2009-01-30

手作りの情報サービス戦略①(たぶん全4回)

最新の情報は、RSSリーダーがあるので比較的収集し易いが、ちょっと前の情報を探そうとなると、これは案外難しい。
例えば「○○について最初に言及したのは誰で、いつだったか?」というのを、文献だけでなくネット上の情報も含めて探そうとなると、意外に手間取る。

2~3年前から、Firefoxのアドオンを使い、Amazonの書籍情報に図書館の所蔵情報を追加するユーザースクリプトが、ネット上で幾つか公開されている。
2005年10月発行の「最新WebサービスAPIエクスプローラ」Software Design編集部(技術評論社)に、Amazonで図書館の蔵書を検索するスクリプトが掲載されたので、それがひとつの契機となって普及したのかもしれない。
一部の図書館関係者は、かなり早い時期にこれに気付いていたが、セキュリティ面で難しい部分があったため、公共性の高い施設で提供するのはリスキーという認識が一般的だったと記憶している。

その後、ブラウザの検索バーからOPACを検索する仕組みが登場しているが、こちらに関しては農林水産研究情報総合センターの林さんがトップランナーだったのではないかと思う。

この「朝焼けの図書館員」に以前書いたiGoogleガジェットもそうけれど、こうした図書館サイト外から直接OPACを検索できる仕組みは、利用者がわざわざ図書館サイトを訪れる手間を省いてくれる。
これは、図書館の窓口を利用者の身近な場所に置くことにもなる。
こうしたことが、特に予算を確保せずとも図書館員自身の手でできるようになっている。

無料貸本屋を脱し、情報サービス機関色をアピールする好機が到来したんじゃないかと個人的には思う。

しかし、そういうことに関心を持っている公共図書館員が、どれくらいいるのだろう?
もちろん別の方向で、次の手を模索しているのだとは思う。

だがそれにしても、学生や研究者、大学・専門図書館の人ばかりがこういった方面で活躍し、公共図書館員がなかなか現れないこの状況は、同じ情報サービス機関として何とも寂しい気がしている。

2008-12-11

図書館総合展雑感

随分と時間がたってしまったが、今年の図書館総合展の感想。

今回は時間の都合でフォーラムに参加できなかったので、図書館退屈男さんにご挨拶に伺い、あとは幾つか気になるブースを覗いてきた。

東京の自宅から2時間かけて出勤し、3時間勤務して、そこから3時間かけてたどり着いたパシフィコ横浜。到着したのはもう16:00頃だった。

主催者発表によると年々若干ずつ入場者は増えているそうだが、フォーラム参加者は増えても、出展ブースを見て歩く人は数年前と比べると減っているように感じられた。
恐らくフォーラム会場と展示会場が離れていたから、余計にそんな印象を受けたのだろう。出展者(スポンサー)にとっての魅力が減らないよう、出展者と参加者双方のニーズを汲んだ動線を考えるとか、会場に何か工夫した方がいいんじゃないかという気がした。

あまり時間がなかったので、図書館システム関連のブースを中心に見て回っただけだが、景気のせいか、ハードウェアは全体的に去年とそれほど変化がないように見えた。
それに対してソフトウェアは、今のネット社会に図書館をどう融合させようかと試行錯誤している感じがして、今後どうなっていくのか興味深いものもあった。

そんな中、残念ながらマイナスの意味で気になったシステムがあった。
館外の情報源に利用者を導く機能が、10年くらい前からまるで進歩していないのだ。
そういうシステムがまだ販売されていて、しかも結構普及しているというのだから驚く。
多くの図書館員がそれを選ぶのは、何を決め手としているのだろう。
システムに対する知識や関心が低いのか、システム選定に口を出せない状態にあるのか、それともそもそも図書館に司書がいないのだろうか。
ともかくこれでは、利用者に「図書館の情報サービスなんてこんなもんだよ」と思われかねない。

ひょっとしたらそのメーカーは、情報アクセス支援機能は図書館パッケージシステムの守備範囲外だという判断から、敢えてそうしているのかもしれない。
多くのシステムは、いかに利用者を外部の情報源に導くかに腐心する一方、外部リソースの活用から更に考えが一歩進んで、OPACへの導線をCiNiiやiGoogleといった外部に求める流れも話題を集めている。
そんな文脈から、横断検索で外からOPACが検索される際の検索漏れをどうするかといった話が出てくるなど、もうどんどん先に進んでいる。

確かに、普段使っている茨城県図書館情報ネットワークシステムの横断検索では見つからなかった資料が、個別の図書館OPACでは容易に出てくるケースがよくある。
以前はこれを、各館OPACの仕様の違いを吸収できない横断検索システムが悪いんだと思っていたが、iGoogleなどを考えると個々のOPAC側をどうにかしないとダメなんだということに、最近気づかされた。
旧態依然とした図書館サイト中心の発想から、外からデータを見つけてもらえるよう開放的なモデルに進化していくには、確かにここが1つの関門だろう。

レファレンス管理やAVブース管理のような、他の何かで代用できるものよりも、OPACを構築する各メーカーにはこうした部分こそ本当に考えて欲しい。

図書館システムといえば、今回一番気になっていたのがProject Next-L。
何とかフォーラムに行きたかったけれど、仕事の都合で泣く泣く断念した。
ああいったユーザーサイドからのボトムアップで仕様を決めていくプロセスは見ていて面白いと思う。
株式会社まちづくり三鷹が、Ruby言語で図書館システムを開発したというので説明会に行ってきた時にも感じたことだが、大メーカーのように過去の資産に縛られない、新しい設計思想が出てくるのは喜ばしい。

