2010-02-15

スポーツライターへの道が開かれた!? [北尾トロ 第18回]

なぜアフリカ雑誌の企画がスキーに? 唐突すぎる福岡さんの電話には戸惑うしかなかったが、だんだんその気になってきた。ジャンルはともかく、新創刊というところに惹かれるのだ。スポーツには縁がないが、ダメでもともと。それより、雑誌がどのようにカタチになっていくのか体験してみたい。

数日後、五反田の喫茶店で福岡さんに会った。

「どう、やってみる気になった?」

「はあ。でも、スキーができないんですよ。大学のとき、一度行っただけで道具も持ってないくらいです」

「ははは、そんなの気にすることないですよ」

気にするよ! 滑れないヤツが書いたスキーの記事なんて誰が読むっていうんだ。でも福岡さんはそんなことを気にする素振りを見せず、アフリカ雑誌について語ったときと同じく、夢見るように言うのだった。

「そりゃあ滑れないより滑れるほうがいいですよね。だけどボクはクラスマガジンだからってガチガチの実用誌にはしたくないんですよ。目指すのは新しいタイプのクラスマガジン。日本人のレジャーへの意識を変えてしまうような、こんな雑誌を待っていたって喜ばれるものを作ります」

「クラスマガジン?」

「専門誌ね。どのジャンルにもだいたいあって、技術とか役立つ情報を載せてるわけ。でも、ぼくが作りたいスキー雑誌はもっと一般的な、娯楽性の高い雑誌なのね。読んで役立つというより、おもしろいものにしたい。だけど、スキーができておもしろい原稿が書けるライターってあまりいそうにないでしょ。ボクはライターの部分を重視したいんです。スキーの腕はどうとでもなります」

どうとでも……なりますか。

「取材に入る前に合宿をやるからね。うまくなくてもいい。最低限、取材ができるくらいには鍛えてあげる。できますよ、伊藤君にも。ぜひスポーツライターになって下さい」

スキー雑誌はこれからどんどん需要が増すはずだ。売れるし広告も入るだろう。スキー場を巡るのが仕事だから取材も楽勝。ゲレンデには可愛い女の子がたくさんいてアフタースキーが盛り上がる。読者層は同年代が主流で、自分がおもしろいと感じたことが読者にとってもおもしろい。日本中にスキー場が作られていくので書くネタはいくらでも見つかる……。福岡さんの口調は驚くほど軽い。聞いていると、何の根拠もないのに「それもそうだな」と思えてきた。そうか、できるか。まあ、スキーができない人間が一人くらいいたっていいかもな。で、他のスタッフはどういう人たちなんだろう。

「よそのスキー雑誌をやってた人間を一人呼んでデスクをやってもらいます。あとはまだこれから。ボクは編集畑じゃなかったので書き手の知り合いが少なくてさ。伊藤君のまわりに若くてイキのいいライターいない? 良かったら、そういう人たちにも参加してもらいたいんだけど」

「スキーができそうなのはいませんが」

「いいんですよ。ボクは、この雑誌が勢いのある若手ライターが集まる梁山泊みたいになればいいと思っているんです」

この話に乗った最大の理由はふたつあった。ひとつはスキーがシーズンスポーツで、取材が年末から春先に限定されること。福岡さんの話では、とりあえず今シーズンは1冊だけ出してあとは取材、来シーズン以降も年間6〜7冊の発行になるという。準備に入るのは10月あたりからで、5月から9月くらいまではすることがないわけだ。シーズン中は忙しいが、その期間は寝て暮らしても、他の仕事をしてもいい。年間を通してのスケジュールみたいなものがはっきりしていて、じつにメリハリがあるのだ。取材経費も出してくれるというから、これまでに比べれば生活も安定するだろう。また、忙しくなればパインからの仕事を断ることができる。苦痛で仕方がないパソコン雑誌の記事をいつまでも書いていたら、いつまでたっても自立などできやしないのだ。

もうひとつの理由は、前述したように創刊から関わることに好奇心がうずくからだ。みんなで新しいものを作っていくのはおもしろいに違いない。トップにいるのがのんびりした性格の福岡さんなのもやりやすそうだ。どうせ崖っぷちである。本を書いてもさっぱり売れなかったんだし、失うものは何もない。スポーツライターがどういうものか見当もつかないが、かまうものか。

「それじゃ、もう少し具体的になってきたら企画の相談をしましょう。年明け早々にでも合宿をやりたいね」

福岡さんと別れ、パインの事務所へ行くと増田君たちがいた。さっそく話をすると、スキーができないから無理だと尻込みする。が、僕にはわかっていた。現状の仕事に満足しているヤツはいないのだ。福岡さんの口調を真似て楽観的な話を繰り返すうちに、スポーツ経験のある坂やんが乗ってきた。続いて金のない伏木君が参加を表明し、最後まで嫌がっていた増田君も及び腰ながらやろうと言った。

アテにしてなかった僕が仕事を得てきたことに、みんなのために無理して仕事を振りわけてきたパインは大喜びした。

「こうなったからには腰をすえて働ける環境が必要だな。いつまでも間借りのままじゃ俺も気が引ける。新宿辺りにオールウェイの事務所を構えようかと思う」

とうとうきたか、と思った。パインは前々から、早く自前の事務所を持ちたいと漏らしていたのだ。

この連載が単行本になりました

さまざまな加筆・修正に加えて、当時の写真・雑誌の誌面も掲載!
紙でも、電子でも、読むことができます。

昭和が終わる頃、僕たちはライターになった


著●北尾トロ、下関マグロ
定価●1,800円+税
ISBN978-4-7808-0159-0 C0095
四六判 / 320ページ /並製
[2011年04月14日刊行]

目次など、詳細は以下をご覧ください。
昭和が終わる頃、僕たちはライターになった

【電子書籍版】昭和が終わる頃、僕たちはライターになった

電子書籍版『昭和が終わる頃、僕たちはライターになった』も、電子書籍販売サイト「Voyager Store」で発売予定です。


著●北尾トロ、下関マグロ
希望小売価格●950円+税
ISBN978-4-7808-5050-5 C0095
[2011年04月15日発売]

目次など、詳細は以下をご覧ください。
【電子書籍版】昭和が終わる頃、僕たちはライターになった