2011-02-04

第8回 生まれ育った町に恩返しができればいちばん──今谷深悟朗さん(20歳・男性・勤務歴2年)

今谷さんは、1990年に埼玉県郊外の人口15万人ほどの市で生まれ、現在も親元で暮らしている。現在20歳。地元の県立普通高校卒業後、地元の消防署に就職。現在勤めて2年目。
本人曰く「田舎者」とのこと。東京都内にはほとんど出たことはない。この日の待ち合わせも、原宿で待ち合わせだったのだけれど、新宿を原宿と間違えていた。
今谷くんは小学校からサッカーをはじめ、中学、高校とサッカー部の体育会系の好青年。インタヴューの途中から、「ぼくは〜」が「自分は〜」になるのがいい感じ。20歳だけど年上と話し慣れた印象。
*2010年12月1日(水) 16時〜インタヴュー実施。

「出勤した朝には、つぎの日の朝にうどんを食べるかどうかを聞きます」

今谷くんは消防署で働いている。なかなか見えない組織のこと、仕事の内容を一日の流れとして丁寧に、率直に語ってくれた。ここはまず午前中の内容。

石川 いま、なにをやっているの?

今谷 消防のほうをやっています。

石川 では職業は「消防士さん」でいい?

今谷 そうですね。それでいいです。

石川 でも、「消防士」さんって、みんな「消防士」さんなのかな? 「一級消防士」とか、「二級消防士」とか、なにか正式な呼び方みたいなのはあるの?

今谷 そうですね。階級みたいなものがあります。全国に一人だけ、東京消防庁に「消防総監」という人がいるんですけど、その人をトップに10の階級があります(10の階級:消防総監、消防司監、消防正監、消防監、消防司令長、消防司令、消防司令補、消防士長、消防副士長、消防士)。ぼくはそのいちばん下の、そのまんま「消防士」です。

石川 へぇ。たくさんの階級があるんだね。はじめて知ったよ。それで、ちょっと細かくなってしまうけど、今谷くんの働いている職場の人数構成を教えてもらえないかな。

今谷 ぼくは、人口15万人ほどの市に住んでいるんですけど、そこには消防署が2つ、分署が6つあります。ぼくはその消防署の一つで働いています。市には消防署と分署をまとめる消防監が1人います。ぼくの署はひと班19名の班が2つあります。それの二つの班が交替で仕事をしています。1つの班は、消防司令長1人、消防司令2人、消防司令補5人、消防士長6人、消防副士長2人、消防士3人になっています。

石川 丁寧にありがとうございます。なんだか初めて聞く話で、仕事の内容も詳しく聞きたくなっちゃうな。

大田 そうですね。出勤の途中で消防署の前を通るんですけど、消防署の前になんだかぼーっと立ってる人がいて、この人なにをしてるんだろう? と思いますね。

今谷 その署によって仕事の内容がちがうので、前に立っているっていうのは、ちょっとよくわかりませんね・・・・・・。

石川 でも、いつも火事があるってわけじゃないから、普段はどういうことをしてるの?

今谷 じゃあ、一日の流れでいいですか?

石川 では、それをお願いします。

今谷 朝8:30に前の日の班との交替があるので、8:00に出勤します。まず朝来たら、その日の夕飯決めをやります。

石川 ということはみんなで夕飯をつくっているの?

今谷 そうです。つくるのは下の階級の消防士たちの仕事です。

石川 じゃあ、今谷くんは料理つくれるんだ。

今谷 いや。できる料理はカレーぐらいです(笑)。署では料理は分業でつくっていて、全部を自分ではつくれません。ぼくは「米研ぎ職人」という名誉ある名前をもらっています(笑)。

石川 メニューは?

今谷 みんなが食べられるようなものをつくります。カレーとか。昨日の夕飯は豚丼でした。その日の夕飯を何にするかは一人ひとり希望を聞いていると決まらなくなってしまうので、自分たち消防士で決めます。それを上の人に「夕飯はカレーです」と言って報告するだけです。それから、出勤した朝には、つぎの日の朝にうどんを食べるかどうかを聞きます。

石川 うどん?

今谷 これはぼくの勤務している消防署だけの決まりなんですけど、朝の交替前にうどんを食べるんです。

大田 消防士さんって一人ひとり机があるんですか?

今谷 そうですね。一つのフロアにみんなの机があります。

石川 そこで、「今夜なんにすべぇ?」、「カレーにすべぇ」とか消防士同士で相談したり、「カレーにしました」と上の人に報告したり、「朝のうどんどうしますか?」と聞くんだ?

今谷 そうですね。それから、必要な買い物とかも聞きます。だいたい昼ごはんは各自でお弁当やカップラーメンなんですけど、それをもってこなかった人はお昼を買うことになるので。それでいろいろ聞いて、夕食の材料や買い物を、いつも配達を頼んでいるスーパーにファックスします。そうすると、だいたい交替の時間の8:30になっています。

石川 交替のときは、整列、時間厳守でビシッとやるんだよね?

今谷 そうですね。時間厳守で「下番」(前日の担当班)、「上番」(本日の担当班)で整列してやります。「本日の勤務員何名!」などの報告をやって交替します。これで下番の仕事は終わり、上番は屈伸などの準備体操を5分ぐらいやって、隊に別れて車両など道具の点検をします。ぼくの班には、警防隊(10人)、救急隊(4人)、救助隊(5人)の三つがあります。警防隊は火消しです。救急隊は急病の人を病院に運びます。救急隊には救急車の運転士と急病の人を病院に運ぶまで手当てをする救急救命士がいます。救助隊は専用の特殊機材使って建物や車の中に閉じ込められた人を助けたりする人です。

石川 ということは、救急救命士さんは病院にいるんじゃなくて消防署にいるんだね。

今谷 そうです。

大田 ということは、救急救命士さんにも消防士長、消防副士長といった階級があるんだ?

今谷 そうですね。

石川 火消しをやってた人が資格を取って救急救命士になるということもあるの?

