2008-12-03

鴻上尚史『ラブ アンド セックス』


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● 鴻上尚史『ラブ アンド セックス』(角川書店)

★★ 鴻上尚史って意外と正常位志向?(笑)

はてさて、どうしてこの本のタイトルは『ラブ アンド セックス』なのだろうか。愛と性。『セックス アンド ラブ』でもなく、ましてや『セックス』でもない。出版に関わっている人間としては、版元サイドが本を売るために「愛」を優先することを強要したのではないかと、邪推してしまうのである。

著者の鴻上尚史さんは、
「セックスは、恋愛に比べて、語られる量がはるかに少ないと思いませんか?」
と読者に語りかけ、この本ではセックスをセックスとして論じることが心がけられている。にもかかわらず、愛を先に持ってこざるをえない。それが逆説的に、まだこの社会では、セックスが愛に比べて軽んじられていることを、浮かび上がらせてもいる。

 本の構成としては、セックスをテーマにした書籍や映画などをテキストに、著者が自身のセックス論を展開するという形になっている。紹介の仕方が巧みなので、読み手としては、あぁ、この本も読んでみたいし、この映画もレンタルビデオで借りてみようかと、うまくのせられてしまう。僕もそれまで知らなかった喜国雅彦作『月光の囁き』など早速探してみようという気になった。

が、この本の魅力は、やはり、鴻上さん本人のセックス観や経験が語られる部分にある。なんというか、手触りがやわらかいのだ。男性がこうしたテーマについて記すときには、自慢話になったり、文学や哲学などのうんちくを披露したがったり、あるいは、自己卑下した内容になりがちのように思うのだが、鴻上さんの言葉は、誠実で、等身大だ。

「僕は初めてセックスする時、相手にどうして欲しいか聞きます。どこをなめられたら気持ちいいとか、クリトリスはどう刺激されるのが好きなのかとか、どんな体位が好きなのかとか、聞きます」

などと平静に書けるのは、ある意味で、ふつうの男の感性ではありえない。どうも男というのは一般に、性的なことに対してコンプレックスが強いのか、自身のセックスを語ることに自意識過剰だ。

ところが、鴻上さんはそうしたものを感じさせずに、なめらかに筆を進めていく。

「ちなみに、僕は、一緒にお風呂に入るのが好きです(笑)。(中略)一度、向かい合って話していたら、相手の女性が、僕の足を掴み、彼女の手の指一本一本を、僕の足の指一本一本の間に挟んで、マッサージを始めてくれたことがありました。(中略)なんだかジーンとして、『いい女だなあ』と感動してしまいました」

一冊を通じて読者は、鴻上さんと擬似セックスをしているような感覚に陥るかもしれない。SMの女王様に口説かれたというエピソードがあったが、僕にはなんだか彼女の気持ちがわかるような気もした。鴻上さんの性幻想はどうもナイーブすぎるのだ。相手から攻撃的な衝動を引き出してしまう何かが、彼の性的実存にはあるのではないか。

それはともかく、この本には、性の本質に迫る非常に鋭い指摘も少なくない。

「セックスがコミュニケーションであるからこそ、演劇の演出家である僕は、そこにテクニックが登場するのは当然だと思います。(中略)ただしそれは、一般的なテクニックではなく、『あなたと私に関するテクニック』なのです」

ご本人の演劇作品『ものがたり降る夜』を紹介した項では、
「どうしてこんなに賛否両論が激しいんだろうと考えていくうちに、僕は、『そうか、セックスの話題って、みんな当事者だからだ』と思い至りました。(中略)性的な話題は、観客が少なければ少ないほど好意的に受け取られ、観客が多ければ多いほど、冷たくされるということでした」
と鋭い分析を加えている。

内舘牧子のテレビドラマ『義務と演技』も取り上げられているが、セックスはまさに、演技と紙一重のパフォーマンスである。そのあたりの本質を、演出家・鴻上尚史はさすが見事につかんでいる。

セックスにどこか引っかかりを抱えた人たちが、この本を読めば、肩の力を抜くことができるだろう。硬直したセックス観に異なる視点から光を照射し、癒し効果をもたらす一冊になっている。

*初出/本の旅人(角川書店)