2000.7.10発行のもの。
ゲラで、ページからはみだした分を削った。
この文章が、最初に編集部に入稿したもの。
私の作業日誌
版元ドットコム
本を内容で検索するために
沢辺 均
版元ドットコムというサイトを始めた。
出版社が、本の紹介をネットにデータベースで公開して、多くの人に検索してもらうサイトだ。いわゆる書誌データだけでなく、内容紹介・目次・著者プロフィール・版元の一言・リンク先URLまでつけて、それらの全文検索までできるもの。ついでに、カード決済・送料無料、三〜四日で出版社からお客に直送してしまう。将来は、ネット上から本のデータをダウンロードして買ってもらおう、なんていう壮大な野望までもっているのだ。
現在は、本のデータベースの試験版を公開するところまでこぎ着けている。正直、スケジュールは遅れてしまっているが、なんとかあと一息というところかな。
【小見出し】
出版社で本のデータベースをつくろう、と動き始めた
●1999年2月から
小さな出版社の集まりで何回か勉強会をもった。テーマは、パソコン・インターネット。版元ドットコムの企画は、その勉強会のあとの二次会・三次会のなかで徐々に盛り上がって始まった。
●1999年8月10日(火)
凱風社・第三書館・批評社・木下さん(個人参加)の四人と「出版DB準備会(始めた頃の呼び名)」の第一回目を開く。データ項目、プロバイダはどうする、などから議論を始めた。
以降、●9月8日(水) ●9月20日(月) ●10月5日(火)……と、ほぼ二週間に一度のペースで準備会。サーバーとシステム開発は、プロバイダの友人が、破格の条件で引き受けてくれそうな気配。
第三書館の北川さんからは「送料無料」案が出される。このサイトにインパクトを持たせるために、というのだ。この「送料無料」案、私は「無理」だとと思ってしまっていた。書店・取次からのお小言を心配する出版社が多いんじゃないだろうかと考えたからだ。ところが、大きな異論はなく、すんなり通っていく。なんだか出版流通をめぐる状況は、風向きが変わっているようだ。
【小見出し】
破格の条件でプロバイダの協力を得る
さて、システムをつくるには、小零細出版社の年間粗利益(売上げ−直接費用)くらいの予算がかかりそう。プロバイダの友人の好意に甘えられないだろうかと、準備会のメンバーと協力のお願いに行ってみる。後日送ったメールの報告にこんなふうに書いた。
「沢辺の印象→たぶん、○○さんは、一緒に新しいものをつくり上げ、将来お互いに利益を生む仕組みをつくるという姿勢だと思う。DBサーバーをつくって、運営してもらうのにいくらかかるのか、というポジションで相談を持ちかけるのではなく、当面このくらいの費用負担でやってもらえないか・このサイトで売り上げを伸ばし、お互いに利益をつくりだそう・そのためのシステムや約束ごと(率)を提示していくのが、よいのではないか」と。
簡単にいえば、開発費は払わずに、売上げからマージンをとってもらってカンベンしてもらおう、ということ。無茶苦茶虫がいい。
それでも、最終的にこの方向でお願いできることになった。少なくとも、お金の面で版元ドットコムが成立したのは、この虫のいい条件でデータベースとシステムをつくってくれている、このプロバイダのおかげである。
●1999年9月20日(水)
アクセスという会社の川添さんという人からメールをもらった。ポット出版のサイトに載せていた私の「本の内容検索ができる出版社データベースをつくりたい」というメッセージを読んで、メールをくれたのだ。
「(前略)私は現在、インターネットの、主にホームページのデザインを業務とする会社をやっておりまして、また以前は出版社にいてパソコン関係の雑誌、書籍の編集をしていたこともあり、出版DBについて強く興味をいだきました。よろしければ『出版DB準備ニュース』の配信をお願いしたいと思います。また、配信だけでなく、出版準備委員会に、なんらかの立場で参画させていただくことが可能であれば、その検討もお願いしたいと思います。もう4年半ほど、企業のWebをつくる仕事をしてきましたが、Webという媒体において、企業という枠組みの中でのみ情報を構築し発信することに限界といらだちを感じています。(中略)本への思いと、大量に存在するにもかかわらず適切に届けられない情報へのいらだちを持つ私に、何かお手伝いできることはありませんでしょうか。」
臆病者の私は、直接会って話をさせてもらい、当面まったく利益が出ないこと、だからまったく無報酬であることなどを念押しして、協力をお願いした。これ以降、準備会に参加してくれているし、サイトをつくる作業の中心になってくれている。
