2007-10-24
対談「あなたがオバサンになっても」前編
■ 対談 あなたがオバサンになっても
キャンプと変化の行く末を見つめて
伏見憲明
エスムラルダ
*初出/ユリイカ(青土社/2006.3)
特集「マドンナ」
● ゲイ・ディーバとは誰か
伏見 『SMAP_SMAP』にマドンナが出たのを見ましたか? その時もあのピンクのレオタードだったんだけど、なんかちょっと染みがついてなかった?(笑) あの「使い込んだ感」はなんだったのかしらノノマドンナ・サイドの狙い? そもそもあの衣装からどんなメッセージを受け取ればいいんだろう?
エスム そこはノノ評価が分かれるところですよね(笑)。人によってはそのまんま「かっこいい」と捉えたみたいだし、四七歳でそれなりに皺があって、ヒップラインも垂れてきてるのに、隠そうともしないところがマドンナの狙いだ、って思ってる人もいるし。本人が果たしてどこを狙っているのかノノ
伏見 「セクシー」を狙ってるとは、とても思えなくって。このあいだCDショップの店頭のモニターに、新作のプロモーションのヨーロッパ・ライブの様子が映ってたのを見たんだけどノノ卵みたいな装置のなかからマドンナがあの衣装で現れて、股を開いたり閉じたり、パカパカしているの! それを見たとき「これって、セクハラ?! ある種の嫌がらせ?!」って思った(笑)。あれを素直にセクシーだとは、誰も受け取らないし、発信してるほうだって、本気じゃないと思う(笑)。狙いは嫌がらせ!
エスム 常に世間を怒らせてきた人だから、確かにそれもあるかもしれない(笑)
伏見 きっとあの衣装はノノ「戦う女性器」っていう感じ?(笑)。子供を産もうが、色あせようが、まだまだ戦うわよ、みたいな。セックスという概念を超えたところにある「武器としての女性器」というノノそういうことなのかなって、今思いました(笑)。
エスム むかしは「男性社会」とか「常識」を相手に戦っている感じだったけど、いまは「戦い」なのか、「応援」なのか、よくわからないですね。同世代の女性たちに自分の頑張ってる姿を見せたいのかな、とも思えるし。最近はマドンナ自身も、何が敵かはっきり言葉にしませんよね。
伏見 股をパカパカしてたのは、もしかしたら、「苛立ち」?(一堂爆笑)。埋まるものがないから、パカパカしちゃた、みたいな。
エスム もうお母さんになったことだし(笑)。
伏見 そう言えば、エスムはこの間(〇五年一二月)の「アゲハ」のシークレット・ライブに行ってきたんだって? どうだった?
エスム 結構混んでて、しかも場所取りを間違えてしまったので、前の人の頭が動くたびに「あ、マドンナ見えた」「あ、マドンナ消えた」って感じだったんだけど(笑)、やっぱりかっこよかったですよ、生で見ると。体だって四七歳とは思えないほどきれいだったし。あと、いままでブラウン管のなかとか、東京ドームのはるか遠くのステージにいる小さなマドンナしか見られなかったから、今回、至近距離で見て初めて「ああ、マドンナって実在の人物だったんだ!」「感情のある、生身の人間だったんだ!」って思いました(笑)。それから……客のほとんどは、ゲイか女性でしたね。ノンケの男性は限りなく少なかった。「アゲハ」ではよくゲイ・ナイトが行われているんですけど、「あれ? 今日ってゲイ・ナイトだっけ?」って感じで(笑)。入場待ちの時、たまたま後ろに並んでいた女性としゃべったんですけど、共通のゲイ友達がいることが判明して、「世間って狭いね……」「マドンナ、ファン層偏りすぎ……」なんて話したりしました(笑)。
伏見 マドンナが好きなのはゲイと、ゲイ・テイストのわかる女たちってことですね。
エスム 主婦、というよりは、そうですね。しかも、女性であれゲイであれ、30歳以上の人がやたら多かったような。その辺、義理堅いというか、みんなしつこくファンやってますよね(笑)。
伏見 今度のアルバムは、若い子たちにも支持されてるみたいだけど、むかしの大勢のノンケファンはどこへ行ったの? 『ライク・ア・ヴァージン』のころの。ていうのも、今度のアルバムでマドンナはむかしに近い姿に戻ってるような気がするから。だいたいミュージシャンは売れた後必ず、環境問題とか反戦とか叫ぶでしょ。でも環境問題とか反戦とか言い出すのは落ち目の証拠だから(笑)。で、今回のアルバムはマドンナ自身、ノーメッセージだと言ってる。その出し方は「さすが!」って感じがして。前のアルバム(『アメリカン・ライフ』)は単にメリハリをつけるため?って疑ってしまう(笑)。「やっぱり肉ばっかりだとあれだから、肉、肉、野菜、野菜、肉」みたいに(笑)、そういう長い戦略を立ててたのかな?って。
