひとつに、読書離れの根拠っていう章があるんですね。
毎日新聞の読書調査によると、読書離れはしていません。総合読書率っていうの、その毎日新聞の世論調査ではやっているんですけど、という位置づけにしているんですけど、これは書籍、週刊誌、月刊誌のいずれかを読んでいる人の率ですね。
最新の2008年の数字でいくと、79%なんです。これは大体ですね、70年代から90年代の半ばまで、70%の前後をいったりきたりしてるだけなんです。
そういう意味では2008年度の79%っていうのは高いくらいなんです。
これを年代別に見ても全く同じ状態でして、2008年度の数字で見ると、10代後半の男性の綜合読書率は90%なんですね。男女両方でいくと、10代後半が87でですね、20代が85、30代が85、40代も84、50代が80%で60代が76で、70代が61%というふうに年をとるほど下がってきているのが、これは毎日新聞の調査です。
地元の本屋さんがそこに出店されてますので、これも並んでますからぜひ買ったほうがいいですよ。
大変ですね皆さん、さっきも一冊、買わなきゃいけなくなったし、これも買わなきゃいけないので、お金がいくらあっても足りませんが折角ですから、新潟まで来たんですからお買い求めください。
で、このようにですね、読書率は下がっていないんですね。主催者に呼んでまで貰ってこんな悪態ついていいのかという気がしますが、もう一度事実を冷静に見た議論を、本当にする必要があるんじゃないかと思うんですね。

とはいえ、先ほど言いましたように、出版業界は危機であります。業界は危機です。どのくらい危機かといいますと、これもですね、『デジタルコンテンツをめぐる現状報告』っていううちの本でですね。
僕、結構資料載せるの、きちっとデータ載せるの好きなんです。
公共図書館の推移から年間の出版の売上げ数からですね、まあいろいろあるし、デジタルコンテンツを占うなかなかいい本ですよ。
岩本さんていう小学館の「BE-PAL」とか、「サライ」を創刊したり、編集長をした人ですね。その人とか、モバイルブック・ジェイピーというのはですね、日本にある2大電子書籍取次ぎの片一方の、2つのうちの1つなんですけどモバイルブック・ジェイピーっていうのが。佐々木さんという社長さんのインタビューとか、経済産業省のコンテンツ課を経由して今ちょっとコンテンツ課から外れてますけど、まあこれ官僚ですね、麻布高校、東大、公務員ていうですね、堺さんていう人とかですね。「インフォバーン」と言いまして「ワイヤード」、「ホット・ワイヤード」という、コンピュータ・カルチャーっていったらいいのかな、アメリカのコンピュータ・カルチャーの代表的な雑誌、で日本語版を作ったその最初の編集長であり、最近でいえば「サイゾー」っていう雑誌を立ち上げて、その初代編集長になった人で、『新世紀メディア論』バジリコ出版から出した、2009年の春に出した本が、出版業界では大きな話題になりました。今後の新聞、出版、雑誌、メディアというのはどうなっていくのかということを、かなり適切に書いていると思います。
それから、参考のために紹介しておくと、この方が監修なさって、つい先ごろNHK出版から出された『フリー』っていう本がありますよね、これは、インターネットの中でみんな無料じゃないですか。ウィキペディアも、何もかも。何もかもじゃないけどアイチューンは150円とかかかるけど、無料が多い。どんどん増えてますよね、そういう時に、どういう商売をしたらいいのかということを書いた本なんですけれども、これは見ましたがとても良い本で、今後のデジタルコンテンツを考える上で、とても参考になると思うんですね。
これも売っているんで、皆さん、財布がどんどん軽くなりますから、皆さんお帰りの時に買ってみてください。

で、そうしたところにも資料が載せてありますが、出版業界の売上げは1996年をピークの2兆6000億円をピークに、2008年度はかろうじて2兆とび177億円で、かろうじて2兆円をキープしましたが、2009年は確実に2兆円を下回っているだろうと言われています。
ピークから比べると金額にすると6300億円、2兆6000円のうちの約6000億がこの10年で減って。
パーセント的にいうと76%になっているんですね、96年を100とした場合。
僕去年までは、実を言うと「そうは言っても、売上げ落ちてんのは雑誌だよ。書籍は微減だよ、大したことないよ」、なんて昨年くらいまで言っていたんですよ。2009年はもっと下がっているみたいですが、書籍だけで単独でいくと81%に下がっていて、金額的には約1兆円のうち2000億円下がっている。
雑誌は書籍のマイナス額が2053億円に対して、雑誌は4300億円。倍、大体従来、1兆円対1.5兆円くらいの感じだったんですよね。
1996年のピークをみると。これに対して、2000億円と4千数百億円下がっている。72%に下がっています。書店も減っていますね。これも皆さんもう、充分ご存知の通り。例えば2000年と比べてみますと、全国で2万店あったのが、今日1万5千店。4分の1減っちゃってるんです。