今谷 そうですね。そっちのほうに行きたいな、と思ったら救急救命士の資格の勉強をする、ということもあります。そのために市がお金を出してくれるんですけど、半年で200〜300万円かかるので、年に2人ぐらいしか資格のための学校には行けません。

石川 ということは、高校を出て、専門学校に行ってあらかじめ救急救命士の資格をとって、それから消防署の救急隊になる人が多い?

今谷 そういう人は今年はじめて3人入ったんですけど、市としては、高いお金を出して火消しを救急隊にするよりも、あらかじめ資格を取って消防に入ってくる人に「はい、お前は資格をもっているんだから救急隊へ」というふうにしたほうがいいんだと思います。でも、救急隊になる人も最初は仕事を覚えるという意味で警防隊に入ります。

石川 ちょっと救急隊の話を聞きすぎてしまったけれど、各隊の設備の点検が終わったらなにをするの?

今谷 点検が終わったら「申し送り」というのをやります。ぼくたちが朝飯のことを相談しているあいだに、上の人は上番から前日どんなことがあったか聞いているので、その情報を聞くのが申し送りです。そのあとはお昼まで、外に車で出て道を覚えたり、水利の点検をします。

石川 水利ってなに?

今谷 消火栓がどこにあるか、その場所が見えにくくなっていないかどうかの点検、どこから水を引くかの確認。そういう火事のとき利用する水の点検や確認のことです。

石川 へぇ。専門用語もいろいろあって面白いね。もちろん、この道は狭くて消防車が入れない、とかも水利といっしょにチェックするんだと思うけど、だいたい、火事を想定したパトロールみたいなものと考えればいいかな?

今谷 そうですね。そう考えてもらえばいいです。

「懸垂は100回ですね」

今谷くんの仕事の話、パート2。ここでは午後から夜まで。

石川 では、お昼からの話をしてもらいたいです。そういえば、お昼はお弁当?

今谷 はい。自分の場合は。

石川 お母さんの?

今谷 はい。

石川 お昼を食べたあとは?

今谷 13:00から16:00まで訓練です。機材の取り扱いを教えてもらったり、機材を使って災害を想定した訓練もやります。

石川 雨の日も訓練?

今谷 雨の日は座学といって、消防法の勉強をやったり、調査の仕方の勉強をやります。

石川 調査というと火元の調査?

今谷 どこから出火したのか、原因はなにか、どのくらいの損害なのか、そういうのを全部調査します。

石川 どこからどこまで消防がやって、どこからは警察がやる、とかそういうことも勉強する?

今谷 火事の場合、基本的には、警察には誘導をやってもらうだけで、あとは消防がやります。

石川 午後は訓練や座学で終わり、という感じ?

今谷 だいたいはその流れです。

石川 それで、17:00から夕食づくりになるんだ。

今谷 そうですね。17:00から18:00まで。

石川 定番メニューは?

今谷 豆腐卵丼ですね。親子丼の肉が豆腐のやつです(笑)。

石川 それ安く済むんじゃない?

今谷 そうですね(笑)。1人200円ぐらいです(笑)。

石川 食事はみんな一緒に食べるの?

今谷 食事はみんな食堂で食べますけど、いただきます、みたいに一斉に食べるのではなく、各自で食べます。でもだいたい10分ぐらいでみんな食べ終わっちゃいます(笑)。片づけはぼくら下の者がやります。片づけが終わったあと少しゆっくりして、20:00から体力錬成です。

石川 体力錬成! なにをやるんですか?

今谷 自分たちの隊は懸垂をひたすらやりますね。「とりあえず懸垂!」みたいな(笑)。

石川 でも、ひたすら懸垂って言ったって、けっこうな年齢の人もいるんじゃない? 

今谷 若い人だけですね(笑)。だいたい消防司令補までで30後半くらいの人が一番上です。

石川 それで、若い衆は懸垂何回やるの?

今谷 懸垂は100回ですね。

石川 100回! でも、20歳ならできるのかな?

大田 できないですよ(笑)。

今谷 でも、ひとつの鉄棒があって、10回やったらつぎの人、とローテーションにして、休みを入れながらみんなで楽しくやってます。

石川 すごいね〜。でも、もちろん、懸垂だけじゃないよね・・・・・・。

今谷 腕立てとか。だいたい腕立ても200回です。そうなるともう腕も疲れちゃって(笑)。でも、みんなで盛り上げてやるから面白いんですけど。

石川 けっこう楽しくやってるんだ。だいたいみんな体育会系出身の人?

今谷 そうですね。それで腕立てが終わったら、スクワットとか。ここまでは屋外なんですけど、その後は、屋内の機材のある部屋でベンチプレスや腹筋とか。

石川 けっこうやってるね〜(笑)。いつまでやってるの?

今谷 だいたい22:30ぐらいで終わりになって、あとは上の人から順番に風呂に入ります。風呂が一つしかなくて。最近は寒いんで上の人が風呂が長いんですよ(笑)。自分なんて昨日は風呂に入ったのが0:00で。

石川 そうか、今谷くんは下っ端だから風呂に入るのも最後のほうなんだ。

今谷 そうなんですよ。

石川 じゃあ、もう今谷くんが入るときは風呂はドロドロ?

今谷 そうです。もうお湯には入りません。だからシャワーだけです。

石川 寒いね〜。

今谷 寒いです(笑)。

石川 もちろん、風呂に入ったあとでも、消防士としての今谷くんの一日はまだ続くわけだよね?

今谷 そうですね。風呂に入ったあとは、みんな勉強したり、次の日の申し送りの準備をしたりして、でも、だいたい0:00ぐらいから寝はじめます。

石川 あっ、眠れるんだ!

