2010-09-14

第6回 努力している自分が好き──坂本真紀子(23歳・女性・勤務歴1年目)

坂本さんは、1986年に富山県氷見市に生まれる。父親は農業関係の技術者(56、7歳、地方公務員)、母は幼稚園の先生(50歳)。精神保健福祉士をやっている姉がいる。両親、姉は富山県の実家でいっしょに暮らし、坂本さんだけが東京でひとり暮らしをしている。
坂本さんは県下でも有名な公立高校を卒業後、都内の有名私立大学に入学。大学ではマスコミサークルに入り、学生時代から少女ファッション誌のライターとして活躍していた。就職浪人を一年したのちに、以前から就職したかったマンガの出版社に入社。インタヴューに来てくれたときは新人研修の時期だった。
坂本さんはよくできる人。しかも、隙なくよくできる人の印象。でも、けっして嫌味がない。バランスがある。
*2010年4月9日午後8時〜インタビュー実施。

「撮影についていって、ポーズとかも言って、カメラマンさんに撮ってもらった写真があがってくると、選択して、ラフ切って(紙面のイメージをつくって)、合番(通し番号)ふって、あと、原稿を全部書いて」

大学時代から中学生向けのファッション誌のライターをやっていた坂本さん。学校はほとんど行かず、ライター仕事が生活のメイン。かなり本格的にやっていた。

沢辺 どんなきっかけできょうは来てくれたの?
坂本 大学時代のサークルの先輩(ポット出版スタッフ)が私とアイドルオタク友達で、その先輩に声をかけられて来ました。
沢辺 坂本さんはアイドルは誰か好きなの?
坂本 私はBerryz工房の嗣永桃子、ももち、って言うんですけど、その方のことが好きで。
沢辺 俺はモーニング娘。しか知らない。
石川 Berryz工房はモーニング娘。の仲間、みたいなもんだと考えればいい?
坂本 そうですね。妹みたいなものですね。
沢辺 つんく♂?
坂本 つんく♂です。
石川 追っかけなの?
坂本 追っかけはしてないです。ファンには現場ファンと在宅ファンとがいて、私は、ライヴとか握手会に参加する現場ファンではなく、在宅で満足してるほうです。
石川 在宅はどんなことしてるの?
坂本 (笑)動画とか見たりしてます。動画を見て萌え萌えしてます(笑)。
石川 かわいいの?
坂本 かわいいです。もともと、取材で嗣永桃子さんに会ったことがきっかけで、そこからハマってしまって、アイドルなんてぜんぜん興味なかったですけど、あまりのアイドルらしい行動にすごいキュンとして、在宅ファンになったんです。
沢辺 その取材は大学のサークルの?
坂本 いえ、大学一年生のときから大手出版社の子会社が出してる中学生向けのファッション雑誌のライターをやっていて、そのつながりでのインタヴューです。
石川 じゃあ、大学のほうは単位をとるだけで、ライターの仕事を主にしていたの?
坂本 そうです。
石川 高校生のときから何か書いていたの?
坂本 いえいえ。大学一年のときに、その編集部から、「若い子の感性がほしいから」ということで、学生ライター募集のメールがサークルにまわってきて。それでやることになったんです。
石川 一回何文字くらい書くの?
坂本 文字数ではなく企画数を単位としてなら言えます。企画数で言うと、毎月2、3個やっていました。一つの企画が2ページ、4ページ、6ページとあるんですけど、担当はその企画ごとに決まっていて、その担当がライターも雇います。一時期ライター不足で、そのライターとしても雇われました。
石川 どんな企画をやったの?
坂本 すごくいろいろやりましたけど、読者ページだと、バレンタインデーに男の子に嫌われないようにチョコレートを渡す方法だとか(笑)、男子に話しかけるテクニックだとか(笑)。私は読者ページのほうが好きでした。本編のほうは、もっとありきたりで、靴だったり、鞄だったり、ポーチだとか。
石川 雑誌だと写真だとかも入れなくちゃだけど、それもいっしょにやったの?
坂本 撮影についていって、ポーズとかも言って、カメラマンさんに撮ってもらった写真があがってくると、選択して、ラフ切って(紙面のイメージをつくって)、合番(通し番号)ふって、あと、原稿を全部書いて。
石川 一年生からそれを全部やっていたの?
坂本 そうです。
石川 すごいねー。
坂本 いえいえ。
沢辺 できたとしたらすごいよ。
坂本 編集部員が15人いて、そのうちの二人が私の仕事を気に入ってくれて、あとの13人はたぶん私のことを使えないと思って切っていたと思います。
沢辺 たぶん、いまの話を聞くと15人編集者がいて、その人たちが、企画を決めて、カメラマンやライターと連絡をとって進行を決めて、あとはそれをもとに、坂本さんたちが実際に動く、そんな感じだと思う。
坂本 そうですね。
沢辺 18歳かそこらでそれをやれるってのもすごいとは思うけど?
坂本 いえいえ。私のあとに学生ライターも増えて、3分の1ぐらいが学生でした。
沢辺 月刊だった?
坂本 月刊です。
沢辺 月いくらくらいもらってた?
坂本 まちまちですけど……。
沢辺 あっ、ちょっと待って、1ページやると1万5千円から2万円ぐらい? 
坂本 そうですね。はじめ1万円だったんですけど、今は2万円でやってて。連載があったんで、月6万円は絶対もらって、企画の量で月15万とかそれくらいでした。
沢辺 じゃあ、学生としてはめちゃくちゃ稼いでるじゃん。
坂本 そうですね。それに力を捧げすぎて勉強がおろそかになって。
沢辺 授業は単位を落とさない程度にぎりぎりだったんだ。
坂本 学部のほうもあんまり出席しなくていいようなところだったんで。
沢辺 じゃあ、学校の生活時間と出版社の生活時間の割合はどれくらいだったの?
坂本 学校が1、出版社が6ですね。ほんと二十時間以上働いてたこともありました。
石川 それで、月15万もらって。
坂本 忙しい時期はそうですね。
沢辺 で、仕送りももらってたんでしょ?
坂本 仕送りで家賃と学費を払って、自分で稼いだお金を全部おこづかいにまわせました。
沢辺 自分のライターやってた出版社の親会社の就職試験は受けなかったの?
坂本 いえ、その子会社は親会社と仲が悪かったし、自分はマンガの編集をやりたかったんですけど、その親会社はマンガをやってなかったので受けてないです。