何でだか分かりますか。図書館が、ブック・カバーをつけてマークもつけて、さらに10数%値引きしろってやったからですね。
嘘ですよ。笑いがないんでびっくりしたんですけど、今、笑わせようと思って言ったとこなんです。
町の書店さんはどんどん撤退し、大資本、TRCが全国を席捲し。
書店さんのメーリング・リストに僕入ってるんですよ。今日は名簿によるとTRCの人が全然いないようですから、敢えて言っちゃいますと、TRC嫌われてますね、全国の書店からね。
それから、図書館も嫌われてますよ。こんなに値引き言ってきたんだよ、とか。雑誌だけ押し付けて、その日の午前中に持って来いって言うんだよとか。嫌われてますよ。
実は書店さん皆さんの前では良い顔してると思いますが、仲間内いくとひどいこと言ってますよ。
そうした中でですね、僕はどっちかっていうと、お前らそんな泣き言いってねえで、直接言えばいいじゃん。どっちかっていうとそういう立場で書店を見てんですけど、さすがに4分の3になりますからね、お店数で言ってもね。
どんどん減ってるわけで。まあ、その気持ちもわからなくはないって、ちょっとだけ思ったりはしますが。そのように書店数は減っています。
もうちょっとトピック的に出版業界で最近起こっていることを、ここは、ギャグを減らして、ぱぱぱっと先にいくつか報告しますね。

責任販売制度っていうのは去年流行りましたね。
最近、出版業界で流行ってますね。大体ご存知ですか、責任販売制度。僕はこの、責任販売制度っていう責任という言葉が嫌いなんで、ポット出版が参加したシステムは、名前を敢えて35(さんごう)ブックスって名前をつけたんですけども。
これは簡単に、一番通りの良い言い方でいうと責任販売です。要は書店さんが自由に返品できるのではなく、一度仕入れたら最後まで「責任」もって売り切れと。という意味での、責任ですね。これが流行りました。小学館もやりました。講談社もやりました。
我々、ポット出版を含め8社で取り組んだ35ブックスっていうのもありました。
35ブックスっていうのは筑摩書房の菊池さんが言い出しっぺになり、筑摩書房、中央公論新社、河出書房新社、平凡社、二玄社、早川書房にポット出版、青弓社。バランスの悪い8社ですよね。
今笑った人ちょっと終わったら、ロビーでちょっと呼び出しちゃおうかな。
ポット出版がなんでこん中にいるんだっていうことでしょう、今笑った人。まったく失礼ですよね。でもそれすごく自覚してまして、変だなと僕も思ってんです。
でその8社で取り組みました。
35ブックスって簡単にいうとどういうシステムかというと、書店さんは通常78%で本を仕入れる場合が多いんです。78%で仕入れるところを、65%で仕入れられるようにしたシステムが35ブックスなんです。78を、65、つまり13%マージンをいっぱい取れるんですね。
で、書店の取り分は35%です。35%ですよね、65%ですから、仕入れが。なので、35ブックスと言うんですね。
もう1つあります。返品はとるけれども、それでも売れ残ったら返品はとるけれども、65%は返さないぜ、35%だけ返すぜ、っていうのが、35ブックスのシステムなんです。そこで、損しちゃうわけですね。
1000円の本は無いんですけれども、仮にあったとして。1000円の本を650円で書店さんは仕入れます。売れ残ってしまいました、取次ぎに返します、350円戻ってきます。そうすると、300円損するんですね。
それがいやだろうから真剣に仕入れて真剣に売ってください、と。ちょっと脅し入ってるんでね、脅ってどうかなっていうところもありますが。そういうシステムをはじめにした、つまり返品を減らしていこうと、というような取り組みがありました。

電子書籍が勃興しております。
とはいえ、さっき湯浅さんが詳しく報告した通りですね、確かに売上げ金額は、2006年182億に対して、2008年484億円ですから、すごく大きくなっているんですが、そのほとんどは携帯と漫画だそうです。
いわゆる単行本書籍の類はまだまだですね。

