2002-02-11

e-テキストブックが切り拓くe-ラーニング

大学の教員が自分の講義ノートをe-テキストブックという形でインターネット上に無料公開する―これは考えてみれば画期的なことである。全国の大学で1年間に行われているあらゆる講義にすべての人がアクセスできる日もそう遠くないかもしれないではないか。しかも、このことは日本国内に限らず、国境を超えて可能になるかもしれない。少なくともe-ラーニングにおいては受講者数を制限する必要はなくなるだろう。
 
実際、マサチューセッツ工科大学(MIT)が2001年4月に発表したMIT OpenCourseWareというプロジェクトは、MITで行われる講義内容を無料で公開していこうというものである。e-ラーニングの現状に詳しい植村八潮氏(東京電機大学出版局・日本出版学会事務局長)はこのプロジェクトについて次のように書いている。
 
「(2001年=引用者注)9月から先行実験がスタートし、最初の2年半でウェブを利用するためのソフトウェア開発と500以上の講義内容を準備し、最終的には多岐にわたる分野で2000コースの開発を目指すという。利用対象は当然、MITのみならず世界中の学生や教育機関で、これにより高品質で無料の教材コンテンツが流通することになる。」
 
(「出版ニュース」2001年10月中旬号・植村八潮「eラーニングと出版ビジネス」)
 
MITの場合は大学が講義コンテンツを公開するが、単位を認定するわけではないので、ヴァーチャル大学と呼ぶことはできない。一方、単位まで認めてしまうヴァーチャル大学も現れつつある。
 
遠隔教育という点では日本でも通信制大学があり、また一方で放送大学が実施している放送授業がある。
 
放送大学の場合、18歳以上であれば誰でも入学でき、15歳以上であれば誰でも選科科目履修生として入学できる。入学するとテキストの学習、テレビ・ラジオの放送授業の視聴、通信指導の提出、全科履修生として大学卒業をめざす場合には放送授業のほかに面接授業(スクーリング)の履修が課せられて、単位取得となる。科目は人文・自然・産業など約300科目。これに加えて日本でも大学審議会の審議を受け、インターネット授業での単位取得が可能となるヴァーチャル大学が発足することになっているのである。
 
教員との交流や単位認定を前提としたe-ラーニングの高等教育版であるヴァーチャル大学と、ただ大学での講義ノートがインターネット上で公開されていることは質的には異なるだろう。
 
しかし、これまでの大学の教科書は必ずしも当該科目を受講する大学生だけに購入されていたわけではなく、入門書、教養書、啓蒙書といった観点から大型書店でも販売され、一般読者からも支持されていたのである。放送大学のテキストであっても受講生以外の人がただ読むために購入することもある。現在、放送大学のテキストは「放送大学教材」として財務省印刷局が印刷、製本し、財団法人放送大学教育振興会が発行しているが、これがある日突然、インターネット上で無料公開されたとしたらどうだろう。同じようなことがさまざまな教員の著していた本に起こると想像するだけで、これまで教科書を刊行していた出版社は青ざめるに違いない。
 
著者である教員は、教科書執筆から得られる印税を手放してまで、みずからの講義ノートの無料公開に賛同するであろうか。
 
プロ野球の新庄選手は「記録より記憶」、すなわちイチロー選手は記録がすごいけど、ぼくは記憶に残るプレーをしたという意味のジョークを記者会見で言っていた。これにならって言えば、大学の研究者は「印税より引用」、すなわち印税が入ることよりも、引用される方が実績となり名誉であると考えるのである。
 
多くの読者に自分の著作が読まれること。そして、読んだ人たちが自分の文章を引用してくれること。それこそ研究者である大学の教員にとってなにものにも代えがたい誇りなのであるから、教員は印税がゼロになっても多くの読者を得られるのであればみずからの講義ノートをインターネット上で無料公開することをためらわないであろう。
 
実際、教員自身が作成し、管理しているホームページに論文、文献目録、年表などを公開しているだけでなく、そのホームページで連載を始めている人たちも増えてきているのである。
 
次回は、このような論文の無料公開について考えてみたい。