2002-09-02
図書館設立から運営まで民間業者に丸投げ?
POSシステムによる情報システム化の進展は本や読者に対する書店のあり方に影響を与え、出版社や著者の考え方をも変える可能性があると前回書いた。「コンピュータは道具に過ぎない」とはよく使われる言葉だが、はたして本当にそうだろうか。単純作業をコンピュータにやらせて、人々はこれまで以上に創造的な仕事に専念できるのだろうか。私はむしろこれまでの社会システムを変化させてしまう可能性の方が高いように思うのである。
たとえば書店と同じように本や雑誌を扱っている公共図書館の現場はどうだろう。貸出・返却といったカウンター業務はコンピュータの登場によって貸出カードからバーコードをOCR(光学式文字読み取り装置)でなぞる作業に変わった。また、整理業務もそれぞれの図書館が自館で分類するのではなくマーク(MARC=機械可読目録)を購入して新しく入った本をISBNコードで検索し、バーコードを印刷してデータ登録を行う。あるいは最初からそうしたすべてを図書館流通センター(以下、TRCと略す)に装備させた上で納入させることも当たり前になってきている。さらに、新刊の選書もTRCの選書システムに任せてしまうところも多くなってきているのである。
そうすると、図書館業務はなにも自治体職員がやらなくてもかまわないではないかというわけで、かつてから地方自治体の経費削減のために民間委託の話が出ていたのが、ますます推進されることになる。
このような最近の動きに対して図書館問題研究会は次のようなアピールを2002年7月9日に採択している。
「『行政改革会議最終報告』(97.12.3)以降、自治体サービス行政の市場化(アウトソーシング)が進められ、東京の江東区、墨田区などでは、図書館のカウンター業務を民間業者に委託しました。しかし、私たちは、住民にとってよりよい図書館サービスを行うために、図書館のカウンターには、専門的知識をもち、経験を積んだ自治体職員である司書が配置されるべきだと考えます。貸出し・返却等のカウンター業務は誰でもできるから、企画立案や選書等の業務から切り離しでもかまわないという議論もありますが、これは図書館の実情についての認識を欠くものです。カウンターは図書館が住民と接する窓であり、住民が図書館にその思いや考えを伝える場でもあります。図書館の職員は、カウンターでの貸出し・返却やフロアワークを通じて、住民との交流や信頼を積み重ねることができ、選書、蔵書構成、将来構想など重要な計画が立てられ、再び住民へのサービスとして反映させることができます。」
このアピールの中の「図書館員とカウンター業務」は、前回取り上げた福嶋聡著『劇場としての書店』における「書店人と接客」の関係とほぼ重なっている。つまり、コンピュータ化されたからと言ってベテランの図書館員や書店員が不要とはならないはずだという点でこの両者の認識は一致している。
しかし、状況はもう一歩まで先まで進んでしまっているように私には思える。公共図書館においてはカウンター業務だけでなく、図書館の設立から運営まですべてを民間業者に業務委託してしまおうという自治体が現れ始めているのである。そして、ここでもTRCがこの物語の主人公として登場してくるのである。
出版業界紙「新文化」2002年5月2日付け記事はこのような事業を行うTRCについて次のように伝えている。
「今年4月に子会社として株式会社TRCサポート&サービスを設立し、図書の配架・書架整理や貸出・返却のカウンター業務など、図書館業務の委託・代行事業を行う一方で、民間主導のPFI方式による図書館整備事業にも参画する。第1号として三重県桑名市の市立図書館新館設立事業において、建設会社や建物管理会社など、民間企業と連携し、同図書館の設立・運営の総合プロデュースを行う」
PFI(Private Finance Initiative)方式とは、PFI法にもとづいて公共施設の建設、維持管理、運営において民間企業のへ業務委託するもので、PFI 法とは1999年7月に制定された「民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律」のことである。
すでに伊藤昭治氏(阪南大学・理事)は「PFI事業がうごめいている」と題して『図書館界』2000年9月号(52巻3号)に次のように書き、図書館の人々に警告を発していた。
「図書館などには関連のない法律と思っていたが、整備が可能な施設として教育文化施設があげられており、美術館がPFI事業によった整備が可能であれば、図書館も対象外とは言ってはおれないであろう。」
まさに伊藤氏の言う通りの展開になってきたのである。
では、ここでTRCのホームページを見てみよう。(http://www.trc.co.jp)
トップメニューの中から「受託・業務代行」をクリックすると、まず事例が二つ挙げられている。
