投稿者「石川 輝吉」のアーカイブ

石川 輝吉 について

1971年、静岡県生まれ。英国エジンバラ大学哲学部修士課程修了。明治学院大学国際学研究科博士後期課程修了。現在、桜美林大学非常勤講師、和光大学オープンカレッジ「ぱいでいあ」講師。著書に『カント 信じるための哲学』(NHKBOOKS)、『ニーチェはこう考えた』(ちくまプリマー新書)。 共著に『はじめての哲学史(有斐閣)』、『知識ゼロからの哲学入門』(幻冬舎)。

ニーチェ『道徳の系譜』【要約レジュメ】

レジュメ=要約という本来のコンセプト。細かい部分はさておき、哲学書に書かれている内容をてっとり早くつかみたい方、どうぞ。節番号ごとに内容を要約し、石川なりの補足的説明も加えられたかたちでまとめています。
 →ニーチェ『道徳の系譜』【詳細レジュメ】
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ニーチェ『道徳の系譜』目次

序言(詳細要約帰ってきた)[2011/03/09公開]
第一論文 「善と悪」、「よい(優良)とわるい(劣悪)」(詳細要約帰ってきた)[2015/1/22更新]
第二論文 「罪」「疚しい良心」およびこれに関連したその他の問題(詳細/要約/帰ってきた)※準備中
第三論文 禁欲の理想の意味するもの(詳細/要約/帰ってきた)※準備中
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ニーチェ『道徳の系譜』【帰ってきたニーチェ】

哲学者が現代によみがえったら、どんなふうに自分の書いた本の内容をしゃべるか。そんなコンセプトでまとめたものです。基本的にテキストの内容には即しているけれど、かなり自由にしゃべっている部分もあります。哲学書に興味のない方含め、いろんな方、どうぞ。
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ニーチェ『道徳の系譜』【詳細レジュメ】

読書のお伴に。補足や解釈もかなり入ったものです。哲学書をじっさいに読んでみたい方、どうぞ。各節、最初の一段落は石川導入(リード)。そのあと、内容要約。“○”印以下は石川まとめ・補足コメントです。なお、ニーチェ原文は節番号のみのため、節タイトルは石川がつけました。
翻訳テキストは、信太正三訳「道徳の系譜」(『善悪の彼岸/道徳の系譜 ニーチェ全集11』、ちくま学芸文庫、1993年所収)。中山元訳『道徳の系譜学』(光文社古典新訳文庫、2009年)も参照。
独文テキストは以下のページを参照。
Nietzsche.tv
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石川輝吉の“どうぞご自由に”レジュメ集について

レジュメを公開します。みなさまのご興味やニーズに合わせて、どうぞご自由に読んで使っていただければ幸いです。レジュメは「詳細レジュメ」、「要約レジュメ」、「“帰ってきた”レジュメ」の三つのシリーズから成っています。同じ哲学のテキストについて、三つの視点からまとめています。それぞれのコンセプトは以下のようになっています。

詳細レジュメ→読書のお伴に。補足や解釈もかなり入ったものです。哲学書をじっさいに読んでみたい方、どうぞ。

要約レジュメ→レジュメ=要約という本来のコンセプト。細かい部分はさておき、哲学書に書かれている内容をてっとり早くつかみたい方、どうぞ。

“帰ってきた”レジュメ→哲学者が現代によみがえったら、どんなふうに自分の書いた本の内容をしゃべるか。そんなコンセプトでまとめたものです。基本的にテキストの内容には即しているけれど、かなり自由にしゃべっている部分もあります。哲学書に興味のない方含め、いろんな方、どうぞ。

どのレジュメも、テキストに即してつくったつもりですが、石川の視点や解釈が入っています。まちがいだと感じられる部分、やりすぎな部分、不十分な部分もあるはずです。

このレジュメから、また先に進んでいただいても、オーケーとしていただいても、どんなかたちであっても、哲学が世のなかに少しでも広まれば、と思っています。

「表示・非営利」のクリエイティブ・コモンズ・ラインセンスで公開しますので、非営利であれば、著作権表示をしたうえで、どうぞご自由にお使いください。

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
“どうぞご自由に”レジュメ集 by 石川輝吉 is licensed under a Creative Commons 表示 – 非営利 2.1 日本 License.

ニーチェ『道徳の系譜』目次

第12回 鵜呑みにしているように思われたかもしれないけれど……──佐藤高峰さん(22歳・男性・勤務歴2ヶ月)

佐藤くんは、福島県郡山市で生まれ育つ(現在22歳)。高校ではサッカー部の主将。県代表として全国大会にも出場した経験をもつ。都内の私立大学進学とともに上京し、現在、テレビ某キー局のグループ会社で通販の番組をつくる会社に就職して2ヶ月(研修中)。番組制作部に配属が決定している。
佐藤くんは考える。就職して2ヶ月だけれど、仕事とはなにか、いまの段階で考えていることを率直に伝えてくれた。
われわれと話をすることもすごく楽しみにしてくれていたとのこと。こちらにもちょくちょく質問をなげかけてくれる。あとからはっきりする佐藤くんのキーワード、「素直さ」がそうさせているようにも思える。
*2011年6月2日(水) 18時〜インタヴュー実施。

「斜陽産業と言われてますけど(笑)」

佐藤くんは通販の番組制作会社に勤めている。お給料は残業代を入れて月24万。現在は家賃7万円の1Kに一人暮らしをしている。携帯はスマホ(月約8000円)。まずは、佐藤くんが働く業界でもあるメディア業界全体の話から。そこから佐藤くんの読書経験に話は進んでいく。

石川 お仕事は?

佐藤 テレビ局の子会社で通販の番組を作っている会社です。今年の4月に入社したまだ研修期間の新米ですけど(笑)。研修は8月まであります。

沢辺 すごいね。何ヶ月も研修させる金があるなんて。研修プログラムだって講師に相当なお金を払っているはずだよ。

佐藤 そんなきっちりした研修ではなくてOJT(オンザジョブトレーニング)なんです。先輩にくっついて各部署転々としています。

沢辺 ところで、なんでいまごろテレビ局なの?

佐藤 斜陽産業と言われてますけど(苦笑)。もともとテレビ志望でした。

沢辺 これから死にゆく産業じゃない?

石川 出版もそうですかね?

沢辺 そうそう(笑)。でも、テレビのほうが足が速い、と言われているよ。どうなるかわからないけど。でも、それでもやっぱりテレビのブランド力は残るんじゃないかな。twitterだってテレビに出てる人がフォローされるわけで。ほんとにゲリラ的な活動から売れていくのはごく少数だと思うよ。

石川 もし、大手のメディアが廃れてきたら、ほんとにブログやtwitterだけで売れていく人も出てくるんですかね?

沢辺 おれはそうは思わないよ。そういう人も増えていくとは思うけど、やっぱり、ブランドの力は大きいと思うよ。

佐藤 ソーシャルメディアだけで売れて行く、というのはどれぐらい先の、10年、20年先とかの話ですかね?

沢辺 いまもすでにはじまっているとは思うんだ。ブログで影響力があってそこからメジャーになっていく人もいるとは思うけれど、それでもやはり、全体がそうなるということはないんじゃないかな。

石川 よく、純粋にいいものだけ交換すれば、ブランドとは関係なしにいいものが流通する、という話がありますけど。

沢辺 テレビはブランドだけというわけじゃなくて、なにがよいか悪いかの淘汰をちゃんと行っている。そういうことだと思うよ。売れてる人はその淘汰をくぐりぬけてきた人だと思うんだ。もちろん、歌が下手っぴでも、「テレビに出てます」というブランド力だけでやってる歌手もいると思うよ。けれども、淘汰をくぐりぬけた人が、そこにテレビのブランドが加わって売れることが加速していく。そういうパターンのほうが多いはずじゃないかな。だから、ブランドには本質的に内実があるんだと思うんだよ。

石川 けれど、そのテレビがいま先細りになっちゃってるんですよね?

沢辺 オレなんかテレビを見たり本を読む時間が最近は減ってるんだ。寝ながらiPad見て、twitterで面白そうなサイトのことが書いてあると、ついついそこ見ちゃって。

佐藤 やっぱり、人は新しいものが好きなんじゃないですか? テレビだとライブで国会中継もあるじゃないですか。新聞だとテレビに比べればどうしても遅れてしまいますよね。twitter も情報が速いから、それに人は惹きつけられるんだと思います。

沢辺 でも、新しいから、ってわけじゃないと思うんだ。たとえば、新聞はこれから「新しい情報を提供する」という役割はなくなるかもしれないけれど、網羅性はあると思うんだ。佐藤くんは新聞は読まない?

佐藤 就活のときは読んでましたけど、いまはもう読まないです。

沢辺 ニュースサイトとかは見る?

佐藤 ほんとに浅い情報しかないですけど、会社に出てきてて、ヤフーニュースを10分ぐらい見るぐらいですね。それから、帰ってきて夜の11時ぐらいからはじまるテレビのニュースを見ます。

石川 本は?

佐藤 本は読みますね。

沢辺 どんなジャンル?

佐藤 最近読んだジャンルでは、小説だと伊藤計劃さんのものとか。あと、最近は、古本屋で『もしドラ』を買って読んでいるところです。すごくミーハー的ですけど、ドラッカーという人に興味があって(笑)。あと、最近読み直しているのは、姜尚中さんの『悩む力』です。この本で、自分の考え方が変わったんで。

石川 けっこう悩んだり、考えたりする人なんだ。

佐藤 そうですね。

沢辺 ちょっとインテリにあこがれがあるオレみたいなやつは「ドラッカー」とか聞くとついついバカにしたりする。思想だとか哲学だとかに価値があって、「役に立つ本」っていうのはバカにした態度をとっちゃう。そういう実用書を読んでいても人には言えない。

佐藤 その感覚、ぼくもありますね。こっぱずかしいというか。最近気になる本があって、『入社一年目の教科書』というのがそうなんですけど、それを人前で読むのははずかしいです。人前でハウツー本を読んで、いかにも「勉強してます!」みたいに思われたりとかはいやなんです。でも、興味があるから読んじゃうんですよね(笑)。

「もうまさに、働きはじめてから、改めて、他者からの承認ということについて考えるんです」

話は佐藤くんの読書の話から、ドラッカーを経て、「他者からの承認」へ。佐藤くんは、姜尚中『悩む力』から、「承認」というキーワードを手に入れ、自分のあり方を考える。

沢辺 オレはドラッカーは衝撃体験だったよ。最初は、会社をどう動かしたらいいか、というハウツー話ばっかりだと思ったんだよ。でも、ちがうんだよ。さっきのテレビの話と似ているけれど、やっぱり売れることにはそれなりの根拠があるんだろうな。かなり大切なことを言っている。たとえば、ドラッカーは市場経済主義者なんだけど、ただ、オレらの若い頃のように、資本主義か社会主義か、市場経済か計画経済か、どちらが絶対か、という枠で話をしていない。

佐藤 社会主義的な考え方は最近見直されてないですか?

沢辺 それは、社会主義のなかにもなにかいいアイデアがあるんじゃないか、という注目のされ方だと思うよ。オレたちの場合は、どっちが正しいか、ガチンコだったんだよ。それで、ドラッカーは、市場経済主義者なんだけど、独占はまずいよ、とか、複雑になった社会を円滑に進めるには企業という組織を使う以外にない、とか、けっこうまともなんだよ。「バリバリ儲けましょう」じゃないんだよ。
それから、『経営とはなにか』なんかを読んでみると、これはオレの読みがまちがいなければ、ドラッカーの言いたいことは、野球部の部員をどうやる気にさせるか、じゃなく、「それぞれの人間の幸福」なんだよ。流れ作業自身はそれだけではつまらないよ。だけど、自分たちがネジをしめることが社会にいくら貢献しているか。それを示すことが重要だと言うんだよ。実際に飛行機を工場にもってきて、自分たちのまわしたネジがどういうふうに役だっているかを見せたり、ユーザーに「こういうところがいいんだ」と話してもらうことが大切だ、と言うんだよ。
いまだって、実際は、仕事の九割ってネジをまわしているだけみたいなことだったりする。その作業自体はつまんないかもしれない。けれど、仕事ができるのは、最後に物として完成したり、反応が返ってくるよろこび。つまり、「他者からの承認」ですよ。

佐藤 ぼくも「他者からの承認」って、ずっと気になっているんですけど、それはどういうことなのか聞きたいです。

石川 簡単に言えばこうなんだ。人間はなんで生きているのか? 単にものを食って生きてるんじゃなくて、いちばんのよろこびは他者から認められることだ。そういうことなんだ。

佐藤 もうまさに、働きはじめてから、改めて、他者からの承認ということについて考えるんです。さっき言った姜尚中さんの『悩む力』という本のなかで、「働くことは他人から認められることだ」というのがあるんです。人から認められるとうれしいし、人がいないと生きていけないんだな、と。自分がなんで働くのか、それは他者からの承認だと思っているんです。それを実際にいま沢辺さんの口から聞いて、なんか感動したというか。

石川 そうか、いままで本のなかでだけ聞いた言葉だったんだ。

佐藤 そうなんです。大学2年生のときにすごい悩んでいたんですよ。大学1年生のとき、チャラいフットサルのサークルに入ったんです。楽しいことは楽しかったんです。けれど、「なんも得ていることはないな」というように思ったんです。
それで、2年生になって、ニュージーランドに三ヶ月半留学をしたんです。それがきっかけで一回自分をリセットしようと思って。二十歳にもなったし、自分がなんでいるんだろう?とか、どういうふうに考えて生きたらいいんだ?と考えるようになったんです。
そんなときに、姜尚中さんの『悩む力』を読んで気持ちが一回リセットされたというか。人から認められることが生きる意味なんじゃないか、と思ったことがあったんですね。

石川 悩んだときに承認という言葉が入ってきたんだよね。

沢辺 それがピカーンと自分のなかに落ちたわけでしょ。そういうことあるよ。もちろん、今日明日生きていける条件、経済条件も大切だと思うんだけど、根本的には承認だよね、という話だと思うんだ。

「でも、ぼくはツッパって、『あっちに行くんだから、日本人としゃべるのはやめよう!』と決めて」

佐藤くんにとって、大学時代の大きな転機はニュージーランド留学。そこで、佐藤くんはいろいろ考えた。

石川 佐藤くんの悩みの中身でちょっと気になったんだけど、「チャラい」というのはどういうこと?

佐藤 遊びのサークルだったんですよ。ただ、「楽しけりゃいいじゃん」みたいな感じの。

石川 そこで悩んじゃったわけだ。どんな悩みだったの?

佐藤 ぼくは高校までずっとサッカーやってたんですよ。全国大会も出ました。それで、ぼくは主将をやっていて、PKをぼくがはずして負けてしまったんです。負けて、オレはもうサッカーだめだな、と。
それで、大学に入ったら今までやったことないことをいろいろやろう、と思うようになりました。バイトも今までやったことなかったので、やってみようとか、海外に行って英語をしゃべってみたい、とか。そういう漠然とした思いがあって、大学の学部も入学してから自分の専攻を決められるような学部に入りました。
最初は楽しかったんです。バイトもやって、お酒も覚えたし、遊びも楽しかったんです。でも、いろいろやっているうちに、「これでいいかな?」というのがすぐに湧き上がってきたんです。そのときに、ニュージーランドに行ける、という大学のプログラムがあったんで海外に出たんです。海外に出ると一人の時間があるじゃないですか。だから、考える時間もいっぱいあって、それでまた悩んじゃったんですけど。そこで考えて、日本に帰って、今までのサークルも遊びも一度断ち切りました。

石川 あれ? ちょっと関係ないかもしれないけれど、一人の時間といっても、大学のプログラムの留学は学校の仲間とみんなでわーっと行くんじゃない?

佐藤 そうです。でも、ぼくはツッパって、「あっちに行くんだから、日本人としゃべるのはやめよう!」と決めて。それで孤独になって。あんまり日本人とつるむんじゃなくて現地の人とつるもうと思ったんですけど、それもなかなかうまくいかなくて。そのときに、じつは、そこの学校の先生とあるきっかけでつきあうことになったんですよ(笑)。
その方は、ニュージーランド人だったんですけど、イギリス人と日本のハーフだったんです。それで、話し相手もできて。その人は、けっこう面白い人だったんです。その人が、「一人でニュージーランドの南島を一周してみたら?」とすすめてくれて。それで一週間ぐらい南島を旅行したことがあったんです。そこでは日本では見られないような未踏の地、というか自然があって。「地球ってすげぇんだな」と思ったんです。そんなこんなのニュージーランド旅行でした(笑)。

石川 えっ、交際していた人とはどうなっちゃったの?

佐藤 最初から、お互いさっぱりした関係だったんで、ぼくの帰国と同時に終わりました。でも、いろんなことを教わったんでいい経験になりました。

石川 二人は英語で会話してたの?

佐藤 英語と日本語、彼女は片言の日本語ですね。まあ、三ヶ月半だったんで英語はぜんぜん上手くなりませんでしたけど、英語を話す機会はありました。

石川 話は佐藤くんが大学行ってからやろうと思っていたことに戻るけど、なんで海外なのかな? 大学1年生とかって「海外に行ってみたいです」って言う子が多いんだよ。あれはなんでなのかな?

佐藤 「英語を話すのはかっこいい」というのと、あとは、「グローバル化」ってのがあったじゃないですか、それで「英語とかしゃべれねぇと社会人になって活躍できねぇんじゃねぇか」というのがあって。その二つでなんとなく「海外行きてぇ」と思ってましたね。それまでほんとにサッカーしかやってこなかったんで。

石川 じゃあ、高校はサッカー推薦で入ったの?

佐藤 いや、高校受験は失敗したんですよ。でも、たまたま入った高校でキャプテンに任命されて、それで、ぼくたちの年にはじめて福島県で初優勝を果たしたんです。

石川 福島県出身なんだ。

佐藤 じつは震災のときは地元にいたんです。車に乗ってたんですけどそれでもぐらぐら揺れて。

沢辺 いま大変なとこだよ。

佐藤 いまでも室内干しは当たり前ですし、車の窓も閉めきってます。最初はほんとにびっくりしましたね。福島の実家では水は止まるし、コンビニにも物がまったくないのに、東京に戻ってきたら、みんな普通に暮らしていたのもびっくりしました。漠然と「危機感がちがうな」と思いましたね。

「オレは絶対こうなる! ではなく、そのつど目標は見つけていくのがいいと思うんですね」

どんなふうに育てられたか。佐藤くんの家族について聞いてみた。そこから佐藤くんの目標について話は進んでいく。佐藤くんはもともとドキュメンタリーを撮りたかった。けれども今は、通販の番組を作る会社で働いている。そんな佐藤くんが、いまの仕事をどう受け止め、どう向き合っているのかを話してくれた。

石川 ご両親はどんな仕事をしていますか?

佐藤 おやじは小学校の先生です。51歳です。

石川 お母さんは?

佐藤 母親は今はパートです。51歳です。前は生命保険で働いていて。父と母は地元の商業高校の同級生です。父は東京の大学に行って、そのあと福島に戻って母と結婚しました。

石川 お父さんは先生ということだけれど、教育熱心な家庭でしたか?

佐藤 いえ、父は体育系で。土日は山に連れて行ってくれたり、「勉強やれ!」とは言われなかったですね。怒られた経験といえば、テストを見せて、点数で怒られるんじゃなくて、「お前、こんな字書いてんじゃねえ!」と字がきたないことを怒られたことですかね。

石川 たとえば、「お前のやりたいことはやるように」とか、どんなふうに育てられましたか?

佐藤 ぼくのやりたいことは全力で応援してくれましたね。サッカーにしろ、大学でのニュージーランド留学にしろそうですね。親からも援助をいただきました。

石川 どれくらいかかるの?

佐藤 60万円ですね。それから大学の学費のほうは親父とお袋が全部出してくれましたね。奨学金ももらってたんですけど。

石川 佐藤くんの大学時代の仕送りは?

佐藤 ぼくは大学時代は月に6万円もらっていました。大学卒業するまでは面倒みてやる、というありがたい話で。あとは、時給900円のフィットネスクラブのインストラクターのバイトを週3回ぐらいやってました。それで、家賃と光熱費を払って、あとは、飲み会代に使ったり、服を買ったりして。遊ぶ金はありましたね。旅行が好きなんで、一人でタイやベトナムへ行ったり、卒業旅行と銘打って一人でイタリアに行ったりした、そのお金を貯めたりしましたね。

石川 ご兄弟は?

佐藤 三つ上の25歳の兄貴がいます。脚本家をめざして、今はフリーターをしています。

石川 佐藤くんもなにかそういう夢を持って生きてきたの?

佐藤 夢は持ってないかもしれませんね。目標は持ってきましたけど。もちろん、小学校の頃は、「あれになりたい」、「これになりたい」というのはありましたけど。就活の頃は、テレビ業界を目指してたんですけど、ぼくは、「ドキュメンタリーをつくりたい」という目標はあったんですよ。そういう目標を持って活動していました。その目標がきっかけになって、いまの通販番組を作る会社に出会った感じですね。商業的な番組を作る会社ですけど、人が良かったんですね(笑)。「こんな人になりてぇな」と思う人が会社にいたことが決め手です。

石川 ドキュメンタリーを撮りたい、というのはけっこう限定された目標だと思うけど、ドキュメンタリーを撮りたいと思ったきっかけは? 好きな作品とかあるの?

佐藤 きっかけは、高校のとき、ぼくがPKをはずして負けた試合を撮ってくれたドキュメンタリー番組なんです。負けたあとでそのロッカールームを映すという作品ですけど、それがぼくをメインで撮ってくれたんですよ。その作品に胸を打たれて感動したんです。
それで、その番組を見た人からメールが来たりしたんです。だからメチャクチャ感動して。まあ、認められる、じゃないですけど、「オレやってきてよかった」みたいな部分があったんです。で、「こういう感動を伝える作り手に今度はなれば絶対面白い、濃厚な人生が送れるんじゃないかな」とそのときは思ったんですね。もともと好きなんですよ、ドキュメンタリーが。
けれども、就活していくうちに「生半可なものじゃないな」とわかっていき、いろんな人に出会って、やりたいことも変わっていって、ドキュメンタリーを作っていくという志向はいまのところはないです。

石川 つまり、通販の制作会社に入ったけど、「なんだよ通販かよ」という気持ちはないと?

佐藤 それはありませんね。いまの会社を受けた段階で、「この会社、おもしれぇ!」という気持ちがあったんで。これだったら、ドキュメンタリーじゃなくても楽しめるんじゃないかな、と。それで、かっこいい先輩がいたんですよ。スゲーいい先輩がいて、「先輩のようになりたいな」と思うから、ドキュメンタリーを作るっていうよりも、先輩のような人になりたいという気持ちが強いです。それから、通販には通販のおもしろみがあると思うので、いまは、「ドキュメンタリーを絶対やる!」という気持ちはありませんね。

石川 絶対コレ! なんじゃないんだね。「先輩いるじゃん、それでいいじゃん」。そんな感じで受け取っていいのかな? もちろん軽い意味ではなくて。

佐藤 そうですね。そういう感じでいいです。オレも昔は「コレしかやんねぇ!」という感じだったんですけど、なんだろう、凝り固まった考えってだめなんじゃないか、と歳を重ねるごとに思うようになってきて。柳の木じゃないですけど、やわらく生きていけばいいんじゃないかと。オレは絶対こうなる! ではなく、そのつど目標は見つけていくのがいいと思うんですね。具体的にこうなるという目標はなく目先の目標でやる感じです。

石川 佐藤くんは、「こうなったけど、まあ、ここでもいいことあるしな」とけっこう自然な肯定感があっていいな、と思うんだ。

佐藤 オレ自身はずっとネガティブな人間だと思っていたんですけど。そういうふうに言われるとそうなのかもしれませんね。

石川 ネガティブってどういう意味?

佐藤 ずっと自分に自信がもてなくて。石川さんが言ってくれたことは、ぼくのこと楽観的な人だと思ってくれているみたいで、ああそうなのかな、と。自分でも発見がありました。

石川 楽観的というよりも、いい意味で、柔軟なんだな〜と思ったんだな。

「でも、『バーベキューにまで行って、なんで人と話さないのかよ!』て思うんですよ」

佐藤くんはいま自分のやっている仕事に肯定感がある。けれども、仕事の疑問、通販の売り方に疑問ももっている。その疑問点を率直に話してくれた。話題はそこからSNSのうすっぺらさにも広がっていく。

石川 いまちょっと言ってくれたんだけど、自信をもてないというのはどういうこと?

佐藤 自分がサッカー部でキャプテンやっていたとき、オレよりうまい推薦で来たヤツもいっぱいいたんです。キャプテンなので、いろいろ言わなくちゃならないじゃないですか。「ちゃんとやれ!」みたいに。でも、ぼくのプレーのレベルが彼らのレベルに達していなくて、「オレ、レベル低いな、こんなこと言える立場なのかな」と。そこからあんまり自分に自信がもてなくなって。でも、就活のときは「自分はこうだ!」と自信をもって言わなくてはならないじゃないですか。

沢辺 オレはそうは思わないけど、まあ、まあ、続けて。

佐藤 ぼくはそういうふうに思っていて、そこから、積極的に発言する、自分の意見を言おう、と意識してきたんですが、いまでも、自分がものを言うときには自信がもてないんです。

石川 自信をもたなきゃいけないと思ってるの?

佐藤 自信をもっている人はカッコいいじゃないですか? 正しいかどうかわからないですけど、「バーン!」と自信をもって「こうだ!」と言えるような人が。

石川 もちろんカッコいいとは思うんだけど、それでは、自信をもった態度だったら誰の言うことも信じてしまう怖さもあると思うんだけど?

佐藤 自信をもっていると説得力はついてくると思うんです。

石川 ぼくなんかは、人と信頼関係を築くためには、自信がないところも見せる、というのもけっこう説得力あるように思うんだけど。

佐藤 そうですよね。でも、それだけではなく、ここぞというときに、「ばっ!」と自信をもって言うことも大切だと思うんですよ。

石川 なるほどね。そういう局面の自信をもった振舞いというのも大切だと思うよ。では、たとえば、仕事をはじめて2ヶ月で、いま、考えてることは自信をもちたいということなのかな?

佐藤 それもずっと思ってることですけど、他にも疑問があるんです。企業に入ると利益を上げる人にならなきゃならないじゃないですか。でも、利益を上げるためならなんでもいいのか、といえば、そうではないと思うんですよ。
最近、twitterとかFacebookとか、SNSに力を入れなきゃいけないというのはあると思うんです。ビジネスでは必要になってくると思うんです。でも、twitterに依存したら危ないと思うんですよ。twitterって簡単に人とつながれるじゃないですか。情報をめぐらせるには便利だと思うんですけどね。ネット上の付き合いはこわいと思うんです。
自分の仕事で利益を上げるためにSNSと付き合っていかなきゃならないと考えると、ほんとにオレはこれでいいのかな、と考えることがあります。

石川 でも、仕事は仕事、と分けて考えてもいいと思うよ。大切な人間関係は直接会って話すとか。

佐藤 そういうふうに簡単に考えればいいんですけど、やっぱり気になるんです。たとえば、ぼくの会社でいま、持ち運べるテレビを売ってるんです。風呂とかでもどこでも見れるんです。それで、ドライブするときでも後ろで子供が見れる、とか、バーベキューやってるところでそこでみんながテレビを囲んでる、とかそんな売り方をしてるんです。でも、「バーベキューにまで行って、なんで人と話さないのかよ!」て思うんですよ。売り手としてはそういう見せ方をするじゃないですか。でも、そんな売り方でいいのか?と。車の中も、バーベキューだって、人と話せばいいじゃないか、と。そう思って、モヤモヤした気持ちがあるんです。

石川 いま自分がものを売っているやり方と、自分のよしとすることが違うというか?

佐藤 そうですね。うまく話せなくてすいません。

沢辺 twitterはうすっぺらいという印象があるのはわかるよ。でも、オレも必要があるから使う。義務感でやっているようなつぶやきもあるよ。自分の仕事として自分に課してるんだ。だから、仕事以外は、いっさい義務とかそういうものはないよ。あとは、続くならやればいいんだ。逆に続かなくっても後悔しない。Facebookもやってるよ。それが、どういう影響与えたり、どういう可能性があるのか、ものの本を読むんじゃなくて、やってみないとわからないから。でも、それで続かなくても失敗しても後悔しない。

「では、沢辺さんはSNSが広まることは賛成ですか?」

話題はSNSのうすっぺらさから、「問いの立て方」問題へ。

佐藤 では、沢辺さんはSNSが広まることは賛成ですか?

沢辺 それは問いの立て方がちょっとちがうと思うんだな。こっちは正しい、こっちに賛成だ、って事前に理想や正しさを置いて、それに向かって自分や社会を動かそうとするのはダメなんじゃないかな。どんな頭のいい人もしょせん人間なんだ。どんな素晴らしい理想を置いたって、どうしても無理があるんだ。原発の問題だってそうだよ。やるのかやめるのか、そういう議論あるんだけど、もうあんなことが起こったら、誰が「うちの近所に原発建てていいですよ」って言える? たとえば、いくら原発を使うことが正しいと科学的に証明する人がいたって無理なんだ。賛成しようが反対しようが広まることは広まる。廃れることは廃れるんだ。
だから、SNSが広まることには賛成ですか?という問いだって、オレが賛成しようが反対しようが、広まるものは広まるんだよ。もし、SNSで大事故が起こったら、誰がそれを正しいと言ったって、みんな離れると思うよ。やっぱり、SNSが広まったのは、それを受け入れた人が社会に一定いるんだよ。自分がつぶやいたことにだれかが反応してくれる、という承認もあって。でも、いまオレはそれに飽きてるんだ。そう思うと、twitterでの承認って、ほんとうの意味での他者からの承認とはちがうんじゃないかな、と思うんだ。

石川 それも、一人の人間のふれ幅だと思うんですよね。twitterのコミュニケーションに飽きちゃったら対面のコミュニケーションを重視したり、同じ人間が、対面よりもSNSの便利さを取る場合だってある。そういうことだと思うんです。どちらが正しいか、ということころで動いてないと思うんですよ。

沢辺 そうそう。それから、twitterが流行っているのは母数が多いというのもあるよね。オレが勝手に独自のサービス作ったって、誰もやってなければなんの意味もない。
それで、さっきの話しに戻るんだけど、オレはよく言うんだけど、勝間和代の言うように、「起こっていることはすべて正しい」と思うわけ。twitterや Facebookが流行っているけれど、それはそれとして受け入れるんだ。みんなが求めているものがそこにあるわけで。オレがそのことを正しいとか間違ってるとかは言えないよ。
ただし、オレがそれを実際に身体を動かしてやるかやらないか、ということはオレが権限をもってるんだ。誰にも指図されないでオレが決められる。そこは大切にすればいいと思うんだよ。そう考えると、「twitterをやってるオレはどうなんだろうか?」と考え込む必要はなくなるんだ。これは仕事としてまず一回やろう、続かなかったり失敗したらやめればいい。そう考えられるようになるんだ。「正しいからやるんだ、賛成するからやるんだ」じゃなくて、「オレだけの選択なんだ」と考えることで、飛びついてやってみてもそれに対する後悔はなくなる、という感じなんだ。だから、賛成ですか? 反対ですか?という問いの立て方そのものが、もう時代遅れだと思うんだよ。

佐藤 「問いの立て方」なんてすごく新しい考え方ですね。目からうろこです。こんな話ははじめて聞きました。

石川 その「目からうろこ」で思い出したんだけど、最初の「目からうろこ」で話してくれた承認についてもバランスの問題だと思うんだ。「認められることが大切だ」というのはわかった。それなら、ということで、たとえば、人間関係よくしようと思ってがんばることもあると思うんだ。でも、だんだん、ふれ幅がちょっとおかしくなって、「自分のまわりのヤツ全員に自分のことを認めさせてやろう!」となったら、ものすごく無理をしたり気をつかっちゃって自分をすり減らすことになるかも。一方で、承認は大切、というところからがんばっても、どうしても自分を認めてくれない人もいるわけで、「オレはこんだけがんばってるのに、あいつはぜんぜんオレのこと認めない、なんだ、アイツはダメなやつだ!」と逆に攻撃することもあるよね。だから、どんなにすばらしいことでもバランスは大切だと思うんだ。

佐藤 ぼくは、いままで、やったらやった分だけ受け入れられた、承認してもらえた、といったことが多かったと思うので、そこまでがんばった感覚はないかもしれません。

沢辺 人間は他者からの承認を求める生き物だということはわかるんだ。けれども、その裏返しで、「だから、承認を求めるために生きるのは正しいんだ」というのはもうすでにちがっていると思うのね。そこには無理がある。ある種のストーカーがそうだと思うよ。「○○ちゃん、惚れてくれよ!」って。それはひたすら無理な承認を求めていくわけだよ。

石川 あげくの果てには殺意になるとか?

佐藤 カニバリズムとかも?

沢辺 そうそう。ありうるよ。

「ぼくは、出版社の方って、本という物体に愛があると思ってたんですけど、そういう愛もありつつ、電子書籍を出すのも、どこか本質に向かってやってるんだな、って勝手に思いました」

話は「問いの立て方」問題から、新しいことはどういう場面で生まれるのか、そして、通販も含め商売の本質へと進んでいく。

沢辺 さっきの「起こっていることはすべて正しい」の話に戻るんだけど、たとえば、そんなことは起こらないと思うけど、もし仮に、バーベキューに行った子どもがみんなテレビ見てるなんて状況が起こったら、新聞とかに「いまの子どもは狂ってる!」なんて書かれると思うんだ。でも、それにはきっと理由があると思う。「起こっていることは正しい」。だから、それを「狂ってる! 正しくない!」と否定するんじゃなくて、いったんそれを受け入れることが大切だと思うんだ。そのうえで、どうしてこういうことが起こったんだろう?と考えることのほうがよっぽど大切だと思うよ。
それで、いまの現状をちゃんと考えれば、河原でバーベキューやってる連中がみんなテレビ見ていることなんて起こってない。だから、佐藤くんが自分の会社の演出のあり方をことさら問題にする必要はないと思うんだ。もちろん、「バカげている」ということはあるよ。移動式のテレビのメリットを説明するうえで、どうしてそれを「バーベキューでも使えます」って言う必要があるのか(笑)。そういう面はあるよ。

石川 作ってる側はどんな気持ちで作っているのかな? こんなバカげた例も入れちゃえ! とけっこう面白がって作ってるのかな?