それから、これも湯浅さんが報告したので省略しますが、去年は出版業界、Googleブックサーチで大騒ぎでした。
勿論、湯浅さんの仰ったように、出版社は何の権利もありません。著作権法上何の権利もありません。
ただ契約で、この本のコンテンツを独占的に販売して良い権利というのを、著者から、頒布権。別にそんな難しい言葉を使わなくてもいいんですよね、独占的に売る権利を貰って、その替わり印税を支払い、そして本として売るというのが出版社の商売ですよね。
ですから、それが直接、Google、アマゾンと著者が契約されちゃうんじゃないかという危機感ももちろんあります。
そもそも電子書籍が漫画、コミックを中心に広がったきっかけの1つが、なぜ漫画だったかという1つに、その権利保護というのもあるという説があります。本当のところは分かりません。
皆さん図書館ですから、時々、絶版なんだか品切れ重版未定とか言われたことないですかね。
あるタイトルを、入手したいと思った時に、品切れ重版未定。出版業界はやたらこれが多いんですよ。
絶版なら絶版ってはっきりしてくれりゃあ、もう売ってねえんだなって。だけど重版未定って、いつか重版するんですかって。じゃあ何時ですかって。分かるような分からないような、あいまいな在庫ステータスがありますよね。
何で多いかっていうと、絶版にするとですね、契約が終わっちゃうんですよ。
契約書が大体、例えばうちの契約書でいきますと、今うちは2年にしてんのかな。短い方だと思いますけども。例えば3年なら3年、うちが独占して本にして売って良いよっていう権利を頂戴ねっていうことになっているんですけど、それが有効期間3年なんですよ。
3年過ぎた後の条文がありまして、どちからが申し出ない場合は自動延長なんですね。
安保条約みたいなもんですね、昔の。比較的若い人多いからギャグが通じませんでしたね。自動延長しちゃうんですよ、どっちかが言わないと。
ところが絶版というのは、もうこの本をうちで売る気はないですよっていう表現じゃないですか。版を絶しちゃうんだから。
こうされると著者は他の出版社に持って行って売ることが可能になるんです。
勿論、皆さん誤解しないで聞いてくださいよ。他の出版社に持っていって、契約切れたなら、うちで出します出します、なんてコンテンツは殆どありません。あるわけないですよね。大体売れないから、ほっぽらかしてんだから。そこを誤解しないほうが良いと思いますよ。
そういう著者が他の出版社に持っていっても経済的な実害ないんですけどね。
ただ、現場レベルでいくとですね、人間本当に強欲ですよね。
僕も何タイトルか、重版品切れ未定の本をですね、増刷させたことがあるんですよ。変な言い方ですよね。
ここだけの話ですけれども、僕は社会学者の橋爪大三郎さんという人が好きで、本もちょっとだけ出さしてもらってるんですけど、結構競争が激しいんですよ。
橋爪さんの前には何社も出版社が並んでまして、誰が一番最初に書いてもらうかみたいな状態になっているんですね。
僕は、橋爪さんの古い本で品切れになっているやつだったら復刊させてもらえません?て、直接著者の橋爪さんと交渉して、橋爪さんはああ、いいっすよって。
嬉しいわけですよね、それはね。いま品切れですから。これがあった。
ここだけの話ですけど、岩波書店からですね「性愛論」という本があったんですよ、橋爪さんの書いた本でね。橋爪さんに担当者の電話番号教えてもらって、名前も教えてもらって、電話しました。
すいません、ポット出版の沢辺と言います。橋爪さんからご紹介頂きまして、ご了解いただいているんですけど、「性愛論」という本がそちらで品切れ重版未定になっているようなんですけれども、うちで復刊させて頂きたいと思うんですよね、と言いました。
そうしたら、うちはそういうことやっていないですよって断られたんです。

著作権とか契約上いうとですね、最初の3年超えているんだったら、どちらかが申し出れば契約は終わり。
橋爪さんという著者が、今度はポット出版から出してもらいますと言えば、表明してくれれば、全然オッケーなんですよ、うちから出せる事が出来るんですよ。
だってどちらかが申し出れば、契約終了できるんだから。まして品切れですから。
絶版になるとこれが確定的になるんですよ。もう文句言いませんということですね。
岩波がどうしたかっていうと、書物復権8社の会ってやってるでしょ。ご存知ですか皆さん。名著復刻しましょうって言って。2、3年前にその本を復刻したんですよ。あれ絶対僕が電話して、うちが復刊したいんですよって言ったからですよ、ここだけの話ですけどね。本気にしないでくださいよ。どっかでまた言わないでください。評判ますます下がっちゃいますから。
そういう構造になっているので、絶版はしたくないんですよね。