今谷 6:00が起床時間なんですけど、それまで1人の当番以外は眠れます。上の人は当番もないので、ほとんど家にいるのと同じ生活です(笑)。

石川 では、当番のことを教えてください。

今谷 かならず1人は起きているようにして、その日の当直の一番上の人を除いたみんなが0:00から6:00まで1時間ごとに交替します。だから、0:00〜1:00までとか、5:00〜6:00までの当番になれば楽なんですけど。

石川 3:00〜4:00の当番になると大変だよね。

今谷 そうです。まとまった睡眠時間がないので大変です。

石川 それで、仮眠をとりながら1時間の当番をやって朝になる、と。

今谷 6:00起床で、6:30からぼくら下の者はうどんづくりです。上の人はこの時間に掃除をやってくれています。

石川 うどんはどんな?

今谷 油揚げとか玉ねぎとか具の入ったものです。うどんを食べ終わるとまた精算します。そうすると、つぎの日の班の人がやってきて。朝の仕事はだいたいうどんづくりですね。これで一日の仕事が終わります。もちろん、災害が起これば全然ちがってきちゃいますけど。

「遠くに行きたくない。職場も自分の生れた市なので、もう外に出ることはないかと(笑)」

今谷くんの休日はパチンコ(あとで、パチンコばっかりやってるわけではない、とわかるのだけれど)。地元を愛する青年、今谷くんは市の消防署に勤めていることに満足。地元で塗装業を営む父、昨年まで保育園に勤めていた母、この春から小学校の先生になる姉、パソコン好きで陸上選手の弟と暮らしている。近所にはときどきお小遣いをくれるばあちゃんもいる。

石川 一日の仕事について聞いたけど、週はどれくらいのシフトになっているの?

今谷 自分たちは7日の普通のサイクルではありません。8日でひとつのサイクル、“仕事→休み→仕事→休み→仕事→休み→休み→休み”を1サイクルで考えています。

石川 休みの日はなにしてるの?

今谷 ギャンブルです(笑)。

石川 ギャンブルっていうとなに?

今谷 基本はパチンコです。最近はスロットを教えてもらってますけど。消防の人は休みが多いのでけっこうやってる人多いですよ。

石川 じゃあ、休みの日にパチンコ屋で同僚に会っちゃうことあるんだ。

今谷 ありますね〜(笑)。

石川 8:30に仕事が終わるから、そのまま朝パチンコ屋に並んじゃうとか?

今谷 そういうこともありますね(笑)。

石川 一日中パチンコやるとしたら、だいたい二日に一日はパチンコ屋にいることになっちゃうけど?

今谷 でも、お金も続かないので、家に閉じこもってゲームやったりとか、お金を使わない過ごし方を考えています。

石川 じゃあ、月いくら給料はもらってるの?

今谷 それはあまり言いたくないです(笑)。

石川 じゃあ、どうやって聞き出そうかな〜(笑)。

今谷 ここ(ポット出版)っていくらぐらいの家賃ですか?

大田 30万円ぐらいだと思うけど。

今谷 それだとぼくは2ヶ月働かないと家賃払うの無理ですね〜(笑)。

石川 今谷くんやさしいね(笑)。じゃあ、月15万円として(笑)。

今谷 給料少ないんですよ(笑)。土日に出勤しても手当てもなくて。手当てがあるのは祝日出勤のみです。だから、祝日のない八月とかは苦しいです。

大田 そのうち自分の自由に使えるお金は?

今谷 2、3万です。

石川 えっ、親と暮らしているのにそれだけしか自分で使えないの?

今谷 月に親に1万、自分の車のローンに3万、あとは自分で入った生命保険に1万、年金に1万、あとガソリン代、携帯代、食費で。

大田 携帯代は月にいくらぐらい払っているの?

今谷 携帯は月1万ぐらいです。仕事が入るんで通話が多いかと思い、ちょっと高い定額サービスに入っています。

石川 まだ、あとなんか払っているお金ない?

今谷 あと、保険屋に頼んで、給料入った時点で3万ぐらい貯蓄にまわすのをやってます。給料そのままもらうと使っちゃうんで(笑)。

石川 それで、趣味はパチンコだけ? 車は好き?

今谷 マツダのCX-7に乗ってます。一目ぼれで買ってしまいました(笑)。ローンは3年です。

石川 いじりたい?

今谷 いじりたいけど金がないのでどうにもならないです。

石川 じゃあ、やっぱり、いまのめりこんでるのはパチンコ?

今谷 新人は半年間消防学校に行くんですけど、そこは寮生活なので、その前に「パチンコに飽きるまでやってやるぞ!」と思ってやり続けたら、逆に、どんどんのめりこんじゃって(笑)。

石川 やっぱ好きな機種とかあるの?

今谷 北斗の拳です。

大田 マンガのほうは?

今谷 パチンコをやってから読みました。マンガもいいですね。

石川 ゲームはやるの?

今谷 ウイイレ(サッカーゲーム、ウイニングイレヴン)ですね。ぜんぜん飽きませんね。

石川 じゃあ、高校時代は部活やってウイイレやって、という毎日で・・・・・・。

今谷 で、高校の終わりぐらいにパチンコ覚えちゃって(笑)。

石川 ほんとパチンコ好きだね〜(笑)。その他に趣味をもつ予定は?

今谷 職場にスノボが好きな人がいるので、今度休みの日を合わせて連れていってもらいます。

石川 そうするとまたお金がいるよね?

今谷 あとは、ばあちゃんのところで収入を得ています(笑)。近くにばあちゃんの家があって、わざわざそこに自分の車を洗車に行くんです。そうすると「よく来たね」みたいな感じで5000円くれるんです(笑)。だいたい2週間に一度は行くようにしています(笑)。

石川 ばあちゃんの家の車も洗車してあげるの?

今谷 いえ、自分の車だけです(笑)。

石川 えーっ(笑)。そりゃわるいよ(笑)。で、ばあちゃんの家も近いということだけど、今谷くんはずっと自分の生れた町で家族と一緒に住んでるの?

今谷 そうですね。ずっと自分の生れた町を出ていない、というか。小学校、中学校、高校とずっと自分の生れた市です。小、中は市立、高校は県立の学校です。高校は普通科です。小学校からずっとサッカーをやっていて、高校はサッカーの強いところに行こうかと思ったんですけど、自分にはそんな実力はないと思って。それで、自転車で5分の家から近い高校にしました。

石川 ということは今谷くんは地元好き?

