スタジオ・ポット
ポットのサイト内を検索 [検索方法]

芝居編 10090807060504030201
映画編 10090807060504030201

映画編07●見えない人と一緒に映画を観る方法 その2

●書き手
稲葉千穂子さん
City Lights

もう一つの方法は、「音声ガイド」を予め作成しておいて、MDに録音しておき、それをイヤフォンで聴きながら鑑賞してもらう方法です。
「音声ガイド」は、手元にビデオがないと作れるものではないので、封切り公開で上映されている映画には対応できません。
2番館や名画座で上映されている、旧作の映画に対応した鑑賞法になります。

「音声ガイド」の制作は、邦画鑑賞の場合、セリフが日本語なので場面説明だけですみます。
これをセリフの合間や場面転換で挿入します。
ところが、字幕版の洋画鑑賞の場合、さらに字幕朗読(日本語セリフの朗読)を加えなくてはなりません。

目の不自由な人は、字幕版の洋画鑑賞が一番困難です。
映像が見えない上に、セリフもわからないとなると、手かがりが音しかないわけですから、無理もありません。
しかし、話題になる映画は、やはり洋画の方が圧倒的に多いですし、洋画を観たいと思っている人は非常に多いわけです。
ですから、できるだけ洋画鑑賞のサポートを!と私たちは考えています。

なぜ、字幕朗読と敢えて言うのか?というと、あくまで日本語吹き替えにはならないからです。
場内には、原語のセリフとサウンドトラックが流れています。
字幕朗読は、原語のセリフの意味を追えるように、同時通訳のような役割を果たすものなのです。
見えている私たちが、字幕版の洋画を鑑賞しているとき、字幕を黙読しながら鑑賞していますよね。
それに近い環境をつくるべく、字幕朗読はあまり感情をこめずに読みます。
映画の俳優さんの原語の声の演技を片方の耳から。
もう片方の耳から、イヤフォンで意味(日本語)が聞こえてくるというわけです。

疲れるのではないか?という質問をよくされます。
確かに疲れると思いますが、それ以上にこの方法で、映画鑑賞をした視覚障碍者の方からは、「初めて、本物の俳優さんの声を聴けたことに感動した!」という意見をいただきます。
日本語吹き替え版になると、まったくキャラクターの印象が変わってしまう場合がありますからね。
それに、だいたいいつも同じ声優さんだから、変な感じがする…という意見もよく聞きます。
中には、吹き替えマニアもいますけど…どっちがいいか?
これは障害のあるなしに関わらず、好みですね。
私自身は、絶対字幕派!なので、見えない人にもこの字幕朗読を用いて、元の俳優さんの声を聴きながら、鑑賞してもらいたかったんです。


場面説明について

みなさん、テレビドラマの副音声は聴いたことありますか?
NHKでは朝の連続テレビ小説に。民放では、なぜか「火曜サスペンス」についていますよね。
場面転換やセリフの合間に、シナリオのト書きのような解説を挿入している、あれです。
私たちは、これを「音声ガイド」といっていますが、映画にもこのように解説を挿入するのです。

副音声はそれほど普及しているものではないので、現時点ではつくる人によってさまざまです。
NHKと火曜サスペンスを比べてみても、全然違います。
「NHKは簡潔で、端的。」「火曜サスペンスは説明が多すぎる。」
こんな意見をよく耳にします。

私たちも団体を立ち上げたときから、「音声ガイド」の研究と制作をしています。
はじめは、マニュアルのようなものがあって、簡単に作れるものかな?と思っていたら、大違いでした。
今まで、NHKの副音声作家をはじめ、副音声づくりに取り組んだことのあるいろいろな方に伺いましたが、誰もが同じようにいうのは、「マニュアルなんかない。」ということ。
私たちも、自分達で作りはじめてよくわかりました。
作品ごとに変わるものだし、少しずつコツのようなものを体得していくものだと思います。
説明が主観的に陥らないように、見えない方とコミュニケーションをとりながら、言葉のニュアンスを学習し、一歩一歩体得していく。
何をどのように説明したらいいか?
実際にスクリーンに映し出されている映像を、出来る限りそのとおりイメージしてもらえるように、セリフの合間や場面転換の数秒間に、この音声ガイドを挿入しなくてはならないのですから、簡単な作業ではありません。

