2011-04-22
書評『TOMARI-GI』
きっと、HIVの問題で多くの人が腑に落ちないのは、どうして感染者や患者が圧倒的に男性同性愛者に集中しているのか、という事実だろう。そしてその「どうして」に触れるのがなんとなくためらわれること。ためらわれる理由は、かつてAIDS=ホモという科学的に間違った偏見が広がってしまい、その苦い体験から少数者の人権に触れるような言及を避けたい気分があるのかもしれない。しかし、AIDS=男性同性愛者は「偏見」のはずなのに、「どうして」男性同性愛者がHIV感染者、AIDS患者過半数以上を占めるのか?
その答えは単純ではないが、肛門性交がHIVの感染に相性が良いこと、狭く密度の濃いコミュニティでウイルスの伝搬が加速されること、ジェンダー規範にとらわれない男性同性愛者の性行動が活発な傾向にあること……などが考えられる。それらによってHIVは男性同性愛者のネットワークのなかで増殖しやすく、彼らの身体は危険にさらされている。
「性行動が活発」などというと、保守的な倫理観を持ち出されて非難されかねないが、性行動の選択は個人にゆだねるべきことがらであり、その自由を承認し合うのが自由主義社会の原則。そして病気の感染拡大を阻止するのに必要なのは、特定の立場から課せられる倫理ではなく、正確な認識と現実的な対処法である。だから、本来こうあるべきなのにそうなっていないのはどうしてか、という問題の立て方ではなく、ある条件のもとで「そのように」性行動を取る人たちに対して、どう対処していけば感染拡大が防止できるのか、という考え方をしていくのが肝要だ。
実際そうした問題意識にそった活動も試みられていて、新宿二丁目にはHIV啓発の情報発信センターであるaktaがあり、そこから数百軒あるゲイバーに啓発用のコンドームを配るボランティアなど派遣されたり、いろんなイベントも催されている。また活動の一環として啓発用の冊子等も制作されている。
その一つ『DISCOVERY 新宿二丁目』は、二丁目のマスターたちにHIVについて語ってもらったインタビュー集。役所が作った啓発パンフレットは手にとらないような人たちも、知り合いのマスターたちの言葉には耳を傾けるかもしれない。ゲイバーほど当事者に対して啓発効果のある「現場」はないのだから。
また二丁目のみならずゲイバーの経営者向けの啓発雑誌「TOMARI-GI」も戦略研究・MSMグループから発行されている。お客さんを待っている間にマスターに読んでもらい、それをお店での話しの種にしてもらおうという意図で制作させている。ゲイバーのマスターほど影響力のある「啓発の口」はありえず、彼らへの情報提供などを目的としているわけだ。
こうした取り組みがなされているコミュニティや繁華街は、ゲイ関係以外にはないかもしれない。よく「先進国の中で日本だけがHIV感染者が右肩上がりで増えていっている」と言われるのだが、実際の感染者数はアメリカなどに比べると格段に少ない。それを可能にしている要因の一つに先のような地道な活動がある、というのはそんなに間違った認識でないようにも感じられる。地域共同体が壊れてしまった後、改めて「コミュニティ」というものを作り上げていく上での試みとしても、これらは学ぶべき経験を語っている。