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[第2章●強靱なリファレンス環境の探求] 7… 百科事典の価格 |
[2004.04.28登録] |
石田豊 |
百科事典の時代はすでに終わったのかもしれません。 この世の中のすべての知識が集め、整理し、秩序づけされうるという信念がなければ、百科事典コンテンツは成立しません。 いっぽう百科事典が商業的に成立するためには、そうして秩序づけられ、権威づけられた「知」の体系をかなりの金額を支出しようというお客さんが多数存在しなければなりません。 このふたつの前提条件がともに崩壊しているか、いまの時代でしょう。崩壊しているなんてのが言い過ぎであっても、成立しにくくなってきちゃったってのは確かでしょう。 そうした時代背景の中で到来したのがインターネット時代。これがとどめの一発ですね。 ブリタニカはじめ、どこの「百科事典メーカー」も経営がキビしいそうです。今後は新規の大型百科事典の編纂はおそらく不可能だろうとも言われています。 こうした百科事典の未来に対する危機感をもっとも痛切に捉えていたのは、当然のことですが、当の「メーカー」側でした。 一時期ではありましたが、ブリタニカはその中身のすべてをネット上での無料公開に踏み切りました。また日本を代表する大型百科事典である平凡社「世界大百科事典」、小学館「日本大百科全書」の両者も、デジタルコンテンツとして安価に提供されるようになりました。 電子出版における「価格」はどうあるべきなのか、にはいろんな考え方があります。紙の書籍を作るにあたって、最大のコストは紙代+印刷代だと考えてよいでしょう。デジタルにすると、その部分のコストは激減します。倉庫代や運送コストも小さくなることは言うまでもありません。ですんで、紙版デジタル版の双方が存在する出版物では、紙版より安く設定されているんじゃないか、と考えられます。 ですが、個々の出版物を具体的に見ていくと、各出版物により価格戦略はずいぶん異なっています。
こうやって一覧表にしてみると、読み物系は紙よりデジタル版が安く、辞書など「実用系」は逆になっていることがわかります。 本の価格はコストの積み上げではなく、かなり戦略的につけられているんですね。ともあれ、デジタル版と書籍版の価格差は、そうありません。 しかし、百科事典はどうか。 平凡社の「世界大百科事典」の場合、紙のは全巻揃いで\283,500ですが、デジタル版は\18,900。先ほどと同じように比であらわすと、なんと0.07になっちまいます。小学館の日本大百科全書は紙版が現在リストに掲載されていない(絶版?)ため、価格比較してもしかたないのですが、これも25万円程度のものが、スーパーニッポニカライト版では10290円。ブリタニカはブリタニカ・ジャパンの「定価」同士で比較すると、紙版275,000円対CD-ROM版15000円。 どれもいわば9割引以上。まさに投げ売り価格。びっくりプライスです。 百科事典が広辞苑2冊分より安いわけですからね。 創立20周年以上で自社ビルを所有しているような中小企業の社長室に案内されたりすると、判で押したように、平凡社の世界大百科事典35巻がズラっと並んでいます。背の金文字がキラキラ光っています。つまり、ほとんど使われていないわけです。 これは、かつて百科事典が担っていた「意味」を象徴するような光景だと思います。知的(に見える)豪華アクセサリー。ある社長さんに聞いたところでは、ビルの落成祝いに施工業者からプレゼントされたんだ、とか。「でも地図帳はときどきみているよ」との由。妙なツボや絵画を貰うよりは、ずっとマシかと、私も思います。 しかし、デジタル化された百科事典は、なんのアクセサリーにもなりません。せいぜいCD-ROM3枚程度ですから。 電子化されたことでもっとも利便性が増すのが辞書事典の類です。小説が電子化されたところで、味わい深くなるとか読みやすくなるなどということはほとんどないでしょうが、辞書事典の類はグンと便利になります。 そのせいもあるのでしょうか。先に見た紙vsデジタルの価格比較でも、辞書類は強気でした。 しかし、辞書類の親玉とでもいうべき百科事典では事情がまったく逆転。デジタル化による使い勝手の向上なんてことを言い出せば、多巻モノの百科事典のほうが、1巻モノの辞典類よりずいぶん上のはずなんですが、逆に、この値段。 文字数やボリュームを他の書籍と比較してみても、書籍版百科事典の価格が高すぎたとは思えません。 もしかすると、作り手が百科事典のもつ「アクセサリー性」を気に病んだのかもしれないと勘ぐってしまうほどです。そうとでも考えないと、このデジタル版の低価格は理解がしにくいものです。 一種のステイタスシンボル的な要素が崩壊してしまった以上、思い切った廉価でもって、一気に普及をはかるという作戦であるのかもしれません。 しかし、それにしては各社のマーケティング戦略は、傍目には腰が据わっているものには見えないのです。頻繁に価格改定もありましたし、広告宣伝も十全になされたとは思えません。商品力は強烈だと思うのですが、書店店頭でもほとんど見かけません。たとえば、今は折しも入学シーズン。2万円弱の巨大百科事典は新高校生、新大学生に対する格好のギフトになりうると思うのですけどねえ。 あげくの果てには、平凡社版のをデジタル化した日立デジタル平凡社は解散してしまい、いまは日立システム&サービスがどことなく「メインテナンス的」に販売を続けているだけですし、小学館のスーパーニッポニカもライト版は小学館のサイトによるとMac版のみの在庫が残っているだけです(プロフェッショナル版:40,950円はあり、ただし流通在庫はまだある模様。後述)。 もしかすると、大百科が1万円ちょいというのは21世紀初頭の数年間だけのうたかたで終わってしまうのかもしれません。なおも言えば、それが、きわめて20世紀的なモノであった百科事典というものの終焉であるのかもしれません。 ゲスの勘ぐりかもしれませんが、この値段では、いくら低価格化により爆発的に販売量が増えることをもくろんでも、再生産のためのコストを備蓄するわけにはいかないと思います。百科事典の編集は多数の人力と多大の時間がかかるため、作るには大きな資本力が必要になるはずです。もしかすると、新しい版への再生産の目論見を放棄した価格なのでは、と。 だからこそ、われわれユーザとしては、この価格で入手可能なうちに、とりあえず買っておくのがいい、と思うんですね。つまり、今だけですよ、こんなお値段は、オクサン、ってこと。 「止まった」百科事典は、あっという間に古びていきます。それはそのとおりです。また現代という時代にあって、文字通り「百科全書」的情報ってのがはたして有効であるのか、という指摘にも納得させられるところはあります。 しかし、それは百科事典を教条的に信奉し、その記述でことたれりとする場合にこそあてはまることで、その記述を出発点に調査や考察をすすめていくなら、多くの専門家が長い時間をかけて作り上げてきた百科事典の有用性は揺るぐことはありません。 百科事典コンテンツは、未知の世界に踏み込んでいくための橋頭堡でしかないのだ、と思います。 デジタル化されたことで(そのうえ1万円ちょっとで買えるようになったことで)、百科事典の使い方はたいそうカジュアルなものに変わってしまいます。「ひもとく」から「チェックしとく」への変化とでも言えましょうか。 しかし、そのためには、ただ、デジタル化された百科事典CD-ROMを買ってくるだけじゃだめで、もう一手間、必要になってきます。それは次回に。 |
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