今谷 そうです。遠くに行きたくない。職場も自分の生れた市なので、もう外に出ることはないかと(笑)。

石川 そういえば、兄弟はいる?

今谷 上に22歳の姉がいます。来年から小学校の先生になります。姉は頭がよかったです。あと、下に17歳の高校生の弟もいます。弟は、家から200メートルの商業高校に行っています。自分と同じめんどくさがり屋なんで(笑)。弟はパソコンが好きで、DVDのプロテクトをはずせたりします。ゲームも好きで、自分も一緒に遊んだりします。こう言うと弟はオタクみたいなんですけど、地元で鳴らした陸上選手です。だから、勉強は姉に取られて、運動は弟に取られました(笑)。弟に「姉ちゃんは県の公務員、兄は市の公務員、お前は国家公務員だ!」なんて言ってプレッシャーをかけられてるんですけど、まったく勉強しないです(笑)。危機感がないです(笑)。

石川 それから、ご両親はどんな人なの?

今谷 父(57歳)は塗装業をやっています。母(53歳)は昨年まで保育園の先生をやっていました。けれど、自分の小さいころは母親は家にいました。親は子どもの進路に関しては口出しはしなかったですね。

石川 お母さんは保育園の先生ということだけど、大学を出て先生になったの?

今谷 県立の教員養成所で資格をとったらしいです。

石川 親によく言われたことはなんかある?

今谷 小学校のころ親によく言われたことは、「ごはんは残すな」です。消防署では余った食べ物を捨てるんですけれど、最初捨てるのはショックでした。

石川 お父さんは塗装業だということだけど、どんな仕事なの? 1人でやってるの? 人を使ってるの?

今谷 塗装業は人を5人使ってます。家の塗装をやってます。親方みたいなもので、社長と言われることもあります。

石川 へえ、わりと大きく仕事してるんだね。

今谷 塗装の仕事は、祖父の代からです。祖父が建具屋から塗装屋になったのがはじまりです。父親は隣町の工業高校を出て、23歳までの5年間、別の工務店で働いて祖父のあとを継ぎました。使っている人は若い人ではなくて、60以上の人ばかりなんです。それで、若い人がたまに入ってもやめちゃって。あとがいないとやばいので、弟にまかせようかな、と自分は思ってるんですけど、親は弟に家を継げとは言いません。

石川 それじゃあ、お金に困った経験はあまりないんだ。

今谷 お金に困らなかったですけど、ほかの人に比べれば与えられたおもちゃは少なかったほうだと思います。高校のときはお小遣いは月5000円でした。部活の用品などは言えば買ってもらっていました。あとは、例のばあちゃんちでお小遣いをもらってました(笑)。

「出世じゃなくて、技術や知識を上げることを目指しています。いまやってる警防だけじゃなく、救急、救助とオールマイティーにできるようになりたいです」

今谷くんはパチンコのことばかり考えているわけではない。仕事にはプライドと目標をもっている。地元好きゆえの職業選択の段階、現在の仕事への取り組みの姿勢が語られる。

石川 勉強はできた?

今谷 高校受験のときは、受験の苦痛を味わいたくなかったので、中学での内申点が重視される前期の受験で受かろうと、学級委員とかやって受かりました。

大田 その高校のランクは県内でだいたいどれくらい?

今谷 真ん中ぐらいですね。

石川 どんな高校だった?

今谷 自分の高校はほんとに平和で。不良が寒い目でみられちゃうような普通の人の集まりでした。そのなかで、自分のいたサッカー部は、そこに入ってれば学校での立ち居地は上にいれる、といった感じでした。あと、授業中にマンガ読んだり、筆箱で隠してDSやったり。クラスのやつとマリカー(マリオカート)で対戦したりしてました(笑)。

石川 (笑)。その高校を出た人は大学に行く人が多いの?

今谷 中途半端なやつが多いので、「とりあえず専門(学校)」、「とりあえず大学」といった感じですね(笑)。自分の学年が240人なんですけど、そのなかで就職したのは10人ぐらいです。

石川 なんで就職しようと思ったの?

今谷 親にはむかしから国立の大学へ行けと言われてて、中学のときは、埼大(埼玉大学)には入れるかな、と思ってたんです。けど、どう考えてもそれは無理だとわかって。家(塗装業)を継ごうか、と相談したら、親に「塗装屋は儲からないからいいよ」と言われて。それで、自分はむかしからスポーツをやってたので、筋肉のこととかも興味があって、整体師になりたいと思っていたこともあるんです。けど、親に相談したら「それじゃ食っていけない」、「どこに就職するの?」と言われて。親は進路のことには口を出さないけれど、就職についてはけっこうはっきり言います。で、そう言われたら、もう公務員しかないかな、と。消防という選択肢はそこからです。それで、自分は市の職員みたいにずっと机に座る仕事はいやで。その段階で、選択肢は警察か消防になるんですけど、警察は規律が厳しそうなので、消防のほうに行くことにしました。けれど、高校の3年春は、模試のようなもので、自分の市の消防就職希望者27人中26番だったんです(笑)。それで、夏から大宮の公務員就職の専門学校の無料講座に出まくって勉強しました。結果としては、受験者54人中、受かった14人に入りました。

石川 すごいじゃん! 

今谷 地元では、そう言ってほめてくれる人もいますけど、「へぇ、消防署入ったんだ」ぐらいの人もいます(笑)。

大田 整体で「食っていけないよ」と言われたとき、公務員という選択肢はすぐに出てきたの?

今谷 はい。そのときはまだ消防というのは頭になかったですけど、前から友だちと「就職するなら公務員がいいな」と話していて。

石川 消防に決めた理由は?

今谷 業務の内容は知らなかったですけど、訓練みたいなのはしてると知っていて、自分は体を動かすのが好きだったので。それで、やっぱり地元で働けるというのがよかったですね。「地元」っていうのがいちばんですかね。

石川 そうだよね。警察は県警だと転勤あるけれど、消防士さんはずっと同じ市だもんね。やっぱ地元なんだ(笑)。地元好きだね〜。

今谷 地元の祭りとがあって、小学校のころからずっと参加していて、それやってると、「自分の町だな」という意識があって。

石川 近所の人とつきあいはある?