あとは、オンラインデータベースのブースを見ていてちょっと思ったことがあったのだけれど、それについてはもう少し考えて、[本]のメルマガ2009/1/15号に書いてみようと思う。

2008-11-30

『す・ぼん14』への反応

去年の夏以降、『[本]のメルマガ』や『ず・ぼん14』に貸出履歴を使ったレコメンドサービスや、蔵書を中心としたブクログのような機能について書いてきた。
これらの内容について、研究者や専門図書館員、図書館利用者などからポジティブな感想を頂いており、昨年度の計画の頓挫を惜しんで下さる方も少なくない。

一方で、公共図書館員からは何の反応もない。
現職の市立図書館副館長の発言としてどう思うのか、公共図書館員の感想や意見が聞けたらと思うのだが。
それでも、あの構想は正しいと支持して下さる方が少なくないということがわかり、役所に計画を阻まれ、公共図書館界の反応もないという状況下で、非常にありがたく勇気づけられた。

先日開催された、今年の図書館大会では『「Web2.0時代」における図書館の自由』と銘打ち、発表や討論が行われた。
ここでも公共図書館での貸出履歴活用などを語る場に、肝心の公共図書館員は1人も登壇しなかったと聞く。

サービスの現状維持も難しく、崩壊を食い止めるのが精一杯な状況で、理想を考える余裕などないという公共図書館員の話を聞くこともある。
積極的に情報収集する気にならないのかもしれない。
あるいはそういった発言に気付いていても、論理的に考え議論をすることを、ハナから無駄なことと諦めている人が多いのだろうか。
いずれにせよ、同じフィールドから何の反応もないのは、やはり残念に思う。

研究者による研究成果ももちろん参考になるのだが、専門職を自認するならば、現場で働いている各館の司書の集合知から新しいサービスが幾つも発案された方がいいんじゃないかと僕は思っている。
だが、僕の原稿に限らず、新しいサービスの提案に対する公共図書館員のリアクションを見ていると、まだまだ道は険しいように思える。

もう1年近く前のことになるが、公共図書館での貸出履歴活用といえば、練馬区立図書館が貸出資料の汚破損対策で履歴情報を13週間保存することにしたというのが話題になった。
これは資料保護を前面に打ち出すことで履歴保存を可能にしておいて、その先で何か面白いことができる可能性を手にしたと考えることもできるだろう。
実際には、現場の意に反して上層部が履歴保存を決定しただけかもしれないが、その状況を逆手に取ることもできるだろう。
こんな具合に、意外な形で突破できる機会が訪れることもある。
だから、サービス革新への意欲と情報収集は欠かしちゃいけない。

2008-10-17

『ず・ぼん14』 ~ その後のこと

 「ず・ぼん」で強調し忘れたこと。

 掲載された次期システム構想が中止になったのは、財政上の問題だけだった。
 事前に確保していた予算を執行できなかったためであり、貸出履歴の利用が問題になったわけではない。

 公共図書館でのレコメンドやブックリストはデータの蓄積が肝なので、利用者数が多いほど機能は上がる。大都市など利用者が多い図書館ほど効果的だろう。
 極端な話、コミュニティの規模が小さいと、例えば「街の歴史を調べているのはAさんで、金融の本を読むのはBさんかCさんだろう」という具合に、多くの図書館利用者同士が顔馴染みという状況もあり得る。
そんな状況だと、いくらシステムが完璧でも、個人の読書履歴までなんとなく見通せてしまう可能性はあるかもしれない。
だから、こういったシステムが初期から有効に機能するには、どうも自治体規模の下限というのがあるような気はする。
 もっとも、書店は流通しているフローだけを扱うのに対し、図書館は絶版本も雑誌バックナンバーも含むストックも扱っているので、数十年単位でデータを蓄積することにこそ価値がある。長期間に渡って貸出履歴やブックリストのデータを蓄積していけば、利用登録者が2万人足らずの市立図書館であっても、システムリース期間の4~5年の間には十分に有意義なものに育てられるという判断から、この計画を進めてきた。
 利用者自身が自分の読書履歴を把握でき、その本にいつでも再会できるというのが、図書館でこうしたことを行う最大の利点ではないかと思う。

 実は同業者から今までに「レコメンド機能はノイズが増える。どうしても必要な機能かというと疑問だ。」という意見を聞くこともあった。
 だが、資料紹介やテーマ展示などの延長で考えれば、こういった提示の仕方も有意義だと思うし、資料照会の一部をシステムに任せてしまうことで、資料研究や資料のデジタル化、雑誌目次データ入力などに力を入れていく考えだった。
 資料費を削ってシステム費に回してまで、どうしても実施したかったのかというと、そこは考えどころだが、僕のところでは、いま現在稼動しているシステムよりも1割安い費用で実現できる範囲で最大限のことを考えた結果、ああいう話になったのだ。

 利用者が生み出すデータを図書館が蓄積して、それをサービスに活用するというサイクルを、時間をかけていろいろ検討してきた成果を今年の春から実現して市民に還元できなかったことは、残念だったという思いは強い。
 だが、このままお蔵入りにしてしまうよりは、どこか別の図書館の役に立ててもらえた方がいいということで、「ず・ぼん14」ではこの段階で出せるものは隠さず出すことにした。

