2007-10-15

QJr 座談「こいつがいるから真っ当に生きられる」その1

chutaro.jpg (上の写真は斎藤綾子さんの飼い猫、忠太郎)

こいつがいるから真っ当に生きられる
生き残るためのペット

*初出/クィア・ジャパン・リターンズ vol.2(ポット出版/2006)

Pet for us to survive

もはやペットは生活にトッピングするものではなく、人生そのもののパイ生地の役割を担っているのかもしれない。
ペットで人生を豊かにしている方々に、ペットとのつきあい方、ペットにそそいでいるもの、
ペットとのパートナーシップについて語り合ってもらった。
そこに見えてきたものは、ある種の、生き残るための知恵だった。

忠太郎
飼い主●斎藤綾子
年齢●15歳
種類●母はペルシャかヒマラヤン。父は不明。
病歴●尿石症、慢性腎不全、皮膚ガン、不整脈
性格●人嫌いで怒りん坊。そのくせ臆病で神経質。若い頃は暴力的な甘えん坊だったが、今は諦念し、少し気難しい爺さんに。
将来●万が一、飼い主が先に死んだ場合、忠太郎の介護を条件に家を譲る話がついている。穏やかに老いて満福の死を。

さいとう・あやこ
小説家。著書に
『ハッスル、ハッスル、大フィーバー!!』
『良いセックス 悪いセックス』(幻冬舎)
など多数。


飼い主●佐藤智砂
年齢●1歳半
種類●母は黒芝。父はポインター。
病歴●不明
性格●なまけもの。人を食ったような顔や態度を見せる。愛を捨ててでも、食べることを選ぶ犬。
将来●お座り、お手、おかわり、伏せはもう完璧にマスター。次は、社員を見送るときにバイバイと手が振れるように特訓中。将来の夢はテレビ番組「どうぶつ奇想天外!」に出演すること。

さとう・ちさ
ポット出版編集者。

デビ
飼い主●西野浩司
年齢●13歳
種類●サバトラ。母は家猫で、父は野良。
病歴●そろそろ胃腸が弱り気味。
性格●いたって温厚。基本、臆病。若い頃はおてんばだったけど、今や深窓の老嬢。でも先日、獣医さんに「7〜8歳に見えますね」と言われて、飼い主、快感でした。欲求不満な時はすごいおしゃべりで、ストレスがあるとゲロ吐きまくり。
将来●死なないでほしい。でも僕より先に逝ってほしい。

にしの・こうじ
小説家兼テラ出版
『バディ』編集部。
著書に『新宿二丁目で
君に逢ったら』(宝島社)、
『森の息子』(ぶんか社)など。

司会●伏見憲明 構成●伊藤菜子

ラッタッタに
乗って
忠太郎が
やってきた

伏見 本日は、もうペットにしか人生の楽しみがなくなった寂しい方たちにお集まりいただきました(笑)。といっても斎藤綾子さんのご自宅にお邪魔しているのですが。もしかしたら関係性の行き着くところはペットなんじゃないかという気もする今日この頃。ペットと良い関係を築いている3人にお話をうかがいたいと思います。まずは斎藤さん、ここにいらっしゃる猫ちゃんとの出会いから聞かせてください。
斎藤 今年の9月で16歳の忠太郎です。忠太郎との出会いの前に、小学校5年生の時に、実家の近くに赤いリボンつけたすごくかわいいメスの子猫がいて、そのコをさらったんです。他の家で飼われていて、たまたまお散歩してたんだろうけど、あまりにもかわいくて。親に虐待を受けてて、とっても寂しい長女だった私は、心を慰められたくて、とにかく衝動的に猫をさらってしまった(笑)。で、その猫はその後20年生きたんですよ。父の死を看取り、その後、父を失った母がのびのびする様子を見てた。
伏見 じゃあ斎藤さんは「猫と暮らす」ことが、もともと身体化してたんですね。
斎藤 そうそう。私は言葉を信じないから、猫との目のやりとり、それと匂いを嗅ぐ、そういう関係がすごく心地よいんだよね。忠太郎と出会ったのは、まさか死ぬとは思わなかったその初代の猫が死んだ半年後で、妹がたまたま「子猫が友達のところに生まれたんだって」って写真を持ってきて、二匹の子猫の一匹が忠太郎だったのね。「このコは私のところで暮らしたいって言ってるよ」と感じたから、さっそく妹に引き取りに行かせたの。ラッタッタみたいなスクーターに乗って、妹はジャケットのポケットに忠太郎を突っ込んで帰ってきたんだよね。
伏見 血統書はあるの?
斎藤 そんなのないない。お母さんはデカい長毛種のペルシャかヒマラヤンかな。お父さんは外のチンピラ猫らしいけど。
伏見 ご実家で飼ってたんですか。
斎藤 ううん。その時私は実家を出て埼玉で独り暮らししてた。20年と半年生きた猫が実家で死んで、ペット霊園で遺骨を焼いてもらって、遺骨は実家のお庭にまいたのね。住んでたマンションはペット禁止だけど連れてきたの。それが1990年のことですね。
伏見 西野さんの猫ちゃんは?
西野 今年の5月で13歳のデビです。もらってきた時は病気で死にそうだったの。何匹もいた中で、いとこ同士の二匹をもらったんですよ。両方とも医者にすぐに連れていかなきゃダメ状態で、ガリガリに痩せていた。目と耳だけが異様に大きくて、子猫の時はもっと黒かったんですよ。だから西洋の絵本の悪魔みたいな感じがしたので、デヴィルってつけたの。その頃はデヴィ夫人が、復活するとは思ってなかったから(笑)。それで「デヴィ」って呼んでて、でもデヴィ夫人と区別したくて、今は「デビ子」になりました。

