2001-11-07

第7章 自然エネルギー政策はなぜ進まないのか─封じ込められた地熱・小水力の潜在力(品田知美)

●遅滞する自然エネルギー政策
 政権が交代してエネルギー政策変化への期待は高まっても、自然エネルギー政策に革新的変化はみられなかった。東日本大震災の後に続いた福島原発の崩壊状態が、ようやく政策担当者の目を覚ますだろうか。原子力発電を維持・保護と自然エネルギーの導入政策の遅滞とはコインの裏表である。どの技術的解決が選択されるのか、という問題は科学技術の進歩の度合いや経済性で決まっているわけではなく、狭い利益集団に属するわずかな行為者たちの立ち回りが強く影響する。つまりは、社会の問題なのである。
 本章では、自然エネルギー政策の遅滞がなぜ生じてきたのかについて、地熱や小水力という技術分野でおきていることを手がかりに考えたい。結論から述べるなら、原子力エネルギー利用の必然性を利益集団が保とうとするが故に、これらの自然エネルギー利用は抑制されてきたと考えられる。
 日本政府は2010年6月に「エネルギー基本計画」を閣議決定したが、2020年までに9基の原発増設などを中心にすえ、自然エネルギー(=再生可能エネルギー)は10%程度にとどまっている。政権交代前の長期エネルギー需給見通が、地熱と水力を加えて8%であったので、少し上がったとはいえ、代わり映えしない。むしろ、10年以上に渡って停止状態にあった高速増殖炉の運転が再開されるなど、原子力業界を勢いづかせる機運が高まった。
 一方、ヨーロッパにおける政策の状況をみると、2020年までに再生可能エネルギー(自然エネルギーとほぼ同義)をEU全体のエネルギー消費の20%にするという目標が、2008年9月に政治的合意を終え、国別目標値が掲げられている段階にある。この目標と関連した動きとして、2020年までに自然エネルギー20%の導入をめざそうという「自然エネルギー20/20」キャンペーンが、NPOなどの提唱で2006年秋から繰り広げられた。このように、日本でも市民や専門家に自然エネルギー導入を主張する人々は多いし、熱心に提唱や主張がなされてきた。技術は日進月歩で進んでいるのに、なぜ政府の腰はこうも重いのだろうか。
 2009年の秋には、緊急の駆け込みで「太陽光発電」のみのFIT:フィードインタリフ(固定価格買い取り制度)を導入した。FITは導入すれば効果的というものでもない。すでにEU各国では多彩な導入事例が知られているからだ。太陽光のみのFITという政策を導入した国イタリアでは、運用面が複雑なため、導入が伸びず、失敗例とされることもある。EUの中では自然エネルギーに対して、積極ではない国の1つであるイタリアと、ほぼ同様な制度を日本が導入したことは偶然とは考えにくい。つまり、各方面の声におされて導入したという実績をつくりつつも急激な変化が起こらないような政策に、あえてとどめたということだろう。
 関係者の尽力で、まさに震災が起きた2011年3月11日に、固定価格買い取りを太陽光のほかに、風力、水力、地熱、バイオマスのFITを導入するという閣議決定がなされた。非常事態で法案が提出されなくなってしまったが、変化の方向性が垣間見える。だが、すぐに法案が通過し施行されても遅きに失している上に、買い取り価格が太陽光の半分程度の15-20円/kwhと低く設定されている。しかも消費者に価格転嫁をしてかまわない、という条文とセットで、値上げをしやすくしたのである。
 後に振り返った時に、多くの人が後悔するかもしれない非合理的な意思決定が、自然エネルギーにかかわる政策領域でなされているのではないだろうか。歴史をたどると、現場をよく知る技術者や専門家たちの判断が無視され、既得権益を持つ人々の都合を慮った意思決定が企業の幹部、官僚や政治家たちによってなされるという構図は、日本ではいやというほど繰り返されてきた。