もう10年前から、コミックなんかは電子書籍化を大手、してました。この時、将来の電子書籍のために布石を打っていきたいとかいろいろな目的があったと思います。
そのうちの1つの理由としては、紙の本にするには印刷代などの直接的なコストがかかるので、電子の本で許諾をとるんですよ。という説がまことしやかに流れていました。本当のところは分かりません。
電子の本で許諾をとっとけば、電子書籍で流通させることで、その間出版契約を継続させるんですね。
出版社の権利はこれほどないから、こんなくだらないことも起こったり、戦々恐々としたりしている、ということが背景にあってGooleがやってきたんですよ。

勿論僕は個人的にはGooleがやっているブックサーチは歓迎です。
便利になると思いませんか、皆さん。レファレンスも物凄く楽になると思いませんか。
仮に多くの本がGooleブックサーチで、例えば、こんな質問してくる人は現場になかなかいないんじゃないかと思いますけど、携帯電話とパソコンの普及率を知りたいとかですね、内閣府の調査とか消費者動向とかいろいろ調べりゃ分かると思いますけど、そうしたものを書籍の全文検索かなんかができたら、レファレンスも楽になるんじゃないかなと僕は思うんですね。

ポット出版としては、本の存在がますますあらわになると思うので、Gooleブック検索は基本的に歓迎です。
ただ、出版社はその先を妄想して、多くの場合拒否反応を示しましたよね。
その先の妄想は何かというと、あの本を勝手に売られちゃうんじゃないかという。
ただこれもお化けみたいなことがあって、例えば国会図書館の長尾構想に対して反発する一部の出版社の人もいるんですね。
でもちらっとさっきの湯浅さんのファイルにも出てましたけど、いまスキャニングしてるの68年までですよ。1968年までに発行された本を仮に権利処理、著作権処理とか全く無視して、そこの本で、一体今、出版業界にいったい幾らお金が入ってると思います。
僕データ見てないですけど、むちゃくちゃ少ないと思いますよ。ほとんど売れないんじゃないですか。1968年までに発行された本で、飯食ってる出版社なんて皆無ですよ。
みすず書房というのは既刊本の売れ具合がいいらしい。既刊本、良いんですよ、これ。一度売り出した本が黙っていると売れていけば、らくちんですからね。ただ、印刷屋に電話すればいいんだから。すいませんあと5000部増刷とかね。これだけでお金入るんですから、これは楽ですよ。
ですけどそんな本はどんどん減っています。かのみすず書房でも、全国図書館大会で、時々出版何とか分科会とかありますよね。
そこでみすず書房が報告していたのを報告集で読んだことがあるんですけど、今は半分。
昔はですね、これもちょっと曖昧な数字なんですけど、そこで読んだ曖昧な数字なんですけど、大体6~7割が既刊だったんじゃないかな。
今は、当然5割を、自分の会社の総売り上げの5割を割っている。
どんどんどんどん、既刊本の商売ができなくなってきているといったことを言ってました。
こうした状況が背景にありますから、ある中で、68年までの本をどっかの出版社が売ったからといって損する出版社がどのくらいあると思います? 
これはお化けだと思いますがそういったことを心配して、日本の出版社はGooleブックサーチにびびりました。
詳細はさきほど湯浅さんが報告されたような状態ですね。

こうした事件が去年あり、ますます出版社は電子書籍化への傾倒に拍車を掛けている。
ちなみに版元ドットコムで去年の12月2日に、東京電気大学を会場にしてですね、電子書籍の作り方から売り方までっていうタイトルだったかな、かなり実践的な勉強会を開きました。
まず、版元ドットコムのウェブサイトで何月何日こういうことやりますよっていう告知をして、それから即、ツイッターでも同じように書き込みました。
丸3日ぐらいで200人がいっぱいで、それ以降も問い合わせ、申込み、粘る人とかですね、立ち見でいいからいさせてくれ、とかいろいろそういう電話がかかってくるぐらい大人気でしたね。
出版業界は本当に電子の方をギュッと向いています。

