2009-12-14
幻のアフリカ旅雑誌企画 [北尾トロ 第14回]
「アフリカの雑誌をやりたがっている人がいるんだけど会ってみない?」
1985年の3月頃、デザイナーの友人から電話がかかってきた。海外なんて学生時代にインドへ旅行したことしかないが、こっちはおもしろそうな仕事に飢えている身。返事は考えるまでもない。
「行く! コンゴでもケニアでも行く!」
「まだ企画段階で、これから会社に話を通さなくちゃならないらしいのよ。で、そのためにダミーっていうか、イメージを形にしたい。ついては、一部原稿つきのページを作りたいってことなんだけど。ギャラも出るんだか出ないんだか」
「ダミー? よくわからないけど、やる!」
「じゃあ紹介するよ。よかったわ、ヒマなライターはいないかって言われて伊藤君しか思いつかなくてさ」
その一言は余計だ。でも事実だからしょうがないか。
数日後、アフリカ雑誌の発案者に会った。学研の福岡という40歳くらいのおじさんである。学研と言えば科学と学習とか学年誌のイメージが強いが、大きな会社で、いろんな雑誌をだしているらしい。そこで、と福岡さんは身を乗り出した。
「最近は情報誌が流行だけど、単なるカタログ雑誌はつまらないと思うんですよ。ぼくは前から旅雑誌がやりたくてね、他社がやらないようなものをと考えていったとき、アフリカだと思ったわけ」
「はあ。ということはアフリカへは何度も」
「行ったことないんだよね」
「は?」
「行ったことないけど憧れはある。でも、どんなところなのか、どこをどうまわればいいのかよくわからない。普通のガイドブックにはありふれた情報しか載っていないし、『地球の歩き方』はバックパッカー向きでしょ。ぼくはね、これから個人旅行の時代がやってくると思うんだ。日本人がいろんなところを旅してゆく時代。そのツールとなるような、大人のニーズに耐え得る読み物が充実したアフリカ雑誌を作りたいんですよ」
なぜアフリカなのかいまひとつわからない説明だったが、カタログ誌にはしたくないとか、個人旅行の時代がくるとか、福岡さんの話には駆け出しライターをその気にさせる魅惑的なフレーズが散りばめられていた。
「ウチは知っての通り堅い会社ですから、企画が通るかどうかはわからないんだけど、どうしてもやりたいんだよね。新しいことにチャレンジしたいんだよね。伊藤君は旅好きと聞きました。力になってくれませんか」
旅と行っても海外はインドしか。それもひどい貧乏旅行で……。
「インド! いいじゃない。アフリカもやろうよ。あの広い大陸を飛び回ってくれませんか。アフリカに興味があっても出かけるまでには至らなかった人たちのために、そこで何が起き、どういう暮らしが営まれ、どんな体験ができるのか、肌で感じたことを存分に書いてみようよ。ぼくはそういう大胆な雑誌を編集するのが長年の夢なんだよね」
くぅ、シビレるぜ。ぼくは少し酔ったように雑誌とは何か、編集者とは何かを語り続けるこの人に、心の中で“夢見るおじさん”とあだ名を付けた。
「それで、ダミーとかいうのを作ると聞きましたが」
「あ、そうそう。変わった雑誌だから、ただ企画書を書くだけでは通りにくいでしょ。そこでダミー版を作り、こんなイメージの雑誌だというのをカタチにして提案するつもりなんです。通常ならダミー版は企画が決まってから広告クライアント向けに作るものなんだけど、ぼくにとっては学研そのものがクライアントみたいなものだからね、熱意を示すためにも自腹を切って、企画会議でバーンとさ、上に見せたいと思ってるの」
おぉ、“夢見るおじさん”は本気だ。上から何か出せと言われてひねり出したのではなく、自らの意思で企画を立ち上げていく。必要とあらば自腹だって切る。こういう人こそ編集者と言えるのではないだろうか。
ダミーは12か16ページの内容で、若干の記事とデザインのアイデア案、広告サンプルなどで構成されるという。ぼくが頼まれたのは記事部分。映画『カサブランカ』を題材に原稿用紙4枚のエッセイを書く仕事だった。
「ビジュアルを組み合わせて2ページ作ります。お礼は2万円しか出せないけど、やってもらえるかな」
素朴な疑問はいくつもある。アフリカ雑誌に需要があるのか。需要があったとしても学研がそれを許すか。アフリカに行ったことのない人間がトップのアフリカ雑誌って無理があり過ぎないか。そして、最大の疑問は、大事な役割を持つダミー版の、貴重な記事をなぜぼくなんかに任せるのかということだ。気合いを入れて作るなら、誰もが名を知る作家に書いてもらうほうがいいのでは。一般公開されないダミー版なので頼みにくい事情はあるにせよ、せめてアフリカ通の書き手に依頼するべきじゃないのか。にもかかわらずぼくに頼んだのが引っかかるのだ。
まあ、あれこれ考えたってラチがあかない。目的は企画会議を通過させることなんだから、期待に添うものが書けなければ却下されるに違いない。約束だから原稿料はくれるだろうが、見切られて創刊メンバーに自分が入れなくなるようなことにはなりたくない。
図書館で『カサブランカ』製作の逸話を探し、モロッコについての本を読み、何度も何度も推敲して原稿を書いた。約束の日、緊張しながら原稿を見せると、福岡さんは時間をかけて熟読し「いいね、おもしろいよ」と何度も言ってくれた。編集者に目の前でほめられるのは初めての体験だ。嬉しさがこみ上げてくる。
「結果が出たら連絡します。今後も力になって下さい」
やった。これでやっと、ライターらしい仕事ができるかもしれない。そう思うと身も心も軽くなり、パインから振られる雑務みたいな仕事にも精が出る。
だが、連絡はなかなかこない。2カ月後、ギャラは振り込まれたが、それっきりだ。アフリカ雑誌の企画は通らなかった、そう考えるべきだろう。舞い上がっていた気持ちはしぼみ、淡々とした日常が戻ってくる。だけどショックというほどではなかった。どこかホッとした気持ちがある。あの調子で、いきなりアフリカに飛ばされたところで、いまの自分に大したことができるとは思えないからだ。
ぼくはあっさりとアフリカ話を忘れ、目の前の仕事に追われるようになっていった。半年後、“夢見るおじさん”から電話があり、思いがけない方向にライター生活が転がってゆくとは夢にも思わず……。
この連載が単行本になりました
さまざまな加筆・修正に加えて、当時の写真・雑誌の誌面も掲載!
紙でも、電子でも、読むことができます。
昭和が終わる頃、僕たちはライターになった
著●北尾トロ、下関マグロ
定価●1,800円+税
ISBN978-4-7808-0159-0 C0095
四六判 / 320ページ /並製
[2011年04月14日刊行]
目次など、詳細は以下をご覧ください。
◎昭和が終わる頃、僕たちはライターになった
【電子書籍版】昭和が終わる頃、僕たちはライターになった
電子書籍版『昭和が終わる頃、僕たちはライターになった』も、電子書籍販売サイト「Voyager Store」で発売予定です。
著●北尾トロ、下関マグロ
希望小売価格●950円+税
ISBN978-4-7808-5050-5 C0095
[2011年04月15日発売]
目次など、詳細は以下をご覧ください。
◎【電子書籍版】昭和が終わる頃、僕たちはライターになった
[...] なぜアフリカ雑誌の企画がスキーに? 唐突すぎる福岡さんの電話には戸惑うしかなかったが、だんだんその気になってきた。ジャンルはともかく、新創刊というところに惹かれるのだ [...]