佐藤 それはないと思います。

沢辺 そういうなにかを作り出している現場をよく見てみると面白いんだよ。これはさっきのドキュメンタリーの世界の話なんだけど、ドキュメンタリーでは、被写体との距離、取材対象との距離は永遠の課題じゃないかな。たとえば、相手に恋しちゃっていいのかよ、というのがそれ。けれど、原一男の『ゆきゆきて神軍』なんか、へんなおじさんが殴り込みみたいなことして人殴るのを、一緒に付いていって撮ってるわけ。一緒に犯罪を犯している画なんだよ。これだともう距離感がないわけ。こんなこと、くるくるパーじゃないとできないんだよ。でも、そういう人がなにか新しいものをつくりだしてきたのも事実だと思うんだ。
通販だってそうなんだ。通販が社会で受け入れられていること、これは起こっていることだから正しいことだよね。それを前提に、では、どこが受け入れられているのか? そこを考えるとすごく面白いと思うよ。オレのおふくろだって、蒸気で床がきれいになるやつとか買ってるわけよ(笑)。たまに実家に帰ると、かならず何かあるんだよ〜。オレの妹はそれを見てバカにするけど、ハマるのはなにか理由があるんじゃないかな? おふくろのパターンだけじゃなく、ラジオ通販だと目の見えない人にベンリだとか。だから、通販は他者から承認されているわけだよ。その理由を考えて、もっと多くの人の承認を得られるようにするにはどうしたらいいか。そこを考えるといいと思うよ。
ついつい通販というのは、儲け主義や「売らんかな」で、だましているように思われているイメージがある。でも、やっぱり、ジャパネットの高田さんなんかも、多くの人に受け入れられるなにかを持ってるんだ。

石川 だって、そんな簡単に儲け主義や「売らんかな」だけでうまく商売できる時代じゃないと思うんですよね。それはよく沢辺さんと話すことなんですけど。

沢辺 むかしの近江商人だって、バリバリ稼ごうなんて考えてなかったはずだよ。もちろん、自分の利益を度外視して考えていたわけではないと思うよ。でも、たとえば、「売って良し、買って良し、作って良し」なんて言葉があるように、「作り手も消費者も、みんなが潤わなくちゃだめなんだ」と考えていたと思うんだ。松下幸之助も稲盛さんも、ドラッカーもそうだと思うんだよ。まあ、それで彼らは大もうけしたんだろうけど(笑)。けど、「金さえ稼げればなんでもいい」なんて絶対考えてなかったと思うんだ。

佐藤 きょうはほんとに目からうろこで(笑)。沢辺さんって本質をずっと探してるんですね。ぼくは、出版社の方って、本という物体に愛があると思ってたんですけど、そういう愛もありつつ、電子書籍を出すのも、どこか本質に向かってやってるんだな、って勝手に思いました。考え方っていうのはほんとうに面白いですね。

沢辺 ありがとう(笑)。

石川 沢辺主義者になる必要はないけれど、きっと自分なりに活かせると思うんだ。

佐藤 そうですね。聞いたことを自分なりに活かそうと思います。

沢辺 けれど、偉そうなこと言うようだけど、共感しても実際に自分のものにするというのは大変だと思うんだ。だから、オレはアイデアを隠したりしないんだ。損しないから。どこにでも出て行って、たとえば、電子書籍の話なんかするけど、そこで、オレの話の一部をちょこっとつまんだって真似はできないんだ。だって、電子書籍のことなんか、オレ自身が迷ってやってるんだもん。だから、どっかから持ってきて付け焼刃、なんてうまくはいかないんだよ。一人ひとりが自分の頭で自分の言葉で考えて試行錯誤しなくちゃ解決しないんだよ。

「鵜呑みにしているように思われたかもしれないけれど、まあ、ほんとに新しいことだから素直に聞いたということですね(笑)」

石川は佐藤くんがちょくちょく言ってくれる「目からうろこ」発言が気になった。そんなにすんなり感動しちゃっていいのかな?と。そこから「素直さ」について話題は進んでいく。

石川 それで、ぼくが気になっていたのは、佐藤くんがよく言う「目からうろこ」ってなんか危ういんじゃないかな?ということなんだけど。これはひねくれた見方なのかな?

沢辺 自分の頭で考えるようになるのは、ある面では素直さは必要だと思うんだ。若いヤツと付き合うと、素直なヤツと素直でないヤツがいるんだけど、素直でないヤツは手こずるんだ〜。佐藤くんは素直さが武器だから、それを有効に使うといいと思うよ。

石川 そうか。佐藤くんって素直なんだね。

佐藤 いや、どうかわかりませんけど(笑)。

沢辺 いまオレが自分の頭で考えられてるかどうかはちょっと横に置いておいて、それでも、「オレだってある意味で素直だったな」と思えることがあるわけ。もちろん、オレも素直じゃなかったんだ。たとえば、中学の頃いたずらして立たされたことあるんだ。それで、オレのおやじ教師だったんで、担任の先生もそのこと知ってて、「お父さん先生なのに、なんでそんないたずらばかりしてるの!」って怒られたんだ。そしたら、オレは「じゃあ先生、泥棒の子どもは泥棒の子どもになんなきゃならないんですね」って言い返して、その女の先生泣かせちゃったもん。

石川 うわ、ひねくれたヤツだな〜、理屈言っちゃって(笑)。 

沢辺 だけど、オレ、一方で素直だったと思うんだ(笑)。二十歳の頃、左翼だったんで、「資本家は悪い!」って、ヘルメットかぶったりしながら言ってたわけ。だけど、いまでも覚えているんだよ。6、7歳年上のヤツに「沢辺さぁ、お前、資本家ってどこにいるの? 誰と誰だか名前教えてくれる?」って言われたわけ。それ、オレ答えられなかったんだよ。そんなプリミティブな質問を真正面からされて答えられなかったわけ。資本家の定義とか、誰が資本家とか、そんなリアリティのあることなんかそれまで一回も考えたことなかったわけ。大ショックでさあ。
それで、オレが自分のこと素直だな(笑)と思うのは、そこに以降のオレの思考の原点があるわけ。なにかをひと括りにして「悪い!」とするんじゃなくて、ちゃんと考えよう、と。なぜそれが悪いのかちゃんと答えよう、と。たとえば、オレの給料が悪いとしたら、じゃあ、いくらがいいのか? 会社をどういう状態にもっていったらいいのか? そういうふうに現実的な条件を考えることが大切だとオレは思ったわけよ。なんとなく「悪い!」じゃなくて。
だから、さっき佐藤くんが話してくれたCMの話にもつながるけど、そのCMをただただ「悪い」と言うだけじゃなくて、どうしてそういうCMをつくらなければならないのか?と考えたり、自分の企画が通らなかったら、ではそれを通すためにはどうしたらいいのか?と考て自分で自主的にCM撮ってみるとか、どうしたら認められるのか? 現実になにをしたらいいか? そういうことを具体的に考えるのが大切なんだ。

石川 自分が質問に答えられなかったことを認めたがらない人もいっぱいいますよね。沢辺さんは素直だな。

沢辺 でも、このこと10年ぐらい人に言えなかったんだよ。そのときは、ワナワナして、顔から火が出るくらいはずかしかったんだ。でも、「あの疑問に答えてやりたい!」と思ったんだ。これが考えるきっかけ。「これじゃヤバイ!」と。「ハリネズミみたいに言い訳つくって武装しててもどうにもならない」と。だから、素直というのは人の言うことを全部受け入れるというわけでもないし、佐藤くんの場合は素直さという道具を使って疑こととのバランスを上手に取ればいいと思うんだ。

石川 ぼくも気にしすぎたかな?

佐藤 鵜呑みにしているように思われたかもしれないけれど、まあ、ほんとに新しいことだから素直に聞いたということですね(笑)。

「そこまで自分の考えを大っぴらに話したりはしないですね。目上の人と話すことはありますけど、こんなふうにじっくり話すことはないんで」

佐藤くんはちゃんと話をしたい人。けれど、現実にはそういう場はなかなかないようだ。佐藤くんのコミュニケーションのあり方を聞いてみた。そこから話題は、現代の不幸、「できそうで、できない」へ。

石川 だから、佐藤くんの「目からうろこ」って「新鮮だ」ってことなんだね?

佐藤 そうですね。そこまで自分の考えを大っぴらに話したりはしないですね。目上の人と話すことはありますけど、こんなふうにじっくり話すことはないんで。それに、まわりにいる人も出版社の社長さんとか哲学者の人なんていなかったので、こんなことはあんまりないな、と思って聞いていたわけです(笑)。

沢辺 オレは、いまは目上の人が臆病になっている時代だと思うんだ。若いヤツに本気で語ったら嫌がるんじゃないか、そういうムードになっている気がしているわけ。もし、佐藤くんが目上の人とじっくり語りたいという思いがあるのだとしたら、「そういう話してもいいんですよ」と伝えてあげるのも一手だと思うよ。

石川 ぼくも自分の本で以前書いたことあるんだけど、なんかじっくり話そうと思っても「ひとそれぞれ」で終わってしまう、せっかく自分が真剣に話そうと思ってもうまくいかない、ということがあると思うんだ。そうなると、「自分がうまく話せた人たちは深い、うまく話せなかった人は浅い」という区別が生まれることもある。でも、それはもったいないと思うんだ。自分が浅いと思った人たちをとりこぼしてしまっているから。もちろん、その浅い人たち自身の責任もあるかもしれないけれど、こちら側で、「この言い方だとみんな引いちゃうな、だから、もうちょっと話し方変えようかな」、「話題をこういうふうにもっていければいいかもしれない」と工夫できると思うんだ。すると、もっといろんな人たちと話すことができるんじゃないかな?

佐藤 あ〜、そういうことはよく考えますね。

石川 無関心なように見えて、けっこう話をしたい人もいっぱいいると思うんだ。これだけコミュニケーションツールが多くても、なかなかうまくいかないと感じている人も多いと思うんだ。

沢辺 たぶん、昔から上手くは伝えられなかったんだと思うんだ。でも、現代の場合は、「一見伝えられそうな世の中になっても伝えられない」ということだと思う。昔は子どもが親と同じ音楽聴いてるなんてありえなかったんだ。たとえば、ビートルズだってそうだったんだよ。でも、いまは子どもが親と同じ音楽を聴くことがある。うちの子供もオレが若い頃聴いてた曲、聴いてることあるもん。だから、一見、お互い通じているように思える。でも、実際は伝わらないことが多いんだよ。
だから、現代の不幸は、たんに「できない」じゃなくて、「できそうで、できない」ということだと思うんだ。就職の例で言えば、昔なんか、百姓の子に生まれたら百姓だよ。それ以外の可能性なんか想像さえできない。今の人間が宇宙旅行を想像できないのと一緒だよ。でも、宇宙旅行だって、あと何年先かわからないけれど、それも海外旅行に行くような感じになるかもしれない。つまり、人間は可能だと思える範囲でやりたいことを見つけているだけだよ。そういうものに希望をもつんだよ。で、いまは、百姓の子は百姓、ではなくて、多くの人が自分のなりたい者になれる選択肢は開かれた。そういう希望はある。
でも、可能性はあるけれど、現実はそうじゃないんだ。「できそうで、できない」。佐藤くんだって、就職活動でキー局受けて落ちて、テレビ業界のはじっこで引っかかっただけだよね。でも、みんなそんなもんなんだよ。ものすごく強く、「なにがなんでもキー局!」、「ヒモになっても芝居やってやる!」みたいな気持ちでそうなったんじゃなくて、なんとなく選択肢があって、そのなかで選んだ結果だと思うんだ。一見、就活うまくいったヤツも、みんなそんなもんだったと思うんだ。
だから、大切なことは、「その事実を受け入れたうえで、そこでなにをつかむか」だと思うんだ。どんな現場にもやってみれば面白いネタは転がってるわけだよ。有能なヤツというのはそこでなにかをつかめたヤツなんだ。たとえば、いまから40年ぐらい前は、出版業界は新聞に行けなかったヤツがしょうがなく入るような業界だったんだ。「新聞やりたかったけど雑誌をやる」とか。でも、ちゃんとしている人はどんな場所にいてもその場所で耕すんだ。それで、有能な週刊誌編集長、たとえば、よくテレビに出てくる鳥越さんなんか、「新聞記者やりたかったけど雑誌かよ」と思ったって言ってた。けど、そう思いつつも、ずっと自分の現場をしっかり耕してきたんだ。

「『これになりてぇからそれに向かっていく』というよりも、自分のいま置かれている状況で目標をみつけてなにかを残す、というのがやっぱ働くというか人の人生だと思います」

仕事の話へ。誰でも偶然に仕事に放り込まれる。その中で人はなにをしていくか。佐藤くんは自分の考えを伝えてくれた。話題は、面倒を見てもらえる人間になること、武装しているとなかなか受け入れられない点、そして再び素直さへと進んでいく。

佐藤 沢辺さんのおっしゃっている感覚よくわかります。ぼくも就活やりはじめてちょっとたってから、そういう感じになったんですね。「やりてぇからこれをやる」じゃなくて、自分が入ったところで目標をつぶしていって、最終的にそれになっている。そういう人生なんじゃないかと思うようになったんです。うちの親父は、じいちゃんが司法書士だったんで、最初はその手伝いをしてたんです。そのあと親父は先生になったんですけど、先生に最初からなりたかったわけではないんです。でも、いま話を聞くと、「大変で苦しいけど楽しい」って言ってるんです。だから、「これになりてぇからそれに向かっていく」というよりも、自分のいま置かれている状況で目標をみつけてなにかを残す、というのが人の人生だと思います。

沢辺 お父さんも偶然だと思うよ。偶然小学校という現場に行って、そこで運動音痴な子を逆上がりできるようにしてやって承認を得る場合もあるし、「いいんだよ別に仕事だから」って生徒たちとかかわりなく仕事をやる人もいる。どんなところにもみんな偶然行くんだよ。でも、そこのなかで、「運動のできない子を逆上がりができるようにする」といったなにかを見つけられるか、そこが重要だと思うんだ。かりに転職したとしてもそれは絶対に付いてくるよ。だから、どこに行っても、「しょうがない」ということはないんだ。

石川 ぼくも、偶然そういう仕事になったんだけど、大学で文章の先生をやることが多いんだ。でも、やっててよかったと思うよ。「哲学やりたいけど文章指導かよ」って思うこともある。文章の相談も添削も学生一人ひとりに対してやるわけだから大変。でも、文章を通じて密に学生と付き合うのはやっぱ面白いよ。そう付き合うことで、いまの若い人の感じも伝わってくる。そうして取り入れた感覚が、哲学も含めて自分の仕事全体にいい意味で反映されると思うんだ。戻ってくるものあるんだよな。

佐藤 専門的にそれだけをやる楽しみもあると思いますが、それだけでない楽しみもいっぱいあって、そういうとこで目標を達成していけば結果的に自分は満足した仕事をやっていけるんだと思います。それから、仕事をはじめていま2ヶ月なんですけど、やっぱり人間関係なんじゃないかと思います。仕事できる・できないはもちろん大切ですけど、「やっぱ入って人に面倒見てもらえることが第一なのかな」みたいな、そう思ったりすることもあります。

石川 やっぱ、「こいつ面倒みたい・みたくない」はあるなあ。学生もそうだけど。笑顔とかひとつでちがうもの。

沢辺 むちゃくちゃあるよ。ただ、明らかにそれをめがけてるヤツはやなんだ。けっこう見えちゃうんだよ。わかる。ウソ通用しないよね。

佐藤 エントリーシートの段階では、なんとかひっかかろうと思って、作っていた自分もありました。最終の役員面接では就職活動のテクニックとか全部なしにして、素で受けたら、この会社に通ったんですね。やっぱ武装してもダメなものはダメなんですね。

沢辺 それと素直さがやっぱ大切かな。

石川 どうして素直な人と素直でない人がいるんでしょうね?

沢辺 オレは生育歴の影響はあるような気がする。親にどう育てられたか。親がお金持ちかお金持ちじゃないか、とかそういう単純なものじゃなくて、周りへの武装なんだよ。でも、武装イコール悪というわけではなくて、武装が強すぎるとダメなんだよ。誰だって武装する。極端に言えば服を着るのだってそうだよ。だけど、大切なのは武装とうまく折り合えるってことなんじゃないかな。武装がバリバリ全面に出ちゃうとすごく困難だと思うな。

石川 もちろんその通りで、こちらも武装が全面に出ちゃってる人とはつきあいにくいですね。中学校の沢辺さんみたいに理屈ばかり言ったり、大人になってもいつもハスに構えちゃったり、かっこいいことばかり言って自分を飾ってばかりだったり、ぼくもそうだったんだけど、頭がもう難しい言葉でいっぱいになってるヤツだったりすると、こっちは疲れちゃいます。でも、大概はうまくいかないことが多いけど、それでも、たとえば、仕事の現場や文章や哲学の教室でもいいけど、なにかを通してそんな武装したヤツと付き合わざるをえなくなって、そのなかでやりとりしているうちに、カチンコチンの人間が武装解除する瞬間は確かにある。それはそれで感動的なんだよな。

沢辺 それ、わかるよ。

石川 けれど、考えてみると、やっぱり、武装解除できる人っていうのは、どこかにかならず、一抹の素直さがある人ってことなんだな、と改めて思いますね。

佐藤 ぼくはなかなか武装した人に接したことがないですけど、きっとそういう武装解除の場面に出会ったら感動すると思います。

石川 まあ、あまり武装している人には出会わないほうがいいとは思うけど(笑)。今日はほんとに長い時間ありがとう。

佐藤 ほんと、そろそろビールが飲みたい感じです(笑)。

◎石川メモ

大人が三人で語っている

 ぼくは最初、佐藤くんの「目からうろこ」をどこか危ういと思っていた。けれど、よく考えれば、それこそ佐藤くんの言うとおり、自分の考えをおおっぴらに話したりする機会はなかなかないだろうし、ぼくと沢辺さんのやりとりのようなものも珍しかったのかもしれない。そう考えると、佐藤くんにとって今回のインタヴューは、やはり、「目からうろこ」の新鮮なものだったのだと思う。
 ところで、これは当たり前のことかもしれないけれど、ぼくは仕事上で問題や困ったことが起こると、アポをとって、なるべく直接相手と会って話すようにしている。メールではどうしても無理だ。文章と文章とでやりとりすると相当複雑なことになる。直接会えば、一つ一つの言葉にそのつど反応できるし、それに、お互いの表情とその場の空気が伝わる。
 でも、ほんとのところ、やっかいなことがらもメールのやりとりだけで済ませられないかな、と思う自分もいる。そう思って、実際にメールでやりとりしたこともあった。けれど、ぜんぜんうまくいかず、二度手間、三度手間、何度もやりとりすることになってしまった。最終的には、「この件、メールで話すのやめましょう、直接お話しましょう」となった。
 直接会って話すことの意味は十分にある。「真剣にやりとりするなら、やっぱり対面」とぼくは思う。今回のインタヴューでは、佐藤くんも含めて、大人三人で、「問いの立て方」や「素直さ」など、対面でまじめに話した。ぼくも改めて思ったけれど、相手と実際に会ってちゃんと話をするのは、すごく大切だしとても面白い。それが佐藤くんの感じた「目からうろこ」、「新鮮さ」の中身なんじゃないだろうか。

偶然と折り合うことの難しさ

 佐藤くんは、いいかたちで偶然と折り合うことができているように感じた。偶然というのは「たまたまそうなった」ということだけれど、佐藤くんのいま働いている現場だってそうだ。というより、だれもみんなそういう偶然を生きているはず。
 どうやって人は偶然を受け入れるようになれるのか? ぼくはいつも気になっている。わたしたちはいろんな意味で、たまたまそうなってしまう。あの親から生まれ、あそこで育ったこともそうだ。ここでこうして働いていることもそうだ。良くないことで言えば、災害や病気というのもそう言える。もちろん、イケメンだったりとか、いいことについてだってそう言える。
 で、ぼくが気になるのは、とくに良くないことについて、人間は偶然を受け入れられるのか?ということだ。自分の責任や落ち度となんの関係もなく、わたしたちは苦しいことを「こうむる」。昔は、「それは神様が与えてくれた試練ですよ、いま苦しいことは天国に行くためですよ」という説明で救われたかもしれない。けれど、今はそんなふうにはなかなか信じられない。どうしたらいいのだろう。
 印象に残っていることは、佐藤くんが、いまの会社でよい先輩に会えたりして、仕事に面白いことがあると思っている点だ。ぼくは、「えぃ!」と覚悟を決めるだけで、納得いかない偶然を受け入れるのはすごく難しいことだと思っている。そんな苦しい現実のなかに、ほんのちょっとでもなにか面白いことが自分を誘っていると感じられることが、偶然を受け入れるコツだと思う。
 でもこれは、逆に言えば、自分を誘うものを目の前の世界に見つけられなければ、現実は受け入れられない、ということだ。そうなったとき、いまのところぼくは、目の前には面白いものがなくても、一度でもいいから、世界に誘われた経験があるかどうか思い出してみるのが大切だと思っている。
 たとえば、佐藤くんは、お父さんと山に行ったり、部活で全国大会に行ったり、ニュージーランドでの恋愛などなど、いままでの楽しい経験をけっこう大切にしている。そして、たぶん、いままでそうだったんだから、なにか自分を誘うような面白いものは世界にかならずあるはず、と考えている。それが、佐藤くんの素直さの中身で、だから、仕事での面白さを呼び込んでいるのではないだろうか。
 うれしかった思い出を大切にする、と言うとなにか素朴できれいすぎる表現だけれど、でも、それは、「いま目の前にはないけれど、またうれしいことがきっとあるはず」と世界と上手くつきあうためのコツになってるんじゃないだろうか。
 けれども、偶然にこんなふうに苦しくなってしまった自分や世界をどうしたら受け入れられるか? そのことについてはこれからもじっくり考えてみたいと思っている。

第11回 ここがこう動いて、つぎにこうするとこう動く──武田一雄さん(22歳・男性・大学3年生)

武田くんは、1988年に埼玉県の朝霞市に生まれ育つ(22歳)。現在は東京都内の理系の大学で電気関係を学ぶ大学三年生(就職活動中)。
理系で技術者をめざす若者はこのインタヴューでははじめて。電気の仕組みなど、なかなか聞けない技術的な話、技術屋としての仕事観を聞くことができた。電気の話をわかりやすく説明しようとしてくれる時の楽しげな表情が印象的。もちろん、「理系」というキーワードでは括れない、ひとりの個人としての武田くんのあり方もこのインタヴューでは具体的に聞くことができた。
*2011年3月16日(水) 18時〜インタヴュー実施。

「ぼくは強電系に興味があって、モーター関係、モーターそのものやモーターを制御するインバーターについて興味があります」

まずは武田くんの専門の電気の話から。話は、モーター、電車、電力供給の技術へと広がっていく。インタヴューを行った日は、東日本大震災からまだ一週間もたっていない3月16日。話はおのずと計画停電を含め、送電に関する技術的な問題にまで至ることになった。

石川 おいくつですか?

武田 22歳です。理系の大学に通っています。一年留年して、今度4年になります(苦笑)。

石川 留年というのはどういう理由で? 

武田 単位が取れなくて。三年を二回やっていました(笑)。

石川 そんなに進級するのが大変なの?

武田 私が留年したときは、進級できたのが6、7割です。学科によってこの割合のばらつきはありますけど。

石川 大変なんだね〜。

武田 まあ、自分の勉強不足というのもありますけど(笑)。大学は電気の専門の大学です。

沢辺 そこって、おれがよく行く大学だね。電子書籍の共通ルールをつくってるひとがいる大学だ。

石川 そこで、武田くん自身のご専門はなんですか?

武田 電気、電子に関するものをやっています。強電から弱電、プログラミングまでやっています。モーターを動かしたりするのが強電で、電圧が高いものです。弱電は半導体とかにかかわる電圧が低いものです。プログラミングはあんまりできないんですけど(笑)。

石川 プログラミングというと、もちろん、パソコンで?

武田 そうですね。C言語でプログラムをつくります。もちろん、そういう情報系を専門にやっている学科もあるんですけど、ぼくらもプログラミングを学びます。

石川 なかなか専門的な話だけれど、そういう専門的な学問なので留年してしまう学生も多いということ? 

武田 まあ、う〜ん、そうですかね(苦笑)。まあ、勉強不足もあるし。必修はけっこう難しかったりするんです。うちの大学は出席はあんまり勘案せず、基本は中間や期末のテスト一発で。

沢辺 ようは成績が悪かったんだ。

武田 そうですね。テストで点が取れるかどうかということです。

石川 なるほどね。文系の大学は、出席も成績に加点したり、単位修得条件の主なものに含まれている。けれども、武田さんの大学では、純粋にテストの点数で単位を取れるかどうかが決まるんだ。それで、その難しい必修のテストというのは電圧や……、

武田 回路だのなんなの(笑)。プログラミングとか(笑)。まあ、実験とかはレポートで、なんとかなったりするものはあるんですけど、基本は筆記試験ですね。

沢辺 ねらい目はどのあたりなの?

武田 就職ということですか?

沢辺 主に勉強している分野はどういうことなの?

武田 ぼくは強電系に興味があって、モーター関係、モーターそのものやモーターを制御するインバーターについて興味があります。あとは、高電圧工学とか、送電に関係するものを勉強しましたね。

沢辺 まさしく時流に合ってることをやってるじゃん! 

武田 そうですね(笑)。まあ、原発そのものではないですけど。

沢辺 計画停電というのもそういうジャンルになるんでしょ?

武田 もちろん、そうですね。電力系統工学というのも勉強しましたけれど、まさに送電にかかわることです。

沢辺 実際に電力会社に聞かなくちゃわからないだろうけど、想像で聞けば、まず発電所があって、そこから送電線が引かれて、どこかにある変電所でいったん変電して、電気は分散されてると思うんだ。計画停電というのはその変電所の単位で行われるんでしょ?

武田 はい。そういうことだと思います。

沢辺 で、おれも含めて、一般の人も不思議に思うのは、じゃあ、電車だけ優先できないか? ということなんだけど、それはできないの?

武田 たぶん、計画停電初日に電車を優先せずにあれだけ混乱したので、そのあとから優先にしたんだと思います。

石川 じゃあ、「優先的にここにこう流す」ということもできるんだ。

武田 そうですね。一般に流れているのは交流電流で、電車を動かすのは直流電流なので、そのためには変換をしなくてならないんです。だから、電車を動かす電力は別口で流しているのかもしれませんね。

沢辺 だけど、直流に変えるのは、鉄道会社のほうでやるんじゃない?

武田 そうですね。だから、会社に電力が行く一歩手前の変電所で調整しているのかもしれません。ただ、JRに関しては自分で発電所をもっているので、東京電力の計画停電は直接かかわりあいはないと思います。他の私鉄は100%東電から買ってるんですけど。

石川 話を聞いてなんとなくはもうわかってきたんだけど(笑)、電気に興味をもったきっかけは?

武田 はい(笑)。もともと電車が好きだったからです(笑)。そういう単純な理由です。

沢辺 あー、電車か。

石川 いまは「乗り鉄」とか「撮り鉄」とかいろいろな分類されているけれど、鉄道でもどのあたりが好きなんですか?

武田 最近だと、乗るのがほとんどです。中学生のときは、あっちゃこっちゃ撮りに行ったり、青春18きっぷを利用して友だちと乗ることをただ楽しむ、とかやっていました。他にも、模型だとか音だとか、いろいろありますけど、「なんでもやった」って言えばなんでもやりましたね。

石川 そのうちに、電車の動くシステムにも興味をもった、と。それで、どんなふうに電車は動いているか説明してもらえますか? あまり複雑になってしまうようだったら、だめでもいいけど。

武田 むかしは単純に電気抵抗の調節で動いていたんですけど、いまの電車はインバーターを使って動いています。インバーターで電圧や周波数を変えて動いています。

沢辺 でもさ、考えてみれば、普段われわれが簡単に使っている電気ですら、技術的には一人では追っかけられないくらい複雑になってるわけじゃない。むかしで言えば、電車の運転手さんは自分の手で運転していたと思うんだけど、いまだったら、前の電車とちょっと近づきすぎたら、センサーがはたらいたりして、中央制御室みたいなところが管理している。極端に言えば、新幹線なんか運転していないに等しいんじゃない?

武田 いや、新幹線はまだ運転しているほうです。逆に地下鉄なんかはボタンひとつで動いちゃいます。たとえば、ホームドアのあるホームとかは精度が必要なので、動かすのは人がやったとしても、停まるのは機械がやってくれます。

「自分の趣味としては、ここがこう動いて、つぎにこうするとこう動くんだ、というのがわかりやすくて好きなんですよ(笑)」

武田くんは物づくりが好きな職人肌。そんな武田くんは、将来、高度に専門化、分業化された開発や管理のシステムにかかわることになる。技術革新や製品開発・管理の分野は、一人の技術者がそのすべてを見渡せてなんとかできる世界にはなっていない。そうしたシステムのなかで働くことを武田くんはどう思うのか。

沢辺 社会全体が日本ぐらいの技術レベルになると、人間ひとりの力ではどうにもならないくらいの技術の水準があって、ひとりで動かすんじゃなくて、チームワークで動かすっていうのが強くなってきている。技術のほうに行く理系の人たちは、そういうのつまんなくない? 

石川 電車のシステムってどうなってるんだろう?という素朴な疑問から、その仕組みをわかっていく、という楽しい感じが武田くんにはあると思う。けれども、沢辺さんの指摘を聞くと、そういうふうに、普段見えない仕組みを知っていけばいくほど、ひとりの力ではどうにもならないようなシステムがそこにある、ということがわかってくる。そういう疑問だと思う。このあたりの点については、武田くんはどう思ってるんだろう?

沢辺 たとえばさ、エジソンの時代には、エジソン一人が毎日徹夜して努力すれば、フィラメントで電球をつくれる技術をひとりで獲得できる可能性はあったかもしれない。けれど、いまは、たとえばLEDのランプだと、電球のデザインをやってるデザイナーもいれば、発光体を研究している人もいれば、あるスペースのなかに回路をどう詰め込むか、そういうことばっかりやっている人やチームもある。つまり、エジソンみたいに一人ではできなくなっている。
それって、おれ個人的には、いいんじゃないかと思うんだ。人間は一人では生きていけないわけで、むかしは、田植えだって一人ではできなくて、そのときは村のみんなで相談して役割分担しながらやっていたんだと思う。で、田植えは田植えでいまは個人でできるようになったわけだけれど、今度、技術の分野では、もう一度、みんなで一緒にやるようになっている。「集団の力」という点だと、先祖がえりしていると思うんだ。それで、そのこと自体はよくないことではない、とおれは思う。でも、そのあたり、技術のなかにいる人には、不全感とか、たとえば、「自分はたんなる部品にしかすぎない」とかいう気持ちはあるのかな?

武田 まあ、私自身としてはやりがいがないとは思いませんけれど。

沢辺 車なんかそうなってきてるよね。この前、大井町の下請け工場の息子と話をしたんだ。息子と言っても40代ぐらいなんだけど。そしたら、こんな話になったんだよ。自分のおやじのころは、キャブレターでもって、「ガソリンをどれぐらい燃料爆発室に入れるか」っていうのを機械で調節していた。だからキャブレターの故障は自分のとこの機械で直していた。でも、自分の代になったら、その調節はもうコンピューターがやってる。だから、キャブレターがだめんなった車をもちこまれても、自分のところじゃ修理できなくて、メーカーから部品1セット、何万円かのを買ってきて、全とっかえするしかないんだよ。彼はコンピューターのこともよくわからないし、自分の果たす役割はどんどん狭くなってるんだ。しょうがいないとは思うけれど、なかなかな〜。

石川 それって、むかしの、工場でネジばかりつくっていて、ぜんぜん仕事のやりがいを見出せない、という不全感と同じですか?

沢辺 そうそう。

石川 高度な技術屋さんのなかにもそういう不全感あるかも、と。武田くん、どう?

武田 まだ開発にはかかわっていませんけれど、4月から研究室に入る予定です。でも、そのあたりはどうなるのかな……。

石川 研究室というのはどういうことをやっている研究室ですか?

武田 レーザーをやっている研究室です。「この材料を使えば、小型で効率がよくて出力の高いレーザーがつくれるんじゃないか」といったことを研究しているところです。

石川 レーザーは具体的にはどんなことに使われるレーザーですか?

武田 具体的には光源ですね。ディスプレイとか。

石川 それで、さっきの話に戻ると、実際はまだものづくりをやっていないけれど、自分としては不全感みたいなものは感じない、と?

武田 自分の趣味としては、ここがこう動いて、つぎにこうするとこう動くんだ、というのがわかりやすくて好きなんですよ(笑)。じっさい、これからなにかをつくるとしても、不全感は感じないと思うんですね。

沢辺 就活は?

武田 地震で日程がずれ込むとは思うんですけど、いまはエントリーシートを書いたり、面接を受けたりです。

沢辺 どんな業種?

武田 鉄道会社にも出してますし、そのグループ会社の車両を整備する会社だとか、電力設備の補修、メンテの会社。あとは、高速道路の会社だったり、その施設を整備する会社だとかにエントリーしています。クレーンなど建設機械系にも出しています。

沢辺 テレビで見たんだけど、ある重機の会社は全世界で自分の会社の製品がどのように動いているかGPSでわかるようになってるんだってね。たとえば、日本では8時間しか動いていないけれど、中国とかでは24時間フル稼働。そういうことが世界地図にランプがついて、わかるようになってた。そうすると、いつごろメンテナンスが必要か営業的にもわかるし、山の中とか川のそばとか、どんな場所で動いているかわかるから、今後どういう商品が必要か、製品開発的にもわかるみたいな話だったな。

石川 へー、それこそ、さっきの電車の話じゃないけれど、全体的なシステム管理になってるんですね。武田くんはそういうシステム管理的な部門では働きたくない?

武田 発電所のメンテナンス、変圧の仕組みをつくる会社は考えていますね。

沢辺 どっちかというと、技術者、職人がいいかなって思うの?

武田 そうですね。

「でも、やっぱりつくっているのは人ですからね。ほんとうに。システムをコンピューターでもって調節するのは人間です(笑)」

高度にシステム化された仕事の世界をどう考えたらいいか。これを「人間性が失われる」として「疎外」と考えるべきか。けれど、そうかといって、エジソンのむかしに戻れるわけでもない。いまあるシステムを前提として、そのなかで物をつくることの意義はどう見いだせるのか。このあたりを、技術屋さんとしての武田くんの観点から語ってもらった。

沢辺 ちょっとノスタルジックな話になっちゃうけど、おれ、お遊びで音楽やってるんだけど、ギターの世界ではあいかわらず真空管アンプが人気があるんだよ。でもいまは、アンプシミュレーターっていう弁当箱みたいなかたちの機材があって、真空管の音がコンピューターでもって再現できちゃうわけだよ。でも、音楽の世界では、「そんなのよくない!」って言うヤツのほうが多いわけ(笑)。

石川 「ほんもののほうが、音があたたかい」とか「やわらかい」とか言って。

沢辺 そうそう。それで、そう言っているヤツにだまされて、おれこないだ真空管アンプ買ったわけだよ。安もんだけど。でも、いまや、アンプシミュレーター通せば、もはやアンプでさえ必要ないわけ。そのシミュレーターをスピーカーにつなげれば、いくらでもコンピューターレベルで音が調節できるわけよ。それで、おれなんか、正直言って、真空管アンプの音とアンプシミュレーターでつくった真空管の音と、どっちがどっちだか聴いてもわかんないんだよ(笑)。で、それはそれでいい世の中じゃん、と思うけれども、とはいえ、半分ぐらいは……。

武田 やっぱ気持ちの問題もありますからね(笑)。「アンプを使ってるんだ」という気持ちはけっこう大切ですよね。

沢辺 そうそう、そうそう。

石川 いやぁ、その感じわかります。新しいものへの志向と古いアナクロなものへの志向というのは、かならずしも対立しないと思うんですよね。同じ人から出てくる。武田くんも、勉強では、ものすごく先進的なことやってるのに、「真空管」なんて言ってぼくらが盛り上がってるのを楽しく聞いてくれてるし。

武田 ぼくも新しいものと古いもの両方が好きですね。まあ、どっちかというと古いものが好きなんですけど(笑)。

沢辺 そうだよね。両方あるよね。だから、さっきは、最新の技術は、一人では追っかけられないくらい複雑になってる、だんだんブラックボックスになっているんじゃないか、という話をした。けれど、その一方で、たとえば、プログラムの世界では、一人の人が新しいプログラムをまず全部自分で組み立てて、それをみんなが利用する、ってかたちもあるんだと思うんだ。複雑なシステムになってる面と個人の創意の面、両方あると思うんだ。

石川 それで、思想の世界なんかもそうなんだけど、だいたいどういう話になっているかと言えば、技術はだんだんブラックボックスになり、システムによる管理が進んで人間の自由がなくなっている、というのが一方である。もう一方で、テクノロジーの進歩によって、こういったシステムに溶け合って生きる人間というのは、これはこれでまったく新しい人間のあり方ではないか、とちょっと持ち上げる意見もある。こういう議論って、技術にかかわる人にとっては、すごく抽象的じゃない? 実際に技術にかかわる人の目にはどういうふうに映るんだろう?

