2007-08-06
小谷野敦『恋愛の超克』
● 小谷野敦『恋愛の超克』(角川書店)
私は、昨今話題の「セックスレス」や「ED(勃起障害)」の傾向が、人々の生物学的な変異に原因があるとは思っていない。それらはセックスの大衆化と、マスコミによる性的快楽の礼賛の結果としてあぶり出された現象であると考える。かつて、セックスが日常的なコミュニケーションではなく、また、そこからすばらしい体験が得られるという考えが広まっていなかった時代には、夫婦間での交りがさほどなくとも、それが「病理」として問題視されることはなかった。
今日、恋愛にも似たところがある。クリスマスなどのイベントには恋人を同伴するのが当然とされ、パートナーがいない期間は「恋人いない歴」としてマイナスに語られるようになった。そこに恋愛をできない人々の問題が浮上した。そうした恋愛を絶対視する風潮を怒るのが、小谷野敦である。「もてない男」という著作をベストセラーにした張本人だ。
彼は言う。「『恋愛』と言われるような行為、あるいは、『男女交際』と言われるような行為は、誰にでもできるものではないのだ…そうである以上、いくら『性の解放』を行っても、利益を受けられない層というのは残るのである」。
小谷野はこれまでも、フェミニズムなどが、男女の差別構造については問題視しながらも、性的弱者の存在は視野に入れてこなかったことを執拗に批判してきた。この本では、さまざまな論者の言説を俎上に乗せ、それらの多くが、恋愛の肯定を疑いえない前提としていると批判する。
相手を論駁する小谷野の物言いはいささか尖っているが、その主張は至極まっとうである。「恋愛をしてはいけないというのではない。『恋愛は誰にでもできる』という近代思想を超えよ」。
理念や理論に偏りすぎた振り子を、もう一度現実に引き戻すというのが、この人の時代的な役割なのだろう。
*初出/静岡新聞(2001.1.21)ほか