 次期システム構想が中止となった後、こちらでは公共図書館と市内の学校図書室のシステムをトータルで見直すという話が出てきている。
 全体でのコストダウンが大前提の話なので、どこまで公共図書館側の要望が実現できるのか、客観的に見るとあまり見通しは明るいとは言えない。
 ただ、このプロジェクトのリーダーに『ず・ぼん14』の記事を読んでもらったところ、公共図書館サービスをシステムによってパーソナライズ化するという考え方には賛同してくれている。だから一度には無理にしても、少しづつ評価を繰り返しながら、段階的にあの機能に近いものが実現できる可能性は残されている。
 新しいプロジェクトの立ち上げなので、それなりに時間のかかる話になる。
まず現段階では、公共図書館のシステムリプレイスはさらに1年先延ばしが決定しているので、第一段階は早ければ2010年に実施する予定になっている。

 つくづく思うのだが、現場はアイディアは出せてもお金を出せるわけではない。そう思うと自主財源の確保を真剣に考えたくなってくる。
  サービスの有料化や図書館運営基金の設立は真剣に考えても良いと思うし、やり方しだいでは、地元企業にスポンサーになってもらうアイデアも浮かんでいる。いっそネーミングライツみたいなことまで考えても良い時期に来ているんじゃないかとも思う。

2008-09-18

行政サービス≠図書館サービス

行政サービスは、基本的には地域のライフラインに関わることや、福祉・医療・教育などを、漏れなく安定供給することに主眼を置いている。

普段そういう意識で仕事をしている行政職員が、公共図書館サービスを考えると、地域のすべての人に対して平等に、という点を特に重視する傾向がどうしても強くなる。
公共図書館が国民の知る権利を保障する装置である以上、それは当然必要な感覚なのだが、具体的な図書館サービスを他の行政サービスと同じ感覚で進めようとすると、おかしな話になってくる。

行政サービスの目線で公共図書館の課題を考えると、今ならば自治体内の広域サービスの実現や、住民参加による図書館運営へのシフトなどが、比較的重要視されやすい。
もちろんそれらは必要なことだが、それが現在の図書館サービスの中心的な課題かというと、どうも的外れのような気がする。

そもそも行政サービスと図書館サービスとでは、平等という言葉の意味するところが違っている。
図書館サービスは、利用する権利は平等であっても、結果として全員が均等に利用することを目指しているわけではない。
図書館機能を利用したいという人に対し、どれだけ質の高いサービスが提供できるかが、あくまで中心的な課題だ。

一般に、間口の広い行政サービス的な姿勢に慣れた人ほど、図書館サービスに量を求める考え方が強く、質を問う姿勢が不足する傾向が強いように感じる。
だが、図書館サービスは広く浅いサービスを目指すのではなく、狭く深いサービスに進化していくものだと明言しなければ、毎年人も予算も減るのだから、どんどん薄味なサービスになってしまう。

例えば極端な例えだが、1つの中央館と3つの分館を2人で運営したとする。
各館半日ずつ開館させることもできるかもしれないが、それでは選書もレファレンスも直接的な利用者サービスも広報も、全部が中途半端になる。
それならば、レファレンス能力を始めとした情報サービス機能を維持・向上させるために、分館3館を閉鎖し総力を中央館に集中させつつ、郵送貸出の予算を確保する方が良いかもしれない。
広域サービスのためには3つの分館が必要だという量的な側面ばかり見ていると、4館すべての質が下がり続けてしまう。

ここまで言ってしまうと極端だが、大なり小なり似たような実例はいくらでもある。

資料購入の予算を大幅にカットして、市民の寄贈で賄うという方針の自治体も現れたが、7/14の朝日新聞には、たくさん本が集まったのは良いが、汚れや傷みが目立つ本や、内容の古い専門書や事典などが多く、最終的に本の廃棄を代行しているような公共図書館が増えているという記事が掲載されていた。
これは質を問う視点が欠けていた結果、サービスに直結しない無駄な仕事が増えた上に、余計なコストがかかってしまった事例といえるだろう。

潤沢に予算がある間は顕在化しなかったのだろうが、真冬に丈の短い毛布を被っているような規模に見合わない予算になってくると、どこをどう切ったり、どう薄めたりすれば良いのかという判断が必要になる。
そこで必要なのは、行政的なバランス感覚ではなく、思い切った戦略の転換だろう。

だから、長期的に図書館の質を問い続けられる人材に舵を預けた方がいい。
そうでないと、図書館の寿命が縮んでしまってもおかしくはないと思う。

2008-08-13

サイエンスコミュニケーション

 「サイエンスコミュニケーションと図書館」*という長神風二さんの論文に興味を持った。

サイエンスコミュニケーションというのは、

「研究者,メディア,一般市民,科学技術理解増進活動担当者,行政当局間等の情報交換と意思の円滑な疎通を図り,共に科学リテラシーを高めていくための活動全般」

と文部科学省科学技術政策研究所が2003年に定義しているそうだが、これでは何のことやらピンとこない。

だが、そうした活動の象徴的なものが、最近良く見かけるサイエンスカフェだといわれるとよくわかる。
最近増えてきた、科学者・技術者などが喫茶店などで、科学技術の話題をめぐって市民と語り合うイベントのことだから、研究者と社会との接点を作りして相互理解を進めましょうという方向性の話だ。

この論文で氏は

「図書館・図書館員は,人々が今知りたいこと,科学技術にこれから明らかにしてほしいこと,科学技術に対して自制してほしいこと,などを声として形にし,科学技術を担う側の人に提示できる役割を担えるか検討してみよう。」