武田 そうですね(笑)。でも、やっぱりつくっているのは人ですからね。ほんとうに。システムをコンピューターでもって調節するのは人間です(笑)。「人がかかわらなくなって、さびしくなった」という意見も感情論としてあるかもしれないけれど。利便性は確実に上がってますよね。

石川 そうだよね。一方で、いまの技術のあり方を、ことさら持ち上げる必要もなく、それを粛々と受け入れる、という感じかな。それでいてもちろん、そこには創造性もあるし、研究することは意義のあることだし、一緒に働く協同性もある。

武田 たとえば、モーターを動かすにしても、モーター自体を設計する人もいれば、インバーターを動かすソフトをプログラミングする人もいる。それで、工場とかで働いても、製品のなかに自分のつくったものが入っているのを見たら、やっぱりうれしいと思いますね。それこそ説明会でこういう話をよく聞きますね(笑)。

沢辺 やっぱり、現代思想とかいうのは、「真空管信仰」みたいなものがあると思うんだよ。単純な疎外論、「よそよそしくなってしまった」、みたいな議論なんだな。

武田 確かに、「技術に疎外されている」という感じはありませんね(笑)。

沢辺 疎外ととらえるより人間の共同性という点にもっと注目したほうがよくて。いまは個人がバラバラになってしまっている、という意見もあるけれど、そんなことはなくて、ますます、集団でなにかすることが重要になっているんだ。たとえば、和民がなぜ成立するかといえば、集団作業だからだと思う。おとうちゃんとおかあちゃんがやっている個人営業の店だったら、揚げ出し豆腐を250円では提供できないわけだよ。和民だったら、分業や大量仕入れによって、それができる。それを疎外というキーワードだけで描くのはちょっとちがう感じがするんだ。だから、むしろ、現代思想のように余計なことをいろいろ入れるんじゃなくて、ものごとを純粋に技術的な面で見てもらったほうが安心できる。

石川 エジソンは自分で自分のつくっているものが見えていた。でも、協同性が必要とされる現代では、それが見えなくなってきた。この「見えなくなってきた」ということを疎外とする議論もある。けれど、そのことって、逆にものすごく単純に言えば、「みんなで力を合わせていいものつくっている」っていうことなんじゃないか? だから、ことさら、人間性の喪失みたいに言う必要もないし、新しい人間の誕生と持ち上げる必要もないと思いますね。

沢辺 いまは過渡期だと思うよ。いまは、一人ひとりは自分のやっていることの意味を知らされていないような状況で、それはそれでやはり不安なことだと思うんだ。全体のなかで自分はどういう役割を果たしているか、その全体性が獲得されないとつらい、という気持ちはあると思うんだ。

武田 実感がほしいということですか?

沢辺 そうそう。それがわかる状態をつくれていないことが問題であって、分業や協同性自身は本質的な問題ではないと思うんだ。もっと言えば、人間は一人じゃ生きていけない、つまり、「人間は類的存在だ」というところから考えれば、一緒に働かなくてはやっていけない。それで、そういうことを現代人だって実際にはやってるんだけど、その自分の果たしている役割は了解しにくくなっている。いまの問題は、その一点だけじゃん。そんな気がするんだ。

石川 だからこそ、その高度に分業された協同の社会のなかで専門の技術者になろうとしている武田さんに話を聞きたいんだ。いま「全体での自分の役割」という話が出たけど、武田さんはそのあたりはどのように考えているのかな? たとえば、ある製品をチームでつくったとして、それはみんなでつくったんだけど、おれがつくったんだ、というか。そういううれしさはあると思うんだ。みんなでつくったがためにおれが疎外されたという感じにはならないと思うんだけど。

武田 そうですね。

石川 これって、なんだか昔の村で、みんなで春に田植えして秋になってお米ができてうれしい、みたいな話になってるんだけど。

武田 ほんとにそうですね。ただ、文系の友人にSE(システムエンジニア)目指して就活してるのがいるんですけど、その友人の話を聞くと、彼の仕事はシステムという見えにくいものを相手にしているので、仕事の意味はあまりわかりにくくなっているんじゃないかと思います。ぼくは、どちらかというと、SEとかは苦手なんです。システムのほうではなく、ものづくりのほうに興味があるんで。実物を相手にしているほうが自分のやることの意味は見えやすいと思いますね。技術屋だと製品が実際にあるんで。もちろん、システムづくりのほうも、自分がシステムをつくったものが実際に製品として町に置かれる、ということはあると思うんです。けど、やはり、自分のやってることの意味は見えにくくなってるかと思います。

「プログラミングの美しさを感じるまでには行ってないです(笑)」

武田くんは機械をいじったり回路をつくるのは好きだけれど、プログラミングは苦手。パソコンも自作したりはしないで、もっぱら使うほう。そんな武田くんと、プログラミングも含めて、技術屋さんの仕事のもつ美しさについて語る。

石川 「文系のSEと自分たち理系の技術屋というのはちょっとちがう」という、そのあたり、もう少し聞かせてもらえるとうれしいです。

武田 システムというと、「どこでどう動いているかわからない」、あとは、「パソコンの中だけ」というイメージがあるかな?

沢辺 でもさ、プログラミングって美しさがあるじゃん。それは英語みたいなもんの羅列なんだけど、英語って言っても、それはシンプルな命令だったり階層の指定だったりする。だけど、そこに数学のような美しさがある。プログラムの世界ってさ、そういう命令文の羅列にすら美しさを見いだすから面白いな〜、っておれは思うんだ。

武田 そうですね。いろんな書き方があるけれど、そのなかで、いかに見やすく、すっきりしたものをつくるか。

沢辺 そうそう。いかにわかりやすくシンプルに伝えるか。おれはそういうの苦手なんだけど、プログラミングって、いちばん美しくて本質をビシッと伝えるような、まるでいい文章みたいなところがあるんじゃない? 「まわりくどいよな〜」と言われるプログラムじゃだめなわけだよ。プログラムってそういうことだよね?

武田 そうですね(笑)。でも、ぼくはそのプログラミングが苦手なんです(笑)。回路とかをつくるのは好きなんですけど。

沢辺 あー、プログラミングの美しさには、ハマれてないんだ。

武田 そうなんですね(笑)。壁がけっこう高いんです(笑)。プログラミングの美しさを感じるまでには行ってないです(笑)。おそらく、自分がもともと、目に見えて動く機械、そういう物をつくるのが好きだったから、というのが大きいと思いますね。いま、電気電子の学科にいるんですけど、受験するときは機械系の学科も受けましたし。

石川 場合によっては、小さな工場でミクロン単位で精密な部品を削り出していたようなタイプ?

武田 そうですね。それはそれで面白いと思います(笑)。

沢辺 また美しさの話に戻るけれど、職人さんには美しさがある。おれの分野では、カメラマンがそうかな。コードとか使っても、しまい方とかピシッとしてるの。スタジオなんか行くとわかるんだけど、道具や機材がちゃんとあるべきところにあるの。だから、たんにプログラミングのように実体のないものだけに美しさがあるんじゃなくて、回路や機械といった実体のあるものづくりにも美しさがあるんだと思うんだ。たとえば、編集者の仕事だって、道具の整理が苦手なスタッフでも、本になる前に校正の赤字を入れるとき、芸術的というといいすぎかもしれないけれど、すごくきれいに赤を入れる人もいるんだよ。だから、武田くんも自分の扱う物にどこか美しさを見出しているんだと思う。機械の動き方とか、現物であればあるほど美しく感じるタイプだと思うんだ。どうかな?

武田 そうですね。やっぱり見える物が好きなんですけど、プログラミングだって興味はあります。

石川 最終的に、見える物をつくる、というところに向かっていれば、見えないプログラミングとかもやる、見える物につながっていることが武田くんを安心させているのかな?

武田 そうですね。もちろん、電気も見えないものです。でも、それを勉強することで、物がどう動いているのかわかるところがいいです。

沢辺 パソコンを自分で組み立てたりはする?

武田 それはやらないです(笑)。パソコンはもっぱら使うほうです。もちろん、まわりには自作のパソコンを組み立てる人やプログラミングが趣味な人もいますけど(笑)。

石川 ぼくなんか、パソコンの中身とかにはまったく興味がなくて、ただ使っているだけなんだ。けれど、小さいころから機械いじりは好きで、モーターを使った木のおもちゃみたいなものを組み立てて、歯車の仕組みとか覚えたり考えたりしていたんだけど、武田くんもそういうタイプなのかな?

武田 まったくそうですね。そういうところからいまの理系の世界に入っていったと思います。

「まあ、普通ですね(笑)」

いままで技術系の話ばかり中心に話を聞くことになってしまったけど、ここで、武田くんの家族構成や幼いころから高校までの話を聞く。

石川 これまで技術的な話が中心でしたが(笑)、お父さんお母さんのことを聞かせてください。と、思ったけど、そもそも、どちらにお住まいですか(笑)?

武田 埼玉の朝霞というところです。そこで生まれて、いままでずっとです。大学にもそこから通っています。母方の実家が墨田区、父方のほうが中野区です。両方とも東京都区内ですね。

沢辺 おやじさん自衛官?

武田 いや(笑)、駐屯地はありますけど。父は生協職員です。むかしはスーパーの惣菜の開発をやっていましたけど、いまはグループ会社のチケットサービスのほうをやっています。

沢辺 いくつ?

武田 去年50になったかな、確か。

石川 ご兄弟は?

武田 この春に高3になる妹がいます。母はいま43ぐらいで、専業主婦です。一時期パートをやったこともありましたけど。

沢辺 妹とは仲悪い?

武田 (笑)いえ、仲悪くはないですけど、良くもないです(笑)。良くも悪くもなく、という感じですかね。

石川 妹さん理系?

武田 (笑)いえ、理系ではないです。

石川 お父さんとお母さんはどこで出会ったの?

武田 大学みたいです。

石川 理系?

武田 いえ、二人とも文系です(笑)。

石川 では、武田くんは小学校のころはどういう子どもでしたか?

武田 ひとなつっこい子どもでしたね。

石川 運動はなんかやってたの?

武田 どちらかと言うと、運動音痴でしたね(笑)。球技もそんなにうまいほうではなく、走るのもそんなに速くなくて(笑)。でも、なんだかんだ言ってそういう仲間のなかに入って遊んでいましたけど。

石川 じゃあ、家にこもって鉄道のビデオばかり見ている子どもじゃなかった、と(笑)。

武田 そうですね(笑)。外で遊んでいました。家にこもることはありませんでしたね。

石川 では、人とかかわるのは苦手ではない、と。

武田 そうですね。小学生のころ放送委員をやっていて、放送室が遊び場のようになっていて、隣にある職員室にも出入りして、先生と話すのも好き、みたいな子どもでしたね。

石川 週末は鉄道に乗ったり写真を撮ったりしていたの?

武田 いえ、そういうわけでもないですね。小学生のころは親がどこか行くときについていって一緒に見るとか、その程度ですね。

石川 じゃあ、ことさら鉄道オタクだったわけじゃないんだ?

武田 そうですね。

石川 では、勉強はどうでした?

武田 それなりにやってましたね。

石川 学校は公立?

武田 小中高と公立でしたね。小学校、中学校はほんとに地元の学校で徒歩5分ぐらいのところでした。

石川 中学で部活は?

武田 軟式テニスをやってました。なんだかんだ言ってそんなにうまくはなかったですけど(笑)。まあそれなりにたのしくやってました。

石川 中学ではやっぱり数学や理科系の授業とか得意だったの?

武田 まあ、わりかしそっちのほうが好きでしたね。将来のことはあまり考えてはなかったですけど。中学のときは数学もそれなりにできたんですけど、高校に入ってからは成績はどんどん下がって(笑)。高校はだいたいは大学に進学する学校で、県内でもいいとされるほうの高校でしたけれど。

石川 高校のときは進学の方向は自分のなかで決まっていたの?

武田 高校のときには、理系クラスにも入って、「電気、機械のほうに行くんだろうな」と漠然とは考えていました。でも、中学、高校のときは現代文が好きでした。センター試験では現文がいちばん成績がよかったみたいな(笑)。

石川 まあ、ことさら理系、理系してたわけじゃないんだ(笑)。

武田 そうですね。どっちかと言うと、頭は文系だと思ってるんで(笑)。

石川 でも、いまの大学に行こうと思ったきっかけは?

武田 まあ、「都内にある」という立地ですかね(笑)。そこまで大した理由はありません。一応、予備校も行って受験勉強は一生懸命やりましたけど。

石川 いままでお話をうかがってきて、武田くんは、とくにグレたというわけでもなく、素直な子だった、という感じかな(笑)?

武田 ひねくれてはいませんよ(笑)。

石川 ご両親はどんな風に育ててくれましたか?

武田 母親は「勉強しろ、勉強しろ」言うタイプでした。四六時中言っているタイプでしたね。ただガミガミ言うんじゃなく、ぼくのことを心配してそう言うタイプでしたね。たとえば、いまだって、「勉強しなさい! あんた留年なんかしてどうすんの? こっちはいくら払ってると思ってんの!」といった感じですね(笑)。「そろそろ子離れしてくれないかな」と思うんですけど(笑)。

石川 ああ、心配だからお母さんはいろいろ言ってくるんだ。

武田 おそらくそうですね。

沢辺 まあ、聞いてると普通だよね(笑)。

武田 まあ、普通ですね(笑)。

「男同士で飲んだら、女の子の話や、くだらない下ネタばかりです(笑)」

武田くんに女の子について聞いてみた。恋愛話から女性観、結婚観に話は広がり、最終的には「家事をやれる男はモテる!」という話に。
武田くんはmixiとtwitter をやっている。mixiでは鉄道、音楽ライブのチケット、旅に関する情報を集め、twitterでは写真や美術といった展覧会の情報を集める。携帯電話はスマートフォンではない(携帯代は月に約6000円。親に払ってもらったり、バイトの余裕があるときは自分で払ったり)。お小遣いは月に1、2万円。

沢辺 ところで、いまどきの若者論、ってどう思ってる?

石川 たとえば、いまの若者は社会的な出来事に関しては無関心っていうのがあるけど。

沢辺 いまの若者は年金を払うだけで、親たちの世代のようにはもらえない。こういう予測があると思うけれど、そういうことどう思う? 腹立たない?

武田 腹が立つというより、「じゃあ、どうしたらいいんだ」という感じですね。子どももすぐには増やせないし。安心して子ども産めるのか、ということもわからないし。

沢辺 でもなんで安心して子どもを育てられないの? 

武田 お金がかかるということがそうですし、じゃあ、共働きになったとして、子どもを預けるところがちゃんとあるのか、とか。そういうことですね。自分の祖父母の世代では、みんな大学に行くわけではないし、「女の子は家にいて」というのがあって、「子供がたくさんいても大丈夫だったのかな」と。そういう考えは自分のなかにはあります。かと言って、いま子どもを産んだとしてもどうにかなるとは思うんです。でも、安心してそれができるか、となったら、そこのところはちょっと心配です。

沢辺 けっして非難しているわけじゃないけれど、おれの世代だったら、20代の男だったら、いつも女の子のこと考えてた。もちろん、それだけで生きていたわけじゃないよ(笑)。でも、たとえば、男同士で話せば女の話は定番。

武田 (笑)いや、同じだと思います。男同士で飲んだら、女の子の話や、くだらない下ネタばかりです(笑)。

沢辺 いまよく言われている「草食系男子」という言い方には、若者のそういう女の子への欲望が落ちてるんじゃないか、という意見が含まれているんだけど、そういう言われ方についてはどう思う? 

武田 ある程度、わかります。なぜ、そう言えるかといえば、自分の男としての自信がないんですかね? モテないみたいな。女の子に向かっていくのに際して、どう振り向いてもらえばいいんだ? わからない、みたいな。

石川 個人的な経験があって、好きな子がいてフラれたりしたからそう思うの?

武田 中学も高校も共学だったんですけど、中学のときは同じ子に二回ぐらいフラれたこともありますし(笑)。高校のときはどっちかというとひっそりしてましたね。中学のときは委員やったり生徒会やったりして積極的なタイプだったんですけど、高校のときはひっそりしてましたね。自分を前に出さないで抑えてたり。鉄道についても抑えていましたね。

石川 鉄道のことを知られたらモテなくなるとか?

武田 オタクって言われるのはいやだったんでしょうね。

沢辺 で、彼女歴は?

武田 あんまりないです。ほとんどいないに等しいですね(笑)。

沢辺 ほとんどいないに等しい? そのへんが、草食系と言われちゃう理由なんだと思うよ。もちろん、おれたちの頃もモテるやつはモテたし、モテないやつはモテなかったんだけどね。

石川 まあ、そうなんですよね。こう言うのもなんですけど、ぼくの若いころは、「モテない!」っていうのは、もうアイデンティティにすらなってましたからね(笑)。

沢辺 モテないって最大の問題だったじゃない?

石川 ええ、そのとおりでしたよ。「モテない!」、「フラれた!」とか(笑)。

沢辺 おれなんか、「生涯彼女できないんじゃないか?」みたいに思ったところがあるもんね。

武田 わかります。ぼくもそんな感じでした(笑)。それこそ、大学入って、理系なんてほとんど女子はいないんです。それで、じゃあ、就職してたらどうかと言えば、技術職なんで、職場には男しかいないわけだから。そしたら、「オレ、結婚できるの?」みたいな(笑)。

沢辺 いま、結婚という話を聞いたんだけど、共稼ぎがいい? 専業主婦がいい?

武田 どちらかと言うと、専業主婦をしてもらいたいです。

沢辺 そうすると、育児をイーヴンに負担するという感じはないんだ?

武田 うーん、育児をしたくないことはないんですけど、どこまでできるかはわかりませんね。

沢辺 じゃあ、いま、料理できる?

武田 あんまできないです。

沢辺 米炊ける?

武田 できます(笑)。

沢辺 みそ汁は?

武田 作ろうと思えば作れます(笑)。専業主婦の家庭で育っているがゆえか、さっき「親が子離れできていない」と言いましたけど、逆に言えば、ぼく自身が「自分のやることをできてない」というか(笑)。

沢辺 洗濯は?(笑)

武田 やってないです(苦笑)。

沢辺 靴下干すことある?

武田 ないです(苦笑)。

沢辺 まあ、いつもはそこから先、「靴下どういうふうに干す?」という靴下の干し方の質問になるんだけど、できないよ(笑)。

武田 シャツならちゃんと伸ばしたりとかやるときはやりますけど(苦笑)。

沢辺 自分の部屋もってる?

武田 いや、妹と一緒の部屋です。

沢辺 掃除はする? 掃除機かける?

武田 はい。親がやらないんで自分で掃除機かけます。

沢辺 でも、シーツとか枕カバーとかの洗濯は?

武田 やりませんね(苦笑)。そういうことをやっていないのは後ろめたいですね(苦笑)。

沢辺 ここはいじめるところじゃないけど(笑)、嫁さんを専業主婦にできるような男なんて確率から言えば圧倒的に少ないわけじゃない。まあ、いまの社会を考えてみれば、やっぱり、共稼ぎになるわけですよ。とするとさ、パートなり、フルタイムなり雇用形態は別としても、やっぱり嫁さんは働いて、完全に専業主婦というというのは成立しにくいわけだよ。

武田 どう考えたってそうですね(苦笑)。

沢辺 武田くんに嫁さんを専業主婦で食わせるような展望があるかって言えばそうでもないと思うんだ。それは、いまの社会ではほんとに大変なことだと思うんだ。それで、武田くんが「料理してません」、「洗濯してません」ってことだったら、そういうヤツと女の子はくっつきたいか(笑)? たんなる恋愛だったらいいかもしれないけれど、だんだん結婚ということを考えたら、女性が誰かとつきあうときは、そういうことも判断材料に入ってくると思うんだ。

武田 (苦笑)そうですね。その後の生活を共にするということになれば。

沢辺 武田くんは就職ということを来年に控えて、「そんなままでどうすんの?」ということになると思うんだ。
それで、おれは最近よく考えるんだけど、いまどきの子はもう養育は行き渡ってると思うんだ。おれの頃なんか、親は意識しておれを突き放してるんじゃなくて、社会全体が貧しくて、子どもには「自分で飯食っとけ!」て感じだったんだよ。うちはおれが小学校1年生のときから共稼ぎだったわけ。いまは、学童保育なんかもあって、小1の子をほっておくなんて信じられないと思うけど、おれなんか、「店屋物とっとけ」みたいなこともあったんだ。だから、おれの頃は、いやおうなく、「親は養育には手間をかけない」というのがあったんだ。それが、結果的にいいほうに作用したというか。

武田 ようするに、「自分でなんでもやるほかない」になった、ということですね?

沢辺 そうそう。でも、いまはそこまで社会が貧しくなくて、親が手間かけちゃうわけじゃん。おれなんか自分の子を育てたときは、「子どもにやらしていることがつらい」ってなっちゃうんだよ。それは「かわいそう」という意味じゃなくて、見てると、子どもはまともにできないからなんだ。時間もかかるでしょ。新人に仕事を教えるときみたいにめんどくさいんだよ。「じゃあ、おれがやっちゃうからいいよ」と言いたくなっちゃう。子どもに包丁をもたせたって、下手にケガされちゃ困るもん。おれの親はそういうところを見なかったわけだよ。もう放棄してるから(笑)。いまは見れちゃう。だから、大変だと思うんだ。親は自覚的に、教育的に、「あえて、子どもにみそ汁を作らせる」というめんどくさいことをやらなくちゃならないんだよ。
ところが、そういうことは親にとってはなかなかできないことだから、「家のことやったことないよ」と言うのが増えてしまうわけ。でも、そうなると、いざ結婚ということになったら、子どもにとっては結婚のハードルが高くなっちゃうんだよ。このギャップを埋めるのは、親か本人が自覚的にやるしかないわけだよ。だって、女だって、わかってるから。

石川 うちは共稼ぎで、ぼくも料理を作ったりします。それで、うちの女房の職場では、女性の同僚のあいだでこんな話があったみたいなんです。自分が遅くまで残業して帰ってきたら、だんなが先に帰っていて、「ごはんまだ〜」って。夜中までなんにもしないで嫁さんが夕飯を作ってくれるのをただずっと待ってる。そんなとき、女性は「この人と別れたい!」と考えるみたいですね。

沢辺 やっぱり、自分で料理やったほうがモテるんじゃない? たとえば、武田くんが、「すき焼きパーティーやろうぜ、おれ割り下とかけっこう考えてるんだよ」なんて言ったら、彼女すぐできるんじゃない?(笑) いまの時代、彼女がほしかったら、そこはおいしいポイントだと思うんだ。「ペペロンチーノだけは自分でつくれるんだ、それを親に食わせてるんだ、今度君んちでつくってあげるよ」なんて言う作戦は使えるんじゃない?

武田 そうですね(笑)。「ごはんまだ〜」みたいな人にはなりたくないから、自分でやるしかないですね(笑)。

「いちおう、彼女いるんですよね」

じつは、武田くんには彼女がいる。そこから一人暮らし願望について聞いてみた。

武田 いちおう、彼女いるんですよね。

石川 あれ、さっき、「彼女いない」、「モテたい」という話だったと思ったんだけど?

沢辺 「いままでほとんど彼女いないに等しい状態だったけど、いまはいる」と?

武田 そうですね。とりあえず。

沢辺 どこで見つけたの?

武田 SNSのサークルですね。

石川 さっき、「まわりは男性ばかり」みたいな話だったけど、そこがはじめての女の子との出会いの機会だったの?

武田 いや、地元の友だちのつきあいには女の子もいますね。女の子も一緒に、月一ぐらいでお酒を飲んだりしてます。

沢辺 彼女いくつなの?

武田 いま25で、ぼくより3つ年上ですね。

石川 へえ〜。

沢辺 いいね〜。

石川 彼女ひとり暮らし?

武田 いえ、実家です。

沢辺 じゃあ、どこで……?

武田 いやぁ、それはそういうとこ行くしかないでしょ(笑)。

石川 どれくらいつきあってるの?

武田 いま3か月ですね(苦笑)。

石川 おっ、つきあったばかり!

沢辺 いいね〜。

武田 まだまだつきあったことに入らないかと思いますけど(笑)。

石川 はじめての彼女?

武田 いえ、前の人も長続きせずに1年もたなかったですけど。

沢辺 でも、結婚ということもありえるよね?

武田 まあ、二人ともそういう歳なので。

沢辺 彼女との付き合いで悩みはないの?

武田 まだキャッキャしている時期なので、それこそ、相手が実家ということですかね(笑)。

沢辺 「相手もぼくも」ということですよね?

武田 まあ、そうですね(笑)。

沢辺 一人ぐらしの計画はないの?

武田 ぼくはまだ学生なのでなんともですが、むこうは出たいという気持ちはあるようですが……。

沢辺 いい悪いは別として、一人ぐらし願望は減ってるない?

石川 その傾向はこれまで話を聞いたなかにありますね。

武田 たしかに、ぼくもそうだと思います。ぼくも家を出たい気持ちはないわけではないんですけど、お金もないということと、じゃあ、どこに住むのか、という点で、実家は大学に近いし、というのもあって。まあ、言い訳なんだけど(苦笑)。

石川 お金がなくてもなんとか一人で住みたい、というのもあると思うんだけど?

武田 (笑)まあ、そこまで欲求が行ってない、ということですね。

沢辺 それとの関連でいくと、親のこと嫌い? 嫌いって言うと語弊があるから、「この親から逃れたい」というのはある?

武田 母親がガミガミ言うのはいやですけど、「逃れたい」までにはなりませんね。父親はわりと放任主義なんで、逆に「出て行ってもいいかな」ぐらいの気持ちですね。

沢辺 おれなんか、「親から逃れたい」という気持ちはいっぱいあったよ。

石川 うーん、いまは、親が好きだから、というわけではないけれど、「親は嫌いじゃないから、別に逃れたいという気持ちはない」という感じかな?

沢辺 まあ、そのことの良し悪しは別としてね。おれだって、「なんであのときあんなに一人暮らししたかったのか?」って思ってるくらいだもん。

武田 「彼女を部屋に呼ぶために一人暮らししたい」というのも、そこまで強くは思いませんね。

沢辺 バイトしてるの? 

武田 はい。

沢辺 月に何時間ぐらい?

武田 いま就活でそこまでやってないですけど、週2、3回ぐらいで、一回5、6時間、月に3、4万ぐらいですかね。行くときは5万円ぐらいですね。

沢辺 貯金は?

武田 ないですね(笑)。

石川 お金はなにに使ってるの?

武田 写真をフィルムで撮っているのでわりかしお金がかかるのと、あとは友だちとの飲み代ですね。

沢辺 フィルムカメラ使っているの?

武田 大学が写真部なんで。フィルム代と現像代でだいたい1500円もかかるんですよ。

沢辺 好きな写真家とかはいる?

武田 写真展は見に行ったりしますが、殊更好きな写真作家がいるというわけではありません。

石川 ほかに趣味はある?

武田 あとは、旅行が好きですね。民宿やゲストハウスに泊まって。基本は、青春18きっぷで一人旅です。尾道や金沢が好きですね。

石川 彼女と旅行は行ったの?

武田 二人で水戸の偕楽園に18きっぷで行ってきました。

沢辺 でも、泊まりとなったら、二人で行ってゲストハウスというわけにはいかないよね? 

武田 まあ、彼女も旅が好きで、ゲストハウスに泊まったりしていたみたいなんで。

沢辺 でも、さすがにゲストハウスじゃ問題なんじゃない? 最低民宿かな?

武田 まあ、そのときはそのときで(笑)。

「まわりを見ていると実際に大変ですし、自分が就職活動の仕組みが嫌だという思いもあります」

武田くんは現在ちょうど就職活動の時期。そんな武田くんに就活をどう思うかを聞いてみた。話は現在の就活システムの問題点と改善策に進む。カッチリした就活の制度に対して、その意義を認めつつも、そこにどう「ゆるさ」を組み込むか。そこが課題。

沢辺 就職活動ってどう思う?

武田 いまマスコミで騒がれているような、がっついてる感じはきらいですね。もちろん、ぼくは理系なので文系よりもめぐまれていると思います。文系のほうが理系より就職活動をはじめるのが早かったり、選考も早いみたいなんです。

沢辺 そのメディアで描かれる就職活動への違和感とはどういうもの? メディアで言われていることのイメージをだいたい大まかに言うとこんな感じになるかな。いまの大学生は、就職が大変で、ともかくかたっぱしからエントリーシートを出している。しかし、そのエントリーシートは誰もが知っているような大企業にしか出しておらず、中小企業には目を向けていない。だからいまの大学生は視野が狭いんだ。みたいな。「大変だ」ということに加え、「視野が狭い」ということが、大変さにより拍車をかけている。だいたいそんな感じかな?

武田 多かれ少なかれ、文系だと特にそうなんだと思います。

沢辺 じゃあさ、武田くんは、個人的に危機感がないの? 理系で比較的就職率のいい大学に行ってるから「どっか引っかかるからいいだろう」と、そういう可能性の高いポジションにいるので心配度が低いとか? それとも、いまの大学生全体を見てみて、実際は「そんなにがっついてないよ」と思うのか?

武田 まわりを見ていると実際に大変ですし、自分が就職活動の仕組みが嫌だという思いもあります。それに、自分が安心しきっているかと言えばそんなことはなくて、エントリーシートっていったいいくつ出せばいいんだ?」、「何回説明会に行って、何回面接すればいいんだ?」と思うこともあります。「どこで終わるんだ?」というそういう不安ですね。

石川 いま、「仕組みが嫌だ」という話があったけど、どういうこと?

武田 まあ、がっついている状況と、「大学3年生の後半からやらなければならない」という時期的なものですね。

石川 ということは、マスコミの就職活動に関する報道が嫌だということではなくて、現実に自分がかかわっている就職活動の制度に問題を感じているということなのかな?

武田 そうですね。あんまりいいとは思いませんね。

石川 ぼくも就職活動をやったんだけど、それでも、就活をはじめたのは大学4年生の春だったもんな。

沢辺 いかんせん、いまの社会は完成してきてるからね。就職活動にかんしても、もうシステムがかっちりできてきて、それを変えるのはすごく難しくなっている。二、三十年ぐらい前だったら、バイトで入ってたヤツも、「コイツできるな」と思えれば、ちょっと仕組みをこちらでいじって正社員で採用することもできた。でも、いまはなかなかそういうことができなくなっている。ちゃんとシステムにのっとって、就職試験をやんなきゃならない。
ところが、たとえば、採用面接でその人のことがわかるか、仕事できるかどうかわかるか、って言えばそんなことはわからない。おれなんて面接やってるけど、ぜんぜんわかんないもの。採用した相手について、「コイツこんな感じか」と少しわかってくるのは、働いてやっと一年ぐらいから。だから、おれなんて、「面接でどういうところ見るんですか?」と聞かれたら、「わからない」、「適当だ」、「面接で人を見ぬく眼なんてぜったいおれにはない」って言うようにしているもん。面接で失敗する危険性は絶対ある。だからもう、採用したら、「説教して育てる」っていうのしかないんだ。

石川 「就職のシステム全体は動かすのは難しいけれど、そのあとどう対処するか、ということが大切だ」ということでしょうか?

沢辺 「どうシステムをゆるくするか」、なんだと思うんだ。システムの側から見たら、「えっ、そんなことしていいの?」という部分をつくることじゃないかな。だって、バイトでがんばってる子を、「あいつがんばってるから入れようぜ」ってことが、いまはぜんぜん成立しなくなってきている。ある大手の出版社なんか、バイトで雇われた子は、「バイトから正社員になることは絶対にありえない!」とはじめからいきなり宣言されるらしいんだ。
実際には、正規のルートで一括採用された正社員がハズレの場合だってあるかもしれないんだよ。さっき言ったけど、試験や面接で仕事ができるかどうかまで判断できるとはかぎらない。もちろん、偏差値と仕事の能力の相関関係はそれなりにあるかもしれないけれど、だからと言って、偏差値の高いヤツが能力があるとはかぎらない。だから、たとえばの話、「バイトから正社員の道だってある」と、そういうゆるい余地も残しておいたほうがいいと思うんだ。
もちろん、いまの就職のシステムだって、もともとは、「よくしよう」という思いでつくられたんだ。おれはむかし公務員やってたんだけど、1960年代だったら、正規の採用システムで入ってこなかった、いろんなヤツがもぐりこんでたんだよ。70年代になると、試験制度がととのってきて、たとえば、一般の事務職の採用試験を受けられるのは28歳が限度、と明確に線引きがされるんだよ。その前はほんとにいいかげんだったんだ。土木事務所がセメントや砂利を買う金を流用して作業員を雇ったり、そんで、だれかが口をきいて正規職員になったりとか、表に出せないようないいかげんな採用もあったわけだよ。だから、「そういうことはいかんよね」ということになって、採用の制度が整えられた。でも、一回そういう制度が生まれると、なかなかそれをゆるめることができなくなっている。
もう十数年前に亡くなった人だけど、本の流通の業界で有名な出版社の営業担当役員がいるんだ。その人は、「この日何冊どの本が売れたか」、そういう本の流通のデータベースをいち早くつくった人なんだけど、じつはその人が出版社に入ったのは職安の紹介なんだ。だから、はじめは出版社の倉庫の作業員をやっていたんだよ。そういう人は、普通は役員なんかにはなれないんだ。だけど、たまたまその出版社は一回倒産したんだよ。そのとき、会社が「意欲のある者ならどんどん取り立てよう」と方針を転換して、彼には意欲があったから声がかかって、最終的にはデータベースをつくるまでになった。倒産という機会と彼の意欲がなかったら、彼はずっと倉庫の作業員だったと思う。でも、倒産という機会がなくても、意欲のある者がちゃんと評価されるような状態がもっと起こるようにならなくちゃいけない。そういう状態を意識的につくりださなくちゃならないんだ。
そもそも、就職試験を制度的にきちんとしよう、という動きが生まれたのも、意欲のあるひとをちゃんと評価するためだったんだよ。だって、「この人は社長の甥っ子だからなんとか入れてくれよ」というのがまかり通ってしまえば、他の人は意欲をもって仕事するのがばかばかしくなる。だから、ルールをきちんとつくって、試験をちゃんともうけて、そういうのはなしにしたんだ。そうすれば、社長にも、「ルールではこうなってるんです」と言って断ることができる。もちろん、ほんとうは、「ルールではこうなってるんです」って言うんじゃなくて、言いにくくても、「甥っ子さん、面接であんな偉そうな態度ではダメです」とまで言って断らなくちゃならないんだけどね。

石川 けれども、いまは、その意欲のためにつくった制度が、逆に、若い人の意欲を削いでしまっているわけですね。

沢辺 制度がソフィスティケイトされると、ゆるい部分がなくなってくるんだ。だから、こちらも意識的にそういう部分をつくっていかなくちゃならないと思うんだ。

「なんか『自分の興味のある分野には就きたいな』というのはあります」

武田くんは、仕事をどうようなものとして考えているのか。武田くんの言葉を通じて、夢や自己実現というキーワードで若者の仕事に対する考えを論じることができるかどうか、ということも問題になってくる。

石川 武田くんは「自分は理系だから就職はなんとかなるんじゃないか」という感じはある?