今谷 歩いているとちょこちょこ町内の人と話したりして、けっこうかかわりあるな、と思ってます。

石川 ところで、二年働いてどうですか? もう辞めたいとかある?

今谷 辞めたいというのはありません。仕事にはこれでOKというのがなく、限界なく上があるので。技術をどんどん上げればもっとたくさんの人が助けられる、というのがあって辞めるというのは考えていません。それから、「自分の生まれ育った町に恩返しができればいちばん、と思っています」と人には話すようにしているんですけど、ほんとはそんなこと思っていないです(笑)。

石川 えっ! じゃあ、ほんとのところはどうなの(笑)?

今谷 でも、やっぱり、自分の生まれ育った町に役に立つ仕事なんで、働けて光栄です。

石川 じゃあ、やっぱりいまさっき言ったことはほんとなんだ(笑)。

今谷 なんも遊ぶところのない町ですけど(笑)。自分の育った町なんで。

石川 出世はしたい?

今谷 出世じゃなくて、技術や知識を上げることを目指しています。いまやってる警防だけじゃなく、救急、救助とオールマイティーにできるようになりたいです。

石川 つまり、いまは警防隊だけど、救急救命士とか救助隊の免許もほしいんだ。

今谷 そうですね。救助隊になるには一ヶ月消防学校に行かないといけないんですけど、そのためには、推薦されて30代中ごろにならないといけないんです。そのためにはいい成績を残していなくてはならなくて。

石川 いま成績と言ったけど、なにか評価の基準とかあるの?

今谷 昇任試験というのがあって、年に一度、法律とか論文の試験があります。

石川 ああ、じゃあ就職してもいろいろ勉強やらなきゃいけないんだ。

今谷 そうですね。自分は、もう就職したから勉強やらなくていいんかな?と思ってたんですけど(笑)。でも実際は勉強することがいっぱいあって。この薬品に水をかけると火が出ちゃうとか、薬物の勉強もします。法律のことなど必要な知識を勉強しなくてはならないんです。

石川 さっき、警防、救急、救助とオールマイティーになりたい、と言ってくれたけど、いまの自分の目標としてはどういうものがあるんですか?

今谷 災害に対してなるべくスムーズに対応できる技術と知識を身につけたい、ということですね。

石川 えらいね〜。ところで、大学に行っている連中とかはどう思う?

今谷 自分の場合は、大学に行くと遊んでしまうと思うので。そうすると自分は目標がなくなってしまう感じがするんですよ。いままで部活とか厳しいなかで目標があったからがんばれたんで。目標があって大学に行く、というのはいいと思うんですよ。でも、目標なくて大学行くっていうのは親にも迷惑をかけているだけだと思うし。自分はそういう考えです。

石川 大学に行かなかったのは、目標がなくなるのが怖かった?

今谷 それがいちばんでした。大学でサッカーやるつもりもなくて。

石川 いまの職場はつぎつぎにステップがあるから安心できる?

今谷 そうですね。覚えることがつぎつぎにあるんで。

石川 自分がプロであるという意識がある?

今谷 消防学校のころから言われてきたのでそう意識しようとは思っていますが、意見を言うにも知識が必要で。まだまだ自分の知識は浅くて、同じ職場の人に意見を言うのはまだ自信がもてないです。

石川 勉強してる?

今谷 まだまだですけど、いまは地理や水利を自分で覚えるようにしています。

石川 ぼくのいままでの印象だと、消防士さんは訓練ばかりやっているイメージだったけど、相当勉強しなくちゃならないんだね。

今谷 そうです。それも時間が与えられるのではなく、自分で時間をつくってやらなくちゃならなくて。どっちかと言うと、休みの日に勉強しなくちゃならないんです。それで、自分は休みの日は朝からパチンコやってたりして、勉強しなかったら上の人に言われて。いまは、休みの日に車で自分の市をまわっています。最近合併した地域のことはなんにも知らなかったんで、やっています。いままではパチンコを優先してましたけど、いまはまず、勉強を先にしています。

石川 じゃあ、いまは朝からは並んでないんだ。

今谷 そうですね。まず、仕事が終わったらその日はどこへ行くか決めて、一時間か二時間かけて走ってまわって、地理や水利を覚えるようにしています。

石川 勉強してるね〜。

今谷 職場ではパチンコの話しかしませんけど(笑)。

「自分の命より人の命、となったら消防の活動が全部狂っちゃいます」

今谷くんのいまの仕事の悩みは現場経験が少ないこと。緊迫した災害の現場でどう立ち振る舞っていいか。要救助者や市民への対応はどのように行えばいいか。その問題点や重要ポイントが具体的な経験をもとに語られる。

石川 仕事の悩みとかある?

今谷 災害があると庁舎に1人だけ残ることになるんです。自分はその役が多くて、あまり現場に出れてないんです。現場の経験を積みたいんです。それから、自分が出勤している日に災害がほとんどないんです。「お前がいる日は災害が起こらない」なんて言われてしまって。もちろん、災害がないことはいいことなんです。けれども、自分の経験が少なくなってしまうのは悩みです。

石川 それでも出動はあると思うんだけど、どういう出動が多いの?

今谷 救急が多いですね。火災や救助は月1回ぐらいです。

石川 でも、今谷くんは警防隊なんだから、救急は出ないんだよね?

今谷 人出が足りなくて、知識がなにもなくても出ることがあります。

石川 どういうことをやるの?

今谷 ストレッチャーなどの器具をもってきたり、脈や血中酸素を測る器具の準備をしたりします。あとは患者さんへの声かけをしますけど、救急救命士ではないので処置はできません。

石川 いままでいちばん記憶に残っている経験は?