「大手三社だけでなく、マンガをやってる出版社は手当たり次第に受けました」

坂本さんはファッション誌のライターをいちばんやりたかったわけではなかった。むしろ、マンガの編集に興味があった。小学生の頃から、マンガが大好きで少女マンガだけでなく少年マンガも読む。父親(現在56、7歳)もマンガ、アニメ、ゲーム好き。姉もマンガ好きで、中学一年生の頃から、BLを読んでいた。坂本さんもBLに興味があった。
一年就職浪人後、めでたくいまの会社の坂本さんは内定。しかし、内定が決まったとたんに会社にバイトで呼ばれ、いままでのファッション誌のバイトと二重で働くことに。

石川 いまは就職したばかりで、研修中と聞いているけど?
坂本 はい。
石川 いま23歳だと聞いたけど浪人したの?
坂本 就職浪人で、大学を一年留年しました。
沢辺 浪人したときはどんなところに落ちたの?
坂本 もうマンガのあるところは全部受けて。大手三社は筆記で落とされて、面接まで行かなかったのがすごく悔しくて。こんな熱い思いがあるのに、と無念で。それが留年した理由でもあります。大手三社だけでなく、マンガをやってる出版社は手当たり次第に受けました。ただ、いま採用された会社はその年は募集がなくて、留年した年に二年ぶりに募集をかけて、それを受けて受かりました。
沢辺 何人採用だったの?
坂本 四人です。
沢辺 すげぇな。
坂本 いえいえ、狭い世界なんで。
石川 そう言えば、大学のときにライターをはじめて、マスコミの世界にかかわることができて、もしぼくだったら、けっこう天狗になったと思うんだけど、そのへんはどうだった?
坂本 さいしょはすごく天狗でした。ばりばり働いて、華やかなイメージで。『働きマン』のような。でも、私より後に入ったライターのフリーターの子が契約社員になってなったらひどい扱いをうけて辞めることになって。それから、新人が三ヶ月で五人も辞めるのも見ました。そういうのを見てると、あこがれやかっこいいとかいう思いもなくなって、自分はあんまり入れ込みすぎないほうがいいな、と。天狗になっていたときは、ライターで生きていくのもいいな、と思ってたんですけど。
沢辺 それは、その特定の人、その特定の出版社の問題だと思う?
坂本 上がみんなひどかった、上が尊敬できない人だった、というイメージがあります。
沢辺 でも、それって、いま就職した出版社だって同じことが起こるって可能性だって十二分にあるわけじゃん?
坂本 うーん。でも、ライターをやっていた出版社はすごくハードで、編集をやっていた人は半月で二回しか家に帰れない、ということが当たり前のようなところでした。けれど、いまの職場は、一回徹夜したらつぎの日は休める、というふうに会社としてもしっかりしているんで。
沢辺 でも、そんなの現場に行ったらわからないよ。
坂本 いやいや(笑)、就職が決まってからいまの会社でも編集部でアルバイトをしていたんで。
沢辺 就職試験はいつだったの?
坂本 3月に試験を受けて、6月に内定が発表されて、7月にアルバイトしないかという電話が突然かかってきて。まだライターをやってきた出版社の仕事をやっていたので、「ハードだったらやりたくないな」と思っていたんですけど、社長との面接で、「社会人として大切なことはなんだと思う?」と聞かれたとき、自分は「NOとは言わないこと」と答えていたので、とりあえず「やります」と言ったんですよ。そしたら、まさかの週5で。8時間労働で、夏休みは毎日働いて。学校の日だけお休みをいただいて。その仕事をやりつつ、ライターの仕事もやってました。
沢辺 ライターの仕事もやってるって会社は知ってた?
坂本 はい。
石川 そうすると二重で働いていたわけだよね?
坂本 はい。
沢辺 稼いでたね〜。もう貯金は山ほど?
坂本 ないです。ないです。
沢辺 なんで? 使うヒマもないじゃん?
坂本 すごい使っちゃいますもん(笑)。
石川 なににそんなに使うの?
坂本 食費(笑)。
石川 食費っていったって、そんなにかからないと思うけど(笑)。
沢辺 そんなに食えないでしょ(笑)。
坂本 飲み会とかも行きますし。
石川 じゃあ、一杯どれくらいの酒飲んでるの?
坂本 そんな高いところ行ってないですよ。「月の雫」とかで飲んでますし。
石川 (笑)え? 「月の雫」でそんなに飲んじゃうの?
沢辺 (笑)「月の雫」じゃそんなかからないよ。えっ、呑み助ってこと? 一回行ったらボトル一本かならず空けますよ、みたいな?
坂本 (笑)そんな飲まないですよ。でも、食べるんです。
沢辺 一日5000円使ったってさあ……。
坂本 いやあ、高い。それは使わないですよ。二、三千円とかです。
沢辺 でしょ。じゃあ、一日3000円使ったとしたら9万だよ。
坂本 なくなっちゃうじゃないですか。いまの会社をアルバイトをはじめてから、ライターのほうの企画がたくさんできなくなって、お金が減って。
沢辺 じゃあ、かならずしも稼げてたわけじゃないんだ?
坂本 そうなんですよ。ライター一本のほうがいい稼ぎになってたんですよ。一回、ライターのほうの企画の量も前と同じようにやろうとして死にかけて。
沢辺 ライターの仕事をやめる選択肢もあったのでは?
坂本 私、「NOとは言わないこと」なんて面接で言いましたけど、ほんとにNOとは言えない性格なんですよ。担当さんに頼まれるままずるずると。
沢辺 「これだけやってくんない?」と言われると断れないというか?
坂本 そうなんですよ。「これで終わりだから、お願い」というのがずっとつづいてしまって。

