2008-12-14
藤野千夜『夏の約束』
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● 藤野千夜『夏の約束 (講談社文庫)』
★★ 感動のツボが違うので
藤野千夜は芥川賞作家として初めてクィア(性的少数者)であることを公言した人物である。
藤野は、力みを感じさせずに「カミングアウト」をさらりとやってのけた。政治主義的な主張でもなく、あるいは「文学とプライベートは別なのだ」というわざわざの自己表明をするでもなく、男性から女性のトランスセクシュアルとしてそこに存在していた。そのたたずまいこそが21世紀のクィアらしい。
そうした藤野の自然体の姿勢は、受賞作『夏の約束』にも現われている。物語は、ゲイ・カップルやら、男性から女性へのトランスセクシュアルやらの日常が淡々と描かれるだけで進んでいく。そこでは一昔前の文学が好んだ「異端の美学」が意味あり気に披露されるわけではない。また、反差別主義の構図が強調されすぎることもない。登場人物たちはただふつうに暮らしているのだ。
彼らは社会に背を向けてもいないし、閉じられた世界の中に隠れているのでもない。ときに周囲の差別的な態度に傷つくことはあるが、そうした痛みを痛みと感じつつ、自分たちの生を楽しんでいる。
主人公のマルオは周囲にゲイだからとバカにされても、自分たちだって他の人のことを差別する場面だってあるのだと、引いた位置からその事実を見つめることもできる。それはただの強がりではない。人生には痛みも喜びもあるのだという受け入れだ。そして、だからといって差別を肯定しているわけでもないところが、彼らの世代の感覚のまっとうさだろう。
そういった生を保証しているのは、社会の少数者に対する受容の相対的な広がりと、当事者の自己肯定感を背景にした余裕だ。
現在の成熟社会の中で、少数者である「私」を生きる若い世代の実感を表しているという意味で、この作品はきわめて今日的である。そして彼らの軽やかな自信を、作品世界の空気を持って表現して見せたところに作者の力量がある。
*初出/鹿児島新報ほか