2010-08-23

そろそろ中央線に戻ろうか [北尾トロ 第31回]

金がないときは食べない。これがぼくの学生時代からの節約方法だ。食事は日に一度。阿佐田哲也の麻雀小説の真似をして、表面が真っ赤になるほど七味唐辛子をかけて立ち食いそばを食べれば、しばらくは胃が何も受け付けなくなる。家では米を炊いて納豆だけで済ませるか、固くなったフランスパンをかじる。麺ならそうめんが安い。景気の悪いときは痩せて60キロを割り込み、良くなると頬の肉が元に戻って62キロになる。わかりやすいのだ。

脳天気商会のライブのために楽器を買ったときは、競馬で儲けて金があった。まっさんに金を貸したときも同じだ。そうでなくても、懐が温かいとすぐに使ってしまうクセがあり、遅ればせながらビデオデッキを購入したり、カメラのレンズを買ったりするので、すぐにサイフは軽くなる。貯金などいっさいしない、というかできない。こんな具合だから、馬券が当たらなくなると、練習のために借りている江古田のアパート代やスタジオ代の支払いさえつらくなる。

ぼくの年収はせいぜい400万円。いろいろと物入りになってきて、収入を増やす方法を考えなければならなくなった。ギャンブルはアテにならないから本業で何とかしなければならない。いつまでも学研頼みではなく、もっと実入りのいい雑誌でも書かなければ。

その点、まっさんは以前から仕事の幅を増やそうとしているようだった。データマンや学研の仕事以外にも収入源があるようだったし、「週刊就職情報」の仕事もまっさんが取ってきてくれたものだ。ただ、その先となるとどうしたらいいかわからない。

「いまの我々、伊藤と増田の実力では、売れている雑誌でバンバン書くなんてムズカシイと思うんだよね」

「それは認める。で、どうする?」

「どうしたもんかねえ。アルバイトでも探すかね」

「後ろ向きだなあ」

「よし、これからは脳天気商会を音楽以外でも売り出して行こうよ。『週刊就職情報』方式でさ、商会の連載を増やしていくのがいい。おもしろい企画を連発してさ。そうしたら世間は注目してくれるよ」

「そうかなあ」

「そう……なるといいねえ。コーヒーでもいれるから企画を考えようよ」

田辺ビルの6畳間で話すうちに、今日もまた日が暮れる。でも、帰ったってつまらない。いったん取材に入ると出張だらけになるが、そうでないときは時間がたっぷりあって、あーでもないこーでもないと、実行の伴わないプランばかり話し合っているのだった。

「やってみたいことはたくさんあるんだよな。まっさんは?」

「ぼくもある。だけど、ちまちましたのは個別に考えればいいんで、脳天気商会名義でやりたいことを練っていきたいね。まかしといてよ、営業は得意だから」

「へえ、どうやるの?」

「編集部に電話かな。脳天気ですけどいい企画ありまっせ! ほぅ、いいですねえ脳天気さん。ぜひウチでやって下さい。これよ、これ」

「そんなに簡単に会ってくれるのかな」

「無理だね。何かトリッキーな手を使わないと。部屋を間違えたフリをして編集長の席まで行くとかさ」

「あれ、ここは雑誌の編集部ですかい。まいったなあ、でもちょうどいい。ぼくはライターで、企画を考えていたところなんです」

「ほほう、それは興味深いね。さあ話してみてください!」

「……あり得ない。他のライターはどうやっているんだろう」

「わからんね。お、電話だ。仕事の依頼かも。もしもし、なーんだおかもっちゃんか。飯? そうだね、伊藤ちゃんもいるからクルマでどっか食べにいくかね」

帰りがけには、よく阿佐ヶ谷に寄った。最初は吉祥寺から引っ越したニューメキシコの水島に誘われて、若い連中が集まるバーに行ったのだが、この頃は知り合いも増えてきて、ひとりで行くようになってしまった。クルマなので1杯飲んで喋るだけなのだが、常連客に音楽やデザインをやってる連中が多く、連れ立ってライブハウスに流れることもある。店をやっているのはいくつか歳下の風変わりな女の子で、ぼくとは気が合った。

「伊藤さんは荻窪に仕事場があるんでしょ。なのにどうして経堂に住んでいるの。こっちのほうに引っ越せばいいのに。クルマだからお酒を勧めることもできないわよ」

「前から考えてはいるんだけど金がないしなあ。まとまった金が手に入ったら引っ越すよ」

「阿佐ヶ谷にしなよ」

「そうするかな。荻窪まで歩いていけるもんな」

「この店に、でしょ」

自分で部屋を借りた町田は、おぼつかない足取りながら仕事を続け、ライターが板についてきた。ヤツが独立したいま、経堂に住む意味はない。田辺ビルを訪れるたびにいつ通報されるかとビクビクしながら路上駐車するのもいい加減にやめたい。

引っ越しという当座の目標ができたのと歩調を合わせるように、『ボブ・スキー』からばたばたと仕事がきた。レギュラー仕事以外のゲレンデ取材や海外取材を全部引き受けることにする。目の前にある仕事をやっていく現実路線だ。それで日々の暮らしは安定する。でも、スキーシーズンが終わればすぐにまた不安定な状態に戻る。ぼくやまっさんに活路はあるのか、ないのか。まっさんは脳天気商会というユニットを育てるべきだというが、口調はいつも冗談半分。どこまで本気なのだろう……。

この連載が単行本になりました

さまざまな加筆・修正に加えて、当時の写真・雑誌の誌面も掲載!
紙でも、電子でも、読むことができます。

昭和が終わる頃、僕たちはライターになった


著●北尾トロ、下関マグロ
定価●1,800円+税
ISBN978-4-7808-0159-0 C0095
四六判 / 320ページ /並製
[2011年04月14日刊行]

目次など、詳細は以下をご覧ください。
昭和が終わる頃、僕たちはライターになった

【電子書籍版】昭和が終わる頃、僕たちはライターになった

電子書籍版『昭和が終わる頃、僕たちはライターになった』も、電子書籍販売サイト「Voyager Store」で発売予定です。


著●北尾トロ、下関マグロ
希望小売価格●950円+税
ISBN978-4-7808-5050-5 C0095
[2011年04月15日発売]

目次など、詳細は以下をご覧ください。
【電子書籍版】昭和が終わる頃、僕たちはライターになった

このエントリへの反応

  1. [...] ぼくのまわりの小さな世界は、小さいなりにめまぐるしく動いている。妹は結婚して八王子で新婚生活を始めた。フリーライターとして食って行くには収入が低すぎる後輩の町田はある女性誌の編集部にもぐりこむことに成功。なんとか生活を安定させるメドがついた。おかもっちゃんは長くつき合った女と距離を置くため田辺ビルの3畳間で居候生活を開始。女とはこのまま別れることになりそうだ。「会社をやめてライターになれば?」というまっさんの誘いにはまだ首を縦に振らないが、それも時間の問題のように思える。バンドもやっていることだし、そうなったらおもしろい。阿佐ヶ谷にいたニューメキシコの水島は笹塚に事務所を構え、そっちへ移った。水島は本格的に編集プロダクションの経営に乗り出し、順調に仕事を得ている。 [...]