「高校のときから、もう、マスコミのサークルに入って、そのツテでマスコミ関係のバイトをする、まで考えてて」

高校のときから、マンガの編集者になろうと思い、その道を着実に歩んでいる坂本さん。言ってみれば、夢にむかって一直線、という感じなのだけれど、そんな過剰な印象はない。すごく淡々と、シビアな現実ともそのつど向き合いながら、編集者への道を歩んでいる。

石川 ところで、大学もマンガの編集者になる、ということを基準に選んだの?
坂本 出版社はだいたい東京にあるから、東京に出なくちゃだめだな、と思っていました。
石川 いつぐらいからそういうふうに思ったの?
坂本 高校のときですね。
石川 それは夢だったの?
坂本 そうですね。
石川 マンガの編集者になる! と思ったら、東京の大学へ行く! というのが自分の思い描いた道?
坂本 そうですね。
石川 でも、東京の大学もたくさんあるけど?
坂本 マスコミに就職するにあたって強そうな大学ということで自分の大学を選びました。
石川 猛勉強したの?
坂本 受験勉強は友だちといっしょにしてて、むしろ楽しかったです。
石川 話はかわるけど、ぼくなんかから見ると、坂本さんって、あこがれの仕事に就いた人なんだよね。マンガの編集をやりたい、という夢があって、東京の大学、それもマスコミに強い大学に入って、そこで、マスコミ関係のサークルに入ったのもなにか自分の夢みたいなものに合わせての選択?
坂本 それはありましたね。全部そうですね。高校のときから、もう、マスコミのサークルに入って、そのツテでマスコミ関係のバイトをする、まで考えてて。
石川 外から見ると、マスコミの世界なんて華やかだと思うんだよね。さっき話してくれたんだけど、それを華やかだと思わなくなったのは、上司のこととか、たくさん働かされるといった劣悪な環境ということ?
坂本 そうですね。それを見て出版社なんて最低と思っていたらマンガの編集をめざして就職活動なんてしてないと思いますけど、まあ、あの出版社に対しては幻滅したと思います。
石川 じゃあ、ちょっと言い方を変えるけど、まだ夢はつづいている?
坂本 マンガの編集になりたいという夢はずっとあります。
沢辺 じゃあ、ちょっと陳腐な表現ですけど、いまは期待に胸を躍らせている、という状態? 好きなマンガの編集ができる、あーたのしみって感じ?
坂本 いや、ぜんぜん。
沢辺 なんで?
坂本 8月からアルバイトして、「ここも人間関係大変そうだな」と。先輩には、「人間関係で失敗したらここには居れないよ」って言われてびくびくしているところです。
沢辺 ということは、またあのライターをやってた出版社と同じことになるかも?
坂本 ぜんぜんちがいますよ。あそこは人間関係がひどくて。
沢辺 ということは、不安はあるけれども、いまの会社は、12月から働いてきた感触から、前の職場とはレベルがちがう、と。
坂本 ぜんぜんちがいますよ。ほんとにちがうんです。前の職場では誰かがヒステリーによって金切り声を上げていて、ペンが投げられて飛び交っているような状態で。「お前いいかげん死ねよ!」と言われて怒られている人が泣いているような、そういう職場です。いまの職場はそういう職場ではありません。
沢辺 しつこいようだけど、なんでそんなひどい前の仕事、足掛け5年もつづけたの? 誤解かもしれないけれど、それって偉くない? みんな辞めてったわけでしょ?
坂本 ほんとうに大変なのは一ヶ月のうちで一週間ぐらいで。私としてはそんな苦じゃなかったです。
石川 この道もいずれはマンガの編集の道につづいている、という考えもあった?
坂本 まあ、そのライターをはじめたこと自体も就職活動のひとつで、編集の仕事に就くために有利かな、と思ったんですよ。その気持ちはありました。
石川 ずっとこう、「マンガの編集へ」という道があって、そう生きてきたのはわかるけど、それ以外の生き方って考えられなかった?
坂本 ライターで生きていこうかな、というのはありました。ファッション系をやっていたので、そこをやっていくしかないな、と思っていましたけど、ゆくゆくは「ファミ通」とかやりたいな、と。
石川 じゃあ、書きたい人?
坂本 いや、そのときはそんなテンションで。でも、書くのは好きでした。いまも好きです。
沢辺 彼女の話を聞いて思うのは、彼女の性格からかもしれないけれど、ありがちな夢に対する過剰さがないんだよね。たしかに、彼女の話は言ってしまえば夢なんだけど。幻想と現実を見たときの落差というのは、幻想や夢的なものが大きければ大きいほど、その落差は大きい。けれど、彼女の場合、その落差を見ても淡々としている。いやだいやだとは言いつつも五年間つづけている。それで、落差の現場をそれなりに見ているにもかかわらず、ひきつづき、大もとのマンガの編集という夢に就職浪人までしてチャレンジする。淡々とそれがつづいている。そこが彼女の面白さなんじゃないかな。
石川 過剰なくじけかたじゃなく、淡々としているよね。
沢辺 なんか着実だよね。
坂本 運よくいまの会社に入れたのがよかったまでで。この業界に就職できなかったらどうしようかと思ってました。
沢辺 だけど、俺は「起きていることはすべて正しい」と思うよ。これ、勝間和代の本のタイトルだけど。
坂本 カツマー(笑)
沢辺 鼻で笑われちゃうんだけど(笑)。勝間論はともかく、「起きていることはすべて正しい」というそれ自体の見方は正しいと思うのね。いまの会社に入れていなかったらという話はわかるけど、「受かった」ということは正しいと思うんだよ。これからあの会社でうまくできるかどうかは別だけど、とりあえず、受かるだけの魅力はあったと思うんだよ。俺はそういうふうに思っていいんだと思うんだよ。だから、逆に言えば、就職浪人したことも正しいんだよ(笑)。「もし、受からなかったら」と思ってしまう気持ちはわかるけど、「起きていることはすべて正しい」でいいんじゃないですか。

