2010-07-26
おかもっちゃん引き込み計画 [北尾トロ 第29回]
町田の居候中、ぼくのところへはひんぱんに人が出入りし、なんだかんだと理由をつけては飲み会をやるようになった。ホームパーティーみたいなシャレたものじゃなく、ただ集まってがやがやと飲み食いする集まり。外でやるよりはるかに安上がりで時間制限もない、というのが開催理由だ。カレーを作るのでも焼き肉をやるのでも、何かがあればそれで良かった。
集まるのはライター、イラストレーター、デザイナー、カメラマンなどで、みんな20代。売れっ子なんて一人もいなくて、将来に漠然とした不安を抱えつつ、しかし今日が良ければそれでいいというお気楽な一面もある連中が多かった。そんなメンバーで仕事の話をしてもしょうがない。ひたすら飲み食いしてバカ話に興じるだけである。
意味のないどんちゃん騒ぎは楽しい。だから、こういう集まりはあちこちにあり、オールナイトのUNO大会とか、一晩騒いでから海水浴へ行ってヘロヘロになって帰ってくるとか、そんなことをよくやっていた。関わる人たちも新しい知人が中心で、オールウェイ時代からつき合っているのはわずか。さして時間も経っていないのに、四谷や新宿へ通っていた頃のことは、遠い昔の出来事のように思えた。
『ボブ・スキー』がオフシーズンに入ると、ぼくは同じフロアに編集部がある『T.TENNIS』というテニス雑誌の仕事をするようになった。すでに坂やんはスキーよりテニス雑誌に熱を入れるようになり、ニューメキシコの水島は『ボブ・スキー』別冊のゲレンデガイド制作を請け負うなど編集プロダクション化の方向に着々と進んでいる。伏木君は学研に見切りを付けたのか顔を見せなくなり、連絡も取れない状況。それぞれが、それぞれの思惑で動き始めるようになっていた。
まっさんは苦手なスキーよりは『T.TENNIS』のほうがやりやすいようで、ぼくたちはコンビを組んでつぎつぎに企画を通した。テニスが好きな女の子の部屋に上がり込んで話を聞くみたいな軽い記事で、ふたりで文章と写真を分担し、脳天気商会のクレジットを使うようにしていた。
脳天気商会としては、リクルートの『週刊就職情報』という求人募集雑誌でも『プータローネットワーク』なる連載を開始。いまでいうフリーターたちに会っては話を聞き、部屋へ押しかけて写真を撮る。基本的にはエロ雑誌で好き勝手なことをしていたのと同じノリなのだが、部屋でプライベートな話を聞いたりするのは、なんというかもっと生々しくてスリルがある。生活のためには『ボブ・スキー』でゲレンデ取材をするのも仕方がないが、やりたいのはこっちだよなあ。これまでは何も考えずに取材して原稿を書いてきたのだけれど、だんだんそれだけでは満足できなくなってきた自分がいる。ただ、ぼんやりした方向性は感じるのだが、ここからどう仕事を広げていいかがわからない。まっさんはどう考えているのだろうか?
「ぼくもわからないけど、スキーが好きでもないのに『ボブ・スキー』をメインの仕事にしてちゃダメなのははっきりしてるよね。伊藤ちゃんはまず、学研に依存するスタイルから抜け出すのが先決だと思うよ」
「まっさんもデータマンの仕事をいつまでもしてちゃイカンよね」
「そこなんだよ。データマン、ラクだし、あれがないと食っていけないからやめられないんだよね」
「じゃあオレと一緒じゃん」
「だから、バンドで売れようよ」
「そっちかよ」
「マルチの時代だからね。我々は脳天気商会というユニットとして動くのがいいと思うんだよ。原稿も書きます、曲も作ります。ね!」
「どっちも半端だなあ。オレたち、才気あふれるクリエイターとかじゃないしさ」
「あ、そうそう。脳天気商会のテーマソングを作ってみたんだよ。頭のなかはいつもからっぽ〜何をやっても中途半端〜ていうの。いいでしょこれ。ライブの頭で30秒くらいやって笑いを取る。まあ、かしまし娘みたいなもんだよ。どうもどうもどうもー脳天気商会でーすってさ」
くだらなくていいねえ。輪唱にしようか。最初まっさんが歌って、2度目はオレ、3度目におかもっちゃんが歌い始めたところで、「いーかげんにしなさい!」
「う〜ん、それはクドいね。ところで、おかもっちゃんは会社やめないかな。いまのままだと週末しか練習ができないでしょ」
「やめてどうするんだよ?」
「そうだねえ、脳天気商会を編集プロダクションにするとか。それも面倒か。わかった、おかもっちゃんにもライターになってもらえばいいよ」
でも、オレやまっさんの暮らしぶりを知ってれば、やりたいとは思わないだろう。町田のこともあるし、ライターに興味をもってるのは間違いないとしても慎重に考えたい。
「わかった。ボチボチ説得してみるよ。そうそう、おかもっちゃんって彼女と住んでるの知ってるよね。どうも最近、うまくいってないらしいんだよ。別れそうな気配なんだって」
「いいじゃん、嫌になったなら別れれば」
「そうなんだけど、彼女は別れたがってないのよ。おかもっちゃんは優しいところがあるから、女を捨てるような真似はしたくないみたいで、けっこう悩んでるみたいよ」
うーん、贅沢な悩みだが、ガマンしてつきあってたって結局いいことないような気がするけどなあ。
「でしょ。だから言ったんだよ。この事務所の3畳間、いまぼくが寝てるところにおかもっちゃんが住めばいいよって。で、ここは脳天気商会の事務所兼おかもっちゃんの家にして、ぼくは近所に引っ越す。もう物件もいくつか見てるんだよ」
へらへらと調子のいいことを言うだけじゃなくて、まっさんは脳天気商会を我々の活動の中心にすべく動き始めているようだった。おかもっちゃんは、まっさんの話術に弱く、いつも説得されているので、今回もきっとそうなるだろう。ぼくも少し、今後のことを真剣に考えないといけないようだ。3人でバンドとライターの事務所をやる。うまく行くかどうかはわからないけど楽しそうだ。ぼくは、おかもっちゃんのボケ上手なところが好きだし、この3人ならうまくやっていけそうな気がする。
経堂に戻り、大の字になって寝ている町田を叩き起こした。
「オレ、また中央沿線に引っ越すかも知れないから、おまえもそろそろ部屋探しを始めてくれないか」
この連載が単行本になりました
さまざまな加筆・修正に加えて、当時の写真・雑誌の誌面も掲載!
紙でも、電子でも、読むことができます。
昭和が終わる頃、僕たちはライターになった
著●北尾トロ、下関マグロ
定価●1,800円+税
ISBN978-4-7808-0159-0 C0095
四六判 / 320ページ /並製
[2011年04月14日刊行]
目次など、詳細は以下をご覧ください。
◎昭和が終わる頃、僕たちはライターになった
【電子書籍版】昭和が終わる頃、僕たちはライターになった
電子書籍版『昭和が終わる頃、僕たちはライターになった』も、電子書籍販売サイト「Voyager Store」で発売予定です。
著●北尾トロ、下関マグロ
希望小売価格●950円+税
ISBN978-4-7808-5050-5 C0095
[2011年04月15日発売]
目次など、詳細は以下をご覧ください。
◎【電子書籍版】昭和が終わる頃、僕たちはライターになった