と提案しているが、これは結構大きな意味を持っているような気がする。

要するに、図書館は利用者の要望に応じた情報提示から一歩進んで、社会と科学との橋渡しを視野に入れて欲しいということだと僕は受け取った。

地域の情報拠点といった看板を掲げる図書館は数多い。
だが、あくまで資料と利用者の関係を仲介するのが司書の仕事だという認識が普通だろうと思う。
講師を招いて起業セミナーを開くような試みはよく見かけるが、ここで言われているのはそういうことではない。
資料紹介にとどまらず、現役の研究者と市民とを直接仲介するような機能も、図書館が内包したらどうですか?ということだ。

サイエンスコミュニケーションという言葉から、何となく医学や天文学や物理学などをイメージしやすいが、人文科学だって社会科学だって同じことだろう。だから、例えば文学や郷土史も十分テーマになり得るように思う。

研究者と図書館利用者のコミュニケーションによって、社会から学問に対する要望を伝達し、再び研究者が利用者に情報を提示するといったサイクルが、図書館で確立できるとしたら、それはすごく面白いんじゃないかと思う。
そんな学問と市民の結び目となるような機能を持ち、そんな情報を各図書館が共有するようになれば、地域の情報拠点という看板にようやく追いつけるのかもしれない。
具体的にどうするという前に、まずは明確にこういう意識を持つことから始めることが大事じゃないかという気がする。

*「情報管理」Vol.51, No.5に掲載

2008-07-26

教室を書庫に

 図書館は原則として、蔵書として登録した本はそのままずーっと所蔵し続ける。

 だが実際のところは、図書館を利用している多くの人が知ってのとおり、保管場所がないために定期的に配布したり廃棄処分にしている。
 まとめて他の図書館に譲る場合もあるが、いずれにせよ毎年新しく入ってくる本の置き場を確保するため、常に図書館の本は間引かれている。

 一般に間引かれる本は、ひどく破損・汚損していて補修不能なものや、旅行ガイドみたいな古くなると利用価値がなくなるものが真っ先に対象になるが、それだけでは十分なスペースを確保できるわけではない。
 だから、買ってから何年経ったとか、長い間利用されていないとか、除籍条件をそれぞれの図書館で決めた「除籍候補リスト」をつくっている。
 その中から、司書が「これは絶対に除籍しちゃダメだ」と判断したものを除いて、あとは機械的に除籍してしまうのが普通のやり方だと思う。

 こういう状況を見ていると、いっそ置き場がないから新しい本は買わないという考え方もあっていいんじゃないか?なんて思ったりもする。

 幸い僕のところでは、まだまだ書庫に余裕があるので、開館以来一度も大々的な除籍はやっていない。恐らくあと5年以上、本の置き場に困ることはないが、書庫が溢れる前に対策を考えなければ、やはり毎年購入する分だけ廃棄して場所を確保するというサイクルに入ることになるだろう。
 そこで、将来的には小中学校の空き教室を書庫に使わせてもらえるよう、早めに話を進めてみることにした。
 既に、僕のいる市立図書館ができる前からあった公民館図書分室の児童書を、書架ごと幾つかの学校に分散配置したことがあるので、こうした話が比較的通りやすい状況でもある。
 教室に集密書架を入れて、何万冊も置こうとすれば、床の補強工事やら何やら大変な費用がかかってしまう。そこで、使用する教室数を増やして分散配置し、なるべく工事費がかからないようにしたいと考えている。
 少子化でどんどん増えていく市の小中学校の空き教室を、そうして活用すれば、各拠点と公共図書館との間に人や資料の流れが出てくる。
 それを足がかりに公共図書館の学校支援機能を充実させるとか、自治体内の広域サービスに繋げるといった展開も考えられる。
 昨今の物騒な事件の影響で、小中学校を一般に開放することに否定的な風潮もあるが、日曜日の校庭開放のように、施設そのものを一般に開放する動きは健在なのだから、十分に実現できるだろうと思う。

 ところで地方自治体の内部にある一般論として、自治体にはその規模に応じて必要十分な蔵書量を揃えれば良いという考え方がある。

 そんな考え方の根拠は、文部科学省の「公立図書館の設置及び運営上の望ましい基準」の報告書に記載されている数値目標だと思っていたが、実はそうではない。むしろ隣の自治体と比較してどうかという、横並び意識から出てきた考え方のようだ。
 確かに考えてみれば、大勢の行政職員がそんなマイナーな図書館の基準を知っているとは思えない。
 これはもう、本当に単純な横並び意識なのだから、本を廃棄せず蔵書数が増えて続けると、隣町と比べて充分に本が揃ったということになったとされてしまうのだ。
 そうなってしまうと、即座に図書購入予算を削りにかかることさえ十分考えられる。
 そんな環境に置かれた図書館が、本を買う予算を維持していくには、本を捨てて蔵書数を減らすのが手っ取り早いのだが、だからといって大量に本を廃棄することは図書館の使命を放棄するようなもの。
 姑息なようだが、帳簿の上では蔵書数を減らしつつ、黙って資料を保管し続けるのが、精一杯の抵抗ということになるのかもしれない。

 実際に、上層部で廃棄処分と決められた資料をどうしても捨てられず、黙って保管しているという公共図書館員の話を何度か聞いたことはある。
 そのように、担当者が異動になればお終いという非常に危うい状況で、細々と資料を保管している例は多い。