「読んだ人に「一番好きだ」と言ってもらえるような作品をつくっていきたい。それも、たぶん、評価されたい、という気持ちからだと思います」

坂本さんのなかでは、社会から評価されることは大切。母親への尊敬、結婚しても働きたいこと、学生時代のバイト、今後の仕事、これらすべてに社会的に評価されたい、という気持ちがかかわっている。けれども、坂本さんにとっての「社会的に評価されたい」はすごく自然。

石川 話は変わるけど、そのマスコミのサークルにはどういうひとが入るの?
坂本 華やかなマスコミにあこがれて入る人が多いです。卒業後には出版社に行く人が多いです。
石川 けっきょくみんなマスコミに行くの? 同級生はその後どうなったの?
坂本 マスコミに行った人は3割ぐらいだと思います。
沢辺 じゃあ、少数派だね。
坂本 自分は意地になっていたんじゃないかと。まわりにも、私が就職浪人決めたあたりには、意地になっているように見えたと思います。
沢辺 でも、話していると、そういうふうにキーッと意地になっていた印象はないけどね。むしろ、「当時の私はそんなふうになってたと思いますよ」と自分を離れて俯瞰して見れている感じで。わからないけど。ところで、自分の配属は決まった?
坂本 まだ決まってません。6月です。それがすごく不安です。一応、編集職で入ったんで、それを信じているんですけど、編集のなかでもマンガの編集以外の部署もあるので、どこに行くか不安です。
沢辺 12月から仕事を見ていてどう? 面白そう?
坂本 面白そうだけどすごく大変そうです。
沢辺 どのあたりが大変そう?
坂本 作家さんへの気の使い方が大変そうで。作家は神様という感じです。競合する他社に作家さんを奪われないようになんとかつなぎとめようとすごい気の使いようです。
沢辺 それ、いびつだよね。そういう気の使い方はその人間をダメにするよ。
坂本 編集者と漫画家が対等になってマンガを作り上げる、とかそういう雰囲気はうちにはありません。大手ではそういうのもあるかもしれないですけど。
沢辺 作家とうまく付き合えそう?
坂本 作家さんを尊敬する気持ちはあるので、できるかと思います。編集者さんが気をつかいすぎて疲れているのを見ると、そんなこと言ってられないかもしれませんけど。
沢辺 で、いまはまあ、とりあえず、マンガの編集という自分のめざすことの範囲に入ることができたんだけど、他に人生設計ある? たとえば、結婚とか子供とかさ。
坂本 結婚はしたいな、と思うし、子供もほしいと思います。三十になる前に結婚して子供を産んで産休に入りたいです。
石川 仕事はつづけたい?
坂本 はい。
沢辺 お母さんは働いてた?
坂本 はい。働いてます。幼稚園の先生をやってます。
沢辺 そういう働いているお母さんを見てどうだった?
坂本 よく共働きの人はさびしいと言われますけど、うちはおばあちゃんが面倒をみてくれて、そういうさびしいというのはなかったです。むしろ母親が家事を完璧にやるようなひとで、平日は夕ご飯はおばあちゃんがつくってくれるんですけど、休日は母が掃除洗濯をみんなきちんとやって。そういうのを見てて、「すごいな」と。父親は帰ってきたら何にもしないんですけど。お母さんは仕事も好きでつづけていて。お母さんみたいにはなれないな、というのはありますが、共働きしたいというのはあります。主婦になるというのは自分のなかにはありません。
沢辺 いまそのへんは変わってない?
坂本 変わってないですね。私はすごく社会からちゃんと評価されたいんです。自分がやったことで、本ができて、売れたりだとか。ライターの仕事をつづけたのも、「今回の企画がよかったからまた仕事をもらえる」とわかりやすかったのも魅力だったと思います。主婦になったら、社会に評価されたいという気持ちが実現できるかどうか、なかなか見えてこないので、あまりそうしたいとは思いません。
沢辺 社会に評価されたいと自覚したのはいつごろ?
