2008-12-09
ジョン・K.ノイズ『マゾヒズムの発明』
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● ジョン・K.ノイズ『マゾヒズムの発明』(青土社)
★★ やっぱ読むよりもやるほうがいいけど
例えば、あなたが誰かに鞭で打たれたり、言葉で貶められたりすることに、性的な興奮を覚える傾向があるとする。そうした欲望を抱えたあなたが、前近代の西洋社会に生まれ、それを実践していたら、道徳にもとる行為に耽っていると、非難されるかもしれない。
近代になると、そんなあなたは精神医学によって「マゾヒズム」という病気に分類され、「マゾヒスト」という負のアイデンティティを与えられることになるだろう。後天的に、そして先天的に通常の発達から逸脱した人間として、治療の対象とされるのだ。
そして二十世紀も終盤になると、社会はマイナーな性的欲望に対して寛容さを示すようになり、「マゾヒズム」も多様な性のひとつに位置づけられるようになる。精神医学は性をめぐる政治状況の変化によって、異常/正常のボーダーラインを少しずつ正常の側に広げていく。
さらに、それまで性を支配していた精神医学とは別種の、新しい知の登場により、性を異常/正常に分類しようとした知そのものの基盤を問いただそうとする動きも生じてくる。本書『マゾヒズムの発明』は、そうした新しい知、すなわちミシェル・フーコー以降の、性を近代の社会構築物として捉え直そうとする思潮の中で書かれたものだ。
著者は「ヨーロッパのマゾヒストの人物像は、リベラリズムと近代主義の言説における、激しい内的葛藤と矛盾から生まれたもの」、つまり発明されたものであると主張する。そうした文脈を明らかにするために、「マゾヒズム」の命名者であるクラフト=エービングや、象徴的な作品群を残したザッハル=マゾッホ、他の文学作品を丁寧に読み解いていく。
論理の流れは社会構築主義による一連のパターンをなぞっている感がないではないが、多彩なテキストを手際よく処理していくさまは、読み手をあきさせない。本書の魅力はそうしたプレゼンテーションの華麗さにある。マゾヒズムをめぐる表象の残像だけは、確実に心に印象づけられる。