この川添さんのメールがきっかけになって、出版社の会員システムのほか、会友といってこの事業に無報酬で協力してもらうシステムをつくった。会友は現在一〇人にまでなっていて、サイトづくりなどでは、HTMLを扱えない中高年の版元に代わって中心的な存在。
【小見出し】
一二月二日の説明会・意見交換会
さて、いよいよこの「出版DB」の企画をさまざまな出版社のひとたちに具体的に提案して、参加を考えてもらうということを目標に、準備会での議論をすすめる。
●1999年10月26日(火)
準備会に青弓社があらたに加わる。
一二月二日の「説明会・意見交換会」にむけて、呼びかけ文・当日提案するレジュメなどを検討していく。●11月11日(木) ●11月30日(火)と準備会が続く。
「出版DB」の形を具体的に決めていく。
第一に、送料無料。第二に幹事社を決め、幹事社は責任と出資(二〇万円)と決定権を持つ。会員は会費負担とデータベースへの掲載権と幹事会などでの発言権を持つことにする。
第三にデータベース項目を、日本書籍出版協会(書協)の「書籍データベース」を基本に、内容説明などを付加すること、などを決めたのだ。書協がデジタルデータでの送付を求めている近刊情報を、この「出版DB」から自動転送しようということにもした。
これは、出版社側の利便でもある。新刊を出すときに、やれ「出版DB」だ、書協だと何カ所にも近刊情報を出すのが煩雑で紛らわしい。今後、取次や書店から近刊情報を求められるかもしれない。「出版DB」に登録さえすれば、自動的に転送される。転送先はサイトに書いてある、となれば間違いなく、ある範囲に近刊情報をデジタルデータで送ることができるのだ。
もう一つは、書協の「書籍データベース」は「DBのDB」として、本の存在を調べる基礎的な環境づくりで、その存在が、本の世界にとっても必要だと考えたからだ。「出版界の大手中心の書協の事業に、零細出版社ばかりの準備会が協力的なのはへんだね」なんて思ったこともあったんだが。
●1999年12月1日(水)
朝から大変。翌二日に開く「説明会・意見交換会」の記事が朝日新聞の都内版に六分の一くらいのスペースで載ったのだ。
「中小五出版社ホームページにデータベース/書名や著者、キーワードで検索/共同で本の「産直」計画/不況下生き残り策/一部切り売りも/あす飯田橋で説明会」というタイトルがついている。朝日新聞経由で問い合わせがどんどん来る。会場のシニアワークにも電話が入っていて、「定員以上は入れてはいけない」と釘を刺される。一二月一六日にもう一度開くことにして、途中から二日の参加を断る。
ともかく、朝日新聞の威力はすごいとビックリする。相変わらずの世界だ。
●1999年12月2日(木)・16日(木)
二日の参加は八二名、一六日は三八名が参加して、「説明会・意見交換会」は終了した。大反響だった。会場の定員は四二名。結局一回目は大幅な定員オーバー。
ここで宿題がだされた。書店が客注の際にこのシステムを利用できるように検討して欲しいというのだ。問題は、書店マージンを確保すると、出版社の取り分が取次に出す正味を下回ってしまうことだ。
【小見出し】
「版元ドットコム」へ、書店にも販売することに
●2000年1月7日(金)
幹事を決める。「説明会・意見交換会」をうけて、太郎次郎社が新たに参加して、凱風社/青弓社/第三書館/太郎次郎社/ポット出版/批評社で発足することになる。
サイトの名前を「版元ドットコム」にする。「版元」は業界用語で、一般にわかりづらいという反対意見も出されたのだが。
二月から、会員版元を募集するために、会の規約やシステムや会費などを検討し始める。
この頃の最大の問題は、書店に販売するかしないか。幹事会で議論が続く。
今後の本の販売の中心が書店なのか、ネットなどのあらたな方法に変化するのか、といった見通しの違いが背景にあったと思う。
その上、書店の販売マージンを仮に二〇パーセント確保すると、決済手数料などの一五パーセント、送料の目安一〇パーセントをひいて、出版社の取り分が五五パーセントと、取次に出荷した場合の六七〜七〇パーセントを大きく下回る。結構熱い議論に。
五五パーセントになってもいい、とか、取次出し正味を下回るべきでないとか。その間に、一五パーセントの決済コストを減らせないかとか。さらに、書店から数万円の前金をとればいいとか、書店ではそもそもカードを使えないんじゃないかとかいった意見まで加わって、激論になる。
結局、最後は、書店に八〇パーセントで販売する・送料は版元負担・決済は書店からそれぞれの版元へ郵便振替で送金・手数料書店負担、と決めた。つまりカード決済を使わず、プロバイダに払う手数料をかけない、ということでまとまることができた。
●2000年2月上旬
