2002-03-04

電子ジャーナルとインターネット・カラオケ

ここまで、論文がインターネット上で公開されると学術出版社はどうなるのかという点について考えてきた。そうすると、どうしても触れておかねばならないのが、またしても電子ジャーナルの問題である。
 
欧米を中心とする学術出版社はこのようなインターネットを媒介とした著者から読者への直接的なつながりに危機感をもったにちがいない。このままでは自分たちがこれまで長年にわたって築き上げてきた主導的な役割が失われてしまう。そこで、学術コンテンツのデジタル化に投資し、従来からの商業的学術出版社のマーケット維持に努めたのである。
 
電子ジャーナルの歴史は、1992年に創刊されたOnline Journal of Current Clinical Trialsからとされている。その後、1993年から1995年にかけて、エルゼビア・サイエンス社が米国の9大学と共同でTULIP(The University Licensing Program)という実験を行い、これが1996年のEES(Elsevier Electronic Subscriptions)、そして現在のScience Directのサービスへと展開している。この動きは他社にもすぐに波及し、Academic PressのIDEAL(International Digital Electronic Access Library)、SpringerのLINKなど、大手学術出版社によるパッケージ化されたサービスが始まり、現在に至っている。
 
電子ジャーナルの利点としては、冊子体に比べて迅速な提供ができること。また、全文検索やリンクなど冊子体にはない機能がある。さらに、郵便事故による欠号がない、図書館の開館時間外でも利用できる、他の利用者がいる時などの順番待ちや製本期間中で利用できないといった問題がないという利点があげられる。
 
しかし、一方で冊子体にくらべて価格が割高であるという問題がある。大手学術出版社は当初は冊子体の購読者に無料でオンライン版を提供していたが、現在では冊子体と組み合わせた価格設定であり、割高になっている。また、個人の契約を認めないことが多く、所属機関が契約していないことには研究者は利用することができない。さらに、出版社ごとに画面構成や操作方法が異なるため使いにくいという問題もある。
 
一方、資料保存に関しても冊子体であれば購読を中止してもこれまでの分は残っているわけだが、電子ジャーナルの購読を打ち切った場合、どこまで契約期間の閲読が保障されるのか、といった問題がある。なんらかの事情で発行元が電子ジャーナルの提供サービスを持続できなくなったときにいったいどうなるのかということも考えるべきだろう。また、冊子体の場合はコピーを取ることは原則的に自由だが、電子ジャーナルの場合は学外への再配布は原則的には認められていないなどの課題がある。さらに、パッケージ化された電子ジャーナルの契約は一見、図書館にとって有利なようでありながら、価格やタイトルの決定権を出版社側が持つようになってしまうという問題もある。
 
このように雑誌における紙から電子への流れは、言ってみればテープだったカラオケが通信カラオケになったようなものである。1970年代に始まった酒場のカラオケというと1曲ごとに100円を払い、店の人がいちいち8トラックのテープを突っ込んでくれていた。それが1982年あたりから絵の出るカラオケが登場し、1987年ころにはカラオケボックスが普及、そして1992年に通信カラオケが登場した。現在では自宅にいながらのインターネット・カラオケにまで発展している。例えば、MASTERNETのインターネット・カラオケ「SiNGる」は2002年3月4日現在、1万756曲もの登録曲の中から歌いたい曲が選べるのである。
 
電子ジャーナルは論文をデジタル化し、それをサーバーに保存したものである。利用者はインターネットを経由してそのサーバーにアクセスするので、すでに述べたように紙の雑誌のもつ時間的・空間的制約がない。
 
電子ジャーナルは必然的に巻号の概念をなくしてしまう。すべては論文単位である。ちょうど論文の公開のところで原資料へのアクセスや研究方法などに関する議論を交わすことによって、研究の新たな地平がひらけるかもしれないと書いたように、電子ジャーナルは雑誌という概念を解体してしまうのである。すなわち、それは学術情報データベースとなり、さまざまな学術コンテンツとリンクすることによって研究者にとっては不可欠なサイトになる。
 
また、出版流通の視点から見れば、これまでの物流を伴う発行部数ではなく、アクセス数やダウンロード数といったいわば情報流へ変化するのであるから、価格体系の変化をもたらすことになる。
 
こうした事態はレコードがCDになった変化とは明らかに異なる。CDがインターネットでの音楽配信になったのと同様に、電子ジャーナルやインターネット・カラオケは流通の「中抜き」現象をもたらすのである。すでに情報流の時代における中間業者はアグリゲータ・ビジネスを展開するという趣旨のことを第2回目「アグリゲータ・ビジネスとはなにか」で書いた。しかし、旧来の、すなわち物流における中間業者が直面している危機については、相当に深刻なものであると指摘せざるをえないのである。