以下に私の体得した音声ガイド制作の知識を紹介します。

---------------------
●映画本編の音声ガイド
場面転換やセリフの間に、挿入する場面の状況解説です。

< 必要事項 >(解説の重要度の高い順から)

  1. 時 (重要な時の移り変わりや、物語に時が絡み、理解を助ける場合。)
  2. 場所(場面転換で。広さの大きい順に。例:学校。廊下。)
    • 例)春。山道。
        夕暮れ時。学校の教室。
        昼下がり。公園のベンチ。
        *場所を表す時には、広い場所が先。
    • 例)学校。廊下。
        病院。病室。
  3. 目立った効果音が挿入されているのに、聴いただけでは想像しにくい部分。
    • 例)ガイド ●手にしていたグラスを落とす。
        SE<ガシャーン(グラスの割れる音)
        セリフ「大変!けがはなかった?」
  4. 指示語
    • 例)セリフ「これを食べれば元気になるよ。」
        ガイド ●手作りのおにぎりを差し出す。
  5. 音もなく繰り広げられている出来事や動作、情景や画。
  6. 感情を表すしぐさ
  7. 人物の表情

    *大切なのは、作品をまずよく読むこと。
    どう解説したら、より理解を深め、楽しむことができるかを考える)を最重要視 する。

<注意事項 >

  1. 人物や場所の名称は、ガイドの中で一貫する。
    人物の名称は呼び名と一致させわかりやすく。
    場所の名称はシナリオなどの資料を元に間違えのない名称をつける。
    例)ビデオを見ているだけでは、「土手」としかわからなくても、シナリオには「荒川土手」と明記されている場合。
    場所の説明は「荒川土手」とする。
  2. セリフをよく聴き、重要なセリフに被らないようにする。
    また、主音声と重複する情報や、主音声から容易に推測できる情報は解説しない。
    例外:同じ内容のことを反復している場合。
       セリフの声が敢えて絞られている場合。
  3. 映画の面白さ、雰囲気を壊さない解説を心がける。
    間を持たせた方が、感動に浸れるシーン、引き込まれるシーンに、やたら説明を入れてしまわないように。
  4. 主観的な表現をしない。
    音声ガイドを制作する人の解釈をいれず、できるだけ見たままの情報を伝える。
    • 例)(電話の声に驚いて)受話器を落とすシーンの説明を…
      ×電話の声を聞き、動揺する。
      ○電話の声を聞き、思わず受話器を落とす。
    • 例)×落ち込んで…
      ○肩を落として…
    • 論外)×〜なのかもしれない。 ×〜のように見える。
      ×〜と思っているに違いない。  ×〜だろうと思う。
  5. 見えている情報を、客観的に伝える。
    小道具やセットにも、監督が意味を込めて演出している場合があります。
    しかし、鑑賞者の私たちに理解できるわけではありませんので、見て受取った意味ではなく、見えているものだけをできるだけ客観的に説明する。
    その意味を探るのは、その映画を鑑賞される視覚障碍者の方です。
    意味を探るのも映画鑑賞の楽しみの1つですので、その自由を奪わないことを解説でも心がける。

<表現技法 >

  1. 簡潔な言葉で、伝えるべき情報をまとめる。
  2. できるだけ美しい、聴きなれた言葉を選んで、聴き心地のよい文を作る。
  3. 前後の主音声を聴き、重複表現をカットする。
  4. 倒置法とト書き式を使い分ける。
  5. 尺(解説をいれる時間の長さ)に合わせて、解説文をまとめる。

<音声ガイドの考え方>

  1. 場面転換やセリフの空いた所で、まず伝えるべきと思う情報をピックアップしておく。(何文節になっても構わないで。)
  2. 伝えようとする情報をベタで一文にまとめてみる。
  3. 短い言葉で置き換えられる箇所を修正する。
  4. 美しい言葉、聴きなれた言葉を選ぶ。
  5. 前後関係を考える。(前後のセリフとのバランスや、落ちを考えて…)
  6. 主音声(セリフや音)から受取れる情報はカットする。
  7. 倒置法(体言止め)が適切か、ト書き式が適切か?
    3文節以上の情報が含まれている場合はト書き式で。
    主語が最後に来ると、誰の動きなのかが最後まで分らず混乱するので、「動作」はト書き式、「状態」は倒置法で端的に。
  8. 尺の長さに合わせてカットしたり、言い方を変えたりして整える。

