2007-11-07

QJ 寄稿・じゅんこ「カマ護士は見た!」その1

QJ5.jpg■ カマ護士は見た!

初出/「クィア・ジャパン VOL.5—夢見る老後!」(勁草書房/2001.5)

アタシの名前はじゅんこ
週末は新宿二丁目で番を張るおしゃべりオカマ
だけど、平日は老人ホームで介助に勤しむカマ護士なの
ここで暮らす老人たちは皆、一筋縄ではいかない猛獣たち
だけど、アタシだって負けてはいられない
オカマの意地にかけて、介護だって楽しんでみせる!
もちろん、徘徊とだって勝負してやるわ!!

1_1.jpgじゅんこ●プロフィール
介護福祉士。日々を淡々と過ごす入居者たちに、
刺激を与えるべく、ホームのイベントで女装したり、
日常の会話にゲイバーのテイストを取り入れたり
(っていうか単にオネェ丸出しなだけ)と
介護業界の異端児(というか人外)。

イラスト●みさおはるき

2_2.jpg● プロローグ

 一時期、お昼の時間帯にテレビを見ていると、某訪問介護会社のコマーシャルがよく流れておりました。庭の広い邸宅で、縁側を開け放ち、ヘルパーが「熱くはございませんか?」と言いながら素っ裸のお年寄りをゆっくりと清拭するあのCMです。
 当時、世間では介護保険の導入に併せて民間団体が介護サービスに名乗りを挙げ、福祉業界も激動の時代を迎えた、などと騒がれたりしておりました。あのCMはそれを象徴するかのように言われていたのです。
 しかし……はっきり言ってあれは、アタシたちプロの介護士の間では失笑モノでした。なぜなら、実際に、アタシが勤める老人ホームであれと同じ行為を行なうと、こんな結果になるからです。
 良く晴れた夏の午後、日当たりの良い入居者の方のベッドで、身体清拭用のお湯を作り、お年寄りを素っ裸にする。CMと同じように「熱くはございませんか?」とアタシが問いかけると……。

「テメェ、寒いっ、殺す気か!」(お年寄り)
「え、お湯は四五度ですよ」(アタシ)
「窓を閉めろつーの!」
「寒いですか? でも外は今年最高の三三度で暑いくらいですよ」
「でも寒いんだよ。チンタラやってないでさっさと拭いてくれ!」
 
 あのシーンを見て、現場の職員なら誰でもこんなシーンを想像したでしょう。
 お年寄りというのは、血液の循環が悪いこともあって、若い人と比べると、異常に寒がりなのです。したがって、あのCMのような光景は、外の温度が四〇度近い上に老人がかなりの痴呆なのか、彼あるいは彼女がよっぽどのいい人でないかぎり、ほとんどありえないことです。
 企業のイメージ戦略だということは理解できますが、それが通用するということ自体、多くの人たちが福祉の現場を見たことがないからでしょう。

 前置きが長くなりました。
 これから、施設にいる老人たちの真の姿! を、カマ護士として老人ホームで日夜働くアタシが皆様にお伝えしたいと思います。
 本当の老人というのは、オカマ以上に恐ろしい曲者なのです……あぁ怖い。

3_3● 恐怖の六〇年戦争

 ウメさんは今年で百二歳。足掛け三世紀を生きる素敵なレディです。
 彼女はとある宗派の熱心な信者で、毎朝お経を唱えます。が、痴呆のおかげで、それがときに夜中の三時になったり、五時間以上も同じ念仏を繰り返してたりもします。
 アタシが夜勤番だったある夜、真夜中にウメさんの「朝の」お経が始まりました。ウメさんはかなり耳が遠いので、唱える声も隣の部屋まで聞こえる勢いです。アタシは何の気なしに彼女のお経をBGM代わりに聞いておりました。

「ナンタラカンタラ〜、つきましては家族が皆、健康で幸せでありますように〜」
「ナンタラカンタラ〜、今日も一日安寧でありますように〜」
「ナンタラカンタラ〜、長生きできますように〜」

 あらま、この上、いったい何歳まで長生きする気なのかしら。でも、ウメさんの願いって思ったよりもまともなのねぇ。
 いつものウメさんは割とエキセントリックな性格で、同室者とのケンカでも、とても百歳を超えているとは思えないパワフルな立ち振る舞いをする方です。
 ところが案の定、この後、彼女のお経はへんな方向に展開し始めます。

「ナンタラカンタラ〜、つきましてはキミエが、あの女が死んでしまうように〜」

 は!? キミエというのはウメさんのとなりのベッドに寝ている七五歳の年寄りです。二人は犬猿の仲というやつ。おいおい、そういう願いは藁人形片手にするもんでしょう。っていうか神様にそんなことをお願いしたら罰が当たるよ。
 ウメさんとキミエさんとの間に起こった「ババア戦争」については、また後で。
 それよりも気になったのが、次のフレーズでした。