 その最も惨い事例の一つを、水俣病をめぐる紆余曲折と被害拡大にみることができる。水俣病は、公式確認が1956年であるにも関わらず、チッソの排水が原因と政府が公害認定したのは、実に12年後の1968年である。後に原因と確定した有機水銀説は、1959年には熊本大学医学部によって十分に実証的な検証を経て発表されているのに、チッソや化学業界は中央の学者を動員して、農薬説や爆薬説、有機アミン説といった珍説を作り出し、マスメディアはこれを有力な「反論」として取り上げ、原因がわからないという世論を作り上げた2)。また、当時のチッソ工場排水との因果関係がかなり明確になってからも、産業保護を至上命題としていた通産省にとって、操業停止措置などは考慮の外にあったといわれている。その間に患者は拡大し続けた。さすがにごまかしきれなくなってから、最後に公害認定を決断したのは、厚生大臣であった。
 そして、地域住民が被害者集団と一枚岩にまとまっていたわけではないことも事実である。当時の時代背景のもとで、市長をはじめとして地元の有力者たちは企業や官僚など中央の支配層の側についていた。水俣病患者は地域でも差別されていたのである。水俣病の教訓から学ぶならば、事態の進展を遅らせた責任を負うべき関係者は意外に多い。既得権を持つ企業の経営陣、官僚、地元の政治家および有力者、中央の政治家、動員された学者、そしてマスメディアである。
 本章では、この教訓を手がかりとして、自然エネルギーの潜在力を紹介し、過去に環境にかかわる政策の進展を遅らせてきた関係者たちの動向を拾うことで、現在進行中の自然エネルギー政策の遅滞という社会現象を読み解いてみよう。

●日本の風土からみた自然エネルギー
 どこで用いられても同じパフォーマンスが得られる化石燃料とは異なり、自然エネルギーは風土の特性を考えることが必要だ。風土とは、単なる自然環境という意味合いを越えて、文化や歴史性を組み込んで人間を存在させている環境である。やはり、なじまないものは浸透しきれないと考えるならば、欧米で導入が進んでいるために日本で推進されている風力発電よりも、有力な自然エネルギーがあるのではないだろうか。
 日本の自然環境の特徴は、モンスーン気候のために降水量が多く生物資源の生産力が高いことだ。7割が森林に覆われている先進国は多くない。放っておいても草木が繁茂する自然環境とは、すなわち太陽光と水の双方に恵まれた土地であることを示している。つまり、太陽とバイオマス、水力などの自然エネルギーが有望だということになろう。また、日本は地震大国であると同時に、その裏返しとしてめぐまれた温泉という地下からの恵みを存分に活用してきた歴史を持っている。したがって、地熱という自然エネルギーにも十分な期待ができるはずだ。
 ただし、緯度が比較的低いことから強い太陽光が得られるといっても、降水量が多いということは、日照時間が比較的短くなるということを意味する。この特徴は、太陽エネルギーにはあまり有利に働かない。太陽エネルギーの直接利用には日照時間の長さが決定的に重要なファクターになるからである。
 風土の特徴を考えると、世界中で自然エネルギーの導入が拡大しているなかで、日本でバイオマス、水力、地熱という自然エネルギーの利用にあまり進展がみられない現状は、奇異に映る。特に地熱については、2008年に米国の環境学者レスター・ブラウン氏が来日した際の講演で、「日本は地熱発電で国内電力の半分、もしかして、全部を賄えるかもしれない。なぜしないのか?」と発言したことはよく知られている3)。ブラウン氏のみならず、世界の識者は首を傾げている。
 実際に、さほど地熱導入に積極的とは見えない経済産業省の報告書ですら、これらの自然エネルギーの潜在力は十分に高く見積もられている。地熱発電に関する研究会の中間報告書(2009年6月)では、日本が世界第3位の地熱資源量を有し、その値が20,540メガワットであることが示されている。より緻密なGIS地熱資源量評価を重ねた産業技術総合研究所の村岡洋文氏によれば、既存技術で経済性に見合う浅部のみで見積もったとして、23,470メガワットが可能だとされる4)。現時点では540メガワット程度の発電しか行われていないので、控えめにみてもこれだけで、40倍以上に増やせることになる。
 また、水力発電は、すでに大規模なダムなどによる設備を中心に日本の総発電設備容量の8.6%を担っている5)。小規模な水力発電のポテンシャルはというと、全国小水力利用推進協議会の試算によれば、現時点の技術・経済環境のもとでも、3000-5000メガワット程度が利用可能と見積もられている6)。  