エスム しかも「野菜」の期間に子供も産んで、育ててるし(笑)。でも、今回の立て直し方は、本当に見事というほかないですね。あのクラスになるとなかなかリセットできないのに。
伏見 また、『レイ・オブ・ライト』とか『アメリカン・ライフ』のハイブロウなところから、今度の新作でのあのレオタード姿、PVでは道でバンバン踊ったり、その針の振れ方の「どうしちゃったんだろう」感がすごい(笑)。「ああ、また現世に戻ってきたのね」って思わせる、その売り方は大正解なのかも。
エスム 今さら言うまでもないことだけど、マドンナってやっぱり、並外れた頭の良さ、カンの良さを持っている人だと思う。あれほどのスターなら、たいていは自分自身がフロントに立ち続けようとするものなのに、マドンナはちょっとしんどくなってきたら、若手にすりよってしのぐ、なんてことも、ちゃんとやってるし。
伏見 それって例えば?
エスム 自分の曲のリミックスに無名の新人を起用したり、自分のレーベルで新人アーティストのプロデュースをしたり、ブリトニーやアギレラみたいな若手の子達と、ステージやPVで仲良さそうに共演したり。ラッパーのミッシー・エリオットと共演したときなんて、ミッシーのほうがわがままだったっていう噂(笑)。マドンナは我が強そうでありながら、そこら辺の計算はちゃんとできるんですよね。ところで、少し話を戻しますけど、しつこく誰かのファンをやり続けてるゲイって多くないですか?(笑)。ユーミンとか聖子にしても、未だにファンやってるのってノノ
伏見 そう! 落ち目のディーバをずっとフォローしてるのって、ゲイばっかり!
エスム 中森明菜にしてもそうだし(笑)。ノンケの男なんてもう誰も見向きもしないのに、未だに「明菜、明菜!」って言ってるのは、オカマぐらい。
伏見 それだったら、渡辺真知子も?(爆笑)
エスム 天地真理とか(笑)
伏見 それって不思議だよね。ノンケの男の子たちはみんな「抜けなくなる」と忘れちゃうのに、ゲイの子たちは「もともと抜けない」わけだけど、色気がなくなるとますますファンになるんだよね(笑)。ありがたいファンだよね。
エスム マドンナはかしこいから、初めから「最後に頼りになるのはゲイ」ってちゃんと知っていて、大事にしてきたのかもしれませんね。
伏見 それだけゲイに貢献してきたしね。
エスム そうそう! マドンナほど「ゲイもレズビアンも当たり前のことだ」と明言したスーパースターはいないと思うんです。
伏見 ちょっとした発言程度なら、バーブラ・ストライザンドとか、その他のスターもしたかもしれないけど、マドンナみたいに強烈に、表現のなかにしっかり組み込んだ人はいないかもね。
エスム 一方で「エイズは、ゲイに対する神の天罰」と言い放った、ドナ・サマーみたいな人もいるし。
伏見 ドナ・サマー! 許せないよね(笑)。あんなセクシー路線でゲイたちから支持されて、しっかり印税巻き上げてんのに、アンチ・ゲイって! だから落ち目なのよ。何年か前に久米宏のニュース番組にドナ・サマーがゲストで来た時があって。バックバンドもなしで、久米宏の横に座った状態で一節歌わされた、あの惨めさ加減を見たときは、さまあ見ろって思った(笑)。
エスム それこそまさに天罰……。
伏見 よりによって久米の隣で「オン・ザ・レディオ〜_」とかって(笑)。ゲイをあれだけ嫌ったんだから、当然。
エスム 聖子や明菜にしたって、オカマファンに支えられてきたようなものなのに、ゲイを肯定するようなコメントはいままでまったく発していない。私も彼女たちの生き様は好きだけど、そこからゲイに対する積極的なメッセージは受け取っていないし。いろんなことを臆せず発言したり、欲望に忠実に生きたり、マドンナのそういうところにゲイは惹かれてきたと思うんです。