 こうした状況で現場にできることといえば、埋もれた資料をできるだけ表に出して、広く知ってもらうことだ。
 こんな資料がありますよと、様々な方法でとにかく伝えていくことが、地道だがもっとも図書館らしく効果的な取り組み方じゃないかと思う。
 せっかく収集した貴重な資料を廃棄せずに済む環境の確保や人材配置を、首長・議員・役所が明確に意識できるかどうかで、この先10年間で失われる資料の量は大きく違ってくる。
 それはよくわかっているが、図書館屋がひとりでロビー活動したところで、あまり効果的ではないだろう。
 やはり司書は司書なりに、図書館の機能を広く知ってもらえれば意識が変わると信じて、地道な情報発信で支持を得ることを目指すのが、最善の方策なのだろうと思う。

2008-07-06

図書と雑誌の違い

 今回は、図書館関係者以外にはあまり知られていない雑誌のデータ管理について、事例を幾つかあげてみたい。
 図書館でいう「図書」と「雑誌」は、出版流通での扱いと同じとは限らない。

  • 雑誌として出版されていても、毎号続けて受け入れず、特に1冊だけ登録する場合は「図書」として扱う。
  • 購入予算が図書費ならば「図書」、雑誌費ならば「雑誌」とする。

などと、各図書館によって何らかの規則があるので、同じものでも館ごとに扱いが違うこともよくある。

 図書扱いか雑誌扱いかによって、図書館での配架場所や貸出規則、保存方法なんかが違うばかりでなく、システムでのデータの扱いもまったく別になっている。

 図書か雑誌かを、予算費目で分けるような場合は、同じ雑誌の臨時増刊だけが図書扱いになってしまうこともよくある。
 例えば、「週刊東洋経済」の雑誌書誌について。毎週発行されるもの以外に臨時増刊として「現代用語の基礎知識」並に分厚い臨時増刊が時々出る。
 この臨増号にも通しの巻号がついているが、単価が1万円以上するものもあるので、それだけは例外的に図書扱いとしている図書館が非常に多い。
 その結果、雑誌としての「週刊東洋経済」は、臨時増刊号のところだけが欠号になってしまう。
 図書・雑誌両方で臨増号のデータを登録すれば済みそうなものだが、そうすると1つの資料を二重登録することになり、後々のデータ管理がややこしくなる。
 手軽にデータ同士をリンクさせて、これらをまとめて扱えるような図書館システムは、今のところ見たことがないし、毎回無理に手作業でカバーしようとすれば、ミスが生じてしまうだろう。
 ちなみに僕が以前いた大学図書館の「週刊東洋経済」の所蔵データで見ると、すべて雑誌扱いなら、所蔵巻号は「2977-6150+」だけで済むところ、臨増号を図書扱いにしたことでこんなことになっている。

所蔵年次:1960-2008
所蔵巻号:2977-2981,2983-2988,2991-2997,2999-3003,3005-3019,3021-3048,3050-3063,3065-3103,3105-3116,3118-3143,3145-3154,3156-3160,3162-3170,3172-3179,3181-3193,3195-3199,3201-3213,3216-3230,3232-3256,3259-3261,3263-3277,3279,3281-3282,3284-3295,3297-3343,3345-3353,3355-3356,3358-3366,3368-3396,3398-3416,3418-3430,3432-3456,3458-3464,3466-3467,3469-3472,3474-3479,3481-3495,3497-3516,3518-3521,3523-3530,3532-3541,3543-3545,3547-3558,3560,3562-3582,3584-3617,3619-3625,3627-3651,3653-3655,3657-3673,3675-3693,3695-3703,3705-3722,3724-3728,3730-3748,3750,3752-3755,3757-3766,3768-3777,3779-3798,3800-3811,3813-3828,3830-3837,3839-3842,3844-3847,3849-3857,3859-3869,3871-3877,3879-3896,3898-3908,3910-3913,3915-3924,3926-3938,3940-3946,3948-3964,3966-3973,3975-3979,3981-3991,3993-3998,4000-4010,4012-4033,4035-4048,4050-4053,4055-4058,4060-4063,4065-4069,4071-4079,4081-4104,4106-4113,4115-4119,4121-4127,4129-4141,4143-4152,4154-4173,4175-4185,4187-4188,4190-4192,4194-4200,4202-4217,4219-4221,4223-4230,4232-4260,4262,4264-4266,4268-4274,4276-4292,4294-4309,4311-4332,4334-4335,4337-4341,4343-4347,4349-4360,4362-4368,4370-4372,4374-4385,4387-4410,4413,4415-4416,4418-4427,4429-4445,4447-4449,4451-4474,4476-4484,4486-4489,4491-4497,4499-4500,4502-4507,4509-4521,4523-4547,4549-4557,4559,4561-4564,4566-4569,4571-4572,4574-4579,4581-4592,4594,4596-4598,4600-4614,4616-4627,4629,4631,4633-4638,4640,4642-4645,4647-4660,4662,4664-4680,4682-4692,4694-4695,4698-4700,4702-4703,4705,4707-4711,4713-4714,4716-4718,4720-4729,4731,4733-4749,4751-4758,4760,4762,4764,4766-4770,4772-4773,4775-4780,4782-4786,4788-4793,4795-4796,4798-4801,4803-4818,4820-4822,4824-4825,4827-4829,4831-4839,4841-4846,4848-4849,4851-4855,4857-4858,4860-4862,4864-4865,4867-4868,4870-4884,4886-4894,4896-4899,4901-4905,4907,4909-4910,4912-4915,4917-4920,4922-4927,4929-4930,4932-4933,4935-4949,4951,4953-4961,4963-4974,4976,4978-4981,4983-4989,4991-4998,5000,5002-5003,5005-5018,5020,5022,5024,5026,5028-5030,5032-5036,5038-5040,5042-5046,5048-5050,5052-5055,5057,5059-5061,5063-5066,5068-5076,5078,5080-5086,5088,5090-5098,5101-5111,5113-5120,5122,5124-5128,5130-5131,5133-5139,5141-5149,5151-5154,5156-5157,5159-5162,5164-5170,5172,5174-5182,5184-5191,5193-5195,5197-5201,5203,5205-5209,5211-5212,5214-5217,5219,5221-5222,5224-5238,5240,5242,5244-5250,5252-5257,5259-5261,5263-5270,5272,5274-5277,5279-5282,5284-5288,5290,5292,5294-5309,5311,5313,5315-5319,5321-5329,5331-5332,5334-5338,5340-5342,5344-5347,5349-5351,5353-5356,5358,5360,5362-5377,5379,5381-5382,5384-5389,5391-5400,5402-5405,5407,5409-5414,5416-5422,5424-5426,5428-5429,5431-5433,5435-5438,5440-5442,5444-5450,5452-5454,5456-5460,5462-5469,5472-5474,5476-5481,5483,5485-5487,5490-5491,5493-5495,5497,5500-5503,5505-5506,5508-5518,5520-5522,5524-5526,5528,5530-5537,5539,5541-5550,5552-5555,5557-5559,5561-5564,5566-5571,5573,5575-5589,5591-5592,5594-5598,5600-5604,5606-5610,5612-5625,5627-5633,5635,5637,5639-5640,5642-5643,5645-5649,5651-5659,5661-5677,5679-5685,5687-5691,5693,5695-5700,5702,5704-5709,5711-5720,5722,5724-5741,5743-5749,5751-5755,5757,5760-5761,5763-5765,5767,5769-5784,5786,5788-5803,5805-5811,5813-5818,5820,5822-5823,5825,5827-5829,5831,5833-5850,5852-5856,5858-5870,5872-5879,5881-5887,5889,5891-5892,5894-5896,5898-5899,5901-5904,5906-5914,5916-5918,5920-5937,5939-5944,5946-5953,5955,5957,5959-5961,5963-5964,5966-5968,5970-5979,5981-5982,5984-6001,6003-6008,6010-6017,6019,6021-6025,6027,6029-6031,6033-6043,6045-6054,6056-6063,6065-6068,6070-6078,6080-6083,6085-6091,6093-6097,6099-6102,6104-6107,6109-6115,6117-6124,6126-6130,6132-6139,6141-6145,6147-6150+