●簡単なト書きと倒置法(体言止め)の使い分け
・ト書き=「動作」を表す時(〜すると置き換えられる時)
・倒置法(体言止め)=「状態」を表す時(〜していると置き換えられる時)

<注意点>

  1. 主語が最後にくるため、即座に理解しにくいので、長い文や情報の多い(3つ以上の)文には使わないこと。
    • 例)×筆を置き、ふと顔をあげ、窓に向かう恵子。
        ○恵子、筆を置き、ふと顔をあげ、窓に向かう。
  2. 最後にくる体言が一番強調されるので、前後関係を把握して、何を強調すべきかによって合わせる。
    • 例)×あわてて財布をさがす一郎 ── 一郎「あったー!」
         ○一郎、あわてて財布をさがす。 ── 一郎「あったー!」
      →倒置法なので「一郎」が強調されるが、「あったー」にかかる「何が?」を強調すべき。この場合はト書き式で、「財布を」を強調した方が良い。
  3. 誰から誰にカメラが移っていくのかを考えて、次に別の人物や対象に移って行く場合、倒置法で前の主体を残さない。
    • 例)×浩子にプレゼントを渡す次郎 ── 浩子「ありがとう!」
         ○次郎、浩子にプレゼントを渡す。 ── 浩子「ありがとう!」
  4. カメラが主体をアップで捉えていたり、ずっと主体を写している場合は、動作主体を倒置法で残し強調する。
    • 例)×次郎、浩子にプレゼントを渡す。 ── (次郎が)照れ笑いを浮かべる。
         ○浩子にプレゼントを渡す次郎。 ── (次郎が)照れ笑いを浮かべる。
  5. 次のカットまでに余裕がある(カメラが長いショットで写し続けている)場合。シーンの尻に当る場合など、ガイドを入れる尺が長く、後ろに余裕のある場合は倒置法を用いる。
    • 例) ×雪子、父を抱きしめ泣き続ける。 ── (雪子の泣き声) ── 翌朝。学校の教室
         ○父を抱きしめ泣き続ける雪子。 ── (雪子の泣き声) ── 翌朝。学校の教室

< 類義語辞典を活用しましょう!>

  1. 尺が長い部分では同じ意味でも美しく柔らかい表現を選び、雰囲気を作ることも聴き心地のいい音声ガイドのテクニックです。
    すべて=余すことなく
    =なにもかも
    =あらん限り
    =ありとあらゆる
    喜ぶ=心が弾む
    =心を躍らせる
    =胸が踊る
  2. 体の一部を使った慣用表現を使うことで、より客観的に状況を説明することもできます。
    1. 例)「見る」=目をやる:視線の移動もかもし出せる。
      =目にする:実際に見る→例)○○を目にするのははじめてだ。
      =目を注ぐ:注意深く目を向ける感じ
      =目を落とす:下にあるものを見ている感じ
      =目に触れる:ちょっと見ている感じ
      =目を凝らす:注意を集めて見る感じ

---------------------


今まで音声がイドを制作していて、ここまでは言えるのではないか?
と思うことをまとめましたが、もっと細かい部分についても、「ああ、こうすればいいのだな。」「こういう言い方は誤解を招くな。」と、ちがう作品に当るたびに発見があります。
音声ガイドの研究は、まだまだ続いていくでしょう。
ビデオは何10回と、巻き戻ししながらみなければなりませんのでセリフを覚えてしまう程です。
しかし、苦労してつくった音声ガイドがタイミングよく挿入できて、見えない人にも、十分映画を楽しんでいただけると、こんなに嬉しいことはありませんね。
いやぁ、大変だけど面白い作業です。

   

page top

ポット出版ず・ぼん全文記事石田豊が使い倒すARENAメール術・補遺ちんまん単語DB
デジタル時代の出版メディア・考書店員・高倉美恵パレード写真「伝説のオカマ」は差別か
黒子の部屋真実・篠田博之の部屋篠田博之のコーナー風俗嬢意識調査ゲル自慢S-MAP
ポットの気文ポットの日誌バリアフリーな芝居と映画MOJもじくみ仮名

▲home▲


このサイトはどなたでも自由にリンクしていただいてかまいません。
このサイトに掲載されている文章・写真・イラストの著作権は、それぞれの著作者にあります。
ポットメンバーのもの、上記以外のものの著作権は株式会社スタジオ・ポットにあります。
お問い合せ→top@pot.co.jp/本の注文→books@pot.co.jp