伏見 ゲイにとってのディーバって、例えばバーバラ・ストライザンドとか、ジュディ・ガーランドみたいに、ちょっと癖があって、自己主張が強そうなって、そういう系譜がある。その系譜のなかにマドンナも連なるんだけれども、バーバラなんかは時代の限界もあって、フェミニズム的な匂いが抜けない。むしろそれに支えられていたように思う。ところがマドンナはフェミニズムというよりは、本当にスキモノ?っていうんでしょうか(笑)。フェミニズムが必ず倫理性に裏打ちされているのに対して、マドンナは「だから男社会はいけない」とかって言うよりは、「ここでどれだけ楽しむか」っていう快楽主義者の表現なんだと思う。僕はそこを一番認めているかな。シンディ・ローパーはまだ、フェミニズム的な規範にとらわれていたから、スケールが小ちゃかったのかなって。
エスム それは、すごく理解できます。
伏見 マドンナには、入るものだったらなんだって入れちゃうぐらいな勢いがあって(笑)、それがある種の普遍性を持つところにまで達している。もう二四年目?! 四半世紀生き延びているんですね。
● 表現がゲイ——〈のように〉
伏見 僕は皆さんよりちょっと歳が上なものですから、ちょうど大学に入学した年に、『ライク・ア・ヴァージン』が出て。マドンナの人気が上がっていくのと一緒に、青春を過ごしてきた。マドンナがゲイライフのBGMだったことは、まったくもって確かなんです。そのなかで気づいたんですが、彼女が出てきてから一貫してきた最大のメッセージは、「欲望を肯定しよう」ってことだと思うんです。例えばそれは、彼女がレズビアンとしてのクリアなアイデンティティはなくっても、女性ともたくさん経験していることからもわかるし。それはゲイのムーブメント、ゲイが生きていくことと非常にシンクロしてる。最初のメガヒット曲『ライク・ア・ヴァージン』にしたって、処女の歌じゃなくって〈処女のように〉ですもん!(爆笑)。〈のように〉ってことは、処女性に対するマジな賞賛ではなくて、もうパロディにしちゃってるじゃないですか。これは完全に、ゲイのセクシュアリティに対する態度と一致してる。ゲイだと〈ライク・ア・マッチョ〉とか、〈ライク・ア・ノンケ〉〈ライク・ア・ボーイ〉とか。この〈ライク・ア〉〈のように〉がつく表現様式こそが、まさにマドンナなんですよね。あ、話が青土社らしくなってきた(笑)。これで話がパフォーマティヴィティに及んだら完璧? ジュディス・バトラーの名前が出たら、もっと喜んでもらえるかしら(一堂爆笑)
エスム マドンナのセクシュアリティが、ではなく、表現方法自体がゲイなんですね。
伏見 そう、そういうこと。日本だと時期を同じくしてレベッカなんかが出てきてノノ実はノッコは中学校の同級生なんだけれども(笑)、『ラブ・イズ・キャッシュ』って、ほとんど『マテリアル・ガール』のパクリみたいな、「欲望肯定型」の歌詞を歌っていた。ほかの女の子バンドもそんな感じだったと思う。でも、それは日本と欧米の違いなんだろうけれども、彼女たちはもっと加工されて、「可愛い」って文脈に落とされてたと思う。
エスム 同じ「欲望肯定型」でも、そこが大きな違いですね。「可愛い」はマドンナとは正反対の感覚で、ちょっと違うかもしれないけど、いまだったら、ビョークやyukiが担っているんでしょうか。マドンナとビョークを比べてみると、ビョークが好きな人は、本気で「おしゃれっぽさ」とか「文化の香り」を追いかけてる。「マドンナが好き」って表明できる人は「洒落が通じる」というか、「マドンナってかっこいいよね」と言いつつ、顔は半笑い、みたいなところがありますね(笑)。以前マドンナファンの友だちが「マドンナは、どこか間抜けさやかっこ悪さを含んでる」って言ってたんですけど、どんなに体を鍛えても、食事や生活を徹底的に管理しても、完璧なサイボーグにはなりきれない。ちょっとした隙に見せる人間味、生々しさみたいななものが、笑いを誘うんですよね。ショーン・ペンに本気で惚れてしまうとか。今度の『ハング・アップ』の垂れ気味のお尻にくい込むレオタード、あの「笑いたきゃ、笑えば!」っていう突き放し方にしたって、体を張ってパロディをやってきた人だけができる、他の人にはできない偉業だと思います。本人がどれだけ自覚的にやってるかは別として(笑)
伏見 『SMAP_SMAP』の時だって、歌うときは納得がいくけど、中居くんの隣に座っているときにあのレオタードを着ている意味ってあったの?(笑)。染みついてるし。あれにしたって、笑わせたかったのかな?