今谷 となりの市へ火災の応援に行ったとき、急に火が出て、まわりの人が見えないほど煙がすごかったんです。そのときは、「自分も死んじゃうんじゃないか」と思いました。それで、「オレ、こんななか行くの?」とほんとに「後ずさり」というものをしました。

石川 そのとき、おどおどして「お前足手まといだ!」とかは言われなかったの?

今谷 いえ。上の人は「新人はこうだろうな」というのはもうわかっているので。

石川 じゃあ、怒られたことってある?

今谷 交通事故の現場で、自分に指示してくれる人がいなくて、勝手に行動しちゃったんです。そしたら、「お前、なにうろちょろしてるんだ!」と怒鳴られました。指示が出ないときは待機しなくちゃならないし、動くときは「自分はこれします」と言わなきゃならないんですけど、そのときは、舞い上がっちゃって。他の車の誘導をしなくちゃならないところを、車のなかに閉じ込められた人に呼ばれたので、そっちの対応しちゃって。災害の現場では要救助者はすごい焦った感じで「はやく助けてください!」と言うので、自分も対応をどうしたらいいかわからなくて、こっちもあわてちゃって。そうなると結果として、要救助者を心配がらせてしまうんです。こういうことはいちばんやっちゃいけないことなんですけど。自分もどうしていいか手段がわからなくて。

石川 そりゃそうだよね〜。「助けて〜」と言われたら、どうしても「こっちをなんとかしなくちゃ」と思っちゃうよね。

今谷 そうです。でも、それが危険なんです。たとえば、川に流されている人を見て、その人をすぐ助けようとするのは危険です。「すぐに助けに行ったらお前も死ぬぞ、それはいちばんやっちゃいけない」というのが消防の基本的な教えです。優先順位としては、自分の命があって、仲間の命があって、そのつぎに助ける人があるんです。「まず、自分の命の安全を確保してから」というのが重要です。これが消防の活動の指針です。

石川 へえ〜。勉強になります。

今谷 自分の命より人の命、となったら消防の活動が全部狂っちゃいます。

石川 そういうかなり緊張した現場の経験が少ないことがいま不安なんだ?

今谷 そうです。同期は現場経験がけっこうあるんですけど、自分はそういう経験がないのが不安です。

石川 でも、もちろん災害はないほうがいいよね(笑)。

今谷 もちろんそうです(笑)。

石川 これがいまのいちばんの悩みなんだ?

今谷 そうですね。職場の人間関係とかは、この人の言うことは聞く、この人の言うことは流す、と自分のなかで評価がはっきりしているので、あまり気になりません。

石川 その基準はどこにあるのかな?

今谷 普段の様子を見ていて、救助隊の人がとくにそうなんですけど、訓練や技術がしっかりしている人が信頼できます。警防隊の上の人だと知識だけあって文句ばかり言って、訓練や技術がなにもできない人もいるので。

石川 部活っぽく言うのもなんだけど、今谷くんの職場はみんなで合宿しているわけじゃん。するとその人の食事の仕方からなにからなにまで、生活が見えるわけだよね。そういうところで判断してるんだ。

今谷 そうですね。上の人のなかには、年齢の問題もあるけれど、訓練に出てこなくて、まったく興味を示さずに自分のことをやっちゃっている人もいるので。

石川 だからこそ、自分も下の者には尊敬される人になろうと?

今谷 筋トレはなんのためかというと、自分の命を守るためなんで。それに、隊のレベルは一番下の人間に左右されると言われているんで、そういう意味でしっかりやっています。

石川 その他に仕事のうえで心がけていることってある?

今谷 まず、市民との対応ですね。「プロだからへんなところ見せるな」と言われていて、“言葉づかい”には気を遣います。市民の人から電話で「きょうはどこの病院が開いているんですか?」といった問い合わせがあるんですけど、そういうときには丁寧な言葉を使って対応します。自分はもともと、人との接し方、見ず知らずの人と話すことがあまり得意じゃなくて、できるだけ避けてきたことなんです。「○○はただ今外出しております」とか、そういう言葉づかいも知らなくて。
それから遅刻ですね。“仕事では遅刻はしちゃいけない”。自分は高校のとき、学校が近いというのもあって遅刻ばかりしていて。でも、仕事では人から見られるから、遅刻ばかりすると「あいつ遅刻ばっかしている」となってしまいます。
あとは“あいさつ”ですね。高校のときは自分の顧問だけにあいさつしていればいいと思っていたんです。でも、仕事では「とにかくいろんな人に名前を覚えてもらえ」と言われてます。一緒に現場に出て仕事をするわけですから、年とか階級がちがっても、職場の集まりには参加するようにしています。

「働き出していちばん感じたのは、なにかを犠牲にしてやらなきゃならないものがある、ということなんですよ」

丁寧な言葉づかいが苦手、遅刻常習、あいさつもろくにしない、そういう高校時代の今谷くんはもういない。今谷くんは仕事をしながら自分を変えてきている。そんな今谷くんから見た大学生はどうなのか。そして、自分は高卒であることについてどう受けとめるのか。まだ20歳の今谷くんだけれど、これから起こりうる高卒・大卒の問題について、いまのところの意見を語ってくれた。

石川 さっき大学生は遊んでいる、という話があったけど、そのあたりはどう?

今谷 高校のときの友だちで大学へ行っているやつは、行ける大学に「流れ」で行ったという感じです。

石川 「大学生のヤツらはいやだな」とは感じる?

今谷 そうは感じません。大学のヤツとも普通に遊びますし。ただ、考えが「コイツ学生だな」とたまに感じるときはあります。

石川 「考えが学生だな〜」と。それはどんなとき?

今谷 働き出していちばん感じたのは、なにかを犠牲にしてやらなきゃならないものがある、ということなんですよ。それが大学生だと、ゆったりした生活で、なにかを犠牲にしなくてもいいと思うんですよ。

石川 犠牲にするって、たとえば、なにを犠牲にするの?

今谷 睡眠時間です。それまで、すげー寝てたんですよ(笑)。

大田 たしかに、なにかを犠牲に、というのはよくわかります。大学のときは本を読んだりとか自分で好きなことをやるために時間を使えたけど、仕事をはじめると時間配分をまったく別の考え方でやらなくてはならなくなりました。時間を取ろうと思っても取れないこともある。でも、そんなに寝てたの?