彼氏の愛猫
ミミを
追い出す!?

伏見 西野さんは斎藤さんのように昔から猫を飼ってたんですか。
西野 小さい頃、家で犬を二匹飼ってました。でもどちらも病気になっちゃって、ちゃんと世話をしてやれなくて死んじゃったから、もう絶対ペットは飼わないと思ってた。東京に出てきて独り暮らしだし、責任も持てないし、動物は好きだったけど飼うつもりは毛頭なかった。
伏見 それがどうしてまた?
西野 まあ、37歳の時に僕が男のところに転がり込んだわけですよ。埼玉の田舎のボロ家で、その彼が猫好きで、家に居着いた野良猫のミミという三毛猫のメスと一緒に暮らしていたんです。すっごい気の強いミミは、その家の女王様だったの。彼とミミと二人だけの幸せな生活の中に、僕が闖入者として入っていったわけ。猫は好きだったけど、扱いは知らなくて、本当に気の強い猫で、絶対僕にはなつかなかったのね。2ヵ月ぐらいたって、ミミが何かを壊したのね。彼から「鼻先をツンとやるのはいいよ」と言われてたので「ダメよ」とツンッてやったの。そうしたら次の日に、その猫が家出しちゃった(笑)。僕がくる前は、ミミと彼と二人だけの幸せなシングルベッドがあったんだけど、僕がきたことによってそのベッドを取り払って、彼女の居場所もなくなって、「ここでいばっていられるのは私だけなのに、なぜこんな男が入ってくるの?」って、ずっと僕に嫉妬してたんだよね。
斎藤 「私とこの人、どっちを取るの!!」みたいな感じだね。
西野 そうそう。いつも散歩に出る猫だったけど、帰ってこなくて。彼はすごく落ち込んだし、僕もものすごい罪悪感にかられて、さんざん探し回ったんだけど結局戻らなかった。それで半年ほどして、「男二人の生活だから、今度は猫を二匹飼いましょう」ということになって、病気で死にそうな、捨てられる寸前の猫を引き取ったんです。そのうちの一匹のメスが、今も一緒に暮らしているデビなんです。
伏見 西野さんはそれほど猫好きではなく、成り行きで飼うことになったんですか。
西野 いや、もちろん嫌いじゃなくて、大島弓子さんの漫画『綿の国星』(白泉社)やサバのシリーズもすごく好きで、猫という存在は前から好きだったんですけど、生身の生き物にきちんと責任は取れないと思ってたから、自分から進んで飼う気持ちにはなれなかっただけ。
伏見 忠太郎くんが16歳、デビちゃんが13歳で、斎藤さんも西野さんもペットと長いつきあいですが、佐藤さんは最近、犬を飼い始めたそうですね。
佐藤 この2月に家にきたから、一緒に生活を始めて2ヵ月ぐらい。まだまだビギナーですね。くれた人によると、お母さんが黒の柴犬で、お父さんがポインターのミックス。オスで1歳4ヵ月ぐらい、名前は鉄です。
斎藤 賢そうな犬ね!
佐藤 賢いんですよー(笑)。
斎藤 親元にずっといたのかな?
佐藤 動物保護団体の人が保護した犬なんですよ。詳細はよくわからないんですが、お母さんは江戸川の川っぷちの会社の人からエサをもらってる、フリーの飼い犬(笑)みたいな感じで、エサはもらうけど決して人にはなつかない半野良状態の犬らしいんです。
斎藤 「どこの犬?」「あそこの会社の犬だよ」で、殺されずにすんでるのかな。
佐藤 そうみたい。その会社の人たちも、エサはやっても飼ってる意識はあんまりない感じで。お父さんのポインターはちゃんと飼われていて、猟犬のコンテストに出しているので、去勢すると猟犬の本能がなくなっていい成績が取れなくなるらしく、その保護団体の人が「去勢してください」と頼みに行っても、「いいや、うちのはできない」って断られるんだそう。だから生まれると保護団体の人がその子犬を保護して、「里親サイト」という犬と猫の里親募集の大きなサイトに写真や情報をアップして、チェックした人がもらいに行くというシステムにしているんですよ。私はそのサイトを見ていたら、マリモちゃんていうかわいいメス犬が出てたんです。その子が欲しくて連絡したら、かわいいもんだから3人ぐらいライバルの立候補者がいて、面接があるんですけど、見事落選しちゃったんです(笑)。それで保護団体の人と雑談してる時に、「実はマリモには半年前に生まれた兄弟がいて、里親を今も探しているんですよ」って聞いたので、落選通知が届いた直後に、メールで「お兄ちゃんを引き取りたいのですが」と問い合わせたら、「1週間ぐらい保護団体で預かって、渡せるようであれば渡しましょう」ということになったんです。
斎藤 見た目はお兄ちゃんと妹は違うの?
佐藤 あのね、正直言うとマリモちゃんのほうがかわいいの。
西野 比べちゃかわいそうよ(笑)。
佐藤 まだ子犬だから、目がもっと愛くるしくて。
西野 やっぱり女の子と男の子の顔ってあるからね。
佐藤 そう、ホントは鉄を初めて見た時に、「ああ、あんまりかわいくないなあ」(笑)って思ったんですけど、これも縁かなと思って。あと憎めない愛嬌があったので、鉄を飼うことにしたんです。
伏見 でも佐藤さんて鉄くんと顔が似てるよね。
佐藤 ええー! 似てますか(笑)。長い顔だからかなあ。
伏見 血を分けた姉弟みたいよ(笑)。
佐藤 みんな飼い主に似てくるって言うからなあ。