武田 まあ、それはありますね。安心はできないですけど。たとえば、友だちも、やっと一件ひっかかったところがあったけど、それは技術職とはまったく関係なかったりして。もちろん、ぼく自身も、純粋に理系ではなく技術営業職みたいなものでもいいとは思っているんです。けれど、その友人に聞いたら、介護がどうのと言っていたので、そういう職種になると、だいぶ自分の分野とはちがうかな、と。だから、ぎりぎりまで理系にはこだわりたいと思います。

石川 最近は大学でも就職に関する支援のプログラムがあって、自分はどの分野に向いているかを自己分析する機会があったり、エントリーシートの書き方なんかも学ぶ機会があるかと思うんだけど、そういうのはやっているんですか?

武田 やってますね。

石川 役に立った?

武田 情報が得られて、就職活動というのはこういうものなんだな、というのがわかってよかったです。大学主催の会社説明会のようなものもやってもらえるので、そのあたりは役に立ちました。

石川 そういうプログラムにかかわっている先生がよく、「いまの学生は、就職と言えば、すぐ、自己実現とか、夢を実現する、とか言うけれど、お金を稼ぐためのものっていう考えもあっていいんじゃないか」と言うんだ。武田くんは就職をどのように考えてますか?

武田 やれ自己実現、自己実現、というのは自分の頭にないですけど、なんか「自分の興味のある分野には就きたいな」というのはあります。「やりがい」というのはほしいです。そのためには、「残業だって仕方ないでしょ」、「待遇がどうのこうの言ってられないでしょ」とも考えています。

石川 やっぱり物をつくる職業に就きたいのかな?

武田 物づくりだけでなく、施工管理と言って、工事の管理からメンテナンスまでやるような業種にもエントリーシートを出していますね。インフラ関係の仕事なので、「自分もなにかを支えている一人になりたい」という気持ちがありますね。表に見えないところですけど、やっぱり、「なきゃいけないところ」ですから、そいうことにかかわると仕事のモチベーションも保てるのではないかと。「陰ながらやっていますよ」と言えるようになりたい気持ちがありますね。

沢辺 でも、そういう理由が立たないとだめなわけ?

武田 そうですね。自分のなかで納得できるものがないとやっぱりダメですね。

沢辺 おれなんて最初から夢としていまの仕事をやろうと思ったわけじゃないんだ。その日のことを考えながらやってきたら、いまの自分がある。そういう感じなんだ。偶然の積み重ねなんだよ。だから、夢がないといけないようなことはないんじゃないか、と思うんだ。武田くんは、「夢に向かって」と言って、目をきらきら輝かせている若者でもないけれど、それでも、「偶然です」と開き直ることもない。

武田 ある種、「どうにでもなれ」とも思っていますけど(笑)。

石川 武田くんのまわりはどうかな? 理系の学生は、文系の学生と比べれば、夢を仕事に、という漠然としたかたちではなく、選択の範囲はしぼられていると思うんだ。

武田 細分化しているので、技術職の口はなくはないです。下請けまでたどれば、やはり、技術職は必要なわけで。

石川 逆に言うと、漠然と「夢ややりたいことを仕事に」と言っているのは文系の学生ということなのかな?

沢辺 理系自身が夢の範囲は狭められるんじゃないかな。理系だと進学という段階で、いきなり選択の範囲がしぼられる。

武田 業種はしぼられると思いますね。

石川 それはそれで現実的な選択が迫られるので、「逆にいいかも」とも思うんです。文系の学生は、小さいころ「なんにでもなれるよ」と親に言われたまま、そのまま大人になったという感じもある。だから、文系の学生が時代の自由と選択の広さの困難を代表しているのかも? 

武田 広すぎて逆に困る、というのもあると思いますね。

石川 だから、ずっと漠然としてて、就職活動しなくちゃならない時期に「さあ、どうするか?」と、文系ではいきなりなるんだと思う。もちろん、理系はこう、文系はこう、という軸自体が妥当かどうかは問題だとは思うけれど。

沢辺 だから、なにがいまの若者の判型なのかということはちゃんと検証しなくちゃいけないよね。実際は、おじさんたちだけが、夢、夢、言ってるのかもしれない。たとえば、おじさんたちが書く中学生に向けて、「自分の好きな職業を見つけてほしい」っていう職業案内本には「セラピスト」っていうのはあるけれど、「土方(どかた)」はないんだ。

石川 それはよくないですね。

武田 ぼくは施工管理も志望してますけど、下請けがあってこその仕事ですからね。

沢辺 それで、そういうおじさんたちに乗せられた一部の若者が、夢、夢、言ってるのかもしれない。それに、実際の若い人たちの多くは、そこそこ普通の判断力があって、乗せられないで、夢なんて言ってないとも考えられる。

武田 ぼくの地元の文系の友人も公務員志望だったりします。

「そもそも、父親という存在は乗り超えるべき対象なのか?」

最後に、子どもの自立というテーマをめぐって武田くんに話を聞いた。まず、問題は「理不尽な父親を乗り越えて自立」というかたちが問題になる。そして、話題は「仕事に意味を求めること」の議論へ。

沢辺 だから、いまの困難さって、こういうことなんじゃないかな。おれの親の時代は、子どもに目をかけるなんてできない時代だった。でも、結果として、そういう親子関係のなかで子どもは自立に向かっていった。別に親が意識的に選択して自立させようと思ったわけじゃないんだよ。でも、いまは、親が子どもの面倒を見れるようになった時代なんだ。そうなると、現代の親は、「あえて」自立させるために、それを選択として、子どもに自立をうながさなくちゃいけないんだ。だから、これは余計困難なことじゃないかと思うんだ。
だって、つらいんだよ。うちの娘に5歳の誕生日に包丁を買ってやったんだよ。それで、娘に包丁もたせたら、危ないんだよ。こっちは、その様子を見れちゃってるわけだから、苦行だよ。で、その危ないのを一時間がまんしたんだけど、とうとう手を貸しちゃったんだ。でも、そういう苦行を親が引き受けないと、子どもを自立させられなくなくなっている。
とはいえ、その一方で、そんなに自立というのを考えなくてもいいのかなとも思うんだ。武田くんは聞いたこともないかもしれないけれど、おれたちの時代には、「おやじとの葛藤から、親子の争いがあって、自立」というかたちがあったんだ。これ、フロイトのエディプスコンプレックスと同じだと考えてるんだけど。それでいいかな?

石川 そうですね。フロイトが描くのは、男の子にデーンと立ちはだかる強力なライバル、という父親のイメージですからね。そこに子は挑むわけですよ。

武田 へえー。

沢辺 おれらの世代は、知的でありたい若者は、みんなそういう図式を受け入れたんだ。で、フロイトはそれを人間の関係の普遍的な構造として描いたんだけど、それって普遍的なものかな? と思うんだ。

石川 いまは父親はおっかなくないですからね。武田くんちは友達親子?

武田 そんなふうには感じないですけどね(笑)。

沢辺 でも、父親が自分の前に立ちはだかる理不尽な存在という感覚はないよね?

武田 そうですね。ないですね。

沢辺 おれは、自分の父親は理不尽な存在だという感覚があったな。自分の前にそびえたつんだけど、それは能力、というよりも理不尽さにおいて高いんだよ。こういう父親像がいま成立してないと思うんだ。だから、理不尽なおやじを乗り越えて自立、っていう図式自体にどれだけ妥当性があるかを検証しなくちゃならないと思うんだ。

武田 そもそも、父親という存在はのり超えるべき対象なのか?

石川 そうだよね。だから、強い父親に戻さなくてはならない、とかそういうことじゃないと思うんだ。小さい父親であっても、それでも、子どもは自立しなくちゃならないから、ではどうするか、ということだと思うんだ。ただ、自分は自分だ、と自立の感覚を得るためにはなにがきっかけになるんだろう? バイトなんかそうかな? でも、仕事して一人で立っていくことが自立になるのかな?

沢辺 でもさ、仕事だっていまは意味が求められるんだよ。おれなんか仕事したのは偶然なんだけど。

武田 うちのおやじも就職活動しなくて、偶然に入ったところの仕事がいまでもつづいている、という感じですね。

沢辺 そうだと思うよ。仕事なんて、たまたまそこに入って。偶然だよね。

石川 仕事に意味を求められる、というのはなんなんでしょうね。ぼくもそういう世の中を生きているんですけど、それを求められること自体を問わなくちゃいけないように思います。だって、食っていくことだけでも、とても立派なことだと思うんですよ。社会が成熟すると意味を求めるようになるのかな。そもそも、「やりがいがなくちゃ働けない」という言い方って、昔はありえないわけですよね。食っていくことでみんな精いっぱいなんだから。

沢辺 昔も職業選択に意味をもとうとしていた人はいると思うんだ。けれど、それって、帝大出とかのエリートだけでしょ。多くの人は仕事の意味なんて考えてなかったと思う。仮に意味を考えていたとしても、たとえば、紡績工場で働く女工さんとかは、「お父さん、お母さんにおいしいごはんを食べさせてあげたい」ぐらいで。だけど、その時代にも帝大出の人たちは、「オレは国を支えて」みたいな坂本龍馬みたいな気分の人もいただろうし。そのまた一方で、百姓の子はそういうことは考えていなかっただろうな。

石川 だから、こういうことだと思うんですね。少し話は戻りますけど、その百姓の子の場合は、父親を乗り越えるも乗り越えないもなかったんじゃないですかね。どうなんだろう?

武田 たんに親のやっていることを自分も繰り返すだけですからね。

石川 だから、まったく、親の時代と子の時代とがガラリと変わるようなときに、時代の切れ目に、強い父親を乗り越えて自立、っていうかたちが生まれるのかもしれませんね。

沢辺 ヨーロッパのインテリの間で自由が人間の最大の目標や価値となったのはいつごろ?

石川 18、9世紀、まさにフロイトの時代がそうですね。

沢辺 だから、それまでは、やっぱりヨーロッパの百姓も百姓以外の人生なんて考えられなかったんだと思う。「えっ、百姓以外にやることなんてないでしょ!」みたいな。貴族でもないのに、自分の土地なんかもてるなんて想像もできなかったと思うんだ。
そう言えば、いま土地の話が出たので、このあいだ聞いた話なんだけど、ヨーロッパでは、土地はほぼ100パーセント貴族の所有で、農民なんか土地をもてなかったらしいんだ。けれど、日本の江戸時代なんかヨーロッパでは考えられないくらい農民の土地私有が進んでいたらしいんだよ。もちろん、土地をもたない小作農もいたんだろうけれど。

石川 土地の所有の話は面白いですね。ぼくが前にイギリスの田舎に行って見たのは、小さな川の両側にずっと柵があって、「property」ってなってたんです。どうも、イギリスでは所有権ではなく利用権という意味らしいんですけど。でも、これって、貴族かなんかの個人が川を独占しちゃってるわけだから、驚きましたね。河川法を調べないと法律的にはわからないですけど、河川は基本的に共有物だ、という考えが日本にはあると思うんです。

武田 そこに水車とかあったんですかね? 興味がありますね。水車は個人の所有なのか共有物なのか? そういうのの管理はどうなっていたんでしょうね? ぼくの地元の川には、伸銅といって、銅を溶かしたり伸ばしたりを、水車を使ってやっていたみたいです。

石川 まさに、水車は動力だね!

沢辺 まあ、エネルギーにはじまりエネルギーに終わる、ということで。

石川 きれいにまとまって(笑)、武田くん、きょうは長い時間どうもありがとうございました。

◎石川メモ

理系の面白さ

 高校のとき数学が急に苦手になって、理系という選択肢にぼくは自分からバツをつけてしまった。けれど、武田くんと話をしたら、「ちょっともったいないことやっちゃったな」という気がした。高校のときは、たんにお勉強としての理数系の科目が目の前にあって、「それが難しくてイヤ」という気持ちだけがあった。けれど、そのお勉強のむこう側には、モーターいじったり、配線考えたりと、けっこうおもしろい世界が広がっていたんだな、といま頃になって気づく。
 教育の世界で、よく、「なんのための勉強か、その目的をはっきりと!」なんて議論がある。ぼくだって、自分の授業について、それはどんなことに役に立つか説明したりする。うまく説明できなくて苦労もしたりする。けれども、理数系の科目の意味は、すごくわかりやすいところにその目的がある、と武田くんと話すことで改めて気づく。高校のとき、先生が、パソコンや冷蔵庫を学生の目の前にもってきて、バラして、「ここのこれ、教科書のこの原理で動いてんだぞ!」とやってもらえばよかった。
 でも、まあ、そういうふうに教えてもらったところで、ぼくの数学嫌いが治ったとはかぎらない。だから、ぼくが後悔してもまったく意味はない。けれども、たとえば、理数系のテスト問題が、じつは物づくりにかかわっていること、そのことがもっと明確に伝わるような仕組みはつくったほうがいいと思う。

他者から求められることに応じること

 仕事に意味が求められる時代になって、一方で、意味ばかり求めて食えなくなっている人もいれば、他方で、十分食っているんだけど意味に飢える人もいる。この後者の人の場合、仕事を辞めてしまうことが多い。最近も、教え子から聞いたところ、友人が、職場の人間関係もよかったのに、「自分のやりたいことを見つめるために、海外へ行きます!」と宣言して、仕事を辞めてしまったそうだ。「仕事の意味=やりたいこと」なのだろうか。だんだんよくわからなくなってくる。
 もう少しいろいろな考え方ができるんじゃないか。たとえば、意味っていうのをかならずしも仕事に求めなくてもいいんじゃないか。仕事の外に自分の大切なものを見つけてもいいんじゃないか。けれど、こう言うと、「仕事にドライに向き合え」とも言っているようで、どこか不十分な感じがする。
 だから、仕事について、こう考えてみたらどうだろうか。「仕事の意味=求められることに応じること」。まずは、自分が求められたことに関しては、笑顔で応じてがんばる。もちろん、その結果、自分の体をボロボロにするまで働いてしまうこともある。でも、そのときはそのときで対処すればいい。この考えは、「仕事の意味=やりたいこと」とするより、利点があるはずだ。
 「やりたいことをやる=やりたくないことはやらなくていい」。最近の若い人のあり方をあらわした定式としてこのことをよく聞く。これはかなりまずい考え方だと思うし、かなり損をする考え方だ。
 ぼくは人間というのは究極のところ働きたくない生き物だと思っている。どちらかと言えば、働くよりゴロゴロしていたい生き物だと思っている。だから、仕事というのは基本的には「やりたくないこと」となる。
 でも、いまのところ、人間は働かなくてはならない。「やりたくないことはやらなくていい」というわけにはいかない。それに、仕事というのは、他人から求められて、他人が「やりたくないこと」をやることで、感謝されたり誉められたりする営みだ。だから、「やりたくないことはやらなくていい」というのを基準にすると、感謝を受けたり誉められることで味わえるよろこびが得られない。損をすることになる。
 というわけだから、「仕事の意味=やりたいこと」でもなく、「やりたいことをやる=やりたくないことはやらなくていい」でもなく、「仕事の意味=求められることに応じること」としたほうがよっぽどいいはずなのだ。
 もちろん、バランスの問題はある。けれど、うれしいことというのは、「お前がんばってるね〜」と言われたり、「好き!」なんて言われたりとか、たいてい自分の外側からやってくる。そういう声を受け止めるための準備としても、「求められることに応じること」は自分のなかの基準としておいて損はないと思う。

第10回 もうちょっとまわり道したほうがよかったんじゃないかな──早見涼子さん(23歳・女性・勤務歴2年)

 早見さんは、1987年に東京都区内に生まれ育ち、現在はマネージメント会社(スタイリスト、フードスタイリスト、ヘアメイク、そのアシスタントが所属している)で働いている(23歳)。この会社には、自分の卒業した服飾系の専門学校の先生の紹介で入社。仕事をはじめて2年。現在は正社員。
 この日はバレンタインデー。初対面のぼくたちにも、チョコ(Kit-Kat)をもってきてくれた。こちらに伝わるように、「なんだろう、うまくは言えないですけど……」、「うーん、どう言ったらいいんだろう……」と言葉を選びながら丁寧に答えてくれる気づかいの人。そういう心づかいを仕事でも意識している点は、インタビューの端々からもうかがえた。
*2011年2月14日(月) 20時〜インタヴュー実施。

「3年間やれば独立できる人もいるし。そうではなく、ずっと10年間もアシスタントのままの人もいます」

早見さんの会社には、スタイリスト、フードスタイリスト、ヘアメイクと、それぞれのアシスタントが所属している。早見さんはヘアメイクのマネジメントを担当している。まずは、早見さんの会社に所属している人たちの仕事はどういうものか? を中心に聞いてみた。

石川 どんなお仕事をやっていますか?

早見 スタイリスト、フードスタイリスト、ヘアメイク、それから、それぞれのアシスタントの所属する会社で働いています。わたしは、ヘアメイクのマネージャーをやっていて、テレビ番組の制作会社やお店から依頼が来ると、合いそうな人を見つけてスケジュールを決めます。

石川 ということは、早見さん自身はフードスタイリストやヘアメイクはやらないということだよね。ようするに、人を派遣する仕事?

早見 そういう感じですね。一応はファッションの専門学校を出て、ちょっとスタイリストのアシスタントの勉強をしたんですけど。会社に勤めたい、というか、なりゆきもあって今の会社で働いています。

石川 派遣する先は?

早見 たとえば、フードスタイリストだったら、デパ地下のチラシをつくるための調理の依頼とか、スタイリストの場合だとテレビの番組から、ヘアメイク仕事だと雑誌から、など、いろんなところから依頼がありますね。

石川 大手になるの?

早見 そうですね。

石川 たとえば、テレビ局は自分でスタイリストさんをもっているのではなくて、そういうふうに派遣のひとで番組をつくっているんだ。

早見 いろいろなパターンがあると思いますが、そういうふうになっていると思います。詳しくはわからないですけど(笑)。

石川 仕事でいろんなひととやりとりしているせいか、話し慣れている感じあるね。

早見 そうですかね(笑)。緊張している面もあります。いまやっている仕事だと10人ぐらいしか人づきあいはないですけど、ピクニックのサークルに入っていたり、通っていた学校が大きかったり、むかしからバイトをやっていて、いろんな人と話し慣れているところがあるかもしれません。

沢辺 いくつなの?

早見 23歳です。今年24歳になります。

沢辺 いまの会社何年目?

早見 今年2年目になります。専門に3年行って、フリーター期間があって、21歳の秋からいまの会社に入社しました。新卒という感じではありません。就職できなくて、卒業してから1ヵ月ぐらいなにもしてない時期があったんです。それで専門学校の先生に相談しに行ったんです。そうしたら、いまの会社の社長に連絡してくれて。産休の交代が秋にある、ということでその秋からこの会社に入りました。その産休の人は会社に戻ったんですけど、わたしは業務を変えて会社に残れるようになりました。運がいいです(笑)。

石川 学校ではスタイリストの勉強もしたということだったけど、スタイリストさんになりたかったの?

早見 それはよく聞かれるんですけど、そんなには(笑)。そんなには魅力を感じていなかったです。スタイリストのアシスタントになってもすぐやめちゃう人もいたから。

沢辺 やめるんだよ。きっと。

早見 やっぱきついんですよ。見てても。

沢辺 金もよくないし。

早見 それに、作業が多くて、自分を見失ってしまったり。言い方はよくないですけど、奴隷のように扱われたり。

沢辺 ほとんど独立自営の人のアシスタントになるわけだから。比喩で言えばなにかな〜。そう、大工の弟子とかさ。下手すれば、トンカチ投げられて「バカ野郎!」だよね。

早見 そうですね。

石川 それに、アシスタントになって独立できる保証もない、と。

早見 そうですね。人によってです。

沢辺 能力にもよるよ。

早見 そうですね。道は険しいです。3年間やれば独立できる人もいるし。そうではなく、10年間もずっとアシスタントのままの人もいます。

石川 スタイリストさんで、有名な人っていうのはどんな人?

早見 あんまりわたしも詳しくはわからないです。名前が出て有名なのは野口強さんとかですね。

沢辺 おれは名前を知らないけれど、たぶん、「スタイリスト」という職業を確立したのは1970年ごろの「an an」でやってたなんとかさん? 伝説のスタイリストみたいな人がいたんだよね?

早見 そういう歴史の勉強も専門学校でちょっとしました。

石川 変な質問かもしれないけれど(笑)、スタイリストさんってお化粧をする人?

早見 お化粧はメイクアップですね。なんて言えばいいのかな。

沢辺 スタイリストって、ドラマとか写真撮影の現場に置いてある小道具屋さん、その進化系だと思う。たとえば、お芝居で言うと、大道具さんと小道具さんがあって、小道具さんは消え物とかを担当する。でもまあ、お芝居には、大道具、小道具という区別があるけれど、ドラマとか写真撮影の現場にはそういう区別も明確じゃなく、そこに使う道具をまとめて準備するのがスタイリストになるかな。簡単に言うと、でっかい鞄しょって、そこらじゅうを走り回って、お皿を借りたりするんだよ。

早見 洋服も借ります。

石川 へぇ。だんだんイメージがはっきりしてきました。

沢辺 でもって、スタイリストが髪の毛を整えたり化粧をするわけじゃなくて、それはヘアメイクの仕事だと。

早見 そうですね。

「スタイリストさんたちは、うちの会社に所属していますけど個人事業主扱いです。だから、保険とかは自分で入ってもらってます」

早見さんの会社はスタイリスト(とそのアシスタント)たちの派遣業。話はスタイリストの仕事から、そこに早見さんの会社がどうかかわっているかに進んでいく

石川 服飾の専門学校に3年間行ったという話だけれど、専門学校は2年なのでは?

早見 もう1年専門課程に進むことができて勉強しました。 

石川 どういう勉強をやる学校だったの?

早見 まんべんなく服装のことをやります。コーディネートや色のことをやります。あと、メイクと写真のことをちょっとだけですね。

石川 ようは、服飾が好きだったんだね?

早見 まあ、そうですね。さいしょはスタイリストになるのかな、と思っていましたけど、でも、じっさい就活は、販売職、洋服屋さんを受けました。けれど、すごく好きなブランドがあったわけでもなく。今思うと、就活ではそのあたりの熱意が伝わらなくて落ちちゃったのか、と思います。高校の時から、とりあえず、「洋服が好きだ」とうのはありましたけど、すごく販売員になりたかったわけでもなく。専門学校にもいろいろな科がありますけど、「広く浅くできてたのしい」と言われるスタイリストの科に入りました。途中で、「もっと洋服を作りたい」という気持ちになったこともありましたけど。

沢辺 ようは、いちばん食い扶持のなさそうな科だよね。

早見 (笑)。スタイリストはそうですね。なんか、かたちになっていない、というか。

沢辺 たとえば、スタイリストとして出版社に入れるわけでもなく、需要がなかなかないよね。カメラマンと似たようなものかな。

石川 テレビ局がスタイリストをもっているわけでもなく。

沢辺 いるかもしんないけど、かなり少ないと思うよ。

早見 会社に入ってきたひとでテレビ局の専属のメイクをやっていたひともいますけれど。

沢辺 それでもせいぜい専属で、テレビ局の社員というわけではないでしょ?

早見 そうですね。

石川 仕事の依頼はどういうものがあるの?

早見 たとえば、キャスターさんの洋服を集めてほしいとか。メイクをしてほしいとか。番組内でも、番組のポスターづくりとかでも、単発でいろいろ依頼があります。

沢辺 石川くんだって依頼できるよ。

石川 えっ。

早見 こういう本を出して、こういう写真をとりたいので衣装を集めてほしい、というのもあります。出版社からの依頼も個人からのものもあります。

石川 あっ、そうか。じゃあ、「インターネットでこういうふうに載せたいからコーディネートしてくれ」というのもある?

早見 そうですね。

沢辺 とくに女の人だとスタイリストがついているかいないかのちがいは如実だからさ。まあ、男の人でも同じで、出版社がけっこう気をきかせて金をかければ、ありうると思うよ。個人だってそういう依頼をしようと思えばできる。おれ奥さんにいつもよく言われるんだよ。「コーディネートやってもらいなさい」って。「だって、あたしが言ったって聞かないじゃん」って。

石川 わかります。やっぱり身内より外側の人に言われると言うこと聞かざるをえないですよね。

沢辺 そのほうが緊張感が生まれていいんだよ。やるほうも妥協が少なくて。たとえば、おれの知り合いの社会学者のおじさんがいて、ぜったいスタイリストつけたほうがいいと思うんだ。上は紺ブレキメてるんだけど、下はなんか国道沿いの靴の安売りで買った茶色のスリッポンみたいなのでさ(笑)。それで、靴下に変な模様みたいなのが入ってたりさ(笑)。おれも人のこと言えないけど。

石川 (笑)ちぐはぐなのは問題ですね。ぼくも人のこと言えないけれど。それで、さっきから、スタイリストさんはなるのも大変、やるのも大変、っていう話になってきているけれど、早見さんの会社では、スタイリストさんはどのような扱いになっているんだろう? 保険とかはどうなっているの?

早見 スタイリストさんたちは、うちの会社に所属していますけど個人事業主扱いです。だから、保険とかは自分で入ってもらってます。スタイリストさんには、ギャラからうちのマネジメント料が引かれて振り込まれます。

沢辺 気を悪くするかもしれないけど、ようは早見さんのやってる仕事は、人夫出し稼業なんだよ。スタイリストさんに「○○さん、この日こういう仕事があるんだけど入ってくれない?」とか。その一方で、スタイリストさんたちの評価もしていて、「○○さん、最近評判悪いんだよね〜」とかやってるんだよ。

早見 そうですね。評価もします。うちの会社は、ほかにも細かいことをやっていて、スタイリストさんたちの荷物を預かったり、郵便物や宅急便を受け取ったり。衣装代を建て替えたり、そのお金をクライアントに請求書をつくって、請求したりします。

沢辺 そうそう。貸衣装屋さんとかあるわけだよ。そこに行って、一回貸出し料5000円とかで衣装を借りるわけですよ。

早見 食器だけの貸し道具さんとかもあって。

沢辺 そのとき、フリーだと信用ならないから、すぐ「現金よこせ」となるわけだよ。けれども、早見さんの会社の名前を出すと、その場で払わなくても、まとめて精算してもらえるとか。一応、そういう想像なんだけど、どう?

早見 あっ、そのつど精算は個人でやってもらっています。でも、リース屋さんによっては、会社の名前が通っているところもあるみたいですけど。細かいことはちょっとよくわかりません。

沢辺 みんなでっかいバックもって走ってるわけだよ。

石川 それをテレビ局とかに全部自分でもっていってやっているわけだ。

早見 そうですね。

石川 そう言えば、最近、大学図書館に派遣で働くようになった友人もいて。こういう派遣の仕事ってたくさんあるんですね。

沢辺 図書館は、派遣もあって、業務委託もあるよ。

早見 美容師の派遣もあるみたいですね。

石川 でも……、

早見 わたしは正社員です(笑)。

石川 でも、すぐに正社員になったわけではないよね?

早見 産休の方が帰ってきたあとも試用期間がつづいていたんですけど、ある日、社長とミーティングしていたときに、「あれ、正社員だっけ?」という話になって、あとで経理に確認したら正社員に上げてもらっていた、という感じです(笑)。

石川 ありがたい話だよね〜。よかったらどれくらいお給料はもらってる?

早見 いろいろ引かれて月15万ぐらいです。

「友だちとかには『もう無理、わたしはこれはきらいだからやりたくない、好きでないからやらない』と言う人もいるんですけど、わたしはそういう変な壁はつくりませんね」

早見さんは東京都区内で実家暮らし。実家は母親の生まれ育った地域。父親は新潟県出身で57歳。生協の仕事をしている。現在は大阪に単身赴任中。母親は東京出身で54歳。もともと銀行員で結婚を期に専業主婦に。兄弟は、25歳の姉と20歳の弟がいる。姉は保険関係の仕事をしながら現在シングルマザー。弟は現在二浪中。話は、まずはお姉さんの話から、早見さん自身の仕事の向き合い方に。

早見 母は専業主婦だったんですけど、姉が都立の高校のデザイン系に進んで、画材などいろいろお金がいるので、それから、近所のカラオケ屋でパートをはじめるようになりました。

石川 お姉さんはいまなにをしているの?

早見 姉は美大に進んだんですけど、中退してしまって、子供を産んで、いま保険関係の営業の仕事をしています。だから、いまは甥っ子とも一緒に住んでいます。

沢辺 姉ちゃんは男に走ったの?

早見 あまりそこのところは詳しくは聞いていませんけど、最近、子供を産んで落ち着いたんですね。シングルなんです。うちの姉は。子どもができたことをずっと隠していて。けっこう複雑なんです。うちの姉は。

沢辺 じゃあ、結婚せずに産んだっていうわけ?

早見 はい。

沢辺 度胸よかったね〜。

早見 でも、そういうきっかけがなくてはふん切れないタイプだったと思います。

沢辺 みんなあるよね。そういうところ。

早見 わたしもそういうところがあると思います。

沢辺 おれなんて、子供ができたのまちがいだもん。まちがい、っていうか、計画外でできたもの。でも、できたものは受け入れなくちゃ、というかさ。

早見 そういうきっかけがあってがんばれる、というか。

沢辺 自分でもなんかどっか許容できる範囲もあったんだ。決意して選択できるわけではないけれど、なんかサイコロ振って、半か丁かで、丁だったらそれでいい、みたいな。そういう気分で。子供できたのが「まちがい」と言うのも、ちょっと違うかも知れないけど。みんなそうじゃない?

石川 ぼくなんか子供をつくることに関してはすごく気をつけてますけど、たとえば、いまこういう商売をしているのも、半か丁かで、丁だったらそれでいい、そういうものの積み重ねかと。たとえば、大学院に行って、就職の幅が狭くなるかもしれないけれど、それでもまあいいか、と思ったのはありますね。すごく決意したというわけではないけれど、きっかけがあって、それに乗っかったというか。

沢辺 でも、もちろん、振り返れば、そういう選択には、なんか志向があったと思うよ。

石川 そうですね。明確な決意ではないけれど志向はあったと思います。

沢辺 たとえば、早見さんだって、就職活動としては、洋服の販売員を受けたとき、行動としてはそうしたけれど、それでもどこかに「でも、販売員やるのもな?」というのがあったと思う。それで、販売員にはならなかったんだと思う。こっちが解釈しちゃってごめん(笑)。でも、いまのところベストな選択だと思うよ。結果オーライ。洋服の販売員をやってもノルマがあってどうこうとか。しわくちゃバアちゃんになってもそのブランドが生き残っているかどうかわからない。

早見 不況の影響を受けやすいですしね。

石川 それに、販売員さんってある程度の年齢になるとやめるよね。

沢辺 やっぱり早見さんも想像しているわけでしょ。販売員をやってもやめちゃうかもしれないし、スタイリストのアシスタントして荷物もって走りまわっても、ずっと、コネもなくて、独立できないでいるとか。それに、そもそも、仕事を紹介してもらえるような能力が自分にあるかわからないし、クライアントを満足させるような人間になれるかどうかわからない。そういう想像はあったと思うよ。

石川 ぼくは、そういう意味で、もの書きの弟子になったから、スタイリストのアシスタントになってしまったタイプだな。

沢辺 そうだよ。石川くんは徒弟制度に飛び込んじゃった口だよ。彼女はそういう口じゃなく、現場とはちょっと距離を置いて。だから、けっこうおいしいポジションだと思うよ。

早見 でも、さいしょはしんどいから、上の人に怒られたり、仲間のぜんぜんいない職場なので、販売員になって友だちつくるのもうらやましいと思いましたね。

石川 仕事を覚えるのは大変だった?

早見 最初は、請求書をつくったり、アシスタントの仕事の時間管理、その人の仕事の経歴をパソコンに入力したり、事務作業をやっていました。電話の取り方も勉強しました。単純作業をとにかく一年やって、なんて言うんだろう、そうやって土台をつくりました。

沢辺 おじさん的に言うと、「そんなのまだまだ小娘」だよ。ただ、やっぱり社長が声をかけたわけだよ。「正社員だっけ?」って言うっていうのは、やっぱり「こいつに正社員やってほしい」という判断があるわけじゃない? そうじゃないヤツにそんなこと絶対言わないよ。おめがねにはかなったわけだよ。

早見 そう言われてみると、そうだったと思います。

石川 「まだまだ小娘」っていうのはどういう意味ですか?

沢辺 仕事的に言えば、「こいつにまかせていたら、大丈夫、お客の評判がいい」とか。つまり、「こいつにまかせていたら、今日、明日、期待できる」というレベルじゃないと思うよ。そういう意味で、「まだまだ小娘」というわけなんだよ。

早見 そうですね。わたしの上にフードのスタイリストのマネージャーをやっている人がいて、その人が実績を残しているんです。わたしは「その人の下についたらどう?」と言われて、いまはその人に弟子入りしていて、マネージャーの修行をしているのが現在、という感じです。

石川 事務作業はきらい? すぐその仕事に入っていけた?