 つまり、日本には地熱と小水力だけで、2008年時点の総発電設備容量261570メガワットの10%程度をまかなえる潜在力があると見積もられる。現時点では、ほぼゼロに等しいことを鑑みると、エネルギーの自給率の低さが問題視され続けてきたにもかかわらず、まったく政策が進展していないという現状は明らかだ。
 科学技術的にみて十分な潜在性がありながら、ここまで自然エネルギー導入が遅滞する理由は社会的な問題が疑われる。以下では地熱と水力のそれぞれについて、個別に技術の現状や関係する集団や制度の状況をみておこう。

●地熱技術の最前線
 まずは、ポテンシャルの大きい地熱技術をとりあげたい。日本の地熱発電の歴史は古く、1919年に海軍中将山内万寿治氏が大分県で掘削に成功し、後を引きついだ太刀川平治博士が1925年に成功したといわれている7)。その後初めて発電所が運転開始したのは1966年で、以来18地点で20プラントが運転しているものの、過去10年にわたって新設されなかっただけでなく、設備容量は減少気味である。産業技術総合研究所の村岡洋文氏は、これを「日本の地熱開発の失われた10年」と解説している。政策を振り返れば、1997年には新エネルギー法から除外され、RPS法の対象からもはずされた。政府予算は地熱の技術開発費を削減し続けて、ほぼゼロとなった。政策は地熱を見捨ててきたようにみえる。ところが、その間世界の地熱発電は1985年から2005年にかけて倍増していたのだ。なぜか潜在可能量がある国で地熱開発を進めていないのは日本だけであった。
 地熱発電のしくみは、火力発電と似ている。蒸気の勢いでタービンをまわすところは同じだが、化石燃料を燃やして水を蒸気に変えている火力発電所と違い、地熱発電では直接地下から蒸気を取り出す(蒸気フラッシュ発電)。少し温度が低い場合には、水よりも低温で沸騰する媒体を蒸発させて、タービンをまわした方が効率的になる場合があり、この方式をバイナリー発電という。媒体としては、ブタンやペンタン、アンモニアなどが使われている。日本ほどの地熱資源が豊富でなく蒸気にめぐまれない海外ではこちらが主流となって建設が進められてきた。いずれにしても化石燃料を燃やさないので、二酸化炭素を排出しない。エネルギー源はほぼ無尽蔵と考えてよい地球内部のマグマが源である。
 理論的には深く掘って行けばマグマに近づくため、世界中に地熱資源利用の可能性があるわけだが、天然水はそこまで深く浸透しない。浅いところにマグマが上って来ている日本のような地域では、水と熱が出会う確率が高まることで有利にはたらく。浅ければ掘削や維持管理にかかるコストが抑えられるからである。このため地熱資源では地温勾配という数値が重要とされる。通常は30℃/kmくらいのところ、地熱発電の適地は日本の場合100℃/kmくらいまでが目安にあげられているようだ。ヨーロッパなどでの基準は、50℃/kmまでが優位性のある箇所となる。近年、事前の探査技術が向上し掘削コストが下がってきたため、適地はさらに深部へと広がりつつある。
 天然水が都合よく浅いマグマの近くにたまって吹き出す、というような恵まれた地域は日本にたくさんあり、これが世界に冠たる温泉文化を築いた。そのような風土にめぐまれない世界では、温度勾配のある場所に、水を注入して戻ってきた熱水で発電をしようとする高温岩体発電などの新しい地熱発電の方式がにわかに脚光を浴びてきた。まだ日本ではなじみが薄いが、より発展系として涵養地熱発電(Enhanced Geothermal System)という技術開発が急速に進められている。この方式は、井戸から水を注入して圧力をかけて別の井戸から熱水を取り出すため、基盤が浸透の少ない花崗岩質であることが求められており、日本でも科学調査の結果、有望な候補地も8カ所示されている8)。
 高温岩体発電は、1970年代にアメリカのロスアラモス国立研究所が提唱して以来、世界各地で実験が続けられてきた。日本でも、電中研などを中心に、NEDOなどとともに手厚い研究開発が取り組まれ、実証段階を経てコスト試算などもすでに行われている。電中研の試算では近年の掘削費の下落を織り込むと、発電単価は9円/kWhまで低下する見通しである。この単価は、下落傾向がみられる太陽光発電がまだ40円 /kWh以上の現状にあって、目標が20/kwh円代であるのと比べれば驚異的な安さであるといえる。このように技術的にほぼ確立し、経済性もあるとされるエネルギーの導入が進まない理由はどこにあるのだろうか。