版元ドットコムのサイトをひとまず立ち上げる。アクセスの川添さんがその骨格をつくってくれる。ほんとにプロはすごい。
●2000年2月17日(木)
いよいよ、神田パンセで「会員参加説明会」を開く。九〇社・一二〇名が参加してくれる。当日配ったアンケートでは、参加したいが一五社、参加の方向で検討が二〇社、これから検討が三四社で、参加しない(と思う)が三社だった。
●2000年3月2日(木)
トーハンに「版元ドットコムをやりますからよろしく」と挨拶にいく。
対応してくれたのは書籍営業部長の阿部さん。版元からの直販に苦情をいわれるかなと思っていたけれど、「終始なごやかな談笑」って感じだった。
会員社から書店に直販した本が、取次に返品される危険に釘だけ刺された。「スリップは抜いて書店に送るの?」と。スリップがあれば、仕入れたものとして返品しやすいからだ。仮に、「新古書店」から買ってきてもスリップがないから、返品の際にチェックしやすいって話。でも、それは本の単品管理ができていないのが最大の原因。「スリップを抜いたからって、確実になくなるわけじゃないけどね」ともいわれる。
私から「代金決済だけを取次にやってもらえないもんか」と聞くと、一番しんどい書店からの代金回収だけまかされたんじゃたまんないふうだった。「書店からの代金回収は難しい」っていう話はホントなのかな。
トーハンに引き続いて、●3月3日(金)に日販、●3月15日(水)に大阪屋・太洋社・鈴木書店にもご挨拶。
●2000年3月7日(火)
今度は、書店の人たちと懇談会を持つ。
ブックスページ1、信愛書店、往来堂書店、飯田橋書店、青山ブックセンター、大学生協の関係者が参加してくれた。
「伝聞で話を聞いて反発があったのは事実」という意見もだされたが、「TS流通とドッキングできないか?」「データのインフラ整備に共感した」「版元も一生懸命になってきたと思った」という意見もでて、小さな書店と版元のエール交換のようなムードになる。
ただネット上でお客に直販しよう、という企画だけだったらこうはならなかっただろう。
この時期に、説明会の報道や、「版元ドットコムのめざすもの」といった文章を出版業界紙に書かせてもらったので、書店からもメールをもらったりした。
例えば北海道から「私たち地方の書店にとって今回の版元ドットコムは、大歓迎です、書店としてぜひ利用させていただきたく、詳細が決定したら、ご連絡ください」といったメールだ。
【小見出し】
サイトと書籍データづくりへ
さあ、「私の作業日誌」も終わりに近い。
最後は、日付順の話ではなく、いくつか項目別に書かせてもらう。
●個人の力が発揮できるサイト、個人の言葉をどんどん出すサイトにしたい。
文書は署名原稿が基本。報告などにも文責者を書く。このことによって、個人が好きにできる幅が広くなると思うからだ。
●書籍データをつくるのはやっぱり大変だ
目次や、著者のプロフィールを新たにデータ化したり、内容紹介をいれるなど、この作業は結構しんどい。
●でも、内容で検索できるデータベースは面白そうだ
今、テスト版のデータベースを公開している。そこで「新宮市立図書館」と固有名詞を全文検索に入れてみると、『熊野の伝承と謎』(批評社)という本が出てくる。「新宮市立図書館の発行する雑誌『熊野史』に発表した研究成果をまとめた」という内容紹介にヒット。もちろん、本の内容紹介に「新宮市立図書館」という固有名詞が入っているのを見てから逆に検索してみたわけで、インチキではある。しかし、本の掲載点数が増えていけば、「うちの近所の図書館て、どんなことやってるんでしょ」って疑問から検索しても、ヒットする可能性がたかまるのだ。
これまでにない、本の検索が実現しそうだ。
●新刊・近刊情報を提供できそうだ
書協のほかにも、ネット書店などとの相談が始まっている。出版業界全体で活用のできるデータベースをつくりたいという目的が、徐々に実現できて、拡がりそうな予感がする。
●出版社のコンピュータ利用はまだまだ
版元ドットコム用の書籍データ登録フォームをつくり、この使い方講習会を開いたのだけれど、出版社のコンピュータ利用はまだまだだと感じた。DTPなどは制作・編集プロダクションやデザイナー、印刷所でかなり強引に取り組まれていたものの、大元の出版社ではあまりすすんでいない。「本とコンピュータ」というテーマはまだまだこれからのテーマなのだろうか。
版元ドットコムはとりあえず三二社で出発した。カード決済開始も近い。
本の内容検索のできるデータベースが受け入れられそうな予感を持ち始めている。
[二〇〇〇・五・二四]
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