2002-06-03

電子図書館は本屋を駆逐するか?

 公共図書館が「電子図書館」化していく時、出版社、取次、書店はいったいどうなるのか。

 このテーマでまず私が思い出すのは1999年1月10日発行の雑誌「人文学と情報処理」の別冊1「特集 電子図書館はどうなる」(勉誠出版)である。

 一言でいうとこの別冊の編集は完全に破綻している、と私は思う。執筆者を代表して石川徹也氏(図書館情報大学教授)が「はじめに」と「編集後記」の両方において、執筆者間の認識が矛盾していることを認め、しかしながら問題点が明らかにされたことが有意義だったというようなことを書いている。

 しかし、この編集スタイルは私には好ましいとは思えない。雑誌などで賛成・反対双方の意見を同時掲載し、両論併記という形で発行することはよくあるが、この別冊特集は「電子図書館はどうなる」として、第1章「電子図書館のあるべき姿」から第6章「万人に開かれた知識基盤」まで担当執筆者を決めて、一つの本のようなスタイルで編集されているのである。ところが、その章ごとの記述が矛盾しているという事態になっており、にもかかわらず、その矛盾を執筆者同士で解決しないまま、そのまま出版してしまっている。これでは「編集」というのは集まった原稿を割付する作業でしかないだろう。そして、電子図書館をめぐる現状が矛盾しているので、論考も矛盾のままであえて世に問うた、といった一種の居直りのような「はじめに」と「編集後記」なのである。

 執筆者を代表して石川徹也氏は次のように書いている。

 「第2章から第6章を読み通すと、重要な問題であればあるほど、記述事項が重複し、その間の矛盾が気になり、結局、全体の結論として何を言いたいのか、すなわち『どうあればよいのか』等々の感想・疑問を持たれるかもしれない。(中略)それらの矛盾は現に存在するわけで、今は互いに融和しつつ、事業を推進していると考える。将来、それを現実のシステムとして運用・利用することになると、すべてを白日の下にさらし、白黒をことごとく明確にしなければならない。そうなると、大げさな物言いをすれば、犠牲者も出現しよう。そうならないためには、この先、年月を経て、技術の発展をまちながら、社会的合意の下で解決し、運用に移行していく以外ないと考える。」(「はじめに」前掲書、7ページ)

 「各課題は、各立場で、主に利害関係から、矛盾を呈している。当矛盾は、現在の問題点でもある。事実、検討の途中で、『そのことは言ってくれるな!』といった、率直な意見を戦わしたこともある。」(「編集後記」前掲書、145ページ)

 じつに生々しい話ではないか。「そのことは言ってくれるな!」とはどの場面で戦わされたのか、気になるではないか。

 しかし、この別冊を読むと、いや読まなくても(失礼!)真相は推測できる。まさに、「みんなの利害は電子図書館でどうなる」か、なのである。

 結論から言ってしまえば、電子図書館の議論に書店や取次に勤務する執筆者が加わり、取次や書店の役割があると主張していることが、矛盾を引き起こしているのではないか。

 例えば、堤篤史氏(日本経済新聞記者)は、第2章「新たな『出版』の可能性と課題」の中で次のように書いている。

 「次世代の電子図書館では『収蔵しない自由』という留保付きではあるが、『可能な限りあらゆる文献を網羅する』ことが要求されるとする。このことと、有料化という原則を考えあわせれば、実は電子図書館は他に比類しうるもののないほど大規模な、オンライン出版マーケットとなる可能性があるということだ。」(前掲書、28ページ)

 つまり、電子図書館は有料が原則で、最大規模のオンライン出版マーケットになるという認識である。

 また、松崎善夫氏(横浜市中央図書館)は、次のように書いている。

 「現在の書店に該当するものが電子出版物の流通についても機能して、求める資料(情報)を任意の業者から購入できる形が残るとは限らない」(前掲書、82ページ)

 それでは、ここで想定される電子図書館にはたして書店や取次が関与する部分がまだ残されているか、と誰でも疑問に思うだろう。

 ところが、第3章「『情報流通』の要として」では(株)図書館流通センター常務取締役電算室長の菅原徳男氏、株式会社トーハン図書館営業部の高見真一氏、株式会社丸善学術情報ナビゲーション事業部の笹井真也氏の3人が共同執筆した次のような記述がある。

 「流通業が電子図書館時代においても必要かどうかという点について、一見すると、提供者と利用者というシンプルな情報伝達のプロセスに反して、非合理的と取られ易い。また、現在の取次ぎ機能に該当する著作権等情報センターについては、提供者の立場からの違和感から(ママ)が予想される。」(前掲書、65 ページ)

 「では利用者から見た場合の流通業の存在価値は何であろうか。その一つとして考えられるのは情報の集約である。」(同上)

 「電子図書館においても地域の公共図書館が地元書店との関係を意識し、商流上での窓口としてその存在を必要とすることになるかもしれない。」(67ページ)

 「特にエンドユーザに対しては、様々なジャンルにおける無店舗書店の展開が予想される。この分野が既存の書店のみが果たす役割かどうかは難しいが、電子図書館において、無限の可能性があり、また、大きく期待されるところである。」(同上)

 「流通大手が中小書店経由でエンド・ユーザへ何らかの形(フロッピー、ペーパー)でサービスする方法も確立したい。」(同上)

 まったく立場によって、電子図書館と取次・書店の関係に関する記述がばらばらではないか。そこを徹底的に議論しようとすると、「犠牲者も出現」するから、「そのことは言ってくれるな!」となるのではないだろうか。

 それだけではない。この別冊では電子図書館は有料か、無料かという点に関しても執筆者によって見解が違うので、そのことを前提として展開している議論がかみあわないのである。

 私はこの別冊を批判することを目的に、こんなことを言い出したのではない。そうではなくて電子図書館という、論者によって少しずつ異なるイメージは、結局のところ、現状を変革するためのそれぞれの業界の道具にされつつあることを指摘しておきたいのだ。

 そして、取次・書店サイドの論調にはかなり無理があると言わざるをえない。取次・書店はお呼びでない、というのが今、進められている図書館の「電子図書館」化なのである。