2009-08-24
フリーライターの名刺を作ってみた [北尾トロ 第6回]
3カ月働いたところで、やっとイシノマキを辞めることが了承されたものの、ふたつ条件があった。
ひとつ目は、他の編集プロダクションに行かないこと。社長はぼくがどこかの編プロに入り直す気でいると疑っていたのである。
「うちにきたとき、伊藤君は電話ひとつかけられなかったよね。かけさせても、敬語は使えないしメモも取らないほどだった。それが、いまでは何とかできるようになっただろう。そういうことも含めて、うちで培った編集ノウハウがよそに行くのは困るんだよ」
そんなことまで言われたが、編集だけは二度とやるまいと思っていたぼくにはどうでも良かった。
もうひとつは後任が決まるまではいままでどおり仕事をすることである。いきなりいなくなられたら、ぼくがやっている仕事をする人がいなくなるというのがその理由だ。こっちはまあしょうがない。その後の身の振り方も決めていないし、後任くらいすぐに決まるだろう。
これが甘かった。イシノマキにはいろんな人間が出入りしており、業務拡大のため募集広告も出していたようなのだが、なかなか社長のメガネにかなうヤツがいないのだ。
その頃、『週刊ポスト』の仕事を柱のひとつとしていたイシノマキは、『週刊文春』の「疑惑の銃弾」報道でヒートアップした、いわゆるロス疑惑事件の取材で盛り上がっていた。デスクの高松さんは記者と打合せをしたり電話をかけまくったり、鼻息も荒く三浦和義容疑者を追いかけていた。締め切りの前後ともなるとテンションはさらに高まり、騒然とした雰囲気になる。週刊誌も売れていたし、関係者はみんな生き生きしていた。
夕方まではうるさくて仕事ができないので、ぼくは『スコラ』をお願いしているデザイン会社に入り浸り、昼間はそこでだいたいの仕事をするようになっていった。
そんななか、いつも壁際にポツンと座り、企画書らしきものを書いている増田剛己(後の下関マグロ)という同年代の男がいた。イシノマキには壁沿いにずらりとフリー記者用のデスクが並んでいて、いつもそこにいるからフリー記者なのかと思ったのだが、実はどこかから派遣された見習い編集者らしく、ぼくの後任候補ではなさそうだ。声をかけると、社長からとにかく企画を考えて企画書にしろと命じられていると冴えない顔つきで言う。
「ぼくは企画なんて考えたことなくて、企画書の書き方もよくわからないんだよ」
何かとてもつらそうだが、増田君にはここにいなければならない事情がありそうだった。
『スコラ』に出向していた社員が戻ってきて、イシノマキは企業と組んだ複数の雑誌の創刊準備にも追われていた。ぼくは某家電メーカーのPR雑誌を手伝い、増田君は『クルー』という雑誌のスタッフに組み入れられた。その間に伏木という、通信社で働いていた牧師の息子が後任候補として入ってきた。このチャンスを逃したら、またしばらくイシノマキを離れられないと思ったぼくは、引き継ぎと称して宇野さんに紹介したり、一緒に記事を作ったりした。なんとかイシノマキに居着いてくれなきゃ困るのだ。
だから、この時期はイシノマキにいる時間も長くて、それまであまり親しくなかった若手のライターなどとの距離が急速に近づいた。具体的にどんな仕事をしたかは忘れてしまったが、誰かの家に遊びにいったりとか、そんなことばかり覚えている。
好奇心旺盛な伏木君は編集の仕事にも興味がわいたようで、ぼくの後任に収まってくれることになった。それで、ぼくはようやくお役御免になったわけである。後任が決まるまで3カ月ほどかかったから、結局イシノマキに半年いた勘定だ。
晴れて自由の身、と言いたいところだが、困った問題が起きていた。住んでいたアパートの大家とケンカして、5月いっぱいで部屋を出なければならなくなってしまったのだ。
困っていると、何かと面倒見のいいパインが「しばらくうちに居候してもいいよ。少し仕事を手伝ってくれたら家賃はいらない」と言ってくれ、後先考えない性格のぼくは「じゃ、お願いします」と世話になることにした。そうなると、もう成り行きである。すすめられるままに名刺を作ると、自称・フリーライターの一丁上がりだとパインが笑った。
「これで格好はついたから、食っていけるかいけないか、あとは伊藤ちゃん次第だな」
パインの住むマンションは広めの2DKだが、一部屋使えるわけでもないので、大半の荷物を捨てることにした。残したのは身の回りのものとオーディオセット、レコードくらいだから、引っ越しは赤帽で楽勝だった。仕事のアテはないけれど、ぶらぶらしているのは得意だ。住むところさえあれば、あとはなんとかなるだろう。
根拠はないが楽観的だった。フリーなんていうとしっかり自立しているみたいだが、パインを除けば、まわりにいるのはその日暮らしみたいな連中ばかり。自分と似たようなタイプである。将来のことより、そういう仲間ができたことが当時のぼくはうれしかったのだ。
この連載が単行本になりました
さまざまな加筆・修正に加えて、当時の写真・雑誌の誌面も掲載!
紙でも、電子でも、読むことができます。
昭和が終わる頃、僕たちはライターになった
著●北尾トロ、下関マグロ
定価●1,800円+税
ISBN978-4-7808-0159-0 C0095
四六判 / 320ページ /並製
[2011年04月14日刊行]
目次など、詳細は以下をご覧ください。
◎昭和が終わる頃、僕たちはライターになった
【電子書籍版】昭和が終わる頃、僕たちはライターになった
電子書籍版『昭和が終わる頃、僕たちはライターになった』も、電子書籍販売サイト「Voyager Store」で発売予定です。
著●北尾トロ、下関マグロ
希望小売価格●950円+税
ISBN978-4-7808-5050-5 C0095
[2011年04月15日発売]
目次など、詳細は以下をご覧ください。
◎【電子書籍版】昭和が終わる頃、僕たちはライターになった