養子縁組を
あきらめ
犬を飼う

伏見 そもそも佐藤さんは犬や猫を飼った経験はあるんですか。
佐藤 子どもの頃に、半年ぐらい預かった程度の経験はありますが、大人になってからは一度目の結婚の時に、野良猫を二匹拾って飼ってました。でも犬をちゃんと飼うのは初めてです。
伏見 今回、どうして飼おうと思ったの?
佐藤 本当は人間の子どもが欲しかったんです(笑)。
伏見 ひえっ! 佐藤さんご夫妻にはお子さんがいらっしゃらないんですよね。失礼ですがご年齢は?
佐藤 私が46歳でダンナが50歳です。
伏見 お二人ともちょっと内臓に疲れが出る年齢ですね。お子さんは今までも欲しいと思っていたんですか。
佐藤 真剣に欲しいと思ったのは40歳を過ぎてからですかね。欲しい気持ちはあったけど、基礎体温を計るほど真剣に取り組まなかったんですよ。それで「そうだ、養子という手があるじゃないか」と思って、東京都の養子制度を調べて問い合わせたりもしたんです。そうするとけっこう面倒くさいんですよね。当たり前と言えば当たり前なんですけど。私はけっこうその気だったけど、ダンナは「欲しいなら反対はしないけど、そんなに積極的に欲しくないなあ」と。彼は前妻とのあいだに子どもがいて、子育ての体験はあるんですよ。
 養子制度は、まず児童福祉員というのか東京都の職員がまず家にきて、私たちの生育歴を聞き、そのあとに例えば男か女か、何歳ぐらいがいいという希望を出して、適当な子が見つかったら、私たちがその保護施設に出向き、何度かお見合いをして、双方がいいと思ったら、1泊とか2泊ぐらい預かって、お互いの相性を見て……となんだかんだ最速でも決まるのは半年ぐらい。東京都の石原慎太郎都知事が最後に承認を出すわけだけど、それが2ヵ月に一度しか承認する機会が回ってこないらしく、それを逃すとまた2ヵ月先になったりする。私も仕事が忙しいので、そんなにマメにできるかなあと思って、ちょっと二の足を踏んでしまって、説明を聞いて申込書をもらうところまではしたんですけど、願書を出すまではせずに、ズルズルとやめてしまったんです。
伏見 養子の場合、結婚してるかどうかの条件はあるの?
佐藤 一定期間預かるだけの「養育家庭」は未婚でもいいんだけど、養子縁組を目的にする場合は結婚していないとダメ。
伏見 わりとあっさり「やっぱり面倒かも」くらいの情熱だった、とも言えるのかな。
佐藤 そうとも言えますね。でもね、人間の子だと、パートナーにもかなり負担がかかるじゃないですか。私一人だったら、もうちょっと進めてたかもしれない。あとは年齢もあるかな。3歳未満の子が欲しいなあと思っていたけど、その子が20歳になった時に、私はいくつ?と思うと、ちょっと体力的にキツイかなあと思って。
斎藤 私の友達は41歳で第1子、44歳で二人目を生んだけど、ボロボロみたいだよ。すごくたいへんよ、40歳過ぎての子育ては。その友達の相手は16歳年下なんだけどね。