早見 そんなに深くは考えなかったです。はじめから事務作業と聞いていたので。

石川 たとえば、もし、スタイリストさん志望の人で、「わたしはアーチストだから」というタイプの人だったら、「事務作業のような地味な仕事はやりたくない」って感じになることもあると思うんだ。けれども、早見さんはそういうタイプではない感じがする。

早見 なんだろう、うまくは言えないですけど、友だちとかには「もう無理、わたしはこれはきらいだからやりたくない、好きでないからやらない」という人もいるんですけど、わたしはそういう変な壁はつくりませんね。「割り切り」ってわけでもないんですけど。

石川 「割り切り」っていうのは「もともとはこういうのをやりたかった。けれど、現実はちがっていた。でも仕方がないや」という感じだと思うんだけど、早見さんはそういうタイプではないと思うんだ。

早見 最初はそういう気持ちもあったかと思うんですけど、仕事をやっていくうえでたのしくなったりとかですね。

沢辺 たとえば、さいきん、知り合いの大学の先生からの紹介でうちの会社に入れた学生がいるんだよ。でも、3日でやめたの。その子には、最初にテープ起こしをやらせたんだよ。テープ起こしっていうのは、いまこういうふうに早見さんにしているインタヴューとかを文字に起こすわけだけど、これ、つまんないでしょ。でも、この仕事はぜったいどこかで誰かがやらなきゃならない。だから、早見さんがやってた事務の仕事もそう。スタイリストさんへギャラ払うのだって、その人が「何日どこでどれくらい仕事しました」って細かい記録を残す作業を、誰かがやらなきゃならないわけだよ。
だけど、うちに来た子は「編集の仕事をやるんだ」と、先を見ちゃってたんだと思うんだ。まあ、タイミングも悪かったんだ。もちろん、うちの会社だって、年がら年中テープ起こしやってるわけじゃないよ(笑)。でも、そのとき、テープ起こしの仕事がたまっていて、テープ起こしだったら1回やり方を教えればいいから、こっちとしては手取り足取りその子の相手して仕事を教えなくてよかったわけだよ。それで、みんな知らんぷりしてたから、「自分が思っていた編集の仕事はこうじゃない」と思ったかもしれないんだよ。あとでわかったことだけど、本人にうつ的な傾向があったからやめちゃったのかもしれない。だけど、早見さんはとりあえずそこを乗り越えたわけだよ。

石川 ええ、わかります。編集というのは作家さんとやりとりしながら「本づくり」するクリエイティヴなイメージだけれど、当然、テープ起こしのような地味な仕事もそのプロセスのなかには入っている。仕事を学ぶまだ最初のうちは、そういう地味な仕事ばっかりしなくゃいけない。それが修行期間なんだ、って想像力はなかったのかな?

早見 わたしがその話を聞いて思い出したのは、自分がバイトをやめちゃった経験です。学生のときレストランのアルバイトを3日でやめちゃったことがあります。そのときは、初日に行ってみると「いま忙しい」と言われて、1時間ぐらい待たされて。そのあとは、「とりあえずお皿洗って」と言われてわたしはずっと洗ってて、だれも話しかけてくれなかったんです。たまに声をかけてくれてもそれもあまり励みにならなくて。こう言うのもなんですけど、「さみしくてすぐやめちゃう」というのもあるかと思います。

石川 なるほどね。沢辺さんのところに来た子に、「お前テープお越しがんばってるな。それも修行の一環だからな」と一言言ってあげれば励みになってやめなかったかもしれない。でも、みんな忙しいときになかなかそういう一言もかけられないよね。

沢辺 だから、そのあたりはバランスでさ。イジメのように知らんぷりするのもおかしいけれど、相手してあげるのが商売でもない。きっと早見さんの場合は3日でやめたことはいい経験になったんだと思う。早見さんは、「自分はなぜやめてしまったんだろう?」とふり返って考えたんだと思うんだ。おれの期待とすれば、うちをやめた子も、早見さんのようにその経験を糧にしてほしい。「あのときやめたのはなんだったんだろう?」と考えて、活かしてくれればと思うんだ。みんなそういうふうになってほしいんだな。

「機械的になっちゃダメ!」「情熱を入れるのよ!」

早見さんはいまマネージャー修行中。早見さんには仕事上の師匠がいる。その師匠に日ごろどんなことを言われ、仕事を教えられているか。そのあたりを聞いてみた。

早見 石川さんは本をどれくらいの期間で書き上げるんですか?

石川 今回出した『ニーチェはこう考えた』っていう本は半年かかりました。それで、去年の11月に本が出て、印税が入るのがその3ヵ月後の今年の2月。

早見 スタイリストもアシスタントもそうですね。3か月後にお金が支払われます。だから、仕事をはじめるとき、「半年ぐらいは貯金してくるように」って言われるんですよ。

石川 そうだね。最初は持ち出しで(自分のお金で)仕事をするしかないんだね。

早見 そうです。わたしの師匠はモデルのマネジメントからいまの会社に入ったんですけど、こういう業界もそういう支払いのシステムみたいですね。

石川 師匠というのはさっき話してくれた早見さんがいま下についているマネジメントの先輩のこと?

早見 そうです。40手前ぐらいの人で、話すこともオネエ言葉で、すごく独特なんですよ。

石川 じゃあ、オネエ系の人?

早見 そうですね。

沢辺 多いんだ、また〜。

早見 尊敬できるひとで、頭の回転もすごくはやくて、話の切り口も面白いひとです。

沢辺 ヘアメイクとかにもオネエ系多いんだな〜。

早見 このあいだも、ヘアメイクの紹介の本をぱらぱら見ながら、「この人はゲイ!」とか「この人はストレート!」「目でわかるわよ!」とか言ってました(笑)。

石川 (笑)そう言えば、オネエ系の人もいると思うけれど、早見さんの職場全体としては女性が多いの?

早見 そうですね。うちの会社の社長も女性です。スタイリストさんは大半が女の人です。

石川 ということは、スタイリストさんなんかは、女の人が自分の腕一本で仕事をしている、そういう職場なんだ。

早見 そうですね。

石川 師匠の話に戻るけれど、師匠はもともとはスタイリストさんだったの?

早見 20歳ぐらいからずっとモデルさんのマネジメントをやっていたようです。そのモデルがらみでキャスティングの人と知り合って、いまの会社に入ったみたいです。すごく熱い人です。情熱を入れる。

石川 育てる、というか?

早見 そうですね。「マネジメント」というと、わたしの中ではクールなイメージだったんですけど、その人はそうではない。というか、うーん、どう言ったらいいんだろう。

石川 たとえば、仕事でこんなことがあった、という話が聞けるといいんだけど?

早見 うーん、たとえば、最近、新しいフードのアシスタントの人が入ってきたんです。その人は調理の学校を出てレストランで働いてきた人なんですけど、撮影の現場はまったく知らない人なんです。それで、これはあさっての仕事のことなんですけど、お弁当のカタログの仕事があるんですが、人が足りなくなったんです。そこで、そっちに人をまわしたのですが、今度は別の大事な広告の仕事に入る人が足りなくなったんです。大事な広告の仕事なので、撮影のいろはを知っている人が入るべきなんですけど、師匠は、撮影経験のないその新人のアシスタントを、「この子はレストランでずっとやってきた子だからきっと大丈夫!」と現場に差し込んだんです。
こういう感じですかね。もっといろんな例があるんですけどなかなか言葉にするのが難しくて……。

石川 早見さんのイメージでは、マネージャーというのはクールな管理の仕事なんだけど……。

早見 師匠は撮影が成功するように「情熱」を入れる。「情熱を入れるのよ!」ってよく言うんですよ。

石川 やっぱり「気づかい」の人なんじゃないかな?

早見 そうですね。

石川 ただただスタッフを管理するんじゃなくて、撮影全体が気持ちよくいくようにクライアントにもスタッフにも気を配るというか……。

早見 そうですね。

石川 それで、新人さんにも「この子、この機会に差し込んであげよう」とか?

早見 そうですね。「この子、最近落ち込んでるから好きな人と組ませてあげよう」とか(笑)。

石川 そうした師匠の気づかいが結果的にいい方向にはたらいてるんだ。

早見 そうですね。信頼は厚いと思います。

石川 早見さんは師匠ぐらいまでになってみたい?

早見 うーん、どうなんでしょうね(笑)。でも、わたしとしてはまだまだで。眼のまえのことをやるだけです。

石川 師匠にはよくなんて言われてるの?

早見 ほんとにいろんなことを言われますけど、「機械的になっちゃダメ!」とか「情熱を入れるのよ!」とかです。

沢辺 わかるよ〜。

早見 「電車に乗る時でもいいから、起きたときでもいいから、その人のことを思い出しなさい。そうするとその人のことが見えてくるのよ。そうすれば、その人に心を入れ込めるから」って。

沢辺 おっしゃるとおり! でも、それもある種の才能に近いんじゃないかな。気くばりができる、って。ちゃんと、「あいつはこうしてあげたらうれしい、こうしてあげたらいやだ」っていうのがわかってるからなんじゃないかな。
おれも同じこと言うもん。たとえば、本の企画を考えたりするときだってそう。まずは本屋の前を通ったらちょっと入ってみよう、いまどういう本が読まれているか、じっさいに町に出て見てみよう。日曜日の新聞の書評欄見てどんなタイトルにしようか考える。そういうふうに体が動くかどうか、ってことじゃん。
「機械的になるな」っていうこともわかるよ。おれ、メールひとつだって文句言うもん。やっぱり、「原稿どうなってますか?」って催促するとき、ただ、「あれ、どうなってますか?」と書くんじゃなくて、「いかにその人に書いてもらえるか」。そういうことを一言でも二言でも添えることが必要なわけじゃん。

石川 わかりますね。ぼくだったら、やっぱり、原稿を送ったら、原稿の内容について言ってもらえるとうれしい。

沢辺 そうそう。おれも「内容について必ず触れろ」って言うもん。書いているほうにとって、なにが一番いやかと言うと、送った原稿を読んでもらえずにただ積んだままにされる、ということなんだよ。人間は承認をめざす生き物で、「よくかけたね」「面白かったよ」と言われることをめざすんだよ。

石川 そうですね。それに、こちらも「ダメだったらダメだと言ってください。書き直します」という構えでいるんです。

沢辺 そうそう。「読んでなくちゃ言えないような一言を添えろ」っておれなんかよく言うよ。たとえば、おれとかだと、気をつかったメールでなくても相手は「沢辺さん社長だからほかの仕事で忙しいのかな?」と思ってくれるかもしれない。けれど、小僧がぞんざいなメールなんかすれば、相手は「原稿を読むのお前の仕事だろ!」になる。
だから、早見さんとスタイリストの関係って、ある意味で編集者と著者の関係だと言っていいと思うんだ。「機械的になるな」っていうのは、マネジメントを仕事という義務感でやるんじゃなくて、そのスタイリストを見ていて、「この人の仕事はいつもこんな感じになる」っていうのを、それをよいのか悪いのか、悪いでもいいから、「ちゃんと見てる」というのをださなくちゃいけない。

早見 そうですね。

石川 それって、やはり、早見さんの師匠が「電車のなかでその人のことを思い出しなさい」って言うのと同じだと思う。ただの管理じゃなくて、「この人は、どういうふうにしたら伸びるんだろう」とか、そこまで考えてつきあうマネジメントのことだと思うな。

「わたしはこの仕事をはじめたときに、自分の責任が重いというか、もう少しいろいろな修行を積んでからいまの仕事につけばよかったと思ったんです」

早見さんのやっているマネージャーの仕事は、スタイリストなりアシスタントなりのギャラの采配権をもっている。ある意味でパワーをもっている。たまたま職業上もっているその力を自分のもののように濫用することもできるし、その力をもっているがゆえの責任におしつぶされそうになってしまうことだってある。天狗にもなれるし、自分を卑下してしまうことだってある。こうした力をもってしまったことの問題をどう考えたらいいか。

沢辺 余計なお世話かもしれないけれど、彼女のポジションはある意味で危ういと思うんだよ。あえてひどい言い方をすれば、たいした能力もないくせに、たまたまその会社に入ったがために、たとえば、このスタイリストはこれくらい、あのスタイリストはこう、とギャラの采配権をもってしまうわけだよ。

早見 そうなんですよね。

沢辺 人は往々にして、おれも含めて、その力を勘違いしてしまうわけだよ。たとえば、石川くんのような先生だってそうだよ。やろうと思えば落第させることだってできる。たまたまそういう力をもったのに、その力をいいように使ってしまうこともある。

石川 でも、そういう危うさを自覚したって、人はそういう立場になっていくわけですよね?

沢辺 だから、その自覚が大切なんだよ。無理だよ。完璧にやろうとしたって。

早見 わたしはこの仕事をはじめたときに、自分の責任が重いというか、もう少しいろいろな修行を積んでからいまの仕事につけばよかったと思ったんです。

石川 もう少し現場の仕事を経験しておいたほうがよかった、と?

早見 そうですね。

沢辺 さいきんマンガ家の出版社に対する反乱が起こってるんだよ。たとえば、編集者が勝手に自分の書いたセリフを変えてしまうから、もうネットで配信すればいいんだ、と言うマンガ家もいる。マンガ家にも勘違いもあるし、編集者にも勘違いがある。編集者だったら、たまたま雑誌の編集者という立場にあるから采配権をもっているんだけど、それを一個人の力と勘違いしてしまうんだ。そういう人は大勢いるんじゃないかな。だから、早見さんが「危ういよね」っていうのはそういうことなんだ。もちろん、彼女が現場をよく知れば、判断の幅は広がるかもしれない。けれども、現場を知ったからって完璧にできる、っていうわけではないんだよ。ただ、いつも、「自分は大丈夫か?」という自覚、警戒警報が必要なんだ。

早見 責任が……。

石川 でも、仕事上、まだ大きな権限はないんでしょ?

早見 そうですね。

沢辺 ただ、おれがスタイリストだったら、やっぱり、仕事の窓口になってる早見さんを、生意気な小娘だと思っちゃうよ。もちろん、仕事だからそんなこと口には出さないけど。でも、それ、しょうがないよ。年取るとそういうふうに見られることがなくなるんだよ。それはそれでまた問題になることもあるんだけど。

石川 それから、相手を小娘だと見て利用することだってできると思う。

早見 「もうちょっとギャラ上げてよ」とか、そういう場合もありますけど、状況によってですね。交渉する場合もありますけど、できないときはできないと断ってます。

石川 じゃあ、押したり引いたりもやってるんだ。

早見 そうですね。

石川 変な人もいる?

早見 曲者だな、と思う人もいます。「撮影日は絶対この日」と前もってしっかり言っておいたのに、ちがう日にちを言ってくる人とか。「この人大丈夫か」とうわさになる人もいます。

沢辺 そういう人と出会うこともあるんですよ。問題は疑問を立てていくことだと思うんだよね。たまたまそういう会社に入って権限をもっているわけだから、過剰に調子に乗って偉そうにする必要もなく、へりくだって責任をとることから逃げることもないと思うんだよ。そのとき、ひとつだけ大切だと思うのは、「いま自分は大丈夫か?」と疑問をもつことだと思うんだよ。それも過剰に「これでいいのか? これでいいのか?」と反省して、思いつめて、なんにもしないのとはちがうんだよ。いいバランスをとること。これどう言ったらいいのかな?

石川 ぼくなんかは、さいきん沢辺さんと話をして出てくる「妥当」というのはいいキーワードだと思うんですよね。迷いつつ、ちょうどいいところを見つけていく。別にどこかに正解があるわけじゃないけれど、そのつど眼の前のことをやりながら、妥当なところを見つけることなんじゃないかな。

沢辺 それに、妥当というのはワンポイントではなくて「幅がある」ということなんだ。

早見 ひとつじゃない、というか?

沢辺 いい範囲に戻す。「いけない、やばい!」と感じて、そこで戻すというのがいいんじゃないかと思うんだよ。おれなんか、つい、キツイこととか社員に言っちゃって、「あー、はずかしい!」と思うことあるよ。それで、「偉そうな自分」という振れをちょうどいいほうにちょっと戻す。そのとき、「あっ、やばい!」と思えたことって大切だと思うんだ。

早見 あ〜、よくわかります。

沢辺 でも、一番はずかしいのはそれに気づかないことなんだ。

石川 ぼくなんかは逆で、学生に妙に優しくなってしまって、厳しく言うべきときに言えないときがある。そんなとき、「あー、やっちゃったよ!」となるんですね。それで、つぎから学生に対する態度を「ここだけは言っておくぞ!」とちょっと修正する。

沢辺 おれはキツイほうに倒れやすい。石川くんは優しいほうに倒れやすい。タイプはいろいろあるけれど、そのふれ幅に自分で気づいて妥当なところを見出すことが大切なんだ。だから、早見さんも、「スタイリストさんはみんな先輩なんだから」と遠慮して、自分が言いたいことが言えないタイプなのか、「仕事まわさないわよ!」と偉そうにしてしまう小娘のタイプなのか、自分のキャラやクセを見きわめて、妥当の範囲に収まるように、それを少しずつ修正していく。そういう思考が大切だと思うよ。

「わたしが最近思うのは、『もうちょっとまわり道したほうがよかったんじゃないかな』と」

まずは、早見さんにとって夢という言葉はどういう位置づけか、そして、専門学校進学の動機へと話は進む。眼の前にあることをしっかりやって、堅実に仕事の道を歩む早見さん。けれども、どこか、まわり道をして人生を歩むことへのあこがれもある。そのあたりをどう受け止めているか聞いていく。

石川 これは、ぼくがいまけっこう気になっていることだけれど、就職に関して、「好きなことを仕事にすること、それが自己実現、夢だ」という考えをする若者もいると思うんだ。さっき早見さんは、「これは好きじゃないからやらない」という壁はつくらない、と言っていたけど、こうした自己実現や夢についてはどう思いますか?

早見 わたしは、夢とかはあんまりもってこなかったタイプです。

石川 夢という言葉はあまり使わないの?

早見 「眼のまえにあることをやりたい」という感じです。うーん、なんだろう。わたし、寝てるときも夢を見ないんです(笑)。

沢辺 じゃあ、その専門学校にはなんで行ったの? ほんとにスタイリストの勉強したかったの?

早見 先を見てその学校に入ったわけではないです。「なんとなく」ですね。「高校を卒業したら、なにをしようか?」と考えるじゃないですか。そのとき、それほど目標もなく、その専門学校を選びました。

沢辺 大学進学は考えなかったの?

早見 大学は勉強をしないと入れない、という考えもあったし、高校へもあんまり行ってなかったんで、出席日数もあまりなくて(笑)。

石川 ワルかったの?

早見 いえ、不良というわけではなく(笑)。どちらかと言うと引きこもりでしたね。

沢辺 「高校出て、じゃあ、なにするか?」となるわけだけど、勉強して大学に行きたいわけでもなく、かといって、勉強しなくても入れるよく名前も知らない大学に行きたいわけでもない。「それじゃ、就職しろ、働け」と言われることになるけれど、いまどき高卒18歳ですぐ就職というのもなかなかつらい。そこで、「とりあえず、専門学校」というのはいい逃げ道になっていると思うんだよ。いまや、音楽なり髪の毛なり、山ほど専門学校があって、そのなかで、「なんとなく」でその専門学校へ行ったんでしょ? それで、その「なんとなく」の要素は5割くらいじゃない?

早見 5割くらいですね。もちろん、あこがれもあったんですけど。

沢辺 どんな?

早見 雑誌に載ってるおしゃれな読者モデルや、バイトの先輩がその専門学校出身だったりして。

沢辺 雑誌そのものや、洋服そのものにかかわりたいという興味はあったの?

早見 洋服にかかわれるようになりたいというのはちょっとありましたね。なんか、でも、とりあえず専門学校に入って勉強してみよう、というのもありましたね。

沢辺 それから、猶予がほしいというのもあるよね?

早見 そうですね。やっぱ18歳ぐらいのころは、「一回就職してしまったら、ずーっとそこにいなくちゃいけないのかも」と考えていて。就職は人生のすべてだと考えていたこともあって。

沢辺 そのころは、就職ってデカイよね。

早見 そうですね。仕事から逃れようと思っていました。

石川 高校は進学校だったの? クラスの同級生はどういう進路だったの?

早見 私立の女子高で、あんまり頭はよくないけれど、進学に力を入れだした学校で、わたしの周りは、ほとんどが専門学校で、ぱらぱらと大学進学の子がいました。いまはもう大学進学がほとんどみたいですね。

沢辺 最近は高校の下克上があって、おれのころ不良で有名だった学校が進学率よかったりするんだよ。たまたまうまくいったりすると、おれの感覚で言えば「えー! そこから大学行けるの?」と思ってたような学校が進学校になってたりする。身の回りに子をもった親が多いからこういう話題になったりするんだ。
それで、おれが早見さんに聞きたいのは、身の回りの高校や専門学校の同級生が早見さんのように堅実ではないと思うんだ。だいたいは堅実じゃないでしょ? 

早見 そうですね。少ないです。まわりの友だちで「大学卒業したけど就職したくない」と言っている子や、弟もいま20歳なんですけど二浪中なんですね。姉もまわりまわっていまに至って。それで、わたしが最近思うのは、「もうちょっとまわり道したほうがよかったんじゃないかな」と。なんか、わたしのなかではけっこう迷ったりして、やっといまのところにたどり着いたという思いはあるけれど、他と比べたら順調に来たのかな、と。

沢辺 順調でしょ。小さな会社だったり、給料はもっとほしかったりするかもしれないけれど、正社員だよ。それで、おれが聞きたかったのは、早見さんが、どうしてそういうふうに堅実なのか。べつにフリーターが悪いとは思わないけれど、おれが思うのは、なんと言ったらいいかな〜、早見さんの「ちゃんとしたいという素質」と「偶然」と「まわり道したかった、という後悔」、それから「ぷらぷらしなくてよかった、と思う気持ち」。それを数値でわけると何パーセントぐらい(笑)?

早見 えー(笑)。さいきんは、「まわり道してもよかった」と思う気持ちが半分以上ですね。

沢辺 でも、その割合って変わるでしょ?

早見 コロコロ変わりますね(笑)。飽きっぽいというか(笑)。

沢辺 いやいや、飽きっぽいということじゃないと思うよ。そのときどきによってちがうじゃん。姉ちゃんだって、「子どもを産んでよかった」と思うときもあれば、「どうして子どもを産んだんだろう」と後悔をするときもあると思う。それで、いまの早見さんだって、何かをなくしているんだと思う。「仕事やめて、半年ぐらいタヒチに行って」なんてことはできづらくなっている。
そこで、これは、おじさんの余計なお世話だけど、おれが思うのは、どうしても我慢できなくなって、いまの仕事をやめて遠回りしようと思っても、また帰ってきたらいまの会社に雇ってもらえるくらいのものをつくっておくといいよ。これができることはすごいことなんだけど。
それで、半年ぐらいオーストラリアに行って戻ってきても、おみやげもっていまの会社に行ったら、「なんだお前、戻ってきたのか、もう一度うちで働くか?」と言ってもらえるような可能性に到達するくらいのものを、いま、つくっておくといいよ。
別の言い方をすれば、ふたつのパターンがあると思うんだ。せっかくいま何かやっていても、なんにも役に立たない時間にしてしまう人と、それをやったことが深みになる人。早見さんは、この後者になれるように、それぐらいまで、「がんばれた」と言えるものを仕事で獲得するといいと思うよ。

早見 すごいよくわかります。

石川 こうやって早見さんと話をすると、「もっとまわり道をすればよかった」とは言うけれど、やっぱりこう思う。早見さんは、自分でそんなに強い選択の意志をもって生きてきたわけではないけど、偶然を大切にしてきた人だと思うんだ。偶然に×をつけて生きる人もいる。「これは自分が好きじゃないからやらない!」とこだわる人、まわり道をする人はそういう×をつけるタイプかもしれない。もちろん、×をつけることがその人にとってプラスになる場合も、そうでない場合もある。でも、早見さんは、偶然を大切にしながら、いまの会社で目の前のことをしっかりやってきたことを誇りに思っていいんじゃない? べつに、「いまの仕事をずっとつづけろ」と言いたいわけじゃないけれど、そう思うんだ。

早見 いま話をして、けっこう自分の頭のなかとじっさいの自分の行動はちがうな、と思いました。仕事を紹介してくれた先生に、さっき言ったように、「もっと経験を積んでからいまの仕事をやりたかった」と相談したことがあるんです。でも、「ダメ、ダメ、ダメ、ダメ、いままで流れにそってここまで来たんだから、それに逆らっちゃいけない」と言われたんです。だから、いまの会社をほんとうに離れるときが来るのは、ちがうチャンスが来るときだと思っています。それもやっぱり流れのなかで、師匠は「とにかくいまの仕事を三年つづけてキャリアにしなさい」と言ってくれていて、師匠がそういう流れをつくってくれていると思っています。

石川 そもそもその師匠との出会いも偶然だよね?

早見 社長が偶然わたしに割り振ってくれたんです。師匠も癖があるひとで、それに耐えられる人として、わたしをあてがってくれたんです。

「社会が知れるからじゃないですか。あと、学校では出会えない人に会えるじゃないですか」

早見さんは高校時代、バイトを一生懸命やっていた。話はバイトの魅力の話から、恋愛、交友関係の話へ。早見さんの携帯はスマートではなくふつうの携帯。携帯代は月7000円ほど。mixiよりtwitterでサークルの友人と連絡をとっている。

石川 なんかこれまで打ち込んだこと、一生懸命やってきたことあった?

早見 一応「一生懸命やってたかも」ですけど、部活ですね。中学高校とバスケットボールをやっていました。

沢辺 勉強は?

早見 あんまり努力しなかったですね。いま思えば、勉強もバスケットも、もっとできただろうと思っています。バスケットも、好きなはずなのにいやいややっていた感じがあって、高校の途中で部活をやめて、好きなものをやるようになって、そこから性格も明るくなりました。

石川 好きなものって?

早見 バイトです。バイトにあこがれがあって。

沢辺 高校はバイト禁止だった?

早見 禁止でした。

石川 じゃあ、引きこもってたわけじゃなくて、バイトを一生懸命やってたんだ。

早見 高校1年のときはひきこもりでしたけど、2年3年はコンビニのバイトを一生懸命がんばってました。

沢辺 やばいバイトやってたわけじゃないんだ?

早見 いえいえ、ほんとにふつうのコンビニです。家の近所です。

沢辺 高校生でキャバクラ嬢やったってばっちりチェックされるもんな〜(笑)。

早見 (笑)

沢辺 でも、なんで高校生にとってバイトはそんなに魅力的なんだろう?

早見 社会が知れるからじゃないですか。あと、学校では出会えない人に会えるじゃないですか。バイトだと大学生もいるしフリーターもいるし。それに、わたしは女子高だったので、男の人もいるし。学校とちがう人に出会えるのが大きいと思います。

沢辺 彼氏できた?

早見 高校のときはいませんでしたね。

沢辺 専門学校のときは?

早見 うーん、ふふ。

沢辺 じゃあ、いま彼氏は?

早見 いまはいません。今日(バレンタインデーに)いまここにいるんで(笑)。

沢辺 そんなことはないだろう? 時間調整してもいいし。

早見 わたしはあんまり恋愛体質ではないんです。無趣味だし。

石川 でも、そんなことはないよね。コミュニケーションはとれるし、ピクニックのサークルにも入っているみたいだし。そのサークルはmixiのなにか?

早見 そうでもないですね。友だちが友だちを呼んで、みたいな。リーダー的な人がいて、学校や仕事で知り合った人を会わせる、というか。それが広がってって。

沢辺 男もいるの?

早見 ちらほらですね。

石川 リーダーの人はなにやってるの?

早見 衣装会社の人です。その人もわたしと同じ専門学校出身で、女性です。その人の同級生が、わたしの専門のときにやっていたアパレルのバイト先の知り合いで。4人ぐらいからはじまったみたいですけど、20人ぐらいわーっと集まって、mixiのコミュニティをつくって、という感じです。だから、mixiはあとづけで。いまはmixiの書き込みはあまりなくて、twitterが多いです。

石川 じゃあ、遊びに行ったりするつきあいはそのサークルが中心?

早見 最近はそうですね。あとは高校の友だちとか昔のバイトの友だちですね。高校の友だちは、保育師、化粧品の販売員、フリーター、大学生、いろいろですね。

石川 仕事は月〜金? 

早見 月〜金ですね。土日は休めます。撮影とかの現場の仕事は土日にもあるけれど、わたしは休めます。派遣の仕事の依頼が来る電話を取るのが月〜金です。

沢辺 土日に現場手伝いに行けば?

早見 さいしょ事務作業をやっているときに、「会社を知りなさい」と言われて、スタイリストを育成するスクールに行って、すそ上げやアイロンをかけたりしました。そのうちに、「アシスタントの研修をしなさい」と言われて、休みの日に衣装を返しに行ったりもしました。そういうのをちょこちょこやってましたけど、いまの仕事になったらそれでいっぱいいっぱいで。「土日はもう気力もない」という感じでした。でも、いまはそれも落ち着いて。現場に出るほうがいいのかな? でもいま現場に行くとしたらヘアメイクとかしかないので、それもちょっとちがうかな、と。

「その30万ぐらい貯まったお金を、『ちょっとだけだけど、学費にあててほしい』と言ったんです」

さいごに、早見さんの高校時代、専門学校進学の親への説得の話から、家での生活、家族の様子について聞いてみた。

石川 ところで、これはいろんな人に聞いているんだけど、ご両親にはどんなことをよく言われて育ちましたか? 「将来はやりたいことをやりなさい」とか?

早見 いま師匠に言われているように親から「こうしなさい」というのはなかったです。

石川 高校へ行くときとか、専門学校へ行くときか、節目節目で親とは話はしている?

早見 どうだったかな? たとえば、専門学校に行きたいときは親にはっきり言ったと思います。お父さんにも相談して。わたしが進路を決めたときは姉が大学をやめたときだったので。あっ、思い出した! 
高校で部活をまだやってたころは、部費が月に5000円、ユニフォームをそろえるので10万もかかってたんです。それに、高校の学費もお金がかかってたんで、わたしは親をなんとか見返したい気持ちがあったんです。だから、部活をやめたあとはじめたバイトのお金をためていて、その30万ぐらい貯まったお金を、「ちょっとだけだけど、学費にあててほしい」と言ったんです。
そのとき、お父さんは「おねぇちゃんみたいになったら承知しない」と言ったんですけど、「わたしは、そんなことない! 気合入っているから!」と言って専門はがんばって行きましたね。

沢辺 それ、最高の説得のかたちじゃん!

早見 もうちょっと貯められていたらかっこよかったんですけど。

沢辺 30万もってきて、こうしたい、と言われたら、いいよ、としか言いようがないよ。

石川 バイトはお金を貯めるためにしてたのかな?

沢辺 おれが思うに、バイトって、金が入るのがまずうれしいわけですよ。

早見 通帳見るの、うれしかったです。

沢辺 それで、だいたいふたパターンぐらいあって、すぐ使っちゃうタイプと、いつかなにかに使おうと思うタイプがいて。早見さんは後者のタイプだと思うな。

早見 お金がほしかったわけではなく、バイトがとにかくしたかったんです。

沢辺 バイトって魔力あるよね〜。考えてみりゃただ働いているだけだと。ただ「お前、皿でも洗っとけ!」と言われてやってるようなもんだよ。だけどそれでも魔力あるんだよ。ある種の高校生ってほんとにやりたがるんだよな。

早見 とにかく、仕事がたのしいんです。レジ打ちだったり(笑)。棚のほこり取りとかもたのしいんです(笑)。休みの日にバイト先に行ってスウェットで仕事手伝ったりしてたんですよ(笑)。これもコミュニケーションの取り方なんですかね?

沢辺 異文化との遭遇なんだよね。

早見 そうですね。

石川 学校とはちがう承認感があるかな?

沢辺 それに、学校とはちがう尊厳があって。ままごとのお店屋さんじゃなくて、ウソじゃないんだ。

早見 あとはダメっていうのがなくて、たとえば、高校では髪の毛を染めちゃいけなかったんですけど、バイトでは多少は染めてもいい、とか。規制はないわけではないけれど、高校よりゆるくて、個性を尊重されている、というのがあるんですかね。

石川 じゃあ、高校のときは、学校よりもまったくバイトのほうがたのしかったんだ?

早見 でも、高校の友だちとも仲良くしてました。バイトのない日はふつうに放課後残って友だちと話をしてたりだとか。

石川 さっき出席日数が足りないという話だったけど、バイトに忙しくて学校にあまり行かなかったの?

早見 前半は暗い子だったんですけど、後半は、バイトが忙しい、というわけではなく、だるいと思ったら学校に行かない、という感じでしたね。

石川 じゃあ、とくに学校の人間関係でなにかあったという感じでもないんだね?

早見 そうですね。どちらかと言うと、家の中で、ですかね。家が狭くて、家族が近いんですよ。お母さんと兄弟三人(姉、わたし、弟)が同じ部屋で寝なくちゃならなくて、ケンカとかよくしてたんです。で、ケンカして気分がのらないから学校行かない、って感じでした。

石川 ところで、いまは貯金は?

早見 少しだけ(笑)。

沢辺 家にお金は入れてる?

早見 少しだけ(笑)。

沢辺 五万以下?

早見 そうですね。ほんとに余裕があるとき以外は。

沢辺 給料日に渡すの?

早見 給料日以外に渡すこともありますけど、15日が給料日なので、だいたいその月のうちには渡します。

沢辺 親との約束はあるの?

早見 あります。1万円ですね。

沢辺 やさしいね〜。

早見 やさしいです。やっぱり姉のことがあるので、親はわたしをぎゅうぎゅうには締めつけられない、と感じていると思います。

石川 そういえば、姉ちゃんは大学へ行ったときは家を出たの?

早見 姉は、大学のときもやめたあともしばらく家にいて、そのあとフリーターをはじめてからしばらく家を出て。

沢辺 それで、男とできちゃった、と。

早見 そうですね。そのとき子どもができちゃったんですけど、仕事やめて家に帰ってきて。でも、子どもがお腹にいることをずっと隠していたんですよ。お母さんだけがそれに気づいていて。わたしも弟もお父さんもそのことに気づいてなかったんです。わたしは弟と一緒に「お腹大きくなってない? 太ったんちゃう?」みたいに言ってたんです。しばらくたって、姉から「子どもができました」と言われたんです。それがもう産むしかない時期のことだったらから、ダメとは言えず「がんばって」という感じで(笑)。

石川 そういえば、いまはもうその子も産まれてきたってことは、何人で寝てるの?

早見 いまは、高校のときとはちがう家に住んでるんですけど、あんまり間取りは変わってなくて狭いです。わたしは、お父さんがいま単身赴任で大阪に行ってるので、その部屋にひとりで寝ています。お父さんが帰ってくれば一緒に寝ますけど。それで、あとは、姉と甥っ子と母が同じ部屋に寝ていて、弟がちっちゃな部屋にひとりです。

沢辺 ひとり暮らししたい?

早見 したいです。したいですけど。姉が無理やり家を出ていったので、段階を踏みたいです。遊べるときに遊んで、貯めれるときに貯めて、という感じで。で、そろそろ貯金をがんばろうと思ってるときです。

沢辺 ルームシェアとかは興味ない?

早見 少し興味ありますけど、ストレスがたまるんじゃないかと思って。いまも、家族で、洗濯物干すタイミングでもめたり、お皿洗った洗ってないで言い合ったりするんです(笑)。

石川 じゃあ、家の手伝いをよくするんだ。

早見 あんまりしてないです。

石川 ごはんはつくれるの?

早見 一時期、兄弟で分担してつくっていたこともあったんですけど、いまはしていないですね。

沢辺 自分のパンツは自分で洗うの?

早見 そうですね。洗ってます(笑)。自分の洗濯物は自分でやります。自分のことは自分で、ということで。自分の食器も洗います。弟もそうです。ただ、ご飯をつくるのは自分ではなく、お母さんにつくってもらってます。

石川 そう言えば、弟さんは二浪生ということだけど、お医者さんになりたいの? 

