2002-05-20
出版学会もかなりデジタル時代?
2002年5月18日(土)、担当している中部大学のメディア論の授業を休講にして(最近の大学は休講すれば補講が原則)、日本出版学会の春季研究発表会・総会に出席してきた。今年の会場は東京都国分寺市にある東京経済大学である。
特徴的だったのは、研究発表の第2部で3人の大学院生が登場し、読書や読者に関する研究発表を行ったこと。また第3部では電子出版に関する研究発表が集中的して行われたことである。出版学会でも大学院生による活発な研究発表が増え、そしてデジタル時代を迎えた学会の新しい潮流も本格化してきたという印象を受けたのである。(もちろん第1部の研究発表でも今日の出版不況の現状を考察したものや、鈴木書店倒産の意味を問うものなど、きわめて現実に即した、いかにも出版学会らしいものがあったことを付け加えておかなくてはならないが。
そこで、今回は電子出版関連の発表を集めた第3部の模様をダイジェストで紹介しておこう。
まず第1番目の研究発表者は中村幹氏(株式会社印刷学会出版部・「印刷雑誌」編集部)であった。テーマは「出版社からみたオンデマンド印刷の検証」。
中村氏は、オンデマンド印刷を「必要なときに必要な部数をすぐに印刷する概念」であると定義し、「DI印刷機」と「オンデマンド印刷機」についてまず説明を加えた。DI印刷機とはダイレクト・イメージング印刷機の略で、CTP(computer to plate)ともいう。これは数百部から5千部程度の印刷に威力を発揮するといわれている。一方、オンデマンド印刷機は数十部から2百部程度が適していると一般にいわれているという。
中村氏は書籍の印刷・製本に関してどのような印刷方法がコスト的に適しているか、OHPを使って解説した。発行部数の少ない順に示すと「オフィス用プリンタ」「トナーベース・オンデマンド印刷」「DI(ダイレクト・イメージング)印刷」「オフセット印刷」となり、品質は後者であるほど良くなる。
中村氏は、実際に印刷会社に対してA5判200ページ、100部、並製の書籍の見積もりを取って検証したところ、100部程度ならば紙版下によるCTP出力、またはトナーベースのオンデマンド印刷が適し、500部になるとさらに安価になる結果が出たという。また、500部の書籍を製作して売り切れば、単価は高くなったとしてもその後は100部ずつ刷る方が効率的であると結論づけた。
第2番目に、深見拓史氏(株式会社廣済堂)が「出版コンテンツ配信ビジネスの現状と課題」というテーマで研究発表を行った。
深見氏は出版コンテンツと呼ぶ対象を「辞事典、単行本、文庫本、美術全集、情報誌など、コンテンツを有料で配信するもの」に限定し、IT機器の売上げは鈍化しても情報サービス産業界の売上げは伸びており、またEC(エレクトロニック・コマース)の規模もB to C(企業と消費者間)では2006年には16兆円にもなり、今後の出版コンテンツ配信ビジネスは拡大するだろうと語った。深見氏は廣済堂が開発したコンテンツ配信事業を実例に挙げて説明した。この事業はインターネットカフェの利用者を会員として囲い込み、映像などのコンテンツをネットで有料配信するシステムである。深見氏は限定読者へのコンテンツ配信事業は会員管理、電子認証、課金システムが成功の鍵を握っていることを強調した。写経から印刷へ、舞台から映画へ、映画からテレビへ、というようにメディアは変革されていく。この発表では出版コンテンツの有料配信システムは必ず進展するだろうと結論づけられていた。
第3番目に登場したのは山本俊明氏(聖学院大学出版会)であった。発表テーマは「学術出版の危機とオンライン化の課題―アメリカ大学出版部協会の取り組みを中心に」である。山本氏は、アメリカの学術コミュニケーションの担い手であるAAUP(大学出版部協会)、ARL(研究図書館協会)、ACLS(学術会議)の三者が 1997年9月に共同で開催した「学術専門書出版の危機、あるいは書籍が出版できなければどのようにして終身在職権を得ることができるのか」というテーマの会議における議論を資料として、この問題を考察した。
まず、コスト高騰による学術出版の経済的危機がコスト削減のためのオンライン化をもたらしたことがこの資料では明らかにされているという。次に学術専門書出版の危機は出版の経済的危機にとどまらず「学術コミュニケーションの危機」でもあるという。つまり若手の研究者が研究成果を発表できないという事態をもたらしているのである。さらに、オンライン化は著者→出版社→図書館(書店)→読者という伝統的出版モデルを危機に直面させ、インターネットの著者→読者という出版社・図書館の役割を失わせるものになっている。またそれは、印刷メディアの危機でもあるという。山本氏の発表の中でもっとも興味深かったのは、学術専門書の未来に関わる部分である。
それはまず第1に、学術書の機能の問題である。ページという概念がなくなり、引用箇所をどのように表記できるのかということである。
第2に、テキストの未決定性の問題である。これはテキストの改変が容易であるためにどれが最終テキストなのか分からなくなるということである。
第3に、サイトの管理の問題である。サイトが運営できなくなったりすると、デジタル学術情報はだれが保存し、管理するのかということである。
山本氏は学術情報のオンライン化によって、大学、大学出版部、大学図書館のそれぞれが大きな変革を迫られていることを強調した。もちろんこれは山本氏も言うように、アメリカだけの話でないことは明らかであろう。
以上のように、今回の出版学会ではオンデマンド印刷、有料コンテンツの配信システム、学術情報のオンライン化というテーマの発表が行われ、会場参加者からの質問も相次いだ。まさにデジタル時代の出版学会なのである。
ところで、この日に開催された総会で私は初めて理事に選出された。最近、デジタルづいていると言われている私は、今後さらに日本出版学会と深くかかわっていくこ とになりそうな気配である。