●地熱へ向かう世界と遅滞する日本
 技術的な蓄積が日本に十分あることは、技術者たちが世界の現場でプロジェクトに積極的に関わっていることからも明らかだ。だが、技術が商用レベルに達した後、科学技術の専門家たちにできる仕事はあまり多くない。税金を投入し、技術を蓄積したあと、あろうことに政府は事業をうちきって放置した。電中研が2002年に高温岩体発電の技術マニュアルをすでに作成している段階まできているのに、2009年6月の「地熱発電に関する研究会中間報告」では、新技術として触れられているのはバイナリー発電のことでしかなく、高温岩体発電は議論の対象にすらなっていないのは、奇妙である。
 その間に世界の政府や投資家たちは、新しい地熱技術を用いたプロジェクトの投資に積極的に動いた。オーストラリアでは、政府機関と民間企業が出資して大規模な高温岩体プロジェクトが複数始動している。このうちクーパーベイズンで掘削が行われたプロジェクトには、日本で実証試験を終えた電中研のグループが共同研究契約を結び参画している。また、グーグルは、次世代型の地熱発電に積極的な企業な一つで、2008年に1000万ドルをオーストラリアの地熱システムに投資した。
 村岡洋文氏は、地熱産業を育てるためにはいま政策が集中投資するべきだと主張する。まだ、2009年時点ではまだ世界の地熱タービンの半分は日本製だ。例えば、東芝は、2011年4月にニュージーランドの地熱発電所8.3万kW級のもの2基分にあたる設備を受注した。政策的な支えも国内の新奇需要も得られない中で、日本の企業はよく持ちこたえている。だが、世界の地熱産業はその間に一歩抜け出しつつある。富士電機システムズは、小型バイナリー発電の商品化をすすめきたが、日本でようやく国産第一号のバイナリー発電の実証試験が始まったのは2006年である。そのころには、世界中で商用のバイナリー発電が多数建設されていた。なかでも、有名なのは米国のオーマット社といわれる。その時期に至って、2008年に経済産業省はバイナリー発電を、いまさらながら「新エネルギー」に指定したところだ。
 小型のバイナリー発電は既存の温泉施設などで使われずに捨てられている熱水や蒸気なども利用できるため、新たな掘削もなくすぐに導入できる現場も多い。そこで障害となっているのが、電気事業法で求められているボイラー・タービン主任技術者の常駐義務である。この規制を緩和するよう2009年に政府の規制改革会議に提案がなされたが、却下されてしまった。理由は安全性の根拠が不十分とのことだが、小型バイナリー発電は海外ではユニット化されて販売されていて実績があり、容易に安全性の検証はできるはずであろう。2011年2月末の時点で、まだ「規制緩和の検討中」という状態だ。
 ただし、地熱発電への最大の反対勢力は温泉地の住民かもしれない。2008年、嬬恋村の地熱発電所建設計画が明らかになると、隣町の草津温泉がある草津町議会はすばやく反対決議を採択。大規模な町民集会を開催して、町長は環境省と国交省に陳情に出向いた9)。問題は、科学的な調査などのデータなしに温泉地側が絶対反対姿勢を決定していることだ。専門家は、調査すれば影響が及ぶかどうかわかると主張しているが、嬬恋村は立証をするための調査資金が捻出できない。結局、掘削調査すらできないうちに、NEDOの補助金調査から漏れて嬬恋村の計画にその後の進展はみられない。

●小水力発電の技術と経済性
 では、もう一つの風土になじむ自然エネルギーとして伝統ある水力はどうだろう。
 日本における水力発電の歴史は地熱発電よりも古い。1882年に島津家の「磯庭園の水力発電所」がつくられて以来、1880年代には産業・商業用の水力発電所の建設が進められた。そのうちのいくつかは、100年以上にわたり現在に至るまで電気を供給している。戦後大規模な水力発電所がつくられた一時期、一次エネルギーの4割、電力の7-8割を水力が担っていたこともある10)。化石燃料が入手できないとき、頼れるのは国産エネルギーとしての水力だった。かつて、地方の農山村で自前の小規模な水力発電設備を持っていた地域も多い。放置されて休眠状態だった設備を更新し、運転を再開させるケースも増えつつある。