 これならいっそ、欠号のみの表示をした方がいいかもしれない。
 こんな具合だから、仮に図書館利用に慣れた人がOPACで探した場合でさえ、5593号は図書館に所蔵していないと見なしてしまったり、図書館員でも不慣れな職員ならば「ありません」と回答したり、他の図書館から複写を取り寄せようとしてしまうだろう。
 実際には、5593号は臨時増刊なので、雑誌ではなく図書として自館で所蔵している可能性もあるので、注意が必要だ。
 これは、この場合の図書館が特にダメだということではない。NACSIS Webcatで所蔵館一覧を見れば、どこも似たような状況だということがわかる。http://webcat.nii.ac.jp/cgi-bin/shsproc?id=AN00169927

 また2つ目の事例として、「盆栽世界」と「陶遊」について。
 この場合は、同じ出版社から出ている2つの雑誌が巻号を共有している時に起きる。
 「盆栽世界」は、600,602,604と偶数号が出ていて、「陶遊」は599,601,603と奇数号が、巻号を共有しながら交互に発行されている。これらの雑誌所蔵データを見ると「盆栽世界」の奇数号と「陶遊」の偶数号は、全部欠号という表示になってしまう。
 さらに困ったことに、合冊製本した場合の現物の背の表記も、599-603と書くとウソになるので、599,601,603とすることになり、かなり奇妙な具合になってしまう。
 いっそ「盆栽世界+陶遊」とでも背に表記して、まとめて製本したいところだが、異なるタイトルの雑誌を合冊製本して管理できるシステムは、僕の知る限り存在しないようだ。
 口頭で説明できれば、ごくごく簡単なことなのに図書館システム上だとこんなにややこしく、悩ましいことになる。

公共図書館システムでは異なる雑誌の合冊製本管理ができるものもある。
だが、単にモノとして管理できるだけで、タイトルごとに所蔵巻号を管理する機能はついていない。
今のところ、ほとんどの公共図書館システムは、雑誌はすぐに捨てるという前提でつくられている。
敢えて公共図書館が雑誌の長期的な管理を考えようとするならば、仕組みをゼロから考えてつくるよりは、長期保存が当然とされている大学図書館システムの方式を取り入れてしまう方が良い。
その大学図書館システムの書誌・所蔵データは、ほぼ例外なくNACSIS-CAT準拠となっていて、統一されたデータ記述によって図書館間の資料相互利用などに役立てている。
公共も雑誌を長期保存するならば、この記述を踏襲することで大学図書館との相互利用も視野に入れた方が、資料の分担収集という点から考えても良いだろうと思う。