坂本 たぶん、ライターの仕事をはじめてからだと思います。
沢辺 「わたしの快感、ちょっとうれしい、評価されたい、というのは、彼氏においしいご飯ということじゃあなくて、仕事だ」と。
坂本 ありがちですけど、読んだ人に「一番好きだ」と言ってもらえるような作品をつくっていきたい。それも、たぶん、評価されたい、という気持ちからだと思います。
石川 評価されるとか、されないとか、そういう社会からの評価と関係なく自分の好きなことをやっていきたい、と言う人もいるかもしれないけど、そういう考え方はどう思う?
坂本 えーっと?
沢辺 たぶん、テルちゃんが出している範型は古いんだと思うよ。だから、彼女もちょっとつかみにくいんだと思う。俺が若い頃は、評価なんて関係ない、評価自体を否定する、というようなことを言いたがる人たちもいた。けれどいまはそういう考え方はほんとに少数派だと思う。同時に、そういう考え方を支えていた極端なやりたいこと派というのはない感じがする。いまは、ちょっと過激な前衛芸術みたいなことをやっている連中でさえも、どこかで、評価ということを気にしているんだと思う。
石川 やっぱりもうそういうふうになってますね。彼女の話を聞いていると、「社会に評価されたい」というのがすごく自然。
沢辺 同じことだけど、他人から評価されるためであればなんでもする、というタイプでも彼女はないと思う。たとえば、マンガのストーリーをなんでも変えてしまう、とかそういうことはないと思うよ。「読者が求めるセオリーとしてはここでキス入れることになってる、なんて言われたらいつでもその通りにする」といった過剰に評価に依存することはないと思う。是々非々でやっていく感じがする。それは程度問題で、自分が納得すれば従うし、あらかじめ従う、従わないと決めるのも変だと思う。
石川 評価されることの重みがすごく軽く自然なものになっている感じがしますね。じっさい、社会からの評価って、坂本さんのなかでそこまで重いものではないでしょ?
坂本 私の信念は社会から評価されることじゃないです。
沢辺 むかしのフォーク歌手は「テレビには出ない!」ってのをやってた。「自分の歌はたった三分では表現できない」とかなんとか理由づけしてたけど。それ、いま思うと、「別にどうでもいいじゃん、三分でも多くの人に見てもらえるのっていいじゃん」と思う。けれど、むかしはみんなそれやってたんだよ。そういうの流行ったんだよ。それはいまはなくなってよかったと思う。彼女なんかはバランスとれてて、いいと思うよ。お母さんの話もそうで。俺のうち共稼ぎで、自分の母親が働いていたんだよ。それで、「俺が結婚したら相手は絶対専業主婦だ」って思ってたんだよ。小学校低学年ぐらいのころからそう思ったんだよ。いま考えると、「ばかだったな〜」って思うけど。あと、俺の世代の共稼ぎの意味と彼女の世代の共稼ぎの意味にはズレがあって、俺の世代の共稼ぎのほうがより経済的な理由が大きかったとは思う。俺の頃の共稼ぎって貧乏とまでは言わないけれど、他の家よりは余裕がない、というか。
坂本 そうですね。「父親の稼ぎではやっていけない」というような。
沢辺 そうそうそう。そのプレッシャーが俺の子供の頃のほうが強くて彼女の頃は少なくなった。
坂本 そんなことは考えなかったです。
沢辺 だよね。むしろそういうお母さんであれば、幼稚園の先生をやることでやりがいのある仕事をやってるし、ましてや家事までもしっかりやってて、尊敬だよね。
坂本 そうですね。

「あー、ひとそれぞれだなと思います」

坂本さんの「ひとそれぞれ」感覚を聞いてみた。坂本さんのお姉さんは、親を「ひとそれぞれ」で切り捨てられなくて苦しんでいる。坂本さんは「ひとそれそれぞれ」の効用を知っている。それは自分がいやな相手に鬱憤をためない方法。この人イラっとするな、と感じても、相手に文句が言えないとき、「まあひとそれぞれだから」と自分に言い聞かせ、相手を切り捨てる。