「うちのダメ嫁がまともになりますように〜」

 この歳になってまで姑根性かい!?
 翌朝、ウメさんに恐る恐るお嫁さんについて聞いてみました。
 ウメさんの話をかいつまめば、なんでもウメさんはウメさんのお姑さんが感心する程出来た嫁だったのに対し(自分で言ってのけるウメさんって……)、息子の嫁は頭はいいけど、気は利かないし家事はおぼつかないし、第一、嫁としての自覚が足りない! ということらしいです。
 いったい何年、嫁・姑の争い(というか一方的な姑の攻撃?)が続いているのかしら……。

「まったく五〇年以上も嫁やってるのに全然ダメなんですわ」

 ご、五〇年……。
 たしかに、百二歳の人の息子の嫁です。そりゃ、その人も間違いなく高齢のはず。ウメさんの生活歴を調べてみると、お嫁さんはなんと八二歳! ウメさんご自慢の一人息子と同い年でした。
 そして、正確には嫁姑の関係は、今年、六〇年目に突入していたのです。お嫁さんは二二歳の時からこの嫁・姑の戦争に身を投じ続けているというのですから。そりゃ、すさまじい怨念の歴史が積み重ねられてきたのでしょう。

 先日、ウメさんの誕生日にお嫁さんと息子さんがホームにいらっしゃいました。
 ウメさんを見つめるお嫁さんの目には、何とも言えない憎しみと殺気が宿っておりました。それを迎え撃つウメさんも、言葉のはしばしに猛毒をちりばめていたのは言うまでもありません。
 二人の間に流れる張り詰めた空気に、アタシは恐怖でチビりかけました・・・・・・。

4_4.jpg● 百七七歳のキャットファイト

 お嫁さんには六〇年もの間、苦汁を飲ませているウメさんにも、天敵は存在します。先程、名前が出たキミエさんです。
 キミエさんはウメさんにも負けないワガママで、とても猜疑心の強い方です。当然、嫁を六〇年間も苦しめるウメさんにも負けていません。
 キミエさんがホーム入所に到った理由がそもそも、六人いる娘、息子との同居生活にことごとく失敗したためなのです。一人暮しが長かったのも別に天涯孤独だったからではなく、彼女のあまりの性格のキツさに子供たちが音を上げたからでした。
 そんな輝かしい戦歴(?)を誇る二人が、たまたま隣同士のベッドで暮らすようになったわけですから、何事もないはずがありません。
 ある日の夕方、戦いの火ぶたは切って落とされました。
 ウメさんに息子さんの面会があり、このときとばかりに、息子に嫁や他の入所者たちの悪口をぶちまけていたのを、 キミエさんが聞いてしまったのです。
 息子さんが帰られた後、キミエさんがウメさんにこう言い放ちました。
「しかし、アンタの嫁さんも大変だっただろうねぇ。何十年もお経唱えられりゃまいっちまうだろうよ。アンタ、人の迷惑考えたことあるのかい?」
 キミエさんはどうやら日頃からのウメさんのお経に、たいそう腹を立てていたようです。
 とはいえ、キミエさんは難聴の診断を下されており、職員との会話も結構な大声で行なわれる方です。果たしてウメさんのお経が本当に迷惑だったのか疑問ですが。キミエさんは自分にとって都合の悪い話は一切聞こえないわりに、自分の悪口に関してはどんな小さな声も聞き逃さないという、まるでオカマのような地獄耳を持っています。
 キミエさんの物言いに、ウメさんもキレました。
「あんさんのそのわざとらしい咳き込みだって相当な迷惑でっしゃろ?」
 そう、キミエさんにはもう一つ「自称喘息持ち」という病気があって、よくわざとらしい咳をします。しかし、肺は健康そのものだったりします。ウメさんはその不自然な咳き込みに、我慢ならぬものを感じていたようです。
 お互いの口撃はとどまるところを知らず、ついには暴力行為にまで発展します。
「この女、何を言うか!」
「そっちこそおだまり、クソババァ!」
 ウメさんはキミエさんを持っていた杖で叩き、キミエさんはウメさんを後ろから羽交い締めにしました。二人は組んづほぐれつころがり、ケリを入れたり、ひっかいたり。スカートの裾はめくり上がり、髪の毛は逆立つで、この世のものとは思えないありさまです。
 二人合わせて百七七歳だとはとても思えない老女達のキャットファイト! 
 慌ててセコンドじゃない職員たちが仲裁に入って一段落しました。
 そして、ことが暴力沙汰まで発展してしまったので、どうしようかと職員たちが相談した結果、キミエさんを隣の部屋に移すことになりました。
 以来……
 ウメさんとキミエさんには新しい日課が増えました。
 キミエさんは以前にも増して活発になり、日中施設をよく散歩するようになりました。
 ある日、アタシが、
「最近よく運動してるね」
と振ったところ、キミエさんは、
「そうよ! あんなババアに負けてなるもんですかっ。こうなったらあいつよりも長生きしてやるのよ!!」と仰られました。
 人生に目標が出来ると人は輝くものなのですね。キミエさんの顔には、心なしか精気が漲っているように見えます。
 職員たちも、
「理由は思いっきり後ろ向きな気がするけど、結果的に張りが出たんだったらいいんじゃない?」という意見で一致し、とりあえずそれで様子を見ることになりました。
 そして、ウメさんはといえば、その日を境に、毎朝のお経にキミエさんへの呪詛の言葉が盛り込まれたのは、先に記した通りです。
(つづく)