 それから他にも、巻・号・通巻の付け方の問題というのもある。
 ほとんどの図書館システムでは、1冊1冊の雑誌の巻号は最大で3階層まで管理できるようになっている。
 つまり、巻・号に加えて通巻や分冊なども管理できるわけだが、それはあくまで物理単位での話。
 先に「週刊東洋経済」の例で書いたような、タイトルごとの所蔵巻号をまとめて管理する場合には、どのシステムもNACSIS-CATの規則に従って、巻号を2階層に丸めるようになっている。
 だから例えば、1巻1号のパート2はあってもパート1がない場合には、1巻1号全部が欠号となってしまう。こうしないと、OPACを見た人が1巻1号パート1を求めて遠路はるばる来館してしまうことも考えられるから、NACSISのルールに準拠する限り、これはこれで仕方ないのだろうが、逆にパート2を探しているという人にとっては困った話だ。
 実際に、法律関係の雑誌でシリーズ番号のように巻号を扱っている例があって、どうにも管理できずに困ったことがある。
 確か、通巻が付いている上に、民法関係は「その1」、商法は「その2」みたいな具合になっていて、しかも「その×」以下に枝番がつくという具合だった。

  ~こんな感じ~

  • 通巻10 その1-1
  • 通巻11 その2-1
  • 通巻12 その1-2

 これだと、「その×」の中の1冊でも欠けた場合、データ上「その×」を1冊も持っていないことになってしまうのだ。
 果たしてそんなことで良いのかと、結構悩んだものだ。

 他にも、5年くらい前の図書館システムでは、巻号は最大4桁までで、0巻と0号は入力できない仕様のシステムが多かったため、「通商弘報」という新聞のような雑誌の巻号が5桁になったときや、創刊準備号が0号として出る雑誌が増えて扱いに困ったこともあり、こういったことは枚挙にいとまがない。
 各メーカーともシステムを改良し続けているので、そのうち全てのシステムでこんなことはなくなっていくだろうと思いたい。

 興味や関わりがない人にとっては、なんて小さなことと思うかもしれないし、普通に検索画面を見るだけではそんな複雑なシステムに見えないかもしれない。
 けれどきっと今も、こんな細かいデータ管理のことで、人知れず頭を抱えている雑誌担当司書は、たくさんいるのだろうと思う。

2008-06-21

書店で学ぶ

図書館用の本を買うために、スタッフを何人か連れて神保町に行ってきた。

休日に交通費は自腹でも構わないから同行したいという臨時・嘱託職員を募ってみたところ、ほとんど全員から参加したいという返事があった。

今回は約半数の5人のスタッフを連れて、まずは三省堂書店神保町本店からスタートする。地元企業から寄贈された図書券を優先的に使いたいという事情や、大人数で幅広い分野から本を選ぶということに加え、図書館開館以来ずっと雑誌の購入でお世話になっている書店であるというのが、三省堂行きの理由だ。

三省堂書店からは、毎週納品データをメールでもらっていて、それを丸ごと図書館システムに取り込んでいるので、100冊以上の雑誌が一度に届いても数分でデータ登録が済んでしまう。
しかも、雑誌1冊につき1件の特集見出しを無償で入力してもらい、そのまま図書館システムに取り込んでいるので、こちらの感覚としては書店と図書館の関係を超えた、よきパートナーという感覚でいる。

事前に訪問準備として、中高生向けの科学分野の資料が少ないとか、教育関係の法律解説書が手薄だとか、環境問題に関する資料が不足しているなどといった、各分野それぞれが分担した購入希望メモといった感じのものを用意した。

実際に書店の棚を前にすると、目に飛び込んでくる情報量が多すぎて、全部買いたくなったりどれも買えなくなったりするから、書店の棚と自館の蔵書を結びつけて考える手がかりに、最低限のメモは用意した方がいい。
これらを参考にしつつ、持参したパソコンで選んだ本の重複調査をしながら三省堂で新刊書を約10万円分ほど購入した。
今回は行けなかったが、次回は佐野衛店長が「書肆アクセスをほぼ復元できるのではないか」(毎日新聞 2008年6月2日 東京夕刊より)と語る東京堂書店の「地方小リトルプレス」コーナーにも是非立ち寄りたい。

その後、次回古書店を訪問するための下見と雑誌バックナンバーの発掘を兼ねて、同行スタッフに古書店街を案内。
今まで郊外のブックオフ以外に、ほとんど古書店を知らなかったスタッフもいたので、田村書店の全集の山、呂古書房やキントト文庫の個性的な品揃えなどは、かなりインパクトが強かったようだ。
何時間もかけて見て歩いたのだから、個性様々な書店がたくさんあってただ驚いたとか、ボンディのチーズカレーがおいしかったで終わってしまってはもったいない。
開館5年目の新しい図書館なので、蔵書の多くが近年刊行された本に偏りがちだから、普段目にする機会の少ない古本や雑誌を、実際に自分で歩いて見て触れることはいい勉強になるだろう。
さらに、書店の棚は図書館のテーマ棚の手本にもなるし、書店員がつくる販促チラシは図書館広報の参考になる。本と人とを結びつけるという見方をすれば、書店と図書館は似た部分が多いから、何かと学ぶことは多い。
公共図書館の市民サービスという視点を一度離れ、図書館も書籍流通業界の一翼を担っていることを改めて意識して考える機会にもなって欲しいと思う。
その視点に立てれば、図書館にしかできないことは何なのかを、今まで以上に考えるきっかけにもなるだろう。

市民や役所や図書館の世界ばかりを見て仕事をしていると、視野が狭くなってしまうこともある。そんな殻を破るには、外の世界を知ることが一番効果的だ。

だから、今年はできるだけ多くのスタッフを連れて、積極的に外出しようと思っている。

2008-06-17

iGoogleから検索したい【続報】

今回は、自分用のメモ書きのような短い経過報告。

前回の「図書館サイトへの入り口」で、iGoogleガジェットからOPACを検索する話を書いたが、その続報。

iGoogleガジェットからOPACを検索できるようにしたいという話を、担当SEを通して図書館システムメーカーに確認してもらったところ、「現システムは文字コードがSHIFT-JISなので、対応は難しい」という回答があった。