佐藤 どっちかが若くないと難しいかもしれないですね。だから人間はあきらめて、最初は猫を飼おうかなと思った。犬に比べると散歩に連れていかなくてもいいし、手がかからないじゃないですか。
斎藤 そうだよ。犬は散歩がたいへんでしょう。
佐藤 でもね、「育てたい!」と思ったから、猫じゃなくて犬にしようと思ったんですよ。
斎藤 そうか、手をかけたいと思ったんだ。なるほど。
伏見 きっとそういう発想は3人の中では佐藤さんだけだよね。
斎藤 そうだね。私は「私とつきあって」っていう感じだからね。
伏見 育てたいと思ったのは、佐藤さんにとっての動物的な欲求かな? それとも夫に愛想をつかして(夫はポット出版の社長)、別の愛情を注ぐ対象が欲しかったっていうこと(笑)?
佐藤 母になりたかったんだと思うんですよ。
伏見 ああ、古式ゆかしい……。
斎藤 でもその気持ち、ちょっとわかる。
佐藤 どんなに私が友達の子どもをかわいがっても、最後には「お母さーん!」って……。
斎藤 そうね。どんなに母親が殴ろうが罵倒しようが、子どもは「お母さーん!」って行っちゃうのよね。
佐藤 そう。「こんな親より私のほうがよっぽどいいじゃん」と思っても、子どもは「お母さーん!」って行っちゃう、その時の私の虚しさ。もう勝てないんだっていう……。だから私を唯一、ある一定期間でも絶対的な存在として見てくれる生き物が欲しかったんですね。
斎藤 私は妹たちの出産に立ち合ったけど、アザラシみたいに横になって、乳房だけ出してチューチュー吸わせてる風景を見てて、その時、動物としての五感が完全に私から欠落してるって感じたの。
伏見 佐藤さんは自分のなかの母性的なものが強かった?
佐藤 今までそれほど自覚したことはなかったんだけど……。自分で産む機能を使いたかったけれど、それは叶わなかったから、できるだけ手間のかかるような存在が欲しかったんだと思います。
伏見 同世代の斎藤さんは、自分にもそういう母性的なものはない?
斎藤 私は妹の腹に子どもがいると聞いた時に、「よかった…」って思ったの。なんだか義務として、血を残さなきゃいけないように感じてて、別にこの世にあってほしくないような血なんだけど(笑)、とにかく途絶えさせちゃいけないみたいなことが、きっとどこかにあったんだよね。でもそれを私がやらなくてもいいと許されたと思ったの。いかに結婚せずに生きていけるか、ずっと考えながら生きてたわけだからさ。最悪、子どもを産まなきゃいけなくなったら、「じゃあ妊娠するか」みたいに思ってたんだけど、妹が妊娠した途端に、「ああ、私はもういいや」と、義務が解かれたみたいだった。その時、忠太郎との絆がより濃くなった気がするの。当時つきあってた男には、「老嬢と猫だね。今にそういう風景になるんじゃないかな」って言われたな。

