2002-05-27
岩見沢市立図書館の『岩波文庫』配信サービスをどうみるか
出版業界紙「新文化」2002年5月23日付けの記事によると、電子書籍版の「岩波文庫」が日本で初めて公共図書館で閲覧できるようになるという。電子書籍の配信サービスを行っているイーブックイニシアティブジャパンが6月上旬、北海道岩見沢市立図書館に対して電子版「岩波文庫」109作品を提供するというのである。
岩見沢市立図書館は電子図書館予算でイーブックイニシアティブジャパンから電子文庫を一括購入し、利用者は館内に設置された7台のパソコンの専用閲覧ビューワで閲読する。年内にも著作者から利用許諾を得た電子版の「岩波文庫」500点、平凡社の「東洋文庫」約300点が図書館で読むことができる見通しだ。
この動きは公共図書館の電子図書館化がいよいよ進み始めたことをものがたっているだろう。これまで電子図書館化は日本ではむしろ大学図書館の問題であった。CD-ROMなどパッケージ系の電子出版物の収集や電子ジャーナル・サービスの導入、さらに所蔵資料のデジタル化と利用者への提供など、大学図書館はこの数年の間に急速に「電子図書館」化してきている。
一方の公共図書館はと言えば、図書館法に規定されている資料の無料提供の原則や、また従来からの貸し出し中心主義からの脱却が遅れていることもあり、利用者へのインターネットによる出版コンテンツの提供はあまり進んでいるとは思えなかったのである。
2000年11月17日に東京・有楽町の東京国際フォーラムで開催された第2回図書館総合展の分科会「本の未来と図書館―インターネットに展開されている電子本と図書館について語る」において、津野海太郎氏(評論家・和光大学教授)、萩野正昭氏(ボイジャージャパン代表取締役)、そして私の3人でディスカッションしたことがある。
このとき、津野氏は地域の公共図書館の利用者の立場から大学に比べてあまりに公共図書館がネット上の資源について関心を持たなすぎると指摘していた。出版社が「紙の百科事典」を今後出版できないという現状の中で、公共図書館のレファレンス業務も変化せざるをえないのではないか。それは好むと好まざるとにかかわらず公共図書館が直面せざるをえない現実であることを強調していたのである。そして、「紙」本位制で作られてきた図書館の技術の限界を指摘し、ビッグビジネスとしてではなく、本の多様性を維持するためのデジタル化を主張した。
一方、萩野氏はそのフォーラムでは私の本『デジタル時代の出版メディア』のドットブック版を例にプロジェクターを使って、立ち読みの機能や、文字の大きさや縦書き、横書きを自由自在に変えられることなどを実演してくれた。そして、その後も私とのメールのやりとりの中で将来の図書館での電子書籍の取り扱いについていろいろ意見交換をした。
萩野氏は図書館の利用者が電子書籍をダウンロードする場合、図書館のサイトから電子書籍出版社のサイトへリンクさせ、コピーに対しては商取引とすべきであると主張していた。一方、青空文庫のような著作権フリーの電子書籍に関しては利用者からの要求に対してすぐにダウンロードできるわけである。また、もう一つの考え方として萩野氏が提唱するのは年間使用料のような契約をすることである。これは特に大きなデータベースなどが対象になるという。そして例えば年間使用料100万円を200館の図書館が連合してシェアすれば1館あたり5000円となり、5000円の本を購入したのと同じになるというのである。このような対応がもし出来るのであれば一般利用者は図書館サイトから有効なデータベースへのアクセスが無料になることも可能である、と萩野氏は言っていた。
では、公共図書館が電子図書館化していくとき、出版社、取次、書店はいったいどうなるのだろう。つまり、図書館が「電子図書館」化する時代に出版社、取次、書店の機能とは何なのかが問われているということである。
この問題は次回に引き続き考えてみたいと思う。
ところで今年、日本書籍出版協会の『日本書籍総目録』のCD-ROM版と合体して刊行される『出版年鑑』では、初めてWeb上で販売されている電子書籍約8000点、オン・デマンド出版物約1000点、そしてCD-ROMの目録が掲載されるという。
こうした流れを見ると、電子出版物もいよいよ「市民権」を得たと断言してよいのだろう。 出版メディアの地殻変動がいよいよこれから始まることだけは間違いなさそうである。