早見 いえ、そういうわけではなく、どうしても行きたい学校があるみたいで。そこはそっとしておいてあげて、みんなで応援してます。

沢辺 そろそろ時間ということで。

石川 では、弟さんがんばってほしいね。合格をお祈りしています。きょうは長い時間ありがとうございました。

◎石川メモ

まわり道へのあこがれ

 早見さんが、「もうちょっとまわり道したほうがよかったんじゃないか」と言ったのは印象的だった。「好きなものをやってこそ仕事」、「夢を実現したい」と言って、こんがらがっている人もいれば、一方で、そのつど眼のまえの仕事に向き合って堅実に歩んでいるように見える早見さんみたいな人が、「まわり道」にちょっとあこがれている。
 でも、よくよく考えると、その「まわり道」へのあこがれというのは、「好きなもの」、「夢」をもつこと、ある意味で、「こだわり」をもつことへのあこがれ、というわけではなく、「まわり道」をすること自体へのあこがれではないかと思う。
 たとえば、ミュージシャンという夢に向かってがんばる、というのと、自分がこれになりたいという大きな夢はとくにないけれど、いろんな仕事に触れてみたい、いろんな世界を見てみたい、というのとはちょっとちがう。
 「なに者かになる」というあこがれと、「とにかくいろいろ触れてみたい、自分を試してみたい
というあこがれは、ちょっと質がちがうんじゃないかと思う。早見さんのいう「まわり道」というのはそういう自分を試すことを意味しているんじゃないか。
 いまのぼくは、「まわり道」にはもうあまり気持ちが向かない。たぶんそれは、自分のなかに「こうやって生きていくしかないんだ」という受け止めがあるからだと思う。でも、若いころを思い出してみると、「まわり道」へのあこがれはたしかにあった。いろいろ触れたい、いろいろ試したい、と思っていた。
 若い人のあり方を「好きなもの」「夢」というキーワードめぐって考えてもいいとは思う。けれど、今回、早見さんと話してみたら、そういうキーワードでは取り出せない、ただ遠回りしたい、いろいろ触れたり試したりしたい、そういう、自分の経験や機会を広げること、もう少し言えば、そいう時間がほしい、という思いも、見逃せないと思った。

バイトに注目すること

 アルバイト論ってあるのだろうか? ぼくはむかしとあるお菓子の工場の事務のバイトをやっていたことがあるのだけど、そこではいつも、現場でお菓子をつくる職人さんと受注を受ける社員さんとのあいだでケンカばかりだった。朝一番に、「こんなに注文をとってきたのか! こんなのできねぇ!」「しかたねぇだろ! 注文とってきたんだから!」の応酬。
 で、ぼくはそれにどうかかわっていたかと言えば、「あー、これが仕事というものか」と社会見学する傍観者だった。基本的に、心のどこかに「自分はいずれはここを出る部外者です」という気持ちがあった。ちょっと冷めた嫌なヤツとしてバイトにかかわっていた。だから、早見さんのように、バイトと積極的にかかわる気持ちがなかった。
 けれども、早見さんの言うように、バイトで学校では出会えない人に会える、とか、そこに承認関係があったり、ままごとではないほんもの感がある、ということもよくわかる。
 学生というのは、べつに学校に行っているだけではない。学校以外の世界に触れている。そういう学校外の世界の意味を見るために、バイトというのはかなり重要な要素になっているはず。

第9回 ぼくは、ダンサーのなかではおしゃべりです──水野大介さん(23歳・男性・修士過程2年)

水野くんは1987年に関東の某県郊外で生まれ育ち、現在は数学を研究している大学院生(23歳)。就職もシステムエンジニア(SE)に決まり、修士論文も仕上げたところ。地元の公立中学に進み、高校は私立高校に猛勉強して受かる。中学時代からのめりこんだ「数学」、高校時代から夢中になった「ダンス」が水野くんのキーワード。
どんなエリートのどんな理路整然とした話を聞くことになるのか、とこちらも身構えたところがあったけれど、会ってみればそれはちがった。悩みながらも自分の思っていることをなんとか言葉にしようと、熱くおしゃべりするところが水野くんの魅力。
*2011年1月17日(月) 18時〜インタヴュー実施。

「ぼくはダンサーなので」

水野くんは大学院生であるとともに「ダンサー」でもある。でも、ダンスで飯を食っているわけではない。けれども水野くんは自分のことを「ダンサー」と言う。その「ダンサー」という言葉の使い方、自分の規定の仕方のなかには、文化ゲームが純粋なプロ以外に開かれた時代的な背景がある。

石川 いまなにをしていますか?

水野 大学院で数学の研究をしています。

石川 大学院生はこのインタヴューでははじめてです。日々研究をしてすごしているの?

水野 週3、4日、昼前ぐらいから学校に行って夜7時、8時ぐらいまで研究や作業をしています。またぼくはダンスしているので、学校が終わった後に、仲間と会ったり練習したりしています。大学4年生のときに足にケガしてしまってからは、ダンスは趣味程度にやっています。

沢辺 ダンサーって言うけれど、ようは趣味なんでしょ? サークルとかで?

水野 そうですね。大学の時にサークルに所属していましたが、基本的にはインディペンデントに色々な方と活動しています。ストリートカルチャーではそういう動き方をするダンサーが多いと思います。

石川 どういうダンスをやってるんですか?

水野 一般的に「ブレイクダンス」と呼ばれているもので、頭でまわったりするやつです。

石川 ダンスにプロってあるの?

水野 ストリートカルチャーと言うだけあって「ダンスのプロ」という決まった肩書きはないです。色々なダンサーが色々な場でアウトプットしているので。ぼく自身もテレビやプロモーションビデオに出たりしてお金をもらった事もありました。

石川 テレビやプロモではお金をもらえたんだ。 

水野 もらえたりもらえなかったりですけど、多くて一日5000円くらいでした。 

石川 でも、まあ、基本的には趣味でやっていた、ということなんだよね?

水野 そうですね。

沢辺 こういうこと言うとおじさんくさいかもしれないけれど、いまはプロとアマが溶け合っちゃってると思うんだ。それで、こういう言い方はあまり好きではないし、あえて線を引く必要はあるかどうかは微妙なんだけど、俺たちの時代は、プロアマの基準は「それで飯を食えているかどうか」だったんだ。
でもいまは、プロアマの基準は溶けている感じがする。いい悪いは別として。たとえば、いまは、食えてない役者見習いでも「役者です」って言ってもいい。
こうなった理由にはいろいろあると思うけれど、たとえば、哲学者の竹田青嗣さんによれば、いまの経済ゲームの社会は、文化ゲームの社会にだんだん移行していく。極端に言えば、ロボットが労働して、人間は文化ゲームだけやっていればいい時代がやって来る。これは徐々に移行していくことで、いまの日本は文化ゲームの比率が高まってきている移行期と考えればいいと思うんだ。
それで、この移行とプロアマの溶け合いのことを考えるには、日本の田舎にむかしからある伝統芸能のことを考えればいいと思うんだよ。たとえば、日本にはもともと祭りで神様に奉納する薪能(たきぎのう)というのがあった。これは、べつにこの能で飯を食っていたわけじゃなくて、たぶん、農閑期にみんなで練習して演じあっていたと思うんだ。この場合は、生産活動をやったうえで文化ゲームをやっていた。そのあと、出雲の阿国のようなひとが出てきて、芸能で飯を食う人が現れた。これがさっき言った芸能で食っているプロ。でも、それがいまは、ある意味で昔にもどって、百姓をやりながら文化ゲームをやっている。こういう理解を俺はしている。これが最終的に百姓をやらなくてよくなると文化ゲームだけが残る。
それで、いまはこの移行期だと思うんだ。文化ゲームをやるのは完全なプロだけじゃない、というところまで来ている。だから、そのことが、それで食っていなくても「役者です」、「ダンサーです」って言えるような、いまの若い人の言葉のなかに出ているんだと思うんだ。

石川 ということは、水野くんも最初からプロになろうと思ってダンスをやっていたわけじゃないんだ。

水野 そうですね。知り合いにもプロアマ問わずダンサーの方、アーティストの方、デザイナーの方がいますけど、そこで「パフォーマンス」と「エンターテイメント」の違いとかを議論する事があるんです。ぼく自身、ダンスをお金に換えようという考えではやっていませんでしたし、パフォーマンスとして、ぼくにしかできない価値をアウトプットして、後から続いてくるダンサーに影響を与えたい、という想いが強かったです。ぼくが価値を置きたかったのは表現者としてのダンサーでした。
一般的に社会的な価値、お金に換わる価値というのはある意味「わかりやすい」ものじゃないですか。その一般の方たちの価値とダンサーの世界の中での価値は少し違っていると思うんです。
ぼくは純粋に自分が魅力を感じたものをアウトプットしたい。これがアートとかパフォーマンスの根源だと思うんですね。このアートやパフォーマンスで生まれた価値を、社会的な価値にもっていくのがエンターテイメントと言われているものだと思ってます。このもっていく人たちをエンターテイナー、プロフェッショナルといえると思うんですね。そういう人たちは、恐らくそこまでダンサーの世界に影響を与えるわけではないと思うんですけど、一般の多くの人たちに影響を与えていると思います。けれど、ダンスの大元はアートやパフォーマンスの中の文化的な価値にあると思ってます。それでぼくたちは、それらを社会的価値にもっていく前の、ただ遊びであったりする純粋な表現を重視したいんだと思います。

「エンターテイナーと呼ばれている方たちとは、価値観が少し違うと思うんですね。もちろん、あいつら金だけだ、などと批判するのは頭の固い言い方だと思いますけど・・・・・・」

水野くんはダンスに「エンターテイメント」と「パフォーマンス」の区別をもうける。でも、この区別ってどれほど妥当なものなのだろうか。この区別の裏にある水野くんの気持ちをめぐって、話は「ほんものさ」まで進む。

石川 では、エンターテイナーに対して、水野くんたちはなんと呼べばいいの?

水野 パフォーマーだと思います。エンターテイナーと呼ばれている方たちとは、価値観が少し違うと思うんですね。もちろん、あいつら金だけだ、と批判するのは頭の固い言い方だと思いますけど、それでも、例えば芸能界で有名なダンスタレントにダンスを習っていて、それを「ほんもののダンスだ」と言うのは違うと思うんですね。

沢辺 さっきは、「経済ゲームから文化ゲームへ」と肯定的にとらえたけれど、でも、いまの水野くんのもの言いには抵抗を感じるな。「なんでそんなにつっぱるんだよ」と言いたくなる感じ。だってそれって昔とおんなじじゃん。これは昔の話になるけれど、フォークやロックの歌手がテレビに出ると商業主義だと馬鹿にされたんだ。水野くんの言っているのはそれとおんなじかたちだよ。たとえば、吉田拓郎がレコードがいっぱい売れたとき、その売れたっていうことだけで否定された。吉田拓郎が日比谷野音に出たとき、みんなで「帰れ! 帰れ!」って合唱したんだ。いまの言葉で言えば「ブーイング」なんだけど、水野くんの言っていることはそのブーイングとおんなじじゃん。そういうふうに感じるんだ。

石川 水野くんのストリートカルチャーって、アンチとしてのストリートなんじゃない?

水野 いや、ぜんぜんアンチということは考えていません。価値観というのはみんなそれぞれで……。

沢辺 いや、水野くんは「ひとそれぞれ」って言うけれど、ほんとにそうは思ってないんじゃないか? 俺はそういう感じがするんだよ。「エンターテイメントに行っちゃった人はダンサーに影響を与えていません」って、俺だったら「ほんとうにそうか?」と思うんだよな(笑)。そこにはどこかやっぱりアンチの気持ちがあって、吉田拓郎に「帰れ!」って騒いだ昔とかわんない気がする。ほんとに「ひとそれぞれ」だったら、どんなことやってもいいわけだよ。もちろん、だれも人を殺しちゃいけないっていうのはあるけれど。でも、ほんとに「ひとそれぞれ」だったら、「エンターテイメントの人たちは〜」なんて言わないと思うよ。「ひとそれぞれ」を貫徹できてないんじゃない?

水野 それ、貫けてないと思います(笑)。それは断言できると思います。ぼくの周りでも「ダンスはひとそれぞれ」と言っておきながら、批判的に言っちゃったりとか。でも、それも大事だと思っているんです。やはり「こういうのは好き」、「こういうのは嫌い」という感性は常に自然に意識の中にあって。パフォーマーの立場から言うと「ひとそれぞれ」と達観してるだけではいざ自分が何を表現したいか、ってなった時になかなかうまくいかない所があるんです。

沢辺 これは哲学的問題だと思うよ。つまり、石川くんの言っている「ひとそれぞれ」と「ほんとう」のこと。水野くんはその間を行き来している感じがする。

石川 水野くんは「ひとそれぞれ」って受け止められたら楽かもしれないけれど、やっぱり「ほんもの」ってあるだろう、という感じ?

水野 いや、ぼくはほんものはないと思っています。

沢辺 そこは国語辞典のちがいだと思うよ。石川くんの言う意味での「ほんもの」っていうのは、唯一無二の絶対的なもの、という意味じゃないと思うんだ。

石川 「いいもの」ととってもらっていいよ。

水野 まあ、そういう意味で言えば、ほんものはあると思います。誰にとっても、ではなく、自分にとってのという意味で。

沢辺 いや、「ほんもの」とは、自分だけのものではなくて、「妥当性が高い」ということなんだ。たとえば、ゴッホの絵は、俺はいいと思っている。しかも、誰にとっても、それから、時間軸を超えて忘れられていない、ある種のほんものさがあるはずなんだ。だから、「ほんものさ」というのは、ただたんに「ひとそれぞれに好みがある」だけじゃなくて「ひとそれぞれを超えたところのほんものさ」っていうのがあるんだよ。もちろん、「ここから先がほんもの」という線引きがはっきりされているわけじゃなくて、グラデーションになっている。それを決めるのが、多くの人によいと認められることと時間軸なんじゃないか。妥当性の高さというのは絶対的なものじゃなくてグラデーションになっている。俺はそう思うんだ。

水野 お話を伺うと、ぼくは今までにその中で残った結果が、つまり伝統がほんものだと思いますね。けれど、ストリートカルチャーにはまだ伝統と呼ばれるものがあまりなくて、本当にシビアで、いいと思ったものでもすぐに捨てられて忘れられてしまう事もあるんです。

沢辺 ほら、やっぱり、「ストリートカルチャーはシビア」ってなっちゃうんだよ(笑)。そういうところに俺は「?」ってなっちゃうんだよな(笑)。俺は、ストリートカルチャーも、伝統のあるお能も、どちらもシビアだと思うし、同時にどちらにもいいかげんなところもあると思うよ。

水野 すいません(笑)。ぼくは「伝統」というものが「昔からあるものを無条件に正解にしている」ように感じるんです。ストリートカルチャーでは、今までのものを否定して、まったく新しいものが出てくる事もあるんですね。ほんとに現場現場の感じがすごくて。「いいと言われてきたものよりも、その瞬間にいいと感じたものを信じる」という現場感がこのアートの特徴だと思うんです。それから局所性というのもストリートカルチャーの特徴だと思っています。この駅とあの駅は距離的には近いのに、やっている事、考えている事は全然違うという事があるんです。でもやっぱり、昔からの伝統というのも残っていて。色んなダンスや考え方が淘汰されていく中で、それでも残っているものは残っているんです。

石川 ということは、言いたいことは、ストリートカルチャーにも沢辺さんの言っていた「ほんものさ」というのは残っている、ということ?

水野 そうですね。

石川 そういうストリートカルチャーの「ほんものさ」に納得する水野くんがいるのはわかりました。でも、なんか繰り返しになってしまうけれど、そういう自分たちのアートやパフォーマンスのなかの「ほんものさ」の外側にある、エンターテイメント、たとえば、芸能界で活動しているダンスタレントなんかはちがうんじゃないか、と思う気持ちもある?

水野 そういうのはないですね。一概に悪い、という気持ちはありません。ただ、ほんとにフィーリング的な部分で、ダンサーとして見てしまうと「ちょっとな」という感じはありますけど(笑)。

「やわらかい論理性を表現する数学構造を作り出すことです」

ここでは水野くんが専門にやっている学問=論理学の話。話は、「やわらかい論理性」というのはどういうものか、そういうところから、水野くんが感性を論理化する論理学に進んでいった動機にせまっていく。

石川 さっきはダンスの話が中心だったけど、専門の勉強はどういうことをやっていますか?

水野 数理論理学という分野です。数学の基礎となる一階述語論理をベースにした新しい理論の研究をやっています。もともと数学は中学の頃から独自に勉強していまして、高校の頃に理学書を読んでいて、19〜20世紀の論理学の歴史にはまっちゃったんです。それで大学でも4年間、自分の好きな論理学の勉強をやっていました。でも、大学の授業ではなく自分で勉強してたんです。そのうちに数学や論理学の中でも自分のやりたい方向性がわかってきて、大学院は、別の大学に移り、自分のやりたい事を専門にやられている方の研究室に入りました。

石川 そこで、なんだけど、水野くんのやっている論理学をわかりやすく説明してもらえませんか?

水野 やわらかい論理性を表現する数学構造を作り出すことです。

石川 やわらかい論理性って?

水野 たとえば、さっきのストリートカルチャーといった「文化」だったり、人間の「感性」だったりっていうのは、曖昧で漠然としていて捉えにくいものですが、何らかの共通の「性質」をもっていますよね。ぼくはそれを「やわらかい論理性」と呼んでいて、数学や論理で表現しようとしているんです。例えば、ふつうの意味では、人の感性はかなり論理的ではないじゃないですか。もし論理的だったら、なにが好きでなにが嫌いか因果関係がはっきりするはずです。けれども、感性はそういう単純な因果関係で表現できない。そこで、局所的な論理構造をつなげることでそれを表現しようとしています。

石川 うーん。たとえば、その理論はどういうふうに応用されるの?

水野 ぼくのやっているのはその応用の提案なんです。ぼくは人間の感性に興味があるんです。たとえば、ここにあるこのコップ、ここにこのコップがあることは誰でもわかること、つまり客観的な情報です。でも、これが「赤い色である」ということは、色の識別が困難な人にはわからなくて、ぼくの頭にあること、つまり主観的な情報だと言えるんです。それから、そのように色の識別が困難ではない人同士でも、同じ色でも、たとえば、Aさんは赤っぽいと感じているのに、Bさんはオレンジっぽいと感じたり、感じ方が違うわけです。これが感性なんですけど、この感性に関して、Aさん、Bさんそれぞれにみんな自分の頭の中だけの主観的な論理ができているんです。

石川 簡単に言うとこういうことかな。赤い感じってなにかな、ということを考えたい?

水野 そうです。このコップが赤いということと、このコップを赤く感じるという情報にはギャップがあるわけです。このコップが赤いというのは客観的な情報としてあって、このコップを赤く感じるということは主観的な情報なんです。

沢辺 だけどさ、そもそも、ここにこのコップがあるっていうことが、客観的な事実としてあるっていうのは証明できるのかな?

水野 「証明できる」ってなんですかね?

石川 沢辺さんのおっしゃることはよくわかります。哲学では、そもそも客観的なものってなんなのか、そういうものはありうるのか、ということを問題にしたりします。けれど、たぶん、水野くんの学問は、とりあえず客観的な事実があることは前提としているんじゃないのか。それで、客観的な事実は物質の法則といった論理性として取り出せるが、主観的な感性や感じ方といったものもある論理性でコード化して取り出せるんじゃないか。そういうことを水野くんはやろうとしているんじゃないかと思うんです。

水野 前半はおっしゃっていただいたとおりで、ありがとうございました(笑)。後半のコード化というのは少し違って。しかし、とりあえず、ぼくの研究では客観的な世界と主観的な世界があるということを前提にします。その哲学的な裏づけは特にはありません。主観的な情報同士を繋げるというのがぼくのやりたいことです。

石川 それをどういうふうに論理で語るの?

水野 たとえば、Aさんはシックで都会的なコップがいい、Bさんはシンプルでアーチスティックなコップがいい、ということがあって、それは言葉の表現はちがうけれど、じつは同じことを言っている可能性があるじゃないですか。

石川 それを論理式であらわすの?

水野 「もしどうでどうならば、どうだ」という因果関係の形であらわします。条件と結果であらわすんです。

沢辺 それ、さっき俺が言った、たとえば「ほんとう」という言葉についてそれぞれがもっている国語辞典と同じじゃないの?

水野 そのとおりですね。

沢辺 俺のイメージだと、ある言葉についてみんながそれぞれもっている辞典のなかで、共通の部分を数学的論理記号で確定していく。そんな感じ?

水野 確定ではなく、それぞれの局所的な世界における論理式で表現し、共通の部分はその繋がりで表現するんですね。たとえば、さっきの例で言うと、Aさんが「シックで都会的」と言っているのはBさんが「シンプルでアーチスティック」と言ってる事とつながる。では、Cさんはどう言うのか。そういう論理性を比較していくって感じですね。

石川 すごくざっくばらんに言えば、感性はひとそれぞれだけど、どこかにつながっているものがあるんじゃないか、という感じかな? すごく複雑な話だけれど、さっき出た、みんなそれぞれの価値観があるけれど、ダンスにはやっぱりほんものがある、とするのに考え方としては似ているのかな?

水野 そうですね。

沢辺 ただ、ちょっと気になるのは、たとえば、俺の理解で言えば、石川くんが哲学をやりたかったのは、自分に対する苦悩とか、うじうじしないようになりたいという動機があって、そこに哲学というものは役に立つんじゃないかなと思ったはずなんだけど、水野くんはその論理学を使ってなにをやりたかったのかな? そういう疑問が残るわけですよ。もちろん、なにもそういう動機はない場合だってあると思うんだけど、そのあたりはどうですか?

水野 最初は数学がただ単純に好きだったんです。けれど自分が論理や基礎論という、数学でもマイナーな分野に興味を持っていくようになると、自分はなんでこんな事に興味があるんだろう? と考えるようになったんですよ。それで、結局、構造というのが好きなんだなと思って。何でも抽象的に考えていくことが好きだったんです。ぼくは数学ではなく、ものごとの論理性に興味があったんだと気づいたんです。
それで、なぜものごとの論理性に興味を持ったかを自分なりに考えてみたんです。すると、ぼくは昔から他人と感覚が違うことが多かったんです。自分が感じていることを他人は感じていない。他人が感じていることを自分は感じていない。そういった感じです。なんで自分は人と違っちゃうんだ、なんで違っちゃうんだ、と考えていたんです。論理学はその思いをどうにかしようとして興味をもったんだと思います。論理というのは、だれの脳内にもある共通の構造だと思うんです。これまで感性というのは論理的に扱えないといわれていたけれど、そこにもやわらかい論理があるんじゃないか。感性は違っても、じつは他の感性とつながりを表現する事で、例えばその同一性が表現できるんじゃないのか、そう思ったんです。

「数学を好きなぼくはみんなには変人扱いされ、「お前、気持ち悪いな〜」って言われてたんですよ」

水野くんは、自分の価値観とまわりの人間の価値観とのちがいに悩む。数学にのめり込むようになると、このちがいは顕著に。水野くんは「数学好きの気持ち悪いヤツ」とまわりから思われる。けれども、これはある意味で、数学はすごく「できる」のだから、持てる者の悩みなのかもしれない。話は、持てる者の悩みと持たない者の悩みに進んでいく。

石川 さっき、「自分が感じていることを他人は感じていない、他人が感じていることを自分は感じていない」という話があったけど、具体的に言うとどういう子どもでしたか?

水野 ずーっと「へんだ」、「へんな子」だと言われていました。

沢辺 世間の言い方で言えば、「天邪鬼」ということだと思うけれど?

水野 そうですね。

沢辺 天邪鬼ってマイナス的なイメージだと思うけれど、それをなんとか肯定したかった?

水野 自分の中で自分を苦しめるのは対人、価値観だったんです。なんだか自分が全くこだわってないことで怒られたり、怒鳴られたりして。自分の価値観と他人の価値観とがちがうのが不思議でしょうがなかったです。そういう意味で、ぼくはずっと「変」って言われて。そういうふうに言われることはイヤなことだと思っていたから。

沢辺 でも、ほんとにいやだった? おれの勝手な感じだけれど、50%はいやだったかもしれないけれど、35%ぐらいは「そんなぼくが好き」だったんだと思うんだ。そういうのがまじりあった「イヤ」だったんでは?

水野 いま思えば、そうでしたね(笑)。

石川 「怒鳴られた」って言ってたけどなんで怒鳴られたの?

水野 いっつも怒鳴られてましたね(笑)。たとえば、友だちにいたずらとかして……。

沢辺 じゃあさ、質問をずらすと、「ほかの人はこういう価値判断しているけれど自分はちがう」という例はなんかなかったの?

水野 やっぱり、数学でしたね。中学生のときから高校の参考書とか大学の理学書を読んでいたんですよ。

沢辺 かっこいいじゃん!

水野 (笑)ぼくの中学校はとても田舎で、周りの友達もあまり勉強には興味はなかったんです。それで、数学を好きなぼくはみんなには変人扱いされ、「お前、気持ち悪いな〜」って言われてたんですよ。

沢辺 俺だったら、天狗になってると思うけどな〜。だって数学だもん。

水野 いや、でも、数学ですから。やっぱりみんな数学嫌いじゃないですか。

石川 でも、そういう自分がかっこいいというのはあったんでは?

水野 それもありますね。先生はほめてくれたんですよ。でも、ガリ勉イメージがいやで、自分は数学好きでももっと面白いヤツになってやるぞ、と。

沢辺 俺はね、そういう他人とちがうものをもっている子どもは幸せだと思うんだ。俺自身も含めてそうだったけど、同級生を見てみると、運動もできない、勉強もできない、クラスで笑いをとる人気者でもない、二枚目でもない。そういうやつがいるわけだよ。そいつの困難を考えると、数学できてバカにされて困難です、というのはほんとに困難かよ、って思えちゃうんだよね。

石川 まあ、持てる者の困難、持たざる者の困難、という話になると思うんです。持てる者が困難を持つことはあると思うんですよね。

沢辺 たとえば、王女さまが「自由じゃない、街をぶらつけない」という悩みを持つことがあるかもしれないけれど、俺は「それはお前、贅沢な悩みだろ〜」って思っちゃうんだ(笑)。これは妥当性欠いてる? それとも等しく同じ?

石川 等しく同じだと思います。

沢辺 ああ、等しく同じかも。ただ、俺の美意識から言うと、王女さまが自分から困難を語るな、という点に重きがあるかな。「数学ができる」といういい条件をもっている人が、自分から困難だと言っちゃいけないでしょ、っていうかさ。

石川 沢辺さんの言いたい美意識はよくわかります。でも、明らかにへこんだ持たざる者、社会的な条件のよくない者しか困難を言ってはいけない、となるとちょっとちがうんじゃないかと思うんですよね。もちろん沢辺さんはそういうことを言っているわけじゃなくて、持っている者、ふくらんでいる者が自分から苦しみを言うのはかっこわるい、と美意識の問題を言っている。でも、「明らかに持たざる者、へこんだ者しか困難を言っちゃダメだ!」となると、考えるゲームに入場制限をつけちゃっている感じがするんです。だから、こういう考えるゲームでは、苦しいことは等しく言っていいと思うんですよね。それに、もしかして、持たざる者の困難さと持てる者の困難さは、事実としてはまったくちがうものでも、かたちとしては同じもの、どこか共通するものがあるのかもしれない。その可能性があるとぼくは思っているから、困難の入場制限はしないほうがいいと思うんです。

「学校が終わったら毎日塾に行って終電(11時ぐらい)に帰る、というようなことをしていました」

水野くんは、大学に進学するまで、牛や鳥を飼って農業をやっているおじいさん、おばあさんといっしょに住んでいた。小学生の頃は、おじいさんのお手伝いで牛の世話もしていた。お父さん、お母さんはともに教職に携わっている。男三人兄弟の次男で兄と弟がいる。すべて理系。ここでは中学生までの水野くんの様子が語られる。

石川 漠然とした質問だけど(笑)、どんなふうに育てられたの?

水野 漠然としてますね(笑)。とにかく過保護でしたね。とにかくお母さんがものすごく子育てに一生懸命なんですよ。非常勤の先生をしながら、塾の送り迎え、習い事の送り迎えと、とにかく一生懸命育ててくれたんです。

石川 お兄さん弟もみんなそう育てられたの?

水野 そうですね。

沢辺 ちなみに、塾はいつから?

水野 公文を五歳ぐらいからやっていました。なんとかいい環境を、ということで、習い事もやらせていただいていました(笑)。剣道、習字、そろばん、英語塾など。

沢辺 じゃあ、教育費かなりかかっているね?(笑)

水野 ほんとにひどく大変だったと思います(笑)。比較的勉強ができた事もあって、ぼくとお兄ちゃんはちょっと大きい町の塾に行かせていただいてたんですけど、そんなに勉強が好きではなかった弟は地元の塾に行きました。

沢辺 そういう意味では原理的なスパルタお母さんではないんだね。

水野 すごいやさしい、やさしいと言うか、ぼくから言わせたら、倫理的にも教育的にも神様のような人だと思っています(笑)。

石川 お父さんは?

水野 父は働いて外に出ていましたけれど、はやく帰った日には料理をつくってくれたりして、家庭的にはほんとにめぐまれていると思います(笑)。

石川 兄弟は誰もグレなかったの?

水野 言っちゃえば、ぼくが、高校のときダンスをはじめて(笑)。田舎では駅前で踊っているだけで変な目で見られることもあるので(笑)。

石川 夜遊びもしていた?

水野 そうですね(笑)。クラブにも行ってたんで。

石川 高校はどういう高校でしたか?

水野 県内の某高校です。

石川 電車の塾の広告で「何人合格しました」と書いてある学校だ。じゃあ、受験大変だったんだね〜。

水野 そうですね。かなり勉強をやりました。学校が終わったら毎日塾に行って終電(11時ぐらい)に帰る、というようなことをしていました。その塾には、ものすごく勉強ができて、はっちゃけた友だちがいて塾に行くのは楽しかったです。頭いい子たちに刺激をうけて、勉強が好きになって、数学が好きになりました。小学生の頃は、算数にはぜんぜん興味がなく、縄跳び、一輪車など運動が好きでした。

沢辺 じゃあ、塾の仲間は、勉強ができるだけじゃなくて、バンドとかでも、知ってる人は知ってる、アンダーグラウンドなものを聴いてて、そんなことをお互い話したりする、ちょっととんがった仲間だったんだ?

水野 あっ、いや、塾の子たちは普通のいい子たちで「高校に行ったらなにをする?」と話し合えるような仲間でした。むしろ、ぼくの通っていた中学が全体的に子供っぽかったので。

沢辺 そういう中学のまわりの子が物足りなかったと?

水野 いや、そうでもなく、ぼくも中学でふざけてました。ただ、塾へ行って普通に将来のことを話せる仲間がいる、と初めて知った感じです。実際、塾ではなく学校では、ただみんなと一緒に騒いでいるだけで、友達という友達はいなかったです。

石川 学校では、さっき言っていたまわりとの価値観の齟齬はあったの?

水野 市の授業でオーストラリアでホームステイさせてもらえる機会があったんですけど、ぼくはそれに興味があったのに、みんなそういうのに全く興味をもたなかったり。それから、思いっきり下品な話になりますけど(笑)、教室でAV流したり、下半身裸になったり、とか、そんな誰もやんないようなことをやってたのがぼくです。

石川 えっ? 水野くんが?

沢辺 おれは、その感じけっこうわかるな。みんながよしとすることに無関心で、逆に、ことさら過激なこと、人が嫌がることをしたりすることが同居しているのはあるな。それでいて、塾ではまじめに将来のことを話している、というのもわかるよ。

水野 塾ではふざけていませんでしたね(笑)。中学では「こいつバカだ」と思われるようなことをしていました。

石川 おれを笑っている「お前らバカだ」みたいなことはなかった?

水野 それはなかったです。ただ楽しかったです(笑)。

「その人はすごい人で、ヒップホップカルチャーを日本に広めた人の一人なんです」

高校の話から、話題はもう一度ダンスへ。ダンスとの出会いから、「ヒップホップカルチャー」の「カルチャー」という言い方をめぐる議論へ。

石川 それで、高校ではどうだったの?

水野 田舎者でした。東京から来た学生も多いし、クラスの三分の一は帰国子女とかで。

石川 シャレてるね〜。

水野 そうです。そんな中で中学で下半身出していたようなぼくは田舎者で(笑)。

沢辺 そういう意味では水野くんが行っていた中学は、荒れてた、というか、へんな中学? 社会的な乱れで言えば、暴力、ゲームなどの遊びすぎ、セックス、が一般的な乱れだと言えるけれど、そのあたりは学校ではどうだった?

水野 暴力はまったくなかったです。初体験率も恐らく低かったです。みんな比較的精神年齢が低かったので。でも、卒業してから出会い系をやっている子はいましたね。

沢辺 教育熱心なお母さんがよくそういうところに行かせたね。

水野 近くに学校がなかったもので(笑)。

沢辺 それで、中学は何部だったの?

水野 剣道部でした。剣道部には高校でも入りましたが、ダンスを初めてからやめました。

石川 そのダンスをはじめたあたりから、さっきちょっと言ってた夜遊びもはじまったんでしょ?

水野 でも実際は、かなりまじめな気持ちでしたね。色んなダンサーから刺激を受けたいというのが目的でした。

沢辺 ナンパはしなかったの?

水野 ナンパは全くしなかったですね(笑)。酒は飲みましたけど。クラブと言っても色んな人が出会うパーティーではなく、ダンサーがお互い踊り合って、楽しむといったイベントだったので。

沢辺 セッションだよね。

水野 そうですね。

石川 ふだん、町で大きなガラスのあるところで踊っている人を見かけるけど、ああいうことはやった?

水野 一生懸命やっていました。駅で練習したり、師匠のやっているダンススクールに行ったり。

石川 師匠というとどういう人?

水野 高校の同級生を介して知りあった方なんですけど、その人はすごい人で、ヒップホップカルチャーを世界に広めたクルーの一人だったんです。その日本支部みたいなのに所属してた人で、その人にダンスを教えてもらったのをきっかけに、イベントに遊びに行くようになったり、色んなダンサーの方々とも知り合いになりました。

沢辺 いま「ヒップホップカルチャー」って言っていたけど、「ヒップホップ」というと、アメリカの貧乏な黒人のもので、「カルチャー」という立派な言葉よりも「金を稼ぐための道具」とか「ビッグになる」とか「貧困のうさばらし」とかと結びついているような感じがする。あくまで俺の受け止めだけど、それを「カルチャー」って、日本でしか言ってねぇんじゃないの? そういう気がする。本場では、「不良性」とか「縄張り」とか「チーム」とか、そういうものにヒップホップは結びついているんじゃないかな?