 古くから確立されてきた小水力発電技術のしくみは単純である。流れる水の力で水車をまわして発電する。水車の形状には様々なデザインがあるが、基本的に発電量は落差と流量で決まるとされる。水力発電機の技術は急速に洗練、発展しており、いまではインターネットの通販で小型の水力発電機を買うこともできる時代だ。流れのある小川や水路などに投げ込むだけで自家発電できたり、ダムや堰をつくらずに設置できる装置も開発されている11)。ただし、100kw未満のマイクロ水力分野では機器の開発が遅れていて12)、産業界も大規模な水力発電設備中心でやってきた時代から、発想が転換しきれていない。
 国土の至るところに滝がある。つまり落差のある水が流れており、流量のある農業用水が田んぼをうるおししている日本では、小水力発電が設置可能な場所には事欠かない。とりわけ有利なのは、里と山が出会うところ、すなわち古くから集落がつくられてきた農山村地域が水力発電の生産地となりうる。
 小水力発電の発電単価には諸説あり、評価が定まっていない。設置場所や設備の選び方いかんによって差が大きいからであろう。日経エコロジー2010年2月号には、12円/kWhという数字が示されている。愛知県東郷発電所の実稼働データで6円/kWhの原価が示された事例もある。基本的には落差と流量によって適切な水車を選んで個別機器を設置する方式がコストを引き上げる。丸紅が2009年2月に稼働させた小水力発電では、汎用品を並べるという手法をとって建設コストを抑えた。風力発電とちがって、現時点では水力発電機が量産体制にないために小規模のものは相対的に高価となっているのだ。
 
●小水力発電の普及を阻むもの
 全国小水力利用推進協議会が2009年11月に経済産業省に提出したパブリックコメントによると、現在1台ずつ生産している発電機を20台程度のロットで生産できれば価格は1/2、90台ずつなら1/3と大幅な価格低下が見込め、石油価格が高止まりしている場合の石油火力発電所と同等レベルの発電単価に近づき、買い取り価格を25円/kWh程度に定めれば大きな普及拡大が見込める、と述べている。現在太陽光のみで実施中の買い取り価格は48円であるから、その半分でもよいという謙虚な要望だ。
 小水力は、バイナリー方式の地熱と同じ2008年に1000kw以下のものに限り新エネルギーに指定され、新エネ法とRPS法の対象となった。初期投資にかかるコストを補助金で補える制度も存在している。だが、問題はここからである。複数の官庁にまたがる認可手続きが煩雑なのである。
 流水の種類によっては、水利権を取得しなくてはならず、設置主体によって河川法の許可を得なくてはならない。また、電気事業法による規制により、1000kw未満なら外部委託が可能だが、1000kw以上になると電気主任技術者の選任が必要となる。10kW以上になると水力発電は電気工作物の指定を受けるため、保安体制の確立や工事計画の届出が必要となり、ダム水路主任技術者は選任する必要があり、こちらは外部委託がきかない。風力は、20kW以上が電気工作物とされていたため、ハードルは水力の方が高かった。
 2009年12月に出された総合資源エネルギー調査会の小型発電設備規制検討ワーキンググループは、規制緩和の要望を受けて検討した結果、電気工作物の指定を20kW未満とし、ダム・堰を有さない20kW~200kW未満の水力発電の場合にはダム水路主任技術者の選任や工事計画の届け出を不要とした。小規模の関連業界団体である小水力発電協議会などが地道に努力を続けた結果、ようやく一歩前進した。けれども、流量が1m3/s未満という追加規則が新たに加わり、この規制撤廃が求められている。政府には積極的に推進する姿勢がみえず、規制を維持しようとする姿勢がかわらない。