「福岡市総合図書館では…… 配架を中心に、書庫出納、新聞・雑誌の差し替え、カウンター業務(返却)、図書受入業務、特殊資料整理、電算入力業務など。」「袖ヶ浦市立中央図書館では…… カウンター業務の一部、書庫出納、書庫整理、団体貸出電算処理、蔵書点検など」そして、派遣会社とはここが違いますとして、業務委託の利点を次のようにまとめている。
たとえば、人材派遣の場合は職務遂行の責任は図書館の側にあるが、業務委託ではTRCサポート&サービスの責任で遂行される。業務の指示は人材派遣だと労働者個々に指示しなければならないが、業務委託であればリーダーへの一括指示で済む。また、人材派遣であれば労務管理だけで膨大な仕事量となり、図書館側には専任担当者が必要になるが、業務委託であれば仕事量や開館時間に合わせてフレキシブルに対応してくれる。そして、もっとも重要なことは人材派遣では希望に沿う人材派遣そのものが本来の業務なので、図書館の業務分析などには必ずしも関わらないが、業務委託の場合は業務内容分析から委託開始後の定期打ち合わせなど、図書館と協力して業務を行う、とTRCは言うのである。
そして、TRCは日本で最初のPFI方式による公共図書館となる三重県桑名市立図書館新館の設立事業に参加するところとなった。この事業に応募した企業は鹿島建設三重営業所、佐藤総合計画名古屋事務所、図書館流通センター、セントラルリース、鹿島建物総合管理名古屋営業所、積村ビル管理、三重電子計算センターの7社で、構成される鹿島グループであり、この事業の実施方針、入札説明書、などはPFInet(http://www.pfinet.jp/koubo/kobo23.htm)で見ることができる。
日本の書店業界では以前からTRCとの確執があった。従来、地元の図書館に納入してきた書店がTRCのTRC MARCと図書装備付納入によって締め出される事例が相次いだのである。今日ではTRCは公共図書館、小中高の学校図書館、自治体の女性センターなどの図書室、ついには大学図書館にまでそのマーケットを拡大し、そしてついにTRCの便利なサービスは人材派遣、業務委託、PFI事業にまで広がった。つまり、図書館がTRCを使うのではなく、 TRCが図書館を運営する方が効率的だという思想にまで辿り着いたのである。
コンピュータ化、情報システム化は本当に「道具に過ぎない」と言い切れるのだろうか?
(注・図書館問題研究会のアピールの全文は以下の通りである)
図書館のカウンター業務の民間委託に反対するアピール
「行政改革会議最終報告」(97.12.3)以降、自治体サービス行政の市場化(アウトソーシング)が進められ、東京の江東区、墨田区などでは、図書館のカウンター業務を民間業者に委託しました。
しかし、私たちは、住民にとってよりよい図書館サービスを行うために、図書館のカウンターには、専門的知識をもち、経験を積んだ自治体職員である司書が配置されるべきだと考えます。
貸出し・返却等のカウンター業務は誰でもできるから、企画立案や選書等の業務から切り離しでもかまわないという議論もありますが、これは図書館の実情についての認識を欠くものです。カウンターは図書館が住民と接する窓であり、住民が図書館にその思いや考えを伝える場でもあります。図書館の職員は、カウンターでの貸出し・返却やフロアワークを通じて、住民との交流や信頼を積み重ねることができ、選書、蔵書構成、将来構想など重要な計画が立てられ、再び住民へのサービスとして反映させることができます。
もちろん、直営でカウンター業務を行う図書館にも、問題は少なくありません。「図書館のカウンター業務は直営である必要はない、民間業者に委託した方がサービスは向上するのではないか」という住民の批判を図書館の職員は真摯に受け止める必要があります。図書館自体が、業務分析にもとづく効率的な職場体制の構築、図書館サービス評価等の努力をおしまず、住民の厳しいチェックを受ける覚悟がなければ、図書館の直営について、多くの住民の理解を得ることは難しいでしょう。
それでも、忘れてはなりません。住民の声を図書館が直接に受け止め、住民とともに経営を変えていくことは、直営だからこそ可能なのです。住民から、知る権利を保障するサービスを託された行政は、図書館の直営に最善を尽くすべきではないでしょうか。
江東区、墨田区において行われているような請負契約による業務委託では、本来、受託先職員に対し自治体職員が直接指示することはできません。ところが、実際には業務を円滑に進めるために、受託先職員に直接自治体職員が指示するということが日常的におこなわれなければなりません。これは違法行為です。
カウンター業務の委託は、以上のような問題があるため、私たちは、委託の白紙撤回を求め、また、新たにこうした委託が広がることに反対します。
2002年7月9日図書館問題研究会第49回全国大会