石川 お母さん幼稚園の先生、お父さん公務員ということだけど、どういうふうに育てられてきたのか知りたいです。よく言われたこととかある?
坂本 母親曰く、「中学生までは厳しく育て、高校からは好きなことをさせる」と。
石川 厳しかったの?
坂本 厳しくもなかったと思います。高校になったら好きにさせる、本人にまかせる、というか。姉のほうに親の期待がばーって行っちゃって、姉が精神的に病んじゃったんです。それで私のほうは期待がそこまで行かなくて自由にやれたというか。
沢辺 お姉さんはどんなふうに病んじゃったの?
坂本 摂食障害ですね。「いっぱい食べて吐く」というやつですね。いまもそうなんですけど。
沢辺 えっ、いまも?
坂本 いまもなにかあると「むちゃ食いして吐く」というのをやっています。
石川 それじゃお姉さんいまはどうしているの?
坂本 いまは地元で精神科の精神保健福祉士をやっています。精神医療の仕事をしてるのも自分のことをよく理解したいというのがあったと思います。
沢辺 でも、もし俺がお姉さんのお客さんだったら、自分が病んでいるわけだから、あんまりそういう人には診てもらいたくないな。そういう感じがあるかな。
坂本 そうですね。私もそう思います。
石川 お姉さんは自分が病んでしまったのは家族のせいだという了解はあるの?
坂本 そうですね。
石川 それじゃあ、あんまり親やおばあさんといっしょに暮らさないほうがいいと思うな。
坂本 でも、母親に必要とされたい、親に愛されたい、という思いがあって実家に戻ってきてしまったんです。
沢辺 簡単に言えば、自分から親を切れない、ということでしょ。俺の場合で言えば、親を切るわけですよ。「ふざけんなばかやろう!」って。切ったあとに何年かして会って、親は変わってなくても、まあ、「ひとそれぞれ」ですよ。それこそ。「俺も親もちがうんだ。好きに生きれば」ってなるわけですよ。まあ、たいした問題じゃないけど、あるときに親と切れるわけですよ。切れたから、「まあいいよ」とひとそれぞれで付き合えていくわけだけど、それが切れないと、逆に、ずっと親のことをじくじく考えて生きていくしかないわけですよ。
石川 それが切れないから病気になっていくんだと思うんだよね。
坂本 でも、姉はその関係をずっとつづけていくと思います。
石川 そういえば、いま「ひとそれぞれ」という話が出たけれど、ぼくの出した本でさいきんの若い人はよく「ひとそれぞれ」と言うけれど、それはそれでいい面もあるけれど、そうもいかない面もある。そんな話を書いたんだけど、坂本さんは「ひとそれぞれ」という言葉はよく使ってる?
坂本 あー、ひとそれぞれだなと思います。
石川 自分のなかではどう使ってるの?
坂本 すごく便利な言葉ですよね。自分のなかで、彼女はなんであんな行動をしたのか、と考えなくて済むから、ひとそれぞれで切り捨てることができる。だから、楽だな、と思います。
石川 仕事の関係でも人間関係でもよく使うの?
坂本 ありますね。言い方がきついひとがいて、みんなにもきつい言い方をするんです。それで私の場合は、イラっとすることがあっても、ひとそれぞれで切り捨てる、っていう。
石川 切捨てなくても相手に「それイラっとするよ」って言ったらいいんじゃない?
坂本 先輩だから言えません。言えなくて自分がいらいらするのがいやなんで、ひとそれぞれで切り捨てるようにしています。そうすると鬱憤がたまりません。
沢辺 たとえば、さっき話してくれたバイト先のひどい上司に対してもひとそれぞれという感じで受止めた? だって、じっさい、それにめげてやめちゃった人もいるわけじゃん。
坂本 そうですね。その上司に対しては「どうにかしたほうがいいんじゃないか」と思いました。ひとそれぞれで整理しきれない場合もあります。
沢辺 たとえば、いまあなたは職場では新人で、先輩に対しても、「ひとそれぞれでなんにも言わないでおこう」というふうに整理できているかもしれないけれど、来年になったら後輩ができて、仕事を教えなくちゃならないとき、ひとそれぞれで済むかな?
坂本 後輩に仕事を教えたことは、ライターのバイトをしていたときしかないんですよ。
沢辺 そのときにひとそれぞれで済んだ?
坂本 これは後輩であるあなたが「その仕事は私がやりますよ」って言う場面ですよ、という時に、踏み込めなくて、私ががまんしてその仕事をしてしまうことがありました。
石川 でも、そうすると自分の仕事増えちゃうよね?
坂本 そうです(笑)。
石川 そうすると、仕事が増えていやな気分がたまるよね?
坂本 そんなにイライラしなかったです。これからほんとに困った後輩が入ってきたらわかりませんけど。

