2008-12-01
木原音瀬『FRAGILE 』
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● 木原音瀬『FRAGILE (B‐PRINCE文庫)』
★★★★★ もっと文学的な評価があってもいいのでは
昨今よく耳にする「腐女子」とは、男性同士の性愛を表現した小説や漫画、いわゆるボーイズラブを愛好する女性を差す俗称である。そうした嗜好を満たす書籍のマーケットは出版業界のなかでも一角を占めているのをご存知だろうか? これは諸外国では考えられない現象である。ふつうの女性たちが、なぜこれほど男性同性愛を描いた表現物を欲しているのか?と。
先頃もボーイズラブの文庫シリーズが創刊された。そのなかの一冊『若殿さまのご寵愛 (B‐PRINCE文庫)』は、こうした分野の典型的なパターンを踏襲する作品になっている。物語は、主人公の高校生、誉が通学電車のなかで痴漢から助けてもらったのをきっかけに、他校の先輩に見初められたところからはじまる。相手は旧華族の御曹司で、見目も麗しい芳野さん。身分違いの恋にも思われたが、実は誉自身、名家の血筋を引くことがわかり、その旧家の跡継ぎになることになった。しかし、その家系と芳野さんの家はなんと、南北朝以来の仇敵の関係であった……。
美形同士。主人公は女性の役割りに近く、相手は王子様を体現したようなキャラクター。二人の恋の間には障壁があり、最後にはハッピーエンドで終わること。物語のハイライトにはセックスシーンが濃厚に描かれ、ペニスを挿入されるほうの官能に焦点が当てられていること……などは、ボーイズラブの黄金律であり、男同士の設定以外には少女漫画と変わらない。
一方同時刊行された、ボーイズラブで昨今一番人気の作家とされる木原音瀬の『FRAGILE 』では、主人公はゲイの男性に監禁され、奴隷として調教される異性愛の男という設定になっている。異性愛の男の自我を極限状態で破壊し再構成することによって、ゲイの男性が不可能な愛を獲得しようとする物語だ。ゲイ読者にすらリアルを感じさせる筆致で、いまや腐女子たちの嗜好は、男性同士の性愛表現に「本当らしさ」を折り込みながら堪能する方向へ向っているのだろう。
両作品は一見異なる方向に見えるが、どちらの作品にも共通する著者と読者の欲望は、「選ばれること」にあるだろう。『若殿さま』の主人公はお姫様役割りに比べれば主体的でありながらも、見出される男を必要とし、彼に救い出されるところに物語のクライマックスが用意されている。『FRAGILE 』でも、愛されることが困難な性的指向の相手に、それでも「選ばれる」ことが執拗に夢想されている。
こうした「選ばれること」への切実な欲求は、ゲイ向けの小説などではそれほど顕著ではなく、やはり腐女子たちのファンタジーの本質的な部分に触れているように思われる。いや、それは腐女子の、というより、近代の女性の性幻想の核なのだろう。
どうしてボーイズラブが求められるのか、その解釈には、性愛を男性同士に置き換えたほうが、既存のジェンダーによる抑圧を女性たちが感じずに済むことができるからではないか、という説がよく語られる。たぶんそうなのだろうが、しかし、性が解放され女性差別への感度が低くなっている現在、そうした抑圧仮説以上に、性愛を男性間に仮託したほうが、「選ばれる」物語をより官能的に展開させることができるからだ、と記述したほうが適切のようにも思えてならない。男同士のキャラ設定は彼女たちの快楽を深く引き出すための装置にすぎないのだ。
初出/現代性教育研究月報