本当に電子になるんですかというと、ポット出版は明日第1回目の発売をしますが、ちょうど、この本とこの本を、まず電子化して、ボイジャーの理想書店というところで売ります。
売るけれども実際本当にそれで儲かると思ってるんですかと言われると、儲かりません。たぶんどうかな、試しにやってみようというところです。
それと、1週間これから、この本、無料でダウンロードできますんで。明日から。ぜひ試してみると、よろしいかと。そんなこというと売れなくなっちゃうな。考古堂さんごめんなさい。

いうようなことが、この間の出版業界です。
僕はこれらを通してですね、今出版業界に起こっている大本の根っこの根っこの部分は何だと思っているかと言いますと、これはもう、メディアというものが変貌しているということだと思っているんですね。メディアの変貌なんですよ、これは。
その変貌のキーワードがですね、誰でもがメディアを作れるようになっちゃったんですよ。
従って、さっきも話しましたけれども膨大なコンテンツがあるのは、作り手がむちゃくちゃ増えたからですよ。

これ出版社やってて思うんですけど。人にはですね、何かを他人に表現をしたいという欲求が、どうも根源的な欲求としてあると思うんですよね。
皆さんも感じませんか。僕だって、たいそうなお金を今日はいただいたんですが。
丸2日で、自分の給料で計算すると費用対効果で合っているかっていうと多分合ってないですね。
新潟までわざわざ、こんなとこまで雪ばっか降ってるような所まで行かなきゃいけなし、そういうことを計算すると、時間単価あたりの稼ぎとしてはとても、まして社長だから食わさなきゃいけない人もいたりして、無理なんですね。
でものこのこきちゃって、本当にありがとうなんて心の底からいっちゃうんですよ。心の底から言ってますよ、僕。本当にそう思ってますから。

でもこれ、経済的には見合いません。
だけど、何かを表現したくなっちゃうんですよ。
うれしいんですよ、僕が日頃考えていることをこんなに皆さんに聞いていただける、こんなに多くの皆さんそして公共図書館に現場を担ってらっしゃる皆さんに聞いていただけるチャンスをいただけるなんて本当に心の底から嬉しいの。
それが、人間には備わっていて、根本的には、今インターネットっていう、ネットワークというものを使って、誰もがこれをできる状態になっちゃった。このことによって大本のコンテンツが物凄く広がっている。

これはですね、僕は、いちいちネタを言っているとポット出版の宣伝みたいになっちゃうので、ネタなしで行きますけど、例えばこの前イラン大統領選挙を巡る不正だ、不正じゃないっていう事件がありましたよね。
あの時にユーチューブで何が起こっていたかっていうの皆さんご存知ですか。ツイッターで何が起こっていたか。
ユーチューブに膨大な数の、イランのデモだとか抗議運動の動画がアップされたんですよね。
CNNは、ユーチューブのその画面を流して報道したんです。なぜならば、イランはその時に、外国の報道陣を一切入れなかった。
僕のも動画とれますよ。ここで動画を撮ればみなさんがツイッターにアップされちゃったりするんですけど。
ところがユーチューブが出てきたお陰で、どんなに外国人の報道をシャットアウトしても膨大な数の動画がアップされているんですよ。
そして、それはですね。パートタイムでイランに行って、言葉も分からなければ地理も分からない。そうしたテレビ・クルーがカメラを背負って撮影するんではなくて、地元に住んでる人が、あるいはその反対のデモをやろうしている主人公たちが、自分たちで自分たちを撮ってるんですよ。
そしてその数は膨大。一個一個の画像が悪いとか、ぶれてるとか、いろんな問題点はあるにしても、膨大な数のデータがアップされる。
これがだれでもメディア化になっているわけですね。
そして今日CNNも、素人の撮った画質の悪いビデオを使うわけですよ。つまりメディアを作る人の垣根が物凄く曖昧になってきて、膨大になってる。

それがメディアを根本的に変更している大きなもとだと思うんですけど、そこにはまだ困難もあるんですね。
例えば、ユーチューブでイランの大統領選挙不正反対運動みたいなデモの報道ですね。
携帯の附属の動画で撮ってるんですよ。いっぱいあります。
いろんな映像にそこらじゅう血を流して倒れて死んでいるのか、あれしてんだか分からない。銃で撃たれたのだか、頭から血を流して倒れているような動画がいっぱいあるんですよ。
一見これを見ると、千人ぐらい死んだんじゃないかなと思えるんですよ。
ところが、よくよく見てみると結構倒れている人、血を流している人同じだったりするんですよ。
これはよくよく見ないと、素人がちょっと見ただけで、ちょっと知ってる、イランあんなに人が死んでんだよっていう、素人がちょっと見ただけで言うんじゃ、ダメなんですね。