「努力する自分が好きです」

坂本さんの自己分析は「自分は努力するのが好き」。がんばる。言い訳もしない。できる。結果を出せる女。そういう自分をいい意味で自覚している坂本さん。

沢辺 自分はどんな女だと思われていると思う?
坂本 場面によってキャラを使い分けていると思います。
石川 では、みんなにそれぞれなんて言われているの?
坂本 自分でいうのもおこがましいのですけど……。
沢辺 それ、言ってほしい。面白いから。
坂本 いまの会社では、「癒し系」と言われています。癒し系でおっとりしていると言われています。自分ではそうとは思わないんですけど。それで、母は私のことを「文句言い」と言います。なんにでも文句を言う面白い人、と母は言います。いちばん仲がいい人は、「朝から晩まで人を笑かせようとしている人」と言います。
石川 文句を言うって、ぶーたれてるってこと?
坂本 あの野球の監督の……。
沢辺 野村監督!
石川 ああ、「ぼやき」(笑)。
沢辺 (笑)マーくんも、きょうも夜遊びばっかしてっからばい(野村監督のものまね)。
坂本 (笑)いや、そんな感じじゃないのでちがいます。
石川 ちなみに聞くと、きょうは何モードで来たの?
坂本 素です。素! 若い人の生態を知りたいってことで、着飾ってもしょうがない、と。着飾ったところで、インタヴューで痛いところを突かれて、ぼろぼろになるんじゃないか、と。
沢辺 ぼろぼろにはなんなかったでしょ?
坂本 なんないです。けれど、取り繕っていたら取り払われると思ったので、はじめからつくらないようにしました。
石川 こっちも、とりつくろった感じを受けなかったです。でも、なんで? なんで? という聞きたくなる気持ちをそそられて、さっきからいろいろと質問したわけです。なんというか、強い、というのも変だけど、坂本さんてどういう人なんだろう?
坂本 自分で最近自己分析したんです。
沢辺 それ聞かせて。
坂本 固まってないですけど、とりあえず、努力する自分が好きです。受験勉強している自分の姿とか。
沢辺 さっき遠慮してたのかもしれないけど、受験勉強も手を抜いてたみたいなニュアンスに聞こえたけど?
坂本 たぶん、受験勉強もしっかりやってたと思います。けれど、私の場合は、就職浪人中も楽しかったという感じがあります。ぜったいにつらかったこともあっただろうに、「努力している自分が好き」ということで整理していたんだと思います。がんばることが好きなんですね。
石川 その「がんばる」の感じがね、必死で汗かいて、という一生懸命の感じがないんだよね。いい意味で。そういうひともいる、と言えばそれまでかもしれないけど。
沢辺 俺の印象で言えば、「できる」ね。はずれているかもしれませんが。
石川 その「できる」というのは?
沢辺 「結果を出せる」ということだね。一緒の職場で仕事してみて、仕事を見ないといけないけれど、そのことの確実性はわからない。けれど、たったこれだけしか話をしていないけれど、それは思うね。「がんばる」というのも、「ほんとにがんばってる、とも言えるし、自分のがんばりも他のすごい人に比べればたいしたことない、とも言えるし、その自分のがんばりをそのまま受け止めている」という感じがする。「がんばる」ということは結果を出せなければだめなんだよ。なんていうか。自分が料理の本を見て、特別な食材を買ってきて料理をつくっても、それは努力とも言えるし、普通にやったとも言える。それで、その料理を食べたひとが「おいしい」と一言言ってくれれば、そんな結果が出せたというということなんだ。その一言があれば、「本も見た」、「食材がすごい」なんてとりたてて、「自分はがんばった、がんばった」なんて言う必要はない。俺なんか典型的にそうで、「おいしい」と言ってくれなれば、自分で作った料理に「これうまくない?」とか、「俺こんなに準備したんだぜ」って言って、自分で物語を作って結果の低さを一生懸命高めることをやっちゃうもん。
石川 ぼくも結果が低いと必ず饒舌になってますね(笑)。
沢辺 そうでしょ。
石川 坂本さんは言い訳とかする?
坂本 言い訳はあまりしませんね。「どうたらこうたらだったんですもん」と言ったって、なにも変わらないじゃないですか。
石川 「これだめだよ!」と言って自分の書いた文章を突き返されたらどうする?
坂本 黙って書き直してまた出します。
石川 それでも「だめだ!」といってまた突き返されたらどうする?
坂本 また黙って書き直してまた出します。
沢辺 それも、100パーセントとまでは言えないけど、50パーセントぐらい、「また書き直して出せばうまくできそうだ」という予感が自分にあるからだと思う。いちばん抵抗する人は、その先どうしたらいいかわからない人。そういう人が言われていることの意味がわからないわけで。その点、坂本さんは自分に言われていることが理解できるひと。そういう抵抗はない感じだね。それと、すごく気の強い女のような感じがするな。気の強い女でもすぐポキッと折れる女もいる。けれど、坂本さんの場合は、「一筋縄ではいかない」というかさ。説得するのにすごく時間のかかる女のような気がする。
坂本 がんこですね。自分の譲れないものについては上司にもがんこだと思います。
沢辺 でも、その心のなかにあるがんこさみたいなものは俺たちには言わないと思うよ。でも、そのがんこさをそのままにしてもうまく人に対応できると思うよ。
石川 そのへんも上手そうだよな〜。
沢辺 上手じゃなくて妥当なんだと思うよ。
坂本 とりあえずうまくやれればいいかな、と。
沢辺 じゃあ、そろそろ飯食いに行こうよ。
石川 じゃあ、ひとつだけ、さっき、「私のなかの信念は、社会から評価されることじゃありません」と言ってたけど、それでは、いちばん大切なものは何ですか?
坂本 だれかの心に残る作品をつくることが自分の人生の目標なんで、やっぱ評価されることかな?
沢辺 けれども、彼女の評価されるってことは以前俺たちの世代にあった、「テレビに出ない」みたいな頑ななものではなくて、100点の評価じゃなくて、50点と言ってくれる人でもいいし、幅をもってるよね。
石川 そうですね。なんだかこちらが教えてもらうこともいっぱいありました。