今谷 高校が家から近かったので、登校が8:50なんですけど、8:30まで寝てたんですよ。仕事をはじめたら、朝6:30とかには起きなくちゃならなくて。それで、最初の頃は高校までの夜更かしの癖が残っていたんで、朝は辛かったです。

石川 大学生の話に戻って直接的なことを聞いてしまうけど、今谷くんは高卒で仕事をはじめたわけだよね。それで、高卒のうちの父親、地方公務員だったんだけど、その父親が「大卒じゃないと出世できない」ってよく言ってたんだよね。そのへんはどう思う?

今谷 それは自分の職場でもおんなじです。自分は「お前、高卒だから下のヤツに抜かれていくから覚悟しとけよ」とよく言われます。採用に関しても、上のほうの考えとして、大卒のほうが知識があるから優遇されるということがあります。

石川 たとえば、高卒が出世できるのはここまで、これより上は大卒じゃなきゃだめ、というのはあるの?

今谷 詳しくはわからないけれど、それもあると思います。それから、消防の卵が集まる消防学校でも、表彰される成績優秀者はやっぱり知識がある大卒です。

石川 さっきから、大卒者は知識があるって今谷くんは言うけれど、今谷くんだって、勉強すれば知識は得られると思うんだけど。

今谷 単純に言えば、大学を出てれば上に上げる、という考えだと思います。そんな中で、「高卒のほうが長く働けるんだから大卒よりいいんだぞ」と言われると、「ああよかったな」と感じたりします。

石川 ちょっとまた直接的なことを聞いてしまうけど、さっき、「お前、高卒だから下のヤツに抜かれていくから覚悟しとけよ」と言われる、と言ったけれど、それはいまどう受けとめてる?

今谷 自分は階級を上げることが目標ではないんで。結局、「使える人」だと思われれば、それでいいんですよ。でも、今年も自分の後輩に大卒が入ってきたんです。大卒のほうが、たとえば、自分は消防士を8年やって階級が上に上がるんですけど、大卒はそれを5年でいいんです。結局年齢としては同じぐらいになるんですけど、大卒のほうが上に上がるのは速いです。そういう意味で、抜かれていくんですけど。

石川 じっさい階級が上がれば給料はいいんじゃない?

今谷 そうです。それに自分の意見を通しやすくなります。

石川 そうだよね。それで、指示を出すような上の階級の人は大卒?

今谷 そうですね。やっぱり上に上がれる人は人数が少なくなるんで。いま消防は60歳が定年ですけど、消防士長は40代で大卒が多いです。

石川 そうすると、いやらしい話になっちゃうけど、たとえば、今谷くんが40歳になったとき、今谷くんが消防士長で、あとから入ってきた大卒の後輩が消防司令長ってこともありうるわけだよね?

今谷 そこまでは離れないと思いますけど、自分が消防士長で、後輩がその一つ上の消防司令補や二つ上の消防司令になる、ということは、なくはないですね。

石川 だから「そういうのを覚悟しとけよ」と言われるんだ。

今谷 そうですね。いま職場でもじっさいにそういうことが起こっているので。

石川 今谷くんは、この仕事に意義があると思っているし、たくさん勉強して、たくさん経験も積んで、ずっと続けていきたいと思っているはずなんだ。それで、40歳になったら、みたいな話しをしたんだ。

今谷 自分はまだそういう場面に出会ってないですけど、じっさいに上に上がった人がそれまで先輩だった人を「オマエは下だ」みたいに言うこともあるので、「それはちがうんじゃないかな」と思うことがあります。もちろん、消防経験が長いほうが上、という考えもあります。

石川 じゃあ、逆に言えば、専門性を必要とする仕事だから、技術や知識、経験をしっかり身につけている人が実際の階級よりも尊敬される職場なのかな?

今谷 そうですね。自分たちはそこを尊敬するんですけど。でも、上のほうではそこを重視しない人もいます。「コイツ訓練ばっかやりやがって」とか。それで、自分たちとしては、なんで?と思う人の階級が上がったりとか。

石川 うーん、なるほどね。いま20歳なんだよね。そういう問題がこれから自分の問題として起ころうとする場面にいるんだと思うんだ。たとえば、もし、今後問題が起こって、「だったら、オレ大卒になってやるよ」と通信で大卒の資格を取る、っていうことも思うかもしれない?

今谷 同じぐらいの世代ではまだ対抗意識みたいなものはなくて、この関係を保ちながらなら、後輩が上に行っちゃっても、「オレが上なんだから」という態度を取らなければそれでいいんじゃないかな、と思ってるんで。

石川 今谷くんは、「自分は高卒だから、あいつらは大卒だから」みたいな人づきあいはしていない人だから、「いまこういう問題を聞いちゃっても」とほんとうは思うんだよね。でも、さっき言ってた「コイツ考えが学生だな」と思ってたヤツらが後から入ってきて上に行っちゃうんだから、そのときはなにか思うことがあると思ったんだ。でも、いかんせん、今谷くんの同級生はまだ大学生なんだよね。いまのところ自分としては大卒の人とも仲良くできればと思ってるんだよね?

今谷 そうですね。

「最近はやっと合コンちゅうものを・・・・・・」

今谷くんは携帯を主に使っている。パソコンでインターネットを見るときもあるがスポーツニュースでサッカーや野球の情報を仕入れるだけ。mixiはそんなにやっておらず、そこから知り合いを広げるということもない。Twitterの存在は知っているがやっていない。でも、モバゲーはよくやる。じつは、今谷くんの職場では「怪盗ロワイヤル」が流行っている。同期の人だけでなく、上司もやっており、おじさんが強い。そんな今谷くんの恋愛事情を最後に少し。

石川 これはいつも沢辺さんが聞くんだけれど、彼女いる?

今谷 彼女いないです。仕事はじめたら女の子との接点はまったくなくなってしまって。

石川 高校は共学だった?

