2010-01-25
アダルトビデオの助監督という仕事 [下関マグロ 第17回]
「もしもし、増田くん、またお願いできるかな」
芳友舎の土屋監督から電話がくるとうれしかった。アダルトビデオ助監督の仕事依頼であるが、うれしい理由はギャラが取っ払いだからだ。
ライターが原稿料を受け取るのは、早い場合で仕事をしてから一ヶ月後、遅い場合は半年後なんていうのもあった。失業保険の支給がなくなった僕にとって、働いてすぐに現金が貰えるというのはとても魅力的だったのだ。
しかし、なんでその場でお金を貰うことを「取っ払い」っていうんだろう。
「たとえば芸能人なんかが、所属事務所経由でギャラを貰うんじゃなくて、興行主から直接お金を貰うってことだと思うよ。すなわち中間を〝取っ払う〟ということ」
1万円の領収書を書きながら土屋監督に質問したら、そう教えてくれた。
芳友舎の事務所は六本木にあった。もともと社長の賀山茂という人がやっていたSMサロンがビルの地下にあり、その店の裏側のようなところに事務所はあった。
土屋さんはガタイのいい人だった。学生時代にラグビーか何かやってたように見えたので、聞いてみたが、スポーツ系や格闘技の経験はないと言っていた。
アダルトビデオの現場というのは、今でもそう変わらないと思うが、みんな意外と大まじめである。仕事なのだから、当たり前と言えば当たり前なのだが、このあたりのストイックさは、中に入って働いてみないとわからないのである。
実際ぼくも仕事をする前は、女の子の裸が見れるぞってなニヤけた気持ちだったんだけど、それだけではとてもやっていけない世界だということは、すぐにわかった。
助監督の仕事は現場の雑用である。出演者の弁当や、お菓子や飲み物を買ってきたり、機材を運搬したり、とにかく監督が言う通りになんでもやる。少し要領がわかってくると、監督の言いたいことを察知し、先回りをしていろいろなことをする。そういう仕事である。
芳友舎はサムビデオというレーベルで、おもにSM作品をリリースしていた。縛られた女優さんがおしっこをするシーンがあった。洗面器にするはずが、うまくいかず床にぶちまけることもあり、そんなおしっこを雑巾で拭き取るのも僕の仕事だった。
そのときの撮影場所は、六本木のSMサロンの近くにある、菊島里子さんという女優のマンションであった。菊島里子さんは、ちょっとポッチャリとした美形の人だった。頼まれて女優をすることも多かったが、そんなふうに自分のマンションを撮影に貸すことで料金を得たりもしていた。それこそ、取っ払いの世界である。
ある日、僕は土屋監督から仕事に呼ばれ、菊島里子さんのマンションにいた。現場に入ったのはお昼過ぎだったが、撮影はなかなか終わらなかった。夜の9時くらいまで粘っても、菊島さんからなかなかいい表情が出ないというので、監督が悩んでいた。
「じゃ、増田くん。合図をしたら、菊島さんの太ももをつねってね」
というわけで、僕は合図を待った。仰向けになった菊島さんの上半身をカメラは撮っていた。それまで何度もNGを出していたので、ここは一発でキメなくちゃ。そう思って、僕は合図が出ると少し強めに太ももをつねった。
本当は顔をしかめるくらいの加減でよかったのに、菊島さんは痛みのあまり大声で泣き叫んでしまった。カメラはその姿を撮っている。
アダルトビデオの現場でいちばんエライのは女優さんである。この人がへそを曲げたりしたら、撮影できなくなってしまうからだ。だから気を使わなければならない。現場に緊張が走り、カメラが止まった。
「アザができたらどうするのよ!! 他の仕事ができなくなるじゃないの!!」
菊島さんはとにかく怒っていた。
「そんなに強くはつねってませんよぉ…」
僕は力なく、そう言うのが精一杯だった。そこで撮影は中止。土屋監督は僕を叱るかと思ったが、とにかく口を挟まない姿勢を貫いた。
すべてを片付け、ギャラを貰ったところで、土屋監督が、「増田くん、飯いかない?」と声をかけてきた。落ち込んでいる僕を見て、気を使ってくれているのを感じた。
「増田くんは悪くないよ」
六本木のラーメン屋で、ビール、餃子、ラーメンの黄金のトライアングルをやりながら、土屋監督はそう言って僕は励ましてくれた。実はこのときの監督の温情があったからこそ、僕はこれを一生の仕事にするべきかどうか悩んだのだが、その後ある事件がきっかけで、ライターになる決意をするのだ。その話は次回!
この連載が単行本になりました
さまざまな加筆・修正に加えて、当時の写真・雑誌の誌面も掲載!
紙でも、電子でも、読むことができます。
昭和が終わる頃、僕たちはライターになった
著●北尾トロ、下関マグロ
定価●1,800円+税
ISBN978-4-7808-0159-0 C0095
四六判 / 320ページ /並製
[2011年04月14日刊行]
目次など、詳細は以下をご覧ください。
◎昭和が終わる頃、僕たちはライターになった
【電子書籍版】昭和が終わる頃、僕たちはライターになった
電子書籍版『昭和が終わる頃、僕たちはライターになった』も、電子書籍販売サイト「Voyager Store」で発売予定です。
著●北尾トロ、下関マグロ
希望小売価格●950円+税
ISBN978-4-7808-5050-5 C0095
[2011年04月15日発売]
目次など、詳細は以下をご覧ください。
◎【電子書籍版】昭和が終わる頃、僕たちはライターになった
菊島里子なんか遠い、下半身に記憶しているような想いがあります。
たしか、おっぱいにとてもハリのあるひとで顔にほくろのあるひとのような
記憶かな~と。
なんとも懐かしいお名前が、、、
口元のホクロが忘れられませんわ。
つづきが今から楽しみです!