2002-01-14
アグリゲータ・ビジネスとはなにか
IT革命とは産業革命との対比で語られる言葉であり、インターネットの普及によって一般の人でも情報をもつことが可能になった時代がここから始まったというニュアンスで使われている。
とすれば、出版メディアにおいてもこれまでの産業革命=工業化社会の延長線上にある大量生産、大量消費を前提とした産業構造自体を見直す必要があるだろう。つまり、出版物をインターネット通販によってより多く販売したり、出版業界の物流情報がデジタル化されることによって大量の出版物の流通が可能になるという考え方ではなく、むしろ出版メディアとはなにか、出版メディアがはたす社会的な役割とはなにか、という原点に立ち戻る必要があるような気がするのである。
例えば著者―出版社―取次―書店―読者というこれまでの出版流通の形も、それが物流によって制約されていたためにこのように発達したのに過ぎないのであって、出版コンテンツ(出版物の内容・出版物に書かれてある情報そのもの)をインターネット経由で入手することも可能になった今日、その優越的な立場は崩れ去っても不思議ではない。つまり、物流から情報流への変化によって中間業者の形態に変化が生まれるのである。それは単純な意味での流通の「中抜き」現象ではなく、物流の中間業者から情報流の中間業者への転換を意味する。そして、それは例えば書店と図書館の区分をあいまいなものにしてしまうだろう。
では、もう少し具体的に考えてみよう。
2001年10月、近畿病院図書室協議会が開催した「雑誌―これからの利用環境を考える」という研修会において、私は電子出版など出版メディアの変化によって図書館はどう変わるのかというテーマで話をした。
この中で私は出版メディアの変化は図書館にも大きな影響を及ぼさざるをえない。なぜならCD-ROMのようなパッケージ系の電子出版物の収集だけでなく、オンライン出版、オン・デマンド出版といった新しいタイプの電子出版物にも図書館として対応していかざるをえないからであると指摘した。
例えば野村総合研究所が刊行しているNRI ITフォーキャスト・ブックレットシリーズの『21世紀型経営の情報技術』という本の奥付には「2000年1月31日10時」と記載されているだけで、版表示がない。この本には「ITフォーキャスト・ブックレットは、オーダーをいただいてから最新の情報を盛り込んでオン・デマンド印刷・製本をする方法を採用しています。在庫をもたず、版管理をリアルタイムにおこなう、まったく新しいスタイルのブックレット」と書かれている。刻々と最新版が現れる本、それは図書館の収書・整理にとっては厄介な問題であろう。
日本図書館協会では日本目録規則(NCR)を改訂し、デジタル資料の目録化の問題に対応しようとしている。また、国立国会図書館ではCD-ROMなどのパッケージ系のデジタル出版物については収集する方針を打ち出したが、インターネット上の資源についてどのように収集していくのか、課題は多い。実際にオンライン出版という出版形態が進展してくれば、図書館はいったどうなるのだろう。すでに、学術出版物を取り扱う大学図書館や専門図書館などでは電子ジャーナルの問題が現実化しているのである。
これまで病院図書館では、医学雑誌が海外から到着すればそれを開封し、利用者に提供するために管理するということが中心であった。しかし、医学雑誌が冊子体から電子ジャーナルに移行すれば図書館は電子ジャーナルに対応せざるをえない。なぜなら、図書館員はつねに最先端の情報へ利用者を案内しなければならず、図書館司書の仕事は資料提供から情報提供に変化しつつあるからである。
近畿病院図書室協議会が2001年10月におこなった「外国雑誌の利用形態の変化に関するアンケート調査」の結果を読むと、「IT Station」という電子ジャーナル管理システムについて、「面白い企画だが、これが普及したら図書館担当者はさらに不要の存在になるのかと思ったりしています」と率直に答えているものがあった。この「IT Station」とはインフォトレーダー株式会社(旧・北尾書籍貿易)が図書館に提案している電子ジャーナル管理システムであり、このときの研修会でデモンストレーションが行われることになっていたのである。そのプレゼン資料によると、これからの図書室(資料室)に求められていることは「電子ジャーナルに代表されるようにインターネット上に存在する大量の情報中から必要な情報を整理し、情報発信基地としての役割が求められる。利用者はそこに行けば(接続すれば)、必要な最新情報が簡単に入手できる」というのである。
このような新しい中間業者は従来の書店というより、アグリゲータと呼ぶにふさわしい。アグリゲータとは、複数の出版社から提供される電子ジャーナルをインターネット上で、共通のインターフェースで利用できるサービスを提供する会社のことである。出版社ごとに個別に利用契約を結ぶ場合だと、出版社ごとに別々のID/パスワードを入力して、出版社ごとに異なるインターフェースから電子ジャーナルを検索して論文にアクセスしなければならない。その点、アグリゲータと契約すれば個々の出版社、サービスごとの操作や契約形態の違いを意識せずに論文にアクセスできるのである。
しかし、考えてみるとそのような中間業者に利用者が直接アクセスすれば、図書館や図書館員は不要になるのではないか。図書館現場の不安はまさにこのようなところにあるのである。
ところで、本当に重要な変化はじつはそれだけではない。なぜならインターネットによる出版コンテンツのオンライン・サービスなど、新しいタイプの電子出版の進展が社会的関係性の変化をもたらしていることにこそ注目しなければならないのである。このことは次回に考えてみよう。