2003-03-08

インターネット出現以降の法学

 島元健作氏は拙著『デジタル時代の出版メディア』(2000年、ポット出版)について「デジタル社会のなかでの読書環境の変化について無知であるのは、精神の退廃を招くと言い切っている」と書いている。しかし、じつは私の文章は正確に書くと次のようになる。

「(出版業界の)急激な変化はコンピュータ技術の発達とそのことがもたらした『デジタル社会』とでも呼ぶべき、高度に情報化された社会像と密接に関係しているのです。このような社会の変化が背景にある以上、本とコンピュータのかかわりについて考えることを避けるのは、逆に精神の退廃を招くことになります。出版メディアにいま起こっている変化の本質を探究することは、これからの社会で出版メディアの果たす役割を考えるときに非常に重要なことだと私は思っているのです。」(124ページ)

「本や雑誌からコンテンツそのものへ、つまりモノから情報へという現在の流れはこれからの出版メディアを考えるときにもっとも重要な変化であると位置づける必要があるでしょう。読者像が大きく変わってきているという事実に気づかなければ、出版業界が危機的状況であることすら分からないことになるからです。」(179ページ)(いずれも傍線、筆者)

 このようにメディアと社会とのかかわりを動的にみていくことが私の本来の意図である。たしかに『デジタル時代の出版メディア』では問題の整理ということに中心を置き、独自の主張はほとんどしていない。しかし、それは技術論を展開したつもりではなく、社会的な変化がいかに出版メディアの機能を相対化してきているかを説いたつもりであった。

 話を少し先に進めよう。

 例えば法学の分野を例に考えてみよう。デジタル時代における法学関係の読者について、私は二つの大きな変化があったと思う。

 第一に、法学の対象そのものの変化があった。インターネットの普及に伴って刑法、民法、行政法、民事訴訟法、刑事訴訟法、そして憲法さえも、これまでの法律と法理論全般にわたる再検討が必要になってきているということである。

 そして第二には、法学情報についての変化である。従来の法典、判例、論文など紙の本や雑誌しかなかった法学情報がCD-ROMだけでなく、商用データベースやインターネットなどのオンラインでも提供されるようになってきたことである。

 ではまず、インターネット出現以降の法学の変化について考えてみよう。この問題については松井茂記『インターネットの憲法学』(2002年、岩波書店)がきわめて今日的な視点を私たちに提供してくれる。インターネットの出現によって既存の法制度が再検討されていること。そして、新しい法理論が構築される必要性を、松井茂記氏はこの本の中で豊富な実例を挙げながら論じているのである。

 例えば従来の詐欺罪、窃盗罪、不法侵入罪、器物損壊罪などが想定していなかったようなタイプの事件がインターネットの普及にともなって起こってきた。このような事態に対応して、1987年に刑法が改正され、電子計算機損壊等業務妨害罪(第234条の2)、1991年に電磁的記録不正作出・供用罪(第 161条の2)が設けられた。また、1999年に不正アクセス行為の禁止等に関する法律(不正アクセス禁止法)が制定されたのである。(松井茂記『インターネットの憲法学』30-31ページ)

 また、電子商取引が盛んになることによって、2000年に電子署名及び認証業務に関する法律(電子署名法)、2001年に電子消費者契約及び電子承諾通知に関する民法の特例に関する法律が制定され、2001年の刑法改正では支払い用カード電磁的記録に関する法律も設けられた。(同書、32-33ページ)

 しかし、なんと言っても大きな変化は行政資料の情報公開や民事訴訟・刑事訴訟における手続きの簡便化が促進されつつあることだろう。このような動きはこれまでの法や行政の制度そのものを変えていく可能性があると思われるのである。

 私の経験をここで書いてみよう。1990年夏ごろから話題になったいわゆる「ポルノコミック」規制問題の時、私は出版労働者、書店労働者、弁護士、まんが家、まんが評論家らと大阪府青少年健全育成条例を考える会を結成し、シンポジウムを開催したり、大阪府に条例改定反対の要請行動を行ったり、情報公開を申請したりしたことがある。その当時、条例改定にあたっての大阪府青少年問題協議会の文書などは一般の市民にとってすぐに入手できるものではなく、私たちは情報の入手に多大な時間を費やすることになった。

 しかし最近になって、大阪府青少年健全育成条例の再改定の動きがあると知って調べたところ、条例改正案の概要や新旧対照表、青少年問題協議会答申、条例改正に対する府民意見の募集やその結果などがインターネット上で公開されており、私たちは自由にダウンロードすることができるようになっていた。

 条例の改定については表現の自由の観点からは今回もまた非常に疑義のあるところだが、このような自治体による情報公開自体は評価されてよいだろう。ただ、審議会の内容など、電子メールによる情報公開の申請とインターネットを通してダウンロードできる仕組みをさらに進めていく必要があるだろう。

 一方、民事訴訟における訴状の送達をインターネットでも認めるようにすることや刑事訴訟におけるインターネットを通した証人尋問、あるいは訴訟記録のオンライン公開などが進展していけば、これまでの裁判制度は大きく変わっていくことは間違いない。(同書、36-37ページ)

 実際、法務省は民事訴訟の訴状や準備書面の交換など、書面に限られている訴訟手続き(「口頭弁論は、書面で準備しなければならない」民事訴訟法第161条)について、電子メールでも可能とし、関係者の負担軽減や審理の迅速化をはかるという。

 3月下旬に予定される法制審議会に諮問し、2004年の通常国会に民事訴訟法改正案を提出する予定と報道されていた。(2003年2月18日付け「朝日新聞」大阪本社版朝刊)

 このようにインターネットのような新しいメディアの登場と社会の変化という、より「大きな物語」の中で出版メディアの変化も見ていかなければ今日の変化の本質をとらえることはできないと私は考えているのである。

 次回は、ひきつづき法学情報の変化について検討してみたい。