こういうことが起こっていると僕は思うんですね。
ということは、誰もがメディアを作れるようになったし、そのことはとっても良いことだと僕は思います。それが、イランの報道管制みたいなものとか、そういうものも突破できる。とても良い世の中だと思います。

一方では、しかし、僕この情報を友達から教えてもらったんですよ。ユーチューブ年がら年中検索したりですね、ユーチューブ・ヒット・ベストテンを見たりですね、年がら年中やってらんないですよ。
僕、基本的にこういうユーチューブの話しましたけどユーチューブには近寄らないことにしているんです。
ひとたび近寄ると見ちゃうんですね。
僕、53歳で、ちょっと70年にはまだ中学生だったんですけど、ジャニス・ジョプリンとか日本で言うとはっぴいえんどとか好きなんですよ。あるんですね、一杯動画が。
もう、一度見始めると関連がどんどん出てきますからね、寝れなくなるんです、夜。
だから僕、近寄らないことにしています。イランのこの話を教えてくれたのは友人でした。もっと言うとうちの著者なんですけど。その間にユーチューブも様々ないろんなものがアップしてるんですよ。
僕の問題意識や興味に即して、抽出してくれる機能がどこかで必要なんですね。
そうでなければ、僕はイランのあの動画にたどりつけません。
めんどくさいし。やってらんないし。これが1つの問題。

たどり着けない。つまりこれは、様々あるメディアの情報のなかで、何を選別してどういうものを抽出していくのか、という機能はですね、これはきっと何らかの形で必要なんです。
ただ、この機能はですね、ひょっとしたら、タンブラーのようなデジタル的なもので置き換わる可能性もある。デジタル的じゃないな、素人、多くの人が扱うことでクリアされちゃう可能性は勿論あります。
ここに1つ、キーワード、今後求められる1つのキーワードがあると僕は思っています。

もう1つは、事実確認なんです。
これもユーチューブで、マイクロソフトの実は宣伝だったんですが、とても面白い映像があって、ああ、この話じゃないほうが良いな。
日本のユーチューブにあるんですけどね、日本人の投稿したやつで、もう笑っちゃったような動画があるんですよ。
おじいちゃんと孫がいましてね、おじいちゃん入れ歯なんです。なんか入れ歯洗浄剤とかみたいのあるじゃないですか。あれの宣伝みたいな撮り方で、コップの中に入歯洗浄剤を入れておじいちゃんが入れ歯を入れるんです。
違うな。入れ歯を洗ったのに何かクスリをいれるのかな、そうすると、それがオレンジジュースになるんですね。で孫がそれをぐいっと飲むんですよ。
これは、嘘ですよ、フェイクですよ、騙しですよ。でも、その書き込みを見ると、本気にしてる人がいるんですよ。
書き込みって言うのはその動画に対する意見ですね。10人に1人ぐらいこれ嘘だよ、フェイクだよって、暴露する人がいるの。
だけど、書き込みってどんどん流れていくじゃないですか。そういうのが見えないと、本気になって、気持ち悪い、何でこんなことができるのみたいな書き込みが続くんですよ。
例としてふさわしくなかったですかね。僕がここで言いたかったのは、どれが事実であるかという裏を取ることがあいからず、ただメディアが広がったというだけではできないんですよ、ということが言いたかったんですよ。
結構格調高いこと言ってるでしょう。例は下品でしたけど。主張は格調高いんです。

こうしたメディアの変貌ということが根本にあるのでさっきいった業界の危機が生まれていると僕は思ってるんです。
誰でもメディアを作れるのに。誰でも作れるんです。
今まで出版社というのは、取次店の口座、口座持ってます。書店に本を流せます。
こうした既得権を根拠にして独占していたんです。だから、本出したいなっていう人が、200万も300万も払って、新風舎とかそういうところに、自費出版の会社に、あの場合騙しのところもあったらしいですけど騙されるような根拠は、メディアで発信する手段を独占しているからです。
テレビ局は免許制であるように。新聞社はあの巨大なシステムですから、かなりの資本がないと始められません。
残念ながら日本のオーマイニュースは見事に破産、破産したんじゃ失礼か、あまりうまくいっていないですね。
出版社だって、小さいとはいえ既得権をもっていて、書店に本を流すっていうルート、流通ルートを独占しているんです。
これによってメディアは権威を持って商売ができてきた。
これがインターネットに取って代わられると、この既得現が通用しなくなるんで我々は危機なんです。
でもそういう時こそ僕は原点にも戻らなくてはならないと思っていて、その原点というのは情報や思想などの何が良いよ、何を読んだほうが良いよ、どれが中身が良いよっていう抽出選別機能。
そして、ファクトチェックをしていくという2つの機能は、これからのベースになっていくと僕は思っています。もちろん、これだけでは出版社は立ち行きません。

