2008-11-29

渡部 伸『中年童貞』


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● 渡部 伸『中年童貞 ―少子化時代の恋愛格差―

★★ テーマはいいんだけど、本としては安易な作りかな

ジェンダー、つまり社会的に作られた性別規範というのは、近年評判が悪い。いや、正確に言えば、性別役割への批判そのものからジェンダーという概念は生み出されたのだ。ジェンダーからの解放はここ数十年の男と女の大きなテーマであった。男らしさや女らしさなどというものから解かれて、自分らしく生きよう! というやつである。

しかし本当にジェンダ−は抹消したほうがいいのだろうか、という疑念を抱くのは、もはや筆者だけではないかもしれない。もちろん無用な役割分業はなくすにこしたことはない。だが、規範が水路をつくってくれるからこそ、かつてはその流れに身を委ねられる安心感もあった。男だから女だからこうしなければならないというのは、強制の面を持つ反面、その作法にそって行動さえしていれば、異性間でのコミュニケーションが容易に可能になった、というプラス面もたしかにあった。

事実、そうしたルールが壊れたがゆえに生じる問題が近年浮き彫りになっている。例えば、ここで紹介する『中年童貞』には、結婚はおろか、女性と交際したくともできない男性たちの声がせきららにつづられている。彼らは自分が女性の前でどのようにふるまえばよいのかわからないし、競争相手である同性との力量の差につねに悩まされている。

『中年童貞』や、オタク男性論『萌える男』のような昨今の「男の性的弱者論」というのは、ジェンダーというたががはずれたところでもたらされた格差社会の一面かもしれない。ジェンダーは人々に抑圧的な力としても作用してきたが、個人個人を性別によって底上げする力でもありえた。実際、『中年童貞』で明らかになった現実は、「中年童貞」が増えたということではないにしろ、「恋人のいる男性が増える一方で、異性の友達がいる男性が減少し、異性の友達すらいない男性が増加しているのだから、ここははっきりと二極化が見えてくるだろう」。著者はそれをモテる男が女を独占していると分析している。

ジェンダー規範からの解放は、性別の「護送船団方式」を放棄し、個々人を性愛マーケットにおける競争に晒すことにもなった。性別の規範が弛緩し、人々の欲望が解放されたことで、たしかに選択肢は広がったし、外側からの干渉はなくなった。しかし結婚相手ひとつをとってみても、いまや手に入れることはままならない。こんなに出会いの場も自由もあるというのに、男女とも結婚をすることは困難にすらなっているのだ。

が、単に過去への回帰を叫んでも無駄な努力に終わるだろう。一度開いてしまった欲望の扉はけっして閉まらない。だとしたら、私たちは、ジェンダーの変容にとまどいを感じている男女の声に注意深く耳を傾け、現実に則した新たなルールを作っていくしかない。

これらの著作は、そうした問題群の出現を暗示しているように思われてしかたない。

*初出/現代性教育研究月報