2002-03-25

ソウルのメディア事情あれこれ

前回、この連載の番外編のようなつもりで、ソウルで見てきたことを書いたらいろんな人から反響があって驚いた。論文がインターネットで読めるかどうかなんてどうでもいいから、もっと韓国のことを書けよという人もいれば、あれを読んでソウルに行きたくなったという人まで現れる始末である。なるほど、そういわれてみればたしかにそうだ。退屈な話よりも面白い話のほうがいいに決まっている。
 
ポット出版の担当者からは「ポットの人間に聞いたところ(韓国通が一人います)、韓国ではバレンタインデーやホワイトデーに縁のなかった人のために『ブラックデー』なる日があるそうです」とメールが来た。
 
そうなのである。私もソウルを案内してくれた韓国旅行社のキムさんから「ブラックデー」の存在を聞いて笑ったのだった。4月14日を韓国ではブラックデーと呼んで、バレンタインデーとホワイトデーにプレゼントをもらえなかった人たちが(ほとんど冗談のノリだが)チャジャンミョンという黒い麺を食べるという日になっている。こんな大事なことを前回書き忘れるなんて。韓国のバレンタインデーは日本経由で伝わったのではないかと言われているが、日本以上にすさまじく発達しているに違いない。韓国のテレビドラマを見ていても、私が行った3月11日から13日という時期のせいでホワイトデーをエピソードに使っていたものだ。ハングルが分からないのに、テレビドラマはほとんど日本のドラマを見る感覚でだいたいの展開が分かるところが面白い。大きなかごのホワイトデーのプレゼントをもらった若い女性が小さなかごしか持っていない友だちに自慢するシーンなど、言葉が分からなくても理解できてしまうのである。
 
そういう意味ではテレビコマーシャルもほとんど日本と変わらないのに驚く。車、ビール、ファーストフードなど、広告作りのコンセプトが同じではないかと思えてくる。紙おむつや洗剤のコマーシャルに登場する男性のふるまいなども日本と同様。ドラマにしてもコマーシャルにしても、「こりゃ、日本で言えば松嶋菜々子やん」「おお、こいつはココリコの田中直樹みたい」てな具合で、いちいちキャラクターが当てはまりそうな気がするから不思議である。顔があまりにも似ているということももちろんあるのだが、テレビ制作の基本的な考え方が共通しているような気がしてならない。
 
韓国のテレビでいま人気があるのがなんと時代劇だという。KBS(韓国放送公社)、MBC(文化放送)、SBS(ソウル放送)の各テレビ局が高麗の時代に材をとったドラマを作り、競い合っている。もともと日本のNHKのようなKBSが時代劇を放映していたが、これはやや堅苦しい内容で、中高年が多く視聴していた。ところが、最近になってMBCやSBSが面白い時代劇を作り始め、若者にも人気がある。当初、3局が同じ時間帯に放映し、競合していたが、視聴者がこれに反発したため、今では別の時間帯に放映しているという。
 
ソウルから車で1時間ほど南にある「韓国民俗村」に行ったとき、ちょうどSBSの時代劇の録画撮りに出くわした。韓国の昔の衣装をつけた7人の役者を見たのである。東映映画村の「集落」版とでもいうような「韓国民俗村」はよく撮影に使われるそうである。
 
ソウルのホテルでは韓国語のテレビ放送のほかに衛星放送のSTARチャンネルやNHK衛星第1、第2放送が映ったので、世界や日本のニュースに不自由することはない。
 
コンビニは「Buy the Way」「Mini Stop」「seven-eleven」「LG45」が多かった。ホテルの近くのコンビニでは日本のだし入り味噌やポテトチップスも売られているのだが、おにぎりはハングルで表記されているため、中身がさっぱり分からない。買ってみてから「ツナマヨだったのか」、と分かるのはつらいものである。なぜ絵がないのか。そこで、おにぎりに書かれているハングルは4文字だったり、7文字だったりするのだが、それをメモに書き写しておいたものである。
 
コンビニの雑誌をかたっぱしから手にとって眺めたが、韓国では日本と異なり、性表現はまずない。女性の水着姿が表紙になっている雑誌であっても、中はすべてクロスワードパズルだったりするのである。それにしてもハングルが読めないことには新聞も雑誌もなにも読めない。漢字や英語が少しでもあると意味が分かるのだが、と思ってしまう。大阪からわずか1時間半、飛行機に乗ってやってきたところは、日本とそっくりなようでやはり「外国」なのだという奇妙な気分にとらわれる。
 
ところで前回、韓国は日本以上にIT化が進んでいる、と書いた。インターネットを使っている人の比率も日本より高いし、ブロードバンド化も進展している。しかし、私がもっとも関心があるのは、インターネットの普及が韓国の社会にどのような影響を与えるのかという点である。
 
3月22日(土)午前11時からNHK衛星第1放送でアジアのニュース特集を見ていると、日本の国立民族学博物館(民博)の特別展「2002年ソウルスタイル~李さん一家の素顔のくらし」の舞台裏が紹介されていた。
 
李さん一家の子どもはブロードバンド化されてつなぎっぱなしのインターネットに多くの時間を使っている。また、家族のホームページも作っており、遠く離れた親戚を結びつけている。これについて民博の佐藤浩司助教授は「日本ではインターネットやケータイが家族を解体する方向でとらえられているが、韓国では逆に家族の絆を深めるように使われていることは興味深い」と番組の中で語っていた。
 
インターネットは世界の文化を均質化してしまうのか、あるいはそれぞれの社会の文化的な特性がインターネットを通じてさらに新たな展開をもたらすのか。デジタル時代の出版メディアを考える上で、この問いはとても重要に思えてくるのである。