今日は出版社の話ではないので図書館の話と結びつけていきますと、したがって、僕は、電子書籍状況というよりも、もっと根本にある、誰もがメディアを簡単に作り出すことができる時代になったところにおける図書館の役割というのは、やはり、この2つは絶必なのではないかと僕は思うのです。
選別したり抽出したりする機能。
これだけの圧倒的な情報量を全部見て、どの本を読んだら面白いのかとか、こういう問題意識の時は何を読んだら良いのかっていうことを抽出したり選別したりするというのは、僕はやはり、自分でやるのは不可能ではないかと思うんですね。
それを何らかの、図書館を含んだ複数のシステムがこれを提供するということ。
課題は、あいかわらず、誰もがメディアを作れる時代になっても残っているのではないかと思う次第なのであります。

もう1つは、事実の確認機能ですね。
さっき言った話しではね。これは僕は図書館で、具体的にどのように運用できるのかな、適用できるのかなというのはわからないのですが、でも多分ここらあたりにヒント、1つの課題としてのヒントがありそうな気はやはり、します。図書館も出版社もその2つの機能は変わらないと思ってます。

3つ目は本屋さんに売っていないコンテンツの収集や整理、分類、編集、そして保存と提供。
この機能だと思うんですよ。僕は今、これは国立国会図書館には望みたいと言ってんじゃないんですよ。
さっき僕はデジタル時代のデータの保存などは、1箇所でやれば全部繋がるんだからいいじゃん、と言いましたが、残りの3000の公共図書館の役割はむしろこっちじゃないかと思うんですよ。
問題はいくつかあって、本屋さんで売っていないコンテンツの収集というのは、僕の印象ですが、もちろん皆さんから今日明日反論していただいて構いませんけれども、必要性を認識されていながらも図書館では胸張れるところまでは行ってないんじゃないかな、というのが僕の意見なんですね。
もしそうでなければ謝らなければいけないと思いますけども。
しかし、電子化の中でこそ、むしろ逆にこれに注力して頂きたいなと思うのですよ。

例えばそれは、2つあって今うまくいってると思えないよということと、皆さんそれなりにやってることは格調高すぎますよね。
皆さんがやってること、どうも僕にはそう思えてならないんですよ。
格調高いというのは、やってることがおハイソすぎる。
もっとくだらないことやったほうが良いんじゃないかなと思うんですけどね。くだらないことって何だろうな。
皆さん、本屋さんに売ってない資料っていうとついつい地域資料とか、郷土資料課の何とかとかになっちゃうでしょ。
もっと普通なことないんですかね。
例えば、例えば小中学校の文集だとか卒業アルバムとか、そういうのがどれくらい収集されてる図書館があるんですかね。
これらは、僕、函館図書館で岡田健蔵さんのコレクションの一端に触れてきたんですね。びっくりしたんですよ。
大正時代のデパートの包装紙から、当時の広告のチラシまでとってあるそうなんです。
函館図書館も見せてくれたのはおハイソな資料ばかりでした。古地図とかね。
値段の高そうなやつばかりだけど、話に出てきたんですよ。こういうのもあったんですよって言われてね。
むしろそっちの方が見たかったなと思うんですけど。これって何十年も経たないとその価値ってわかんないですよね。見たいなって思わないですよね。
今のチラシなんてね、ベスト電器とかね、ヤマダ電機のチラシなんか取っといたって面白くもなんともないですよね、あんなもの。
先週の物見たってね。これがあの何十年も経ってみると面白さをかもし出すんですけど。
そこは非常に困難だと思いますけど。いまやってらっしゃること、こんなことと思うことの積み重ねだったりするんじゃないかなという、困難は当然あると思いますね。