水野 ほんとにそうなんですね。ヒップホップは貧困層の人たちがレコードをこすりあって、ハッパやって、酔っ払って、「やってやろうぜ」という勢いで始まったものらしいので。アフリカ・バンバータというスラムのカリスマが「縄張り争いとか、いろいろ抗争があるけれど、暴力ではなく、ダンスで決着つけよう」と提案したんです。そこからダンスでバトルというのがはじまったんです。そこには「絶対相手の体にさわっちゃだめ」、「さわったら即負け」というルールがあるんです。スラムの方たちの日常からはじまったのがヒップホップなんです。

沢辺 そういうのを根拠として考えると、そこに過剰に「カルチャー」をつけるのはかえってダサくないか? という気持ちがあるんだ。こう言い方も古いかもしれないけれど。もちろん、彼らには敬意を表するよ。新しいルールをつくることはとても大変なんだ。話がずれてしまうかもしれないけれど、今でも東京都の漫画の規制をめぐって、漫画家たちは反対している。けれど、反対はするけれどルールひとつつくれない。そういう意味で、「殴るのはやめようよ」という新しいルールをつくりだした彼らはそれはそれでものすごいことをしたと思う。けれど、それを日本にもってきて、「カルチャー」と言ってるのはなんか違和感があるんだな〜。これはダサくて例として適切じゃないけど、たとえば日本でも「仲間を大切にしよう」とか、そういう新しいルールを生み出せればすごいと思う。でも、日本のヒップホップは生み出せていないんじゃないかな? それを「カルチャー」という言葉で過剰に大きくするのは、違和感あるよ。俺は。

水野 それはそのとおりだと思います。でも、そういう人ばかりでないと思います。

沢辺 でも、たとえば、さっき、ストリートカルチャーは局所的で、「なになに線のなになに駅は、そこの駅独自のダンスがある」みたいな話があったけど、それって、「その駅にはその駅の流儀がある」ってことだと思うんだ。でも、それって、「なになに流はこの流儀」といった、昔からある日本的な家元制にヒップホップをかぶせているようなもんだと思うんだ。俺はもちろん、家元制には家元制のいいところもわるいところもあると思っているんだけど、「なになに駅の流儀」っていうのは、みずから新しいルールを生み出すことに力点を置いた言い方ではなくて、そこにすでにある流儀や権威にのっかってるだけなんじゃないかな? ベースにある古臭いルールを若いやつらがありがたがっていいのかよ、と俺は思うね。いまのお笑いも同じで、あいかわらず、古臭い先輩後輩のルールをありがたがっている。

水野 たとえば、秋田とか熊本とかから、ドカーンとくるショックが東京のほうに来ることがあるんですよ。秋田からあるグループがやってきて、東京で昔から築きあげられてきたものに衝撃を与えるんです。ぼくはそういう方がいいんですよ。今までにあったかっこよさを目指して、というのもいいですけど、クリエイティブすぎて「なんだこれは!」というのが好きなんです。すでにあるものと新しい価値観がどう作用し合っていくかというのに興味あるんです。

「ぼくはダンサーのなかではおしゃべりです(笑)」

水野くんはダンスについて語る。でもその語りのなかにあるものとはなにか。話は「ヒップホップカルチャー」から「文化」や「社会」というものを水野くんがどう受けとめているかについて進む。

石川 そうか、うーん、観点が変わってしまうかと思うので、こう言うのもあれだけど、水野くんの仲間は、ヒップホップとはなにか? みたいな議論してるんだね。

水野 そうですね。「自分の立ち位置を考える」というのと「周りの人はなにを考えているかを知る」という意味で、ぼくはそういう話をするのが好きです。

沢辺 ダンスするのも話すほうも好き、という感じかな?

水野 あまり比べることもできないと思いますが、ぼくはダンサーのなかではおしゃべりです(笑)。

沢辺 若いやつはなにも考えていない、とか、適当に生きている、という言われ方をすることが多いけれど、たとえば、水野くんたちのヒップホップのように、ちがうことで大いに語っているような気がするわけよ。ただ、これはおれの偏見かもしれないけれど、おれの言い方からすれば、それはいままでのことを拒否してヒップホップに逃げ込んでいるわけよ。

石川 いままでのことを拒否して?

沢辺 たとえば、どうやって生きていくか、とか。そういうことは話さないで、ただ、線を引いているだけのように感じる。繰り返し、ニューカルチャー、カウンターカルチャーなどは起こっているし、それに、いまはそれが細分化されている。けれど、そこでやっていることはむかしと同じだと思う。「俺たちのこれはお前たちのこれとはちがう」という線をただ引くだけ。その線を引いた自分たち自身のあり方を問うたり、新しいルールを生み出したりはしない。
たとえば、水野くんの知らないむかしの例しか思いつかないけれど、むかし、全共闘の時代に、前衛演劇というのがあったんだ。それは、「既存のものをぶちこわす!」と言ってはじまったんだけど、その後、いま残っているその劇団は家元制みたいになっている。絶対服従みたいになってる。むかしの興行師の世界みたいになっている。これはくり返し同じ。「ケンカはやめようぜ」といった新たなルールはまったくつくっていない。
水野くんが話したことをもとに言うんだけど、アメリカの黒人は、その前、つまり、「同じ黒人同士で殺しあうのはもういやだ」ということを踏まえた上での新しいルールになってる。けれども、日本の場合は、前のベースになるルール、家元制というか封建制というか絶対服従みたいなことはもういやだ、という感覚からスタートしたくせに、じっさいは、新しいルールも生み出せずに、前の段階に逆戻り。だから、前の段階をしっかり検証していないんじゃないか? 前の段階の問題が踏まえてないじゃん。

石川 それは、さいしょに話した、アンチとしてのストリートという話に重なりますね。一見すごく新しいものに見えるけれど、ただ、昔のアンチを繰り返しているだけで、じっさいその内部では古臭いルールが残っている、という話だと思います。自分たちのアンチのあり方はせせこましいんじゃないかという検証も必要だし、同時に、新しいルールを生み出せているかどうか、「既存のものをぶち壊す!」と言っている裏で局所でまとまってあい変わらず封建制みたいなルールでやってるとしたら、それはやめたほうがいい。だから、ある意味で、「ほんもの性」をアンチや自分を守ることに置くんじゃなくて、より多くの人に開いて、新しいものをつくりだすほうに向ける、というのが重要だと思います。
けれども、水野くんのこれまでの話っぷりでぼくが逆に面白いと思ったこともあります。ぼくの感想で言えば、「こんな熱いこと話してるとは思わなかった」です。ぼくはむしろ、「ダンスは趣味でいいじゃん、たのしければいいじゃん」とクールな受け止めをしていると思っていたんです。

沢辺 ネガ、ポジじゃないかな。それはひとつの状態が沈黙かおしゃべりに向いているのではないかと思うね。たとえば、これまでインタヴューしてきた子たちのなかには、「ひとそれぞれ」でいいんじゃないですか、とクールに受けとめていた子もいる。一方で、水野くんみたいな人もいる。じつは、この二つは一セットで、この両方を見てはじめて、「希望あるじゃん」と思える。

石川 わかります。「ほんもの」は「ない」として「ひとそれぞれ」でクールになるか、ちょっとアンチ気味であっても「ほんもの」は「ある」として、それはこうなんだ、ああなんだ、とわーっとおしゃべりする。でも、この二つはほんとうはセットなんだ、ということですね。ぼくはまだ詳しくは展開できないけれど、この二つの思いにお互い妥当なところを見つけるのがいまの時代の希望なんだ、ということははっきりわかります。ところで、おしゃべりの話が出たので、水野くんの「カルチャー」っていう言い方もすごく熱くて輝いている理想の感じがするのだけれど。

沢辺 水野くんは、社会とか文化という言葉って好き?

水野 大好きです。

沢辺 そういうのは水野くんの国語辞典的にはどうなるの?

水野 ぼくの中でのカルチャーというのは、少し抽象的で「インプット」と「アウトプット」、そして人の「価値観」で説明できるものと思っています。なにかしら自分の持っている「価値観」を通じて物事から魅力や刺激を感じて、それを自分の中で表現に変えてアウトプットしていく。このアウトプットされたものが、また人に影響を与えていく。その影響を受けた人がまたアウトプットして、といった具合に、文化というものは人の価値観を媒体にわーっと広がるものだと思います。

石川 社会は?

水野 社会というのは文化の上の共通の基盤で、文化の上に一律のばしっとした「ルール」が定められたものと捉えています。

石川 いまそう聞いて、水野くんの気持ちのレベルで、そうなんじゃないかな、と思うことを言うんだけど、ぼくの印象で言うと、水野くんの言っていることって、カルチャーって言いたい、社会って言いたい、そんな感じがするんだ。言葉だけが先に行っているような感じがして。だって、その文化や社会って、そのなかで生きている人間が苦しんだり試行錯誤、押したり引いたりしていると思うんだ。水野くんの説明だとその部分がなくなって、やはり抽象的な気がする。でも、文化とか社会という言葉って好きなんだよね?

水野 それこそ、大好きです! 社会やルールというのは人間が活動するうえでの基盤じゃないですか?

沢辺 基盤だという社会の説明は妥当性を欠いているような気がするな。

水野 あー、そうですか。

沢辺 基盤というのは社会の効果の一例で、俺の社会の定義は、生きていくために、それを構成している人たちがつくっているルールのある状態。その状態が成立していることで、基盤になり得ているんだと思う。
ただ、水野くんの社会は「基盤」とする意見で興味深かったのは、社会というタームの意味あいが変わってきた、ということなんだ。以前は、ルールを決めるのに参加するのは少数だった。だから、社会というのは「誰かに決められたルール」とよく考えてられていた。けれども、いまはふつうのひともなんらかのかたちでルールの決定に参加できている。社会には参加できている。だから、これからの社会の定義は、「いまこそはおれも、影響できるんだ」という自分の影響権をはっきりみとめるものでなくてはならない。
水野くんの「基盤」というのはそのための過渡期的な定義だと思う。社会というのは「誰かに与えられた」の、その「誰か」はなくなって、とにかく「自分に与えられたもの」として「基盤」となった。たしかに社会というのは与えられるのだけれど、同時に、あるときは自分が決めて影響を与えることができる。だから、社会は「基盤」であるだけではなく、自分の影響を行使する相手でもある。この影響権もいっしょに考えなくてはならないと思うんだ。
社会というタームの内容は、いま、「誰かに与えられた自分とは無関係のもの」から、自分にとっての「基盤」にまできている。このタームの揺れはだんだんと自分の側に振れてくると思うんだ。そうなると、社会というタームがはじめて、自分にとってルールの束として与えられる基盤でありつつ、かつ、自分が変えて新しいルールを生み出すものとして受けとめられるものになると思うんだ。

「ぼく下ネタばかりです(笑)」

水野くんの恋愛事情を聞く。聞いていくうちに、話の組み立て方、言葉づかい、論理の話に。

石川 大学の四年間はどんな生活でしたか?

沢辺 ナンパにあけくれた?

水野 ただダンスにあけくれていました。ぼくはそもそもがモテないんですよ(笑)。

石川 失恋ばっか?

水野 あるダンサーの子が好きになっちゃって、ふられて。そのときは三ヶ月ぐらいかなり落ち込みました。

沢辺 人のこと言えないんだけど、いわゆる二枚目じゃないよね(笑)。それに、とりあえず、話面白い? だって、ヒップホップのカルチャーがなんとか、とかさ(笑)。

水野 (笑)いえいえ、そういうまじめな話、ヒップホップの話はいつもはしません。

石川 じゃあ、ふだん女の子とどんな話をしてるの?

水野 下ネタとか(笑)。ぼく下ネタばかりです(笑)。そっちの方面でふざけているんですね(笑)。

石川 えっ、いきなり下ネタ(笑)!

沢辺 じゃあ、エロ話系で面白い話ない?

水野 女友達が「地方にセフレ(セックスフレンド)に会いに行く」と言いだして、昨日までそれに同伴してきたんです。女友達は着いたらすぐにそのセフレと合流してしまったので、僕はその近所に住んでる知り合いの方に「ちょっとこういう事情で、今一人なんですけど」と連絡して、みんなで集まって飲んでもらったんです。そしたら、そのメンツの中に30歳ぐらいの方がいて、「最近、60歳ぐらいの年配の方とセックスした」という話をし始めまして。

沢辺 その30歳は男性なの?

水野 そうですね。その方の話では、相手の女性は変態で、日常的に犬を使ったプレイをしているらしいんです。だから、その方は犬と穴兄弟なんです(笑)。そのあと、一緒に来た女友達が帰って来たので合流したんですが、「風俗体験したい」って言い出して、みんなで一緒におっぱいパブに行ったんです。

沢辺 女が?

水野 はい。

沢辺 (笑)へんな女だね〜。

水野 で、おっぱいパブでは僕にかなり太った女の子が付いたんですけど、そこでさっきの男性が「おれぐらいになると、あんまりな子が出てきたら、逆にその子の人生で一番優しい男を演じるような楽しみ方をするんだ」と言っていたのを思い出して、その子に対して恋人みたいに優しく接したんです。そしたら喜んでくれて、普通は触らせてくれないような所まで触らせてくれたりして。で、僕のそういう様子を女友達が横で見て爆笑している(笑)。そんなことが昨日ありました。
これ面白いか?と言われたらインタビュー的には面白くないと思いますけど(笑)。

沢辺 あー。十分面白いとは思うんだけど、あのね、今、俺が感じたのは話の構成がそんなにうまくない(真剣に指摘)。

水野 (爆笑)

沢辺 構成によってはいくらでも面白くなると思うんだけれど、「えっ! それでそれで!」と思わせるように話をもっていく能力に欠けている。ちょっと算数やりすぎたかな(笑)。

水野 (笑)

沢辺 長くなって、とんとんとんと行かなくなるわけですよ。

石川 うん。あっち行ったり、こっち行ったりして、また話が戻ったりすると聞く側としてはなえちゃうんだな(笑)。

水野 気をつけます(笑)! ほんとにそのとおり(笑)!

沢辺 シミュレーションなんだよ。相手がどう思うか、そのシミュレーションをやるんだよ。これ積み重ねると話の構成がはやくなるんだよ。そういうことする?

水野 いまのは完全にしてなかったです。

沢辺 たとえば、むかしだったらデートのときに、前日寝る前に布団のなかで、その子に話している気分で、自分のなかで話をするんだよ。そうすると脚本ができて、ネタが何本かできるんだよ。俺も若い頃、この話ネタに使えるなと思ったら帰りの電車のなかでシミュレーションとかしたもん。

水野 まさか、インタヴューでこんな話をするとは思わなかったもので(笑)。

石川 でも、いま話してくれたこと、そもそもなんでその子について行っちゃったの(笑)? 聞き手としては、そこがさいしょから気になっちゃって、話にもう入れないというか(笑)。だって、自分で新幹線代出したんでしょ?

水野 ぼくはその女友達の事は特に「恋愛的に好き」な訳じゃないんですが、たんに前に約束してたんですよ(笑)。

石川 で、いま彼女は?

水野 去年の末に別れまして。大学時代からつきあっていた相手です。

石川 なにか原因があったの? 風俗に行っていたことがバレたとか(笑)?

水野 いえ。もうすでにお互いが疎遠になっていまして。別れたときは二ヶ月に一回ぐらいしか会ってなかったんですよ。去年彼女が就職しだしたころからぼくへの尊敬がなくなっちゃった様に感じて。それに対してぼく自身もガキだなと思いつつ、それにスネちゃって。尊敬されなくなっちゃうとつらいというのはありましたね。

石川 その彼女とはデートはどこかに行ったりしたの?

水野 彼女が「みんなが行ってるようなデートスポットに行きたい」と言うと、連れてってあげる、という感じでしたね。

沢辺 だいたい「連れてってあげる」というのが生意気だよ(笑)。本質的にはイーヴンであるはずなのに。ましてや、相手はもう就職しているわけだろ。それ認識ちがうだろ(笑)!

水野 「連れてってあげる」という気分はなかったんですけど。

沢辺 さっきの社会を「基盤」としてとらえる話じゃないけれど、言葉の使い方にその人の思想、意識といったものは現れる気がするんですよね。

石川 そのあたりを水野くんの論理学でやるんだと思うんだけど?

水野 それは難しいですね。

石川 えっ、そういう言葉の使い方って感性の論理化だと思うんだけど?

水野 そうですね(笑)。

沢辺 それが論理学なんじゃない? だって、言葉の使い方にその人の思想が現われるだけじゃなくて、言葉の使い方に自分がはまってしまうということだってあると思うよ。だから、言葉の使い方というのは俺、すごく気になるもん。たとえば、俺、うちのスタッフと飯食いに行って、会社の経費で食事するとき、「今日は会社もちにしようぜ」って言うようにしてるんだ。これは社長である「俺もち」じゃなくて、法人である「会社もち」。みんな俺に「沢辺さんありがとうございました」って言うけれど、ほんとうは俺を含めて法人として「ポットさんありがとうございました」なんだ。で、どうして「会社もちにしようぜ」と言うかというと、経費で飲み食いしているくせに、おれ個人が払っているような錯覚を起こすのがイヤだから。それって法人イコール俺にするのがいやだから。会社の責任を俺個人の責任にしてもらっては困るというのがあるんだ。だって、やだよ、過剰な責任を負うのは。ぜひ、このあたり、言葉づかいに人間ははめられていくのか? 無関係なのか? それを数学、論理学で解き明かしていってほしいな。

水野 いいテーマをありがとうございました(笑)。

「システムをやりたかったんです。基盤に興味があって」

水野くんの携帯はスマートフォン。mixi、Twitter、Facebook、この三つをやっている。Facebookでは、ラオスとかシンガポールにいる友だち(日本人)とも交流。この春から、システムエンジニアとして働きはじめる水野くん。働きながら、年に百万円ほど借りていた奨学金を返していく。そんな水野くんに、今後や仕事に関する考え方を聞いた。

沢辺 これからどうすんの?

水野 システムエンジニアとして働く予定です。

沢辺 もともとそれやりたかったの?

水野 システムをやりたかったんです。基盤に興味があって。もともと抽象的な意味での(社会の)土台に携われる業界、例えば都市開発事業などにも興味がありました。でも最終的に、自分はやはりコンピューターとか理系的な事に向いていると思って、この会社に就職することを決めました。なるべく大きなお客、例えば国などを相手にできる会社に魅力を感じていました。

石川 ご両親はこの就職に関してはよろこんでくれている?

水野 名前の知られている企業に勤めてほしかったようです。でも親は自分のことを信じてくれているという実感があったのであまり気になりません。

石川 これから仕事をするにあたって不安や期待は?

水野 あんまりイメージをつけたくないので考えないようにしていますが、抽象的な意味で、ストレスとモチベーションのバランスをとっていけるようになりたい、というのはあります。忙しい会社で有名なんで。自分でこのバランスをなんとかできるように鍛えたいと思ってます。

石川 そういえば、水野さんは夢があるタイプ? 夢はなんですか?

水野 あんまり夢という言葉は使いません。非現実的なものという前提で使うイメージがあるので。

石川 大学院に入ったときから就職はしようと決めていたの?

水野 うちはあまりお金がなくて、これ以上経済的にお世話になろうとは思わなくて。ただもう少し研究もしたくて、母親に相談したら、あと二年ならいい、それに大学院に行ったら就職もいいだろうし、と言われたんです。

沢辺 大学院って就職いいの?

石川 理系だと大学院進学は就職に有効に働くみたいですね。

沢辺 でも、たいへんだよな〜。親はな〜。

石川 水野くんのいまの交友関係はどういう人達ですか?

水野 大学院の友人や、ダンス関係、ダンスでつながった仲間たちがやはり多いですね。

石川 合コンとかはない?

水野 ぼくのまわりはインディペンデントでオープンな人が多いので、知らない女の子と会う機会が元から多いといえば多いんです。もちろんみんなで飲んだりもして、それを合コンと言うかどうかはわからないですけど。

石川 そういえば、「インディペンデント」、「オープン」、「カルチャー」、「インプット」、「アウトプット」と、水野くんは、カタカナというか英語をよく使うけれど、水野くんの交流するまわりのみんなはそういう言葉づかいをするの?

水野 研究関係とかダンス関係の人と関わる機会が多いので、やはりそうなっているんだと思います。研究では英語で論文を書いたり読んだりするし、数学用語も英語のほうがイメージが浮かびやすいんです。

石川 今日はいろいろ突っ込まれたこともあったかと思うけれど、たくさん話題になった、言葉の使い方、話の組み立て方って、考えてみれば、水野くんがずっと追いかけてきた論理ということとつながっていると思います。だから、水野くんらしい話が聞けたと思います。それに、ぼくは最初、「システム的に言えば、これはああですこうです」ってどんな理路整然とした方、どんなエリートが来るかと思って身構えていたところがあったけれど、水野くんは下ネタなんかもいい意味で隙になって、それに、ぜんぜんリア充じゃないし(笑)、とても話やすかったです。

水野 ぼくも、色々ためになるダメ出しをどうもありがとうございました。

石川 いや、こちらこそ。いいお話をありがとうございました。

◎石川メモ

自分は哲学者です

 水野くんは、自分のやっているダンスの意味をどう言ったらいいか、すごく真剣に考えて迷いながらそれを言葉にする。そこの率直な語りがすごくいい。そんな語りのなかで、水野くんが「自分はダンサーです」と言うことには、とてもリアリティがある。
 じつは、これがいま文化ゲームをめぐって起こっている状況なんだと思う。沢辺さんが指摘しているけれど、アマ/プロ、趣味でやってるひと/それで食っているひと、という垣根はどんどんなくなってくるはず。文化はもう一部のスタアが独占するものではなくなってきている。
 だから、たとえば、ストリートのパフォーマンスとエンターテイメント、水野くんたちの仲間とEXILEが「なだらかにつながっている」。そこに参加するみんながダンスという文化ゲームの一員になる。みんなが「ダンサー」だ。
 ぼくには「自分は哲学者です」と言うことにはずかしさがある。水野くんとの話を通じて、こういうはずかしさを改めていかなくちゃならないな、と思った。というのも、ぼくは「哲学者」という言葉の意味を、「偉そう」で、「堅いしかめつらばかりしている人」で、「人とかかわるのが苦手で勉強ばかりしている人」というイメージのみでとらえていたからだ。
 だから、ぼくは自分を「哲学者」と言いたくなかった。自分はそんな偉そうな人間、世間離れした人間じゃないんだ、と言いたかった。けれども、これって、ある意味で、哲学がそれまでもっている「伝統」や「家元制」に対するぼくのなかのアンチの感情から出ているんじゃないか。そう反省した。
 もちろん、哲学者の偉そうで堅いイメージというのは、大学という制度のなかで独占されていた高度に専門的な文化ゲーム、というこれまでの哲学のイメージからきている。けれども、まわりをよく見てみると、哲学はかなり開かれてきている。大学の外で、一般の人たち、若者、仕事をもった壮年の人、仕事をリタイアした人がどんどん哲学という文化ゲームに参加してきている。
 ぼくはそういう集まりを主宰したり、先生をやったりしているのだけれど、そこで、自分のやっていることが、じつはアマ/プロ、生徒/先生の垣根をなるべくなくすことだ。ただ、考えるという哲学のゲームがあって、そこでみんなで試してよりよい考えをつくりだす。そういうゲームだけがある。ぼくも含めて、そこに参加するみんなが哲学という文化ゲームの一員になっている。ということはみんなが「哲学者」だ。
 こんなふうに言ってくると、なんだかロマンチックな言い方に聞こえるかもしれない。けれども、いま、哲学という文化ゲームもアマ/プロがなだらかにつながっていく過渡期にあるのはたしかだ。ダンスが一部のスタアによって独占される芸能という意味ではなくなってきたように、哲学も一部の学者によって独占されるお堅い学問という意味ではなくなってきている。同じ言葉でも辞書の中身が変わってきている。
 もうじきすぐに、「哲学やっています」と言うことははずかしいことではなくなってくるはず。そう言う人が「自分は哲学者です」と言うようになるかどうかはわからないけれど、少なくともぼくは、考えるゲームに参加しています、という意味で、「自分は哲学者です」とはずかしがらずに言っていきたい。
 もちろん、その開かれたゲームのなかでなお、「プロの哲学者」としてぼくはどうあるべきか。それは今後ぼくが引き受けていくべき課題だけれども。

第8回 生まれ育った町に恩返しができればいちばん──今谷深悟朗さん(20歳・男性・勤務歴2年)

今谷さんは、1990年に埼玉県郊外の人口15万人ほどの市で生まれ、現在も親元で暮らしている。現在20歳。地元の県立普通高校卒業後、地元の消防署に就職。現在勤めて2年目。
本人曰く「田舎者」とのこと。東京都内にはほとんど出たことはない。この日の待ち合わせも、原宿で待ち合わせだったのだけれど、新宿を原宿と間違えていた。
今谷くんは小学校からサッカーをはじめ、中学、高校とサッカー部の体育会系の好青年。インタヴューの途中から、「ぼくは〜」が「自分は〜」になるのがいい感じ。20歳だけど年上と話し慣れた印象。
*2010年12月1日(水) 16時〜インタヴュー実施。

「出勤した朝には、つぎの日の朝にうどんを食べるかどうかを聞きます」

今谷くんは消防署で働いている。なかなか見えない組織のこと、仕事の内容を一日の流れとして丁寧に、率直に語ってくれた。ここはまず午前中の内容。

石川 いま、なにをやっているの?

今谷 消防のほうをやっています。

石川 では職業は「消防士さん」でいい?

今谷 そうですね。それでいいです。

石川 でも、「消防士」さんって、みんな「消防士」さんなのかな? 「一級消防士」とか、「二級消防士」とか、なにか正式な呼び方みたいなのはあるの?

今谷 そうですね。階級みたいなものがあります。全国に一人だけ、東京消防庁に「消防総監」という人がいるんですけど、その人をトップに10の階級があります(10の階級:消防総監、消防司監、消防正監、消防監、消防司令長、消防司令、消防司令補、消防士長、消防副士長、消防士)。ぼくはそのいちばん下の、そのまんま「消防士」です。

石川 へぇ。たくさんの階級があるんだね。はじめて知ったよ。それで、ちょっと細かくなってしまうけど、今谷くんの働いている職場の人数構成を教えてもらえないかな。

今谷 ぼくは、人口15万人ほどの市に住んでいるんですけど、そこには消防署が2つ、分署が6つあります。ぼくはその消防署の一つで働いています。市には消防署と分署をまとめる消防監が1人います。ぼくの署はひと班19名の班が2つあります。それの二つの班が交替で仕事をしています。1つの班は、消防司令長1人、消防司令2人、消防司令補5人、消防士長6人、消防副士長2人、消防士3人になっています。

石川 丁寧にありがとうございます。なんだか初めて聞く話で、仕事の内容も詳しく聞きたくなっちゃうな。

大田 そうですね。出勤の途中で消防署の前を通るんですけど、消防署の前になんだかぼーっと立ってる人がいて、この人なにをしてるんだろう? と思いますね。

今谷 その署によって仕事の内容がちがうので、前に立っているっていうのは、ちょっとよくわかりませんね・・・・・・。

石川 でも、いつも火事があるってわけじゃないから、普段はどういうことをしてるの?

今谷 じゃあ、一日の流れでいいですか?

石川 では、それをお願いします。

今谷 朝8:30に前の日の班との交替があるので、8:00に出勤します。まず朝来たら、その日の夕飯決めをやります。

石川 ということはみんなで夕飯をつくっているの?

今谷 そうです。つくるのは下の階級の消防士たちの仕事です。

石川 じゃあ、今谷くんは料理つくれるんだ。

今谷 いや。できる料理はカレーぐらいです(笑)。署では料理は分業でつくっていて、全部を自分ではつくれません。ぼくは「米研ぎ職人」という名誉ある名前をもらっています(笑)。

石川 メニューは?

今谷 みんなが食べられるようなものをつくります。カレーとか。昨日の夕飯は豚丼でした。その日の夕飯を何にするかは一人ひとり希望を聞いていると決まらなくなってしまうので、自分たち消防士で決めます。それを上の人に「夕飯はカレーです」と言って報告するだけです。それから、出勤した朝には、つぎの日の朝にうどんを食べるかどうかを聞きます。

石川 うどん?

今谷 これはぼくの勤務している消防署だけの決まりなんですけど、朝の交替前にうどんを食べるんです。

大田 消防士さんって一人ひとり机があるんですか?

今谷 そうですね。一つのフロアにみんなの机があります。

石川 そこで、「今夜なんにすべぇ?」、「カレーにすべぇ」とか消防士同士で相談したり、「カレーにしました」と上の人に報告したり、「朝のうどんどうしますか?」と聞くんだ?

今谷 そうですね。それから、必要な買い物とかも聞きます。だいたい昼ごはんは各自でお弁当やカップラーメンなんですけど、それをもってこなかった人はお昼を買うことになるので。それでいろいろ聞いて、夕食の材料や買い物を、いつも配達を頼んでいるスーパーにファックスします。そうすると、だいたい交替の時間の8:30になっています。

石川 交替のときは、整列、時間厳守でビシッとやるんだよね?

今谷 そうですね。時間厳守で「下番」(前日の担当班)、「上番」(本日の担当班)で整列してやります。「本日の勤務員何名!」などの報告をやって交替します。これで下番の仕事は終わり、上番は屈伸などの準備体操を5分ぐらいやって、隊に別れて車両など道具の点検をします。ぼくの班には、警防隊(10人)、救急隊(4人)、救助隊(5人)の三つがあります。警防隊は火消しです。救急隊は急病の人を病院に運びます。救急隊には救急車の運転士と急病の人を病院に運ぶまで手当てをする救急救命士がいます。救助隊は専用の特殊機材使って建物や車の中に閉じ込められた人を助けたりする人です。

石川 ということは、救急救命士さんは病院にいるんじゃなくて消防署にいるんだね。

今谷 そうです。

大田 ということは、救急救命士さんにも消防士長、消防副士長といった階級があるんだ?

今谷 そうですね。

石川 火消しをやってた人が資格を取って救急救命士になるということもあるの?

今谷 そうですね。そっちのほうに行きたいな、と思ったら救急救命士の資格の勉強をする、ということもあります。そのために市がお金を出してくれるんですけど、半年で200〜300万円かかるので、年に2人ぐらいしか資格のための学校には行けません。

石川 ということは、高校を出て、専門学校に行ってあらかじめ救急救命士の資格をとって、それから消防署の救急隊になる人が多い?

今谷 そういう人は今年はじめて3人入ったんですけど、市としては、高いお金を出して火消しを救急隊にするよりも、あらかじめ資格を取って消防に入ってくる人に「はい、お前は資格をもっているんだから救急隊へ」というふうにしたほうがいいんだと思います。でも、救急隊になる人も最初は仕事を覚えるという意味で警防隊に入ります。

石川 ちょっと救急隊の話を聞きすぎてしまったけれど、各隊の設備の点検が終わったらなにをするの?

今谷 点検が終わったら「申し送り」というのをやります。ぼくたちが朝飯のことを相談しているあいだに、上の人は上番から前日どんなことがあったか聞いているので、その情報を聞くのが申し送りです。そのあとはお昼まで、外に車で出て道を覚えたり、水利の点検をします。

石川 水利ってなに?

今谷 消火栓がどこにあるか、その場所が見えにくくなっていないかどうかの点検、どこから水を引くかの確認。そういう火事のとき利用する水の点検や確認のことです。

石川 へぇ。専門用語もいろいろあって面白いね。もちろん、この道は狭くて消防車が入れない、とかも水利といっしょにチェックするんだと思うけど、だいたい、火事を想定したパトロールみたいなものと考えればいいかな?

今谷 そうですね。そう考えてもらえばいいです。

「懸垂は100回ですね」

今谷くんの仕事の話、パート2。ここでは午後から夜まで。

石川 では、お昼からの話をしてもらいたいです。そういえば、お昼はお弁当?

今谷 はい。自分の場合は。

石川 お母さんの?

今谷 はい。

石川 お昼を食べたあとは?

今谷 13:00から16:00まで訓練です。機材の取り扱いを教えてもらったり、機材を使って災害を想定した訓練もやります。

石川 雨の日も訓練?

今谷 雨の日は座学といって、消防法の勉強をやったり、調査の仕方の勉強をやります。

石川 調査というと火元の調査?

今谷 どこから出火したのか、原因はなにか、どのくらいの損害なのか、そういうのを全部調査します。

石川 どこからどこまで消防がやって、どこからは警察がやる、とかそういうことも勉強する?

今谷 火事の場合、基本的には、警察には誘導をやってもらうだけで、あとは消防がやります。

石川 午後は訓練や座学で終わり、という感じ?

今谷 だいたいはその流れです。

石川 それで、17:00から夕食づくりになるんだ。

今谷 そうですね。17:00から18:00まで。

石川 定番メニューは?

今谷 豆腐卵丼ですね。親子丼の肉が豆腐のやつです(笑)。

石川 それ安く済むんじゃない?

今谷 そうですね(笑)。1人200円ぐらいです(笑)。

石川 食事はみんな一緒に食べるの?

今谷 食事はみんな食堂で食べますけど、いただきます、みたいに一斉に食べるのではなく、各自で食べます。でもだいたい10分ぐらいでみんな食べ終わっちゃいます(笑)。片づけはぼくら下の者がやります。片づけが終わったあと少しゆっくりして、20:00から体力錬成です。

石川 体力錬成! なにをやるんですか?

今谷 自分たちの隊は懸垂をひたすらやりますね。「とりあえず懸垂!」みたいな(笑)。

石川 でも、ひたすら懸垂って言ったって、けっこうな年齢の人もいるんじゃない? 

今谷 若い人だけですね(笑)。だいたい消防司令補までで30後半くらいの人が一番上です。

石川 それで、若い衆は懸垂何回やるの?

今谷 懸垂は100回ですね。

石川 100回! でも、20歳ならできるのかな?

大田 できないですよ(笑)。

今谷 でも、ひとつの鉄棒があって、10回やったらつぎの人、とローテーションにして、休みを入れながらみんなで楽しくやってます。

石川 すごいね〜。でも、もちろん、懸垂だけじゃないよね・・・・・・。

今谷 腕立てとか。だいたい腕立ても200回です。そうなるともう腕も疲れちゃって(笑)。でも、みんなで盛り上げてやるから面白いんですけど。

石川 けっこう楽しくやってるんだ。だいたいみんな体育会系出身の人?

今谷 そうですね。それで腕立てが終わったら、スクワットとか。ここまでは屋外なんですけど、その後は、屋内の機材のある部屋でベンチプレスや腹筋とか。

石川 けっこうやってるね〜(笑)。いつまでやってるの?

今谷 だいたい22:30ぐらいで終わりになって、あとは上の人から順番に風呂に入ります。風呂が一つしかなくて。最近は寒いんで上の人が風呂が長いんですよ(笑)。自分なんて昨日は風呂に入ったのが0:00で。

石川 そうか、今谷くんは下っ端だから風呂に入るのも最後のほうなんだ。

今谷 そうなんですよ。

石川 じゃあ、もう今谷くんが入るときは風呂はドロドロ?

今谷 そうです。もうお湯には入りません。だからシャワーだけです。

石川 寒いね〜。

今谷 寒いです(笑)。

石川 もちろん、風呂に入ったあとでも、消防士としての今谷くんの一日はまだ続くわけだよね?

今谷 そうですね。風呂に入ったあとは、みんな勉強したり、次の日の申し送りの準備をしたりして、でも、だいたい0:00ぐらいから寝はじめます。

石川 あっ、眠れるんだ!