何かの
代わりと
いう意識は
ない

伏見 西野さんは子どもの代わりに猫を飼ってるわけじゃないの?
西野 そうじゃないですね。
斎藤 西野さんは病気で相当弱ってる猫を引き取ったわけでしょう。それは西野さんの意志? それともなんとなくそうなったの?
西野 僕はミミを追い出してしまったすまなさ感があったし、猫に対する興味はわいてきたし、その彼と一生を添い遂げるつもりでいたからね。これで男二人と猫二人で、それこそ老嬢の二人と猫二人で、ずっと幸せにその彼とパートナーシップを続けるつもりでいたから。
斎藤 私が一番疑問に思うのは、あえて病気の猫を引き取ろうと決心したところ。相当珍しいケースだと思うよ。
西野 だってかわいそうじゃないですか。猫をお金で買うなんていう発想自体信じられなくて、本当に死にそうな捨て猫とかいっぱいいるんだから、一匹でも助けてあげたいじゃない。
伏見 猫への同情かな。
西野 同情とも違うと思う。最初に彼がその話を聞いてきて、ヤバイ状態だけど病院で治療すればなんとかなるんだったら、うちで引き取ろうよということになったんですよ。僕は自分の子どもが欲しいという発想は全然ないけど、斎藤さんが妹さんにお子さんができて楽になったという感覚はよくわかる。僕にも妹がいて、子どもが生まれた時に、「ああ、これで楽になった!」って思った。
斎藤 思うよね!
西野 親に孫が一人できた、これでもう大丈夫みたいな感じがすごくあった。
斎藤 うん、許されたっていう感じだよね。
伏見 ゲイの人にも子どもが好きで、子どもが欲しいという僕みたいな人がいますが……。
西野 ウソでしょっ!
伏見 大ウソだよ(笑)。でも、そういう人もいるじゃないですか。そういう感情は西野さんにはないの?
西野 全然ない。自分と同じようなのがもう一人いるなんて、想像しただけでゾーッとする。
伏見 愛されたい子どもなのね(笑)。
斎藤 ここにいるのはそんなのばっかりじゃない(笑)。
西野 佐藤さんと斎藤さんは女性として、他の誰かよりも自分の一番の所有物になるような、そういう存在が欲しいと思ったんですか。
斎藤 コンプレックスじゃないけど、欲しかったというかね。母親って、自分でかゆいところをかくみたいな感じで平気で子どものかさぶたをむいたりするわけよ。まだ自分の身体の一部なんだよね。その濃密な距離感が私には絶対ないからさ。「私は私、あなたはあなた」という、完全に他者との距離があるから、その距離のなさを体験してないことに対して欠損してる感じはある。でもね、反対に、その近さはまっぴらだとも思うんだよね。
西野 妹に息子が生まれたのとデビを引き取ったのがちょうど同じ頃で、甥っ子が赤ちゃんの頃なんて、ホントに猫と一緒なんですよね。グニャグニャだし、言うことなんてなんにも聞かないし、人間の子どもを育てている人には失礼かもしれないけど、そんなに変わらないやんと思ってたけど、今や甥っ子は小学6年生になってるのに、うちのデビは相変わらず赤ちゃんのまま(笑)。でも人間と比較する気にはならないし、何かの代わりという発想もないですね。お二人の気持ちは、やっぱり女性特有の感覚なのかな。僕にはよくわからない感覚だなあ。

