2007-07-14

比留間久夫『YES・YES・YES』

yesyesyes.jpg● 比留間久夫『YES・YES・YES』(河出文庫)

 これはいわゆるゲイ小説でも、同性愛をテーマにした作品でもない。全編に男と男の性行為が描写されていた為、そう勘違いする向きもあったが、ここには同性間での性行為はあっても、同性愛は存在しない。

 主人公は「自己破壊」すべくゲイ専用のホストクラブで男相手に身を売る、十代の青年である。彼は同性に性的欲望を抱くゲイではなく、女性を性愛の対象とする異性愛者だ。けれどもプロの売春夫として老若さまざまな男たち(といってもゲイだが)ベッドを共にする。そしてそういった行為の中で、時には快楽さえ獲て、「希薄な日々」を繰り返していく。

 さて、ここで疑問を持たれたことと思う。異性愛者に同性とのセックスが可能か、ましてやそこで快楽を獲ることなどできるのだろうか、と。この小説はそれに答えている。できるのである。

 性行為とは、互いに欲望の対象である異性ないし同性間において成されるのが一般的であるが、相手が自分の性的対象となる性でなくとも、頭の中のイメージの組み換えによってそこで欲情することは可能だ。ひとは肉体的な刺激や、禁止への侵犯に身を置くことで興奮を高めることができるばかりでなく、自分の役割りを性的対象の側に置き換えることでもエロスを獲得しうるのである。『YES・YES・YES』の主人公は、自分の中に「じっと耐えている女」をイメージすることで、男に犯されながらも、その「女」からエロスを受け取ることをやってのける。これは異性愛の男がマスターベーションをする際に、女性の下着を身につけ、自ら女性の役割りを演じて欲情するようなことだ。彼は、女としてそこに存在する他者としての自分と、セックスをしているわけである。

 人間の性行為が実は頭の中のイメージゲームであることを、この小説は美しく語りかけてくれる。

初出/1992.8.26 産経新聞