「ほんとに、ほんとにいい男なんで。大好きで」

さいごは坂本さん彼氏の話題。過剰な坂本さんが出てきて面白い。

沢辺 あっ、いけね。一つ大切なことを聞くの忘れてた。彼氏いる?
坂本 います。
沢辺 何人目?
坂本 何人!? 四人とかですかね。高校の時期の彼氏がほしいのなんのかんので一ヶ月で分かれたというのも入れて、四人です。
沢辺 高校のときから常に彼氏はいた感じ?
坂本 彼氏がいなかったのは高校三年のときだけです。いまの彼氏とはマスコミのサークルで知り合ったんですけど、大学二年のときからずっとです。
沢辺 飽きない? そんなに長くつきあって。
坂本 いやいやいや。大好きなんですよ。
沢辺 あなたのほうが好きなんだ〜。相手のほうが好きな度合いと自分のほうが好きな度合いで言えば、私のほうが好き〜〜〜、という感じ?
坂本 そうですね。7対3ぐらいですかね。
沢辺 えっ、もうちょっと正直に言おうよ。正直なこと言おうよ。
坂本 6対4ですかね。あっちも意外と私のこと好きだと思うし。
石川 彼はいまなにしてるの?
坂本 大阪で保険業やってます。
石川 彼にはひとそれぞれで済ましてる?
坂本 そんなことないですよ。怒ったりします。でも、彼はほんとうにいい男なんで。大好きなんで。
石川 そんなに言われるなんて、どんな男なんだろう?
坂本 ほんとに、ほんとにいい男なんで。大好きで。
沢辺 もう三年ぐらい付き合っているけど、飽きる予感はほんとにない?
坂本 ないと思います。年々いい男になってるんで。
石川 ほほほ〜。どうも。どうも。で、頻度はどれくらい会ってる?
坂本 月一か月二ぐらいです。
石川 それぐらいの頻度だったら飽きないかな(笑)?
沢辺 俺だったら飽きるよ〜。俺だったら好きとかそういうレベルを超えるよ。もう三年半も付き合ったら、「好きだから会う」とかそういう感覚よりも、「いっしょに行く?」みたいな感じだよ。
坂本 「月一回は会っとかなきゃだめだな」という考えはお互いにあるんですけど、会うと、お互いに「あー、やっぱり最高だわ!」と思うんです。メールとか電話はほとんどしませんけど。
沢辺 まあ、飽きますよ、恋愛などは。
坂本 ほんとですか?
沢辺 飽きてから。
坂本 え〜。
沢辺 カップルは飽きてからだと思いますけどね。飽きてからでも「まあいいかな」と思えるかどうかだと思う。
坂本 リアルですね。なんか。
石川 「まあいいかな」なんだよな(笑)。そういうところに結局落ち着くんですよね。「わるくない」という言葉がいい言葉なのと同じように。
沢辺 「まあいいかな」は否定的な意味で言っているわけじゃないんだよ。「まあいいかな」と思えることはすごいことなんだよ。でも、それは明らかに胸がときめくような恋愛感情とはちがって、恋愛とはまたちがうものでも「いい」と思えること。それが「まあいいかな」で、けっこう大切なことなんだよ。それと、それと、もう一個危ないのは、「まあいいかな」となったとしても、「ほかに恋愛を求めたりしないか」という問題は大きいよね。とくに性的欲望に関しては男女差は如実にあると思うんで。女性にも欲望はあると思うけど、うちはゲイの本出しているんだけど、ゲイなんか見ていると、100人とか、200人とかざらにいるよ。レズビアンはそうでもない。ゲイのすべてがそうだというわけではないけど。でも、その話は飲み屋でやりましょう(笑)。
石川 そうしましょう(笑)。坂本さん、とりあえずここはありがとうございました(笑)。

◎石川メモ

妥当なところ

 夢、やりたいこと、表現、社会的評価、努力、がんばり。こういう積極的な言葉には過剰さがつきものだ。けれど、坂本さんの場合、過剰さがない。すごくバランスがとれている。
 坂本さんは、華やかなイメージのマスコミ世界とそのどろどろした現実を見ながら、踊らされたり腐ったりなんかしない。そのどちらかに過剰に針が振り切れることなく、淡々と夢にむかって歩んでいる。実際は、すごく努力してきた人なのかもしれない。けれど、その受け止めは、「まあ、こんな感じでやってきました」になっている。
 こういう人が「できる人」、「結果を出せる人」、「やっちゃえる人」なんだろう。
 ぼくは、どちらかと言うとうじうじした人間なので、こういう人を見て、「上手」という言葉を使ってしまう。ちょっとうらやましくなってしまう。沢辺さんは「妥当」という言葉を使う。これはフラットなものの言い方だ。
 たとえば、夢と現実の間でうじうじする感性から見ると、バランスのとれた人は「上手」に見える。「うじうじなんかしてもどうにもなんないじゃん」というところから見ると「妥当」という言葉が生れる。
 評価を過剰に意識して人の言うとおりになってしまうとおかしくなる。一方で、評価を過剰に嫌ってなんでもありにしてもおかしくなる。どっちにしたって、うじうじした人間になる。
「妥当」というのはこの二つのバランスのことで、評価と自分のやりたいことの間で、是々非々でやっていくこと。坂本さんの話だったら、さらりと、「だって評価されることって大切でしょ」と言えることだ。こうやってさらりと言えること、すごく大切だと思う。
 けれども、坂本さんが彼氏に対する思いを語るときはけっこう過剰(笑)。でも、それも本人が自覚しながら話してくれている感じがする。これもバランスか。

BL

 これは坂本さんからではなく、ぼくの教えている学生が文章で書いてくれて、教えてもらったことだけれど、BL(ボーイズラブ)とは、美男×美男の絡み(いろんなレベルで)を描いたマンガ・小説のことだそうだ(最近の傾向には、美男だけでなく、オヤジのカップリングもあるそうだ)。オリジナルもあるが、既存のアニメ、漫画、小説、三次元(アイドルや俳優など)のキャラを使ったもの(二次創作)が多い。世に言われる「腐女子」がこのBLを好むとのこと。
 ちなみに、BLでは「男役=攻め」、「女役=受け」という役割分担がある。同人誌などに「キャラ名×キャラ名」と書かれていると、だいたいは、左のキャラ名が「攻め」、右のキャラ名が「受け」とのこと。
 坂本さんもBLが好き。やはりこの趣味についても、さらりと楽しそうに話してくれた。一見、過剰な趣味のように見えるけれど、坂本さんたちは、きっとすごく「妥当なところ」で自分の趣味を語れるんだと思う。「社会で評価されることも大切だと思って仕事をがんばってるし、やりたいことにむけて努力もしている、彼氏は大好き、それに、ちょっとはずかしいけれどBLも好き。で、それがなにか?」と。