今谷 6:00が起床時間なんですけど、それまで1人の当番以外は眠れます。上の人は当番もないので、ほとんど家にいるのと同じ生活です(笑)。

石川 では、当番のことを教えてください。

今谷 かならず1人は起きているようにして、その日の当直の一番上の人を除いたみんなが0:00から6:00まで1時間ごとに交替します。だから、0:00〜1:00までとか、5:00〜6:00までの当番になれば楽なんですけど。

石川 3:00〜4:00の当番になると大変だよね。

今谷 そうです。まとまった睡眠時間がないので大変です。

石川 それで、仮眠をとりながら1時間の当番をやって朝になる、と。

今谷 6:00起床で、6:30からぼくら下の者はうどんづくりです。上の人はこの時間に掃除をやってくれています。

石川 うどんはどんな?

今谷 油揚げとか玉ねぎとか具の入ったものです。うどんを食べ終わるとまた精算します。そうすると、つぎの日の班の人がやってきて。朝の仕事はだいたいうどんづくりですね。これで一日の仕事が終わります。もちろん、災害が起これば全然ちがってきちゃいますけど。

「遠くに行きたくない。職場も自分の生れた市なので、もう外に出ることはないかと(笑)」

今谷くんの休日はパチンコ(あとで、パチンコばっかりやってるわけではない、とわかるのだけれど)。地元を愛する青年、今谷くんは市の消防署に勤めていることに満足。地元で塗装業を営む父、昨年まで保育園に勤めていた母、この春から小学校の先生になる姉、パソコン好きで陸上選手の弟と暮らしている。近所にはときどきお小遣いをくれるばあちゃんもいる。

石川 一日の仕事について聞いたけど、週はどれくらいのシフトになっているの?

今谷 自分たちは7日の普通のサイクルではありません。8日でひとつのサイクル、“仕事→休み→仕事→休み→仕事→休み→休み→休み”を1サイクルで考えています。

石川 休みの日はなにしてるの?

今谷 ギャンブルです(笑)。

石川 ギャンブルっていうとなに?

今谷 基本はパチンコです。最近はスロットを教えてもらってますけど。消防の人は休みが多いのでけっこうやってる人多いですよ。

石川 じゃあ、休みの日にパチンコ屋で同僚に会っちゃうことあるんだ。

今谷 ありますね〜(笑)。

石川 8:30に仕事が終わるから、そのまま朝パチンコ屋に並んじゃうとか?

今谷 そういうこともありますね(笑)。

石川 一日中パチンコやるとしたら、だいたい二日に一日はパチンコ屋にいることになっちゃうけど?

今谷 でも、お金も続かないので、家に閉じこもってゲームやったりとか、お金を使わない過ごし方を考えています。

石川 じゃあ、月いくら給料はもらってるの?

今谷 それはあまり言いたくないです(笑)。

石川 じゃあ、どうやって聞き出そうかな〜(笑)。

今谷 ここ(ポット出版)っていくらぐらいの家賃ですか?

大田 30万円ぐらいだと思うけど。

今谷 それだとぼくは2ヶ月働かないと家賃払うの無理ですね〜(笑)。

石川 今谷くんやさしいね(笑)。じゃあ、月15万円として(笑)。

今谷 給料少ないんですよ(笑)。土日に出勤しても手当てもなくて。手当てがあるのは祝日出勤のみです。だから、祝日のない八月とかは苦しいです。

大田 そのうち自分の自由に使えるお金は?

今谷 2、3万です。

石川 えっ、親と暮らしているのにそれだけしか自分で使えないの?

今谷 月に親に1万、自分の車のローンに3万、あとは自分で入った生命保険に1万、年金に1万、あとガソリン代、携帯代、食費で。

大田 携帯代は月にいくらぐらい払っているの?

今谷 携帯は月1万ぐらいです。仕事が入るんで通話が多いかと思い、ちょっと高い定額サービスに入っています。

石川 まだ、あとなんか払っているお金ない?

今谷 あと、保険屋に頼んで、給料入った時点で3万ぐらい貯蓄にまわすのをやってます。給料そのままもらうと使っちゃうんで(笑)。

石川 それで、趣味はパチンコだけ? 車は好き?

今谷 マツダのCX-7に乗ってます。一目ぼれで買ってしまいました(笑)。ローンは3年です。

石川 いじりたい?

今谷 いじりたいけど金がないのでどうにもならないです。

石川 じゃあ、やっぱり、いまのめりこんでるのはパチンコ?

今谷 新人は半年間消防学校に行くんですけど、そこは寮生活なので、その前に「パチンコに飽きるまでやってやるぞ!」と思ってやり続けたら、逆に、どんどんのめりこんじゃって(笑)。

石川 やっぱ好きな機種とかあるの?

今谷 北斗の拳です。

大田 マンガのほうは?

今谷 パチンコをやってから読みました。マンガもいいですね。

石川 ゲームはやるの?

今谷 ウイイレ(サッカーゲーム、ウイニングイレヴン)ですね。ぜんぜん飽きませんね。

石川 じゃあ、高校時代は部活やってウイイレやって、という毎日で・・・・・・。

今谷 で、高校の終わりぐらいにパチンコ覚えちゃって(笑)。

石川 ほんとパチンコ好きだね〜(笑)。その他に趣味をもつ予定は?

今谷 職場にスノボが好きな人がいるので、今度休みの日を合わせて連れていってもらいます。

石川 そうするとまたお金がいるよね?

今谷 あとは、ばあちゃんのところで収入を得ています(笑)。近くにばあちゃんの家があって、わざわざそこに自分の車を洗車に行くんです。そうすると「よく来たね」みたいな感じで5000円くれるんです(笑)。だいたい2週間に一度は行くようにしています(笑)。

石川 ばあちゃんの家の車も洗車してあげるの?

今谷 いえ、自分の車だけです(笑)。

石川 えーっ(笑)。そりゃわるいよ(笑)。で、ばあちゃんの家も近いということだけど、今谷くんはずっと自分の生れた町で家族と一緒に住んでるの?

今谷 そうですね。ずっと自分の生れた町を出ていない、というか。小学校、中学校、高校とずっと自分の生れた市です。小、中は市立、高校は県立の学校です。高校は普通科です。小学校からずっとサッカーをやっていて、高校はサッカーの強いところに行こうかと思ったんですけど、自分にはそんな実力はないと思って。それで、自転車で5分の家から近い高校にしました。

石川 ということは今谷くんは地元好き?

今谷 そうです。遠くに行きたくない。職場も自分の生れた市なので、もう外に出ることはないかと(笑)。

石川 そういえば、兄弟はいる?

今谷 上に22歳の姉がいます。来年から小学校の先生になります。姉は頭がよかったです。あと、下に17歳の高校生の弟もいます。弟は、家から200メートルの商業高校に行っています。自分と同じめんどくさがり屋なんで(笑)。弟はパソコンが好きで、DVDのプロテクトをはずせたりします。ゲームも好きで、自分も一緒に遊んだりします。こう言うと弟はオタクみたいなんですけど、地元で鳴らした陸上選手です。だから、勉強は姉に取られて、運動は弟に取られました(笑)。弟に「姉ちゃんは県の公務員、兄は市の公務員、お前は国家公務員だ!」なんて言ってプレッシャーをかけられてるんですけど、まったく勉強しないです(笑)。危機感がないです(笑)。

石川 それから、ご両親はどんな人なの?

今谷 父(57歳)は塗装業をやっています。母(53歳)は昨年まで保育園の先生をやっていました。けれど、自分の小さいころは母親は家にいました。親は子どもの進路に関しては口出しはしなかったですね。

石川 お母さんは保育園の先生ということだけど、大学を出て先生になったの?

今谷 県立の教員養成所で資格をとったらしいです。

石川 親によく言われたことはなんかある?

今谷 小学校のころ親によく言われたことは、「ごはんは残すな」です。消防署では余った食べ物を捨てるんですけれど、最初捨てるのはショックでした。

石川 お父さんは塗装業だということだけど、どんな仕事なの? 1人でやってるの? 人を使ってるの?

今谷 塗装業は人を5人使ってます。家の塗装をやってます。親方みたいなもので、社長と言われることもあります。

石川 へえ、わりと大きく仕事してるんだね。

今谷 塗装の仕事は、祖父の代からです。祖父が建具屋から塗装屋になったのがはじまりです。父親は隣町の工業高校を出て、23歳までの5年間、別の工務店で働いて祖父のあとを継ぎました。使っている人は若い人ではなくて、60以上の人ばかりなんです。それで、若い人がたまに入ってもやめちゃって。あとがいないとやばいので、弟にまかせようかな、と自分は思ってるんですけど、親は弟に家を継げとは言いません。

石川 それじゃあ、お金に困った経験はあまりないんだ。

今谷 お金に困らなかったですけど、ほかの人に比べれば与えられたおもちゃは少なかったほうだと思います。高校のときはお小遣いは月5000円でした。部活の用品などは言えば買ってもらっていました。あとは、例のばあちゃんちでお小遣いをもらってました(笑)。

「出世じゃなくて、技術や知識を上げることを目指しています。いまやってる警防だけじゃなく、救急、救助とオールマイティーにできるようになりたいです」

今谷くんはパチンコのことばかり考えているわけではない。仕事にはプライドと目標をもっている。地元好きゆえの職業選択の段階、現在の仕事への取り組みの姿勢が語られる。

石川 勉強はできた?

今谷 高校受験のときは、受験の苦痛を味わいたくなかったので、中学での内申点が重視される前期の受験で受かろうと、学級委員とかやって受かりました。

大田 その高校のランクは県内でだいたいどれくらい?

今谷 真ん中ぐらいですね。

石川 どんな高校だった?

今谷 自分の高校はほんとに平和で。不良が寒い目でみられちゃうような普通の人の集まりでした。そのなかで、自分のいたサッカー部は、そこに入ってれば学校での立ち居地は上にいれる、といった感じでした。あと、授業中にマンガ読んだり、筆箱で隠してDSやったり。クラスのやつとマリカー(マリオカート)で対戦したりしてました(笑)。

石川 (笑)。その高校を出た人は大学に行く人が多いの?

今谷 中途半端なやつが多いので、「とりあえず専門(学校)」、「とりあえず大学」といった感じですね(笑)。自分の学年が240人なんですけど、そのなかで就職したのは10人ぐらいです。

石川 なんで就職しようと思ったの?

今谷 親にはむかしから国立の大学へ行けと言われてて、中学のときは、埼大(埼玉大学)には入れるかな、と思ってたんです。けど、どう考えてもそれは無理だとわかって。家(塗装業)を継ごうか、と相談したら、親に「塗装屋は儲からないからいいよ」と言われて。それで、自分はむかしからスポーツをやってたので、筋肉のこととかも興味があって、整体師になりたいと思っていたこともあるんです。けど、親に相談したら「それじゃ食っていけない」、「どこに就職するの?」と言われて。親は進路のことには口を出さないけれど、就職についてはけっこうはっきり言います。で、そう言われたら、もう公務員しかないかな、と。消防という選択肢はそこからです。それで、自分は市の職員みたいにずっと机に座る仕事はいやで。その段階で、選択肢は警察か消防になるんですけど、警察は規律が厳しそうなので、消防のほうに行くことにしました。けれど、高校の3年春は、模試のようなもので、自分の市の消防就職希望者27人中26番だったんです(笑)。それで、夏から大宮の公務員就職の専門学校の無料講座に出まくって勉強しました。結果としては、受験者54人中、受かった14人に入りました。

石川 すごいじゃん! 

今谷 地元では、そう言ってほめてくれる人もいますけど、「へぇ、消防署入ったんだ」ぐらいの人もいます(笑)。

大田 整体で「食っていけないよ」と言われたとき、公務員という選択肢はすぐに出てきたの?

今谷 はい。そのときはまだ消防というのは頭になかったですけど、前から友だちと「就職するなら公務員がいいな」と話していて。

石川 消防に決めた理由は?

今谷 業務の内容は知らなかったですけど、訓練みたいなのはしてると知っていて、自分は体を動かすのが好きだったので。それで、やっぱり地元で働けるというのがよかったですね。「地元」っていうのがいちばんですかね。

石川 そうだよね。警察は県警だと転勤あるけれど、消防士さんはずっと同じ市だもんね。やっぱ地元なんだ(笑)。地元好きだね〜。

今谷 地元の祭りとがあって、小学校のころからずっと参加していて、それやってると、「自分の町だな」という意識があって。

石川 近所の人とつきあいはある?

今谷 歩いているとちょこちょこ町内の人と話したりして、けっこうかかわりあるな、と思ってます。

石川 ところで、二年働いてどうですか? もう辞めたいとかある?

今谷 辞めたいというのはありません。仕事にはこれでOKというのがなく、限界なく上があるので。技術をどんどん上げればもっとたくさんの人が助けられる、というのがあって辞めるというのは考えていません。それから、「自分の生まれ育った町に恩返しができればいちばん、と思っています」と人には話すようにしているんですけど、ほんとはそんなこと思っていないです(笑)。

石川 えっ! じゃあ、ほんとのところはどうなの(笑)?

今谷 でも、やっぱり、自分の生まれ育った町に役に立つ仕事なんで、働けて光栄です。

石川 じゃあ、やっぱりいまさっき言ったことはほんとなんだ(笑)。

今谷 なんも遊ぶところのない町ですけど(笑)。自分の育った町なんで。

石川 出世はしたい?

今谷 出世じゃなくて、技術や知識を上げることを目指しています。いまやってる警防だけじゃなく、救急、救助とオールマイティーにできるようになりたいです。

石川 つまり、いまは警防隊だけど、救急救命士とか救助隊の免許もほしいんだ。

今谷 そうですね。救助隊になるには一ヶ月消防学校に行かないといけないんですけど、そのためには、推薦されて30代中ごろにならないといけないんです。そのためにはいい成績を残していなくてはならなくて。

石川 いま成績と言ったけど、なにか評価の基準とかあるの?

今谷 昇任試験というのがあって、年に一度、法律とか論文の試験があります。

石川 ああ、じゃあ就職してもいろいろ勉強やらなきゃいけないんだ。

今谷 そうですね。自分は、もう就職したから勉強やらなくていいんかな?と思ってたんですけど(笑)。でも実際は勉強することがいっぱいあって。この薬品に水をかけると火が出ちゃうとか、薬物の勉強もします。法律のことなど必要な知識を勉強しなくてはならないんです。

石川 さっき、警防、救急、救助とオールマイティーになりたい、と言ってくれたけど、いまの自分の目標としてはどういうものがあるんですか?

今谷 災害に対してなるべくスムーズに対応できる技術と知識を身につけたい、ということですね。

石川 えらいね〜。ところで、大学に行っている連中とかはどう思う?

今谷 自分の場合は、大学に行くと遊んでしまうと思うので。そうすると自分は目標がなくなってしまう感じがするんですよ。いままで部活とか厳しいなかで目標があったからがんばれたんで。目標があって大学に行く、というのはいいと思うんですよ。でも、目標なくて大学行くっていうのは親にも迷惑をかけているだけだと思うし。自分はそういう考えです。

石川 大学に行かなかったのは、目標がなくなるのが怖かった?

今谷 それがいちばんでした。大学でサッカーやるつもりもなくて。

石川 いまの職場はつぎつぎにステップがあるから安心できる?

今谷 そうですね。覚えることがつぎつぎにあるんで。

石川 自分がプロであるという意識がある?

今谷 消防学校のころから言われてきたのでそう意識しようとは思っていますが、意見を言うにも知識が必要で。まだまだ自分の知識は浅くて、同じ職場の人に意見を言うのはまだ自信がもてないです。

石川 勉強してる?

今谷 まだまだですけど、いまは地理や水利を自分で覚えるようにしています。

石川 ぼくのいままでの印象だと、消防士さんは訓練ばかりやっているイメージだったけど、相当勉強しなくちゃならないんだね。

今谷 そうです。それも時間が与えられるのではなく、自分で時間をつくってやらなくちゃならなくて。どっちかと言うと、休みの日に勉強しなくちゃならないんです。それで、自分は休みの日は朝からパチンコやってたりして、勉強しなかったら上の人に言われて。いまは、休みの日に車で自分の市をまわっています。最近合併した地域のことはなんにも知らなかったんで、やっています。いままではパチンコを優先してましたけど、いまはまず、勉強を先にしています。

石川 じゃあ、いまは朝からは並んでないんだ。

今谷 そうですね。まず、仕事が終わったらその日はどこへ行くか決めて、一時間か二時間かけて走ってまわって、地理や水利を覚えるようにしています。

石川 勉強してるね〜。

今谷 職場ではパチンコの話しかしませんけど(笑)。

「自分の命より人の命、となったら消防の活動が全部狂っちゃいます」

今谷くんのいまの仕事の悩みは現場経験が少ないこと。緊迫した災害の現場でどう立ち振る舞っていいか。要救助者や市民への対応はどのように行えばいいか。その問題点や重要ポイントが具体的な経験をもとに語られる。

石川 仕事の悩みとかある?

今谷 災害があると庁舎に1人だけ残ることになるんです。自分はその役が多くて、あまり現場に出れてないんです。現場の経験を積みたいんです。それから、自分が出勤している日に災害がほとんどないんです。「お前がいる日は災害が起こらない」なんて言われてしまって。もちろん、災害がないことはいいことなんです。けれども、自分の経験が少なくなってしまうのは悩みです。

石川 それでも出動はあると思うんだけど、どういう出動が多いの?

今谷 救急が多いですね。火災や救助は月1回ぐらいです。

石川 でも、今谷くんは警防隊なんだから、救急は出ないんだよね?

今谷 人出が足りなくて、知識がなにもなくても出ることがあります。

石川 どういうことをやるの?

今谷 ストレッチャーなどの器具をもってきたり、脈や血中酸素を測る器具の準備をしたりします。あとは患者さんへの声かけをしますけど、救急救命士ではないので処置はできません。

石川 いままでいちばん記憶に残っている経験は?

今谷 となりの市へ火災の応援に行ったとき、急に火が出て、まわりの人が見えないほど煙がすごかったんです。そのときは、「自分も死んじゃうんじゃないか」と思いました。それで、「オレ、こんななか行くの?」とほんとに「後ずさり」というものをしました。

石川 そのとき、おどおどして「お前足手まといだ!」とかは言われなかったの?

今谷 いえ。上の人は「新人はこうだろうな」というのはもうわかっているので。

石川 じゃあ、怒られたことってある?

今谷 交通事故の現場で、自分に指示してくれる人がいなくて、勝手に行動しちゃったんです。そしたら、「お前、なにうろちょろしてるんだ!」と怒鳴られました。指示が出ないときは待機しなくちゃならないし、動くときは「自分はこれします」と言わなきゃならないんですけど、そのときは、舞い上がっちゃって。他の車の誘導をしなくちゃならないところを、車のなかに閉じ込められた人に呼ばれたので、そっちの対応しちゃって。災害の現場では要救助者はすごい焦った感じで「はやく助けてください!」と言うので、自分も対応をどうしたらいいかわからなくて、こっちもあわてちゃって。そうなると結果として、要救助者を心配がらせてしまうんです。こういうことはいちばんやっちゃいけないことなんですけど。自分もどうしていいか手段がわからなくて。

石川 そりゃそうだよね〜。「助けて〜」と言われたら、どうしても「こっちをなんとかしなくちゃ」と思っちゃうよね。

今谷 そうです。でも、それが危険なんです。たとえば、川に流されている人を見て、その人をすぐ助けようとするのは危険です。「すぐに助けに行ったらお前も死ぬぞ、それはいちばんやっちゃいけない」というのが消防の基本的な教えです。優先順位としては、自分の命があって、仲間の命があって、そのつぎに助ける人があるんです。「まず、自分の命の安全を確保してから」というのが重要です。これが消防の活動の指針です。

石川 へえ〜。勉強になります。

今谷 自分の命より人の命、となったら消防の活動が全部狂っちゃいます。

石川 そういうかなり緊張した現場の経験が少ないことがいま不安なんだ?

今谷 そうです。同期は現場経験がけっこうあるんですけど、自分はそういう経験がないのが不安です。

石川 でも、もちろん災害はないほうがいいよね(笑)。

今谷 もちろんそうです(笑)。

石川 これがいまのいちばんの悩みなんだ?

今谷 そうですね。職場の人間関係とかは、この人の言うことは聞く、この人の言うことは流す、と自分のなかで評価がはっきりしているので、あまり気になりません。

石川 その基準はどこにあるのかな?

今谷 普段の様子を見ていて、救助隊の人がとくにそうなんですけど、訓練や技術がしっかりしている人が信頼できます。警防隊の上の人だと知識だけあって文句ばかり言って、訓練や技術がなにもできない人もいるので。

石川 部活っぽく言うのもなんだけど、今谷くんの職場はみんなで合宿しているわけじゃん。するとその人の食事の仕方からなにからなにまで、生活が見えるわけだよね。そういうところで判断してるんだ。

今谷 そうですね。上の人のなかには、年齢の問題もあるけれど、訓練に出てこなくて、まったく興味を示さずに自分のことをやっちゃっている人もいるので。

石川 だからこそ、自分も下の者には尊敬される人になろうと?

今谷 筋トレはなんのためかというと、自分の命を守るためなんで。それに、隊のレベルは一番下の人間に左右されると言われているんで、そういう意味でしっかりやっています。

石川 その他に仕事のうえで心がけていることってある?

今谷 まず、市民との対応ですね。「プロだからへんなところ見せるな」と言われていて、“言葉づかい”には気を遣います。市民の人から電話で「きょうはどこの病院が開いているんですか?」といった問い合わせがあるんですけど、そういうときには丁寧な言葉を使って対応します。自分はもともと、人との接し方、見ず知らずの人と話すことがあまり得意じゃなくて、できるだけ避けてきたことなんです。「○○はただ今外出しております」とか、そういう言葉づかいも知らなくて。
それから遅刻ですね。“仕事では遅刻はしちゃいけない”。自分は高校のとき、学校が近いというのもあって遅刻ばかりしていて。でも、仕事では人から見られるから、遅刻ばかりすると「あいつ遅刻ばっかしている」となってしまいます。
あとは“あいさつ”ですね。高校のときは自分の顧問だけにあいさつしていればいいと思っていたんです。でも、仕事では「とにかくいろんな人に名前を覚えてもらえ」と言われてます。一緒に現場に出て仕事をするわけですから、年とか階級がちがっても、職場の集まりには参加するようにしています。

「働き出していちばん感じたのは、なにかを犠牲にしてやらなきゃならないものがある、ということなんですよ」

丁寧な言葉づかいが苦手、遅刻常習、あいさつもろくにしない、そういう高校時代の今谷くんはもういない。今谷くんは仕事をしながら自分を変えてきている。そんな今谷くんから見た大学生はどうなのか。そして、自分は高卒であることについてどう受けとめるのか。まだ20歳の今谷くんだけれど、これから起こりうる高卒・大卒の問題について、いまのところの意見を語ってくれた。

石川 さっき大学生は遊んでいる、という話があったけど、そのあたりはどう?

今谷 高校のときの友だちで大学へ行っているやつは、行ける大学に「流れ」で行ったという感じです。

石川 「大学生のヤツらはいやだな」とは感じる?

今谷 そうは感じません。大学のヤツとも普通に遊びますし。ただ、考えが「コイツ学生だな」とたまに感じるときはあります。

石川 「考えが学生だな〜」と。それはどんなとき?

今谷 働き出していちばん感じたのは、なにかを犠牲にしてやらなきゃならないものがある、ということなんですよ。それが大学生だと、ゆったりした生活で、なにかを犠牲にしなくてもいいと思うんですよ。

石川 犠牲にするって、たとえば、なにを犠牲にするの?

今谷 睡眠時間です。それまで、すげー寝てたんですよ(笑)。

大田 たしかに、なにかを犠牲に、というのはよくわかります。大学のときは本を読んだりとか自分で好きなことをやるために時間を使えたけど、仕事をはじめると時間配分をまったく別の考え方でやらなくてはならなくなりました。時間を取ろうと思っても取れないこともある。でも、そんなに寝てたの?

今谷 高校が家から近かったので、登校が8:50なんですけど、8:30まで寝てたんですよ。仕事をはじめたら、朝6:30とかには起きなくちゃならなくて。それで、最初の頃は高校までの夜更かしの癖が残っていたんで、朝は辛かったです。

石川 大学生の話に戻って直接的なことを聞いてしまうけど、今谷くんは高卒で仕事をはじめたわけだよね。それで、高卒のうちの父親、地方公務員だったんだけど、その父親が「大卒じゃないと出世できない」ってよく言ってたんだよね。そのへんはどう思う?

今谷 それは自分の職場でもおんなじです。自分は「お前、高卒だから下のヤツに抜かれていくから覚悟しとけよ」とよく言われます。採用に関しても、上のほうの考えとして、大卒のほうが知識があるから優遇されるということがあります。

石川 たとえば、高卒が出世できるのはここまで、これより上は大卒じゃなきゃだめ、というのはあるの?

今谷 詳しくはわからないけれど、それもあると思います。それから、消防の卵が集まる消防学校でも、表彰される成績優秀者はやっぱり知識がある大卒です。

石川 さっきから、大卒者は知識があるって今谷くんは言うけれど、今谷くんだって、勉強すれば知識は得られると思うんだけど。

今谷 単純に言えば、大学を出てれば上に上げる、という考えだと思います。そんな中で、「高卒のほうが長く働けるんだから大卒よりいいんだぞ」と言われると、「ああよかったな」と感じたりします。

石川 ちょっとまた直接的なことを聞いてしまうけど、さっき、「お前、高卒だから下のヤツに抜かれていくから覚悟しとけよ」と言われる、と言ったけれど、それはいまどう受けとめてる?

今谷 自分は階級を上げることが目標ではないんで。結局、「使える人」だと思われれば、それでいいんですよ。でも、今年も自分の後輩に大卒が入ってきたんです。大卒のほうが、たとえば、自分は消防士を8年やって階級が上に上がるんですけど、大卒はそれを5年でいいんです。結局年齢としては同じぐらいになるんですけど、大卒のほうが上に上がるのは速いです。そういう意味で、抜かれていくんですけど。

石川 じっさい階級が上がれば給料はいいんじゃない?

今谷 そうです。それに自分の意見を通しやすくなります。

石川 そうだよね。それで、指示を出すような上の階級の人は大卒?

今谷 そうですね。やっぱり上に上がれる人は人数が少なくなるんで。いま消防は60歳が定年ですけど、消防士長は40代で大卒が多いです。

石川 そうすると、いやらしい話になっちゃうけど、たとえば、今谷くんが40歳になったとき、今谷くんが消防士長で、あとから入ってきた大卒の後輩が消防司令長ってこともありうるわけだよね?

今谷 そこまでは離れないと思いますけど、自分が消防士長で、後輩がその一つ上の消防司令補や二つ上の消防司令になる、ということは、なくはないですね。

石川 だから「そういうのを覚悟しとけよ」と言われるんだ。

今谷 そうですね。いま職場でもじっさいにそういうことが起こっているので。

石川 今谷くんは、この仕事に意義があると思っているし、たくさん勉強して、たくさん経験も積んで、ずっと続けていきたいと思っているはずなんだ。それで、40歳になったら、みたいな話しをしたんだ。

今谷 自分はまだそういう場面に出会ってないですけど、じっさいに上に上がった人がそれまで先輩だった人を「オマエは下だ」みたいに言うこともあるので、「それはちがうんじゃないかな」と思うことがあります。もちろん、消防経験が長いほうが上、という考えもあります。

石川 じゃあ、逆に言えば、専門性を必要とする仕事だから、技術や知識、経験をしっかり身につけている人が実際の階級よりも尊敬される職場なのかな?

今谷 そうですね。自分たちはそこを尊敬するんですけど。でも、上のほうではそこを重視しない人もいます。「コイツ訓練ばっかやりやがって」とか。それで、自分たちとしては、なんで?と思う人の階級が上がったりとか。

石川 うーん、なるほどね。いま20歳なんだよね。そういう問題がこれから自分の問題として起ころうとする場面にいるんだと思うんだ。たとえば、もし、今後問題が起こって、「だったら、オレ大卒になってやるよ」と通信で大卒の資格を取る、っていうことも思うかもしれない?

今谷 同じぐらいの世代ではまだ対抗意識みたいなものはなくて、この関係を保ちながらなら、後輩が上に行っちゃっても、「オレが上なんだから」という態度を取らなければそれでいいんじゃないかな、と思ってるんで。

石川 今谷くんは、「自分は高卒だから、あいつらは大卒だから」みたいな人づきあいはしていない人だから、「いまこういう問題を聞いちゃっても」とほんとうは思うんだよね。でも、さっき言ってた「コイツ考えが学生だな」と思ってたヤツらが後から入ってきて上に行っちゃうんだから、そのときはなにか思うことがあると思ったんだ。でも、いかんせん、今谷くんの同級生はまだ大学生なんだよね。いまのところ自分としては大卒の人とも仲良くできればと思ってるんだよね?

今谷 そうですね。

「最近はやっと合コンちゅうものを・・・・・・」

今谷くんは携帯を主に使っている。パソコンでインターネットを見るときもあるがスポーツニュースでサッカーや野球の情報を仕入れるだけ。mixiはそんなにやっておらず、そこから知り合いを広げるということもない。Twitterの存在は知っているがやっていない。でも、モバゲーはよくやる。じつは、今谷くんの職場では「怪盗ロワイヤル」が流行っている。同期の人だけでなく、上司もやっており、おじさんが強い。そんな今谷くんの恋愛事情を最後に少し。

石川 これはいつも沢辺さんが聞くんだけれど、彼女いる?

今谷 彼女いないです。仕事はじめたら女の子との接点はまったくなくなってしまって。

石川 高校は共学だった?

今谷 6(女子):4(男子)で共学でした。

大田 それでサッカー部だったらモテたんでは?

今谷 いや、女に話しかけなかったんで。

石川 話すのが苦手だったんでは?

今谷 そうです。自分は女は好きだけど話すの苦手だったんです(笑)。なに話したらいいんかな?

石川 ぼくも大学で女子学生と話すことがあるけれど、やっぱいまだに努力してる感じあるかな。

大田 ぼくは中高男子校で、大学から共学だったんですけど、姉がいたので、女の人と話すのに困ることはなかったですね。まあ、話すことはなんでもいいんですよ(笑)。

今谷 でも最近はやっと合コンちゅうものを・・・・・・。

石川 おっ、合コン!

今谷 中心になって「さぁ、やるぞ!」ではなく、自分は呼ばれていくほうで。職場で合コンが好きな人がいて。結婚してるんですけど、なんか不倫とかいろいろやっているみたいな人がいるんですよ。その人が呼んでくれて、そうすると、だいたい来る人が人妻なんですよ(笑)。自分はいちばん年下で、同期でも26歳とかなんで、それだとどうしても呼ばれる女の人の年齢が上になっちゃうんですよ。まあ、合コンのときは自分は26歳だとか言いますけど(笑)。

大田 年上は好き?

今谷 はい。自分がなよなよしているので年上のほうが好きです。

大田 引っ張ってもらったほうがいい?

今谷 自分が家庭をもったときに、奥さんに財布を握ってもらって、「あんたこれで一ヶ月過ごせ」と言われたほうがいいような気がして。そうでないと全部使っちゃうような(笑)。そっちのほうがいい生活できるかな。

石川 じゃあ、合コンでいい人見つけたい?

今谷 合コンは、終わったあと女の子と連絡取るとかよりも、その場でたのしんでもらえればいいです。

石川 それじゃ、彼女とかにはあんまり興味はないの?

今谷 彼女はほしいですけど、一人でいる生活が好きなんです。

石川 一人の生活って?

今谷 自分は、休みの日とか、何時に起きて、そのあと何するか、と自分でスケジュールを立てるのが好きなんですよ。それで、彼女のために自分の生活を犠牲にするというのに慣れていない、というのがあるんですよ(笑)。「お前マメじゃないな」なんて言われますけど。

石川 「慣れてない」っていうのがいいね(笑)。でも、彼女できれば慣れてくると思うよ。犠牲というのもなんだけど、犠牲にせざるをえないと思うよ(笑)。
今日は長時間ほんとうにありがとうございました。ふだん聞けないようなお仕事のことも具体的に聞けて、とても勉強になりました。

◎石川メモ

仕事をしている人

 今谷くんは仕事をしている人。最初のほうの「夕飯を何にするか決めるのは、自分たち下の者でみんなが食べられるようなものを決めます」といった話だけでも、ほんのちょっとしたことだけれど、「仕事をしているな〜」と感じる。みんなの意見を聞いてお楽しみ会みたいに夕食を決めてたら埒が開かない。
そして、今谷くんが就職してから心がけるようになった“丁寧な言葉づかい”、“遅刻厳禁”、“あいさつ”。これ、ほんとうに大切なことだと思う。そういえば、今谷くんは「個性」とか「自己実現」とか「夢」などといった言葉はいっさい使わなかった。
 今谷くんの話は具体的だ。だから、今谷くんの仕事には「夢」はないけれど、具体的な「目標」がある。その目標に向かって、「パチンコばっかやってるな! 地理や水利のこと勉強しろ!」とか、「市民への応対は丁寧な言葉で!」なんて怒られたりしながら、そのつど歩んで行く。仕事ってそういうことなんだと思う。

ある意味で幸せなのかも

 いわゆる就活で職業の適性診断というのがある。ぼくはそういうものを半分信じて半分信じない。人はだいたいはなり行きで仕事に入っていくんだと思う。けれど、今谷くんと話してみて、これは結果としてなんだけれど、適性ぴったりの感じがする。
 今谷くんは、愛する地元でずっと働ける、体を動かすことが大切な、そのつど深めて身につけるべき技術や知識がはっきりしている、人のために役立つ職業に就いた。もちろんこれから、たとえば高卒・大卒問題など、かなりシビアな問題に出くわすかもしれない。けれども、いまの今谷くんには仕事に関して肯定感がある。ついでに、地元には友だちもいるし、仲のよい家族、やさしいばあちゃんもいる。だから、ある意味で、いまの今谷くんは幸せなのかもしれない。
 でも、さっき、人はなり行きで仕事に入る、と言ったけど、仕事というのは、自分の選択のようでもあり、一方で、なんだか知らないけれど投げ込まれてしまったものなのだと思う。どうにもならないなり行きで、うまくいかないこともあって、仕事や人生に肯定感がもてない人だっているはず。そのあたり、どうなっているんだろうか。また他の若い人に聞きたくなった。

どうしようもないヤツを上手に流すこと

 ぼくなりに考えてみると、仕事をするということは、「どうしようもないヤツに出会う」ということを身をもってわかる、ということなんだと思う。同僚にもお客さんにも、かならずどうしようもないヤツがいる。
 今谷くんは、さらりと「人間関係で悩みはありません」と言っていたけれど、自分のなかで、どうしようもないヤツをきちんと判断しているのだと思う。もちろん、その判断の基準は絶対的なものではないけれど、ちゃんと「この人の言うことは聞く」、「この人の言うことは上手に流す」ということができている。
 大事な局面では合意をなんとかつくる、ということも大切だけれど、一方で、相手を「上手に流す」ということも大切だ。「みんなかならず分かり合える」、「どんな人でもかならずひとつはいいところがある」といったことはガチガチな理想にしないほうがいい。どうしようもないヤツに過度にむき合おうとするとエネルギーを使って疲れるし、相手に対する恨みもたまる。だから、「上手に流す」ということは自分を守ることでもあるし、人間関係の悩みを少なくするひとつの方法なのだと思う。