忠太郎を
選んで
男に
捨てられる

伏見 佐藤さんの家に鉄くんがきてから、自分で思っていたような子育ての代わり、子どもの代わりになっていますか。
佐藤 たぶん、本当に人間の子どもを育ててる人は、「そんなもんじゃないわよ」って言いたいかもしれないけど(笑)、「ああ、きっとこういうことなんだろうなあ」って思うこともありますよ。ホントにくだらないんですけど、「こいつはフリスビー犬になるかも!」とか、すごい期待しちゃったりして、親バカかも(笑)。表参道ヒルズのほうまで夜中に散歩に行ったりすると、あのキレイな建物の前でウンチちゃって。母として「こんなキレイなところでうちのコがやっちゃってすいません!」という自分の子の粗相を詫びるような、ヒトの母になったことのない女は、これは母に近いものがあるんじゃなかろうかって思ってます。
伏見 自分のなかで母親的な感覚としての充実感があるわけ?
佐藤 ありますね。
伏見 じゃあ、鉄くんは佐藤さんにとって、子どもという感覚?
佐藤 うーん、近いんじゃないかな。鉄が褒められれば、私が産んだわけでもないのにうれしいですから。でもそれは子どもという感覚ではない西野さんも斎藤さんも、自分のペットが「かわいい」って言われたら、それはうれしいもんですよね?
西野 だってペット好きにとって客観なんて存在しないから。他の猫を「かわいいわねー」なんて言ったって、「フフン、でもうちのほうがずっとかわいいわ」って思ってるもの(笑)。
伏見 じゃあ逆にお二人にとって猫ちゃんはどんな存在?
斎藤 私は男に依存したことないんだけど、完全に忠太郎には依存してるからね。男に対しては泣けないんだけど、忠太郎にならシクシク泣いたり、「寂しいー!」みたいなことを丸出しにできる。
佐藤 斎藤さんはつらいことがあると、それを忠太郎くんにぶつけるんですか。
斎藤 原因がはっきりしてれば解決に向かうんですけど、この年になるとさ、原因も何もない、ただ単に涸れたつらさ、そういった解決のしようもないことが多くなっちゃうから、それで忠太郎を抱きしめてシクシク泣いたりとか。母親には小さい時からそんなことしたことないし、できないし、男にはいまだかつて一回も、そんな女っぽいところはセックス以外では見せたことないんだけど。だから忠太郎は完全にパートナーだな。ある時までは、ちょっと子どもっぽかった時期もあるけど、でも相当早くパートナーになったと思う。
西野 僕はデビのことをパートナーだという発想をしちゃうと、そこで次の男を探せなくなっちゃうから、デビにはすごく依存はしているけれどもパートナーではないな。お互いに束縛しあってるし、彼女は僕がいないと生きていけないから、僕は絶対に彼女より先に死ぬことはできないけどね。彼女に積極的に癒してもらおうとはあまり思わないけれど、でもやっぱり「おかえり」と言ってくれる存在がいるのはうれしい。だけどパートナーだとは思わないな。むしろ自分の一部という感じ。彼女込みの私とつきあってくれるパートナーをまだどこかで探してる気持ちがあるのね(笑)。
伏見 斎藤さんは「俺と忠太郎、どっちかを選べ」と言われたら。
斎藤 迷わず忠太郎を選ぶよ。7年間つきあった男に、「俺とこいつとどっち取るんだ」って言われて、「忠太郎に決まってるでしょ」って言ったら別れることになったの。ふられて捨てられました(笑)。36歳童貞(すでに筆下ろしズミ)とつきあった時は「僕を忠次郎と呼んでください」って言うから、かわいいやつだなあと思ったりして(笑)。とにかく私にとって忠太郎は最優先なの。
伏見 忠太郎くんとの関係以外に、パートナーや恋人は欲しい気持ちはある?
斎藤 一緒に暮らすという点では、忠太郎以外は考えられないね。
西野 僕も実際はそうなんだろうなとは思うけども、まだちょっと、どこかで甘い夢を見ておきたいんだろうな(笑)。
斎藤 西野さんにはラブがあるよねー。
伏見 斎藤さんは日常的に一緒の空間を共有する関係は欲しくない?
斎藤 いやあ、あればあったに越したことはないけど、考えられないんだよね。あまりにもいなくて当たり前の生活でずっときちゃってるから。7年つきあった相手も、週末一緒に時間を過ごすぐらいで、お互いどちらかがお客さんの関係だから、一緒に生活を共有してシェアするという感覚が全くないんだよね。
西野 同棲した経験がないんだ?
