2007-08-04

榊原史保『やおい幻論』

yaoi.jpg● 榊原史保『やおい幻論』(夏目書房)

 本書の著者の定義によれば、「やおい」とは「女性による、女性を対象とした、男性同性愛をモチーフに使用した小説」ということになる。一般にはあまり知られていないが、こうした嗜好の小説や漫画のマーケットは、驚くべき規模で存在している。小さな町の本屋さんでも、「やおい」本の棚を持った書店は珍しくないのである。

 にもかかわらず、「やおい」という言葉があまり一般的に知られていないことが示すように、「やおい」自体についてはほとんど語られてこなかった。当事者がそれを避けてきたと本書にあるが、確かに「やおい」小説の作家が一冊の本として「やおい」を論じたものは、これが初めてだろう。

 どうして男性同性愛を表現した小説や漫画を嗜好する女性たちが、それほどの数いるのか。例えば、フェミニズムの立場からはジェンダーの問題、性差別の文脈でこれまでも語られてきた。「性という危険物を自分の身体から切り離して操作するための安全装置、少女にとって飛ぶための翼であった」(上野千鶴子)。また無関心な立場からは、「現実逃避」だとして切り捨てられてきた。

 が、著者は「やおい」嗜好の背景には、トランスセクシュアルの問題が潜んでいると言う。トランスセクシュアルというのは性転換への志向のことを言い、その中でもFTMゲイーー女から男に性転換して、男性として男性と性愛を分かち合いたいという人たちの欲求が、こうした作品群を生み出すモチベーションになっていると結論づける。

 「やおい」の原因論に対しては、当事者によってかなり解釈が異なるのも事実なので、それを語るときには注意深くならなくてはならない。そういう意味では本書も、そこに1つ新しい解釈を加えたものととらえるのが適切だろう。多分、原因を1つに帰結すること自体、この問題の複雑さになじまないのではないか。ただし、本書が「やおい」という現代日本文化のある特徴的な一面を論じることの先鞭をつけたのは、間違いない。

*初出/上毛新聞(1998.7.27)ほか