 だが、もう1つの関門である水利権を新たに得るためには、多くの関係者と協議して国交省から許可を取得する必要がある上、水利権を保持していても10年以上取水していなかった場合に、「遊休水利権」と見なされ取り直しを求められた事例もある14)。戦後まもない昭和29年につくられた熊本県荒瀬ダムの水力発電所をめぐっては、漁業組合が2010年3月で切れる水利権の延長に同意しなかったので、撤去することが先頃決まった。小水力発電の規模に関わらず水利権の許可を必要とすることが、手続きの煩雑さをもたらしている。

●地熱・小水力の潜在力はなぜ生かされないのか
 地熱と小水力という自然エネルギーにはいくつか共通の特徴がある。初期投資がほとんどのため当初は高くつくが維持費が少ない。発電設備が工場で量産される体制がまだ十分整っていない。しかし、いったん設置されれば設備稼働率が高く、長期間にわたって設備更新を必要とせず、安定した発電量が見込める。古くから人々が親しんできたエネルギーであるがゆえに、権利関係が複雑で合意を得るための手続きが必要となる傾向がある。
 これらの特徴を、化石燃料を代替する他のエネルギーと比べてみよう。初期投資が高くつくのは、原子力や太陽、風力などでも同等で、当初に公共の積極的な支えを必要とする点は同じだ。経済性でいえば、太陽光の方が地熱や水力よりも高くつくことは明らかで、電力会社に買い取らせた余剰電力の費用を、電気利用者すべてに負担させる制度まで導入して実施されている。もし地熱と水力ならば上乗せ負担はいらなくなる可能性もある。つまり政府は、コスト以外の理由で、自然エネルギーの取捨選択をしているのだ。
 地熱と小水力でなく太陽光が重視される理由はどこにあるのか。工場での量産体制が最初の手がかりになりそうだ。太陽電池の生産メーカーは日本のモノづくりを象徴する大企業が名を連ねる。高いということがむしろ歓迎され産業規模の大きい業界団体の意向が、景気対策と合わせて入り込んだということではないか。さらに、太陽光や風力などの不安定な自然エネルギー源の方が優遇されてきた理由は、一見すると系統連携の側面からは不利なようだが、あまり増やせない理由が維持されて、実は電力会社からみれば好都合である。
 地熱や水力は安定した発電量を得られるので、系統連携が不安定になるという理由から拒否することは難しい。また、原子力発電や調整が難しい大規模な化石燃料の発電が余っている夜間にも地熱や水力の電気を供給できてしまうので、原発不要論を助長する。すでに原子力発電の余剰電力が夜間に余っているため、オール電化をやっきになって推進している電力会社にとっては、経営的にも迷惑となる。現在、水力発電所を原子力発電所の電気が余る時間帯に水力発電を揚水発電に変えて運用している場合が多い。つまり、もったいないことに水力発電の設備を十分利用せず原子力発電を優先させているのである。昼間のピーク時の発電が主流の太陽光であれば15)、ベース電源と競合しにくく電力会社に買い取りの合意が得やすい。
 しかし、これでは政府が太陽光発電関連メーカーと電力会社のために制度を整え、消費者に上乗せ料金を負担させるという構図となり、需要側にはなんらメリットがない。また、次世代の産業という視点でも、技術蓄積の強みのある地熱や水力の関連産業を育てず、まっとうな市場競争を妨げて打撃を与えてしまう可能性がある。合理性のない政策決定の連続では、原子力をめぐる利権の存在を疑われて当然であろう。震災後のメルトダウンによって原子力発電の信頼が地に落ちても、原子力がなくては日本がどうにもならない、という姿勢を政府と電力関係者は主張しているが、実はほかの選択肢は十分にあるということが隠蔽されている。原子力発電には、毎年膨大な税金がつぎこまれる。平成23年度の「京都議定書目標達成計画関係予算」で直接の削減効果があるとされたエネルギー転換部門の予算では、原子力は1,179億円に対し、新エネルギーは全部まとめて707億円にすぎないのだ。