もう1つあるのは、おハイソだけど収集はされている。
編集はしてないじゃんという、もったいないよねってのが、僕の意見ですね。
もう2、3年前になりますけど、東京の三多摩地区の社会教育館というところが収集していた三多摩の市民活動の資料室というところがあって、その資料が今、ボランティアの人たちの手に渡っているんですね。
立川市の社教館というところが東京都で廃止になったんじゃないかな、確か。僕の記憶ではそういう経緯だったですけど。
それを皆でアパート借りて置いてあるんですよ、ダンボール置いて。そこの人から講演に呼ばれて、僕が言ったのは、この時代なんだから、もうスキャナなんて4~5万もすれば、ページスキャナ、凄いスピードでスキャンしてくれるやつがあるんだから、とりあえずデータの精度が悪くたって、データ化してネットワークに公開しなよ、と言ったんだけど。
収集までされている例はままあるんでしょうけども、最後の1個の詰めがなされていないというのが惜しいなという気がするんですよね。

今、僕は、公共図書館は本屋に売っていないコンテンツを単に収集するだけでなくて、編集したり見出しを作ったりという、図書館員が割と得意であろうことを生かして編集を行って、そして利用できる状態にどうしたらできるかということをきちっと考えるのが、今、電子書籍化状況の中で、公共図書館が本当に立ち向かうべきことなのではないかなと思っている次第なのであります。長い間ありがとうございました。(拍手)

司会 沢辺様、まことにありがとうございました。それではここで約10分ほど休憩をいたします。事例発表は午後3時55分から始めたいと思います。それまでに席にお戻りください。ロビーでは湯浅先生のご著書、『電子出版学入門』や今ほど沢辺様からご紹介の在りました書籍なども販売しておりますので、ぜひともお立ち寄りください。その他協賛の富士通、NEC、日立各社のコンピュータシステムのデモをやっていますのでご覧ください。午後6時より開催予定の情報交換会のご案内を申し上げます。お席に若干余裕がございますので、出席を希望される方はお申し出ください。参加費は6000円です。

●当日配布したレジュメ
ココから──────────
「出版文化の危機」をどうみるか

沢辺均(ポット出版/版元ドットコム)

14:20〜15:40 1:20

●出版業界のトピックを点描すると
・売り上げ低下
 年 書籍売上げ 雑誌売上げ 合計
 1960 374.0億円 571.0億円 945.0億円
 1970 2,246.1億円 2,101.8億円 4,347.9億円
 1980 6,724.8億円 7,799.0億円 14,523.8億円
 1990 8,660.4億円 12,638.1億円 21,298.5億円
 1996 10,931.1億円 15,632.7億円 26,563.8億円
 2000 9,705.7億円 14,260.5億円 23,966.2億円
 2008 8,878.1億円 11,299.3億円 20,177.4億円
(2009出版指標年報/社・全国出版協会 出版科学研究所)
・書店の減少
 2001年 20,939店
 2002年 19,946店
 2003年 19,179店
 2004年 18,156店
 2005年 17,839店
 2006年 17,582店
 2007年 16,750店
 2008年 15,829店
 2009年 15,482店 ※2009年10月現在
(アルメディア調査)
・責任販売(増売? 返品減少化) 売上げ低下への対応
 小学館
 講談社
 35ブックス
・電子書籍化 (PC/携帯)
 2006 182億円(70/112)
 2007 335億円(72/263)
 2008 464億円(62/402)
(電子書籍ビジネス調査報告書2009 インプレスR&Dをもとに作成)
・Googleブックサーチ
(1Q84ー村上春樹)

→これらの背景はインターネットによるメディアの変貌
 しかし、人間の使える時間は24時間で固定。人の使う時間の争奪戦

●メディアの変貌
・だれでもメディア発信者化
・メディア絶対量の圧倒的な増大による、情報・思想感情の質の変化
→残された課題は、情報・思想感情の選別・抽出(誰でもできる/いちいちやってられない)と、事実確認機能(誰でもできる/いちいちやってられない)
・圧倒的に増大したメディア絶対量は、一つ一つに平均に注目を集める訳ではない

●「メディア変貌」時代の図書館の役割
○それでも図書館は必要か
・図書館の役割は、読み書き能力向上を始めとした、社会構成員の知的基礎力の向上と、
 多数で生きていくための相互に承認しあって生きていくための共通のルールづくりのために基礎情報提供
・としてもインターネット社会で、相変わらず必要かどうかはわからない
○わからなくとも「メディア変貌」時代に残された課題に対応しておく必要があると思う
・情報・思想感情の選別・抽出
・事実確認機能
・コンテンツの収集/整理・分類・編集/保存