—— 誰もつっこめませんよね。「着てくんなっちゅーの!」とか
エスム たしかに、つっこめない(笑)。あと、マドンナの場合、結婚にしたって出産にしたって、「とりあえず、こういうのもやってみました」って、パロディな感じがすごくする。
伏見 「ライク・ア・子育て」みたいな(爆笑)
エスム 実際のところはどうなのかわからないけど、少なくとも表面に現れている部分だけ見ていると、「子育てどっぷり」とはとても思えないし、二児の母をやってる生活感なんてまるでない。「ライク・ア・子育て」って言葉がぴったりくる。
伏見 とりあえず何かを演じていたいっていう。そこが面白いから、本当の女優をやってしまうといまいちになっちゃう。女優として開花しないのは、そのせいだと思うんです。そもそも本来の姿がパロディの人が、もう一度演じることになってしまうから。
エスム うん、うん。「振れ幅の大きさ」っていうのも、そこからくるんだと思いますよ。なにかにどっぷり浸かってしまうと、軽やかな跳躍はできなくなってしまう。でも全部が「ごっこ」だからこそ、こっちの曲からこっちの曲っていうふうに飛んでしまえる。そういう感じは、真面目すぎる人、遊び心が少ない人には、受け入れがたいかもしれませんね。
伏見 彼女の場合「マドンナの音楽」というよりは「マドンナが何をやったか」なんですね。そういう表現なんですね、この人は。
エスム ちなみに、『マドンナの真実』(福武書店、1992年)という、かつてマドンナが激怒したらしい本があるんですけど(笑)、その著者が「マドンナは自分のキャリアを、つぎからつぎへと変わる外的人格のうえに築いてきた。彼女が30代で見せるステージも、50代の女性がするとグロテスクなものかもしれないということを自分に認めないと、手遅れになってしまうだろう」って書いているんです。でも、今回はそれを逆手に取って(爆笑)、まだやってるわ!って。六〇歳になったときには何をやってくれるんだろうって、ワクワクしてしまう(笑)。女性やゲイは、ディーバに女や若さを求めてないから、あの「まだやってる感」にすごく惹かれるんだけど、ノンケの男にしてみたら、あれを見ても、勃ちもしないんでしょうね(笑)。
伏見 セックスシンボルって言葉の意味が違うんだよね。むかしはズバリ「男性が性的に惹かれる」だったけど、マドンナ的な「セックスシンボル」は、あるジェンダー表現のいまどきの在り方って意味だよね。だから、「マドンナがセクシーだ」と本気で感じている人がいるとすればノノ相当なマニア、まさにクイアですね(笑)。マドンナは変態仕様なんです。
エスム まさしく変態仕様なのに、今度のアルバムはメガヒットで、昔からのファンだけじゃなく、若い子たちが支持してるというところが、すごい。
伏見 例えばイラク戦争のときに、マドンナははっきり反対の表明を出している。いろんなことに確信が持てない時代に、確信を与えてくれるような、そういう強さが、カリスマ性を醸成してしまうんでしょうか。ある意味、変態原理主義と申せましょうか(笑)。だからこそアメリカがあれだけ保守に傾いている状況にあって、平然と「反戦」って言えてしまう。やっぱりそれはクイアの原理主義なんだと思います。それが是か否かは別として。そこに惹かれるっていうのは、あるんじゃないでしょうか。
(つづく)