だがそこで「そうですか、わかりました。」では終わらない。

それならば、「文字コードを変換すれば済みますよね?」と、そのことがどのくらい大変なのか見当がつかないまま、聞くだけ聞いてみた。

すると、「ともかく引き続き調査します。」という答えが返ってきた。
だから、可能性はまだある。

いずれにせよこういう話になってくると、担当SEの個人技勝負になってくるというのは、今までの経験からよくわかっている。

担当してくれているのは、図書館開館前からずーっと長い間頼りにしてきた優秀なSEさんであることが、毎度のことながらいつも心強い。
きっとただでは終わらない。
何かやってくれることを今は期待して、これについては気長に見守ることにしたい。

2008-06-02

図書館サイトへの入り口

iGoogleやMyYahooのようなパーソナライズドサービスを、日常的に使っている人はどれくらいいるのだろう? 僕の身の回りには、まだ1人もいない。
だからどういう人が使ってくれて、どんな効果があるのか、今のところは未知数だが、iGoogleのユーザーが、自分の画面上に図書館サイトへの入り口を追加できるようガジェットをつくってみた。

 注1:iGoogle  →Googleのパーソナライズドサービス。
 注2:ガジェット→ブラウザ上で動く小さなアプリケーション。

これは僕の思いつきではなく、「情報の科学と技術」Vol.58, No.5に掲載された、角家永さん・木下和彦さんの「iGoogleガジェットを活用した図書館サービスの提供」に触発されてのことだ。

最近の大学図書館では、図書館Webサイト内のサービスの充実ばかりではなく、わざわざ図書館サイトにアクセスしなくても利用できるようにしようという動きも出始めている。
大学図書館の利用者は、ほぼ全員がネット利用者だから、こういうアプローチも効果的なのだろう。
公共図書館でそういう前提が通用するのは、もう少し先の話のような気がする。

ともかく面白そうなのでちょっと試してみたら、意外に簡単にできそうだった。
そこで実験と広報を兼ねてまずは図書館サイトとOPACのページ、「はてなダイアリー」と「ブクログ」を使った資料紹介のページにリンクするだけの、ごく簡単なものをつくってみた。
広島市立図書館のように、iGoogleから蔵書検索が出来るようになれば便利だと思い、前掲の論文を参考にしたり、Myrmecoleonさん作の「Library Gadget Generator」というOPACをガジェットに変換するツールを使って試行錯誤してみた。
だが、システム仕様と僕の技量の両方に問題があるようで、残念ながらまだそこまではできていない。
図書館システムのメーカーに仕様を問い合わせているが、この問題が解消するには少し時間がかかりそうだ。

今のところ、それほど普及しているとは思えないWebのパーソナライズドサービスだが、例えば近所の役所や郵便局、病院やスーパーなどリアルな日常生活とリンクするガジェットがたくさん現れれば、一気に普及する可能性はあるんじゃないかと思う。
そんな中で、やり方次第では公共図書館のガジェットが、それぞれの地域のキラーコンテンツになる可能性もあるのかもしれない。

ガジェットをつくっているうちに、少しずついろんな考えが出てきたので、図書館の個人認証機能のことなども盛り込んで、次の[本]のメルマガに書いてみようと思う。

2008-05-23

「あさやけ?」

『朝焼けの図書館員』というタイトル案を見たとき、来年40代に突入する僕は、徹夜明けとか昔懐かしいミラーマンなんかを思い出した。
これからの図書館を担っていくイメージだと、ポット出版の沢辺さんから聞いて、なんだかこそばゆいムズムズした気分もあった。

3年前から、出版社や書店の有志が立ち上げた「[本]のメルマガ」というメールマガジンに、隔月で図書館の話を書いている。
そこでいただく感想や、今までは接点がなかった人との出会いが面白く刺激になっている。不特定多数に向けて実名で書くというのは、やっぱりそれなりにリスクを背負うことだけれど、その勢いで今回も引き受けてみようと思った。

メルマガでは、ある程度考えがまとまったことを書いているつもりだが、ここではもっと曖昧な状態でも、いまの図書館についての考えや、これからのことを、その時々に思っているまま、簡単に書いてみたい。
そこで、また新たな広がりを持つことが出来るなら、それは何よりじゃないかと思う。

僕は今のところ市立図書館の副館長をしている。
5年前に図書館づくりのために呼ばれた図書館屋で、もともと地方公務員ではなくて、企業や大学で働いていた。
だから、自治体の財政や組織を意識することは比較的少なくて、むしろ版元や取次、書店と同じように、人と本とを繋ぐ仕事の一部という感覚の方がずっと強い。

図書館員だからといって、いつも図書館と利用者のことばかり考えているのではなく、本に関わる業界全体を広く意識して、いろいろな人たちとできるだけ意識を共有したり、情報を交換しながら、図書館という箱に固執しないオープンなスタンスでやっていくのが、僕の場合は性にあっている。
これからも図書館に関わり続けるのか、あるいは別の立ち位置から本に関わっていくのかはわからないが、常に軸はそのあたりに置いている。

今のところは、出版流通過程の中で比較的読者に近いこの公共図書館という場から、本の復権を目論み、ない知恵を絞ってウンウン唸っている。

この先どうなるかわからないけれど、ともかく始めてみよう。