 なぜこれほどまでに電力会社の意向が政策に影響を与えているようにみえるのか。第二次世界大戦前後の制度改革が、現在まで尾を引いている可能性がある。国家は、明治以来乱立していた電力会社を戦時体制下で接収し、戦前から戦後の一時期、日本発送電株式会社と9配電会社が統制していた。戦後、GHQは日本発送電を解体することに重きをおき、9配電会社の主張にそった9電力会社分割案を支持した。結果として電力会社は民営化されて、国家統制を免れたが、発電/送電/配電を地域の電力会社1社が地域で独占する体制が構築された。この垂直統合体制は、20世紀後半の産業構造の中で安定した電力供給を可能としたことは確かだが、21世紀で期待されるシステムには弊害が大きい。いまの独占体制では分散型の自然エネルギーを取り込むメリットが、電力会社にもほとんどないからである。原発事故をきっかけに、発送電の分離がメディアの話題にのぼった。実際に進展するかどうか注視したい。この点が極めて重大であることを自覚している当事者たちは、なんとしても独占体制を死守しようと、あらゆる理屈を並べて抵抗するだろう。
 メディアは、この既存の強固なシステムに自覚的であるようにはみえない。残念だが、官僚の発表を横流しする報道が続いている。例えば、2010年2月16日づけ朝日新聞の、「経産省、地熱発電の規制緩和へ」という記事は、政府は先進的に動いているというイメージを与えている。ガス抜き程度の規制緩和策をようやく今後検討する、というガラパゴス化した政府の状況に対して、遅きに失すると批判的にとらえている様子はない。今回の事故時に明るみに出たとおり、記者や多くの専門家たちは原発関連の潤沢な予算で実際に潤おっており、飼いならされてしまっている。
 そして、水力や地熱施設の導入は、温泉業者や水利権を有する農業組合や漁業組合などの地域住民の同意に阻まれることもある。原子力発電のように立地に際して交付金が出ている訳ではないなかで、気候変動のために自然エネルギーを導入することへの重要性は、人々に浸透していない。
 既得権益を守ろうとする企業、官僚、地元の政治家および有力者とその関連団体、そしてメディア。水俣病の解決を遅滞させた関係する行為者たちと同じような顔ぶれが、ここにも出そろった。原発の事故時には大量の御用学者が動員され、批判をする専門家たちはマスメディアに登場しない。
 しかし、この利益集団による蜜月は地球温暖化による甚大な影響を私たちが被る前に、未曾有の大震災という形で終わりを告げられた。世界がティッピングポイントにあることを認識できていなかった日本社会に、自然は手ひどい殴り込みを入れてきた。原子力発電所が最も得意としていたはずの電力の安定供給が、実際にできなくなるという非常事態が起きてしまった以上、エネルギー政策は根底から揺らいだはずである。2011年3月11日を日本の戦後にたとえて再出発するなら、電力会社の発送電独占状態を解体することから始め、自然エネルギーの導入を思いきって促す好機である。支払った代償は極めて大きいが、この災いを転じて、日本が世界最先端の自然エネルギー立国となることを期待したい。


1)経済産業省が使い続けている日本独特の用語、2008年以降の定義では自然エネルギーのうち大規模な水力と地熱を除いたものとほぼ同義。
2)財団法人水俣病センター相思社, 2009, 『ごんずい』113号,p.5
3)レスター・ブラウン氏(Lester R.Brown・アースポリシー研究所所長)2008年6月6日,上智大学における講演
4)村岡洋文,2009,パラダイム転換としての地熱開発推進,Gate Day Japan シンポジウム講演資料
5)エネルギー白書2010年版による、2008年度のデータ
6)日経エコロジー,2010.2,特集:ニッポンの自然エネルギー
7)地熱学会HP(http://wwwsoc.nii.ac.jp/grsj/index.html
8)電中研レビューNo.49
9)日経エコロジー,2009.2,インサイドアウト
10)小林久,小水力発電の可能性,世界2010.1
11)シーベルインターナショナル(http://www.seabell-i.com/stream.html)
12)山田茂登,大和昌一,2009,V.新エネルギー 5)地熱発電/マイクロ水車,火力原子力発電,Vol60.No10
13)小林久,前掲.
14)日経エコロジー,2010.2,特集:ニッポンの自然エネルギー:小水力
15)産業技術総合研究所HP:太陽光発電の特徴
(http://unit.aist.go.jp/rcpv/ci/about_pv/feature/feature_3.html)