2004-11-12

こうして会社を辞めました・2

前回の続きです。
 
…ヒラ取締役で営業部長。僕は会社の代表ではなく、彼のもとで働いていた、という気持ちが強かったです。経営側と現場の両方に足を突っ込んでいる立場の人で、子会社発足当時から、実務的なことは彼が行い、代表は余所から呼ばれた一(いち)出資者に過ぎませんでした。子会社の宿命なのでしょうか、親会社が経理処理に立ち入ってくることが度々あり(恐らくそれがエスカレートしたため)代表権を持っている出資者が事態を見かねて乗り込んできたと。大手商社をリタイアした爺さんで、もともと親会社の顧客、不動産実務については全くの素人で、お金の流れに目を光らせているだけの代表でした。ただし、親会社の社長とは高校の同期という間柄でもあり、対等に渡り合える人物ということで、会社代表としては上手く機能していたようです。
 
それも、会社が上手く運んでいるうちはいいのです。偉そうな態度やパイプの強烈な臭いさえやり過ごせば実害はありません。問題は、シナリオが狂い、販売不振という事態に直面したときに、何一つ手が打てなかったこと。社員に対しても、取引業者に対しても、販売不振につき支払えません、と言い続ければ済む、と考えていた(としか思えない)ことです。しかも業者からの催促の電話には一切応じることがありませんでした。
 
辞めた当初は“約束違反で、責任を果たさないヒドい雇主”ということで、法的な責任をどこまで追及できるだろうか、ってことばかり考えていました。けれども、僕の中では所詮お飾りに過ぎないひとだったワケだし、裏切られたというような感情はありません。また、実務を担当していた営業部長はホントによく働くひとだったし、このひとにあれこれ要求する気ももともとありません。
 
ただ泣き寝入りはあまりにもバカげているので「未払給与の立替払い制度」で救済してもらえないかなあと。そこで早速、労働基準局へ赴いたワケです。僕の場合、これが認められたとしても、総額の3分の1なんですけどね。しかも、沢辺さんからは「臨時収入」と見られており、何だか複雑です。