斎藤 ないんです。結婚に対する恐怖がものすごくあるからさ。それはもう小さい頃の私のトラウマだと思うんだけどね。16歳の時には、「どうすれば結婚せずに生きていけるのか」と考えてたくらいで。結婚は食っていくための女の手段、住み込みのお手伝いさんみたいな感覚でしか私には考えられないわけ。「愛の結果としての結婚」というカードが私にはないの。だから「食っていけなかったら結婚しかないのかな? いや、お嫁さんよりも女中さんだ」と思って、小学校の卒業文集に「大きくなったら女中になりたい」と書いたら、親が先生に呼び出されたんです(笑)。「絶対お嫁さんより女中のほうが得!」っていう考え方だったのよ。
伏見 でもいい男をつかまえたら、女中より得だとは思わなかったの?
斎藤 私のなかではあり得なかったね。それに何を以ていい男というのかだよね。チンチンがいいから贅沢に楽しむっていう、日常でない部分の良さというのはすごくよくわかるよ。だけど日常っていうのはさ、なんだろうな、それぞれの欲望が当たり前にうまくパズルのように、しっくりいってこそ初めていい男をつかまえたっていうことになると思うわけ。例えばすごくお金があったり、何もかも自分の自由になるっていう男をつかまえたからって、果たしてそれがいいのかな、って思うんだよね。
伏見 そういうことは子どもの頃から達観してたんですか。
斎藤 ひどい家庭環境だったからね。今だからこそ、「そうか、ひどかったんだ」と思えるけど、当時は家族や家庭ということに対して、なんで揃ってごはん食べなきゃいけないんだとか思ってた、そういうやつだったの。一人でごはん食べることが、なんて幸せなんだろうと、一人で暮らし始めてしみじみ思ったよ。
伏見 親との関係は、抑圧的な感じだったんですか。
斎藤 日常というのは母がまかなうもの。でも母はバリバリ働いてた超バリキャリだったからうちには母がいない、両方とも父だったわけ。「私が稼いできてるのに、あんたは何もやってなかったの!」「すいません、すいません」って言いながら、家事は私がやってたから、結婚して家に入るということは、完ぺきに何でもできることが当たり前、文句言われて当たり前っていう役割に、全く魅力を感じなかったんだよね。それにうちの父親はすごく厳しくて、男が台所に立つなんて考えられないような人だから。男は立てろ、チンチンだけじゃなくて、みたいな感じ(笑)。
伏見 子ども時代からのその反動で、家族として一緒に暮らすことに関してはアレルギーが出るんだ。
斎藤 そう、恐怖があるんだよね。だから忠太郎がいなかったら、私は家なんて買ってないもん。もっとフラフラしてたと思う。
伏見 西野さんは恋人やパートナーと一緒に暮らす欲求は強かったの?
西野 ずーっと夢見てた。でも大きな勘違いだったんですけど(笑)。
伏見 今はおいくつでいらっしゃいますか?
西野 50歳でーす。もうボロボロ(笑)。自分はゲイとして、セックスは手に入れたから、次はパートナーシップや友情、コミュニティなども手に入れたいなと思い始めた、たぶん最初の世代で、わりと友人関係には恵まれていたんだよね。自分の周りにも年輩でパートナーシップを続けているような、いいサンプルが何組かいて、自分もセックスは手に入れた、友達もいる、じゃあ次はパートナーシップをと、それが自分に向いてるかどうかということよりも先に目指しちゃって、猫の彼のところにも転がり込んだんです。「自分はこの人と一緒に暮らして添い遂げるんだ」という夢を見て、その夢の延長として二人で猫を一緒に飼うことはいいことなんじゃないかと思った。でも結局別れてしまったんですけどね。
伏見 じゃあ猫は彼との関係性を補完するために必要だったのかな。
西野 30年以上つきあいを続けている大先輩のゲイの人が、「ゲイが一人で暮らしている時は、猫を飼うのはおやめなさい。なぜなら男を探すエネルギーを吸い取られるから。二人の男で暮らすんだったら猫をお飼いなさい。猫が緩衝材になってくれるから」と助言してくれてたから、僕は一人の時は飼う気は全然なかった。二人で暮らし始めると気まずい時もあるけど、猫に向かって悪口を言ったり、気をそらしたりとか、そういう存在としてすごくありがたかった。それに、その彼とは添い遂げるつもりでいたから、二人を結びつけてくれるかすがいみたいなところはありましたね。それで別れる時に一匹ずつ引き取ったんです。
(つづく)