今谷 6(女子):4(男子)で共学でした。

大田 それでサッカー部だったらモテたんでは?

今谷 いや、女に話しかけなかったんで。

石川 話すのが苦手だったんでは?

今谷 そうです。自分は女は好きだけど話すの苦手だったんです(笑)。なに話したらいいんかな?

石川 ぼくも大学で女子学生と話すことがあるけれど、やっぱいまだに努力してる感じあるかな。

大田 ぼくは中高男子校で、大学から共学だったんですけど、姉がいたので、女の人と話すのに困ることはなかったですね。まあ、話すことはなんでもいいんですよ(笑)。

今谷 でも最近はやっと合コンちゅうものを・・・・・・。

石川 おっ、合コン!

今谷 中心になって「さぁ、やるぞ!」ではなく、自分は呼ばれていくほうで。職場で合コンが好きな人がいて。結婚してるんですけど、なんか不倫とかいろいろやっているみたいな人がいるんですよ。その人が呼んでくれて、そうすると、だいたい来る人が人妻なんですよ(笑)。自分はいちばん年下で、同期でも26歳とかなんで、それだとどうしても呼ばれる女の人の年齢が上になっちゃうんですよ。まあ、合コンのときは自分は26歳だとか言いますけど(笑)。

大田 年上は好き?

今谷 はい。自分がなよなよしているので年上のほうが好きです。

大田 引っ張ってもらったほうがいい?

今谷 自分が家庭をもったときに、奥さんに財布を握ってもらって、「あんたこれで一ヶ月過ごせ」と言われたほうがいいような気がして。そうでないと全部使っちゃうような(笑)。そっちのほうがいい生活できるかな。

石川 じゃあ、合コンでいい人見つけたい?

今谷 合コンは、終わったあと女の子と連絡取るとかよりも、その場でたのしんでもらえればいいです。

石川 それじゃ、彼女とかにはあんまり興味はないの?

今谷 彼女はほしいですけど、一人でいる生活が好きなんです。

石川 一人の生活って?

今谷 自分は、休みの日とか、何時に起きて、そのあと何するか、と自分でスケジュールを立てるのが好きなんですよ。それで、彼女のために自分の生活を犠牲にするというのに慣れていない、というのがあるんですよ(笑)。「お前マメじゃないな」なんて言われますけど。

石川 「慣れてない」っていうのがいいね(笑)。でも、彼女できれば慣れてくると思うよ。犠牲というのもなんだけど、犠牲にせざるをえないと思うよ(笑)。
今日は長時間ほんとうにありがとうございました。ふだん聞けないようなお仕事のことも具体的に聞けて、とても勉強になりました。

◎石川メモ

仕事をしている人

 今谷くんは仕事をしている人。最初のほうの「夕飯を何にするか決めるのは、自分たち下の者でみんなが食べられるようなものを決めます」といった話だけでも、ほんのちょっとしたことだけれど、「仕事をしているな〜」と感じる。みんなの意見を聞いてお楽しみ会みたいに夕食を決めてたら埒が開かない。
そして、今谷くんが就職してから心がけるようになった“丁寧な言葉づかい”、“遅刻厳禁”、“あいさつ”。これ、ほんとうに大切なことだと思う。そういえば、今谷くんは「個性」とか「自己実現」とか「夢」などといった言葉はいっさい使わなかった。
 今谷くんの話は具体的だ。だから、今谷くんの仕事には「夢」はないけれど、具体的な「目標」がある。その目標に向かって、「パチンコばっかやってるな! 地理や水利のこと勉強しろ!」とか、「市民への応対は丁寧な言葉で!」なんて怒られたりしながら、そのつど歩んで行く。仕事ってそういうことなんだと思う。

ある意味で幸せなのかも

 いわゆる就活で職業の適性診断というのがある。ぼくはそういうものを半分信じて半分信じない。人はだいたいはなり行きで仕事に入っていくんだと思う。けれど、今谷くんと話してみて、これは結果としてなんだけれど、適性ぴったりの感じがする。
 今谷くんは、愛する地元でずっと働ける、体を動かすことが大切な、そのつど深めて身につけるべき技術や知識がはっきりしている、人のために役立つ職業に就いた。もちろんこれから、たとえば高卒・大卒問題など、かなりシビアな問題に出くわすかもしれない。けれども、いまの今谷くんには仕事に関して肯定感がある。ついでに、地元には友だちもいるし、仲のよい家族、やさしいばあちゃんもいる。だから、ある意味で、いまの今谷くんは幸せなのかもしれない。
 でも、さっき、人はなり行きで仕事に入る、と言ったけど、仕事というのは、自分の選択のようでもあり、一方で、なんだか知らないけれど投げ込まれてしまったものなのだと思う。どうにもならないなり行きで、うまくいかないこともあって、仕事や人生に肯定感がもてない人だっているはず。そのあたり、どうなっているんだろうか。また他の若い人に聞きたくなった。

どうしようもないヤツを上手に流すこと

 ぼくなりに考えてみると、仕事をするということは、「どうしようもないヤツに出会う」ということを身をもってわかる、ということなんだと思う。同僚にもお客さんにも、かならずどうしようもないヤツがいる。
 今谷くんは、さらりと「人間関係で悩みはありません」と言っていたけれど、自分のなかで、どうしようもないヤツをきちんと判断しているのだと思う。もちろん、その判断の基準は絶対的なものではないけれど、ちゃんと「この人の言うことは聞く」、「この人の言うことは上手に流す」ということができている。
 大事な局面では合意をなんとかつくる、ということも大切だけれど、一方で、相手を「上手に流す」ということも大切だ。「みんなかならず分かり合える」、「どんな人でもかならずひとつはいいところがある」といったことはガチガチな理想にしないほうがいい。どうしようもないヤツに過度にむき合おうとするとエネルギーを使って疲れるし、相手に対する恨みもたまる。だから、「上手に流す」ということは自分を守ることでもあるし、人間関係の悩みを少なくするひとつの方法なのだと思う。