2002-01-07
あいまいになるメディア間の境界
ポット出版の沢辺均さんからポット出版のサイトにコラムを連載しないかとの提案をいただいた。2000年8月に上梓した『デジタル時代の出版メディア』以降の動きを書かないかというのである。
実際のところ、書いた端から情報としては陳腐化していくのが、「デジタル時代」の特徴でもある。したがって、つねに最新の状況に目配りしておく必要がある。しかし、だからと言って本としての『デジタル時代の出版メディア』がすでに古くて役に立たない、とは思わない。出版メディアの変容をどのような視点でとらえるのかという現状整理のしかたについてはまだ十分に有効だと思っている。
ところで、インターネット書店「bk1」のサイトにある拙著の書評(2000年12月26日)に日本出版学会の小出鐸男・常任理事が次のように書いておられた。
「ただこうした変化の速度があまりにも早いため、本書に書かれている現状がおおむね2000年の前半どまりであることが、惜しまれる。これもまた従来型の出版物の限界とみれば、納得できるというものか。」
じつはこれは『デジタル時代の出版メディア』の電子・ドットブック版が周知されていないために起こった現象と言えよう。ポット出版から紙の本が刊行されてから2ヶ月後の2000年10月、電子・ドットブック版が(株)ボイジャーの「理想書店」で紙の本より800円安い1000円でオンライン販売されているのである。
電子・ドットブック版では索引から300箇所以上のウェブページへリンクをし、クリックするだけでそのホームページを開くことができるようになっている。また、私がもう少し勤勉であれば、この電子・ドットブック版Ver.1.0はテキストにおいても最新の状況を追加しながら、Ver.1.1や Ver.1.2そしてVer.2.0といつまでも完結しない書物としてまるで生き物のように進化を遂げ続けることもできるのである。
ところで、最新情報の更新という時系列的なことがらにあまり目を奪われるとつい忘れがちになるが、現在、出版メディアにおいて特徴的なことはむしろメディア間の境界があいまいになるという横への拡がりの問題であろう。
だからこそ、出版業界ではないところからも、『デジタル時代の出版メディア』を読んだと言って講演の話が舞い込んできたりするのだと思う。
朝日新聞社の共同研究プロジェクトである電子メディア研究会では奥野卓司氏(関西学院大学社会学部教授)と岡田朋之氏(関西大学総合情報学部助教授)の社外研究者と朝日新聞記者が若年層のメディア接触を中心に勉強会を続けているが、2000年10月、私はここで出版メディアのデジタル化と若年層の読書実態について話す機会を奥野さんによって与えられた。
また、2001年1月、イトーヨーカドーグループの伊藤謝恩育英財団の「小売イノベーション研究会」でマーケティング・流通分野の若手研究者を対象に電子メディアと流通の問題について話した。
あるいは、大学図書館問題研究会京都セミナー「ネットワーク環境下における図書館サービス」が全5回にわたって開催されたが、2001年4月の第1回セミナーで出版業界におけるデジタル化の動向について話した。続いて、2001年8月には大学図書館問題研究会の全国大会でも「出版流通」の分科会のゲストとして講演。
さらに、2001年10月には近畿病院図書館協議会の「雑誌―これからの利用環境を考える」というテーマの研修会では電子ジャーナルとアグリゲータ・ビジネスの動向について話したのだった。
このようにさまざまな領域の人々が出版メディアのデジタル化がもたらす大きな変化に関心を寄せている。もちろん出版業界内からの反応もたくさんあった。しかし、とくに新聞社や図書館といった組織においてインターネットが爆発的に普及してからというもの、出版業界ときわめて似通った問題意識を持ち始めているという印象を私は受けたのである。
例えば、朝日新聞社の電子メディア研究会は電子メディアの普及で紙の新聞はどうなるのかがメインテーマであるが、その背景にはとくに新聞が若年層に読まれていないという危機感がある。ケータイ世代は新聞を購読しないということが数字の上からも明らかになってきているからである。
また、近畿病院図書館協議会に加盟する病院図書館司書のうち、少なからぬ人々は医学雑誌の電子ジャーナル化によって、医師や職員などこれまで病院図書館の利用者であった人々が直接、ネット上で医学情報を入手し、図書館や司書が不要になるのではないかという危惧を抱いていた。
新聞、放送、通信、映画、出版といったメディアがコンテンツ産業という観点から再編成されつつあるという状況認識を持つ人々にとっては、「紙の本はなくならない」と言ってみてもなにも言わなかったのと同じである。
情報とメディアの関係はどのように変化していこうとするのか。そのことを次回からのコラムでさまざまなトピックスを取り上げながら考えてみたい。